「グォォォオンッッ!!」
腹の底から響くような声色で黒い焔、蒼火桜の第三世代能力である「蒼天崩獄」を纏った鋼夜が叫び声を上げる。
その声は人ではなく、獣と形容する方が相応しい。
「完全に理性が飛んでる。まるで獣」
対峙するリュミルはあくまでも冷静にその鋼夜を見定める。相手の力量を見誤るのは己の死に直結する。
あの少女が岩の槍に貫かれた時から蒼天皇の様子が変わった。ということは怒りが引き金になって発動する能力?
でも、白夜さんがミーディア学園に襲撃を仕掛けた時にあんな能力を使ったとは言って無かった。
白夜さんの事を憎んでいる筈の蒼天皇がその時にこの能力を発動しなかったのはおかしい。
となると、他の事が引き金になったと考えるのが普通。
あの少女は岩の槍に貫かれた後に何かを蒼天皇に言っていた。
そして白夜さんから聞いた話によると白夜さんと蒼天皇の妹が殺された時に蒼天皇に何かを言っていたらしい。
とすると、同じような言葉を同じ様な状況で過去のトラウマを刺激された。と考えるのがいいかな?
まあ、発動理由なんて関係無いんだけど。私は私の任務を果たすだけ。
「おいで、蒼天皇。返り討ちにしてあげる」
その声に反応したのか蒼天皇がこちらを向く。
その左目は漆黒の焔に包まれており、様子を伺うことは出来ない。しかし右目は真っ直ぐにこちらを睨みつけている。
「グルッ…ガァッ!」
「ーッ!」
焔の揺らめきを残しながら、蒼天皇が真っ直ぐに突っ込んでくる。その挙動は黒い焔を纏っていない時の倍程の速さである。それ故、待ち構える形となっていたリュミルの反応は遅れる。
右手に持った天羽々斬を上段から振り下ろす。しかしその軌道は剣術もへったくれも無いただ普通に振りかぶって、振り下ろす。ただそれだけである。
それだけに避けるのはそう難しくない。しかし速さが圧倒的なだけである。
「覆せ、グラン・ドレンタ」
だから、リュミルは鋼夜を止める事ではなく、自身を避けさせる事にする。さっき鋼夜の「天地開闢」を避けた時と同じである。
自身の体と地面との間に斥力を発生させ自身の体を空中へと浮かせる。そして自身の眼下で振るわれた天羽々斬を見て背筋が凍った。
その斬撃は少しながらも時空を引き裂いていたのだ。
それは鋼夜の唯一にして最強の技である天地開闢の劣化版と言っても過言でではない。それが天羽々斬を振るう度に起こるのだ。
だから、リュミルが次の鋼夜の行動に対して全く反応できなかったのは仕方ないと言える。
「グッーーッ!?」
突然の後頭部への衝撃。そのまま体ごと右へと吹き飛ばされる。そして視線を上げれば黒い焔。咄嗟に左腕を突き出し防御を試みるものの、想定していた衝撃ではなく感じたのは尋常ではない熱さであった。
(まさか、あの焔。遠距離にも使える?)
鋼夜の行動はこうだ。
鋼夜は天羽々斬を避けられた後、リュミルが一瞬硬直した隙を見逃さなかった。だが、普通に刀を構えなおしもう一度振るったのならばリュミルは対応出来ていた。できなかった理由は、鋼夜が
鋼夜の第三世代能力である、蒼天崩獄で強化された身体能力を最大まで発揮し、リュミルを蹴り抜くとその黒い焔をまるで撃ち出す様な形でリュミルに放つ。
黒い焔しか視界に捉える事が出来なかったリュミルは鋼夜による近接攻撃だと思い左腕でガードしようとするも、その左腕は黒焔をもろに浴びてしまったというわけだ。
(蒼天皇はあの黒い焔を纏ってから明らかに動きが変わった。身体能力の向上は絶対に含まれている。そしてその黒い焔はキチンと焔としても使える。実に厄介)
リュミルは転げながら受け身を取り、そう結論付けた。
実際リュミルのその推測は的を得ている。しかし、鋼夜のフリーダムナイツ、蒼火桜の第三世代能力、蒼天崩獄は身体能力の向上など引き起こしていない。
むしろその能力はグレースの使うレイジング・ボルトだ。
グレースのフリーダムナイツ、パラディオの第三世代能力、レイジング・ボルトは電流を自身の体にも流すことで、電気信号を完璧に操り、自身の人間という種族に掛けられたリミッターを外すこと出来る能力だ。
リュミルの推測だとこちらの方が相応しい。
確かに似てはいる、似てはいるのだが、全く性質の違う能力だ。どちらかというとグレースの能力は天剣十三将の長。『天将』滝沢秋水のものに近い。
秋水のフリーダムナイツ、天龍の第三世代能力、心身武闘は操縦者の秋水の体の機能を戦闘用に作り変える能力である。
元々人間には狩猟本能というものが備わっていた。しかし長い年月が経ち、敵らしい敵が存在しなくなり、食事をしようにも狩りをする必要が無くなった人間は長い年月を掛けてその狩猟本能が無くなっていった。
故に人間は戦いの最中でも瞬きをするし、他の事を考えるし、手は戦闘の事以外にも使える。しかし秋水の心身武闘はそれを許さない。
滝沢秋水という1人の人間を完璧に戦闘にしか存在させなくする。
それにより秋水の戦闘における全ての動きは最適化され、全く無駄のない戦闘を行うことが出来る。
元々滝沢秋水という人間には備わっていた戦闘能力と相まってその能力は彼を最強たらしめているのだ。
しかしその能力も鋼夜の蒼天崩獄には程遠い。
彼の能力は簡単に言えばその二つを合わせたものだ。
朧火鋼夜のフリーダムナイツ、蒼火桜の第三世代能力である蒼天崩獄は、自身が今発揮出来る最大の力を強制的に発揮させる能力だ。
例えば今の蒼火桜は第四世代だ。ならば鋼夜はその第四世代に至った蒼火桜を十全に使いこなせていると言えるだろうか?答えはNoだ。
理由は三つ。一つは、一人一人の敵に全力を発揮してしまえば後に控える敵がいた場合、遠からずガス欠になってしまうため無意識の内に使う宝力を制限していること。
一つは、朧火鋼夜の駆る蒼火桜は恐ろしく燃費が悪い。ただでさえ他のフリーダムナイツよりも起動時間が短いのに天地開闢を撃てばもうそれで動けない。よって鋼夜自身が蒼火桜の性能に制限をかけているという事。
そして一つは、
「グォォォオンッ!」
そう叫ぶ鋼夜の足からは止めどない血が流れている。
これはリュミルに付けられた傷ではない。蒼火桜の性能に、鋼夜の肉体が追いついていないのだ。
簡単に言えば、蒼天崩獄によって限界まで引き出された蒼火桜の性能。特に速度の面はもう既に素晴らしいを超えて異常だ。今ならば軽く音速など超えられるだろう。
しかし蒼火桜の音速まで引き出せる性能に対して操縦者たる鋼夜の筋肉が追いついていない。
無理な筋肉の稼働により断裂し、皮膚が裂け耐えきれなくなった血管から血が溢れ出してきたのだ。
そう、これが朧火鋼夜の蒼火桜を十全に使いこなせない最も大きな理由。
鋼夜の進化は早すぎた。
ミーシャやポーラの進化も速いが彼女らの進化の道筋は大まかには偏っていなかった。だから、まだ彼女らの肉体は耐えられた。
しかし朧火鋼夜の蒼火桜の進化の道筋は全く違っていた。
速度というただ一点にのみ集約された進化の道筋は本来歩むべき進化の過程とは全く添っていなかった。
故に鋼夜は蒼火桜の性能に耐えきれていない。
速度という一点において鋼夜は蒼火桜の性能にリミッターをかけるしかないのだ。
速度を追い求めたフリーダムナイツに速度にリミッターを掛ける。何とも矛盾した話だが、それを外すとどうなるか。それは今の鋼夜を見れば明らかだ。
と、そこへグレースと蛍が互いに互いをけん制しつつ現れる。
二人は鋼夜の方を一瞥すると何が起こったのか悟った様に片方はパートナーの元へ、もう片方は倒れている自身の娘の元へと駆け寄る。
そして、鋼夜は新たな獲物を見つけた肉食獣のような目で蛍とリュミルを睨みつけて、一際大きな叫び声を上げた。