「蛍、それって」
リュミルが合流してきた蛍に開口一番そう言った。
リュミルの視線は蛍の左腕に縫いとめられている。
それもそのはず、蛍の左腕には本来在るはずの無いもの、大型荷電粒子砲が装着されているのだから。
「ああ、これ?案外相手が強くてね。これを出さないと勝てそうになかったのよ」
「蛍に《ラーヴァナ》まで出させる相手。強いね」
「ええ、流石は天剣と言った所かしらね。普通のイージスとは比べ物にならないくらい強いわ」
数ヶ月前の
そうして失った蛍の左腕の代わりに白夜が用意してくれたのが、この特別製の義手である。
この義手は
その中の一つであり、奥の手が大型荷電粒子砲、名を《ラーヴァナ》
インドにおける魔王の名を冠したそれは、毎日のメンテナンスと凄まじい重力を使用者に強いる代わりにフリーダムナイツの固有能力を除く全ての現存兵器の中でトップクラスの攻撃力を誇る。
それを装着してからこれまで日々の鍛錬を欠かさずに続けてきた蛍はこの世で唯一の《ラーヴァナ》の使い手である。
「グォォォオ……グルグググ」
鋼夜はそれを驚異と感じたらしい。
人間としての理性を失ったとはいえ、鋼夜とて人間。本能というものを持ち合わせている。というよりも今の状況で鋼夜が戦っているのは闘争本能に他ならない。
殺られる前に殺る。有り触れた言葉であるが、その言葉にのみ鋼夜は今従っているのだから。
本能を持ち合わせているという事は、強者と弱者と言うものを本能的に理解出来るということである。
ならば恐怖という感情も本能の一番奥に刻まれているという事も想像に難くない。
「まだ、触れられて無いのね?」
「ああ、まさかあんな状態になるとは思っていなかった」
「そうね、まさか蒼天皇のフリーダムナイツにこんな固有能力があるなんて誰が思いますか。まるで、本物の化け物じゃない」
「しかし、任務は遂行しなければ。それが白夜の願いだから」
「ええ、そうね。蒼天皇の勝利条件が私達を殺す事に対して、私達の勝利条件は蒼天皇に触れる事。ハードルはキツイけれど、まだマシな方よ」
「他に質問は?」
「そう言えば他の奴らは何処へ行っちゃったの?まさか全員跡形もなく殺られた訳じゃあ無いんでしょう?」
「……分からない。いきなり黒い影が地面から現れたかと思うと、全員飲み込まれてしまった」
「……そう」
その顔が悲痛な面持ちだったのは、気の所為だろうか。
「じゃあ、やるわよ。準備は良い?」
「勿論だ」
「全ては『クルティナの予言』の阻止の為に」
「全ては『クルティナの予言』の阻止の為に」
そう言って、2人の
対する鋼夜は天羽々斬を手放したので丸腰である。しかし黒い焔を纏った鋼夜の蹴りは大地を砕く事が分かっている。少なくともフリーダムナイツを着込んだ程度で出せる破壊力ではない。鋼夜を丸腰とは思わない方が良い。それが2人の少女の認識であった。
「作戦は、吹雪に灯火?」
「いえ、ここは雷光の爪痕にしましょう」
「雷光の爪痕?まだやった事ないよ?」
「出来るでしょう?」
「うん」
「じゃあ、やりましょう。『黒翼の瞬蝶』の力見せてあげる」
そう言うと鋼夜の視界から蛍とリュミルの姿が消える。
比喩的な表現ではなく、本当に消えたのだ。
「〈時の間を駆ける道を示せ〉
その正体は勿論蛍の固有能力、瞬燐陽炎。リュミルと共に鋼夜の視界外に転移したのだ。
しかし、今の鋼夜の五感は人間とは比べ物にならない。凄まじい聴力でジャリという土を踏んだ音を拾うと同時に背後へと飛び退いた。
するとその直ぐ後に、人1人潰せそうな大岩が鋼夜の立っていた場所に落下した。
「覆せ、グラン・ドレンタ」
リュミルが斥力で浮かせた大岩を鋼夜の頭上から落としたのだ。勿論当たるとは思っていないが、牽制位にはなる。
しかし、蒼天崩獄によって強化された鋼夜の、蒼火桜の本当の速さは二人の予想を上回っていた。
目にも留まらぬ、いや目にも映らぬ速さで鋼夜は二人へと接近。当身を食らわせ、怯ませると上段蹴りを放つ。無論、型など何もないただの蹴りだが、人体にとっての急所である頭蓋を完璧に蹴り砕こうとしていた。
だが、リュミルが間一髪斥力を発生させそれを逸らす。しかし鋼夜はその蹴りが避けられた事を知るや否や、直ぐさま体勢を反転させ、今度は蹴りを放った方とは逆の足、即ち左脚で足払いをかける。
それを遮ったのは蛍だ。蛍は素早く瞬燐陽炎を使うと、二人の体を数十センチ浮かせた。
鋼夜の足払いは虚しく空を切り、それを蛍の足が踏みつける。バキッという嫌な音と共に鋼夜の足の骨が折れる。しかし鋼夜は痛みを気にする素振りも見せず、後方へと飛び退き、体勢を整える。
「恐ろしく強いわね。流石は蒼天皇、といった所かしら」
「イージスにしては基礎体力が比べ物にならない程に強い。だから武器や固有能力に頼るイージスにしては私たちと肉弾戦が出来る」
「剣を使わない武術も嗜んでるらしいしね。流石は白夜様の弟さん」
「コブジュツ?あれは理解出来ない。白夜から一本取るどころか、何も分からないまま終わってしまう」
「古武術よ、日本に伝わる伝統的な武道ね。リュミルにも分かりやすく言えば、日本流のマーシャルアーツよ」
「武士道は、死ぬ事と見つけたり?」
「はいはい、わかったわかった。なるべく死なないでね?」
「分かった。私も死にたくない」
「あら、意外ね。死にたくないなんて」
「まだ白夜からご褒美貰って無い」
「……あっそ」
気を取り直して、二人は鋼夜に油断なく身構える。
鋼夜は直ぐにでも飛びかかれる体制だ。
そして、次の瞬間。鋼夜が動き出すのと、蛍が唱えるのはほぼ同時であった。
「ガルッ、グワッ!!」
「瞬け、瞬燐陽炎」
そして、渾身の力を込めた鋼夜の蹴りは、
「覆せ、グラン・ドレンタ」
リュミルに掴まれていた。
リュミルのグラン・ドレンタは性質上自分よりも質量の重いものは動かせない。だから、鋼夜の渾身の力を込めたこの馬鹿に重い一撃はリュミルの華奢な体では耐えきれずに吹き飛ばされてしまうだろう。だからこそ、リュミルは止めるのでは無く、阻む事に全力を注いだ。
確かに鋼夜の推測でリュミルのグラン・ドレンタは間違っていない。しかし、少しばかり限界値を誤ったようであった。
リュミルが今斥力を発生させているのは自分の周囲10m。その中では全ての物がリュミルから遠ざけられる。鋼夜の空中での勢いは先ずそれで削がれ、更に蹴りの威力もそれで削がれる。更に型など何も分からないままの蹴りは全く捻りが込められておらず、リュミルの頭蓋を蹴り砕く為だけに放たれたものである。
リュミルはそれ故に自身の頭部にのみ注意を払い。そこだけ更に斥力を強くしていた。それによって蒼天崩獄によって最高にまで高められた鋼夜の一撃を止める事が出来たのだ。
そして、この周囲に何も無いこの状況こそが爪痕だとすれば、
「チェックメイトだ。蒼天皇」
作戦名は雷光と爪痕。
鋼夜が身構えるよりも早く、空から荷電粒子砲の一撃が放たれた。
勿論、瞬燐陽炎で空中に転移した蛍の一撃だ。
既にリュミルは斥力の範囲を自分の体だけにしており、最大まで高められている。それによって荷電粒子砲の一撃は当たらない。しかしそれに比べて、あまりにも鋼夜の体は無防備だ。
遠くで女性の悲鳴が上がる。恐らくは蒼天皇のチームメイトだろう。しかし安心するがいい。こんなものでは蒼天皇は殺せん。
そう思いながら、荷電粒子砲の一撃が鋼夜を包むのを蛍は眺めていた。
「触れば、任務完了」
フリーダムナイツが解除され、息も絶え絶えの鋼夜を眺めながらリュミルはそういった。
そして鋼夜に触れようと手を伸ばした時。それを突き飛ばす者がいた。
「こ、鋼夜君に触らないで!」
ポーラである。みんなの制止を振り切って一人、鋼夜を守るために走って来たのだ。
他のメンバーはセルディやグレースに止められている。
ポーラはもう宝力が切れているのか、フリーダムナイツすら展開していない。それでも、鋼夜を守りたい一心でここまで走って来たのだ。
「鋼夜君を殺したいなら、先に私を殺しなさい!そうでなければ鋼夜君は殺させない!」
そういうポーラにリュミルは首を傾げた。
「貴女は、蒼天皇を好いているの?」
「ええ!そうよ!世界で一番大好きよ!だから傷付けさせない!」
問いかけに一瞬の迷いも見せず、そう言った。
「そう、ならば貴女にも同じ苦しみを味合わせてあげる。猶予は15日。それまで精々頑張って」
嘲笑ではない、心からそう思っている。そんな響きだった。
そうしてギュッと鋼夜を握りしめ、目を閉じていたポーラとただ眠るように気を失っている鋼夜にリュミルの手が触れる。
「魔女の代償印を起動、並びに『ハーデスの怨嗟』を発動」
そうリュミルが言った瞬間。リュミルの両手から、黒い闇が二人へと流れ込んだ。
次回予告!第三章エピローグ!