「では、行ってきます」
「おう、気を付けて行って来いや。授業は出なくても良いように言っとくからよ」
鋼夜とポーラがリュミルにハーデスの怨嗟をかけられてから二日後。コバルト・シリウスの面々はミーディア学園の屋上で、ヘリコプターに乗り込もうとしていた。
「では、グレースさん。ミーシャの事を宜しくお願いします」
「ええ、分かっているわ。ティナちゃんも『蒼天皇』殿をどうか、宜しくお願いします」
ファニーオレンジの戦いで、重傷を負ったミーシャはミーディア学園で留守番だ。
流石に腹を貫かれて二日で長距離移動をこなすのは不可能との判断だ。よって、コバルト・シリウスで今戦えるメンバーは三人減った事になる。
「では、そろそろ行きましょう。こうしている間にも鋼夜とポーラちゃんの症状は悪化しています」
行き先はスウェーデンの首都、ストックホルム。
勿論、『強欲』の魔女に会う為である。
『強欲』の魔女ならば、二人を救う手立てがあるとすれば、藁をも縋る思いでそこに賭けるしかないのだから。
「いいか、お前ら。恐らくまだ
「了解です」
前に天剣会議に鋼夜と美月が行った際とは異なり、今回のヘリコプターは大型の軍用機である。
操縦桿を握るのは勿論エレナ。そして後方部にはベッドに乗せたままの、鋼夜とポーラの姿。
二人ともまだ触られた部分しか、黒い痣は無いが、昨日と比べたら面積は確実に広がっている。
後、13日で二人の命は確実に尽きるのだ。
「では、皆様乗り込みましたね?出発をしましょう」
全員が乗り込んだ事を確認して、エレナがヘリコプターを起動させる。
ストックホルムまで、約8時間である。
その間にも鋼夜とポーラが苦しんでいると思うと焦る気持ちが湧き上がってくるが、焦っても仕方がない。それが原因で事故でも起こしたら更に洒落にならないからだ。
前とは打って変わって、重苦しい空気になってしまっている事にため息を吐きたい気持ちになったが、それをぐっと堪え、エレナは凄まじい轟音と共にヘリコプターを上昇させ、ミーディア学園を後にした。
「鋼夜……ポーラ……」
美月はヘリコプターの中で二人の汗を拭いながら、気が付けばそう呟いていた。
思い出すのは、ファニーオレンジ島での戦闘だ。
ミーシャが岩で貫かれた時、鋼夜が荷電粒子砲に包まれた時、鋼夜とポーラがハーデスの怨嗟を受けた時。
その全てに自分は居たのに何も出来なかった。
そんな事が頭の中を占めていた。
「私は……何も出来なかった……」
鋼夜とポーラの苦しそうな呻き声以外は、何も聞こえない。コバルト・シリウスの面々が交代で二人の看病をしているため、他のメンバーに聞かれる心配は無かった。
無論、鋼夜とポーラには聞こえているだろうが、苦しみと戦うこの状況では、一々美月の言うことなど気にしていないだろう。
「守ると誓ったのに……」
思い出すのは、ミーディア学園に
そして、シェムハザ防衛戦の夜だ。
その二つの夜に美月は鋼夜には自分が鋼夜を守ると宣言した。
今度こそは私が鋼夜を守ってみせるとそう言った。
「なのに……このざまだ……何が守るだ、私はっ……何も出来ていないではないかっ……」
美月の頬に一筋の涙が伝う。
無性に悔しくて、何も出来なかった自分に殺意が湧いて、自分自身を殴りたくなる。
鋼夜とポーラの苦しみを自分が引き受けられたらどんなに良いことか。
「私はっ……弱い……」
浮かれていた。レーヴァテインという破格の力を手に入れ、強いと思っていた。否、思い込んでいた。
だけど、事実は私は誰よりも弱かった。自分で立てた誓い一つも守れない位に。
あの時、ファニーオレンジにいた戦闘の出来るメンバーで何も出来なかったのは私だけだ。
鋼夜は敵の幹部と互角の戦いをした、セルディは天剣の1人を打ち倒した、グレースは敵の幹部を撤退させた、ミーシャは鋼夜を致命傷から守った、ポーラは宝力を切らしながらも鋼夜を守る為に敵の前に立ちふさがった。
対する私はどうだ、ただ立ち尽くしていただけだ。
「くそっ……くそっ……くそっ!」
後には静かにすすり泣く声が響き渡った。
〜〜〜〜〜〜〜
「美月……」
「美月ちゃん……」
ティナとライラはそろそろ看病の交代の時間の為に、美月を呼びに行こうとして、美月の声を聞き、立ち止まっていた。
遂には泣き出してしまい、二人はどちらともなく一言も話す事も出来ずに、立ち尽くしていた。
「……美月ちゃんはまだ良いよ」
誰にともなく言うように、ライラがそう言う。
「美月ちゃんは、まだ鋼夜君の為に戦えるじゃん。……私はそれすらも出来ない」
「ライラ……貴女……」
ティナは思わずライラの方を見てしまう。
ライラは何時も明るく振舞っていて、だれも言わないがコバルト・シリウスのムードメーカーだ。
そんな彼女が、そんな事を考えていたと知って、少なからず驚いた。
「私には、鋼夜君を守れる力が無い。鋼夜君が死ぬかもしれない時に私が出来るのは死なないようにお願いをする事だけなの。そんな時に私は、あぁなんて無力なんだろうって思うの」
しかし、そう言うライラの顔は悲しみとは無縁であった。
「だけどね、そんな私でも鋼夜君の力にはなれる。蒼火桜のメンテナンスをしたり、傷の補修をしたり、補助装備を作ったり、精一杯鋼夜君が死んでしまわない様に私は頑張っているつもり。だって、鋼夜君は私のヒーローだから」
するとライラは大きく息を吸い込み、ヘリコプター中に響く声で宣言する。
「私はね、鋼夜君が好きだよっ!だからみんなには負けない!」
そう言うとライラはティナの方を向いてにっこりと微笑んだ。
その意図を察してティナも静かに語りかける。
「そうですね、私も自分の力不足は感じています。同じ師匠の元で指導を受けていた筈なのに、何時の間にか鋼夜は強くなってしまって、何時の間にか私は置いてけぼりにされていました」
過去を振り返りながらティナも静かに語り始めた。
「私の能力はみんなに守って貰わねば意味がありません。だから、私はみんなの負担になっているんじゃないかと考えた時期もあります。私の所為で傷付く人が増えるのを見るのはとても辛い、ですが私にお礼を言ってくれる人も居るのです。だから、私は自分自身を嫌った事なんてありません。それも、鋼夜が居たからです」
そして、真っ直ぐに上を見上げる。
「私も鋼夜の事は愛しています!鋼夜は私のものです!絶対に渡しません!」
そう、言い切った。
二人はすすり泣く声が聞こえなくなったのを確認してから、操縦席の方へと戻って行った。
〜〜〜〜〜〜〜
「二人共……」
ライラとティナの告白は全て美月にも聞こえていた。
というよりも美月に言い聞かせているようであったので、美月はすすり泣くのを止めてそれを聞いていたのだ。
「そうだよ……美月ちゃん……」
すると、前からか細い声で美月を呼ぶ声がする。
ポーラだ。
「自分だけで、背負い込まないで……自分だけが役立たずなんて思わないで……私達はチーム……なんだから……」
「ポーラ……」
「ねえ、美月ちゃん……私も鋼夜君の事が好きだよ……?ねえ、美月ちゃんは?」
「私は……」
美月は返答に困った。言うのが恥ずかしいとかではない。
チームの役に立っていない私がそんな事を言う権利があるのかとか、考えてしまったからだ。
しかし、二人の告白を思い出す。そしてポーラの言葉を。
「私は……言っても良いのか?」
「……良いに……決まってるじゃん……ねえ、美月ちゃんは……鋼夜君の事……好き?」
「……ああ、好きだ。世界で一番好きだ……誰にも渡したくない位好きだ」
「ふふっ……じゃあライバルだね……お互い頑張ろう?」
「ああ!ああ!……勿論だとも」
もう、美月の目から涙は流れていなかった。