第1話 春休みの出会い 前編
4月5日、都会からそれほど遠くもない、しかし決して都会とは言えない町『有賀島町』にある『歌田音アパート』の105号室の住人である俺こと『天川 駿』はテレビを前に先ほどからアクションゲームに熱中していた。
「よし……あと少しで……」
決して簡単とは言えない敵ボスとの戦闘。そんなそれなりに精神力が少しずつ削られる戦いもあと少しで終焉を迎えようとしていたその時!
《ぐわあぁぁあぁ……》
ほんの一瞬。気持ちの緩みが生んだわずか1秒にも満たないその一瞬の操作ミスで見事に敗北を喫してしまい、画面からは主人公の断末魔が部屋に響き渡る。
「ざっけんなよ!! このくそったれ!!」
本当にあと一歩と言うところでの敗北ほどストレスの溜まるものは無い。ただでさえその一瞬に至るまでのプロセスが面倒だと言うのにボスを倒すためにはもう一度そこまで行かなければならないと言うことは苦痛だった。
「はぁ……。喉乾いた……」
極限まで、とは言い難いがそれでもそれなりに集中して数時間ゲームをプレイし続けていたのだ。当然喉が渇いたっておかしくは無い。
と言うことで喉の渇きを潤そうと数時間ぶりに立ち上がり台所にある冷蔵庫へと足を運ぶ。しかし……
「……何も飲みもんねぇのかよ」
冷蔵庫の中に喉の渇きを潤せるようなものは何も入っていなかった。あるのは今日、明日の分の飯の材料くらいだ。
(さて……どうしたもんかな……)
もちろん、台所なのだから蛇口をひねれば冷たい飲料水くらいいくらでも出てくる。喉の渇きを潤す、という目的だけを達成したいのならばそれで十分なのだがいくら飲めるとはいっても所詮は水道水。お世辞にもごくごく飲もうと思える代物とは言えない。
とは言え、だからと言ってわざわざ外に出て行って最寄りの自販機で飲み物を買うのもまた面倒だった。
「……たまには外に出てみるか」
少しの間考えてみたものの、手間より味を優先することにした俺は『適度な運動もたまには必要』と無理やり自分を納得させて最寄りの自販機にまで飲み物を買いに出かけることにした。
とりあえず、携帯、財布、家の鍵だけをポケットに突っ込んで部屋の戸締りをし玄関の扉を開けた。
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まるで作業をこなすような手つきで玄関の鍵を閉め、最寄りの自販機に向かおうと道路の方に顔を向けた時大家さんの姿が目に入った。宅配便でも待っているのか、その視線はしきりに時計と道路の間を行ったり来たりしていたが関わるのは面倒で嫌なのでさりげなく、しかしこっそりと反対の道へと向かおうとしたのだが……
「あぁ、駿君! 良い所に来たね!」
……このオッサンは対人レーダー網でも張っているのか? なんで狙ったかのようなタイミングでこちらを向く? とにかく、今この人の相手をするのは願い下げだ。だが、こちらはあくまでも住居を借りている身。あまり失礼な態度を取って追い出されでもしたら大変なのでとりあえずは返事だけでもしておこう。
「なんすか? 今忙しいんで後にしてもらえます?」
嘘じゃない。うん。大丈夫。実際結構喉乾いて死にそうだし、これは命にかかわる重大なことだ。決して嘘なんかじゃない。
しかし、そんな俺の言葉をちゃんと聞いたのか聞いていなかったのか大家さんは
「はっはっはっ! 相変わらずつれないねぇ。それじゃあモテないぞ?」
と笑いながら、そして無駄なひと言を付け加えながらこちらに近づいてきた。ニヤニヤしたままこっち来るな気持ち悪い。
「別にモテようとは思ってません。後俺……」
「いやぁ、実はね今日新しい入居者が来るはずなんだけどさ。まだ来ないんだよねぇ……。来るって言った時間からもう一時間も経つのに」
なんて強引な人なんだ。人の話を途中でぶっちぎって無理やり自分の話に持っていきやがった。ならば!
「そこでさ……」
「人探しならお断りです。仮にやるとしても、今月分の家賃をタダにしてくれない限りやりません」
何が何でも俺を手伝わせたいんだろうが、俺だって絶対に大家さんの手伝いなんてやりたくない。だから大家さんの手口をそのまま使わせてもらって無理やり話を終わらせ、自販機のある方へと歩き出した。
「そんなつれないこと言わないでさ……新しい入居者の人さ……めっちゃ可愛いってよ!?」
知るかそんなの。つーかそんな釣り台詞に誰が引っ掛かるかよ。変態かあのオッサンは。
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「……で故障中か。楽しい脳味噌してんなこいつ」
変態オヤジの大家さんから戦略的撤退をして自販機までやってきたのはいいが、大家さんの恨みか何か自販機は故障しているようで『故障中』の張り紙が貼られていた。
(とは言え、今戻れば確実に大家さんに働かされるよなぁ……)
水道水以外の飲み物にそこまで執着するつもりはないが手伝いをやらされるのは面倒なので戻る気にはなれず、結果俺の取った行動は
「面倒くさいけど散歩がてら自販機探すかな」
と独り言をつぶやいて、アパートの反対方に向かって歩き出すというものだった。
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さて、どのくらい歩いたかな? 流石に引っ越してまだ一カ月も経過していない町だ。ある程度の道は覚えたものの、自販機がどこにあるなんてことまでは覚えていなかった。つーか普通そんなこと覚えようとする奴いないだろうし。
なかなか見つからない自販機を探し歩き続け、そろそろ歩くのも疲れる頃か、と思った時ようやく目的の物を見つけることが出来た。いつものようにポケットから財布を取り出し、小銭を用意する。うっすらと汗をかくほど歩いたのだ。買うものなど決まっている。
自販機の前に立ち、小銭を入れた俺は迷いなくスポドリのボタンを押す。ガコン! と音を立てて落ちてきたスポドリを取り出すと同時に一口呷(あお)るが、その瞬間自分がミスチョイスしたことに気付いた。
「うぇぇ……甘すぎる……」
汗をかくと言うことは体内の水分を失うことでもある。そんな状況で薄めもしないそのままのスポドリなど甘過ぎてただの砂糖水同然に飲みにくいと言うことを完全に忘れていた。
(お茶か水にすれば良かったな……失敗した)
今更後悔したところで後の祭り。金が戻ってくる訳でないし、嘆いたところでどうしようもない。それでも後悔を覚えずには居られずにいると、そよ風が吹いた。
春らしい、気持ちのいいそよ風だった。
(……たまには外を歩くのも、悪くはないな)
綺麗に晴れている空を見上げながらふとそんなことが頭をよぎる。そのまま何をするでもなく、何を考えるでもなくただボーっと空を眺めているとどこからかかすかに歌声が聞こえてきた。
(歌声? 一体どこから聞こえてくるんだろう……)
まるで呼ばれるかのように歌声の聞こえる方向へと歩を進めると小さな公園が現れた。どうやら歌声はこの公園から聞こえてくるようだ……というか目の前で既に歌ってる張本人がいるから推量じゃなくて断定なんだけどな。
その公園で歌を歌っている人物は、どちらかと言うと青に近い緑色の髪をツインテールにしている俺と同い年くらいの女の子だった。
(声、綺麗だな……)
それが、俺の正直な感想だった。しかし、すぐに我に返りこちらの存在を悟られる前に急いで彼女に背を向け歩き始める。
(あぶねぇあぶねぇ……あと少しで変態みたいに思われるところだったぜ)
公園の近くの曲がり角を曲がりながら、そんなことを思いつつアパートに向かって歩いていると背後から声をかけられた。
「あの……すいません! 財布……落としませんでした?」
「え……?」
その言葉を聞くと同時にポケットに手を突っ込んで財布が無いことに気付く。そして一体どんな人が届けてくれたのかと振り返ると、そこにはさっきの女の子が俺の財布を差し出していた。
「あ……どうも」
なんだか異常に気まずい。だが、届けてくれたのはありがたいので素直に礼だけは言っておいた。だがそれだけだ。それ以上かかわるつもりは俺には無い。だって面倒くさいし。
ところが、立ち去ろうと女の子に背を向けた瞬間に
「あっ、あの! ちょっと聞きたいことが……」
と呼びとめられた。無視することも出来たが、財布を拾ってもらったんだからとりあえず答えられる事なら答えることにする。
「なんすか?」
そうは言っても面倒なものは面倒だ。大家さんにしたのと同様にぶっきらぼうな口調で返事をする。そんな俺に気圧(けお)されたのか少し下を向きながら女の子は
「あの……私、今日この街の歌田音アパートってところに引っ越すことになってるんですけど、その……道に迷っちゃって……」
とさらっと衝撃発言をした。驚いた俺は口に含んでいたスポドリを思いっきり吹き出しむせ返る。
「だ、大丈夫ですか!?」
慌てふためく女の子に大丈夫だと手でサインを送り、何とか呼吸を落ち着かせた。
「それで……」
「道なら知ってる。というかそこに俺も住んでるし」
「ほんとですか!?」
これこそまさに一石二鳥。目的の飲み物は買えたし、大家さんの探している人にも会えたから手伝わされることもない。とにかく、これで心配なことはすべてなくなったから後は帰るだけだ。
「じゃあ、案内してやっから」
それだけ彼女に言うと俺はそそくさとアパートに向かって歩き始めた。
「えっ、ちょっ……ま、待ってくださいよ~!」
その後を女の子が慌ててついてくる。
……これが、この先の俺の生き方を大きく変える『初音ミク』との出会いだった。
とりあえず、当分更新は無理です。いきなりですが。状況によりけりですが、二週間後くらいに再開できることを望んでたりします。失踪はしないつもりなので待っていてください。