そよ風に歌声を乗せて   作:おにぎり(鮭)

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第14話 ルカの悩み

「じゃあ、今日はこれで終わりでござる。号令」

 

『さようなら~』

 

 生徒達が挨拶をし終わると同時に、それぞれの行動を取りはじめる。部活に行く者、家に帰る者、残って勉強していく者。皆様々に動く。そんな中、一人だけ様子の違う者がいた。

 

「……ミク殿? どうしたでござるか?」

 

 拙者が声をかけたのはいつもは明るく元気に振る舞って他の者からも好かれているミク殿だった。

 

「あ……がくぽ先生……」

 

だが、拙者の言葉に反応してこちらを見たミク殿の顔は普段の彼女とは似ても似つかぬ程暗い表情をしていた。

 

「何か悩みでもあるのでござるか? 拙者で良ければ相談に乗るでござるよ」

 

 少しでも彼女の心の負担を減らせれば、と声をかけるものの

 

「いえ……大丈夫です。悩んでる訳じゃなくて、ちょっと、疲れ気味なだけですから……」

 

明らかに悩みがあると言った表情を押し殺そうとしている不自然な笑顔を浮かべ、拙者から逃げるように鞄を持って教室から出ていってしまった。

 

「はて……一体彼女に何が……」

 

 早歩きで、しかしとぼとぼと廊下を歩くミク殿の背中を見送りながら、拙者は一言呟いた。彼女に悩みがあるのは疑いようもないが……あまり突っ込むべきではないのであろうか……

     ・

     ・

「がくぽ先生、今日もお疲れ様でした」

 

「おろ? ハク先生。先生も今から帰りでござるか?」

 

 ミク殿のことを気にしつつも一日の仕事を終え、職員室から出ようとした拙者にハク先生が声をかけてきた。

 ハク先生は拙者の後輩に当たる。根はとても良い先生なのだが、どうにも引っ込み思案と言うか弱気になりやすいと言うか……少しのことでも半泣きになってしまう。その上酒にはめっぽう弱いはずなのに酒に逃げると言う、少々癖のある先生だ。

そんなハク先生はいつものすこし控えめな笑顔を浮かべながら、拙者の問いに答えた。

 

「はい。私も今仕事が終わったところです」

 

「そうでござるか。なら今日はちょっと一杯飲みに行かぬか?」

 

「あら、いいですね。行きましょうか」

 

今日みたいな日は酒も良かろう、ということで拙者達はいつも行っている馴染みの居酒屋に向かって歩き出した。

     ・

     ・

「そろそろ新年度が始まって二ヶ月が経ちますね。がくぽ先生は生徒達と仲良くなれましたか?」

 

 駅の近くにまで歩いて来た時、唐突にハク先生が拙者に問いかけてきた。

 

「うんにゃ? どうでござるかな……まだあまり話したことのない生徒もいるから、まだまだでござるよ」

 

「そうですか……私もなかなか皆の名前覚えられなくて、良く間違えちゃうんです。……あぁ、やっぱり私は教師に向いてないのかな……グズッ……」

 

「ハク先生、お、落ち着くでござるよ!」

 

半泣きになってしまったハク先生を慌ててなだめる。これもまた、拙者からすれば既にいつもの光景になっているような気がする。

 

「うぅ……私はどうせ名前も覚えられないダメな教師なんだ……」

 

 いつもの光景とは言え、流石に女性に泣かれてしまうと周りからの視線が痛い。拙者だってこんな状況にはあまり慣れていないのである。

どうしたものかと辺りを見回すと、右方向に見覚えのあるピンク色の髪をした女性がいた。拙者の知る限りではそんな特殊な髪の色を持つ者は一人しかいない。

 

「おぉ~い! ルカ殿ではないか!!」

 

拙者の目線の先にいたのは、かつて卒業した大学を訪れた時に仲良くなったルカ殿だった。

 

「あ……がくぽ先輩……」

 

 拙者に気づき、こちらを振り返ったルカ殿であったが、どうも何か悩んでいるような面持ちであった。

 

「どうしたのでござるか? 随分悩んでいるようだが……」

 

 以前彼女に会ったとこはこのような表情をしていなかった。これは何かがあったに違いないと感じた拙者が問いかけるが

 

「あ……いえ……」

 

当の本人は口ごもってしまった。まぁ、彼女には彼女の悩みがある。むやみに聞き出すことも悪いだろう。

 だが、せっかく会えたのだ。ここは酒の席にでも誘ってみよう。

 

「まぁ、一緒に酒でも飲まぬか? たまには良いだろう?」

 

「でも私、お酒は……」

 

 そう渋るルカ殿に拙者は

 

「良いではないか。そんなにたくさん飲めと申してる訳ではない。それに、酒も適量ならすっきりするでござるよ?」

 

と諭してみる。すると、遠慮がちではあるが

 

「あ……じゃあちょっとだけ……」

 

と承諾してくれたので

 

「では行こうか。ハク先生、行くでごさるよ」

 

「えぐっ……はい……」

 

未だに半泣き状態のハク先生を連れて拙者達は居酒屋に入っていった。

     ・

     ・

「で、何を悩んでいるのでござるか?」

 

 居酒屋に入ってしばらくした頃、それとなくルカ殿に聞いて見る。

ちなみにハク先生はやらなくてはならぬ仕事を思い出したと言ってタクシーで先に帰ってしまった。何やらかなり慌てた様子だったが、彼女も自分の仕事くらいはきっちりこなせるだろう。……むしろこなせないと問題なのでそこは手助けはしない。

 そんなハク先生はさておき、ルカ殿は宣言通り拙者に比べれば半分にもならぬ量しか酒を飲んでいなかったが、それでも少し酔いの回ったのかぽつりぽつりと語り始めた。

 

「私、今年下の女の子達と仲良くしてるんですけど……あ、別に小学生とか幼稚園生とかじゃないですよ? ……で、その子達は中学二年生と高校一年生の子達で名前はリンちゃんとミクちゃんって言うんですけど……」

 

「そういえばルカ殿は子供が大好きであったな?」

 

 おちょこに酒を注ぎ、酒を口にしながらそう問いかける。

 

「はい……それでその子達とこの間遊んだ時にミクちゃんの友達の家に行こうって話になって……」

 

そんな拙者の問いかけに答えつつ、ルカ殿はおちょこの酒を飲み干した。

 

「……その友の家で何かあったのでござるか?」

 

という拙者の問いにルカ殿は頷いた。

 

「……最初は皆で楽しく遊んでたんです。でも途中からその友達が不機嫌になってきちゃって。でも彼は彼なりに気を利かせたつもりだったんだと思うんです」

 

「というと?」

 

「トランプで遊んでたんですけど、その子ばっかり負けてて流石にイライラしてたみたいなんですね。だから皆に迷惑かけないように席を離れようとしてたんだと思うんです」

 

 拙者は頷き先を促す。

 

「でもリンちゃんが一緒にやろうって言ったんです。……実は彼がずっと負けてる間、逆にずっとリンちゃんが勝ってたんですよ。だからちょっとカチンときたのか彼、きつく言っちゃったんです」

 

「きつく言うとは、どんな風に言ったのでござるか?」

 

少し気になったので聞いてみると

 

「えっと……俺がいなくても十分人数たりんだろ。やるなら俺抜きでやれよ、って冷たく言ったんです」

 

「そうでござるか……それで?」

 

そう拙者が促すと、また酒を少し口にしながら

 

「そしたら、彼の返事にカチンときたリンちゃんが、もしかしてずっと負けてるから嫌になったんでしょ? って挑発しちゃって……」

 

 これだけ条件がそろえばその後に起こったことは想像に難くない。

 

「それで、売り言葉に買い言葉で喧嘩になったのでござるか?」

 

しかし拙者の問いにルカ殿は

 

「ちょっと違うんです。……まぁ結局は喧嘩したんですけど、その時点でミクちゃんが止めようとしたんです」

 

「おろ、そうであったか」

 

「はい……でもミクちゃんの言葉に彼は耳を貸さなかったんです。それでリンちゃんが完全に怒っちゃって……」

 

「そうか……」

 

 まぁ、今までの状況は大体理解出来たのだが、何故それでルカ殿が悩んでいるのか拙者にはまだ分からなかった。これまでの話を聞いている限り、彼女には全く日はないであろうに。

 

「それで、喧嘩になったのでござるか?」

 

「はい……でもリンちゃんも男の子の方も凄い剣幕で喧嘩してて私、止められなかったんです……」

 

そういってルカ殿は再び酒を飲んだ。そんな彼女の表情は、心なしかかなり疲れた印象を拙者に抱かせた。

 

「それで、止められなかった自分が不甲斐なくて悩んでおったのか?」

 

おちょこを弄びながら、そう問いかけた拙者ににルカ殿は

 

「それもありますけど、その後あったことの方が悩みの種なんです……」

 

「と申すと?」

 

「結局、ミクちゃんが止めたんです。私が悪かったんだって言って……でも彼は、すごく冷たい言葉を言って……それで私も頭にきちゃって帰る時に、あなた友達いなくなるわよって思わずひどいこと言ってしまったんです……」

 

 そこまで言うとルカ殿は大きなため息をついて、おちょこをおいて俯いてしまった。

 

「……がくぽ先輩、私自信ないんです。ミクちゃんにあんな冷たい言葉を言った彼も悪いけど、自分の感情をコントロールできないで私、彼にひどいこと言って……。こんなことで教師になれるのか、不安なんです……」

 

俯きながら心の内を拙者に明かし、再度大きなため息をついた。

 

「そういうことであったか……」

 

ようやく、ルカ殿の悩み事がなんであるかわかった。

 

「案ずることはない。おぬしもその友達も皆人間だ。誰しも間違いは犯すものでごさるよ。大切なのはその過ちを次に活かそうとするかどうかではないのか? 大丈夫でござる。ルカ殿ならきっと良い教師になれるでごさるよ」

 

そういった拙者にルカ殿は

 

「……ありがとうございます。先輩のおかげで、少し吹っ切れました。私、これからも頑張ります!」

 

と笑顔を見せてくれた。

 

「うむ。頑張るでごさるよ。ところでさっき言っていた、え~っと……誰だったかな? ルカ殿の高校生の友の名は」

 

「初音ミクちゃんですけど?」

 

「そうそう。ミク殿で……ってミク殿だと!?」

 

今更ながらその名前を聞き驚いた。驚いた拍子に大声を上げてしまい、他の客から注目されたのを咳払いをしてごまかす。

 

「え……先輩、ミクちゃん知ってるんですか?」

 

拙者の反応にルカ殿もいささか驚いた様子だった。が、拙者としてはかなり衝撃的な出来事だ。今のやり取りでかかわった人物がすべて分かってしまったのだから。

 

「知ってるも何も、ミク殿は拙者の担任しているクラスの生徒でごさるよ。ということは友の名は天川駿でござるな?」

 

「え、えぇ……。驚いたわ……先輩の生徒だったなんて……」

 

「拙者もでござるよ。偶然なのか必然なのか……まぁ、二人には後で話を聞いてみるとするでごさるよ。……さて、遅くなってしまったな。帰るとしようか?」

 

 驚くのもほどほどに、程よく夜も更けてきたので拙者達は居酒屋を後にし、ルカ殿とは駅前にて別れた。

 ミク殿の昼間の悩み事、恐らく先ほどルカ殿が拙者に話してくれたことが原因であろう。ミク殿はともかく、天川はかなりの癖を持っている。果たして拙者が首を突っ込むべき問題か……それとも静観して本人達に任せるか……悩むところである。

万が一、これ以上状況が悪化するようであれば……その時はやむを得まい。

ひとり、そんなことを考えながら拙者も家路に着いた。

 




そろそろ書き溜め分がなくなってきたな……感想、誤字脱字報告、待ってます!
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