そよ風に歌声を乗せて   作:おにぎり(鮭)

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第15話 友達の定義

「はぁ……」

 

 私は今日何度目かのため息をついた。

 

(駿君、まだ怒ってるんだろうなぁ……)

 

 ため息の理由、それは駿君とのことだった。

 

(許して……くれないよね……駿君の言う通り、行く直前になって遊びに行っていいか聞くなんて非常識だよね……)

 

 数日前、女子会の流れで駿君のお家に行こうって話になったのはよかったんだけど、そこでリンちゃんと駿君が喧嘩し始めちゃって私がなんとか止めたんだけど、駿君は完全に怒ってて……

それから最近はずっと口を利いてくれないし、登下校も別々になっちゃってた。

 

「はぁ……」

 

 そっと、隣の席を横目で見る。駿君は耳にイヤホンをつけて曲を聞きながら、机に突っ伏して寝ていた。

 

「ミクちゃん、どうしたの?」

 

視線を前に戻し再び俯いていると、突然声をかけられた。

 

「えっ……あ、紅葉ちゃん……」

 

 私に声をかけてくれたのは白河(しらかわ) 紅葉(くれは)ちゃんだった。

駿君の他にこの学校で仲良くなった友達で、いつも一緒にお昼ご飯を食べたりしてる。

 

「何か最近ミクちゃん元気ないみたいだけど、嫌なことでもあったの?」

 

心配そうな目で私の顔を覗きこみながら紅葉ちゃんが聞いてきた。

 

「あ……ううん! 大丈夫。最近ちょっと疲れ気味でさ。五月病ってやつかな?」

 

 紅葉ちゃんにだったら本当のことを話して相談するのもいいかもしれないけど、これは自分が起こした問題だから紅葉ちゃんを巻き込んで彼女に余計な心配はかけたくなかった。

 

「……そう? ならいいけど……何かあったら相談してね? 力になれるかもしれないし」

 

正直、こういうことを言ってくれてすごく嬉しい。でも、その優しさがいつまで続くのだろう、と考えると

 

(あまり仲良くなり過ぎない方がいいのかな……)

 

って思わずにはいられなかった。

 

(私の秘密を知ったら、仲良くはしてくれないよね……)

 

 誰にも言えない私の秘密。

今はこうして普通の公立高校に通っているけれど、本当だったらもっと別の高校に通っていたはずだった。そう、皆が俗に言う[お金持ち]の人が通う高校に……

 でも私はそれが嫌だったから無理を言って普通の高校に通わせてもらうことにしたけれど、やっぱり不安は拭えない。

私の秘密を知った皆が私から離れて行くんじゃないかって、また中学生の時と同じことになっちゃうんじゃないかって、不安にならずにはいられなかった。

 

「……ミクちゃん? 大丈夫?」

 

 名前を呼ばれたことに気づき、はっと我に帰る。

 

「あ……紅葉ちゃん。えっと……どうしたの?」

 

そう質問した私に紅葉ちゃんは

 

「どうしたの、じゃないよ。またぼ~っとしちゃってさ。ほんとに大丈夫なの?」

 

と言い返して心配そうな目で私の方を見てきた。だから

 

「大丈夫だよ」

 

と言って私は笑った。けれどそんな私に紅葉ちゃんは

 

「……ミクちゃん、嘘つくの下手くそだね。全然大丈夫そうな顔してないよ? いかにも悩み事があるって顔してる」

 

ため息をつきながらそう言った。そんな紅葉ちゃんに少し驚いて

 

「え……そんな分かりやすい顔してる?」

 

そう聞くと

 

「うん。だって半分泣きそうな顔してるもん」

 

と返された。

 

「え…?」

 

そんな酷い顔をしているのかと思い、手鏡を取り出して自分の顔を見てみると、そこには確かに泣きそうな私が写っていた。

 

「あ、ほんとだ……酷い……顔だね」

 

「だから言ったじゃん……。そんなに辛いことなら一人で抱え込まないで、相談してね? 私達、友達でしょ?」

 

 『友達』。その言葉を聞いてふと気になった事があった。

 

「ねぇ紅葉ちゃん。友達ってなんなのかな?」

 

私の突然の質問に戸惑いを見せた紅葉ちゃんは

 

「え? ん~……友達って何って聞かれてもなぁ……」

 

と困ったような表情をしちゃったから

 

「あっ……ごめんね。急に変なこと聞いて」

 

そういって慌てて謝る。

 

「ううん。大丈夫だよ。でも聞かれると意外と答えられないんだね」

 

「そうだね……」

 

そんな会話をしているうちに、授業の始まりを告げるチャイムがなった。

 

(……友達って、本当にどういう存在の人のことをいうのかな……)

 

ぼんやりとそんなことを考えながら、私は授業の用意をした。

     ・

     ・

 昼休み、そうそうにご飯を食べ終わった私は恐る恐る駿君に近づいていく。駿君はまだお昼ご飯を食べていた。

 

「ね、ねぇ……駿……君」

 

「……………」

 

言葉の代わりに返されたのは恨めしそうな、もしくはうっとうしげな視線。思わず、それに怯えて肩をすくめた。でも、ここで帰る訳にはいかない。

 

「あの……この間は……ごめ……」

 

「いらねぇよ。謝罪なんか聞きたくもない」

 

私の言葉を遮るように放たれたその一言に、私は心臓にナイフを突き立てられたかのような衝撃を与えられた。予想以上の反応にどうしていいか分からない。

 

「大体何でお前みたいな人気者が俺みたいな屑を相手にするんだ? 人気者は人気者らしく華々しい高校生活を送ってろよ」

 

明らかな嫌味。どこか駿君の持つ私への嫉妬心や嫌悪感を感じさせるような一言でもあった。普通の人はここで怒って会話を終わらせるかもしれない。

でも私はそうじゃなかった。

 

「私は……人気者なんかじゃないよ」

 

 確かに今は学年内で噂されてるとか聞くけど、どこまで本当かは分からない。だから、私が人気者だとはいえない。でも、今までの生活を振り返れば間違いなく私は『嫌われ者』だった。だからと思っての一言。

 けれど、その私の一言は駿君をいらつかせるには十分すぎるものだった。

 

「はいはい出ましたよ。ほんとは人気だって知ってるくせに『私は人気者じゃない』って謙遜する奴。いらねぇんだよそんな謙遜。嫌味にしか聞こえないね」

 

「そんな……そんな意味で言ったんじゃ……」

 

「同じことを二度も言わせるなよ。人気者は人気者らしくしてればいいんだ。変にお忍び気分を味わってもらうのは見てるこっちが不愉快だね」

 

「……!!!!」

 

 その駿君の一言は、私が過去に言われたセリフとそっくりだった。思い出したくもない過去に言われた……忘れてしまいたい言葉。

 

『お嬢様はお嬢様らしくしてればいいんだよ。変に平民気取られてもこっちがむかつくっつーの』

 

 気が付いた時、私の口は勝手に動き始めていた。

 

「やめてよ……あなたまでそんなこと言うの?」

 

「あ? 俺だけじゃないだろ。他の連中だって……」

 

「止めてよ……そんなこと聞きたくない……」

 

「だけどそれが現実なん……」

 

「やめてって言ってるでしょ!!?」

 

 私の声に驚いた皆が一斉にこっちを見る。さっきまで騒がしかった教室は一瞬で静かになってしまった。流石の駿君も、驚きを隠せないでいる。

 でも、今の私には関係なかった。一番身近に思っていた人から、一番聞きたくない言葉を聞いてしまったショックと悲しみに耐えられなくて教室を飛び出す。

後ろで誰かが私の名前を呼んでいたような気がするけど、そんなことはどうでも良かった。ただ、ただ悲しかった。下を向いて、当てもなく早歩きで歩く。

 ふと辺りを見回すと、そこは使われていない物置代わりの教室だった。導かれるように教室に入り、内側からカギをかける。そして、丁度教室の真ん中に置かれている埃だらけのソファに突っ伏して大声で泣いた。

 

「駿君の……ばかぁぁぁぁぁぁぁ!! うぅぅ……ぐずっ……」

 

 まだ会ってから半年も経っていないけれど、それでもどこか親近感を覚え仲良くなろうと頑張ってきた。私が発作を起こした時も優しく介抱してくれた。何度も私のくだらないわがままに付き合ってくれた。それなのに……それなのに……

 そう思えば思うほど、悲しくて、辛くて、これからどうすればいいか分からなくて……涙が止まらなかった。

 

「嫌だよ……」

 

誰に言うでもなく、虚空に向かってつぶやく。

 

「まだ友達でいたいよ……!!」

     ・

     ・

     ・ 

     ・ 

     ・

 今日もおおむねいつも通りにホームルームを終わらせた拙者は、そそくさと教室を出た。

その理由はまた厄介なもので、この間ルカ殿との話題に出てきた生徒『初音ミク』……ミク殿が午後の授業からいないと言うのだ。厄介事に巻き込まれていなければいいが、と心の中で呟く拙者にもじわじわと焦りが生まれる。次から次へと最悪の想像が膨らむのだ。

 昇降口を確かめてみるものの、ミク殿の下駄箱にはしっかりと革靴が入っており上履きは無かった。つまりいるとすればこの校内のはずなのだが……

 

「ミク殿……一体どこへ……」

 

 彼女の行きそうなところを手当たり次第に探す。流石にいくら拙者でも女子トイレや女子更衣室には入れないのでそこは後輩のハク殿にお手伝いしてもらったのだが、いなかったようだ。

 もう大分校内全域は探したと思うのだが、どうしても見つからない。まるで、かくれんぼをしているかのような気分になってきた。ここまで来ると拙者も意地である。かくれんぼの鬼としての意地が半分、何としてもミク殿を見つけ出して無事に家に帰すという教師としての使命感が半分。

そこで、あることに気が付いた。

 皆も知っていると思うが、かくれんぼとは鬼に見つからないような場所に隠れる遊びである。つまり相当見つけにくい所に隠れないと鬼に見つかってしまう。

なにがいいたいか。かくれんぼといったら隠れる場所は大体昔から物置や押し入れ等と言った、普段人の入らないような場所に隠れるのが定番なのだ。そして、この学校にはそれに最適な教室が一つある。恐らくミク殿はそこだろう。

 もしかしたら、ミク殿が内側からカギをかけているかもしれないと思いマスターキーを片手に校舎の隅に位置した物置として使われている教室へと急ぐ。

 案の定、鍵がかかっていた上ノックをしても返事が無かったのでマスターキーで解錠し、教室の中へと踏み込む。

その中に、ミク殿は確かにいた。教室の中央に置かれたソファに突っ伏す形でピクリとも動かない。

 

「ミク殿、探したでござるよ」

 

そう声をかけながら近づくが、反応が無い。

 焦る気持ちを抑え、ゆっくりとミク殿に近づくとなんてことは無いただ眠っているだけだった。

 

「ミク殿、起きるで……」

 

眠っている彼女を起こそうとした拙者の手が止まる。彼女の頬には涙の跡が残っており、そしてソファには彼女の涙で作られたであろう染みが出来ていたのだ。

 

「ん……あ……がくぽ……先生?」

 

「あ、あぁ……目が覚めたのでござるか」

 

 目を覚ましたミク殿が目をこすりながら拙者を見る。その目は真っ赤に腫れていた。相当泣いていたのだろう。

 

「どうしてこんなところに居たのでござるか?」

 

 優しく、そう問いかけた。怒りは感じないし、怒るつもりもない。ミク殿はいつも真面目だし、他の教員から評判も良い。そんな子が隠れて何かまずいことをしていたとは拙者には到底思えなかった。

だが、だからこそどうして午後の授業全てを受けずにこんな場所に一人でいたのか拙者には分からなかった。

 拙者の問いに始め、ミク殿は答えようとしなかった。けれども、ぽつりぽつりと誰に語るでもないような口調で語り始めてくれた。

     ・

     ・

 それからたくさんのことを聞いた。

天川に会えてよかったと思ったこと、まだ出会って間もないけれどもたくさんのことをしてもらったこと、友達でいたいと心から思ったこと、自分と似ているなと思ったこと。この間喧嘩したと言うこと。

そして……今日酷いことを言われたと言うこと。

 それを語る彼女の表情は、魂が抜けてしまったかのようにどこまでも無表情だった。恐らく、泣き疲れてしまって感情が麻痺しているのだろう。

 

「……私、どうしたらいいんでしょうか?」

 

「……………」

 

「謝ろうと思っても、ただあの人を怒らせるだけだったし……もう……無理なのかな」

 

 ここで再びミク殿の瞳に涙が光った。涙を浮かべたミク殿はこちらを見、問いかける。

 

「先生……友達ってなんですか? ただずっと一緒に居られる関係じゃダメなんですか?」

 

『友達』。かつての拙者もそれについて悩んだ時期があった。きっと、同じ人間として生まれたのなら、きっと世代を超えて皆同じようなことで悩むのではないだろうか?

 

「ミク殿、良く聞くでござるよ。               」

 

「……え?」

 

 ミク殿の目が驚きに見開かれる。続いてさらに問いかけをしてきた。

 

「でも……駿君は……友達なんていらないって」

 

「それはきっと逆でござるよ。本当は逆のことを願っているのに、自分にも、他人にも素直になれないが故の言葉、だと拙者は思うでござる」

 

「それじゃあ駿君は……」

 

 ミク殿の言葉にうむ、と頷き返す。それで十分だった。やはり、この子は聡明な子だ。学力とかの問題ではなく、人として。

いつしか、ミク殿の目にはいつもの光が戻ってきていた。いや、もしかしたらいつも以上かもしれない。希望に満ちたその瞳は輝かしい光に満ちていた。

 

「先生、私もう一度頑張ってみます。駿君ともう一度仲良くなりたいから……まだ、『友達』でいたいから!」

 

「うむ。がんばるでござるよ」

 

 はい! と、いつもの笑顔と声で返事をしてミク殿は去っていった。

 

「……あ、ミク殿。そう言えば、すごいよだれの後もついていたでござるな……」

 

 翌日、真っ赤な顔をしたミク殿に口止めされたのは言うまでもない。




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