6月10日、木曜日。
学校の授業が全て終わり、ホームルームも終わったので俺はすぐに家に帰る準備を済ませ、教室を出た。その瞬間、背中に視線を感じたがそんなものは無視してさっさと歩く。
長い長い一週間も木曜日が終わり、後は金曜日の授業をやり過ごせばまた土日の休日に入れる。いつものことながら、それが待ち遠しくて仕方が無かった。
どんなことをして土日を過ごすか、あーでもないこーでもないと独り頭の中で計画を練りながら校門を出て家路を急ぐ。
……ちなみに、最近はミクと一緒ではなくずっと一人で登下校をしている。クラスだけでなく、学年内で人気者のあいつにとってもその方が色々都合が良いだろうし、俺としてもそちらの方が気が楽でいい。それに、ついこの間あいつを怒らせたこともある。それが、余計に一人で登下校したいと言う俺の気持ちに拍車をかけていた。
そんな風に考えてはいたのだが、ふと心の隅で何とも言えないモヤモヤしたものがあることに気づいた。
まるでそれは、今の自分の言動を疑問に思っているような……そんな感じだった。しかし、それが本当に俺の思っていることかどうかも分からない。自分のことであると言うのに、自分でも良く分からなかった。
だからこそ、余計にそのモヤモヤしたものが気になって仕方が無かった。そして同時に、そんなものに気を取られている自分が腹立たしくて仕方が無かった。まるで、皆に『友達なんて必要ない』と自分で言っているのに本当は友達が欲しい、と思っているような気がして。
苛立ちを抑えきれず、拳を握りしめながら家に向かって歩く。そんな俺の頬に雨粒が落ちてきた。
これはあまりよろしくない。雨に降られてずぶ濡れにはなりたくないので、本降りになる前に家に帰ろうと俺は走り出した。
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(結局、今日も話しかけられなかったな……)
がくぽ先生と話してから三日。ずっと駿君に話しかけようとしたけど、いざ話しかけようとするとなんだか気まずくて話しかけられなかったり、駿君がどこかにいっちゃったりして話しかけられずにいた。そんなことをしている内に気がついたらもう三日も過ぎていた。
(どうしたらいいんだろう。でも、せめてちゃんとこの間のことは謝らないとな……)
ずっとそう思っているけど、どうしても話しかけられなかった。もちろん、気まずいとか、駿君が私を意識的に避けているとかって言うのもそうだけど、一番の理由はあの日、駿君の言葉に怒鳴ってしまったことが未だ私の中で尾を引いていたからだった。
「ミクちゃん。一緒に帰ろ?」
これからどうするべきかぼんやりと考えている私に紅葉ちゃんが声をかけてきた。
「あ、うん! 帰ろっか?」
そう返事をして、私たちは教室を出る。せめて紅葉ちゃんには心配をかけないようにと、出来る限りいつも通りの態度でくだらない、でも私にとってはとっても楽しいおしゃべりをしながら昇降口へと向かった。
そんな時、急に後ろから
「あ、初音さーん」
という私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「はい?」
返事をしながら後ろを振り返る。するとそこには見慣れない男の子が立っていた。
「初音ミクさんですよね? 僕、黒田(くろだ) 賢児(けんじ)っていうものです! いやぁ、お会いできて光栄ですよ!」
「はぁ……」
全く見知らぬ人に突然声をかけられ、しかもフルネームまで知られていて何が起こっているのか分からず混乱していると
「ミクちゃん、知り合い?」
と横で紅葉ちゃんがささやいた。
「ううん。知らない人」
そうささやき返すと、そんな私達のやり取りを見た目の前の男の子が
「まあ、知らなくて当然ですよね」
と言いながら私に何かを差し出してきた。
「……? なにこれ?」
差し出されたのはどこかの会社の社員証のようなカードだった。よく見ると、いつだか忘れたけど見覚えのあるマークがプリントされている。
「……!!! こ、これ……」
一緒に見ていた紅葉ちゃんが驚いた表情をして私のほうを向いて
「これ、あの有名な黒田財閥のマークだよ!」
とささやく。これが黒田財閥のマーク? って言うことは彼は……財閥関係者?
「じゃあ、あなたは…」
カードから目の前にいる男の子に視線を向け、恐る恐るそう問いかける。すると、男の子から驚きの返答が返ってきた。
「はい。黒田財閥の御曹司ってところですかね。まぁ、俗に言うお坊ちゃまってやつです」
その言葉に、私は目の前が真っ暗になりそうだった。目の前にいる人が有名財閥の息子だとすれば、当然私のことも知っていておかしくない。
黒田君のように堂々と教えたりしないで皆には秘密にしているけど、私も彼と同じ有名財閥の娘だから……当然、彼もきっと財閥関連のイベントに招かれた時に私と接触しているだろう。私は覚えていないけれど……
でもここでそのことを話されてしまえばいくら紅葉ちゃんでも誰かに話してしまうだろうし、なによりそれを知った皆が私から離れていくのが嫌だった。
「ごめんなさい。私ちょっと今日は急ぎの用事があるから……さよなら!」
黒田君に向かってそう言って、私は紅葉ちゃんの手を引っ張って逃げるようにその場を去った。それが、今の私が考え付く最良の選択だった。
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「……いつまでも隠せるとは思わないことですね。初音財閥の令嬢さん」
ミク達が去った後、そう静かに少年は呟く。その目には、野望に燃える炎が宿っていた。彼は一体、何を求めているのだろうか……少なくとも、それは彼にしか分からない。
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「ちょっと! どうしたのミクちゃん!? そんなに逃げるようなことしなくたっていいじゃん! 折角すごい人に声かけてもらえたのに……」
昇降口を出て、校門に向かって歩いている最中に紅葉ちゃんがもったいないと言わんばかりの口調でそう言ってきた。
「ごめんね……でも私、ああいう人苦手なんだ」
謝りながらも、罪悪感は全く感じなかった。何しろ、私のこの先の生活がかかっていると言っても過言ではないくらいの状況だったから……むしろ疑問を口にしながらも、全く怒らない紅葉ちゃんに感謝の念すら覚えた。
「いいけどさ。……でも、お金持ちの人ってほんとなんか違うよね? 雰囲気というかなんというかその辺がさ」
「そうだね…」
なにやら紅葉ちゃんが私に問いかけてきたけれど、私の頭はもう色んなことで一杯だったから生返事を返す。
そんなことを話しながら校門を出た時、雨が降り出した。
「うわっ!? 雨降ってきちゃった!! ミクちゃんまたね!!」
「うん! また明日!!」
お互いそういいながら、反対方向に向かって走り出す。
(もう……折り畳み傘くらい持って置けばよかったな……)
心の中で後悔するものの、傘も何も持っていないので仕方なく鞄を頭の上に乗せて手で押さえながら雨に当たらないようにして家に向かって走った。
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家に着いた頃にはもう全身ずぶ濡れになっちゃってて、とりあえずこのまま家に入る訳にはいくまいと軽く水を玄関の外で払って家に入った。
(それにしてもあの黒田って人……厄介だなぁ……)
濡れてしまった制服をハンガーにかけて干しながらそんなことを考える。この先のことを考えたら、出来る限り接触は避けるべきなんだと思う。へたに接触してしまったら、どこから私の秘密がもれだすか分からない。
それにしてもまさか、同じ学校に私と同じような有名財閥の子供がいるとは思わなかった。
黒田君は堂々と自分の秘密をばらしていたけれど、もし私が同じように今から秘密をばらしたら皆一体どんな目で見るのだろうか? そんなこと、想像するのは難しくもない。きっと……
……また一つ、悩み事が増えてしまった。ただでさえ駿君との仲直りに集中していたいのに、そう言う時に限ってどうしてまたこんな問題が……
そんなことを考えてたら、胸が締め付けられ、頭が痛くなってきた。
(寝よう。今日は疲れちゃった……)
そう思い、髪だけ乾かして寝間着に着替えると、すぐにベッドに倒れ込んで寝てしまった。
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「ん……寒い……」
急に寒気を感じて、私は目を覚ました。
「うぅ……なんか頭がぼ~っとする……」
とりあえず何か飲もうと体を起こすと、ずきずきと頭が痛む。
(やだ、風邪引いたかな……?)
足を踏み出す度に頭が痛み、ふらふらする。それでもなんとか台所にまで歩いていって水を飲む。
からからになっていた喉を潤すことは出来たけれど、頭の痛みと寒気が引く気配は全くなかった。まさかとは思いながらも、体温計で熱を測る。
少し経った頃、体温計がアラームを鳴らした。
「……うわ」
体温計が示した温度は私が予想したよりも高く、それが示した私の体温は38.3度だった。
「……今、何時だっけ?」
起きた直後からずっと頭痛と寒気を感じてて、時計を確認するのを忘れていた。ようやくそのことに気付き、今が何時なのか見るために壁に掛けてある時計に目を向ける。
「あれ? もう日付変わってる……」
時計は6月11日の午前3時を示していた。
(家帰ってきてからずっと寝てたんだ……)
どうやら、私は夕飯も食べずにずっと寝ていたみたいだった。でも、だからといって特にお腹がすいている訳でもない。
とにかく、今は熱を下げることに専念しよう。
(……今から寝たら熱下がるかな?)
そう思って、私はもう一度寝ることにした。
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ビーッ!!
ビーッ!!
「んあ? あぁ、もう朝か……」
目覚まし時計を止め、俺はベットから起き出した。
(今日も学校か……めんどくせぇなぁ……)
朝飯の食パンをかじりながら、そんなことを考える。
めんどくさいと言っても今日が最後。今日さえ乗り切ってしまえばこちらのものだ。そうは思ってもやはり面倒くさいものは面倒くさい。だらだらと準備をしていると、8時になっていた。
「うわっ!? 遅刻する!!」
慌てて準備を終わらせ、家を飛び出す。
自転車は引っ越してくる前にリサイクルショップに売り出して自分の小遣いにしてしまったので、持ってない。つまり学校まで走らなければならなかった。
(走ることなんざ中学以来だぜ……)
中学時代、唯一といってもいい最高の思い出を思い出しながら、俺は学校へダッシュした。
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全力で走ったことが功を奏したのか、何とか遅刻することはなかった。むしろ、若干余裕があったくらいだ。これならばこんなに本気で走ることも無かっただろうなと、僅かに本気で走ったことを悔む。
体力低下に伴ってすっかり上がった息を整えながら教室に入り自分の席に座る。するとそんな俺を待ち構えていたかのように誰かが俺に話しかけてきた。
「天川君、ミクちゃん知らない?」
話しかけてきたのは、クラスの女子だった。確かよくミクと一緒に飯を食ってた奴で、ミクには『紅葉ちゃん』と呼ばれていた奴だと思う。苗字は……俺の記憶が正しければ白河、だった気がする。
「あ? 知らねぇよ。どうせ寝坊だろ」
いくら一時期一緒に登下校をしていたからといって、何でもミクの連絡が俺に来ると思い込むのはやめてもらいたかった。だから、適当にそう返事をしておく。
「寝坊かなぁ? 違うと思うけど」
さっさといなくなれば良いと思って返事したのが、予想に反して相手が言い返してきたことにストレスがたまる。ただでさえこちらは朝からストレスが溜まり気味だと言うのに。
そんな苛立ちがそのまま明らかに棘のある言葉として俺の口から飛び出す。
「ちっ……知らねぇっつてんだろ。そんなにミクが心配なら電話でもすりゃあいいだろうが」
言った直後に、また言い過ぎたことに気づいた。が、訂正するつもりはない。
(はぁ……また逆切れされんだろうな……)
そんな俺の予想通り、白河は
「ちょっと! そんな言い方ないでしょ!? 天川君はミクちゃんの友達じゃないの?!」
と俺に向かって怒鳴ってきた。白河の声に教室に居る全員の視線がこちらに向く。こっち見んなよウザってぇ。
「知るかそんなの! 大体なんでちょっと登下校を一緒にしてただけで友達になるんだよ!? 俺はあいつの友達になったつもりなんてねぇし、あいつだって俺のことを友達と見てるわけねぇだろ!!」
学校に来て早々、ミクの話題を出されてイラついていたことに加え、白河の「友達じゃないの?」的、そして呆れ顔でこちらを見つめるクラスの連中に腹が立ち、思わず怒鳴り返す。
「なんですって……!」
白河がまた何か怒鳴り散らそうとした時、教室に侍担任が入ってきた。
「おろ? 今日は朝から随分と修羅場でござるな?」
「……!? が、がくぽ先生……」
白河が侍担任が来たことに驚き硬直する。
「何があってそんな言い争いをしていたのか、拙者に教えてくれぬか?」
いつも通りの優しそうに見える笑顔を浮かべながら、がくぽ先生が俺達に聞いてきた。
「別に……大した事じゃないです。それに喧嘩の一つや二つくらい、どうってことないでしょう?」
教師まで絡んでくるとなおさら厄介なことになりかねないので、そういってこの話題を終わりにしようと思ったのだが
「喧嘩は良くないでござるよ。それにお互いに気まずいまま終わらせるよりちゃんと謝ってすっきりと終わらせたほうが良いのではないか?」
と、やたら教師面して首を突っ込みたがる。何とかこの侍まがいを黙らそうと口を開いた時
「先生、ミクちゃん、今日学校休むって連絡は言ってますか?」
と白河が横槍を入れてきやがった。
「ミク殿でござるか? 今日は風邪で欠席するという連絡が来ておるが……それがどうかしたのでござるか?」
「いえ……いつももう学校に来てるのに、今日は来てないから……」
そう白河が言うと、がくぽ先生は
「なるほど、読めたでござるよ。おぬし達ミク殿のことで揉めてたのでござるな?」
とドヤ顔をして俺達に問いかけてくる。うぜぇ。なんだこのドヤ顔、マジで俺の神経を逆撫でしやがる。
「あ……まぁ、そんなとこです……」
白河が俯きながらそう答える。それに対してがくぽ先生は
「そんなに心配しなくても、ミク殿なら月曜日にはちゃんと学校に来れるでござるよ」
とまたも優しそうに見える笑顔で白河に言った。
「でも……」
それでも暗い表情の白河に向かって先生は
「大丈夫でござるよ。それに、紅葉殿のそんなくらい顔をミク殿が見たらきっと心配してしまうでござるよ」
といかにも決め台詞的な感じで言った。
(茶番だな……くっだらねぇ)
まるでどこかの漫画の世界にありそうなシチュエーションに呆れながら椅子にふんぞり返った。
「さて、ホームルームを始めるでござるよ。皆の者、着席するでござる」
こうして、今週最後のめんどくさい学校が始まった。
(……友達だと? そんなくだらない存在作ってなんになる? どうせいなくなるのがオチなら……)
この前の女子会(笑)の連中が来た時のルカさんの言ったことやさっき白河に言われた『友達』という言葉が頭から離れず、無性にいらいらしながらホームルームを過ごした。
俺には友達なんて昔から居なかった。いや、友達がいた時期だってたくさんあったが、いつも長続きせずすぐに皆俺から離れていった。そんな俺なんだ、今更友達を作ったところでまたすぐにいなくなってしまうだろう。それならばいっそ作らない方がマシだ。皆が俺から離れていってしまうかもしれないリスクを負うくらいなら最初から……
そんな陰気臭い考えを振り払おうと、かぶりを振ったが忘れようにも忘れることは出来なかった。
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