嫌々ながらもマイクを握り、入れた曲が流れてくるのを駿君が待つ。緊張しているのかその表情は硬かった。そんな駿君から画面に視線を移すと、画面に映し出された曲は意外にも有名なアーティストの有名な曲だった。
緊張しているせいか、始めの方はうまく歌えていなかったみたいだけどサビに入った辺りから本調子になってきたのかだんだん迷いのない声になってきた。
歌う前、駿君は散々自分は音痴だって騒いでいたけれど、正直そんなことはなかった。むしろ、素直に上手だと思ってしまうくらいの歌唱力だったし何よりそれを裏付けるように歌ってる時の駿君の表情は殺気までとは別人みたいに楽しそうな表情だった。
そして、歌い終わった駿君が一息ついてマイクを置く。その動作すら、なんとなく様になっていたように見えた。そんな駿君に拍手をしながら
「駿君上手じゃん!!」
って言うと駿君はなんだか照れくさそうな表情で
「ま、まぁ、好きな曲だからな。結構口ずさんでたりもしてたんだ」
そう答えながらコップを持って立ち上がった。ジュースを取りに行くんだろうな、とは分かっていたけど思わず何をしに行くのか聞いてみる。
「駿君、どこ行くの?」
「見りゃわかんだろ」
うん……分かってたよ? 分かってたけどね? もう少し優しく言ってくれたっていいんじゃないかな? なんて思っていると、駿君の頭にルカお姉ちゃんの拳骨が振り下ろされた。
「いぃぃってぇ! ちょ、ルカさんいきなり何をするんすか!」
「あなたねぇ! もう少しミクちゃんを思いやった言い方出来ないの!? ほんっとあなたって人は……」
まるで頭痛の種みたいな扱いをされた駿君は、一瞬怒り出しそうな表情をした……と思ったら私の顔を見て突然気まずそうな表情をした。
「え? 駿君、どうしたの?」
訳が分からなくて、そう聞いたら駿君は
「じ、ジュース取ってくるけど……なんか注いでこようか?」
ってそっぽ向きながらそう聞き返してきた。一瞬どういうことか分からなかったけど、すぐに私にきつく当たったことを反省してくれたんだってわかった。だから、そんなに気にしなくていいよってことを行動で示そうと私もコップを持って立ち上がった。
そんな私を見た駿君が
「いや、別にオーダーしてくれりゃ持ってくるけど……」
って言ってくれたのに少し嬉しさを感じながら
「私も行くよ。誰かジュース持ってきて欲しい人いる?」
そう駿君に答えた後、皆にジュースを持ってきて欲しいかどうか聞いたけれど、誰もいなかったからまだちょっと気まずそうにしている駿君と二人でジュースを取りに行った。……なんだかみんなの顔がどことなくニヤニヤしてたような気がしたけど、気のせいかな?
ミクちゃんたちが行った後、その場にいた誰もが大きなため息をついた。せっかく仲直りしたというのに、駿君はそれを台無しにする気かとだれもが思ったからだった。私が鉄拳制裁を下した後、ミクちゃんの顔を見た彼のリアクションからするとわざとではないみたいだったけれど……
「まったく……駿兄も冷や冷やさせるなぁ」
リンちゃんの一言がその場の全員の気持ちを代弁していた。……ミクちゃん、ほんとに大丈夫かしら?
前を行く駿君は相変わらず何も喋ったりしてくれなかった。きっとこの人はこの人なりにさっきのことを反省してくれているんだろうから喋らないんだろうけど。
それでも何も喋らないのはちょっぴり寂しいから、前からちょっと気になっていたことを聞いてみることにした。
「ねぇ駿君」
「ん~?」
駿君の声は至っていつも通りでほんの少し安心した。だから、思い切って気になっていたことを聞いてみる。
「駿君の好きな女の子のタイプって何?」
「な、なんだよ藪から棒に。……ん~好きなタイプって言われてもなぁ……」
何となく気になってたらから聞いてみただけだったけど、意外にも駿君が真剣に考え込んじゃったから逆に私が慌てて
「あ…いや……ちょっと気になって聞いてみただけだからそんなに真剣に考えなくてもいいよ!」
って思わず言っちゃった。そんな私を見て駿君は不思議そうな表情をしながら
「ふ~ん? まぁ、タイプって言われても俺にはよくわかんねぇけどな。ちなみどんなタイプってのがあるんだ?」
って聞かれたけど、そう言われてみると私にもよくわからなかった。タイプってなんだっけ?
「……もしかして、ミク。お前タイプが何か分かってなかったとか?」
「ちっ、違うよ! ちゃんと知ってるもん!」
「じゃあタイプってなんだ?」
「そっ、それは……例えば……優しい…とか?」
自分でもかなり苦しい答え方だとは思ったけれど、ここで正直に分からないなんて言えないからしどろもどろになりながらそう答えた。これで駿君が納得してくれるかどうかすごくドキドキしたけど、案外そっけなく
「何だ、そんなので良かったのか。まぁ、そんなんでいいなら答えられないこともねぇけど聞きたいか?」
って納得した後、駿君の好きなタイプを聞きたいかって質問されたからせっかくだし聞いてみようと思って聞かせてほしいって答えた。
その私の返事を聞いた駿君は、ジュースを注いだコップを持って振り返って
「わっかんねぇ!」
ってどこか誇らしげに答えた。その言葉を聞いた私は思わず転びそうになって、片手にコップを持ってることを思い出し慌ててバランスを取り直した。その様子を見た駿君が必死に笑いをこらえているのを見てちょっとムッとした。誰のせいでこんなことになったと思ってるの!?
「駿君! 私のことからかったでしょ!?」
「くくく……! からかってねぇよ。事実を言っただけさ」
「からかってる! 絶対からかってるでしょ!? ちゃんと教えてよ!」
ここまで来ると私も意地だよ? 何としてでも駿君の好きな女の子のタイプを聞き出すんだから! ……そう思っていた私の気持ちは一瞬で吹き飛ぶことになる。
「からかってたのは事実だけど嘘はついてない。なんせ今まで俺はリアルに女子と話したことなんてねぇんだからな。ま、俺が女子に興味がなかったっていうのもあったけど、俺は他人から嫌われるタイプの人種だったし。それは、今の俺の学校にいる時の状況からもわかるだろ?」
「あ……」
さっきまで意地でも駿君の好きな女の子のタイプを聞き出そうなんて考えていた自分を呪いたくなった。どう考えても私は駿君の地雷を踏んでしまったし、それはわざとじゃなかったにしろ言い訳なんてできないくらい私が悪かった。
「し、駿君……その……ごめんなさい」
どうしてあんなことを考えていたんだろうと、自分を責めながら謝った私に返された言葉は予想外な言葉だった。
「は? 何に対してだ?」
「え…?」
「いや、え? じゃなくてさ。何に対しての謝罪なんだ?」
「え…いや……私が変なこと聞いたから…駿君に嫌なこと思い出させちゃったこと……」
もしまた駿君が怒り出しちゃったらどうしよう、なんて考えが一瞬よぎる。今回ばっかりは私が悪いから、怒られてもしょうがない。けれど、駿君から帰ってきた言葉は再び私の予想から大きく外れたものだった。
「なんだ、そんなことか」
「え……?」
一瞬、私には彼の言葉が理解できなかった。辛い思い出のはずなのに、今駿君は「そんなこと」の一言で済ませちゃったから。
そんな私の気持ちが顔に出ちゃってたのか、駿君はおどけた表情でこう言ってくれた。
「確かに俺は嫌われ者さ。でもそれを気にしたことはないし、別にそれが俺の人間性っつーのかな? まぁ、そんな感じだと思ってるからそこまで苦に思ってない。それに……」
「そ、それに?」
「お前が俺の友達とやらになってくれんだろ? 奇特な人間第一号さん?」
駿君がそう言って笑ったかと思ったら、手が伸びてきて私のおでこにぺちん! っていう音と共に痛みが走った。
「痛っ!」
「おっとこりゃしつれー。思わず強くやりすぎたみたいだ」
「ちょっと! 女の子のおでこに何てことするの!?」
明らかに痛すぎるでこピンを食らって思わず頬を膨らませる。そんな私を置いて、駿君は笑いながらさっさと部屋に戻っていった。私も、その後を慌てて追いかけて皆がいる部屋に戻る。……なんだか、一本取られた気分だった。
部屋の前につくと、中からリンちゃんとレン君の息がぴったり合ったデュエットが聞こえてきた。部屋に入って、椅子に座ってからジュースを飲んで一息つく。なんだかジュース取りに行っただけなのに無駄に体力を使っちゃった気がしなくもない。まぁ……今回は全部私のせいだけど。
(それにしても……皆歌うの上手だなぁ……)
さっきの駿君といい、リンちゃん達といい、皆上手に歌っているからだんだん自分の歌声に自信がなくなってきた。手元にある選曲の機械は私が歌いたい曲の画面のまま止まっていて、あとは送信のパネルを押せば曲が入るんだけど……自信がなくなった私にはそのたった一つの行動が出来ずにいた。
(いっそ、パスしちゃおうかな……)
私が悩んでいるせいで、他の皆に迷惑がかかるくらいならいっそパスをしてしまおうか。そんなことまで考えていると、隣にいた駿君が声をかけてきた。
「次はミクの番なのか?」
「え…あ、うん……まぁ……」
反射的にそう答えた後、しまったと思った。このままだと私が歌わなきゃいけなくなるってことだから。
どうしようか、って悩んでいる私をよそに駿君がさりげなくこぼした一言を私は聞き逃さなかった。そして、その一言は私に大きな衝撃を与えるようなものだった。
「お前声綺麗だもんなぁ。歌うのも上手いしさ。ちょっと楽しみだよ」
「えっ……?」
駿君の言葉に驚いて、思わず疑問の声を上げる。私は、まだ一度も彼の前で歌ったことはないはずなのに……
そんな私の反応を見た駿君は、しまった! とでも言いたげな表情をした後、少しだけ顔を赤くして私の歌声を聞いた時のことを話してくれた。
「あ~……いや……その…なんだ……初めてお前に会ったとき、というかお前を見つけるきっかけがミクの綺麗な歌声だった…からさ」
そこで初めて理解した。どうして駿君は初めて私を見かけた時に、財布を落としたことに気づかないほど慌ててあそこから立ち去ったのか。きっと、私の声を聴いていて私に気づかれないうちにその場を立ち去ってしまおうって考えたからだと思う。というかそうに違いない。
「……何笑ってんだよ」
「え…? ううん! なんでもない!」
なんだか少し駿君との距離が縮まったような気がして嬉しく思ったのが顔に出ちゃってたみたい。けれど、そんな笑っている表情を隠そうともしないで曲の送信ボタンを押す。もう、さっきまでの不安はかけらもなかった。根拠も、具体的な理由なんかもない。なんとなく、今の駿君の言葉を聞いたら歌えるような気がしてきた。ただそれだけ。けれど……それはきっと私にとっては大切なこと。そんな気がした。
「お姉ちゃん! 次、頑張ってね!」
満面の笑みでマイクを手渡してくれたリンちゃんに、同じく笑顔で返しながらマイクを受け取る。
そして、曲が流れ始めて私は大きく深呼吸をし、自分の一番大好きな曲を歌い始めた。