「あの! もう少しゆっくり歩いてください!」
私はそう言ってさっき偶然出会った引っ越し先のアパートの住人だという男の子の後を追いかける。まるで私のことなんかいないかのような速さで歩くから、置いていかれないように距離が離れる度に小走りでその距離を縮める。さっきからこの繰り返しだった。
「あの! 私、初音ミクって言うんですけど……名前……」
それでも、この人に会えた時正直うれしかった。初めての一人暮らしで勇んで実家から離れた知らない町に出てきたのは良かったけど、道に迷って公園で途方に暮れていたから。どうしようもなくって歌を歌っていたけれど、それでもこれからどうすればいいか分からなくて泣きそうだった。
ふと視界の端に人影が見えたような気がしたから慌ててそっちの方を向くと、曲がり角を誰かが曲がっていくのが見えてそれを追いかける途中で財布を拾った。そして今に至るって訳。
それにしてもこの人、全然フレンドリーな人じゃない。さっきから色々話しかけてるのに全然反応してくれないし、本当に私のことなんかいないみたいな態度ばっかりとって来る。
でも、それでもなんだかこの人のことを悪くは思えなかった。……なんだろう? なんか自分を無理やりに抑え込んでいるような、まるで中学の時の私みたいな感じがする……だからかな?
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もういくら話しかけても会話が成立しないって解った私はただ黙って男の子の後ろをついていった。そんな状況になってから少しすると、突然男の子の物じゃない他の人の声が聞こえた。
「あぁ、駿君! 随分戻ってくるの遅かったけど、もしかして探してきてくれた?」
やっぱり、というか当り前だけど私は探されていたみたい。だって大家さんには今から一時間前にはアパートに着くって言ってあったから……
それにしても、大家さんの言葉通りならやっぱりこの人は私を探しに来てくれたのかな?
でも『駿君』と呼ばれた目の前の男の子は
「誰も大家さんの手伝いをするとは言ってません」
ってバッサリと大家さんの言葉を切り捨てた。でも、大家さんが私に気付くと途端に笑顔になって
「そうは言ってるけど、ちゃんと探してくれてるじゃないか! 素直じゃないねぇ~」
豪快に笑った。それに対して駿君は小さく舌打ちをして
「別に。飲み物買いに行ったらたまたま出くわしただけです。じゃ、俺部屋戻るんで」
そう言うとそそくさと自分の部屋の方に向かって言ってしまった。
「……やれやれ。何をあんなに肩肘突っ張ってるんだかなぁ」
「……?」
大家さんの呟きに疑問を抱いていると、大家さんがこっちを向いて
「え~と、初音ミクさん、で良いんだよね?」
って名前を確認されたから
「はい、今日からお世話になります。初音ミクです」
そう自己紹介をして頭を下げた。そんな私を見た大家さんは
「そんなに硬くならないで良いんだよ? まだうちも新築で入居者は初音さんとさっきの子しかいないから固くなる相手なんていなしね」
と豪快に笑いながら言った。
「えっと……さっきの子って……」
「あぁ、駿君の事かい? あの子もついこの間越して来たばかりでね、今年から高校に入るんだって言うし実家からも離れてるみたいだから友達もいないみたいなんだ。まぁ悪い奴じゃないだろうから仲良くしてやってくれ」
「あ、はい」
それから少しの間アパート生活について説明された後、部屋の鍵を渡された。私に部屋の鍵を託した大家さんは自分が101号室に居ると言うことを告げると悠然とした態度で自分の部屋に向かって歩いていった。
(それにしてもあの『駿』って子、今年から高校ってことは私と同い年かな? 仲良くできるかなぁ……)
そんなことを想いながら、これから住むアパートを見上げる。
(今日からここが私の家……)
初めての一人暮らしをする家。不安なことだらけだけど、きっと何とかなるって自分を勇気づけて自分の部屋に向かって歩き出した。
(……一通りやることが済んだら、あの子に挨拶しに行こう)
そう一つ、心に決めて私は新しい我が家のドアを開けた。
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予想通りと言えば予想通りの大家さんの振る舞いに若干いら立ちながらも何とかそれをやり過ごし、自分の部屋に帰ってくることが出来た。さっき買ったスポドリはと言えばずっと握って持っていたせいでぬるくなってしまっていた。それを一口だけ口に含んですぐに冷蔵庫にしまう。
そして、その後は着替えもせずシャワーも浴びずに寝室に直行する。久しぶりの運動が思いのほか体に応えていたのかベッドにダイブすると俺の意識はあっという間にブラックアウトした。
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一体どのくらいの間眠ったのだろうか? 寝る前に時計を見なかったから正確な時間は分からないが、外がオレンジ色に染まっている感じから大体二、三時間は眠っていたのだろう。
目をこすりながら、枕元の時計を見るとディスプレイには[5:30]と表記されていた。
(今は五時半か…)
この時間だと飯にするにはいささか早すぎるし、かと言ってゲームをする気力も起きない。テレビもこの時間帯は特に面白い番組もやっていないし、漫画や小説もあらかた読み切ってしまっていて読もうとは思わない。
となればやはりもう一度昼寝をするくらいしかやることが無いと思いうとうとし始めた時
ピンポーン……
家のインターホンが鳴った。
「……今行きます」
若干不機嫌になりながらも、玄関のドアを開けると例の女の子が立っていた。確か……『初音ミク』さん、だったかな?
彼女は視線を下に向けながら
「あの……一応挨拶しておいた方が良いかなって思ったから……」
と小さな声で言った。
「そりゃご苦労なこったな。別にそんなことしなくていいのに。……いずれ俺とは話さなくなるのがオチだし」
「……え?」
「なんでもねえよ。じゃあな」
近所付き合いなんざやったところで何の意味もない。俺にとっては人付き合いが増えると言うデメリットしかないからむしろやりたくないね。
とにかく一人で居たかった俺はそのままドアを閉めようとした。だが
「あっ! 待って!」
初音さんが手を伸ばしてドアが閉まるのを止めようとしてので慌てて閉めようとしたのを止めた。……何をそんな必死になって俺に構おうとするのかが解らない。
「ねぇ……せめて、名前くらい教えてくれない……かな?」
理解できない女だな。俺の名前を知ったところでどうなると言うのだろうか?だが、まぁ一応名前くらいなら教えてやることにする。
「…………天川 駿」
それだけ告げれば終わると思っていたが、俺の名前を聞いた初音さんは
「じゃあ、駿君! これからよろしくね! 私は初音ミク! ミクって呼んでくれていいから!」
と勝手に自己紹介を始めた。なんと馴れ馴れしい奴だろう、という言葉は呑み込んで
「こちらこそよろしく。初音さん」
とだけ返した。……やはり好きになれそうにはない。俺が一番苦手とするタイプの人種だな。やたらめったらとテンションが高くてやかましい奴。
そんな俺の考えを知ってか知らずか
「ミクで良いってば! それより、そろそろ夕飯の時間だよね? 挨拶も兼ねて大家さんの所で皆でごはん食べようと思うんだけど、一緒に食べようよ!」
と夕飯を一緒に食べないかと誘ってきた。
「……別にいいけど」
夕飯を作る手間が省けるのなら儲けもんだ。ということでとりあえずOKしておく。
「ほんと!? じゃあ、六時になったら大家さんの部屋で集合ね!!」
「あ? ちょっとま……! 行っちまった……」
初音さんはこちらの意見も何も聞かず、俺がOKを出した途端にすごいスピードで自分の部屋に飛び込んでいった。
(面倒な奴……まぁ、とりあえず準備すっか)
本当に面倒な奴だ、と心で思いつつもしかし彼女の存在を心から拒絶しない自分がいることに気付き、ほんの少し不思議な気分になったが、そんなことはすぐに忘れてしまった。