ミクと仲直りしてから二日経った。まだ病み上がりだというのに……いや、病み上がりだからこそか? とにかく、いつも以上にはしゃいでカラオケに行こうとするミクに引っ張られるようにしてついていったのは良かったんだが、まさか俺たち二人だけではなくカイトさんやメイコさん、……そしてこの間派手に言い争ったリンとルカさんがいるとは思わなかった。あ、レンを忘れてたな。まぁ、それは置いておくとして。
正直な話、リンとルカさんにはまだ会いたくなかった。顔を合わせたところでまた喧嘩になることは目に見えていたし、俺自身謝るつもりなど毛頭なかったからだ。
だが、今日ばかりは珍しくその予想が外れた。一番謝ったりなどしなさそうなリンが真っ先に俺に向かって頭を下げ、続いてルカさんまでもが頭を下げてきた。ここまでされてまだ屁理屈をこねるほど俺も馬鹿じゃないし、ミクには悪いをことをしたっていう自覚はあったからいずれ形式的にだけでも二人に謝る必要があるとは思ってた。まさかこんなに早くその時が来るとは思ってもみなかったが。
でもまぁ、何とか二人とも和解は出来たらしい。部屋に張った直後に比べてリンの態度も柔らかくなったみたいだし、ルカさんも心なしか表情が緩んだような気がした。
しかし、俺にはいくつか気になる点があった。それは……
(机の上に並べられた食い物……まだビニールすらとられていないマイク……どういうことだ……)
これだ。まさか俺たちが来るまでの間、飯を食っているだけだったんじゃないか? そもそもこれはカラオケとパーティー、どっちがメインなんだ?
とりあえず、このイベントの立案者であることは疑いようもないミク本人に聞いてみることにした。
現実は無情なもんだ。そして悪い予感ってのはよく当たるもんだ。ミクから返された答えはこういうものだった。
「ん~、まぁカラオケって言うよりは仲直りを兼ねたパーティーって意味合いのほうが強いかな」
俺たち以外のメンバーがいる時点で薄々感じてはいたが、やはり今日のこのイベントはミクを中心に仕組まれたものだったみたいだ。その行動力の速さには脱帽するしかないだろう。同時に、こんな俺みたいな奴のためにここまで企画するミクのお人好しな面には呆れたが。でも、せっかくここまでしてくれたんだ。楽しまないとな。
そう思ってミクの思いっきり遊ぼうという言葉に相槌を返したのが運の尽き。そこから強制的にトップバッターを任されることになってしまった。
なんとか歌い終わった俺は、大きく息を吐きながらマイクを置く。どうやら、思っていたほど馬鹿にされるようなことはないようだ。人並み程度には歌えたのだろう。
ともかく、久々の緊張にすっかりのどの乾いてしまった俺は、手近なコップを持って立ち上がる。その際、ミクにどこに行くのかと聞かれたがそんなもの見ればわかるだろう。なぜにわざわざ聞く?
そんな思いがそのまま口に出てしまった。途端にミクの表情が少し暗くなった、と思った瞬間には後ろから頭を叩かれていた。振り返ると、どうやらルカさんがやったようだ。
いったいなぜいきなり殴られなきゃいけないんだ、と食って掛かるとミクをもう少し思いやれないのか! と言われミクの方を振り返ると…そこにはやや泣きそうな顔をしたミクの姿があった。
思わず、言葉を失う。せっかく仲直りをしたってのに、もうあんな表情をさせてしまったということに思わず罪悪感を感じてしまった。とりあえず、ミクの手元にあるコップはまだ空の状態のままだったから、何かをついてこようか? と聞くと気にしなくていいということを行動で示すつもりだったのか、自分も一緒に行くといい始めた。仕方がないので二人でジュースを取りに部屋を出たが、出る瞬間他の皆がどこかニヤニヤしている……ような気がした。気のせいだ。うん。あんな気持ち悪い顔した連中がみんなこっちを見ていたなんてきっと気のせいだ。
ジュースを取りに行く道すがら、特に話すことも思い当たらない俺はひたすら黙って歩いていたが、ミクの方はその沈黙に耐えられなかったようで突然好きな女の子のタイプはなんだ、と聞いてきた。藪から棒ってレベルの話じゃない気がしないでもないが……とりあえず適当に答えようと思って一つ気づいた。
(…タイプってどういうのを言えばいいんだ?)
なんて考え込んでいると、ミクが慌ててそこまで真剣に考えなくてもいいといった。なら最初から聞くな…とは流石に言えなかった。だから、代わりにタイプってどんなものがあるんだと聞き返す。すると、今度はミクが考え込んでしまった。……こいつ、自分でもタイプが何か分かってないんじゃないか?
まさかと思いつつも、確かめてみると明らかに分かってませんと言わんばかりの
「ちゃんと知ってるもん!」
これである。これじゃバレバレすぎて突っ込む気力も起きないのでとりあえずさらにつついてみることにする。すると、これまたかなり苦しい例が上がった。優しいとか間違っちゃいないだろうが、ありきたりすぎて分かってないってのがさらに強調されてるぞおい。
とりあえず、教えるふりをして結局分からないと答えた。だって分からないんだもの仕方ないじゃん? ミクは思いっきりこけそうになってたけどな。意外とこいついじるの楽しいかもしれない。リアクションいいしなぁ。いじりがいがある。
そんなことを考えながらミクをからかいつつ、今の俺のクラスでの立場を織り交ぜながら事実を教える。それが失敗だった。ミクが再び暗い表情をして俯いてしまったのだ。どうやら、地雷を踏んだと思っているようだ。随分と気にしているのが雰囲気から伝わってくる。
俺としてはそんなに気にしていることじゃないのに、そんなに落ち込まれたらこっちが気を使わざるを得ない。……こういう時ってのはどういってやりゃあいいんだっけな。
そんなことを考えているうちに、ミクの方から謝ってきてしまった。まさか素直に怒るわけにも、というかそのつもりもさらさらないからとりあえずしらばっくれることにしておく。
けれど、ミクは正直に自分が悪いことをしたと言ってきた。相変わらずのお人好しっぷりだな。俺ならそのまま「何でもない」とか言って誤魔化すだろうに。
とりあえず、適当にジョークを言って暗に気にするなと伝える。ついでにフルパワーでこピンのおまけつきだ。悪気はあったが後悔も反省もしない。いつまでもシケた面してるミクが悪い。後ろで何か言ってるミクはこの際放置だ。
部屋の前に戻ってくると、今は鏡音姉弟がアニソンをデュエットで歌っているようだった。それにしても上手い……一体いつ練習してるんだこいつら?
あまりにも上手い二人の歌声に、ややコンプレックスを感じながらふとミクの方を見やると、なんだか思い悩んだ表情をしていた。何を悩んでいるんだろうか? 選曲の機械を持っているところを見ると次はミクの番みたいだが……
だから、さりげなく次はミクの番なのか? と聞いてみた。すると歯切れは悪かったが肯定したから思わず、期待してる的なことを漏らしてしまった。
その途端に、ミクの表情が驚きに染まった。そこで、自分が何を言ったのか初めて理解する。俺はミクに出会ってから今まで、彼女の歌声をまともに聞いたことがなかった。聞いたことがあるのは出会ったときに聞いていたあの歌声だけだ。いわゆる、盗み聞き……みたいなものだ。
ここで変に誤魔化してしまうとまた厄介なことになりそうだと思った俺は、素直にその時に聞いた声が印象的だったからと白状した。それを聞いたミクは、どこか納得したような表情をしたかと思ったら、どこか楽しそうにくすくす笑い始めた。つい少し前までシケた面してたのが嘘みたいだ。
気が付けば、歌い終わっていたリンが満面の笑みでミクにマイクを手渡す。それに同じく笑顔で返しながらマイクを受け取ってミクが立ち上がると、ミクがリクエストしたであろう曲が流れ始めた。
イントロが終わり、ミクが歌い始める。その瞬間、その場の空気が一変した。ミクはただ歌っているだけ。けれど、その歌声には心を震わせる何かがあった。歌の歌詞や曲調、そういったものもあるのだろうが、それ以上の何かを感じた。
優しく、すべてを包み込んでくれるような心地の良い歌声。それは、もしかしたら『初音ミク』という人間をそのまま表現しているのかもしれない。そんな風にも感じた。
(……らしくないな。こんなことを考える俺じゃあなかったはずなんだけどな)
ジュースを口に含みながら、やや自嘲気味に笑う。だが、そう感じたのは確かだった。
やがて、歌を歌い終わったミクに全員からの盛大な拍手が送られた。顔を赤くしながらも、とても嬉しそうな表情を隠しきれないミク。
「やっぱり上手だったな」
俺も、そう賞賛した。
「あ、ありがと……よかった、上手く歌えたみたいで……」
「……なんか馬鹿にされた気がするんだが」
あれで上手く歌えた、ってことは普段もかなり上手いってことだよな? そうだとすると俺なんか音痴レベルじゃないか。今日はそれなりに上手く歌えた方だったってのによ……
「え……な、なんかごめん……」
「ダイジョウブダ。キニシテナイ」
「なんで棒読みなの~!?」
そんなやり取りをしながら、けれどミクの
「今日はとことん歌いまくって盛り上がろー!!」
という一言で、なんとなくもやもやしていた気持ちも吹き飛んだ。
(久々に、俺も羽目を外すかな)
これまで、羽目を外そうと思えるほど仲の良かった連中なんていなかった。そもそも他人と一緒にいることを嫌っていたのだから当たり前だ。
それなのに、ミクに出会ってから今まで俺が常識としてきた色々なことが覆されている気がする。彼女に出会ってから、まだほんの二か月。だというのに、なにかまた俺の中の何かを変えてくれるんじゃないか、そんな予感がした。
(……不思議な奴だな)
いつの日か、俺がミクの中の何かを変えてやれる日が来るのだろうか、なんて柄にもないことを考えながらその日一日をへとへとに疲れるまでみんなと騒いで遊んだ。