「ほらカイト! 早くお酒持ってきなさいよ!!」
殴られるのと命令されるの、どっちが早かっただろう?
殴られた場所をさすりながら、僕は無駄な説得を試みる。
「メーちゃん、そろそろお酒飲むの控えなよ? ただでさえ……」
一昨日子供達の前でも飲んでたじゃないか、という言葉は最後まで言わせてもらえず、代わりに悪意すら感じられるくらいのスピードでビール瓶のスイングが飛来する。
「危なっ!? メーちゃんそれは危ないってば!」
あまりの速度に思わず異議を申し立てるも
「うるさい! いいからお酒持ってきなさいよ!」
と、一喝されてしまった。これで負ける僕も男としてどうかと思うけど、下手に逆らうと頭をかち割られかねないので大人しく従う。僕だってまだ死にたくない。
ちなみに、今僕がいるのはメーちゃんとルカの家。僕はよくここに遊びに……というか酒盛りに連れてこられる。さらに今日は僕以外にも僕達が通っている大学の友人達も来ていて、いつもよりかなりにぎやかな状態だった。
「メーちゃん、これで最後にしときなよ?」
「そうね~。そうするわ~」
(ちっとも終わらせる気ないな……)
明らかにまだまだ酒を飲むと言外に言っているような返事を聞いて、思わずため息をついた。
「はっはっはっ! 相変わらずカイトも尻に敷かれてるな?」
「あーちゃんもそろそろやめとけよ? まだ月曜なんだから、万が一酔いつぶれでもしたら講義が大変なことになるぞ」
「大丈夫さ! 俺ぁそんなに酒には弱くねぇからな!」
そう言ってコップのビールを一気に飲み干すこの男は『青山大樹(あおやまだいき)』。通称、あーちゃん。僕が今通ってる大学で一番仲のいい友達だ。
ちょっとだらしないところが目立つけれど、いい奴だ。それにしたって週明けから飲みすぎな気がするけどね。
「やれやれ……カイトも大変ね。大してお酒が飲めるわけでもないのにいっつもメイコにつき合わされて」
「お互いにね、モモちゃん」
メーちゃんとあーちゃんの酒好きっぷりにため息をついた僕に同情するように微笑ったのはメーちゃんの親友(おめつけやく)である『赤木百花(あかぎももか)』。
ああ言っているけど、彼女は下戸なのでちっともお酒が飲めない。だけど、それを承知でメーちゃんがいつも酒盛りに彼女を連れて行ってしまうから彼女だけは酒の席にいながらお茶やソフトドリンクを飲んでいるのが常だ。
僕としてはいくらメーちゃんといえどそれはどうなんだろう、なんて思ったりした時期もあったけど、モモちゃん本人が酒癖の悪いメーちゃんのストッパーとして自分の意志で付いて行っているだけだと公言した。モモちゃんもお人よしだよなぁ。
最も、彼女曰く
「酔っ払い達の本音って、聞いてて面白いのが多いからそれはそれで楽しいのよ」
っていうことらしい。なんだか、ちょっとモモちゃんの前でお酒を飲むのを控えた方がいいような気がしたのは秘密だ。
多分、酔っ払った勢いで漏らした言葉を後々弱みとして使ってきそうだし……
「カイト、今ちょっと失礼なこと考えたでしょ?」
「え? そ、そんなことないよ?」
「ふぅん?」
その微笑が怖いですモモちゃん。ついでに言うと目が笑ってない。蛇に睨まれた蛙ってきっとこんな気分なんだと思う。
(だ、誰か助けてくれ~!!)
救いを求めようと辺りを見回すけど、酒好き二人はなんだか二人だけで盛り上がってて救いにはならなそうだ。……ヤバい、本格的にモモちゃんの目が怖いんですけど!
「ちょっと姐さん! 飲みすぎよ!!」
僕がさっき渡したばかりのビールを既に空っぽにしてしまい、また新しいビール瓶に手を付けようとするメーちゃんを自分の部屋出てきたルカが止める。
けれど、メーちゃんはそんなルカの言葉などお構いなしに瓶へと手を伸ばしながら
「何よルカ? いいじゃない。お酒は気付になるんだから」
そう言って瓶を開けようとしたけれど
「薬も過ぎれば毒になるとも言うでしょ! 一昨日だってたくさん飲んだんだから、ちょっとは我慢して!!」
「ちょっ! ルカそれ言っちゃ……」
叱るように瓶を取り上げられたうえに、一昨日飲んでいたこともばらされてしまった。
そして、その言葉を聞いたモモちゃんが静かに呟いた。
「メイコ?」
「あ~…いや、その……」
予想はしていたけれど、やっぱり昨日酔いつぶれるまでお酒を飲んでいたことはモモちゃんに隠していたみたいだ。
ちなみにどうしてメーちゃんがここまで焦るのかというと、それにはちゃんとした訳がある。
「メイコ、まさかと思ったけど……やっぱり昨日ふらついたのはお酒ね?」
「う……まぁ……」
「で、今日もそんなに飲んで……明日の講義はちゃんと受けられるのかしら?」
「だ、大丈夫よ!」
「そ、じゃあノートは貸さなくても大丈夫ね。まぁ、頼まれてももう貸さないけど」
「そ、そんなぁ……!」
これがその理由。平日にお酒を飲むときは、自己責任で飲むこと。万が一二日酔いとかで講義が受けられなくても、モモちゃんは一切メーちゃんに協力しないという約束を交わしているからだ。
「あーちゃんもだぞ。明日、二日酔いで講義が受けられないからってノート貸してくれって言われても貸さないからな」
一応、僕もあーちゃんに釘を刺しておくけど
「大丈夫でぇ! 俺ぁ、そこまで軟じゃぁねぇからなぁ!」
って胸張って答えてきた。まぁ、呂律が回らなくなってきてるからダメなパターンだろうけど。
(一応、ノート整理しておくかな。……そういえば、次の定期考査っていつだっけか……)
ノートの整理について考えていると、定期テストのことを思い出し、何となく嫌な予感がしたからスマホのカレンダーを確認する。
すると、なんとも嫌な現実が目に飛び込んできた。なんと、テストまで後二週間ほどしか期限がなかったからだ。
僕は基本的にしっかり講義を受けて板書も取っているから、それなりに対策をすれば赤点を取ることはまずないと思う。けれど、メーちゃんやあーちゃんはしっかり講義を受けているかどうかかなり怪しい。大丈夫なのだろうか? 大学のテストは高校程甘くないってことはわかってるとは思うけど……。モモちゃんは大丈夫だろう。彼女はまめな性格だから。
とにかく、今日のところはもう解散した方がいいと判断した僕は、それをみんなに言う。すると、当然酒好き二人から猛反対が来た。うん、予想してたよ。けれど、とうとうルカのがまんが限界に達したのか、メーちゃんの手から乱暴にビール瓶をひったくり
「姐さん! もういい加減にしてよ!! もう十分飲んだし、姐さんの大学は後二週間くらいでテストじゃないの?」
と結構マジな顔で言った。
その途端、酒好き二人の顔が固まる。……面白いくらいに呆然としてるなぁ、この二人。
「しまったぁぁぁぁぁぁ!!」
叫んだのはあーちゃん。大方、完全に忘れていて対策を何もしていないんだろう。
そして、それを裏付けるようにノートを貸してくれとせがんできた。今回も、予想は大当たりだったけどあまり当たってほしい予想じゃないからそんなに嬉しくない。むしろため息が出ちゃうレベルだよ、これ。
でも、あーちゃんと仲良くなってからはいつも通りのことだからもう慣れた。だから、僕もいつも通りノートを貸すことを約束する。
「ああ! ありがてえ、さすがカイトだぜ!! 俺の心の友よ!!」
……ただ、毎度のように抱き付いてくるのはやめてほしい。暑苦しいし、何より今のあーちゃんは酒臭い。
とりあえず、抱き付いたあーちゃんを引きはがして帰り支度を進めた。そんな僕の横では、モモちゃんのノートを借りなくても大丈夫と虚勢を張っているメーちゃんが、モモちゃんの尋問に負けている光景が広がっていた。
「さぁ、私たちはもうお暇しましょうか」
「そうだね」
結局、ノートを貸すことを約束したモモちゃんはすっくと立ち上がるとそのまま部屋を出ていった。僕らもそれに続いて部屋を出る。玄関口まで、ルカが見送りに来てくれた。メーちゃんは片づけをやらされてるみたいだ。
僕らが靴を履いていると、ルカがモモちゃんに
「赤木先輩、いつも姐さんが迷惑かけてすいません……」
と申し訳なさそうに謝罪していた。そんな彼女に対してモモちゃんは
「いいのよルカちゃん。メイコのアレにはもう馴れたし、あの子のおかげで毎日楽しく過ごせているから」
と笑顔で返す。そんなモモちゃんにルカは頭を下げてお礼を言った。
「本当にありがとうございます」
「いいのよ。またそのうちお邪魔するわね」
「はい。また来てください」
「それじゃルカ、またな」
「また来るぜ!」
「はい。兄さん、青山先輩」
そして僕らは巡音家を後にした。
「それにしても、ルカの奴少し変わったな」
帰り道、不意にそんなことを言い出したのはあーちゃんだった。
「そうね。彼女、すこし明るくなったんじゃないかしら」
あーちゃんの言葉にモモちゃんも相槌を打つ。僕は特に何も口に出さなかったけれど、理由は何となく分かっていた。
多分、ルカを変えたのはミクちゃん達だと思う。彼女たちと出会う前までは大人しすぎるくらいだったルカだけど、ミクちゃん達と出会ってからはどこか活力にあふれていた。その証拠に、昔に比べてかなりたくさん明るい顔をするようになったと思う。
正直言って、あの子たちはすごいと思う。ほんの少しとはいえ、これほど短い間に人を変えることができたのだから。
(僕もいつか、誰かを良い方向に変えてあげられるような人になりたいなぁ……)
そんなことをぼんやりと考えながら、もうほとんど家の明かりが消えてしまったくらい住宅街を家に向かってみんなと一緒に歩いて行った。
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