「あ~……あっづいぃ~」
もう何度目になるか数えるのも億劫になったリンの暑いコールを聞き流しながら俺達四人は歌田音アパートに向かって歩いていた。今日は、俺の家で遊ぼうという話になっている。勿論、うちに皆で遊べるようなものはないから反対したのだが多数決で押し切られた。……うちに来て何して遊ぶんだよ。またトランプか? できれば勘弁していただきたいぜ。二度あることは三度あるってよく言うしな。
そんなことを考える俺の横で、相変わらずリンは暑い暑いと連呼していた。それをレンが諌めるが、そんな程度でリンの暑いコールが止められるわけもなかった。
「暑い~……溶けちゃうよ~」
「そんなんで人体が溶けるなら今頃地球は滅亡してるよ」
「もう、レンは一々揚げ足取らないでよ!!」
「お前がうるさいからだ」
「ふ、二人とも落ち着こう?」
あわや喧嘩寸前になる双子をミクがなだめる。これも、もういつも通りの光景だ。これを見るたびに世界は、少なくとも俺の周囲は平和なんだということを実感する。最も、当の双子は今にも噛みつきあいそうな雰囲気が漂っていたりはするんだが。
とは言え、リンが暑い暑いと連呼したくなる気持ちも分からないでもない。俺だって、この暑さには閉口しているんだ。でも、この国にいる以上暑いうえにじめじめするという機構から逃れられはしないのだから、文句ばかり垂れていても仕方ない。暑いというだけ暑くなりそうだしな。
「それにしても……ほんとに暑いね~」
そう言って額の汗を拭くミク。彼女は熱中症対策として帽子をかぶり、首には冷えたタオルを巻いている。対する俺はタオルもなければ帽子もない。つまりもろに直射日光を浴び続けている訳だからミクの二倍は暑く感じているのだろう。それにも関わらず暑いと俺に言ってくるのは嫌味なのだろうか。まぁ、こいつは嫌味を言ってくるほどひねくれちゃいないだろうからそれは有り得ない。
流石にそれはミクも分かっていたようだ。分かってるのはいいんだが、だからと言って首に巻いていたそう簡単に男子にタオルを貸そうとしないでほしい。色々とよろしくない。主に精神衛生上で。だから、丁重にお断りさせていただいた。そしたら、なんだか僅かに残念そうな表情をされたけど、理由くらいは察してほしい。と言うか、そもそも残念に思うこと自体何かが間違ってることに気づいてくれ。恋人同士じゃあるまいし。
そんなこんなで無事アパートにつくことが出来たが、そこで俺たちは一瞬足を止めた。何故なら俺の部屋の前に中年の男が立っていたからだ。帽子にグラサンといういかにもな格好した男が。
「ね、ねぇ……駿君あれって……」
「泥棒……だよね?」
「俺にもそう見える……」
「……お前ら、ちょっと待ってろ」
皆が泥棒だと思っている人物に、けれど俺はそれが誰だかわかった。分からないはずはない。しかし、あまりにも誤解を招くような恰好で家の目の前に立たれてるんじゃあこっちも迷惑なんでこっそりと後ろから近づき……
「ふんっ!」
「いだっ!?」
背中を思いっきり殴った。男は悲鳴をあげながら前につんのめり、そしてその拍子にグラサンが外れる。その直後にこちらに怒りの表情を浮かべて振り返ったが、俺はそれに怯むことなく相手を見据えた。……やっぱりこいつか。
どうやら相手も俺に気づいたらしく、怒りの表情は一変して笑顔に変わった。
「なんだ駿じゃないか! いきなり親を殴るとは一体どんな神経してるんだ?」
「怪しい格好した奴が家の前に立ってたんでな。泥棒かと思ったんだよ」
「はははは! そいつぁ悪かった。デスクワークばかりしてると、外が眩しく感じてね」
「アンタはゲームのしすぎだろうが」
「お前にも言えるだろう?」
相変わらずだ。本当に何も変わってない。それもそうか。たった二、三ヶ月で激変されてんじゃたまらない。そんなことを考えながら目の前の男を見る。たった一人の俺の家族である、父親を。
「元気だったか? 息子よ」
「おかげさまでな、クソ親父」
「それはなによりだ。で、後ろでこっちを見てる子達は?」
「あぁ、そうだ……おい! もう来ていいぞ!!」
声を上げて皆を呼ぶ。それぞれ戸惑った表情をしていたが、まぁ仕方のないことだろう。俺にとっては見知った存在だが、皆にとってはそうじゃない。兎に角、面倒だが紹介くらいはしておかないとならないだろう。流石に泥棒の片棒を担いでいるとかそんな誤解されるのだけは勘弁だ。
「一応、紹介しておくぞ。こいつは俺の親父だ」
「…………」
俺のその言葉を聞いた途端に皆の表情が凍り付く。……何かおかしなことでも言ったかな? 親父は親父で、なんだか面白そうにニヤニヤしてこっちを見ている。後で顔面パンチは確定かな。まさに『殴りたい、この笑顔』な笑顔だし。
そんなことを考えていると、皆の方から三人分の叫び声が上がった。
「えぇぇぇぇぇぇ!?」
「うわっ!? なんだいきなりそろって叫びやがって!?」
反射的に耳を塞ぎながら、声のした方を睨みつける。そこには、どう対応すべきか分からずおろおろするレン。栗みたいな口して突っ立ってるリン。そんな二人をどうにかしてあげようとするのが先か、親父に挨拶をすることを優先すべきかで悩んでいるのか親父と二人を交互に見てうろたえるミクというまさにカオスな空間が出来上がっていた。
「……とりあえず親父、自己紹介してやれ」
「おう。……ごほん!」
「!!」
あまりにもわざとらし過ぎる親父の咳払いに小さくため息をつくものの、ミクたちには効果覿面だったようで三人とも直ぐに我に返って親父の方に注目する。皆から注目された親父は、なぜか無駄に大人らしい態度で自己紹介を始めた。
「どうも、駿の父親の天川真仁(しんじ)です。息子がいつも迷惑かけていると思うけど、よろしく頼むよ」
「親父、変にカッコつけるなよ。俺が恥ずかしい」
「おま……友達の目の前でそう言うこと言うか?」
「友達の前だから言うんだ」
『…………』
「ほら、駿が変なこと言うから皆どうすればいいか分からなくて困ってるぞ」
「……殴っていいか?」
拳を握りしめて親父の方に向き直る。だが、親父はと言えばそんな俺のことなどお構いなしにミクたちに質問をしていた。
「で、君達はこの子の友達かな?」
「あ、はい。駿君と同じ学校に通ってる初音ミクと言います。息子さんにはいつもお世話になってます」
「私は鏡音リンです! あと、こっちが愚弟のレンです」
「てめ、愚弟とは何だよ! リンの方が馬鹿だろ!」
「あー、はいはいその辺にしといてねちびっ子共」
あわや大喧嘩になりそうな二人の間に割って入ってそれを阻止する。ここで大喧嘩されると俺までとばっちりを食らいかねないからな。主に近所迷惑的な意味で。
兎に角、いったん俺の部屋に入ろう。親父のスポーンというアクシデントがあったから忘れてたけど、俺たちは真夏の直射日光をさっきからずっと浴び続けている。そろそろ中に入らないと、熱中症になっちまいそうだ。俺はともかく、他の三人に倒れられたら大変だからな。親父はカウントしない。いきなり押しかけてくるのが悪いんだ。
「とりあえず、中に入ろうぜ皆。親父はホテルに帰れ」
「あぁ、そのことなんだが」
「……?」
嫌な予感がする。すごく嫌な予感がして仕方がない。そして、それは泣きたくなるくらい見事に的中してしまった。
「お前の部屋に寝泊まりする予定で来たからホテルの予約なんてとってないぞ」
「……デスヨネー」
畜生、ちゃんとうちに泊まるなと釘を刺しておくんだったな。
☆
とりあえず、いきなり押しかけてきた馬鹿親父を寝室に押し込んでようやく一息つけた。
「わりぃな。うちの親父が馬鹿やらかして」
「だ、大丈夫。ちょっとビックリしたけど」
「あれは流石にリンもビックリした……」
「俺も……」
そりゃあ、あんな奴がいきなり来たら俺だってびっくりする。もう少し事前に連絡するとか、何かしらしてほしいもんだが……。まぁ、あの親父じゃ無理か。
とりあえず、アクシデントはあったものの無事に遊ぶことが出来る目途が立ったから、その準備に取り掛かった。勿論、トランプはもうやらない。少なくとも大富豪はもうごめんだ。
「それじゃあ、何して遊ぶの?」
「……え?」
「……え? 駿兄、ちゃんと遊び道具用意してくれてるでしょ?」
「……ゲームなら」
と言うか、むしろ他に家でできることなんてないぞ。ボードゲームの類は家にはない。あるのはゲーム機だけだ。それは前に来た時からみんな知ってるはずなんだが……
しかし、どうやらそれじゃあこのわがまま娘もといリンがよろしくないらしい。とは言え、無いものはない。ある物で我慢してもらうしかないな。
結局、比較的皆で遊べるゲームを引っ張り出してローテーションを回して遊ぶくらいしか出来なかった……と言うより俺はもとよりそのつもりだった。だってそれしか家でできることが無いからだ。まぁ、今回は特に大きなトラブルもなくみんなそろって楽しめたから結果オーライだろ。
「じゃあね~!!」
「おう。またな」
日も大分傾いてきたころ、皆それぞれ自分の家に帰って行った。それを察したのか、のそのそと親父が寝室から出てくる。
「皆は帰ったのか?」
「ああ。もう好き勝手やってもいいぜ。俺は今から飯作る」
そう言って、そのまま台所に立つ。今日は二人分は作らなきゃらんが……材料足りるかな。まぁ、足りなかったら親父の分を減らすだけだ。具体的なスケジュールを伝えない親父が悪いんであって、俺に非は無い。
「そういや、親父はいつまでここに居座るんだ?」
「大体あと三日くらいはここに居させてもらう。何、昼間は俺も仕事だし帰ってくるのは確実にお前より後だ。どうせ、部活入ってないんだろう?」
「……悪かったな不健康で」
地味に痛いところをついてきやがる。俺だって好きで帰宅部になってるわけじゃ……いや、これは自分の選択か。入学直後ではないにしろ、やっぱり他人との付き合い方がイマイチわからない。
「そんなもん、一緒に遊ぼうぜって言えばいいんだよ」
「独り言の盗み聞きか? いい趣味してんな」
「あぁ。俺はいい男だからな」
「公衆トイレでケツ掘られちまえ」
「お前……いつの間にそんなことを……まさか! 初音さんと!?」
「……今ならアンタをずたずたに切り裂いてやれるんだぜ?」
「冗談だ冗談。あの様子じゃ手すらつないでないんだろ?」
一体いつから俺たちはカップル認定されたんだろうか。二人きりでいるのを見られたならまだしも、そんな場面は今日一日どこにもなかった。特別ミクとだけ仲良くしてたわけでもないし……全く持ってこいつの考えていることが分からん。……いつものことか。
あれこれ考えているうちに、飯の支度が出来た。皿と箸を取り出し、夕食として作った焼きそばをよそう。勿論自分の分だけだ。我が家は前からこういうのはセルフサービスと決まっている。久々に親父が来たからと言って、これを変えるつもりなんてさらさらない。
「やれやれ……少しは親を労わってくれてもいいだろ?」
「それならもう少し自重と言う言葉を覚えてほしいな。親父のせいで恥かくとこだったんだぞ。恥をかいたと言い換えてもいい」
「結局俺が恥をかかせたってことじゃないか」
「何か間違ったことでも言ったか?」
口を開けば憎まれ口が飛び出てしまう親父との会話も、もう数か月ぶりになる。ほんの数か月だけど、結構長かったような気がした。きっと、それだけいろいろあったっていうことなんだろう。実際、生まれて初めてな経験も多かったような気がする。主に、人間関係の方面で。
焼きそばを頬張りながら、今日までのことを思い返す。大して面白くもなかった小中学時代と決別する意味も込めて全く知らない土地の高校に進学し、高校の入学式を目前に控えたあの日に俺はミクと出会った。アイツは性格も見た目もかなりいい部類の女子だったから、あっという間に学年全体で有名になっていたのは記憶に新しい。それなのに、ミクは何故か俺の後をくっついて来た。家が隣だったから話しやすかった、と言うのもあるのかもしれない。でも、そうだとしても不自然な程俺と一緒にいることを望んでいた。別に、俺と一緒に居てもいいことはないのにも拘らず、だ。
でも、おかげで今の俺があるんだから恨みごとを言うつもりはない。とは言え、不思議な奴だと言うのは確かだ。……そういえば、ボンボンにも絡まれてたっけな。ミクの奴。その時、なんかやけに怯えていたような気もするけど……金持ち嫌いなんだろうか。
そんなことを考えていると、同じく焼きそばを頬張っていた親父が唐突に話しかけてきた。
「なぁ駿」
「あん?」
「俺さ、前に仕事先で初音さん見たことあるんだ」
「お前は何を言っているんだ」
全く持って意味不明な発言だ。確かにやや不思議な奴だが、親父の仕事先にいるような奴ではなかろうに。大体、親父は学生がいるような場所に行くような仕事はしてないはずだ。
「まぁ聞けよ。お前、ファーストサウンド社って知ってるよな?」
「なんだよ、藪から棒に。知ってるさ。昔からいろいろやって繁盛してる大手の会社だろ?」
「じゃあ、その会社を立ち上げた財閥の名前知ってるか?」
「あのな、俺がそんな細かいことまでわかるほど勉強してると思ってるのか?」
「それもそうだな」
分かっていた返しだけどいざ肯定されるとなんかムカつく。が、今はそれどころでもないようだ。親父の顔が割とマジになっている。
「その財閥の名前、初音財閥っていうんだ」
「随分ストレートだな……捻りの一つ位つけておくべきだろ」
「まぁ、会社名なんていつの時代もシンプルなものが多いさ。その言葉に込められた意味は別としてな。で、だ。もうわかるだろ?」
要は、ミクの苗字と財閥の名前が『初音』と一致していて、親父は仕事先でアイツを見かけたと言っている。今思い出したことだが、親父は会社じゃ結構上司に気に入られているらしく一緒に大企業とかのイベントやらパーティーやらに連れていかれているらしい。で、そんな親父が仕事先でミクを見かけたとすると……
「ミクが初音財閥の関係者ってことか?」
「正解。流石我が息子」
「くだらね。他人の空似だろ」
「そうでもないぞ。あんな綺麗な青緑色の髪を持つ女の子、そうそういるもんじゃない」
仮にそうだとすると、疑問に思うことがある。なぜ、アイツはこんな辺境の高校に進学したのかと言うことだ。財閥の関係者なら、もっといい学校にも行けただろうに。学力だって、アイツは上の中だ。もっと上の高校に行こうと思えば行けるはずである。
そこまで考えて、ふと急にそんなことを考えている自分が馬鹿らしくなった。金持ちの家に生まれたから金持ちが集まる学校に行くとは限らない。この間俺たちに難癖をつけてきたあのボンボンがいい例だ。それに、まだミクが財閥関係者と決まったわけでもない。
「ビックリしたか?」
「そうだな……ま、頭をそれなりに回転させなきゃいけない程度には」
「お前、随分な大物と友達になったもんだな」
「大物……ね。俺にはどうでもいいことだ」
「へぇ……なんでだ?」
そんなことの理由を聞かれても困る。ミクが超がつくほどの大物だろうが何だろうが、今更それを知ったところでどうしろってんだ。嫌いじゃない相手に対してそんな簡単に手のひらを返せるほど俺は器用じゃないし、いきなりそんなこと言われても実感できない。だから、こう答えるしかなかった。
「知るか。強いて言うなら友達だから、だ」
それを聞いた親父が、どこか満足そうな顔で笑う。
「ふっ……成長したな。同時に、うらやましいよ。若いってのは、いいもんだ」
「意味が分からん」
「大人になれば、分かるさ。嫌でもな」
「そういう大人になりたくなくなるようなことを聞かせないでほしいね」
そりゃすまんな、と言いながら水を飲みほす親父を横目で見ながら食器を片付ける。その間も親父は飽きることなくしゃべり続けていたから、全部適当に流し……たりは流石にしなかった。何しろ今のところ唯一何の遠慮もなしに話せる相手だったから。俺の口から出るのは皮肉やら憎まれ口ばっかりだったが、やはり親父との久しぶりの会話はそれなりに楽しかった。
一通り話し終わっていざ寝ようとした時、ふとミクが財閥の関係者だったら、と言うことが頭をよぎった。
「ミクお嬢様……か」
真実かどうかは、本人に聞けばわかる。けれど、聞かなくてもいずれ分かることなのかもしれない。
そんなことを考えながら、俺は眠りについた。
どうも、ご無沙汰してます。最近、どうにも執筆意欲がわかずゲームにばかり現を抜かしておりました。大学のテストもあったため余計にやる気が起きず、二か月ほったらかしに……
現在もそれほど意欲があるわけではないので、更新速度は相変わらず遅くなるかと思いますができるだけ早いとこ続きを上げられるように頑張りたいと思います。