夏休み。それは私達学生にとって思う存分遊ぶことのできる素敵な非日常だと思う。実際、一か月近くも学校が休みなんだから遊ばないだなんてもったいないことはしたくない。
それに折角の夏なんだから、海やお祭り…そうでなくてもちょっと遠くへ行ってみたりと色んな事が出来ることだしそう言うこともやってみたい。まあ、部活があるからそんなに毎日遊んでばかりいられるわけじゃあないけれどね。でも、今年も楽しい夏休みを送れたらいいなって思ってる。…レンはきっと今年も家に引きこもってゲーム三昧だろうけど。
「なんだよその出来の悪い弟を見るような眼は」
「別にそんなこと思ってないけど?」
「嘘つけ。どうせ俺は夏休み引きこもるんだろうなーとか思ってたんだろ」
「なんだ、自覚あったんだ」
自覚があるなら外に出ればいいのに。それでも引きこもろうとするのはやっぱりひねくれ者だからなのかな? 同じ双子なのにどうしてこう正反対な正確になったんだろう。
「俺からすればどうして同じ双子なのにお前がそんなに単細胞なのか知りたいね」
「ちょっと! それどういうこと!?」
「世界はお前が考えてるほど単純には出来てないってことさ」
なんか頭にきた。もういい。レンなんか放っておいてさっさと家に帰ろう。どうせ私達は似てないからいいんだもん。
「我儘姫さんの相手は大変だ…」
「聞こえてるんだけど」
「そりゃ失敬」
「もうっ! 一回ぶん殴るよ!?」
「ボウリョクハンターイ」
よし、一発引っぱたいてやる。というか、引っぱたかないと気が済まない。ここは姉として出来の悪い弟に躾をした方がいいかもしれない。いや、しなければならない。しなくちゃいけないんだけど……
「わぁっ!?」
勢い付けて右腕を振りかぶったと同時に小石か何かを踏んづけちゃった。地面に正しく力を伝えられない。バランスが崩れて、視界が傾く。衝撃と痛みに備えて、最後の抵抗としてギュッと目をつぶった。でも、そんな私の体に伝わってきた衝撃はアスファルトの堅い感触じゃなくて、もっとやわらかくてそれでいて力強い何か……
「あっ……」
「ったく……相変わらず世話の焼ける姉だよなぁほんと」
私の体に当たっていたのは、レンの体だった。どうやら、転ぶ寸前に私のことを支えてくれたらしい。途端に顔が熱くなってレンから離れる。そしてそのまま家に向かって早足で歩き始めた。足音が聞こえないあたり、きっとレンはきょとんとして突っ立ってるんだろう。
でもそんなことは関係ない。当たり前だ。道端で同い年の男の子に転びそうになったところを抱きかかえられるなんて、誰かに見られてたら恥ずかしくって死にたくなる。…知ってる人に見られていないといいんだけれど……
(でも…ちょっとだけ……嬉しかった…かも)
「…っていったい何を考えてるのよ私はぁ!」
「何一人で叫んでんだお前」
「れ、レン!? うっさい! ほっとけ!」
「はぁ?」
相変わらず空気の読めない弟でほんと苦労しちゃう!
・
・
その後、家についてからもレンとは気まずくて一言も口をきいてない。とはいっても、私達が喧嘩して口をきかないなんていつものことだし……そうでなくてもレンはゲームばっかりで私の相手はしてくれないし、私も私で外に出かけてたりなんだりと忙しいから結局口をきいてない。強いて言うなら今日は近くを通りがかったりするたびに気まずく感じるくらいかな……
で、そんな気まずい雰囲気になる日に限って私は暇だったりしてる。宿題は…まあそのうちやるとして他にやることが無い。外に行きたいけど暑いし……
結局、何もやることが見つからなくてリビングでボーっとしているとお母さんが声をかけてきた。
「リン。今年の夏休みはお友達とどこかに行く約束はしたの?」
「ん~? まだだよ」
「そう。それじゃあミクお姉ちゃんたちと別荘でも行って来れば?」
「あ~…いいかもねそれ。…ん、別荘?」
「あら、覚えてない? 小さい頃結構行ったのよ?」
全く記憶にない。いや…言われてみればそんなこともあった様な……
「レーンー! アンタ別荘…」
「うっせ! 今集中してんだ!」
「ちぇー。これだからゲーム脳は……」
「レン。あんまりゲームばっかりしてるんじゃないのよ」
「はいはーい」
聞いてないな、アレ。人の話を聞かない愚弟は放っておいて、取りあえず別荘のことを思い出そうと頑張ってみる。そこに、古いアルバムをもってお母さんが私の横に来た。
「ほら、これよ。覚えてない?」
「あー…なんか見覚え有るかも……」
「まあ、最後に行ったのも大分前だから結構汚れてると思うわ。ついでだから皆で掃除してきてよ」
「それはつまり私達に掃除をさせるのが主な目的で、旅行は釣り餌ってこと?」
「流石私の娘。よくわかってるじゃない」
…頭痛くなりそう。まあ、久しぶりに行くのもそれはそれで面白いかもしれないから釣り餌に食いつくとしよう。
「で、お母さんたちはどうするの? 一緒に来るの?」
「私達は夫婦水入らずのラブラブデートしてるから心配しないで」
「……つまり?」
「私達は別の場所旅行してるから気にしないでってこと」
「「何それずるい!!」」
なんて親だ。私が考えていた以上に酷い釣り餌だった。
・
・
☆
・
・
相も変らぬ殺人的な日差しの中、私は大学の構内を歩いていた。いくら夏とは言え、これだけ暑いと流石に嫌になってしまう。そんな私とは対照的に、ほとんどの生徒たちはこれから来る夏休みのことで盛り上がっていた。それもそうだろう。毎日難しい講義を受けているのだ。せっかくの休み位遊びたくもなる。
かく言う私もその一人で、懐事情の許す限りでどこか旅行でも行こうかと思っている。別にテーマパークだとか、そう言うところではなく当てもなくぶらつくだけの旅行にするつもりではあるが。
とは言え、一人で行くのも悪くはないがなんだか寂しいし心もとない。誘えそうな人であればミクちゃんやカイト兄さんたちだけれども、前者は彼女らにも予定はあるだろうと考えて、後者は中々誘う機会が無かったという理由から誘えなかった。
さてどうしたものかと悩んでいると、見計らったかのようなタイミングで携帯が鳴る。ディスプレイには鏡音リンの文字が映し出されていた。一体何用かとメールを開いてみる。
「何々……あら、これはいいじゃない」
・
・
☆
・
・
「カイトぉ~……お酒ついで~」
「メーちゃん、もうやめときなってば」
今日も毎度のようにいつものメンツで飲みに出たんだけど、メーちゃんがやけ酒を始めてしまった。いや、いつもヤケ酒みたいな感じだけれども。だとしても今日は異常な量を飲んでいる。嫌な事でもあったんだろうか?
「あーのあん畜生め~…こんどあったら○○○を○○○してやらなきゃ気が済まないわよぉ~…」
「メーちゃん放送禁止用語を口にするのはやめて。あとそれやったら絶対ヤバいからやらないでね」
「メイコ…流石に今日は面倒見ないわよ」
「…え? ももちゃん……それはつまり……」
「後よろしくねカイト」
「…………」
つまり、今日は僕がメーちゃんを家まで引きずっていかなければならないということか……
別に今日に始まったことじゃあないからそこまで鬱になることもないけど、ロクな目には会わないだろうからそれだけは覚悟しておこう。メーちゃんを引きずって帰る時に何かロクな目にあったためしがない。何も起きずにまっすぐ帰れるんじゃないかという希望は早々に捨てた方が賢明だ。
「まあそれはいいとして。カイト、アンタ夏休みどうすんの?」
「…? 別に予定は立ててないよ。まあいつも通り適当に過ごすんじゃないかな。そういうももちゃんは?」
「私は自由気ままに一人旅」
「ははっ。モモちゃんらしいね。僕もそうしようかなぁ」
「アンタにはメイコがいるんだから二人で行きなさいよ。ほっとくと拗ねるわよ」
「あー…確かにそれは言えるかも」
別に気にせず一人でどこかに行ってもいいんだけれど、メーちゃんが拗ねるといろいろと面倒なことになる。主にルカが一番苦労するんじゃないかな。ただでさえ苦労してるであろうルカにこれ以上負担を増やすのもなんだか忍びない。
「もういっそアンタらくっついて一緒に暮らしなよ。そうすればルカちゃんも少しは楽になるし、万々歳じゃない」
「くっつく…って。ももちゃん、僕らはそんな関係じゃないってば!」
「あらそーお? 一緒にいるアンタたちははたから見れば夫婦なんだけどね」
そんな風に見られていたのか…なんだろう、ものすごく恥ずかしい。別に僕はそんなつもりで一緒にいるわけじゃないんだけど……
「ぷっ…冗談よ冗談。カイトってばそう言う話あんまりしたことないんでしょ?」
「…仕方ないだろ。そう言う話には縁が無かったんだから」
「まあそうでしょうね。元からいるわけだし」
「またからかって……」
ため息をつきながらそう返した時、携帯が鳴った。ポケットから取り出して、誰からかの確認をする。ルカだった。
「ルカからメール…そろそろメーちゃんを連れて帰った方がいいかな」
「そうね……もう結構いい時間になるし」
そんなことを言いながらメールを開封する。しかし、メールの内容は僕の予想とは全く違ったものだった。
「ん~…? 成程ね…」
「どんなメールだったの? ……あら、いいじゃない。こういう機会ぐらいしか、もうアンタが海に行くことなんてないでしょうし」
「痛いところをついて来るねぇ…ももちゃんも」
でも、まあ実際にそうなんだろうしいい機会だ。コンクリートジャングルから抜け出して水平線を眺めるのも悪くはないと思った。