そよ風に歌声を乗せて   作:おにぎり(鮭)

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第29話 夏休みに向けて2

 いよいよ本格的に俺たち人間を殺しにかかってきているとしか思えないような日差しの中、俺達はアパートに向かって歩いていた。ミクがもう少し涼しい機構のままでとかどうとか愚痴りにながら慰め程度でも風を送ろうと手をぱたぱたと差せる横で堂々と鞄の中から団扇を取り出して仰ぐことにする。貸してくれとミクが頼んできたが、暑いのは誰でも知っていることなんだから何の対策も取らないお前が悪い。そして俺はわざわざ貸してやるほど優しくはない。恨むなら持ってこなかった自分を恨め。

 頬を膨らませるミクを見て、ふとあることが思い出された。

 

 時間はやや遡って、親父が俺の家から帰る時のことだ。親父が、なにやら鞄をがさごそやったかと思ったら真新しいとは言えない…むしろちょっと古ぼけた封筒を手渡してきた。しかし、やや古めかしさを感じるもののその封筒はとても綺麗に保存されており、大切な何かであることは想像に難くない。

 

「親父、なんだよこれ?」

「お前にプレゼントだ」

「それにしては随分な掘り出し物だな」

「今のお前だからこそ渡せる掘り出し物だ。後で中身を見てみるといいさ。じゃあ、俺は帰るよ」

「もう二度と来んなよ」

「あと三回は来てやるよ」

 

 相変わらず人の話を聞くつもりの無いクソ親父である。お前が来るといろいろ面倒くさいんだよ。特にもう間違っても学校の前待機とか止めてほしい。いい歳して保護者と一緒に下校とか恥ずかしくてやってられねーんだよ。

そんな親父は置いといて、では早速プレゼントの中身を拝見させていただくとしよう。

 

「…俺宛て? 手紙みたいだけど……これは……」

 

 差出人の名前は天川 春美。俺の母親だ。…死んだ母さんからの手紙だった。やや鼓動の速くなった心臓を必死に落ち着かせようとしながら僅かに震える手で慎重に封を切る。焦る心を宥めつつゆっくりと便箋を開く。書き出しはこういうものだった。

 

<拝啓 駿、元気にしていますか? きっとこの手紙をあなたが読んでいるころ、お母さんは遠いところに行ってしまった後でしょう。

 小さなあなたを置いて、私一人旅立たなくてはならないのはとても申し訳ないけれど、あなたが高校生くらいになった時にあなたに渡してもらうようにお父さんに頼んでこの手紙を書きました。>

 

 手紙の内容は親父との馴れ初めに始まり、俺が生まれ、育ち…そして病にかかってからの闘病の様子などが綴られていた。

 

 手紙を読み始めてから、一体どれほどの時が経っただろうか。かなり読んだとは思うのだが、まだ一、二枚便箋が残っているようだ。

 

<今、駿は一体何をしているのでしょうか? またお父さんと一緒にゲームをしているのでしょうか。それとも一人で遊んでいるのかな。もしかしたら友達と一緒に遊んでいるのかもしれませんね。

 いずれにしろ、あなたが幸せに生きていてくれるならお母さんは安心できます。でも、一つ気がかりなのはあなたがちゃんと友達を作れているかどうかです。

駿は昔からどうしても周りに溶け込めないことが多かったから、友達が出来ないことが多かったよね。それは、あなたに友達の作り方とかを教えてあげられなかった私達にも責任があります。

そんな大切なことを教えることも出来ずに、あなたと離れ離れになってしまうこと…どうか許してください。

 でもきっといつかあなたのことを友達と呼んで仲良くしてくれる人が現れます。好きな女の子だって出来ると思います。

 そんな時、その人たちを大切にしてください。喧嘩をすることだってあるかもしれませんが、その時は今までみたいにちゃんと仲直りしてください。あなたが相手を思いやる心を持って接すれば、必ず相手は応えてくれるはずだから。

 

 どうかあなたが、幸せな人生を送れますように。

 

                            母より>

 

 いつの間にか、目頭が熱くなって頬が濡れていた。俺は今15歳で、母さんが死んだのは恐らく十年ほど前の話だ。あの頃の俺に母さんが死んだということが理解できるはずもなかったが、大泣きしながら親父に母さんがどこへ行ったのか問い詰めていた記憶がある。

 早いものだ。もうあれから十年経ってしまった。俺はあの時からどれほど変われたのだろうか。ミクたちに出会ってから、何かが変わっているような気がするが……もしかしたら何も変わっていないのかもしれない。これからも変われないのかもしれない。こんな俺を見て、母さんは安心してくれるのだろうか? もしここに母さんがいたらなんて言うんだろう?

 そんなことを考えかけて、止めた。無い物ねだりをしたところで何も変わらないことは今までの人生で嫌と云うほど体験したはずだ。今更こんな弱音を吐いたって何も生まれない。何の意味もない。そんな非生産的なことをするのは俺の性分ではないのだ。

 ため息一つ吐いて、便箋を封筒にしまい込む。そして、寝室のベッドの横にある引き出しの中に仕舞った。俺にとっての宝箱である場所だ。今まで俺が得た宝物がそこには詰まっている。親父くらいしか中身は知らないだろう。そんな宝箱に母さんからの手紙を入れつつこう思った。

 

 いつか、母さんを安心させられるような人生を送ろう…と。

 

「…君。駿君?」

 

 名前を呼ばれたことに気が付き、深い回想から急速に意識が現実へと戻ってくる。

 

「ん…? あぁ…なんだ?」

「どうしたも何も、さっきから変な顔してボーっとしてるから…」

「しつれーな奴だな。しょっちゅう変な顔してるお前に言われたくない」

「っ!? ちょっ、ちょっと! そう言う駿君の方がしつれーじゃない!?」

「事実だろ」

 

 唯の誤魔化しだ。自分がどんな顔してたのかは、ミクの顔を見れば大隊予想がつく。きっと他人に見られたくないような情けない面してたんだろう。どうせドが付くお人好しなミクのことだ、素直に言ったらまた無駄に心配してくるに違いない。というかしてたに違いない。男として女に心配されるのは嫌だ。主に精神衛生と男のプライド的に。

 

「で、他に何か要件があったんだろ」

「む…露骨に話題逸らすね」

「その要件はなんなんだ」

「逃げる気ですか」

「早く言えよ。日焼けするぞ」

「むぅぅぅ……!」

 

 ハムスターみたいに頬を膨らませるミクだが、それで怒りを表現しているつもりなのだろうか。見るやつが見たら逆に魅力的にしか見えない顔である。威圧感のかけらもない。見てて哀れである。いいぞもっとやれ。楽しいから。相変わらずいじりがいがあるやつで何よりだ。

 

「何か失礼なこと考えてるでしょ」

「何の話だ。要件はどうした」

「……今リンちゃんからメールがあって、夏休みにリンちゃん家の別荘に行かないってお誘いが来たの」

「ほう。別荘とは羨ましい」

「…清々しいまでの棒読みだね」

 

 何を言うか。別荘なんて早々持てるもんじゃあないんだぞ。羨まし……くもないな。無いからって困るもんじゃないし、多分あったとしても俺行かないし。だってゲームできないからな。

 

「…ゲームは置いてないんじゃないかな。海はあるだろうけど」

「お前読心術持ってるのか。これから距離置かないと俺のプライバシーが侵害されるな」

「どうせ部屋隣なんだから今更そんなことしようとしても無駄だよー」

「で、俺も行けと?」

「別にいかなくてもいいけど…そしたら思い出話を自慢げにたぁぁぁっくさんしてあげるから」

「お土産よろしくなー」

「え、スルー!? そこはムキになって一緒に行ってやるよ的なシチュエーションじゃないの!?」

「俺がそんなにテンプレな反応をすると思うてか」

 

 甘い。チョコレートパフェの次には甘い考えだ。伊達にゲームだとかラノベとか読んでんじゃねーんだぞこっちは。その世界の知識で俺とやり合いたかったらもっと修行をして来い。

とは言え、これは恐らく縦に首を振らないと……

 

「…やっぱり行かない?」

 

 まあ、捨てられた子犬のような顔でミクがこちらを見つめてくるわけで。このまま放置すると言うのは、俺の中のちっぽけな罪悪感が激しい自己主張しているので難しいだろう。と言うか無理です。詰みに入ってます。

取りあえず、何時振りになるともわからない海に行くのも悪い気はしないのでOKサインを出す。と、サインを出すや否や凄まじい勢いでリンに返信をするミクに一瞬恐怖を覚えた。あれだけの反射神経とスピードがあったら何時かとんでもないことをしでかしそうである。主に俺の命にかかわることを。

 そんな俺の心中など知らないミクは、まるでウサギのようにピョンピョン飛び跳ねていた。

 

(まあ、偶にはこういうのもいいだろ)

 

 なんて、ミクを見て柄にもないことを思ったことは俺だけの秘密である。

     ・

     ・

     ☆

     ・

     ・

 一学期も残りわずかになって、皆夏休みの過ごし方についての話題で持ち切りだった。私は特にどこかに出かけたりするわけじゃないから、そこまで夏休みの過ごした方とかに興味はない。一緒に遊んでくれそうな人がいないとか、そう言うわけじゃない。断じて。

 そこまで考えて、不意に一人の友人--ミクちゃんのことが頭に浮かんだ。だけど、そのミクちゃんは天川君とどこかに行くらしい。風の噂で、一緒に旅行に行くんだとかそんな感じのことを聞いた。噂なんて、大体尾ひれがつくものだからどこまでが真実で、どこからがただの誇張表現なのか分かったものじゃないけれど。

仮にそれが真実だとしたら、私の夏休みは今年も例年通りのものになるのだろう。何も変わらない、イベントなんて無縁な退屈な一か月強……

 

 今日、何度目かのため息をつく。ため息をつくとその分幸せが逃げると言うが、もしそうなら私の人生はこれからも幸薄なものになってしまうだろう。特に今年はため息をつく頻度が前に比べて多い気がする。あのはぐれ者のお蔭で。

 もうやめよう。いつまでもこんなことを考えていたら気が滅入ってしまいそうだ。そう思い立ち上がった時、後ろから声をかけられた。

 

「委員長、ちょっといいか?」

「川上君。どうかした?」

 

 声の主は私達のクラスの副委員長を務めてくれている川上淳哉君だった。彼は本当によくやってくれていると思う。まだ一学期だけだが、川上君には結構助けられている。小さなことにも気づいてくれるし、気遣いもしてくれて大助かりだ。…どっかのはぐれ者さんも見習ってほしい。

 

「委員長…結構怖い顔してるよ……」

「え…そ、そうかしら?」

「そりゃもう般若の面みたいなすごい顔」

「…忘れて頂戴」

 

 大体あの人のせいだ。私が元からこういう顔をする性格なわけではない。…もう! 全部アイツが悪いんだ!

 

「まあ、アイツは流石に無いわな」

「何でミクちゃんはあんな人と仲良くできるのかしら……」

「うちの学校の七不思議に出来そうだね」

 

 本当にそう思う。何故ミクちゃんは天川君と仲良くできるんだろうか。本人たちの前では言わないけれど、天川君はどうしても仲良くできそうな人ではないと思う。それは恐らく、私だけでなくこの学年全体に思われていることだろう。全く持って不思議である。故に、天川君の評判は軒並み低下中だ。当然のことだと思う。学年内で一、二を争う程印象の悪い男子が、学年一、二を争う程可愛い女子と仲良くしているのだから。そりゃ敵も増える。ミクちゃんの為を思うなら昼ドラ的展開にならないことを祈ろう。

 

「ところで、委員長は夏休みどこか行くの?」

「どうしたの突然…? 別にないけど……」

「じゃあさ、どっか一緒に行こうよ」

「えっ……」

 

 予想もしてなかった。まさか私が誰かを誘うんじゃなくて、誰かから…それも男子から遊びに行かないかと誘われるだなんて。思考が止まる。まるで時が止まってしまったかのような感覚さえ感じられ、心臓が早鐘を打ち始める。何か言葉を紡ぎだそうとして、結局できずに口をパクパクさせるだけに留まってしまう。あーとか、えーとか意味の無い音で空気を震わせるのがやっとだった。

 それをどうとらえたのか、川上君は少し残念そうな顔をして

 

「まあ、突然誘われたら困るよね。ごめん」

 

と背中を向けてしまった。それと同時に、体を縛っていた何かは消えた。消えたと同時に勝手に口が動いていた。

 

「ね、ねぇ! じゃあ一緒に映画見に行こうよ!」

 

 一瞬の沈黙。直後に湧き上がる羞恥心。なんだこの展開は。まるで漫画のような展開ではないか。私がヒロインで、川上君が彼氏役のような……

そこまで考えて、顔が沸騰したかのように熱くなる。きっと耳まで真っ赤なんだろう。こんな顔、出来れば見られたくない。見られたくないけど、下を向いたら何でもないとか誤魔化しちゃいそうで怖かった。

 背を向けた彼が振り返る。その顔は嬉しそうな笑顔で。私の言ったことは決してまやかしでも幻覚でもないということを認識させてくれて。何より――

 

「勿論!」

 

なんてことの無い一言がそれを証明してくれていた。今年の夏休みは、どうやら特別なものになりそうだ。

     ・

     ・

     ☆

     ・

     ・

 そろそろ、学校は夏季長期休業期間に入る。この期間の間は授業は実施されず、されるのはせいぜい部活動程度だ。そこらの低俗な連中にはただの『お休み』と言う認識しかされない。故に、この期間が近づくと今後の予定について意味もなく声高に語り合う輩が大量発生する。鬱陶しい。何故この期間が己の目標を達成に近づける重要な機関であるということが理解できないのか。所詮奴隷階級の連中には僕たち支配階級の崇高な思考など理解できないのか。

 いや、そんなことはずっと前から分かり切っていることではなかったか。その最たる存在があの憎き天川ではないか。

 奴は僕の完璧な計画を崩しただけでなく、僕の未来の伴侶となるべき女性の初音さんをたぶらかしている。それは愚かで、実に憎い。奴さえいなければ僕の計画は完璧だったのに!

厄介なのは奴がミクさんをたぶらかしているということだ。下手に仕掛ければたとえ勝ったとしても初音さんの心が僕の方に向くことはない。それでは意味が無いのだ。無理に伴侶にしたところで、愛を注いだところでその受け皿たる彼女の心に穴が開いていては僕の努力は無意味なものになる。そんな結果は認めない。

 つまり、どうにか彼女の心をこちらに向くようにしなければならないのである。しかし、その方法がうまく思いつかずいらだちは募るばかりと言うのが現状だった。

 

「どうにかならないものか…」

 

 自分のデスクをトントンと指を叩きながらそう呟いて、ふと気づく。そう言えば、夏季休業期間の後半に市主催の花火大会があったはずだ。当然僕は特等席に招待されているのだが、それはお断りさせていただくとしよう。

初音さんのことだ、必ずやあの屑を連れてこのイベントに来るに違いない。その時に彼女が一人になったところを見計らって連れ出し、特等席で今彼女がいかに場違いな場所にいるか、そして彼女がいるべき場所がどこであるかを教えてあげなければ。多少手荒な方法かもしれないが、初音さんの未来のためだ。きっと彼女も分かってくれる。彼女とて財閥関係者なのだから。直ぐに今いる場所が自分のいるべき場所でないことに気づいて僕に付いて来てくれるだろう。

 同時に、あの屑の絶望に染まる表情が見れるに違いない。何、ここまで見られるはずがなかった夢を見せてやったのだ。感謝こそすれ憎まれるのはお門違いと言うものだろう。精々今のうちに甘美な夢を堪能するがいい。僕からの贈り物だ。

 もう勝ったも同然だ。これが失敗するはずがない。そう確信した僕が笑いをこらえることなどできるはずもなかった。

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