そよ風に歌声を乗せて   作:おにぎり(鮭)

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第30話 準備忘れにご注意を

 夏休みが始まってから、既に数日が経過。気が付けば、鏡音家の別荘へと一時のバカンスへと旅立つ前日になっていた。

準備は既に万端だ。四泊五日の行程なので、四日分の着替えとタオル各種、水着(中学時代のプールの授業で使っていたのがまだ履けそうなので使いまわし)、携帯電子機器とそれぞれの充電器をエナメルバックに放り込んである。携帯電子機器の中にはもちろんゲーム機も含まれているわけだが、これは俺の標準装備である。使わないかもしれないが使うかもしれない。あって損はないはずだ。故に持っていくことへの異論は受け付けない。

 それにしても隣の部屋から聞こえてくる超ご機嫌そうな鼻歌が怖い。今日も俺の隣人さんは絶好調のようだが、明日のことも有るのか彼女のテンションメーターは振り切られてる模様である。嫌なら窓を閉めればいいって? そこはまあ電気料金の値上がりだとかエコだなんだとかいろいろと大人の事情も合わさってそうやすやすとエアコンを使うわけにもいかないのである。諦めるしかない。

 兎に角、あまり気にし過ぎていてはこちらの身が持たないので一先ず右から左へ聞き流すことにする。アレを聞いていてはその内何かに目覚めてしまいそうで怖い。変に洗脳されない内に忘れ物が無いかチェックをしておくことにしよう。

 

 そんなことをしていると、ふと明日の集合時間と場所がどこだったか聞いた覚えがないことに気づいた。このままではまずい。集合場所と時間が分からず遅刻となると、色々と俺の命にかかわる案件が発生しそうなので俺の平和な未来のためにも知らなければならないだろう。

 一番手っ取り早いのは、絶好調な隣人さんに直接聞くことだろう。怖いけど。メールしてもいいが、そうすると空いてる窓越しに怒りの(?)抗議が飛んでくるのでその手は使えない。と言うか使う必要がない。何、ちょっと歩いて隣のインターホンを押すだけの簡単なお仕事だ。何をためらう必要がある。そうさ、別にインターホンを押したくらいで隣人さんがロケット頭突きをかましてくるわけじゃないんだから…

 

「あ、駿兄じゃん。何してんの?」

「…ん? リンか。そっちこそこんなところまで何しに来たんだ?」

「駿兄とミクお姉ちゃんに明日の集合時間を教えようと思って」

「ふぅん? ま、そう言うことにしてやる」

「む、何よその言い方。まるで私がそれ以外に目的があるのを知ってるみたいじゃん」

「違うのか?」

「駿兄には関係ない話かなー」

 

 まあ、そんなことだろうとは思っていたが。集合場所と時間を教えるだけならメールを送りゃいいだけの話である。わざわざここまで出向いてくるあたりそれ以外の目的があるのだろうとは思っていたがまあ俺には関係ない目的だろうと言うのも容易に想像できる。むしろ俺に関係のある目的を出されてもそれはそれで驚きだ。

 一先ず来客もいることだしご機嫌のところ悪いが姫様にはお出迎えをしてもらうべくインターホンを押す。いつも通りドタバタと中から音がすると同時にミクの慌てた声が聞こえる。もう少し落ち着いて対応できないものか。別に今すぐ出てこないからって怒鳴ったりするわけでもないってのに。

 

「どちら様ですかー…って駿君か」

「変わり映えのしない面で悪かったな」

 

 ごめんごめんと笑いながら俺の後ろにいるリンを見つけて、やや驚いた表情をしたのち立ち話もなんだしとりあえず上がりなよと俺達を自分の部屋へと招き入れる。

 

「んで、リン。明日の予定は?」

「ムードも何もない話の持って行き方だね。女の子にもてないよそれじゃ」

「ほっとけ。で、時間と場所は?」

 

 モテるとかうんぬんよりもまず俺は明日の予定が知りたい。それによってこの後の行動に影響が出るからだ。面倒事は早めに片づけておきたい主義だからな。こっちを睨んだところで何も変わらんぞリンよ。むき出しの敵意を俺に向ける前に早く予定を話さんか。

 

「仕方ないなあ。明日は電車使うから7時に駅集合。結構長い間乗るからね。あ、そうそう。二人ともわかってると思うけど水着は絶対持ってきてよね」

 

 海の近くに行くんだからそりゃそうだろう。俺は別にそこまで海に固執してるわけじゃないから行かなくてもいいんだがな。まあお祭り好きのこの二人の性格を考えれば行かない訳がない。

と、思ってふとミクの方へと視線を移すとそこにはついさっきまでのご機嫌な声を出していたであろう彼女はどこへやら。気まずそうな、どこかしょんぼりしたような顔をしたミクがいた。

 何故そんな顔をしているのか、と問いかける前にミクが先にリンに向かって申し訳なさそうな面して小さく手を上げる。

 

「…あの、リンちゃん?」

「ん? どったのお姉ちゃん?」

「さっき気づいたんだ…私、水着持ってない…んだよね」

 

 成程そう言うことか。そりゃそんな湿気た面するわな。とは言っても、うちの高校はプールを使っての授業はない。一応近くに市営のプールがあったような気がしないでもないが興味ないから覚えてない。…あれは地元だったかな。

ともかく、水泳授業が無い以上俺達にとって水着は必需品と言うわけではない。だからきっと持ってない奴も多いんじゃないだろうか。毎年夏になるたびにプールに入りに行く水泳好き、及びリア充の皆さまは別として。

が、そうじゃないと思っているのであろうリンにとっては想定外のことであったようで、人の鼓膜を破るつもりなんじゃないかと疑いたくなるほどの声量で驚きの声を上げる。やめろ、近所迷惑であると同時に耳が痛くなる。お前の声は響くんだよ。後ミクもそんなに萎縮せんでもいいだろうに。

 

「お姉ちゃん明日出発なんだよ!? なのに水着持ってないってヤバいじゃんもぉぉー!」

「ご、ごめんー!」

「いやいや、今から買いに行きゃいいだろうよ。まだ昼なんだしよ」

「「そんなことくらい分かってるよ!!」」

 

 理不尽である。騒ぐだけ騒いでおいて、次にすべき行動を提案した瞬間にこの突っ込み。俺の繊細なハートは粉々だぜ……

 

「どの口が言うのさ。どの口が! 駿兄はそんなに柔じゃないでしょ!」

「失礼な。こう見えても俺はとっても繊細な心を持ってるんだよ」

「いやぁ…そう言う人は自分でそんなこと言わないと思うよ。駿君」

 

 それはお前らの先入観だろうに。もしかしたら本当にそう言う奴がいるかもしれないだぞ。謝れ、本当にそんな性質を持っているだろう人々に詫びを入れてやれよ可哀想だろ。

 

「駿君の意見はどうでもいいんだけど、一緒にデパート行かない?」

「…お前、今さらっとかなりひどいこと言ったの分かってるか?」

「行くよね! ハイ決定!」

「いや行かねーし! 腕引っ張るな…いだだだだだだ!」

 

 ミクの細い腕のどこにこんな力が隠れてるんだって位強く腕を握られ、結局一緒に付いて行かされる羽目になった。これ絶対痕残る…

     ・

     ・

 そして予想通り延々と店の前で待たされることになった。知ってた。予想もできてた。でも対策を立てる暇が無かった。これで一体どうしろってんだ。大体何故水着を選ぶのにそんなに時間がかかると言うのか。ぱっと見無難そうなのを選べばそれでよかろうに。

と言いたいところだが、女と言う生き物は着飾ることが好きな生き物だ。勿論例外もいるが大体の女ってのはそうだろう。故に時間がかかるのも理解はできるが、それにしても時間がかかりすぎじゃなかろうか。かれこれ一時間近く待たされてるような気がする。どうせなら暇な時間デパートのゲーセンでも行かせてもらえば良かったな。と言うか行ってしまえばよかったな。

 そんなことを考えながらぼやーっとしてると、ようやくミクたちが店から出てきた。やたらと満足そうな顔をしている辺り、いい買い物ができたのだろう。それはそれで結構なことだが、俺を連れてくる必要は一体どこにあったと言うのか。

 

「そこはほら、ボディーガードとして?」

「俺にそんなものが務まるなら世の中の男皆ボディーガードに就職できるな」

「ああ言えばこう言う…ほんと正確悪いよね駿兄」

「ほっとけ」

 

 いつも通りやんややんやと騒ぎ騒がれながら帰路につき、リンと別れた。アパートに向かう途中、ミクが唐突に俺に質問をしてきた。

 

「駿君って、友達と海に行ったことある?」

「ん? んー…家族でならあるんだけどな。友達連れてとなるとねーかも」

「そっか。私もなんだ」

「じゃあお互い初めての経験が出来るわけだ」

「は、初めて…? そ、それはまだちょっと早くない…?」

「…はい?」

 

 ミクは一体何を勘違いしてるんだ。急に顔真っ赤にして下向いたぞ。俺の発言のどこかにヤらしいものでもあっただろうか…?

 

「…お前何か勘違いしてないか?」

「えっ…? は、初めてって…つまり……その……」

 

 そこで初めて俺はミクがどういう勘違いをしていたのかに気づく。同時に自分の顔の温度が急上昇していくのも感じられた。恐らく二人そろってリンゴみたいな顔をしてるんだろう。しかし誤解は解いておかねばなるまい。このまま引きずられると確実に明日からの数日間他の女子勢に殺される。

 

「お、お前な……そーいう意味で言ったんじゃねーっつの…」

「へ…?」

 

 一体いつの間にこいつはそう言う知識を覚えたんだ。ソッチ方面には全く縁がなさそうな奴だと思っていたのに。もしかして以外とエロいのかコイツ?

 

「わ、私だって思春期の女の子なんだからぁっ!」

「だからってまさかそんな勘違いされたらビックリするわ!」

「う、うるさいー! 駿君の馬鹿ぁ!」

「ただの自爆だろうが!」

 

 なんてぎゃんぎゃん騒ぎながらアパートまで帰る。それぞれの部屋に帰る時は流石にちょっと気まずかったな。明日以降大丈夫だろうか…そんな不安を抱えつつ、けれど明日からの旅行に期待で胸を躍らせている自分がいるのもまた事実だった。

 全くらしくない。けれど、偶にはらしくないこと考えても許されるだろう。ともかく、明日からは楽しい旅行になればいいなと思いながらその日は眠りについた。

 

 

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