「こっちこっち~!」
ゆっくりと歩く駿君をせかすように私は彼の手を引っ張って階段を上る。
「そんなに引っ張るなよ。別に急ぐの用事じゃないんだろ?」
「そうだけど早く行きたいの!」
「そーですかい」
相変わらずノリが悪いと言うかなんというか……。それでもここまでせっかく連れて来たんだから今更引き返すなんてもったいない。
「着いたぁ~!」
長いアスファルトの階段を上り切って私達がたどりついた場所は公園。実は私も昨日初めて来た場所だったけど、ある理由があってここに駿君を連れて来たかった。
「……ここって、ただの公園だよな? 何でこんな場所に……」
当然と言えば当然の如く駿君が不思議そうな顔をする。
「まぁまぁ、ちょっとこっちに来てよ!」
言いながら、不思議そうな顔をしている駿君に向かって手招きをしつつ公園の奥に向かって歩く。
「あ、おい! ちょっと待てよ!」
慌てて彼が私の後を追いかけて来て、途中で立ち止まった。
「…………」
……私が駿君を連れてきた場所。そこは丘の上にある公園で、そこからは有賀島町を見渡すことが出来る場所だった。そして、辺りには満開の桜の花がそよ風に煽られて綺麗な花吹雪を作っていた。
「どう? 綺麗でしょ!」
「……あぁ」
私の問いかけに答えた彼の声はさっきまでの気だるそうで適当な返事なんかじゃなくて、心かそう思っているんだって分かる声だった。
(……やっぱり、大家さんの言った通り悪い人じゃないみたい。むしろ、本当はいい人なんじゃないかな?)
桜の花吹雪に見とれている駿君を見て、改めてそう感じた。……桜に見とれている彼は今、一体何を想って花を見つめているのかな?
気になったけど、それを聞くのはなんだか気が引けるし流石に男の子を引っ張りながら階段を上ったから疲れちゃった。だから
「ねぇ、ベンチに座ろうよ! 私、階段登って疲れちゃったし」
って誘ってみた。駿君は何も言わずついてきてくれて、そのまま一緒にベンチに腰を下ろす。しばらくそのまま二人で桜を眺めて、少し経った頃今日ここに来た理由を彼に話し始めた。
「実はね、駿君をここに連れて行くように大家さんに頼まれてたんだ」
「は? 大家さんがそんなことを?」
私の言葉に驚いたのか、素っ頓狂な声を上げる駿君。私はそれに苦笑いをしながら答えた。
「まぁね。私も驚いたよ? いきなり『駿君の奴を公園にでも連れて行ってやってくれ』ってお願いされちゃうんだもん。」
「何でまたそんなことを?」
「だって、駿君引っ越してきてからほとんど家から出てないんだってね? それはあんまりよくないから、この街を知るって意味でも連れてってやってくれ、だってさ」
私自身も、実際そう思う。折角新しい世界に来たんだから少しくらいは外を歩き回らないともったいないだろうしね。
でも、駿君は違った。
「余計な御世話だ。……俺のことなんかほっといてくれればいいのに。大体俺はインドア派だ。外を歩き回るのは性に合わない」
「嘘ばっかり。インドア派の人はさっきみたいに花に見とれたりなんかしないよ」
「……っ!! べ、別にインドア派だって花に見とれる奴の一人や二人いたっておかしくねぇだろう。……まぁ、花見には最適な場所を知れたのは儲けもんだと思うけど……」
本当はもっと言いたいことがあったけど、あんまり突っつきまわるときっと駿君怒っちゃうから心の中に留めておいて
「……そっか! 良かった! じゃあ、来年は皆で花見に来よっか?」
なんて提案してみる。その言葉を聞いた駿君はなんだかばつの悪そうな顔をして、それから
「行ってもいいが、大家さんだけは省いてくれ。次は生きて帰れる気がしないから」
って3日前を思い出したのか、苦虫をかみつぶしたかのような顔をした。その顔を見て思わず噴き出す。
「あはははっ! 確かに。今度は本当に死んじゃうくらいお酒飲まされそうだしね」
すると駿君はこっちを見て
「……あのな、他人事だと思って言ってくれるけどこっちはもう二度と経験したくないから。笑うところでもないし、笑いながら言うことでもない」
なんて真面目な顔をしてツッコんできた。一瞬、それで沈黙が流れたけれど私はそれがなんだかおかしくなって
「……っぷ、あはははははっ!!」
また噴き出しちゃった。笑いながらふと駿君の方を見ると彼も口元を手で覆いながら
「くっくっくっくっく……!」
小さく笑っていた。どこか楽しそうな笑顔で、笑っていた。
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そんなこんなでしばらく桜を見ながら過ごしていると、急に私のお腹が鳴った。
突然のことで、私も駿君もキョトンとしたけれどすぐ我に返って何が起きたかが分かったと同時に恥ずかしさがこみ上げる。きっと、今の私の顔は真っ赤なんだろうな。耳の先まですごく熱くなってるのが分かる。
「……そういや、まだ昼飯食ってなかったな」
「う、うん……」
「飯、その辺で食ってくか? 俺も腹減ったし、今から家帰って作るのはめんどくさいしな」
「……うん!」
やっぱり、この人は優しいんだと思う。いつもの駿君が、何でもめんどくさがってしまうのが本当の彼だったなら、こんな気の利いたことを言ってはくれないと思う。本当に家に帰ってご飯を作るのが面倒くさいなら帰り道にコンビニだってあるし、そこで済ませようとすればいいだけの話だから。
「……初音さん? 何してるんだ、早く行こうぜ」
「あ、うん! 今行く!」
きっと彼は本当は優しい人なんだ。いつか、私にも本当の『駿君』を見せてくれるかな?
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学校帰りに無理やり初音さんに連れてこられたのは公園だった。先に公園の奥に行ってしまった初音さんを追いかけ、そして俺はそこで立ち止まった。
……そこで俺が見たもの。それはそよ風に煽られた桜の花びらが作る花吹雪の中に立っている初音さんの姿だった。その姿が、俺の記憶の底に眠っていたある光景をフラッシュバックさせた。
(母さん……)
幼いころ、病気で死んだ母さんは桜の花が大好きで毎年この時期になると花見に連れてこられたものだ。もう顔も良く思い出せないけれど、その時の母さんの笑顔がとても優しくて、安心できたものだってのは覚えている。
「どう? 綺麗でしょ!」
初音さんの問いかけに、思わず心からの同意が漏れる。……もし、今ここに母さんがいたらどんな顔をするのかな?
それから、ベンチに座って二人で桜を眺めていた。なんだかとても不思議な気分で、いつもだったら隣に人がいるのが嫌で仕方が無いはずなのに全然そんなことを感じなかった。……なんか調子狂うな。こんなの、いつもの俺じゃない。
そんなことをぼんやりと考えていると、初音さんがここに俺を連れてきた理由を話し始めた。なんでも、あの大家さんに頼まれたらしい。本当にあのオッサンは余計なお節介をしてくるものだ。
そんな想いが思わず口から洩れる。
「余計な御世話だ。……俺のことなんかほっといてくれればいいのに。大体俺はインドア派だ。外を歩き回るのは性に合わない」
すると、初音さんの口から俺を驚かすには十分すぎることが飛び出した。
「嘘ばっかり。インドア派の人はさっきみたいに花に見とれたりなんかしないよ」
まるで、嘘を見抜かれたようなそんな感覚。……もちろん嘘を言ったつもりは無いのだが、それでもまるで隠し事を見抜かれてしまったかのような感覚が俺の体を走り抜けた。
「……っ!! べ、別にインドア派だって花に見とれる奴の一人や二人いたっておかしくねぇだろう。……まぁ、花見には最適な場所を知れたのは儲けもんだと思うけど……」
動揺を隠しきれず、若干しどろもどろになりながらもそう言い返す。そんな俺を見た初音さんは、それ以上追及することも無く話の軸をそらした。
……その振る舞いの理由が、俺を気遣っているものだと気づいて余計にばつが悪くなる。恐らく、追求をされれば当然のように俺は苛立ち不機嫌になるだろう。それくらい自分でもわかる。だからと言って改善するつもりはないが。
それから、しばらくしてまた二人とも黙って花を見ていると急に横から腹の鳴る音が聞こえた。言わずもがな初音さんの物である。
そう言えばまだ昼飯を食ってなかったな。せっかくここまで連れてきてもらったんだし、どうせ俺が言わなくたって彼女はどこかで外食をしようと言うに違いない。
羞恥心からか、顔を真っ赤にしている初音さんに外食の提案を持ちかける。すると、なんだか嬉しそうな笑顔を浮かべたのでちょっと気まずくなって顔をそらし、公園を後にした。
・
・
「いらっしゃいませ~何名様ですか?」
「二名で~す。禁煙席でお願いしま~す」
「かしこまりました」
とりあえず、公園の近くにあったファミレスで昼飯を食うことになった。席に案内されメニューを手に取り何を食べようかと目を通すものの、冒険する気力は起きず結局はいつものスパゲッティを頼むことにした。
頼む物が決まった俺がメニューを元の位置に戻そうとすると
「もう決まった?」
とまた何にするか決めかねている感じのミクがメニュー表を見ながら聞いてきたので
「決まった」
と返答する。すると驚いたような表情で
「早くない!?」
なんて聞き返されたが別にいつも頼んでるものを選んだだけだから、と返事をすると
「そっか……。ちょっと待っててね? 急いで決めちゃうから」
そう申し訳なさそうな表情で言われてしまった。流石にそれはなんか申し訳ないので
「あ、いや……別にそんな急がなくてもいいから」
と言っておいた。飯が来るまで音楽聴きながら待てばいいしな。
・
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「お待たせ致しました。ネギたま丼、ネギ大盛りでございます」
「は~い! 私です!」
待ちかねたかのように手を上げて店員から飯を受け取る。初音さんの頼んだ代物を見て、ふと気になったことがあった。
「なぁ、初音さん」
「ミクでいいってば! で、なぁに駿君?」
「……じゃあミク。お前もしかして今日の朝もネギ食ってなかったか? 家を出るとき強烈なネギ臭がしたんだが?」
実は朝、家を出た時に隣の部屋から強烈なネギの匂いが漂ってきたのだ。それを思い出したのでちょっと聞いてみると
「あ~……やっぱり匂い漏れちゃってたか……」
とか言いながらミクは失敗したと言わんばかりの表情をした。……一体どんなネギ料理をしたんだろうか? あまり想像したくないけど。
そんな俺の疑問の答えはすぐにミクが教えてくれた。
「いや~、今日寝坊しちゃったから急いでネギを焼いてたら焦がしちゃってさ。あはは……」
どうやらあれはネギが焦げた匂いだったようだ。匂いの原因が分かったのはいいが、もう一つ気になってることがあった。
「まぁそれはいいとして……何で二食連続でネギを食べようなんて思うんだよ? 飽きないのか?」
これだ。同じおかずを二食連続で食べるだなんて飽きが回って仕方が無いと思うのだが、そんな俺の問いかけに帰ってきた返事はとんでもないものだった。
「え? 私、一日三食全部にネギ入ってるよ? 駿君も似たようなことやるでしょ?」
「……その発想は無かった。と言うかいらないわ。じゃなくてやらねーよ普通」
「え~? 絶対みんなやると思うんだけどなぁ……」
もうダメだ。相手にしてたらなんか脳みそがイカれそうだから飯食うことに専念しよう……
・
・
・
「わぁ! この服可愛いなぁ!」
今、俺達は洋服店に来ている。なんでこんなところに居るかって言うと、ファミレスを出た直後ミクに
「ねぇねぇ、ちょっとお洋服見たいから洋服屋さん行かない?」
と連行……もとい誘われて現在に至る訳なんだが……
(男がレディースコーナーに居るって……すげー恥ずかしい……)
普通男がレディースコーナーに来るとしたらデートの時か、夫婦くらいのものだろう。もちろんそんな経験のない俺としては周りの視線が気になって仕方ないし、挙動不審な状態だったが仕方なくね? だってこんな状況初めてだし。
(初音さ……あ~ミクの奴まだここに居るつもりなのか?)
俺としては一刻も早くこの場所から立ち去りたいのだが、流石にミクを置いていくのはまずいだろう。
そんなことを考えていると
「ねぇ駿君! これ可愛くない?」
お宝を見つけたトレジャーハンターのように生き生きとした表情でミクがピンクのスカートを持って俺に問いかけてきていた。
「さぁ? 可愛いの基準が分からないから俺に聞かれても困る」
今まで女子と付き合うどころか、話したことすらまともに無いのだ。これは事実である。しかしそんな俺の言葉にミクは笑顔で
「別に基準なんて人それぞれだよ! 駿君が可愛いって思うかどうかを答えてくれればいいから」
と言ってきたが、やはりスカートだけ見せられても俺には良く分からない。なので
「とりあえず着てみてくんね? そしたらなんかコメントできるかも」
そう言ってみる。するとミクは
「えっ……うん。じゃあ着てみる」
と何故か顔を赤くしながら返事をして試着室に入っていった。
・
・
それからやや時間をおいて、着替え終わったミクが試着室から出てきた。
「お、お待たせ! えっと……どう? 似合ってる……かな?」
上着は制服のままだったが、スカートは先ほどミクが選んでいたピンク色のスカートに変わっていた。それを見た瞬間
「あ……可愛い……」
全く頭の中で言葉を選ぶ暇もなく本音が口から飛び出す。すると、その言葉を聞いたミクの顔がみるみる真っ赤に染まり
「えっ……あの……えっと……あ、ありがとう……」
と言うが否や速攻で試着室に飛び込んでしまった。……俺、なんかまずいこと言ったかな?
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(あ~あ……思わず衝動買いしちゃった……)
可愛いお洋服を探そうと思って行った洋服屋さんで偶然見つけた可愛いピンクのスカートを着て駿君の前に出てみたら、明らかに本音で可愛いって言われた。
それから頭が真っ白になって、気が付いた時にはもう既にスカートを買って店を出ていた。もともと何か買うつもりでお金を持ってきて本当に正解だと心の底から思った。
「……ク? ミク?」
ボーっとしていた私は駿君に呼ばれていることに気付いて、慌てて返事をする。
「あっ、はい! えっと……なんでしょう?」
「いや……何でしょう、じゃなくてもう行きたいところは無いのか?」
「あ……うん。大丈夫」
本当はもっと行きたいところがあったけど、もうなんだかどうでも良くなっちゃったからそう答えた。
「ならもう帰ろうぜ。俺は疲れた」
「そうだね。また明日も学校あるし」
そう言って、私達はアパートに向かって歩き出した。
・
・
「ところでミク、明日も一緒に学校行くのか? どっちでもいいなら俺さっさと学校行っちゃうけど」
アパートについてお互いの部屋に分かれる直前、不意にそんなことを駿君が聞いてきた。
「あ……じゃあ、一緒に行こう?」
「了解。じゃ、また明日」
「うん! また明日ね!」
そう挨拶を交わして、私達は別れた。
(……そう言えば男の子に可愛いって言われたの、初めてだな……)
自分の部屋に入って一息ついた時、目に入ったピンクのスカートを見てふとそんなことを思う。
(中学の時は、男の子となんて話さなかったからな……)
そんなことをふと思い出した瞬間、思い出したくもない思い出までもをもい出しそうになって頭を抱える。
(嫌……思い出したくない……!)
必死で忌まわしい記憶を抑え込もうと、何か気の紛れそうなものが無いか思考を巡らす。
(そうだ、歌……歌おう……)
そして歌を歌うことを思いついて、大好きな曲のメロディーを口ずさんだ。歌うことで少しずつ気が楽になっていく。何でも頑張れそうな気持ちになっていく。
「よし……。明日からも頑張ろうっと!」
歌って気持ちの和らいだ私はそう自分を勇気づけた。
不安なことなんてまだまだたくさんある。でも、きっと頑張ってやって行ける気がした。
次回も更新時期は未定です。受験が決まるまではずっとこんな感じになってしまいますが、よろしくお願いします。