真紅き意志の串刺竜公 -Scarlet Will `Ţepeş`-   作:あるかなふぉーす

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書くことない…


第四話 串刺 《後編》

3

 

「やっと気づいたか、自分の奇怪さに」

 

逢原玲はそう言った。

 

そして、確かにそれはその通りのようだった。

 

取り繕う必要もなく、取り付く島もなく、それは皮肉にも事実を示していた。

 

僕は漸く、八十余年の月日を経て自分のおかしさを理解してしまった。

 

他者とは圧倒的に違う。かけ離れている。

 

人間とは勿論のことだが、僕と同種でもある『吸血鬼(ヴァンパイア)』たちとも決定的に離反していた。

 

彼女は言った。

 

――頭部が爆散したのなら最低三時間はかかる。

 

と。

 

それは僕の体験した事実を知り得た上で、敢えて口にしたのか、

 

はたまた荒唐無稽に偶然の、偶発的な事象だったのか。

 

いや、ここまで来てしまうと、もはやその程度のことはどうでもよくなっていた。

 

異端(マーベリック)

 

既に、自分は『吸血鬼(ヴァンパイア)』であるという時点で、人間主観では異端と見做されることは

 

自覚してはいたが、まさかその異端・『吸血鬼(ヴァンパイア)』の中でもさらに異端を極めていたとは。

 

異端中の異端(マーベリック・オブ・マーベリックス)だったのだ、僕は。

 

この事実には流石の僕も悲喜交々に嗤笑するほかなかった。

 

五月某日。

 

ショッピングモール、フードコート棟で起こったテロ事件。

 

それに不幸にも巻き込まれてしまった『吸血鬼(ぼく)』と『不幸な少女(みなとり)』。

 

そして、銃で撃たれてるはずだった『不幸な少女』を庇った偽善の『吸血鬼』。

 

それでその後、どうなったっけ。

 

そうだ。僕が撃たれたんだ。

 

僕の頭が××したんだ。

 

それからどのくらい意識が彷徨していたのだろうか。

 

何せ、脳を半分撃たれていたんだ。正確な経過時間はわからない。

 

それは、一瞬なのかもしれないし、それは相当に長い時間なのかもしれなかった。

 

でも残った脳半分が体感した時間は――

 

僅か数秒に思えた。

 

まあ、そう仮定しても当時のテロ現場の状況――人質の状態、テロリストたちの言動など

 

とは目立った矛盾点がないので、それでいいのかもしれない。

 

いや、

 

良くないだろ。

 

だって、さっきも聞いただろう。

 

頭部の爆散の治癒には最低三時間は要る。

 

と。

 

それは頭部半分であれば時間も半分の一時間三十分だ、という安直なものではないとしても、

 

仮にそうだとしても、

 

数秒は早すぎるだろう。

 

通常の吸血鬼が数秒で行う治癒工程を、僕はものの数秒で済ませたんだ。

 

奇怪すぎる。怪奇すぎる。

 

奇々怪々すぎて、もはや懐疑だ。

 

 

「やっと気づいたか、自分の奇怪さに」

 

 

ああ、そうだよ。

 

気づいたさ。

 

自分は異端なんだ。

 

人間規格じゃあ、皆等しく怪物だが、同じ吸血鬼からすれば僕だけが激しく飛び出た、

 

群を抜いた、比肩のできない、

まさしく怪物だった。

 

 

「なるほど、そういうことか」

 

 

僕は自虐的に呟いた。

 

すると、逢原玲はこちらを眇めてニヤニヤと笑み、

 

 

「やっと気づいてくれましたかねえ、吸血鬼くん。というのが私の確認」

 

 

相も変わらず、太々しく話しかけた。

 

微塵も躊躇いも、寸分の憚りもなかった。

 

 

「ハイハイ気づいた気づいたよ…奇しくも気づいてしまった」

 

 

自虐を超えて自棄っぱちにそう言った。

 

自棄になるしかなかった。

 

僕は人間みたいに感情征服ができる理性的な高等生物ではない。

 

感情のまま。

 

激情のまま。

 

衝動のまま。

 

自分の感情に惹起し、壗に行動する情熱の怪物だ。

 

 

「で、一つ聞かせてよ」

 

 

「何を?」

 

 

僕は逢原玲を睨んだ。最大限の意志を込め、彼女を見た。

 

逢原玲も負けじと視線で返してくれた。

 

 

「僕が普通の吸血鬼でないとすれば僕は一体何者なの?」

 

 

「別に教えてもいいけど――

 

 聞く?」

 

 

この時の逢原玲の表情たるや、僕でも怖気が走った。

 

しかし、僕も引けをとらずに、

 

 

「勿体ぶらないで早く言って。時は金なりだよ」

 

 

押して肯定の意を示した。

 

 

「別に勿体ぶっているわけでもないんだけどね~。

 

 ……君は『串刺竜公(ツェペシュ)』だ。というのが私の解答」

 

 

「『串刺竜公(ツェペシュ)』…」

 

 

僕はその言葉を反復した。

 

だが、全く知らない言葉だった。

 

知らない分、対して驚きもなかった。

 

 

「あら、反応なし?お姉さん予想外」

 

 

「ええまあ、知らない単語だったからね。すみませんねぇ、情報弱者なんだよね、僕」

 

 

逢原玲がえっ?みたいな本気で驚きました、という素振りで半歩退いた。

 

 

「おいおいおい、流石に情弱すぎて、というか基礎的知識の欠如が過ぎてお姉さん引いちゃったよ」

 

 

「知らないものは知らないの。僕は情報を入手できる媒体を保有していないのでね」

 

 

「だとしても、人づてで耳にしたりはするでしょう?」

 

 

「人間社会と隔絶して生活する『吸血鬼』になんて無茶ぶりを…」

 

 

本当に嫌みだ。

 

意識しての嫌みなら卑しいことこのうえないが、無意識下の嫌みなら、ことなおさら卑しい。

 

僕の反駁に逢原玲はちょいちょい!と突っ込みを入れてきた。

 

 

「つい昨日、病院に不法侵入した奴が言わないでよね~。というか、勘違いしているみたいだから訂正しておくけど、

 

 吸血鬼は皆が皆、君みたいに人間社会との交流を絶っているわけじゃあないからね。ちゃんと人間の中に溶け込んで人間のように生活

 

 している吸血鬼もいるわけだ。

 

 そういう奴は大抵、昼には行動できないから夜に行動する事が多い。例えば夜勤の仕事とかね。

 

 意外と交通整理のバイトとかしてたりするんだよ。あとは箱入りして引きこもってても、ある程度は大丈夫な作家さんとかマンガ家

 

とか。というのが私の例証」

 

 

逢原玲の話を聞いて、他の吸血鬼の皆様には感服するばかりだった。人間社会に好き好んで飛び込んで、あまつさえ

 

人間のために社会奉仕するなんて、僕みたいなエゴで卑俗な吸血鬼にはできないことだ。

 

と自嘲的に思い、そこで気づいた。

 

 

「というか、例の割には随分と職業が具体的だね。もしかして実際に会ったことが?」

 

 

すると逢原玲には、

 

 

「さあね」

 

 

と、誤魔化された。

 

いまいち掴みどころのない奴だ。

 

 

「ああ、それで『串刺竜公(ツェペシュ)』の話だったね。

そういや、私たちってよく話逸れるよね。というのが私の感想」

 

 

「会って数分でその感想は些か尚早な気もするけど、まあそれでもこの数分でそれだけそう思えることがあったのなら事実だろうね」

 

 

ほとんどアンタの所為だけど。

 

 

「いやー、最初は半信半疑だったよ。僅か数秒で頭部を治癒したなんて。人づてなら尚更信憑性に欠ける」

 

 

「一体全体どうやってその情報を入手したのかは敢えて聞かないでおくけど、アンタいつか命を落とすよ」

 

 

「吸血鬼に心配されるようじゃあ、逢原玲さんもあがったりだよ」

 

 

本日二度目の会話を交わす僕と逢原玲。

 

 

「まあ、敢えて入手経路のヒントを挙げるとするなら人づて(盗聴)だね」

 

 

「『人づて』という言葉の裏に計り知れない闇を感じるのは気のせいかな?」

 

 

恐らく気のせいではない。確信。

 

 

「でもさっきの試し(テスト)でやっと信用できたよ」

 

 

試し(テスト)

 

 

その言葉の指すところは、恐らく先の銃撃だろう。

 

直前に断りを入れてたわけだし(別に断りを入れたからと言って、他人を銃撃していい理由にはならないが)。

 

 

試し(テスト)って、さっきのアレのどこが試し(テスト)なの?」

 

 

そう訊くと、逢原玲はハハハ、と大仰に笑い、笑顔で答えた。

 

 

「ああ、あれね。

 

 あの回転拳銃(リボルバー)に込められていた銃弾は()()特注の品でね。

 

 銃弾の貫通する能力を抑えて、できるだけ対象の中で力を拡散するようにしてある。ダムダム弾みたいなものだ。

 

 先の銃撃でお姉さんは君の肝臓と腎臓を打ち抜いた、というより破壊した。木っ端微塵にした。

 

 いずれも重要な器官だ。さしもの吸血鬼でも治癒には相当な時間を要する。

 

 なのに君はどうだ。体勢を立て直したと思ったら、あっという間に治癒が終わってた。

 

 いやはや凄まじい速度だったよ。

 

 それで、君が『串刺竜公(ツェペシュ)』だと確信できた。というのが私の解答」

 

 

どちらにせよ、逢原玲が僕を無差別銃撃したというのには変わらないが、僕も根に持つ性格ではないから赦す。

 

というか、逢原玲は『吸血鬼殺し(ヴァンプキラー)』なのだから僕を殺しにきて当たり前か。

 

と、僕は今更のごとく納得した。

 

 

「まあそれは置いておくとして、君、本当に『串刺竜公(ツェペシュ)』を知らないの」

 

 

「知りません」

 

 

何度言ったら分かるんだ。

 

 

「あらら、でも伝記、伝承、伝説では結構有名著名な『吸血鬼(ヴァンパイア)』だよ」

 

 

だとしても、やっぱり知らないものは知らない。

 

いくら伝記、伝承、伝説で有名だからって僕は全くと言っていいほど本を読まないし、人間とも話さない、滅多に。

 

 

「へえ、そういう名前の『吸血鬼(ヴァンパイア)』がいるんだ」

 

 

「まあね。というか、名前っていうより通称だね。略称、愛称、総称ってところ」

 

 

「表現の多様性は分かったけど愛称は絶対にないと思う」

 

 

「ワンちゃん的な?」

 

 

「いや絶対にないから」

 

 

そして、また話が逸れまくって迷走している二人。

 

 

「じゃあ、『ヴラド』って言って分かるかな?」

 

 

「ヴラ…ド?」

 

 

「そうそう、『ヴラド(Vlad)』。一般的には『ヴラド公』かな。または『ヴラド・ツェペシュ』とも」

 

 

ヴラド――

 

 

聞き覚えがあったりもするし、無かったりもする。

 

一言で片付けようとするなら、

 

既視感(デジャヴ)

 

僕的、この世で都合のいい言葉ランキング十位以内確実の

 

既視感(デジャヴ)だ。

 

 

「悪いね、僕がはっきり明確と名前を覚えてるような奴とか『ドラキュラ伯爵』ぐらいしか無いや」

 

 

「いんや、あながちそれも間違ってはいないよ。『ドラキュラ伯爵』は『ヴラド公』がモデルだって言うし、

 

 『ヴラド公』も存命中は『ヴラド・ドラキュラ(Wladislaus Drakulya)』って名乗ってたみたいだよ。

 

 そもそも、『ドラキュラ(Drăculea)

って名前自体が竜の息子って意味で、ヴラド二世の『竜公(Dracul)』っていう呼称に

 

 『~の子』って意味の『a』を足して『ドラキュラ(Drăculea)』ってなったらしいよ。というのが私の解説」

 

 

「御講義…どうも」

 

 

僕はアンタほど説明大好きな人間を見たことがないよ。

 

吸血鬼殺し(ヴァンプキラー)』なんて物騒なことやめて教師に転職したらどうです?

 

そっちの方がよっぽど稼げますよ。

 

というか、さっき簡潔に済ませるとか言った直後に長広舌を披露するとは…

 

この人、絶対友達いない。確信。

 

 

「もう名前の由来とかどうでもいいから。

 

 で?その『ヴラド公』ってのはどんな奴なの?」

 

 

簡潔にだよ!簡潔に!

 

 

「そうだな、『ヴラド公』は一言でいうなら『異常な王』だ」

 

 

「『異常な王』?」

 

 

「ああ、そうとも。異常さ、異常。

 

 歴史上でも、かなりの異常性をもった王だよ」

 

 

異常。

 

広く、長く、博く、永く、無限に近い人間が、生き、死に、生きている、

 

この歴史の流れの上で『異常』とも謳われる、その『ヴラド公』とやらは一体何者なんだろうか?

 

 

「『ヴラド公』はその呼び名『串刺竜公(ツェペシュ)』に相応しく、『串刺し』を好む奴だった」

 

 

「串刺し…?」

 

 

「ああ、串刺し。『串刺し刑』だ」

 

 

串刺し刑。

 

当時の刑罰が如何なものだったかは、僕の知るところではないが、『串刺し刑』と聞く限りは、それは、かなり思い刑のように思える。

 

それを好んでいた――?

 

 

「15世紀当時、『串刺し刑』は、それほど珍しいものではなかった。

 

 しかし、刑執行の対象のほとんどは重罪を犯した農民だった」

 

 

ところが、と逢原玲。

 

 

「『ヴラド公』は農民貴族、善人悪人、富豪貧民、身分の差や貧富の差なんてものは

 

 一切関係なしに反逆者ならば全て『串刺し刑』に処した。

 

 異常だ。はっきり言って異常ここに極まれりだ。

 

 恐らく奴なら、例え聖人君子であろうと、その串刺しの錆びにしただろうな」

 

 

なるほど、確かに異常だ。

 

間違いなく、そいつは異常だ。

 

 

「のちにその光景を目の当たりにしたオスマン帝国の兵士が『串刺竜公(ツェペシュ)』と呼んだそうだ」

 

 

そんな経緯があったのか。

 

 

「ちなみに今はワラキアの侵略に立ち向かったヒーローとして評価がされ直されているらしい」

 

 

それもまた、皮肉のようだけどね。

 

とにかく『ヴラド公』の人間性とかはあらかた理解できたさ。

 

人間性って、人間じゃないから吸血鬼性って所かな。

 

で、詰まるところ。

 

 

「僕と、その『ヴラド公』とやらに一体どんな繋がりがあるのさ」

 

 

それを訊くと、逢原玲は、今度こそ本当に引きました、って顔をして僕を見た。

 

引いた、っていうよりは馬鹿にしている、っていう顔だけど。

 

 

「えー。察しが悪いね、君。鈍感すぎるよ。というのが私の侮蔑」

 

 

「ついに侮蔑とまで言われたよ」

 

 

酷いな。僕もう精神的に逝きそう。

 

いや逝かないけど。

 

 

「いやいや、そりゃそこまで言われるよ。

 

 なんで君、これまでの話の展開で結末が読めないのさ。読解力ないの?

 

 君絶対、小説とか読めないでしょ」

 

 

「読める読めないの以前に読まないんだよ。何せ僕は日本の通貨を鐚一文とて所持してないからね」

 

 

「決して声を大にしていえることじゃあないからね、それは。というか、今時の吸血鬼は大抵、居住国の通貨ぐらい持ってるものだよ」

 

 

果たして、そういうものなのかな?

 

 

「そういうものさ」

 

 

「ナチュラルに他人の心読まないでよ」

 

 

もういっそ教師じゃなくて超能力者になってみては?

 

 

「いや、やめとくよ」

 

 

「本当に何で読めるのかな!?」

 

 

思わず声を荒らげてしまった。

 

お恥ずかしい。近所迷惑になりそうで怖かった。

 

 

「まあそれで、ええと…何の話だっけ?」

 

 

「僕と『ヴラド公』とやらとの関係だよ。本当に何で毎回こうも会話が脱線できるの?」

 

 

「あはは、最近のヤングの会話ってこうでしょ?一つの話題から始めてたつもりがいつの間にか二つ三つに分岐していた、ってこと」

 

 

「知らないよ、てかまた話を曲げてどうすんのさ。結論を言って、結論」

 

 

もう、早く寝たい。

 

さっさとこの人から逃げていいかな?

 

 

「じゃあ、言おう!」

 

 

そう言って、逢原玲は全ての話の集結点。

 

多分岐化した路線も終着駅は同じ。

 

逢原玲が僕の正体を口にすることで、この話は終着を迎える。

 

 

「――君は『ヴラド公』の末裔。『ヴラド四世』だ。というのが私の結論」

 

 

 

 

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