死なない盾と殺すだけの矛   作:ニア2124

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五話 伝説

 

 何故、こんな事になってしまったのだろうと思う。

 後ろを振り返ってみれば、今日一日に起きた出来事は余りにも常軌を逸している。

 

 長年働いたバイト先をクビにされ、リーマン風の男に刺殺され、すると小さな女の子に拉致され、その少女に首を切られ。まさか一日で二回も死ぬ目に会うとは夢にも見ないだろう。

 物語はいつも突然だと言うけれど。いくらなんでもこれは急すぎる。

 

 事実は小説よりも奇なり。全く以てその通りだ。

 未だ、自分は夢を見ているのだろうかと言った感覚に襲われる。ふわふわとした、現実味を持たない浮遊感。心ここにあらずと言った感じだ。

 

 子供の頃、誰もが夢見た正義のヒーロー。自分はそれになれるのか。

 そもそも、本当の正義なんて存在するのだろうか。

 

 人間は群れると、多数決で物事を考える。

 主人公が死んでしまう映画を百の人間が見たとして、その内四十九がバッドエンドと口にして。

 

 残りの五十一がハッピーエンドと口にしたら、その映画の結末はハッピーエンドとして語られる事になる。

 正義や悪と言った概念もそうだと思う。

 

 過半数が『その者は正義だ』と口にすれば、その人物は正義として語られる事になってしまう。

 絶対なる正義だとか、絶対悪なんて存在しない。自分達人間が議論して、考え出した結果、偽物の正義が作られるのだ。

 

 国を救い出した英雄が正義?

 国を滅ぼそうとした者が悪?

 

 戦争に勝利した国が正義?

 戦争に敗戦した国が悪?

 

 正義なんて存在しない。悪なんて存在しない。

 どっちもあやふやで、吹きかければ消し飛んでしまうような、小さい名誉だと思う。

 

 

 ♠

 

 

「働く事……?」

「うん。俺の下で働く事。けど安心してな、仕事なんて殆ど無いから暇な日めっちゃ多いし、給料もたんまり入るから。めちゃくちゃホワイト企業だから」

 

 たった今、俺の首を跳ね飛ばしたくせに何言ってるんだ。誰が、お前の下で働くか。

 俺のそんなやさぐれた心境を察したのか、男は和やか顔を浮かべる。何て言うか――……嫌な予感しかしない。

 

「別に、断っても良いんだぞ? だけど、お前が首を横に振った場合……政府の所に受け渡す事になるけど」

「はい?」

「ほら、お前って死なないじゃん? そんな御伽噺のような新種、政府や名のある科学者が欲しがらない訳ないじゃん?」

 

 ……この男、俺を脅していやがる。

 瞬時に悟った。つまり、俺がNoと言ってしまったら、二度と日の出を拝めなくなると言う事。白色の一室で、延々と実験させられると言う事全部。

 

 現在では、人体実験と言う言葉は否定的ニュアンスをもって語られているが――秘密裏に行う事は容易いだろう。

 それに、俺には家族が居ない。そして友人も居ない。悲しき事ながら、俗に言うぼっち。俺が居なくなっても、悲しむ者や怪しむ者は殆ど存在しないのだ。

 

 詰まるところ。俺にはyesしか存在しない。Noなんて言葉、有って無いものだ。

 何処がホワイト企業だ。悪態を吐きたいのは山々だけれど、相手の機嫌を損なわせる事も出来ない。鬱憤のみがどんどん募っていく。

 

「それで、YesかNo、どっちだい? 私的にはYesの方を推奨するけどね」

「ええ。Yesでお願いします。と言うかそれしか選択肢に無いでしょう」

 

 縄が解かれたら、絶対に一発殴ってやる。絶対にだ。勿論グーで。

 

「よぉし。いい判断だ。履歴書も何も要らない。所で、君今何歳?」

「十七ですけど……」

「分かった。じゃあバイトとして今日から宜しくな。クビにする気はさらさら無いから、安心して貰って構わない」

「不安しか無いですけど……まぁいいです。それで、俺はどうして死なないのか、その理由教えてくれるんですよね?」

 

 少し萎れた声色でそう言うと、俺とは対照的に草臥れスーツ姿の男は楽しげな口調で答える。

 なにが、そんなに楽しいのか。こちとら泣きたい気分だ。

 

「うん。理由だけどね……俺もあまり詳しい事は知らないんだ」

 

 やはり、縄が解かれたら二発殴ろう。拳で顔面を殴った後、腹にサッカーボールキックをお見舞いしてやる。

 男は自分の不精髭を指でなぞりながら、「俺が知っている事を最低限話すね」と相も変わらず和やか顔で言った。

 

「まず一つ目に。数年前起こった大地震はご存知かい?」

「ええ。五年前の夏に起こった最大震度七の大地震でしょう? 幸い辺鄙な廃村の下で起きた地震でしたから、負傷者は兎も角死亡者は余り出なかったと聞いていますけど」

「ああ。話が早くて助かるよ。尤も、その後誘発地震によって付近の市町区も少なからずのダメージを受けたけどね」

 

 それがどうかしたのか。急かす俺を、まるでからかうように、男はゆったりとした口調で言った。

 

「その地震によって、森深くの廃村の中心に大穴が空いたのは、知っているかい?」

「あ……前に掲示板で聞いたことあるかも。ぽっかりと空いたその穴は魔界と繋がっていて、地へと這い出た魔族は、人間に大きな『代償』と引き換えに、多大なる『力』を与えるだとか。まぁ、所詮都市伝説ですけどね」

 

 良くある自然災害を元ネタとした、不謹慎な都市伝説だ。

 そんな物は信じないし、信じる必要も無い。その掲示板に目を通したのだって、単なる暇つぶしのつもりだった。

 

 けれど、鼻で笑う俺に対しスーツの男は、和やか顔から一転。険しい表情を作る。

 思いなしか、傍らに立つ、俺の血に塗れた少女の表情すらも硬くなった気がする。

 

「どうしたんですか?」

「いやな。案外その都市伝説、本当の事だったりするんだよ」

「はぁ? もしかして、信じてるんですか?」

 

 大の大人がそんな都市伝説を信じているなんて、妙な話だ。

 まだ現実味を帯びたものなら分かるが、そんな「宇宙人が作り出したミステリーサークルがどうこう……」みたいな非現実的な都市伝説を信じるなんて。余程の馬鹿か、夢想家のどちらかだと思う。

 

「ああ。信じているよ。実際、葵は大切な物と引き換えに、不思議な力を貰ったんだから。それに、君だって死なない身体を持っているじゃないか」

「それは……」

 

 真剣な男の目つきを見て、思わず尻つぼみする。

 言っても分からないか……。と男は、少女を指差すとその後に、部屋に置いてあるロッカーを指さした。

 

 少女は無感動に、ロボットのようにロッカーの目の前まで歩み寄ると――そのスチールロッカーを片手で掴み上げた。

 

「……はえ?」

「凄いだろ。あいつはな、大切な物と引き換えに、強力な腕力と瞬発力、脚力から動体視力までを貰ったんだよ」

 

 華奢な、人形のような少女は持ち上げたスチールロッカーをゆっくりと地面に降ろす。先程までに小柄に見えたその少女は、今は未来からやって来たアメリカの最新兵器に見えた。

 思えば。こんな小さな少女が片手斧で俺の首と頭を真っ二つにした所で、本当に人間かを疑うべきだったんだ。

 

 本来、女性が男の首を容易く二つに別ける事なんて出来ない。男の身ですら、斧で首を一発で別ける事なんて出来やしないのだから。

 

「これで、信じてくれたか?」

 

 じっと俺を見据える。ぎらぎらと輝くその瞳から、俺は目を逸らした。

 男は溜息を一つ。そして、それに混じえて一言。

 

「君も、過去に大切な物を失ったんじゃないか?」

「……はい。子供の頃に両親を。数年前に妹を失くしました」

「時期的に見て、君の妹と引き換えに、君はその身体を手に入れたんだろうな。可哀想に」

 

 重い静寂がこの場を占める。少女も、何か大切な物を失ったんだろうか。俺よりも年下に見える、小さな女の子までもが。

 こんな雰囲気は俺に似合わない。とでも言いたげに、男は明るい口調で静寂を打ち破る。けれど、その声色は何処か虚ろだった。

 

「まぁ、それはそうと。君が一度目に殺された男……。あいつも、妙な力を持っていただろ?」

「ああ。そういえば、手の平から刃物出してた気がします」

 

 過去の記憶を辿り、そう答える。今思い出しても、ムカムカする奴だったなと思う。

 

「そうか。あの男はな、貰った力を悪用して、過去に二人程人を殺しているんだよ。そして、俺らの仕事は……そう言った可笑しな力を持つ人間を、排除するお仕事なんだ」

「は、はぁ。そうですか」

「うん。そうなの。そして、君が名誉ある四人目の社員。誇って良いんだぞ」

「いや、ちょっと待ってください。排除って……その、殺すとか、そういう意味だったりします?」

「えっとね……まぁ、そう言う意味。けど安心してな。排除するのは俺の隣に立つ、葵だから」

 

 それはそれで、問題が有る気がする。

 何故この男は、こんなに小さな女の子に殺しをさせているのか。そう思うと、心の奥底から炎のような怒りが身を焦がした。

 

 そんな俺の思いを露知らず。男は呑気に、まずは自己紹介だな、と口にする。

 

「二度目になるけど、俺の隣に立つのが葵って言うんだ。フルネームは『雨宮葵(あめみや あおい)』。年は十六、君と一個下だね」

「その十六歳に、殺しを強要してるんですか。最低ですね」

 

 遂に抑えきれなくなった怒りが、無意識に口に出た。

 男は俺の言葉を聞いた後、ポカンと呆け、苦し紛れに笑う。

 

「まぁ、強要とまではいかないが……そうなるな。最低だってのは自覚しているが、如何せん、何の力も持たない俺じゃあ、奴らには勝てないし」

「言い訳ですか」

「まぁ、言い訳だな。だけど、そうやって彼女の為に怒りを露わにしてくれるのは、俺としても嬉しいよ。葵も例によって、大切な物を失ったからと言うもの……感情の起伏が乏しくてな。君がそれを治してくれると、有難いんだけど」

 

 目の前の男に対する嫌悪感が増し、彼から目を背ける。出来ることなら、視野にも入れたくない。

 

「ははは。嫌われちゃったみたいだな。まぁ、それも仕方無い、か。俺の名前は古畑翔(ふるはたしょう)。ニックネームとして、『社長』とでも呼んでくれ」

「気が向きましたらね」

 

 嫌悪を露にする俺を、男は乾いた笑みで見つめる。すると、事務机の二段目の棚からカッターナイフを取り出し、俺を縛る縄をその刃で切り捨てた。

 先程までは殴ろうと意気込んでいたが、その気も失せ、縄が解かれるなり手首を回しながら、踵を返す。

 

「それじゃあ、明日から宜しくな。帰るのが面倒だったら、この事務室出て左側の方に仮眠室が有るから、そこで休んでいてくれ」

 

 男の言葉には答えずに、俺はやさぐれた気分で部屋を出た。

 

 

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