宇宙海賊キャプテン茉莉香 -銀河帝国編- 作:gonzakato
ウサギ熱とは,流行性耳下腺炎、いわゆるおたふく風邪です。これを銀河帝国の母親は,ウサギ熱と呼び、ウサギ熱に罹った子供の幸せを祈ってウサギの耳飾りを子供に付ける風習があります。
少し具合の良くなったチアキは、自分のこれまでの生活を振り返り、物思いにふけっていると、意外な見舞い客が、ウサギの耳飾りを持って、チアキのところにやってきます。
サーシャに続いて、チアキの人生航路も動き出します。
なお、この回は、アニメなら、チアキちゃんのバニーガール姿が見られるんですが、小説では残念ながら・・・。誰か、挿絵を投稿して下さい。
それから、花澤さんに言ってもらいたいセリフを書きました。アニメのように、チアキが鏡の前でつぶやくセリフです。
9-1 白凰女学院(海明星)
海明星に帰ってからは、ヨット部員は何事もなかったように、以前と変わらず、彼女達にしては静かに学園生活を送っていた。チアキはまだ入院から帰って来ない。
放課後の部室では、以前と同じようにおしゃべりの花が咲いていた。
「それで、あのう、ウサギ熱って、どういう病気なのでしょうか。私たちにはよくわかりません。」
ヒルデが聞いた。
「ウサギ熱は、医学的には流行性耳下腺炎とよばれるウイルス感染症ですよ。セレニティではどう言う名前で呼ばれているのでしょうか。ひょっとして、ヒルデさんは罹ったことがないのですか?」
サーシャが言った。
「そうですね。罹ったことがありません。」
「私も同じです。セレニティでは、王族に対する予防接種は、細菌兵器対策も兼ねて、かなり厳重に行われますから、おそらく抗体ができているのでしょうね。
でも、なぜ、ウサギ熱という名前で呼ばれるのですか?
まさか、本当に耳が伸びる病気があるのですか?」
グリューエルが言った。
「ハハハ、まさか。そんな病気ではないですよ。あの、それはですねえ・・・」
帝都に暮らした経験のあるジェシカ・ブルボンが言った。
「この病気は、耳の下が腫れあがるので、保冷剤で冷やす必要があるのです。そうしておけば、普通1週間くらいで治るんです。
それで、その保冷剤を固定するためにあごから頭の上まで布を巻いて縛るのですが、その布の結び目を頭の上で作るんです。これがポイントなんです。
その結び目を作った後に、布の端をピンと立てて動物の耳のようにすると、幼稚園くらいの小さな子供は、まるでウサギとか小熊とかの小動物になったように、とても可愛く見えるんです。
そのため、昔、これが帝都の若い母親に大流行したんですよ。特に子供が女の子の場合は、ウサギの耳のようにかわいくしようと、みんな腕を競ったそうです。」
ジェシカは、頭の上に両手を乗せて指を立て、ウサギの耳のポーズをした。
「なるほど、それは可愛いでしょうね。それで、ウサギ熱というのですね。」
「そうです。ウサギは幸運のシンボルですから、子供の幸せを祈るという意味もあります。それが、どんどんエスカレートして、縛った布に装着するウサギの耳セットが売り出されまして、これまた大人気。
私の幼稚園時代の写真にも、ウサギの耳をつけて母親の膝の上で抱かれているものがありますよ。幼児の私は熱で気分が悪そうなのに、母親はニコニコ喜んで写真に写っているんですよ。
ホントに、うちの母はバカ親です。
さらに最近は、ウサギの着ぐるみを子供に着せるバカ親もいるそうです。」
そう言っている、ジェシカの顔は、とてもうれしそうだった。
「ウフフフ・・・。なるほど、楽しそうなお話ですね。」グリューエルが言った。
9-2 銀河帝国第二王宮 帝国軍病院
チアキは、ウサギ熱の治療のため、スカーレットに付き添われて、入院した。
入院先は、銀河帝国の第二王宮にある帝国軍病院のセイント・ローヤル・ルーム2号室である。その名前のとおり、王族専用の病室である。ベッドのある部屋のほかに、食堂も兼ねた居間や客間が三つ、このほか、治療室、従者用の大きな控室もあり、内装も豪華である。
最初の数日間、チアキは、ウサギ熱のため、高熱でぼーとして何も考えられず、ほとんどベッドで眠って過ごした。戦闘での疲労の影響もあったのだろう。
もちろんチアキは、ウサギ熱対策の保冷剤を当てるため、あごの下から頭の上まで白い布で縛られた姿である。
だが、その後は疲れが取れたのか、熱が続いているものの気分が少し良くなり、目が覚めてきた。
そして、チアキはベッドに横たわりながら、練習航海中のいろいろな出来事を思い出していた。
茉莉香について銀河帝国に行ってクリスティアの副官になったこと、
女王陛下に会ったこと、
帝国海賊のキャプテンに任ぜられスカーレットが従者となったこと、
そして、グランド・クロスⅡのパイロットになって戦ったこと、
白兵戦で自分を守って大勢の人が死んだこと・・・
とりわけ、白兵戦で死体を目の前にした時の感覚は、自分にとって二重の驚きであった。
もちろん、焼けて破裂した死体を目にしたショックは大きかった。
しかし、一方で、心のどこかに既視感があって、冷静でいられたことに、自分でも驚いていた。
『こんなこと、前にもあったのだろうか。・・・』
チアキは、自分の小さい時の思い出を遡っていった。
『そうか、バルバルーサか。・・・
父のケンジョーと、副長ノーラを始めとするクルーたちによって、いつも、あの帝国海賊たちのように命がけの気迫で、自分は大切に守られていたような気がする。』
と、チアキは、既視感の正体にたどりついた。
『今度、おやじに会ったら、今まで大事に育ててもらったお礼を言おうかな。
この秋には18歳の誕生日を迎えるからね。
それにしても、いよいよ大人かなあ。実感がわかないけどなぁ。』
チアキが、そんなことを考えていると、スカーレットが大きな花瓶に赤い薔薇の花をいっぱいに挿して持ってきた。
「お目覚めですか。
今日も、ドリトル様から薔薇の花束が届きましたよ。」
「エドワードさんから? 今日も?」
「はい。お嬢様が入院されてから、毎日届いています。
ほら、同じような花束が、向こうの部屋の花瓶にも、ここにもございますよ。
やっぱり、眠っておられたから、気づいておられなかったのですね。
いかがですか、こんなにいい香りが・・。」
スカーレットは、ベッドを起こしてチアキに花瓶を近づけた。
「そうね。良い香り。・・・お礼を言わないといけないわ。」
「はい、面会のお申し込みもいただいています。
ご気分がすぐれないようでしたら、電話でもよろしいかと存じますが。」
チアキは会おうと思ったが、すぐに否定した。
「だめだめ。私、ほら、この通り、パジャマでしょ。男の方の前に出るというのに、着るものがないわよ。お風呂にも入ってないし、髪も梳かしてないし・・・ああもう。」
「そうですね。お急ぎにならなくとも。
でも、お嬢様がお目覚めになったらすぐにお呼びしないといけない方もございまして・・・。」
「だれ?・・」
チアキが聞いた。その時、病室のドアが開いて、誰かが入ってきた。
「チアキ、見舞いに来たよ。気分がよくなったそうだな。熱の方はどうかな。」
突然、女王陛下が現れた。
医師と女官長だけを連れて、いかにもお忍びという雰囲気である。
チアキがあわてていると、女王はチアキの額に手をあてて、熱をみた。
「ふうーーん。まだ熱があるなぁ。・・・フフフ、間に合った。」
女王は、意味ありげに笑って、女官長の方を見た。
女官長は、自ら両手にたくさんの箱を入れた包みをぶら下げており、それをベッドサイドのテーブルに置いて、そのうちの一つの箱を手にした。
「最初は、やはり、白でしょうか。」
「そうだな。」
女官長の手から何か白くてふわふわしたものが女王の手に渡され、さっとチアキの頭に取り付けられた。
チアキは、ヘアバンドのようなものが頭に取り付けられたような気がした。
「うん、うん。やっぱりチアキは可愛いなぁ。
うん、うん。よく似合う。
スカーレット、鏡を持ってきてくれ。チアキにも見せてやろう。
どうだ、チアキ。可愛いだろう。」
鏡の向こうには、白いウサギの耳をつけたチアキの顔と、チアキの肩を抱いて体を寄せ満面の笑みをうかべている女王の顔があった。
「お前は小さい時に母親と生き別れたそうだな。
だから、ウサギ熱にかかっても、ウサギの耳をつけて子供の幸せを祈ってくれる者がいないと思ってねえ。
私が代りに、チアキの幸せを祈ってあげようと思ったのさ。」
「はあ・・・」
チアキは、自分でも、ウサギの耳をつけた姿は結構かわいいと思った。
しかし、これが、本当の母親がやることなら、
『いい年をした娘に、何てカッコウをさせるんだ』
と、怒ってすぐに外してしまうだろうと自分でも思った。
しかし、本当のところ、チアキは少しうれしかった。
女王の言うとおり、お母さんがいたら、小さい時の自分にもこうしてくれたのではないかと想像したからだった。
「さあ、スカーレット。写真を撮ってくれ。記念写真だ。」
「承知しました。」
チアキが嬉しそうなので、気を良くした女王は、さらに箱の中から次々と「耳」を取り出した。耳は、ピンクや青や黄色など、色とりどりだった。
そして、女王は、チアキにこれらの耳をつけさせ、二人の記念写真を次々撮った。
「本当によろしいのですか・・・」
と言って女官長が最後の箱から取り出したのは、黒い耳だった。
「これが一番似合うと思うけどなあ・・・。」
女王はそう言って、チアキの頭に黒い耳をつけた。
「これは、・・・例の・・・」
確かに、鏡で見ると、黒い耳は色白のチアキの顔にとてもよく似合っているが、それは年頃の娘のコスプレのような気がした。
「これには、着ぐるみの衣装がセットでついているんだが、これもどうだ・・・。」
女王は微妙な言葉づかいで言ったが、チアキにはその正体はすぐにわかった。黒のレオタードに黒くて丸いウサギのしっぽがついたもの、蝶ネクタイ、付襟、網タイツ・・。
チアキはそれを着た自分の姿を想像し顔を赤くして、言った。
「絶対、イヤです。ウサギ熱と関係ありません。」
「ハハハ、やっぱりそうか。残念」
その後も、女王はとても機嫌よくチアキと話した。
最近の王宮での出来事、特にクリスティア王女がついに王宮主催のパーティに出席し、経済界や政府・軍の要人と懇談したり、若い男性たちとダンスを踊ったことを嬉しそうに話した。
「お前のおかげだな。あいつはずいぶん大人になったよ。本当に礼を言う。」
「私からも、お礼を言わせていただきたいと存じます。
白鳳女学院のパーティで踊ったとお聞きしていましたが、王宮のパーティやダンスでも、本当にご立派に振る舞っておられるお姿を実際に拝見し、感激いたしました。
王宮の女官たちは皆、お嬢様に感謝いたしております。」
女官長も丁寧に礼を言い、チアキに深々と頭を下げた。
「ど、ど、どういたしまして・・・。」
チアキも慌てて頭を下げた。
また、女王は、薔薇の花束を誰がチアキに送っているかも知っていた。
「この病室は王宮の中にあるからね。
毎朝、毎朝、王宮の廊下を花屋の配達人がとても大きくて立派な赤い薔薇の花束を持って歩いているので、誰からの誰への贈り物だろうかと、評判になっていたそうだ。」
女王が本当に嬉しそうに笑っていた。
女王が帰ったあと、チアキは黒いウサギの耳をつけて、鏡に自分の顔を写してみた。
「ここ、チョットいじると、かわいいかなぁ。」
チアキは、片方の黒いウサギの耳を途中から折って見た。そして、鏡に向かってウインクしてみた。
チアキは鏡に映る自分を見ながら、何処かにいる自分の母親に向かって言った。
『私、ちょっとかわいいでしょう。誉めてやっても良いでしょ、ねえ、おかあさん。.』
その時、電話が入った。
チアキは、電話がクリスティア王女からと知って、あわててウサギの耳を外した。
「元気になったのか。よかったね。
チアキが少し元気になったと聞いたので電話したのだが、その通りだったね。」
「はい。まだ熱はあるのですが、気分が良くなってきました。」
「それは、よかったね。
それで、お前の副官としての予定が入っているので、伝えたいと思って電話した。
まず、出張がひとつ。
ブルドッグ宇宙開発株式会社が開発した星系が、ブルック星系王国として帝国内で自治を認められることになったが、来月に、むこうでその条約調印式がある。
それに帝国代表として私が行けと母上から命じられた。
茉莉香とチアキも一緒にね。
それから、王宮のパーティだが、一度くらい茉莉香とチアキも出席させたいと思っている。しかし、茉莉香は仕事があってなかなか都合が合わない。お前だけでも出席してほしい。
母上は、茉莉香は忙しいのなら仕方がないが、チアキは是非出なさいと言っておられる。ただし、チアキの出席するパーティの開催は、チアキの18歳の誕生日が済んでからにするようにとも言っておられる。
これは、お前の成人としてのデビュー・パーティにしたいという母上の配慮だね。ぜひ出なさい。
もちろんドレスとかアクセサリーなどの準備は心配無用だ。母上が、フランソワに最高の品々をそろえるように頼んだそうだ。
母上も楽しみにしていたよ。
それと、ダンスのお相手も選んでおいたから。もちろん、母上も了解済みだ。」
「ええ、お相手って、なんですか? 」
「??? お前、ダンスパーティに一人で行くつもりか?
ダンスというものは、ふつう、しかるべき男性に誘われて、踊るものだろう。」
言われてみれば、そうだった。
しかし、王宮のパーティで踊ってもらえるような人と言えば、チアキには心当たりがなかった。
いや、一人なら、心当たりがない訳ではないが、誘ってもらえるとは思えなかった。
「そんな大事なこと、私に相談もなく、勝手に決めないで下さいよ。
それで、その方はどなたですか。もちろん、微妙な人ならお断りしますよ。」
「それは大丈夫。お前も以前に踊ったことがある人だ。白鳳女学院のパーティで。」
「え!? 」
チアキは、心臓が止まりそうなくらい驚いた。
「エドワード・ドリトルだよ。薔薇の花束の送り主。お前も文句ないだろう。」
「・・・・・・・」
チアキは顔を赤くして、返事ができなかった。
そして、話をそらすためにこう言った。
「それで、フランソワって誰ですか?」
「フランソワは、フランソワ・シャネルに決まっているだろう。コッキー・シャネルの母親だ。母上がいつも服を頼んでいるデザイナーだ。
チアキの入院中に、採寸して、ドレスのデザインも決めなければならないから、明日にでも向こうから連絡があるだろう。」
「そんなすごい人が、・・・・」
「私は、コッキー・シャネルの方が、若いお前の感覚に会っていると思うのだが、母上がフランソワだと言い張るので・・・。お前が嫌なら、別だが・・・。
それと、普段着もついでに頼みなさい。
母上も、チアキの病室のクローゼットには、女子高と帝国軍の制服が一着づつ入っているだけだったと嘆いていたからな。」
こうして、チアキの入院生活は、あわただしく過ぎて行った。
9-3 白凰女学院(海明星)
チアキが遅れて海明星に帰ってきてからも、ヨット部員は何事もなかったように、以前と変わらず、彼女達としては静かに学園生活を送っていた。夏休みの補習には、みな仲良く出席し、やがて2学期が始まった。
部室でのおしゃべりも以前と変わらず楽しいものだったが、練習航海の時の話題はあまり出なかった。茉莉香もチアキも後で事情を聞かされ、みな、サーシャに気を使って、何事もなかったようにふるまっていた。
しかし、学校以外では、チアキの生活は大きく変わった。
まず第一に、スカーレットがチアキ付きの第一艦隊司令官の秘書官として海明星についてきた。それだけではなく、帝国海賊の男たちが帝国軍の警備スタッフとしてチアキの下に配置された。
これらは、帝国軍から、グランドクロスⅡのパイロットとして反乱軍と戦った実績が認められ、帝国軍の中佐、第一艦隊司令官の副官という高級士官の地位にふさわしい警備等の処遇が実施されたためと思われた。
特に、チアキの場合は、帝国海賊のキャプテンの位を授けられてはいるが、まだ自分の船は持たず、また、海賊船バルバルーサ船長の娘といっても、チアキ自身にはスタッフがついていないための措置であった。もちろん、茉莉香の場合は、弁天丸の船長として自分の船を持ち、船長の警備は弁天丸の判断に任せられている。
第二に、住むところも変わった。それまで、チアキの宿泊先は、転校してくるたびに違い、ホテルや賃貸マンションだった。いずれも、父ケンジョーが手配した、相当に高度なセキュリティが確保されたところだったが、スカーレットと同居できる所ではなかった。
結局、警備の都合上、クリスティア王女の時と同様に、サーシャの家に下宿させてもらうことになった。従者の部屋もついたスイートルームがあり、警備部隊が常駐するスペースもあるためだ。
第三の変化として、海明星に帰って以来、茉莉香とチアキに対しては、放課後や休日の時間を利用して、副官としての教育が本格的に始められていた。教育と言っても、帝都と海明星を結ぶ超光速回線を使ったマンツーマンのTV講義形式が中心であった。
こうして二人はますます多忙な日々を送っていた。
他の三年生も秋になると受験勉強が本格化し、クラブ活動は休業状態になり、顔を合わせることも少なくなる。猛者揃いのヨット部員といえども、三年生となると多忙な日々を過ごしている。
そういう多忙な日々の中、茉莉香とチアキは、久しぶりに部室で顔を合わせた。
「チアキちゃん、久しぶり。」
「久しぶりって、部活はともかく、授業では、ほぼ毎日、顔を合わせてるわよ。
ところで、茉莉香。副官見習いの勉強って、二人一緒にやるのかと思っていたけど、結局、別々になっちゃったのね。」
「そうだね。ちよっと、寂しいよねえ。
私の方が弁天丸の仕事が入って、なかなか一緒に講義を受ける時間がないためかなあ。 ゴメンなさいね。」
「まあ、それは、お互い様ってことで、気にしてないんだけど。
もっとも、私の方は、『バルバルーサの仕事は大丈夫だから、副官の勉強に専念しろ』とオヤジが言うので、このごろ、講義漬けなんだけどね。」
「講義はどこまで進んでいるの? チアキちゃん」
「一般的なガイダンスが終わって、歴史の講義に入ったところ。聖王家が絡んだ政治や軍事が中心ね。
ほかに王宮の作法・慣例の講義も始まった。」
「なんか、私と少し違うわね。
やっぱり、チアキちゃんは、王宮の人たちに頼りにされているんだね。この間の戦闘以来かなあ、一緒に戦って王女様との距離もぐっと近くなったというか。
私の方はね、一般的なガイダンスが終わってからは、弁天丸の船長として直ちに必要なこと、帝国軍の作戦計画、艦隊編成、艦船の運用とか、実務的なところから始まってるよ。」
「そうだね、少し違ってるね。
もともと、私は茉莉香ひとりで銀河帝国に行かせるわけにはいかないと思って王女の副官になることを承知したわけでしょ。
だから、その後も二人一緒だと思っていたけど。
でも、ふたりの役割が違うなんて、言われてないよねえ。」
そこへ、グリューエルとヒルデが、会話に加わった。
「三年生のほかのみなさんは、お勉強ですか。お顔が見えませんねえ。」
グリューエルが言った。
「サーシャとウルスラは受験勉強の真最中。部室に立ち寄るヒマはないみたいね。
医学部目指すサーシャが、勉強で大変なのは分かるけど・・・。
まさか、ウルスラまで受験勉強とはねえ。
練習航海で一番変わったのは、あの子ね。」リリイが言った。
「そうですねえ。帝国軍士官学校を受験されることになるとは、驚きでしたね。」
「そうよ、この間までは、白鳳女学院大学入っても、みんなでまたヨット部入って、また海賊しようって言っていたのにねえ。」
リリイが少し寂しそうな表情で言った。
「やっぱり、グランドクロスⅡのパイロットの適性者は、銀河帝国も手放したくないんでしょうね。」
グリューエルが真剣な表情で言った。
「だったら、勉強しなくとも合格確実なのにねえ。
ウルスラの話だと、ミッキー艦長が家庭教師までつけて勉強させているそうよ。
私が推薦状を書いた受験生が、筆記テストはビリなんて許さないって。」
「フフフ、さすが元士官学校の教官。ウルスラのことよくわかってるね。」
チアキが言った。
「あのー、まさか、その家庭教師とは、あの方ですか?」
グリューエルが言った
「それで、ウルスラさんが急に勉強熱心になられたのでしょうか。」
ヒルデも、身を乗り出して言った。
「グリューエルもヒルデも、なかなか鋭いわねえ。女のカンが冴えてるわよ。
ウルスラは言わないけど、私もそうだと睨んでいるのよ。フフフ・・・」
リリイも身を乗り出して言った。
「え、なに? ウルスラがどうかしたの?」
「茉莉香、あなた、女のカン、鈍すぎよ。
この頃のウルスラを見てたらわかるでしょ。」
「え!?・・・・」
「ところで、茉莉香。あなたの講義の講師って誰?
まさかギルバートさんじゃないでしょうね。」
「え・・・! どうして知ってるの・・・」
茉莉香は少し顔を赤くして、口ごもった。
「図星みたいね。ふ~~~ん、それで、どうなってるの。」
リリイが身を乗り出して聞いてきた。
「だから、さっきも言ったように、帝国軍の船長としての基礎を・・・。」
リリイは、キョトンとしている茉莉香の顔をじっとのぞきこんで、ため息をついて、言った。
「はぁ・・・相変わらず、見込み無しだなぁ、茉莉香は。」
リリイはあきれた顔をしている。
「私たちは、そういうことをお聞きしているんじゃありませんよ。
もう、茉莉香さんったら。」
グリューエルが笑った。
「それで、茉莉香は進学するの?
王女様の副官と弁天丸の船長は、続けるんでしょ。」
「そっちは続けるんだけど、進学はどうもねえ、ぴったりくるところがないのよねえ。
白鳳女学院大学は帝都から通うのは無理だし、帝国軍士官学校は全寮制だし、帝国女学院はちょっと雰囲気が私に合わないというか・・・。」
「そうか、難しいねえ、茉莉香の場合は。
チアキちゃんは、どうなの。帝国女学院なの?」リリイが言った。
「私も茉莉香と同じで、迷っているのよねえ。」
そうは言ったものの、チアキは、結局自分は帝国女学院に進学するだろうと思っていた。むしろ、茉莉香がそう思っていないことが意外だった。
おしゃべりが一段落すると、ヨット部の三年生たちは、足早に帰り始めた。
グリューエルとヒルデは下級生のヨット訓練に加わるため、部室に残った。
今年もネビュラカップの時期が近づいている。三年生は、昨年の優勝者であるチアキも含め全員がヨット部内の選手選考レースを辞退したので、二年生以下の部員にとってチャンス到来と、練習は熱気を帯びていた。
チアキは、校庭に出て、澄み切った秋空を見上げて思った。
『もう秋かぁ。卒業しても茉莉香と一緒に広い海を渡っていけると思っていたけど、なんか少し進路が違ってきたかなあ。
そういえば、私も練習航海でいろんなことがあったものね。私の場合は、ウルスラが進路相談をしてきたことから、すべてが始まったのかなあ。』
チアキは、練習航海でのある出来事を思い出していた。
9-4 「ゲームセンター」(機動空母グランドマザー船内)
ウルスラは、練習航海中に行ったシュミレーター・ゲームの成績が極めて良かった。
これをみたミッキー艦長は、ウルスラに帝国軍士官学校への進学を勧めた。
そこで、その気になったウルスラが、『帝国軍士官学校に入って、パイロットになりたいんだけど、どう思うか・・・。』とチアキに相談してきたのである。
二人は、消灯時間後に、ゲームセンターの隅で話していた。
「ねえ、チアキちゃん。私も、チアキちゃんも、宇宙船の中で生まれ育ったでしょ。
宇宙船の中で生まれ育った子供は、宇宙船の操縦に欠かせない特別な能力を持っていると言うけど、本当かなあ。」
「何よ。そんなの、聞いたことがないわよ。
誰よ、そんなことを言っているの?」
「ミッキー艦長が言っている。
私にはそういう能力もあるから、パイロットに向いているって。
だから、帝国軍士官学校への推薦状を書いてやるから、受験しろって。」
この時代は、帝国軍士官学校を受験するには、帝国軍士官の書いた推薦状が少なくとも一通、必要とされていた。
「変ねえ。どういうことかしら。」
「実はねえ、この前、眠れなかったから、夜中の消灯時間に起きて、内緒でこのゲームセンターに来て、船のシミュレーターで遊んでいたんだ。
そうしたら、ミッキー艦長が突然やってきて、
『そんなに上手なら、こっちのマシンで遊んでみないか』
と誘われたんだ。」
「まさか、それ、透明な球形のヤツじゃないの。あれは危険な機械だと、クリス先生が言ってたけど。」
「それだよ。それに乗って、宇宙戦争のシューティングゲームをやったんだ。
でも、チョー・カンタンだった。あっという間にクリアした。
それで、ミッキー艦長が『じゃあ、このレベルならどうだ。目を回すなよ。』
って言って、レベルを上げたゲームも結局、クリアしたんだ。
ハイレベルのゲームは、面白かったなあ。超光速で、こっちからあっちへとジグザグにジャンプしながら、しかも上下逆さまとか、変な姿勢でタッチダウンして、その瞬間に射撃をするというやつだったよ。」
「ええ?どういうこと。そんな動きを要求されるゲームなんか、知らないわよ。」
「あのゲームの面白さは、口ではこれ以上うまく説明できないなあ。
なんか、自分が別の人間になったような、不思議な感じがして・・・。
どうかなあ、チアキちゃんもやってみない。」
チアキはウルスラに勧められて、グランド・クロスのシミュレーターに乗った。
チアキも、グランド・クロスの秘密を自分でも探ってやろうという興味があったので、ウルスラの誘いに応じたのだ。
実際にシミュレーターに乗ってみると、確かにウルスラの言うとおりだった。
超光速ジャンプを繰り返し、そのたびに反転、また反転と、上下、前後、左右の逆転など当たり前のようにめまぐるしく姿勢を変えながら、少しずつ確実に標的の大艦隊を打ち落としていくゲームだった。
しかも、タッチダウン直後に攻撃し、直ちに通常空間から離脱しないと、敵のミサイルやビーム砲に襲われるという設定だった。
瞬時の判断が求められる厳しいゲームだった。
「こんなに頭を使うゲームは初めてだわ。
正直言って、面白い。」
チアキは、頭をつかう、つまり全精神をフル回転させる不思議な快感に惹かれて、ゲームに引き込まれていった。
もともと、チアキはスペース・ディンギーでは、2年生でネビュラカップ優勝の腕前の持ち主であり、普通の『宇宙戦争のシューティングゲーム』は簡単過ぎてやる気がしなかった。
そのチアキが、ゲームにこれだけ夢中になるのは珍しいことだった。
チアキは、頭と体のどこかにある「本気のスイッチ」が入ったような気がした。
そして、ゲームをしていくうちに、チアキはこのゲームの「秘密」に気が付いた。
「確か、この『ゲームセンター』にあるシミュレーターは、すべて実在する宇宙船や作業ロボットなどの操縦訓練用のものだと、艦長は言っていたわね。
それが本当ならば、このとんでもない操縦性能のある新型のグランド・クロスも、既に作られているかしら。」
「いやあ、宇宙船がこんな操縦性能を持つのは、あくまでもゲーム空間の中でのことじゃないかなあ。信じられないよ。」
ウルスラは信じていないようだった。
「グランド・クロスのジグザグ飛行を実際に見ていないから、そう思うのよ。
あれはすごかった。その改良型なら、こんなことも不可能じゃないわよ。」
そう言いながらも、チアキは次々敵艦を沈め、ゲームを進めて行った。
二人がゲームに夢中になっていると、突然後ろから声をかけられた。
「ゲームセンターが騒がしいので来てみたら、本当に驚いたね。」
そう言って、ミッキー艦長が、真剣な表情でチアキたちの後ろに立っていた。
「乗っているのは、チアキ・クリハラだね。
ウルスラを発見しただけでも腰を抜かすほど驚いたのに、もうひとり適性者がいるなんて。
それも、自動認証でシミュレーターの操縦を始めることができる適性者がいるなんて、本当に驚いたよ。
お前たち白鳳女学院のヨット部は、本当に人材豊富だねえ。」
結局、この時から、二人は、ミッキー艦長の『弟子』となって、他のヨット部員に内緒で、このシミュレーターの操縦ゲームを教えてもらうことになった。
二人の上達は早く、たちまち最終のレベル、つまり、三機編隊による攻撃ゲームのレベルまでクリアした。
もちろん、その時は、このゲームが、クリスティア王女と共に戦う「訓練」になるとは思っていなかったが・・・。