宇宙海賊キャプテン茉莉香 -銀河帝国編-   作:gonzakato

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海明星での平穏な暮らしに戻った白凰女学院ヨット部員は、それぞれの未来に向かって歩み出そうとします。
 サーシャは静かに海明星で自分の道を歩もうとします。
しかし、ウルスラが一大決心。大きな一歩踏み出します。
 なんと、士官学校に進み、さらに婚約したのです。お相手は帝国軍の戦艦で隣に座っていた技術士官の男性。彼女の決心を知って、みんな大騒ぎ。
 茉莉香は、ダンスパーティでお仕事関係の男性達と踊ることになり、ドレスの準備を始めますが・・・まだまだ自分の進路は決められません。
 マミも自分の道を探そうとします。デザイナーのプロになるか、茉莉香専属のままでいるか、彼女の選択は・・・
 茉莉香たちの高校生活も、最後まで目が離せません。
 



第十五章 サーシャ、ウルスラ、マミの進路

15-1 ステープル邸(海明星新奥浜市)

 

「はーい。」

 サーシャは受験勉強の手を止めて、自室のドアをノックする人に答えた。

「サーシャ、今日はお父さまもいらっしゃるし、三人で秋の庭を散歩しませんこと?

 お天気もいいし、大通りのポプラ並木がとてもきれいに黄色く色づいてますよ。」

「はい。おかあさま。いま、参ります。」

 サーシャはお気に入りの濃紺のベルベットのコートを着て、母と一緒に階段を下り、玄関広間で父と待ち合わせて、庭に出た。

 

 この星の穏やかな四季の移ろいは、ここに住む人にとって本当に心地よい。

 秋の空は高く青く澄みきって、風は爽やかで、午後の日差しは穏やかだった。

 三人は、乾いた落ち葉をサクサクと踏みしめながら、庭の並木道を歩いて行った。

「おとうさま、この並木道だけ、落ち葉を掃除せずに残して頂いてるのですか。」

「そうだよ。庭師のジェームズたちが、

『今年は、まだお嬢様が一度も秋の散歩をなさっていないので・・・』

 と言って、落ち葉を残したままでお前が散歩に来るのを待っていたんだよ。」

「入試も近くなったので、サーシャは、学校から帰ると部屋に籠って遅くまで勉強しているでしょ。

 この頃ちょっと心配だったから、散歩に誘ってみたのよ。」

「おかあさま、ありがとうございます。」

「サーシャ、ほら。ポプラ並木が黄色いリボンのようになって、きれいだわ。」

「ほんとですね。」

 サーシャはプラタナス通りの並木道を眺め、そして空を見上げた。

 もう、『時間よ、止まれ』と悲痛な声を上げるような心境ではなかった。

 でも、この『奇跡の星』の美しい景観がいつまでも続いてほしいと思った。

 そして、親子三人は、海明星の秋の美しい青空を眺めながら、亡くなった人たちに思いを届けた。

『お父さん、お母さん。ありがとう。

 私は、この星で、この家の娘として生きてゆくわ。』

『姉さん、ありがとう。

 私は、この星で、この子の母として、姉さんの分まで生きていくわ.』

『レイ、ロッテ、ありがとう。キミたちのお陰だ。

 銀河系が戦乱の渦に巻き込まれず、アマージーグ族も安住の地を得る事が出来た。

 そして、私たちも。

 みんな、みんな、願いを叶えることが出来た。』

 

 ステープル家の屋敷の裏には、広々とした牧場、さらには広大な原生林が続いている。

もともと、プラタナス通りの邸宅街は、この牧場が起源である。祖先のステープル家当主が、ビジネス引退後の余生を過ごすために、広大な原生林を買って牧場を開拓し、牧場の端に自宅として建てたのが、この屋敷のはじまりである。

 ただし、牧場の開拓は初期段階で中止された。原生林を、この星固有の動植物保護のためのナショナル・トラストとして残すためである。

 さらに、ステープル家の屋敷を訪れた歴代当主の友人たちが、この星の気候風土を気に入って、この屋敷の周辺に自分の屋敷を建てはじめた。

 これを見た後代の当主たちが、ステープル家の屋敷を今のように増築したり、屋敷から新奥浜市までの都市計画プランを立て、銀河帝国のガーデン・ストリート風の並木道を整備した。こうして、プラタナス通りの邸宅街が出来上がって行った。

 そのため、屋敷の庭からは、牧場の草原が見渡せる。

 

「あ、チアキちゃんだ。」

 牧場の草原を、数人が馬に乗って駆けている。その中にチアキの姿を見つけて、サーシャが言った。

「チアキ様、乗馬を始められたのよね。」

「牧童達の話では、上達が早いそうだよ。

 乗馬は、せっかく牧場の隣に住んでいるのだから習うようにと、女王陛下が勧められたそうだ。」

「青薔薇家にとって百年ぶりの黒髪のお姫様の誕生ですものね。伝説の乗馬の名手テオドラ皇后様のように育ってほしいという親心でしょうね。」

「テオドラ皇后様というと、草原で颯爽と黒髪をなびかせて馬を駆る気品あふれる美しい姿に、ユスティアン大王が一目惚れしたというあの伝説ですね。」

「そうよ。テオドラ皇后様のように強く賢く美しくと言うのが、今も聖王家の理想の女性像ですからね。」

「そう言えば、ヒルデ様も乗馬を始めたいとおっしゃっているそうね。」

「チアキ様から、乗馬のおもしろさを聞いて、興味を待たれたようだよ。」

「この調子では、ヨット部だけでなく、乗馬部も賑やかになりそうね。」

「さあ、サーシャ、ミーシャ、家に戻ってお茶にしよう。」

「はい。おとうさま。」

 

 

15-2 白鳳女学院宇宙ヨット部部室(海明星)

 

 今日の放課後の部室は、いつになく賑やかである。

 部員たちは、今日、学校で広まったニュースに興奮して集まってきたからである。

 

「ねえ、聞いた?

 ウルスラ先輩が婚約したってニュース、本当なの。」

「私も聞いた。

 本当なら五年ぶりだって。もちろん、今年の婚約一番星。」

「みんな、突然で事情がわからないって言ってたね。」

「それはそうでしょう。

 ヨット部員なら知ってるけど、例の新型戦艦の話は、帝国の軍事機密でしょ。」

「そうよねえ。

 でも、やっぱり、あの医務室脱走事件が決め手かなあ。」

「あれって、後から考えると、結構、ロマンチックだよね。」

 

 一年生たちが噂しあっているところへ、チアキがやってきた。

「チアキ先輩、おひさしぶりです。」

「先輩こんにちは。」

「やあ、こんにちわ。」

部員がチアキに接する態度は、以前と変わりがない。

ヨット部は『平等が基本』というルールであり、それは、チアキが聖王家の王女だと公表されてからも今までと同じように振る舞ってほしいというチアキの意向でもあった。

「ねえ、茉莉香。ウルスラのこと、聞いた?」

「聞いてるけど。ウルスラが自分でそのことをしゃべったの?」

「そうよ。もうあきれたわよ、あのチョー自慢げな作り話には。」

「やっぱり。ルカの言うとおりだったかぁ。

 それで、ウルスラは、なんて言ってたの?」

「この間の練習航海の時に、帝都に行って、乗り物に乗ったら、隣に座った男に声をかけられたんですって。」

「ええ! ・・・街でナンパされたって言ってるの?」

「ウフフフ。でも、確かに、軍事機密を除いて、二人の知り合った『いきさつ』を話すとそういう話になりますわよ。

 練習航海で『帝都』に行ったのも事実だし、例の新戦艦という『乗り物』にも乗ったし、お相手はそこで『隣に座った男』の方だったんでしょう。

でも、いきなりプロポーズだなんて、あの方、熱い熱い愛情をお持ちなんですね。

ロマンチックですわ。」

グリューエルが微笑んだ。

「そりゃ、そうだけど、なんかあの自慢話はムカつく・・・。」

「まあいいじゃないの。あの子が、そのくらい自慢したって。

 うれしいんだよ。

 中等部時代にウルスラのことをバカにしていた子たちは、もうパニックよ。

 帝国軍士官学校合格に続いて、婚約一番星でしょ。

 しかも、お相手が帝国軍の技術士官という大秀才。

 『風呂の栓が抜けた』

 と言って、みんな、驚いてたよ。」

 リリイが笑った。

 

「『風呂の栓』とは、どういう意味ですかぁ。」ヒルデが聞いた。

「バスタブの栓のことだよ。

 これがあると安心してぬるま湯に浸かっていられるけど、抜けてしまうとさあ大変。

 ウルスラは、風呂の栓のように一番下に位置する存在だと思ってたのよ。

 抜かれて、悔しいんでしょうね。」

「ひどいこと言ってますね。」

「そうかもね。

 でも、ウルスラも、練習航海前の5月には、『私にはひとつも縁談が来てない』って言ってたのにねえ。まさか、こんな事になるとはねえ。」

 

 そうこうするうちに、ウルスラが部室にやってきた。

「先輩、おめでとうございます。」

下級生たちにさっそくお祝いを言われて、ウルスラは嬉しそうだった。

「アブラモフ少尉殿、ご婚約おめでとうございます。」

 茉莉香が、おどけたしぐさで帝国軍風の敬礼をして、お祝いを言った。

「ありがとうございます。加藤大佐殿。」

 ウルスラも、これにこたえて、おどけたしぐさで敬礼を返した。

「わははは・・・おめでとう。」

「おめでとうございます。」

 部室の部員たちが、一斉に笑いつつ、お祝いを言った。

「まだ、敬礼なんて慣れないなあ。」

「軍服を着るようになれば、そのうち、板についてきますよ。」ヒルデが言った。

 

「ねえ~~、軍服と言えば、ファッション雑誌に出てたけど、帝国軍の制服、来年度から変わるんですってね。女性用だけ。

 しかもなんと、デザインがコッキー・シャネルで、まさかのミニスカ。」

「見た。見た。発表された写真は、茉莉香がモデルだったね。」

「茉莉香、あの写真、なかなかイケてたよ。」

「ああ~~、あれね。ナハハ・・・・

 でも、恥ずかしいなあ、もともと身分証明書用の写真だったんだけど、あんなにあちこちで使われるなんて。」

「あの新しい制服って、練習航海の時にクリス先生や茉莉香とチアキちゃんが着ていたものでしょ。先生、ファッションに目覚めたんだよね。」

「クリス先生、白鳳女学院に来てから少しの間で、ずいぶんイメージが変わったよね。

あっというまに、女性らしくなって、優しくなって・・・。

 また会いたいねえ。」

「そうねえ。」

「先生と行った練習航海も楽しかったなあ。

 あのメイド服のファッションショーも盛り上がってたね。」

「チアキちゃん、ノリノリだったじゃない。」

「絶対にノリノリじゃない! 

 私は、いつまでも嫌がってるとみんなに迷惑をかけると思って、周りに合わせただけよ。」

「あ~~、はい、はい。わかってる~~~、わかってるってえ。」

「わかってない!」

「ハハハ・・・」

 いつものようなチアキと茉莉香の掛け合いに、皆が笑った。

 

「もう、茉莉香ったら・・・。

 それにしても、ねえ、ウルスラ。よく結婚の決断したわねえ。

 不安とか、なかったの。」

 チアキが、こっそりと小さな声でウルスラに聞いた。

 もちろん、みんなウサギのように素早く聞き耳を立てている。

「うん・・・私の場合は、茉莉香やチアキちゃんとは違うって、そういうこと言える場合じゃないっていうか、前から母さんにも言われてたから。

 練習航海から帰ってきて、あの人から電話がかかってきたり、受験勉強の家庭教師をしてもらってる時に、いつも、母さんは、

 

『お前、このチャンスを逃すと一生結婚できないよ。何か言われたら、なんでも即座にOKしなさいって。』

 って言ってたんだよ。

父さんだって、

『あんな良い男、もう二度と現れないぞ。結婚するなら、士官学校なんかどうでもいいんだ。優先順位を間違えるな。』

 なんて、言ってたんだよ。

だから、私も決めてたんだ。

あの人に何か言われたら、あとさきを考えず、茉莉香みたいに結果オーライで思い切って飛び出そうって。」

「ナハハハ・・・。私、そんな風に何も考えてないように見えるのかなあ・・。」

茉莉香は苦笑いした。

「そう決めていたら、彼がとても緊張して、

『ウルスラさん、とても大事な話があります。』っていうんだ。

最初だから、きっとデートのお誘いかなと思って聞くと、彼がいきなり

『結婚してください』って言ってくれたんだ。ウフフ・・・」

 ウルスラは、本当に嬉しそうに笑った。

 

「あなたも、ご両親も、ある意味すごいわね。肝が据わっているというか、娘の女としての幸せ最優先と言うか。

 私も、見習わないといけないわね、」

 真剣な表情で、ハラマキが言った。

 

「ところで、チアキちゃんは、どうなってるの?

 卒業したら結婚するの?」

 リリイが聞いた。もちろん、部室のヨット部員全員が、チアキの返事に対してウサギのように聞き耳を立てている。

「私? 私は何もないわよ。

 だから~~~ この前にも言ったけど、あれはあいつが勝手に言ってきただけよ。

 私は何とも思ってはいないから。」

 チアキは、何事もない口ぶりだった。

 

 しかし、リリイは言った。

「また、また、ご冗談を~~~。

 女性雑誌の『超豪華愛蔵版・緊急増刊・銀河聖王家第二王女特集号』の分厚い本は、私も買いましたよ。」

「ああ、あれ!

 私のお母さんも買って親戚に自慢してた。うちの娘も写ってるって。」

「うちもそう。」

「ハハハ・・・」

「そうよね、

 わたしたちヨット部員全員がダンスパーティで写した記念写真が載ってたからね。

 で、その特集号によると、チアキちゃん、王宮のデビュー・パーティで誰かさんと、また踊ってたわよね。」

「あれは、私が知らないうちに、相手が決められていたのよ。」

「フフフ・・。そうかなあ。

 チアキちゃん、なんか、不安とか、心配事とか、聞いてほしい話があるんじゃないの。今なら相談に乗るわよ。

 自慢じゃないけど、女の子の悩みなら、ウルスラに相談するより、私の方が頼りになると思うよ。

 ねえ、思い切って話してしまうと、気分がすっきりするわよ。・・・」

 リリイが、わざとらしい微笑をうかべて、チアキにすり寄った。

「そんな相談なんか、無い! 

 不安も、心配事も、絶対に、無い!」

 チアキが、顔を赤くして強い口調で言った。

「ハハハ・・・チアキちゃんらしい。」皆が笑った。

 

「あの~~~、先輩方、そろそろ今日の本題に入ってよろしいでしょうか。」

 新しく部長になったナタリアが言った。

「え~~本日、三年生の先輩方にお忙しい中をお集まりいただいたのは、『追い出し航海』のプランが決まりましたので、先輩方に発表したいと思ったからです。

 おほん。」

 ナタリアは、ひとつ咳払いをしてから言った。

「今年の追い出し航海のテーマは、『海明星を飛ぶ』です。

 三年生のみなさんには、卒業すると海明星を離れてしまい、なかなか戻って来られない方もいらっしゃいます。

 それなら、今のうちにこの故郷の星の宇宙(うみ)を思いっきり飛んで頂こうというプランを考えました。」

 

「なるほど、いい考えだねえ。具体的にはどうするの。」ウルスラが言った。

「具体的には、まず第一日目では、オデットⅡ世号で、中継ステーションを出発して、海明星をめぐる楕円軌道を飛んで、宇宙空間のいろいろな角度からこの星を眺めたいと思います。船外に出て眺めるのも良いかなと思います。

 第二日目では、中継ステーションに戻ってから宇宙ヨットステーションに移動して、全員でディンギーに乗って編隊飛行して、海明星を周回し、新奥浜市に着陸します。

 これが追い出し航海の目玉です。

 海明星の大気圏の飛行を、満喫してください。」

 

「良いねえ。良いじゃない、このプラン。」茉莉香も言った。

「それで、着陸ポイントは、新奥浜空港ではなく、自家用機専用の旧奥浜空港になります。これは、ヨットの数が多いので着陸に時間がかかりますし、新奥浜空港ではシャトル定期便の運航に支障が出るためです。」

「警備と安全対策は、スカーレットさんがローズアロー2号で随行してくれるから、大丈夫よ。

 この船は最新型の重力制御推進方式だから、弁天丸と違って、大気圏の飛行も可能なので、ヨットが無事に着陸するまで随行してくれるよ。」

 チアキがちょっと得意げに言った。

 

「そういえば、私たちが1年生の時のネビュラカップは大変でしたね。

 茉莉香先輩の弁天丸が無理して大気圏まで降りて来て、私たちを守って頂いたんですよね。」アイが言った。

「そういうこともあったよね。でもあの時は、アイちゃんにも助けてもらったよねえ。

 アイちゃん、あのころからヨットの操縦うまかったよねえ。」

「そんなに褒めていただいて、ちょっと恥ずかしいです。」

アイは、ほおを赤らめて、うつむいた。

 

「ねえ、チアキちゃん。ローズアロー2号は、チアキちゃんの船でしょ。」

 リリイが言った。

「そうだけど、なにか。」

「だったら、ちょっと乗せてよ。

 ねえ、私、聖王家の方の船って、どうなってるのか、ちょっと興味あるんだなあ。」

「うわー・・。」

 ヨット部員みんなが、よくぞ言ってくれたという声をあげた。

「そうねえ・・・。

 中継ステーションから宇宙ヨットステーションに移動する間なら、ちょっと乗せてあげても良いわよ。中継シャトルに乗るより安全でしょうから。」

 チアキも自分の船をみんなに見せたいようだ。

「わーい、やったあ。」

「そうこなくっちゃ。」

 一年生たちが喜んだ。

「それと、リリイ。」

「なに・・?」

「『ちゃん』じゃない!」

「ワハハハ・・・・」皆が笑った。

 

 

15-3 シャネル新奥浜(海明星)

 

 新奥浜市に、超高級ブティック「シャネル新奥浜」が開店した。

 開店のにぎわいも落ち着いたある日、サーシャは、母ミーシャとこの店を訪れた。

「いらっしゃいませ。」

「あら、マミちゃん、今度は、ここで働いているの?」

 ミーシャ・ステイプルが、ドアを開けて出迎えたマミに言った。

「はい、将来、ファッションの道に進もうかなぁと思いまして、ここでバイトさせてもらっています。」

「そうなの。えらいわねえ、自分の進む道をちゃんと考えているのね。」

「今日は、先生が、奥様とお嬢様をお待ちしていたしております。

ご案内いたします。」

 マミは、店の従業員として、サーシャのことも「お嬢様」と呼んでいる。

「ねえ、マミさん。今日は、このあと、茉莉香さんやチアキちゃんも来るんでしょ・・・

 おっと、いけない『チアキ様』よねえ。外ではそう呼ばないとね。・・・フフフ」

 つい、サーシャもヨット部での呼び方を口にしてしまい、自分で笑った。

「茉莉香様もチアキ様も、いらっしゃいますよ。・・・」

 にっこり笑ったマミは、店員としての言葉づかいで応じた。

「いらっしゃいませ。奥様、お嬢様、本日はご来店いただき、ありがとうございます。」

 店のオーナーであるコッキー・シャネル本人がすぐに出迎えに現れた。

「奥様、お久しぶりでございますね。」

「本当ね。お久しぶりですね。こちらにずっと暮らして、帝都にはほとんど出かけませんでしたから、先生にお会いするのは何年ぶりかしら。

 お母様は、お元気でしょうね。」

「はい、相変わらず元気で、シャネル家の当主を務めております。

 元気すぎて困るくらい、元気です。」

「聞きましたわよ。王女様のことで、ご意見の違いがおありだったそうですね。」

「アハハ・・・。奥様の耳にまで入っているのですね・・・。恥ずかしいです。

 それで、早速でございますが、お嬢様の大学入学式用のドレス、それから大学の通学用のドレス、デザイン画を作ってまいりましたので、ご覧いただきたいと思いまして。

こちらへどうぞ・・・。」

 母娘は、店の奥にある豪華な応接室に通された。

 デザイン画を見ながら、コッキー・シャネルとステープル夫人ミーシャの話題は、最近の帝都のファッション事情から始まって、やがて娘のサーシャの話に移って行った。

 話が一区切りついたところで、サーシャが嬉しそうに笑って言った。

「先生、お母さまったら、おかしいのですよ。

 私の入学試験もまだ済んでおりませんのに、私が大学に着ていくお洋服を先生にお願いする話ばかりなさっていますのよ。」

 彼女は、この場の空気に合わせて、普段、学校では見せない、いかにも帝都育ちの良家の娘というような立ち振る舞いをしている。

「サーシャさん。あなたのためには、それが一番大切なのですよ。

 ちょうど、開店記念で、先生が海明星にいらっしゃるとお聞きしましたので、この機会に直接お会いしてお頼みしておきませんとね。

 これからずっと、先生のお世話になるのですからね。」

「はい。お母様のおっしゃる通りでございます。

 先生、よろしくお願いたします。」

 サーシャが頭を下げて言った。

「こちらこそ、末永くよろしくお願します。」

「ああ、本当によかったわ。先生にサーシャのデザイナーを引き受けて頂いて、私も肩の荷がおりましたわ。」

 

 シャネルの店は、高級な服を注文する顧客に対して、「担当デザイナー」を決めている。

 シャネルの「担当デザイナー制」とは、顧客がシャネルの店に服を頼む場合は特定の担当デザイナイーが顧客の生涯にわたって担当するというものである。もちろん、シャネルの店で「担当デザイナー」になれるのは、ブランドを背負うにふさわしい能力を見込まれたデザイナーだけであり、顧客の女性にとってもシャネルの店に担当デザイナーを持つのは、大変なステータスである。

 なかでも、銀河聖王家御用達のシャネル親子に担当してもらうのが最高のステータスであることはいうまでもない。

 サーシャ親子の来店は、サーシャの担当デザーナーを決めるという大切な意味を持っていた。銀河帝国の上流階級の人たちから見たサーシャのステータスが、またひとつ決まっていく。

 もちろん、ステープル家の娘なら当たり前のことかもしれないが、母は、引き受けてもらえるかどうか、とても心配していたようである。特に最近ではどんなにお金を積んでも新規にコッキー・シャネルに担当してもらうのは殆ど不可能といわれている。それだけ希望者が殺到しており、親子代々でもなかなか難しいと言われているからである。

 ちなみに母親ミーシャの担当デザイナーは、コッキーの母親のフランソワ・シャネルである。顧客も店も、世代交代をしながら付き合っていくのである。

 

 ところが、銀河聖王家の第二王女であるチアキについては、大変なことが起こった。

最初、第一王女クリスティアから、チアキが着る帝国軍の新しい制服の注文を受けたのは、コッキーの方だった。クリスティア、茉莉香、チアキの三人御揃いの制服である。

 その後、母のフランソワが、女王からチアキのダンスパーティ用のドレスに関する相談を受けた。チアキが『ウサギ熱』で入院中のことである。

 

 しかし、それはカモフラージュで、女王の本心は、チアキのために極秘に聖王家伝統の正装用ドレスを用意しておくことにあった。これが、チアキの誕生日に宇宙船ローズガーデン号で開かれた晩餐会でチアキが着た正装用ドレスである。

 もちろん女王の担当デザイナーはフランソワ、第一王女の担当デザイナーはコッキーである。女王としては、チアキに関する秘密厳守のため、信頼できる自分の担当デザイナーであるフランソワに話をした。

 

 しかし、これが問題の発端だった。

 王宮の病室でチアキに引き合わされたフランソワ・シャネルは、チアキを一目見て女王の真意を悟り、こう思ったと言われている。

 

「この娘は、魔法のドレスを着て舞踏会に出かける時を待つシンデレラ。

 私が、その魔法使い。」

 

 一世一代の仕事と張り切ったフランソワは、チアキに対してだけでなくシャネル社内でも気づかれないよう極秘チームを作って仕事すすめ、依頼を立派に果たした。

 後日、チアキのドレスを作った者が母だと知ったコッキーが怒って文句を言ったが、母親のフランソワは、こう言って鼻であしらったと言われている。

 

「軍服の注文なんか、シャネルの服の注文とは認められないわ。

 だから、お前が先に担当と決まっていた訳ではないでしょう。」

 

 その後、親子は店の客にまで聞こえてしまうほどの大きな声でケンカしたと言われている。

 というのも、担当デザイナーを店の誰が務めるかは、最初に顧客から服の注文を受けたデザイナーとするのが、シャネルの店の「鉄の掟」である。横取りしようものなら、「死の制裁」が待っていると噂されているほどの大問題だった。

 

 サーシャと母親のミーシャが洋服の注文を済まして帰り支度をしていると、店の前では警察の交通規制が始まり、すこし騒がしくなった。

 やがて出迎えを受けて、店に入ってきたのは、茉莉香、チアキ、グリューエル、ヒルデの四人だった。

 サーシャも合流して、5人が応接室で顔をそろえた。

 コッキー・シャネルから丁寧なあいさつを受けた後に、チアキが言った。

「こういうお店で友達に会うとほっとするわ。マミ、言葉遣いはいつもの調子でお願いね。」

 マミは、オーナーのコッキー・シャネルの表情を確認してから、言った。

「わかったわよ。チアキちゃん。でも、この部屋の中だけだよ。

 それで、今日は茉莉香のダンス発表会用ドレスの話でしょ。どうしてお姫様が3人もついてきたの。」

「ナハハ・・・。お目付け役だって・・・。」

 茉莉香が苦笑いした。

「まったく、姉さんは、私たちのことをどう思っているのかしらね。何でもグリューエルに相談しろ、だって。」

 チアキがふくれっ面で言った。

 マミは、茉莉香と自分を「私たち」と言ったチアキを、黙って見つめていた。

「私は、後学のために見学させていただきに参りました。今日は、先生もいらっしゃるとお聞きしましたので。」

 ヒルデが言った。

 グリューエルは、何も言わず、微笑んでいる。

 

「それはそうと、ダンス発表会も五回目で、やっと茉莉香さんは男役から解放されるのね。」

 サーシャが言った。

「ダンスパーティは、これで最後なんだものね。で、ダンスのお相手は、誰なの?」

 マミが、興味津々といった顔で聞いた。

「お客様だよ。ダンスの相手は、私の父兄枠でやってくるお客様だよ。

 今、分かっているのは、モーガンさんとブルック王国の王子さん3人の、合わせて4人。みんな、お仕事関係のお客さま。

 あとは、サプライズだって。ダンス部の部長がそう言っていたよ。

 私のお客様は、私と踊るとき以外はダンス部の三年生がお相手をするというので、彼女たちは喜んでいたけどね。」

 茉莉香が、すこし気が重そうに、他人事のように答えた。

「その四人と踊るって、茉莉香、なにか理由があるの?」

 マミが聞いた。

「これもお仕事のうちかなあ。ほかには何もないよ。絶対、何もありません。

 そうだよね。チアキちゃん。」

「白い百合の花、赤い玉・・・」

 チアキが顔をそむけて、少し悪戯っぽく小さな声でつぶやくと・・

「わわわ~~~~。お仕事だってば・・・。」

 茉莉香は、顔を赤くし声を上げてチアキの話をさえぎり、両手を振ってチアキの声をかき消そうとした。

「ウフフ・・・それでサプライズのお客様とは、もしかして・・・」

 グリューエルが言った。

「そうよ、きっとね。

 聖王家の男性にも、大学生くらいの年ごろで、カッコイイ人が結構いるらしいよ。

 茉莉香、これもあなたのためだと思うよ。」チアキも言った。

「フフフ・・。茉莉香さん、人気者は大変ね。」サーシャが言った。

「はあ~~~。」茉莉香はため息をついた。

 

 どうして、こんなことになったのか?

 それは、ブルック王国バレンシア王女の電話から始まった。

「・・・ということで、弟たちに王族としてのマナーやダンスなどの習い事をさせているのだが、彼らも元が海賊なので『お上品な習い事』にはやる気が出なくて、私も困っている。

 そこで、茉莉香。頼む。

 ダンスパーティで弟たちと踊ってやってほしい。

 場所は、銀河聖王家のパーティでもいいのだが、クリスティア王女に聞くところによると、白鳳女学院の卒業記念ダンスパーティもなかなか華やかだそうだね。そこで、一曲づつでいいから弟たちと踊ってやってほしい。

 頼む。

 彼らも男の子だ。大好きな女の子の前でイイカッコするためなら、やる気も出ると言うものだ。

 茉莉香、茉莉香サマ、茉莉香サマ~~~! 恩に着るから、頼む。

 たかがダンスだと、気楽に考えてほしい。

 弁天丸の営業だと考えてもいいから、

 もちろんドレスとか必要経費はみんな私が出すから、

 ギャラも出すから、

 弟たちと踊ってやってほしい・・・。」

 

 バレンシア王女は、弟たちを大切に思う気持ちから、本当に熱心に頼んできたので、恥ずかしいから断りたいと言えるような雰囲気ではなかった。

 もちろん、クリスティア王女からも、

「茉莉香、ぜひ踊ってやってほしい。

 彼らに招待状を出すように、校長先生には私から話をしておくから。」

と言われて外堀も埋められ、ますます断れなくなってしまった。

 さらに、この話をミーサに相談すると、

「それなら、ギルバート・モーガンさんも呼ばないといけないわね。

 あの人、船長のために本当に尽くしてくれているでしょ。

 このあいだの『本気の白兵戦』でも、船長を守って、一緒に戦ってくれたんでしょ。ウフフフ・・・・。

 あなたも、帝国海賊のキャプテンなのだから、大人の対応をしなさいよ・・。」

 と言われ、さらに、

「ダンスで、花嫁決定戦かぁ!! パイ投げよりロマンチックで良いわよねえ。」

 と、クーリエに『冗談』を言われ、

「四人で済めば、良いけど・・・」

 ルカが水晶玉を見ながら言った。

 今回は、ルカの占いが的中してしまったのだ。

 

「・・・・・」

 茉莉香のため息に皆が沈黙した。

 その沈黙を破ったのは、コッキー・シャネルだった。

「さて、マミさん。加藤茉莉香さんのドレス、書いてきたデザイン画をお見せしなさい。」

「先生、本当に私が注文を受けて良いのでしょうか?」

「良いのよ。これは、あなたが本当にプロを目指すかどうか、自分の気持ちを確かめるためのテストよ。」

 ただのアルバイトのマミにドレスの注文を受けさせるのは、それだけマミの才能への評価が高いとおもわれる。足りないのは、プロ根性だと思われているのだろう。

「はい、先生。

 では、これが、私がデザインした茉莉香のダンスパーティ用のドレスよ。」

「うおー! きれいだねえ。」

 デザイン画に書かれたドレスを着た自分の姿を想像して、茉莉香の表情は、たちまち明るくなった。

グリューエル達もマミのデザインしたドレスを誉めた。

「この絵に書かれた形のティアラでしたら、私のものをお使いください。ドレスが一層引き立ちますわ。

 きっと、茉莉香さんによくお似合いだと思いますよ。」

グリューエルが言った。

「それなら、この絵にある首飾りやブレスレットは、私のものを使ってよ。

 このドレスには本物の貴金属が似合うわよ。海賊服じゃないんだから・・・。」

 チアキが言った。

 こうして、ドレス以外の、必要なアクセサリーなども整っていった。

 そして、チアキの話がきっかけになり、これまでのダンス・パーティーでマミが作った海賊服の話題になり、少女たちはファッションの話で大いに盛り上がった。

 

 この時を待っていたとばかりに、コッキー・シャネルがこう言った。

「海賊服も素敵ですけど、ドレスといえば、なんと言ってもウエディングドレスではないでしょうか。

 ちょうど、いま、新春に発表する予定の新作ウエディングドレスの試着品を持って来ているのですが、ご覧になりますか。」

「うわあ~~~。本当ですか、先生。」

「先生が試着品とおっしゃると言うことは、試着させて頂けるんでしょうか。」

「もちろんですわ。どうぞ、どうぞ。」

「うわあぁ~~。」

「まあ~~。」

 

 これを聞いて、五人の少女たちが大興奮したことは言うまでもない。

 まず、「後学」のため、ヒルデが試着してみることになった。ヒルデは、この店でドレスを作る手順などの説明を受けながら、試着室で着替えて現れた。

「どうでしょうか。みなさま。」

 純白のウエディングドレスを着たヒルデは、天使のように美しかった。

「うわぁー、素敵。」

 皆が歓声を上げ、自分の姿を鏡で見たヒルデも満足そうだった。

 皆が次々と試着し、やがて、茉莉香も試着して皆の前に現れた。

「どうかなあ~~。みんな」

「まあ、茉莉香さん、素敵ですわ。」

 グリューエルが言った。

「まあ、本当にお美しいですねえ。虹のように輝くオーラを感じますわ。

 茉莉香さんは、このドレスのイメージにピッタリですね。これだけ似合う方に着ていただくと、私もうれしいです。」

 茉莉香はコッキーからも絶賛された。

 茉莉香の試着したドレスは、イメージどころか、サイズもピッタリ。やはり、コッキーの狙いは、茉莉香だった。

 しかし、茉莉香は鏡で自分のウエディングドレス姿を映してみた時に、鏡の端に映ったマミの顔が笑っていないことに気がついた。

 そして、茉莉香は笑顔でマミにこう言った。

「マミ。私が本当にウエディングドレスを作るときは、マミに頼むからね。なんたって、マミは私専属なんだから。」

「ありがとう。」少し笑顔が戻ったマミが答えた。

 しかし、チアキが言った。

「マミ。甘いわね。茉莉香のドレスがプロへのテストと言うのなら、私もドレスを注文するわ。茉莉香以外の人の服を作れるかしら。」

 そう言って、チアキがマミをみつめ、マミがチアキを見つめ返した。

「チアキちゃん、担当デザイナーが決まっているのでしょう?」

「そんなのはプロの世界の話よ。あなたは、まだプロじゃないでしょ。」

「先生、良いのでしょうか?」

「王女様のおっしゃる通りよ。自分の気持ちを確かめてみなさい。」

「・・・わかりました。やってみます。」

 

 「しかし」と言うか、「予想通り」と言うか、後日、マミは、チアキの注文を断ってしまった。銀河聖王家御用達の栄誉など彼女には興味が無かった。

 

 マミは、茉莉香のドレスを仕上げるとランプ館のバイトに戻り、店の前の歩道から空を見上げてつぶやいた。

「茉莉香。やはり、私は茉莉香専属だよ。

茉莉香の服でないと、アイデアが湧いてこないよ~~。」

 マミは、マミの道を往く。

 

 




 本文の内容をわかりやすくするため、改題しました
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