宇宙海賊キャプテン茉莉香 -銀河帝国編- 作:gonzakato
セレニティ星系の中心の星、「青の姉」に着いたグリューエルは、再び、母国の改革を訴えます。もう「薔薇の泉」に頼らずに、セレニティの未来を築こうと訴え、そのためにクイーン・セレンディピティを破壊することを宣言します。
一方、クイーン・セレンディピティでは、彼女の兄、ヨセフ・セレニティが決死隊を率いて、待ち構えています。
帝国軍の支援も受けて、グリューエルは決戦に臨みます。
1 帝国軍の先遣隊(セレニティ星系)
帝国軍第一艦隊の先遣隊司令官ミニッツ准将は、戦艦ムサシ号のブリッジで、弁天丸のキャプテン茉莉香がグリューエル姫を救出したという知らせを聞いた。
「これで、この事件は終わりだな。
あとは、何事も無かったかのような『政治的解決』が図られるだろう。
我々軍人の出る幕はなかったな。予想通りだ。
それにしても、せっかく届いた、第一級の王室機密の文書だ。
この際、中身を拝見しておくとするか・・・・。」
ミニッツ准将は、船内の司令官室で、情報部から届いた『黄金の幽霊船クイーン・セレンディピティに関する機密報告書』を読み始めた。
「なんだってぇ。セレニティ王国でこんなことが起こっていたのかぁ・・・」
ミニッツ准将は、思わずつぶやいた。
この報告書は、『薔薇の泉』の真実の姿というセレニティ王国にかかわる大問題を含むため、銀河帝国の第一級王室機密に指定されており、今回、司令官限りで女王から情報開示の許可がでていた。
「セレニティの内紛は、グリューエル姫がこの古い移民船であるクイーン・セレンディピティを探し出して国民に見せ、祖先の国づくりに懸けた気持ちを思い起こさせたことで収束に向かったと言うことは、私も知っていた。
『薔薇の泉』の存在自体は秘密ではなく、すでに公表されている。
しかし、その裏にこんなセレニティ王宮の内情が隠されていたなんて・・・。」
ミニッツ准将は、さらに今回の事件に関する機密報告書を読み始めた。
そして、次々現れる驚愕の事実に声を上げた。
「ええ~! セレニティ王国は、『薔薇の泉』の再建を考えていたのかぁ~。
なぜ、今さら、そんなことを。
私には理解できないが、これが復古主義というものか。」
「それに対して、姫は『薔薇の泉の花嫁』となることを拒否したのか・・・。
もし姫が承諾していれば、帝国も手が出せなくなっただろうなあ・・・。」
さらに、彼は、無言で資料を読み続けた。
「それに対して、女王陛下は戦争まで覚悟して、あの姫を守ろうとした。その真意は、おそらく・・・。
まあ、これは王室の問題。軍は関係ないということかなあ。」
「・・・・・・」
また、彼は無言で資料を読み続けた。
「一方、セレニティ側は、薔薇の泉の再建は内政問題だと思っており、そこまで帝国が厳しい対応を取るとは、想定外だったのだろうなあ。
そして、急な方針転換で、粛清か。
右往左往させられた軍も大変だっただろうなあ。
軍にも犠牲者が出たことは間違いがないだろう。」
資料を読み終わって、ミニッツ准将はつぶやいた。
「やっぱり、黄金の幽霊船クイーン・セレンディピティが、最後の問題か。
全長27キロの巨大な船。これほどの人工天体は、帝国にも少ない。この船に『薔薇の泉』の再建が予定されていたのは間違いないだろう。」
そして、彼はクイーン・セレンディピティに関する資料をもう一度見ながらつぶやいた。
「本来、この船の去就はセレニティの内政問題だが、銀河聖王家はグリューエル姫に肩入れして、介入するかもしれないなぁ。
王家直属の第一艦隊の軍人としては、そういう事態に備えておくべきだろう。」
彼は、ブリッジに戻ると、部下に命じた。
「無人探査機を三機、黄金の幽霊船クイーン・セレンディピティの調査のために、急いで飛ばせ。
本艦も、巡航速度で静かに接近する。」
帝国軍の戦艦ムサシ号が動きだしてすぐに、黄金の幽霊船クイーン・セレンディピティに変化があった。
「司令官、クイーン・セレンディピティが動き出しました。」
「どうした? 超光速跳躍したのか?」
「いいえ。あの船には、超光速跳躍ができるエンジンは装備されていません。旧式の原子力エンジンを動かして慣性航行で発進しました。
船は、現在、内惑星地帯を抜け出し、セレニティ星系外延部へ向かう軌道を進んでいます。
その加速度から見て、セレニティ星系の重力圏を飛び出すつもりのようです。」
「ふーん。なにを考えているのか?
今の時代なら、そんな速度で飛んでも、帝国軍の追跡から逃げられないのは承知しているはずだろう。
とにかく、本艦は、クイーン・セレンディピティを追跡する。
他の二艦も追跡に加わるように命令しろ。」
「承知しました。」
2 セレニティへの旅路
グリューエルを救出した弁天丸Ⅱは、他の海賊船と一緒にセレニティ星系へ向かって亜空間を飛行していた。
ブリッジでは、茉莉香船長が、チアキ第一艦隊司令官に報告していた。
「・・・・というわけで、姫様を救出後、本艦は、姫の依頼で黄金の幽霊船クイーン・セレンディピティを探しにセレニティ星系へ向かっております。」
茉莉香船長は、他のクルーの存在を意識して、チアキに対して上官に対する敬語を使って、そう言った
「『向かっております』って、茉莉香、そんなこと勝手に決めていいの?」
それに対して、チアキがタメ口(ぐち)で話しかけてきた。
「ええ!? イケナイの?
だって、うちは海賊船だよ。
海賊は、自分の責任で、自由に宇宙(うみ)を往くんだよ。」
茉莉香もタメ口で答えた。
「そりゃそうだけど・・・・帝国とセレニティの外交問題もあってねえ。
私としては、いろいろ、考えないといけないのよ。」
結局、二人はタメ口で話し始めた。
「チアキちゃんも、大変だね。考えることが多くて・・・。」
「う~~~ん。
でも、茉莉香。
クイーン・セレンディピティは、今も、セレニティ星系に留まっているの?その辺は確かめているの?」
「ナハハハ・・・・それはこれから、おいおいね。」
「『おいおい』だなんて・・・・。
クイーン・セレンディピティの現在位置を確かめないで、セレニティに向かって飛んじゃったの?」
「ナハハハ・・・・。だって、海賊だもの。
それにね、チアキちゃん。
救助した戦艦ハルミモニア号の乗組員もセレニティへ送り届けないとね。」
「そうかぁ。茉莉香は、ホント、ちっとも変わらないねえ。
まあ、それが茉莉香らしいっちゃ、らしいんだけどね。
とにかく、何かわかったら、知らせるから。
あ、それから、母上からグリューエルに伝言があるの。伝えてね。
一度、グリューエルに会って話をしたいって、言っていたわよ。時期は帝都へ戻ってからでいいからって、言ってた。」
「ご伝言、承りました。」
茉莉香は、チアキに敬礼して、通信を終えた。
「フフフ・・・。
茉莉香さんとチアキさんは、相変わらず、仲がおよろしいんですね。」
二人の通信を聞いていたグリューエルが、微笑みながら言った。
「ナハハハ・・・。
それで、姫様、女王陛下からのご伝言、お聞きの通りです。」
「はい。確かに承りました。」
「それはそうと、姫様、ご依頼の件、中間報告をしたいのですが。特に、戦艦ハルモニア号との戦闘結果をご報告したいのですが、よろしいでしょうか。」
茉莉香は、グリューエルに対して、敬語を使って話し出した。
「わかりました。」
グリューエルは、緊張して答えた。
「では、あちらのお客様用の部屋で、お話いたしましょう。」
茉莉香は、そう言って、グリューエルを貴賓室へ案内した。
グリューエルは、貴賓室に入り部屋の様子を眺めて、言った。
「まあ~、ずいぶんと素敵なお部屋ですね。
茉莉香さん。私が初めて弁天丸に密航したときのことを覚えていらっしゃいますか?
あの時、茉莉香さんは、『弁天丸には、王女様をご案内する部屋が無い』って困っていらしたでしょう。
これなら、もう大丈夫ですね。困ることはありませんわ。」
「そうね。密航さえなければね。」
茉莉香が答えた。
「ウフフフ・・・・」
「ハハハハ・・・・」
二人は笑いだした。
しかし、すぐに黙って、二人とも深刻な表情になった。
部屋には二人のほか、ヒルデ、ギルバートとキャサリンが同席した。
「・・・それで、これが戦闘経過です。
双方の艦隊が近距離から撃ちあって、消耗戦というか、デス・マッチに陥ったのですが、ヒルデ様が仲裁してくれました。
だから、大変なことになる前に時空トンネルを使って、ヨセフ王子様の率いるセレニティ艦隊をセレニティ星系へ送り返すことができました。」
茉莉香が言った。
「そうですか。ヒルデ、ありがとう。」
「いえ。茉莉香さんが機転を利かせてくれたからです。」
「いえいえ、あれは、ヒルデ様の協力がなければ、できなかったわよ。」
「二人とも、本当にありがとう。
それにしても、なぜ、第三王子のヨセフ兄様が艦長をお勤めになられたのでしょう。
本来なら、皇太子であるお父様が艦長をお勤めになられるはずでしょう。」
「何か事情がありそうですね。お姉さま。」
ヒルデが言った。
「それから、これが救助した乗組員の名簿です。みな、下級船員でした。
こちらが、宇宙葬で葬った方々の名簿です。バルデン伯爵、ブリッジの士官たち、キース小隊長、そして医務室の医師とスタッフ全員です。
これで、乗組員全員だそうです。」
茉莉香が言った。
「ええ! 医務室のスタッフ全員が死亡したのですか?
どうして脱出できなかったのですか?」
グリューエルが驚いて、聞いた。
「残念ですが、口封じのため殺されたと思われます。
仲間の海賊たちが医務室の研究エリアに踏み込んだときは、死体と徹底的に破壊された実験機器しか残っていなかったそうです。」
茉莉香が沈んだ声で言った。
「・・・・・そうですか。
大公様は、口封じのため、バルデン伯爵の御命まで犠牲にされたのですものね・・・。」
一瞬の沈黙ののち、グリューエルは静かに答えた。
「それから、キャサリンさん。
宇宙葬の名簿では、キースさんも亡くなったことになっていますが、彼は名を変えて、新しい人生を送ることにしたと思われます。」
ギルバートが言った。
「・・・・・・」
これに対して、キャサリンは何も言わなかった。
「ええ!? どういうこと!?」
茉莉香が驚いて、聞いた。
「いやあ。先刻、帝都にいる父から電話がありまして。
それによると、宇宙海賊船愛の女王号の船長マイラ・グラントが大喜びで父に電話をかけてきたそうです。
父によると、あの家の有名なオテンバ娘、リディアさんが、営業中に出会った男に一目ぼれして、即、結婚することになったそうです。
それで、マイラ船長は、父にも結婚式に出てほしいと言ったそうです。」
ギルバートが言った。
「その営業中に出会った男と言うのが、キース小隊長だというのですね。」
グリューエルが言った。
「はい。あくまでも、推測でしかありませんが・・・、
まず、第一に、タイミングから見て、愛の女王号が『営業中』といったのは、セレニティ艦隊との戦闘中ではないかと思われます。
さらに、結婚相手は、気の強いリディアさんが一目ぼれするほどの『強い男』なのだろうと思われます。
第三に、キース小隊長の死亡確認の署名は、愛の女王号のマイラ・グラント船長のものです。この通りです。
そして、なによりも、グラント家は長命種であるということです。
長命種の女性は、パートナー選びが難しいとされていますから、母親が大喜びするのはパートナーの男性も長命種だと思われます。」
「どうして、パートナー選びが難しいんですか。
いつまでも、美しくて若々しい長命種の女性なら、モテモテじゃないですか。」
茉莉香が、ギルバートに聞いた。
「それは、相手から見ればそうですが・・・。
でも、夫婦で寿命が極端に違うということは悲しいこともあるのです。特に、長命種の人から見れば・・・・。」
「なるほど。パートナーの方が先に老いて、死んでしまう・・・とか、そういうことですね。」
「そうです。
そういうこともあって、普通の人間の間で暮らす長命種の人々は、それまでの人生が転機を迎えたと判断すると、名を変えて新しい人生を送るそうです。
そしてセレニティの戦士は長命種であることが多く、キースさんも長命種だそうですね。」
「なるほど、そういうことですか。
でも、お父様とマイラ船長は、お知り合いだったのですね。さすが帝国海賊。」
茉莉香が言った。
「いや。愛の女王号は、父の銀行の取引先でして、銀行が出資や融資をしているようです。
マイラ船長は、結婚式と宴会に父を呼ぶから、ご祝儀代わりに借金を棒引きにしろと言ったようですよ。」
「ナハハハ・・・・さすが海賊。」
茉莉香は苦笑いした。
「それは半分冗談でしょうが、父は即座に断ったそうですよ。ハハハ・・・・。
でも、マイラ船長が言うには、いずれ、私と茉莉香さんとグリューエル姫とクーリエさんにも招待状を出すと言っていたそうです。
特に、グリューエル姫には是非出席していただくように父からも口添えしてほしいと頼んできたそうです。もちろん護衛役としてキャサリンさんも随行するようにとわざわざ言ったようです。
ですから、これが、彼女が父に電話をかけてきた本当の理由ではないかと思われます。
姫様。父から、くれぐれもご出席のほどをよろしくと言われております。」
ギルバートは言った。
「はい。承りました。
マイラ船長にも私を助けに来ていただいた恩義がありますからね。
それでは、マイラ船長がキャサリンさんのことまで言うのも、そういう証拠だと、お考えですか。」
グリューエルが、キャサリンの顔をちらりと見ながら、ギルバートがキャサリンの事情をどこまで知っているか、確かめるように言った。
「はい。実際に結婚式に行ってみないと分かりませんが、わざわざそう言うのは、やはり、花婿の男性がキースさんだからだと思うのですが・・・。」
ギルバートは、すべて知っていると思わせる余裕の表情で答えた。
「なるほど。きっと、そうでしょうね。納得しましたわ。
キャサリンさん。お兄様はあなたのことも御心配なさっているようですね。」
グリューエルが、キャサリンとキースの間柄を明かし、彼女を気遣うような声で言った。
「・・・・・」
相変わらず、キャサリンは黙ったままだった。
「それから、これは一応、姫様のお耳に入れておかないとイケナイと思いまして・・・」
茉莉香が、急に他人行儀な言い方をして、話題を変えた。
「なんですの?
良くないお話のようですが・・・。」
グリューエルが、少し微笑みながら、答えた。
「はあ、セレニティ軍が放棄した戦艦ハルモニア号のこと、なんですが。」
「海賊のみなさんが、戦利品にしたのでしょう。」
「はあ、そう言うことなんですが、その分配について、意見が対立しまして。
誰かが船を引き取って、その者が他の者に分配金を払って、差額を調整するつもりだったのです。
しかし、ステルス機能をもつ新鋭戦艦ということで、誰が引き取るか希望者が多くてモメ、その分配金の額を巡って更にモメたんです。
うちは、新造船に乗り替えたばかりで引き取る気は無かったのですが、皆さんはうちの弁天丸Ⅱの活躍を見て、自分も新鋭戦艦が欲しくなって・・・・。」
「そうかもしれませんわね。
私も、新しい弁天丸に乗せてもらって、びっくりしましたわ。」
「困ったところで、ギルバートさんが私の代わりに決着をつけてくれたんです。」
茉莉香が言った。
「どういう結論になったのですか?」
グリューエルが聞いた。
「はあ、私は、まず、どういう方法で結論を決めるか、みんなの意見が一致しないこと、 つまり、入札で一番高い者が船をとるという方法すらも合意できないことを確かめました。
その上で、船を製造メーカーのラキオン社に売値で買い戻させたのです。
船は戦闘でかなり傷んでおり修理が必要なのですが、売値のままで買ってくれました。
そして、その代金をみんなで分配しました。」
ギルバートが言った。
「はあ!? なんですって? ラキオン社は、本当に買い戻したのですか?」
グリューエルがびっくりして、聞いた。
「はい。新鋭戦艦のステルス機能はまだ企業秘密だと思っているのでしょう。
それで、新鋭戦艦が海賊の手に渡るくらいなら買い戻すと、即答で了解しました。
実は、最近になって、急に銀河帝国からこの新鋭戦艦について照会が多くなったので驚いていたところだそうです。
それまでは、帝国軍は、重力制御方式の軍艦建造にしか関心がなく、従来型の超光速跳躍方式はもう古いと、関心を示してくれなかったのですが、これで事情が分かったと言っていました。
これで、この新型戦艦は売れるようになったと強気になっているのでしょうね。」
「ウフフフ・・・。ギルバートさんは本当にスゴ腕ですね。」
「ねえ。そうでしょう。私もそれを聞いたときは、びっくりしましたよ。」
茉莉香が嬉しそうに言った。
「ということは、また、セレニティがその戦艦を買い戻すことになるのでしょうか。」
「それはどちらでも。私たちに関わりの無いことですから。」
茉莉香が言った。
「ウフフフ・・・。海賊の皆さんには、かないませんねえ。
そういうことなら、高い買い物になりますわね・・・・。」
グリューエルは、微笑んだ。
3 グリューエルの帰還
グリューエルを乗せた弁天丸Ⅱと海賊艦隊は、セレニティ星系の中心、「青の姉」の衛星軌道にタッチダウンした。
そして、直ちに、グリューエルが、王宮・政府・星系軍、そして全ての国民に向けて、語りかけた。
清楚な青いドレスをまとってモニターテレビに姿を現したグリューエルは、一瞬、緊張した表情をして息を飲んだ後、一気に話し出した。
「みなさん、私はセレニティ王宮の正統皇女、グリューエル・セレニティです。
たったいま、私は、私を支えてくれる友人たちに守られて、セレニティに無事、帰還いたしました。
国民のみなさん、聞いてください。
私は、先日、銀河帝国の帝都クリスタルシティのセレニティ王国大使館において、賊に誘拐されました。そして、私の救けを求める声に応えて、私の友人たちが命がけで私を救い出してくれました。おかげで、無事、セレニティまで帰還することができました。
私を誘拐した賊の目的は、身代金ではありません。
かってセレニティの王や王族を生み出してきた人工子宮『薔薇の泉』の復活です。
そのために、私の体で、薔薇の泉のコア、つまり受精卵を作り出そうとしたのです。
みなさん、
何百年も前に作られた『薔薇の泉』のシステムをまた復活させて、それがセレニティにとって、いったい何になるのでしょうか。
それが本当に、セレニティに平和と繁栄をもたらすため、必要不可欠なことなのでしょうか。」
そこまで一気に話して、グリューエルは一息ついた。感情の高ぶりを抑えるためだった。
「私は、国民の皆さんが、王を必要としなくなれば、王制は存続の意義を失うと思っています。
では、国民の皆さんが王を必要とする理由は何でしょう。
それは、王が、王族が、国民のみなさんのために、子子孫孫、無限に続く重い責任を負って、そのなすべき役割を果たすことにあると、私は思います。
だからこそ、宇宙大航海の時代になって、王制が復活したのです。」
再び、グリューエルは一息ついて、さらに静かな語り口になって話し始めた。
「私は、留学した海明星(うみのあけぼし)や帝都クリスタルスターで、セレニティ星系の王宮の中で育っていては決して出会えなかった多くの方々と、お知り合いになることができました。銀河聖王家の王族の皆様とも、お知り合いになることができました。
その経験からも、今、お話しした自分の考えが正しかったことを確信いたしました。
銀河聖王家の方々も、王として、王族として、その責任を果たすために、日々、身を尽くしておられることを、目の当たりに拝見いたしました。
そして、銀河帝国の国民の皆さんも、王や王族がその責任を果たしているか、しっかりと見守っていらっしゃるのです。
だからこそ、銀河帝国、銀河聖王家の王は、代々、三千年の長きにわたり、銀河系を治めることができたのです。」
グリューエルは一息ついて、決意を込めた表情で、宣言した。
「では、わがセレニティ星系は、セレニティ王宮は、どうすべきなのでしょうか?
私は、手段と目的を取り違えてはならないと思います。
セレニティの王たるものが、王族たるものが、国民の皆さんの負託にこたえ、その責任を果たすという自覚こそが大切なのです。
私たちは、そのような自覚を持つ方を王として頂かねばなりません。
この目的を果たすために、優れた人材を確保する手段の一つが、薔薇の泉だったと考えます。
しかし、長い年月の間に、
『薔薇の泉の生まれでなければ、王族として認められない』とか、
『薔薇の泉の生まれでなければ、王位を継げない』
などと、手段と目的が入れ替わってしまったと思います。
その結果、薔薇の泉から生まれた子供たちたちは、自分の意志で自分の人生を歩むという人間性を否定され、自分は王制を維持するための道具として作られたに過ぎないという非情な運命を背負わされていると感じてきました。
それは一面の真実ですが、これまでの留学経験と今回の誘拐事件を通じて、私は、この考えが、自己中心的な、愚かなものに過ぎなかったことを痛感しました。
つまり、薔薇の泉の存在自体が、薔薇の泉から生まれた子供たち以外の方々、とりわけ王家以外から嫁いでこられた方々をも深く傷つけ、その人間性を否定していたことにまで、思いが至りませんでした。
私自身も薔薇の泉の生まれのひとりとして、今は、心からお詫びを申し上げたいと思います。
だからこそ、この現状はおかしいと心の底から思います。
この現状、この意識は、改めなければなりません。
そのために、私たちは、建国の時、すべての始まりの時に立ち返らなければなりません。
そのために、私たちは、古い衣(ころも)を脱ぎ捨てなければなりません。
私、グリューエル・セレニティは、その手始めとして、かって薔薇の泉が設置され、おそらくその復活の場所とされていたと思われる、移民船クイーン・セレンディピティを破壊します。
もう、あんなものには頼ってはならないのです。
私たちは、自らの足で、未来に向かって歩いていかねばなりません。
国民のみなさん。
私たちは、私たち自身の力で、セレニティの平和と繁栄を築きましょう。」
そう言って、グリューエルの演説は終わった。
「ふう~~~。」
通信が切れた後、グリューエルは大きなため息をついて、弁天丸Ⅱの船長席に座り込んだ。
「グリューエル、感動したよ。涙が出たよ。すごい演説だったよ。」
茉莉香が、すこし涙ぐみながら、グリューエルに近づいた。
「お姉さま!」
ヒルデが、グリューエルに抱き着いてきた。
「グリューエル!」
そう呼ぶ声に、グリューエルが周りを見回すと、白鳳女学院のヨット部現役OGのみんなが、涙ぐんで彼女を取り巻いていた。
そして、弁天丸Ⅱのクルーからの拍手が、ブリッジに響いた。
「ありがとうございます。みなさん。・・・・・」
そして、グリューエルが、ブリッジのスタッフに礼を言うために、ヨット部のみんなに背を向けた瞬間、事件が起こった。
「あっ! グリューエル。背中に変なものがついている。取ってあげる。」
そう言って、ハラマキがグリューエルの背中に近づいて、ドレスの背中についていた金属製のクリップを、素早く引き抜いた。
「あっ。それ、ダメ。」
「きゃー!」
次の瞬間、グリューエルは、悲鳴を上げ、ドレスの胸を抑えて座り込んだ。
「あっ。」
グリューエルのその姿を見たヨット部のみんなは、事情を理解した。
グリューエルの着ていた、清楚でエレガントな青いドレスは、彼女の体のサイズに合っていなかった。特に、ドレスの胸はブカブカで、かなりサイズが大きかったのだ。
「ゴメン。グリューエル。
それで、クリップをつけて、サイズを調整していたのね。」
ハラマキが詫びた。
「でも、そんなイイ加減なこと、誰に言われてやったの?
これ、誰のドレス?」
リリイが、聞いた。
「ウフフフ、茉莉香さんですわ。
テレビには、背中も足元も写らないから、大丈夫って。」
「茉莉香! あんたねえ・・・・。」
「ナハハハ・・・・。
いい考えだと思ったんだけどなあ~。
グリューエルから、演説する時に着る服を貸してほしいって相談を受けた時、私、閃(ひらめ)いたんだ。チアキちゃんからもらった、このドレスならピッタリだってね。」
「それは、そうだけど・・・。」
「だって、チアキちゃん、胸、大きいんだもの。
私よりもずっと大きいんだよ。」
茉莉香は言い訳した。
「ウフフ・・・。茉莉香さん、ありがとうございます。
帝都へ戻ったら、シャネル洋服店へ行って、私のサイズに合った、同じドレスを作ってもらいますわ。
それまでは、みなさん。今のことはナイショですよ。」
グリューエルは笑顔で言った。
その後、弁天丸Ⅱからの連絡に応えて、セレニティ軍の補給艦が接近して各海賊船にドッキングし、ハルモニア号の乗組員を収容していった。
「な~んか、意外と簡単に、乗組員の引き渡しができちゃったね。
グリューエルの演説のお蔭かなぁ。
もっと、グダグダと文句を言われるかと思って、覚悟していたけど・・・。」
茉莉香は、ほっとして言った。
「でも、茉莉香さん。
黄金の幽霊船、クイーン・セレンディピティが、ここにはいません。
たしか、宇宙移民博物館として、『青の姉』の惑星軌道上の、ラクランジェ・ポイントに停泊していたはずですなのですが・・・。」
グリューエルが、周辺宙域を映した時空ナビの立体モニターを見ながら、そう言った。
4 グリューエルの覚悟
この時、黄金の幽霊船クイーン・セレンディピティは、すでに『青の姉』の惑星軌道を外れ、セレニティ星系の外延部に向かっていた。
「ねえ。ギルバートさん、帝国軍から先遣隊が派遣されていたはずだよねえ。
あの人たちなら、幽霊船が今どこにいるか、知っているんじゃないかなぁ。」
茉莉香が、聞いた。
「そうですね。連絡を取ってみましょう。」
しばらくして、ギルバートが茉莉香に報告した。
「分かりました。
クイーン・セレンディピティは、セレニティ星系の外延部へ向かって飛行中です。
このままの加速度で飛べば、セレニティ星系の重力圏を脱出するそうです。」
「なんですって!?
どこに行こうと言うのでしょうか?」
グリューエルが憤慨して、言った。
「目的地は分かりません。とにかく、逃げているようだと聞いています。」
ギルバートが冷静に答えた。
「では、追いかけましょう。超光速跳躍、準備。」
茉莉香が言った。
「了解。航路セットします。」
弁天丸と海賊艦隊は、亜光速で飛行する黄金の幽霊船、クイーン・セレンディピティと並走する位置と速度で、通常空間にタッチダウンした。
「なにこれ! この前に見た時と違って、クルクル自転しているのね。
見ていると目が回るわ。
私には無理。」
ルカがそう言って、目を閉じて、顔をそむけてしまった。
「さあ~て。
今、この大きな船で、誰が何をしようとしているのかなぁ。
クーリエ。クイーン・セレンディピティの中の様子を探って頂戴。」
茉莉香が言った。
「了解。向こうのセキュリティ・システムが、以前のままだと良いのだけど・・・。」
「うわー。すごい旧式。というか伝説級の古さですね。」
「こういう古いシステムをハッキングするのを見るの、初めてです。」
「おもしろそうだなあ。」
帝国軍のスタッフたちが、クーリエの操作を覗き込んで、楽しそうな声を上げている。
「艦内の様子、出たわよ、船長。
船のセキュリティ・システムは、そのままだったみたいね。」
クーリエは、艦内の指令室のデータを、立体モニターに表示させた。
モニターには、艦内の見取り図や、要員の配置が表示された。
「うわー。なにこれ。
兵隊さんがいっぱい乗っているじゃないの。」
茉莉香が、声を上げた。
「ざっと、三千人は、乗っていますね。
ドッキングポートから、『薔薇の泉』のある区画に至るルートが、特に守りが手厚くなっています。
『薔薇の泉』を守るために、船内で広範囲に白兵戦を行うことを覚悟した布陣でしょう。」
ギルバートが、船内の要員配置を分析して、言った。
「だとすると、海賊艦隊の兵力では、ドッキングポートから白兵戦で正面突破して、『薔薇の泉』までたどり着くのは、難しいわね。
困ったわね、茉莉香。どうするの?」
ミーサが言った。
「指揮官は、誰なのでしょう。分かりますか?」
グリューエルが聞いた。
「え~と、あ、艦内メールに名前があったわ。
発信人は、セレニティ軍最高司令官ヨセフ・セレニティよ。
戦艦クイーン・セレンディピティの艦長さんと同じ人ね。」
「また、ヨセフお兄様ですか。
どうしても、私の邪魔をしようと言うのですね。
茉莉香さん、彼に交信要請を送ってください。」
「分かったわ。
でも、グリューエル。気を付けて。
この前にごあいさつしたときに感じたんだけど、あのひと、なにか思いつめている感じがするんだよねえ。
命が惜しくないと言うか・・・。」
茉莉香が言った。
やがて、通信モニターにヨセフ・セレニティ殿下が現れた。
「グリューエルか。無事で何よりだなあ。
私もお前を救出に行ったのだが、海賊艦隊に先を越されてしまったよ。」
「おかげさまで、このとおり無事です。感謝申し上げます。」
グリューエルは、緊張して答えた。
「それで何の用だ。
先ほどの演説の通り、この最初の移民船クイーン・セレンディピティを本当に破壊するつもりならば、諦めるがよい。
私は、この船を守るため、最後の一兵となっても戦い抜く覚悟だ。」
「お兄様、無益なことはおやめください。
もはや、『薔薇の泉』には、お兄様の御命をかけてまで、守る価値はありません。
退船してください。」
「私は、そうは思わない。この船と『薔薇の泉』は、セレニティの栄光と繁栄を未来に伝えるために、不可欠なものだ。
だから私は、最高司令官として、これを命懸けで守るのだ。」
「ええ!?
今、『最高司令官』と、お兄様自らおっしゃいましたね。
それは、セレニティ大公様の御役目ではないですか。」
「私は、お前を救出するために出撃せよと、大公様に命じられた時に言ったのだ。
私を、セレニティ軍の『最高司令官』として出撃させてくださいと。
この願いにご異存があるならば、皇太子であるお父様ご自身、あるいは大公様ご自身が出撃なさるべきだと言ったのだ。」
「なんということを。」
「大公様も、お父様も、了解してくださったよ。
今回の事件を治めれば、私は、だれに遠慮することもなく『最高司令官』としての実権をふるうことができるだろう。」
「そんなこと・・・。それがお兄様の本当の望みだったのですか。
お兄様は、文化や芸術や学問に幅広い関心がおありで、その方面でセレニティの発展に貢献したいと、何度もおっしゃっていたではないですか。」
「その気持ちに嘘はない。今も、その気持ちだ。
しかし、私は、『私の望み』を聞く人たちから、こんな質問をされたことは無かったのだ。
『お前の一番なりたいものは、何か』とね。」
「そんな。兄様は、本当は、王になりたかったのですか。」
「そうだ。
薔薇の泉から生まれた子供は、王になるべくして生まれたはずだ。
生まれた順番で王位継承順位が決まっているとしても、その定めは同じはずだ。
私は、その運命を全うしたいと、願っているだけだ。
そして、今回の事件で、私にそのチャンスが巡ってきたのだ。」
「お兄様。おやめください。
お兄様は、利用されているだけです。」
「そんなことは分かっているさ。
それが大公様のいつものやり方だよ。今回は、父上も同じだ。
彼等は、お前に対してもそうだろう。分かっているだろう。」
「ええ。分かっています。」
「ミッテラン宰相は、お前を銀河聖王家に嫁(とつ)がせようとした。
それは、お前を利用して、銀河聖王家の権威、そして銀河帝国の実力で共和主義者を抑え、王制を強固なものにしようとするためだ。
バルデン伯爵は、お前を利用して、薔薇の泉を復活させ、そしてセレニティ王家を、セレニティを支配しようとした。
この相矛盾する企てを同時に進めることを、大公様はお認めになった。
そして、大公様は、勝ち馬に乗る。
それが、いつものやり方だ。
そのためには、どんな人でも、どんなことでも利用する。
バルデン伯爵が、大公様にとってどういう方が、お前も知っているだろう。」
「はい。存じています。」
「彼ですらも、大公様は利用されたのだ。
大公様は、それが王としての務め、それがセレニティ王家の支配を永続させるやり方だと信じていらっしゃるのさ。」
「分かってはいても、お兄様にそうまでハッキリと言われると、悲しいです。
本当に、王というものは悲しいものですね。
それを知っても、お兄様は、その道をお進みになられるというのですね。」
「そうだ。そういう覚悟がない者には、王道を歩む資格など無い。」
「そんな考え、やはりおかしいと思います。」
「何を言うか。
グリューエル、セレニティ軍の最高司令官として命じる。
船を引きなさい。
帝都クリスタルスターに戻りなさい。
そして、兄として、お前に言おう。
お前は銀河聖王家に嫁ぎなさい。
銀河聖王家は、お前を歓迎し、受け入れてくれるだろう。
そして、王族の妃として、一人の女性として、幸せに暮らしなさい。」
「お兄様。そんなことをおっしゃらないでください。
その優しいお言葉にすがってしまいそうです。」
グリューエルは、目頭を押さえた。
二人のやり取りを見守っている者からは、彼女が涙をぬぐっているように見えた。
「でも、お兄様、私が、どのような気持ちで、あのように国民に語りかけたとお思いですか。」
意を決したような表情で、グリューエルは言った。
「もう一度言おう。グリューエル、船を引きなさい。」
「いやです。私の気持ちは変わりません。」
「ならば、この私を撃てるか。この私を踏み越えて行けるか。
言っておくが、お前たちの戦力を分析して、こちらも作戦を立ててきたぞ。」
「なんですって?」
「教えてやろう。
お前の手下たちの兵力では、白兵戦でこの艦内の武装した将兵を制圧できない。
私たちは、命をかけて薔薇の泉とクイーン・セレンディピティを守る。
私も、将兵も、その覚悟で、必要な武装をして、待ち構えている。」
「お兄様、そんなことを・・・。」
「もちろん、重力粒子ビーム砲とかいう新兵器でこの船を沈めることは出来るだろう。
威嚇射撃として発射されたビームの力は、想像を絶するものだったと聞いている。
それで分かったのだが、弁天丸に装備された重力兵器は艦隊決戦用の兵器ではない。ケタ外れに強力な大量破壊兵器の試作品だと考えられるそうだ。知っているか?」
「知っています。」
「ならば、わかるだろう。
その新兵器を使うと、超新星並みの融合爆発が起きる可能性があるそうだ。
こんな母星に近いところで超新星並みの爆発が起きれば、セレニティ星系全体も吹っ飛んでしまうぞ。もちろん、お前の手下の船も、みんな巻き添えになるだろう。
そんなリスクを冒してまでも、あの新兵器を使うのかな?
それとも、爆発させても安全な距離まで、この船がセレニティ星系から離れるのを待つかな。しかし、この船の巡航速度では、100年以上の時間がかかるだろう、フフフ。
それならこの前のように、この巨大な船ごと、時空トンネルで、どこかの空間に吹き飛ばすのかな?
私と、三千人の将兵を乗せたまま・・・・。
それこそ、本物の『黄金の幽霊船』の誕生だ。ハハハ・・・・。」
ヨセフ殿下は、虚勢を張ったような高笑いをした。
「もっとも、全長三百メートルの弁天丸の力で、全長二十七キロもある、このクイーン・ セレンディピティを運べる時空トンネルが作れるのかな?
仮に亜空間に飛ばされたとしても、お前がやったように、私も、たとえ『千年の時』を経ても、必ずセレニティに帰還しよう。今度は、王として・・・。
ハハハハハ・・・
ハハハハ・・・」
ヨセフ王子は、今度は本当に不気味な高笑いを繰り返した。
「・・・だから、結局、お前とその手下たちは、敵味方の将兵の血と肉で覆われた道を踏みしめて、ここまでくるしかないのさ。
さあ、来い、グリューエル。
私は、クイーン・セレンディピティで待っている。
その覚悟がなければ、船を引くがよい。」
そう言って、興奮したヨセフ王子は通信を切ってしまった。
通信が終わった後、グリューエルは黙って船長席に座り込んでいた。
茉莉香が見かねて近づこうとしたが、グリューエルは一人にしてほしいという表情だった。
しかたなく、茉莉香は、一人用操縦席にいるギルバートのところへ行き、聞いた。
「ねえ。本当に、ヨセフ殿下の言うとおり、弁天丸ではあの船を攻略できないの?
そりゃあ、三千人も兵隊さんが待ちかまえていれば、白兵戦で攻めるのは難しいだろうってことは、わたしも見当が付くんだけどね。」
「うーん。白兵戦でなければ、通常兵器であるビーム砲の砲撃だけで、あの巨大な船を攻める訳ですからね。
うーん。・・・・・何か、攻略法はないか考えてみます。」
彼は、エンジン担当のブラウン中尉を呼んで、話し始めた。
「茉莉香さん、ちょっと相談があるのですが・・・。」
ようやく、グリューエルが重い口を開いた。
「なあに~~。」
そう言った茉莉香の声や表情は、いつもと全く変わらなかった。
「まったく、なんと申しましょうか、・・・
こんな時でもいつもと変わらない笑顔をできる茉莉香さんって、すごい人ですね。」
「ええ!? それって、誉めているのかなあ?」
「うふふふ・・・
はい、誉めているんですよ。
それで、茉莉香さんに伺います。
あの船に乗っている、ヨセフ最高司令官だけを狙うことができますか。」
「それは、弁天丸から砲撃して、狙うことができるか、という意味ね。」
「そうです。」
「なんてことを・・・。」
「あの船に乗っている三千人の将兵は、決死隊です。
ヨセフ最高司令官が撤退を命令しない限り、退船しないでしょう。
そして、ご覧のように、お兄様が決意を変えることは、ないでしょう。
生きている限り。」
「そりゃ、そうかもしれないだけど・・・いいの、お兄さんなのでしょ。」
「そうです。私たちは、兄と妹として育てられました。」
「グリューエル、あなた・・・・。」
茉莉香は、意を決したグリューエルに対して、これ以上の言葉が出てこなかった。
「茉莉香さん。
先ほどのお兄様との会話を聞いておられたでしょう。
大公様が自決を命じられたバルデン伯爵は、大公様にとってどのような意味を持つお方か、ご存知ですか。」
グリューエルは、緊張を秘めて、異様なほど静かな声で言った。
「いや、・・・・それは。」
おそらく、それは聞きたくないほどの深刻な話だろうと、茉莉香も思った。
「バルデン伯爵は、大公様とお妃、マリーナ様の実のお子様です。
妃となったマリーナ様は、大公様を愛するが故、どうしてもご自分と大公様の子供が産みたいと、おっしゃったのです。
自分は『カッコウの巣』の親鳥にはなりたくないと。
マリーナ様は、自分に薔薇の泉から生まれた子供を育てるだけの人生に甘んじろと言うなら、自分を離婚しろとまで、大公様におっしゃったそうです。
その結果、あの方がお生まれになりました。」
「ううう・・・・。
それじゃぁ、あの人は、『薔薇の泉』のオキテによって、王族として認められず、伯爵家の子供として育てられたのですか。」
「そうです。
バルデン伯爵家は、セレニティ貴族でも一、二を争う名門のお家柄、そしてなによりもマリーナ様の御実家ですから、セレニティ王家のためにその子を引き取ったのです。
なぜなら、伯爵さまは、大公様の息子と認められたならば、第一王子つまりセレニティの皇太子、そして王となられるはずの出生の順位でしたから。
しかし、当時の大公様は『薔薇の泉』の生まれでない子供には王位を継がせられないと言って、彼を王族にすることすら認めませんでした。」
「それじゃぁ、大公様は、今回の事件で、ご自分の子供に自決を命じられたのですか。」
「そういうことです。大公様も、そんな、おつらい決断をなされたのです。
その決断をさせた原因は、私にもあります・・・。」
「もういいわ。グリューエル、それ以上言わなくても、いいわ。
あなたの覚悟が、わかったから。」
茉莉香は、グリューエルの話をさえぎった。
「私、ヨセフ最高司令官を狙う方法を考えるから。そして、私が、彼を撃つから。」
「何を言うのですか、茉莉香さん。
茉莉香さんが撃てと命じるのではありませんよ。
私が命じるのです。」
「グリューエル・・・・あなた。」
「私は、できるだけ死傷者を少なくして、あの船を沈める方法を考えていたのです。
そのためには、やはり、最高司令官を倒すしかありません。
私は、その覚悟を決めました。」
5 「二人はお似合い」
弁天丸Ⅱのブリッジでは、茉莉香船長とギルバートが、帝国軍セレニティ派遣軍の先遣隊司令官である、ミニッツ准将に、作戦計画を説明していた。もちろん、超高速回線を使って通信している。
「・・・なるほど、わかった。
しかし、作戦行動の政治的意味は極めて重要だから、銀河帝国として作戦に加わるには、女王陛下の御裁可が必要だろう。」
「それは、十分、承知しています。
グリューエル殿下から、第一艦隊司令官経由で、女王陛下に御裁可を頂きたいと思っています。」
ギルバートが言った。
「分かった。当艦隊は、作戦命令が下るのを待とう。
当艦隊三隻は、まもなく、そちらへ到着する予定だ。
それにしても、加藤船長は、また面白いことを考えたなあ。」
「ナハハ・・・。
まあ、私の考えた作戦を、数学的、物理的に成り立つようにフォローして頂いたのは、ブラウン中尉なんですけどね。・・・」
弁天丸Ⅱは、女王陛下の返事を待ちつつ、作戦の準備に入った。
弁天丸Ⅱは、クイーン・セレンディピティにゆっくりと接近している。
向こうからの砲撃は無い。もともと、移民船なので軍艦のような装備はないからだ。
海賊艦隊は、一旦距離をとるため、弁天丸Ⅱから離れ、入れ替わりに、帝国軍の新鋭戦艦三隻が弁天丸Ⅱに接近してきた。
「船長、船長。チアキ殿下から交信要請です。
うん!? これは、グリューエル殿下宛てではなく、船長宛てですけど。」
クーリエが言った。
「とにかく、出るわ。メインモニターに画像を出して。」
やがて、画面にチアキが現れたが、またいつものタメ口だった。
「ねえ~、茉莉香~。グリューエルは本気なの?」
「そうだよ。本気の本気。」
「その意味も分かっているんだよね。」
「そう思うよ。グリューエルも思いつめているよ。」
「ヘタをすると、セレニティ王国から追放よ。反逆者になるからね。
そうでなければ、もっと大変なことに・・・・。
それで、グリューエルは今、何処に?」
「医務室で休んでいるよ。呼んでこようか。」
「いや、そのままでいいよ。
あとで、この通信を医務室にいるグリューエルにつないでよ。
女王陛下からの返事を、私から伝えるわ。」
茉莉香がそう答えると、チアキは少し深刻な表情で言った。
「ところで、茉莉香。
あなた、アレックスのこと、どう思っているの?
例の話、いったいどうするつもりなの?」
「なに、チアキちゃん。イキナリ、そんな話を。
いまそんな話をしている場合じゃないでしょ。」
「いや。あなたにも関係のある大事な話よ。
あなた、知っているんでしょ。グリューエルの気持ち。」
「薄々はね。彼女から聞いたことはないけど。」
「『ウスウス』って、あなた、いったいどうするつもりなの!?
だから、ずっと前から、私が心配してあげているでしょ。
いつまでもあなたがハッキリしないと、最後には誰もいなくなってしまうって。」
「ナハハ・・・・。そう言われても、こればっかりは・・・。
私も、気持ちの整理がつかなくて・・・。
それに、あの二人なら、お似合いだと思うなあ。
年齢(とし)は離れているけど・・・・。」
茉莉香は、笑顔でそう言った。
「ええ!? そんなこと言うの?
それ、本心から言ってるの?」
「そうだよ。あの二人、けっこうお似合いだよ。
この間なんか、宇宙物理学の話で意気投合していたし・・・。
あの話のどこがおもしろいのか、私には全然わからなかったけど。
でも、アレックスは喜んで、その勢いでグリューエルの家庭教師を引き受けるって言っていたし・・・。」
茉莉香は、二人のことをとても喜んでいる、屈託のない笑顔でそう言った。
「ふう~ん。
茉莉香。あなたの、その表情から見ると・・・。
わかったわ。
あなた、アッチの方は優柔不断のようにみえて、ちゃんと答えが出ているじゃないの。」
「え? そうかなあ。」
「う~ん。本人は自覚なしかぁ。
でも、今のあなたの言葉、エカテリーナ様に話していいよね。」
「うん。別に誰に話しても構わないよ。
『あの二人はお似合いだ』って、みんなそう思うよ。」
「茉莉香、私の言ってるのは、そういうことじゃなくて・・・・。」
「ねえ、チアキちゃん。おしゃべりしてないで、早く作戦を始めようよ~。
女王陛下の了解、取れたんでしょ。」
「そうよ。
でも、コレ、意味のない、おしゃべりじゃないわよ!
茉莉香、後になって泣いても、本当に、私、知らないからね!
もう~~~。私はあなたのこと、心配して言ってあげているのよ。
・・・・・
じゃあ、通信をグリューエルにつないでよ。」
茉莉香は自覚がなかったが、「二人はお似合い」という茉莉香の返事は、女王がグリューエルを支援するために帝国軍の軍事行動を許すための最後の問題に答えたものだった。それを確かめるのがチアキの役割だった。
なぜなら、それは、銀河聖王家の次世代をだれが担うかという、銀河帝国にとって極めて重要な問題につながっていたからである。
歴史の転換点を、加藤茉莉香は、何気なく踏み越えて行った。
グリューエルに通信回線が転送されたあと、チアキが言った。
「グリューエル。女王陛下のお返事をおつたえします。
『銀河帝国は、あなたを支援します。
そして、あなたが指揮する戦闘を支援するため、あなたが望む帝国軍の艦船を、あなたの指揮下に置くことを認めます。』
以上よ。
これはすごいわね、グリューエル。
あなたが動かす兵力には何の制約もないわ。どこの帝国軍艦隊も動かせるってことよ。」
そう言って、チアキはグリューエルに敬礼した。
「そこで、第一艦隊司令官として、あなたに進言します。
これは聖王家に関わる軍事作戦ですから、第一艦隊をお使いください。
第一艦隊の先遣隊は既にそちらに配置されておりますし、本隊もすでに動員を完了しています。ご命令があれば、本隊は約四時間でセレニティ星系に進軍できます。
以上です。
グリューエル、頑張ってね。」
「ありがとうございます。」
「それから、グリューエル。エカテリーナ様からの伝言もあります。
話はこうよ。オホン。
『アレックスがあなたの家庭教師を務めることは、銀河聖王家としては、あなたをアレックスの交際相手として認めると言う意味を持ちます。
それで、異存ありませんね。』
という伝言よ。
聞くまでもないかもしれないけど、一応、返事を聞かせてほしいの。」
「あのう、茉莉香さんは、なにかおっしゃっていましたか。」
「いつもの調子で、『二人はお似合い』と喜んでいるわよ。」
「そうですか。・・・・」
グリューエルは、表情には現さなかったが、一瞬、目を見張った。
「では、エカテリーナ様に『承知しております』とお伝えください。」
そう答えた後、グリューエルは、顔を赤らめ、少しうつむいてしまった。その口元には年頃の少女らしい微笑みがこぼれていた。
6 黄金の幽霊船クイーン・セレンディピティの最後
チアキからの通信のあと、グリューエルはブリッジへ戻った。
「加藤船長。
女王陛下の御裁可が下りました。
始めましょう。」
グリューエルは、緊張した声で言った。
「了解しました。
弁天丸、予定通り、クイーン・セレンディピティのまわりを旋回します。
操舵、お願い。」
「了解。」
『旋回』と言っても、実際の動きは螺旋型のコースを進む運動だった。弁天丸Ⅱは、自転しながら高速で移動するクイーン・セレンディピティの進行に合わせて、その周りを回るので、第三者の視点からは、螺旋運動をしていることになる。これも、自由自在な船の運航ができる重力制御推進エンジンならではの操船だった。
しかし、クイーン・セレンディピティの側から見ると、自分のまわりをグルグルと弁天丸Ⅱが高速で回転し始めたように見えた。
「弁天丸は、突然、本艦の周りを回り始めたではないか。
いったい、何を始めるつもりだ?」
クイーン・セレンディピティのヨセフ最高司令官は部下に尋ねた。
「弁天丸は、両サイドのドッキングポートからではなく、外壁から『薔薇の泉』の区画に 直接、攻め込むことを狙っているのではないでしょうか?
殿下のいらっしゃるこの区画の位置、つまり『薔薇の泉』のまわりを中心にして、回転しているように見えます。」
セレニティ側は、あくまでも弁天丸が白兵戦を挑んでくるとの前提で、戦術を分析していた。
「そうか。
しかし、弁天丸が体当たりしても進入路は空けられないぞ。
移民船であるクイーン・セレンディピティには軍艦のような装甲版は無いが、外壁は二重のハニカム構造で強靭だからな。その程度のことは、こちらも予測済みだ。
それに、通常のビーム砲では外壁の内部まで穴をあけられないぞ。
ハニカム構造の隙間は、デブリの衝突や宇宙放射線の被曝(ひばく)に対する防壁としても機能するように、水や氷などのタンクになっているからな。」
「では、砲撃開始。狙いを正確にね。」
茉莉香が言った。
「了解。でも、この作戦では、重力推進機用に開発された新型の自動照準装置を使うのですが・・・。」
ギルバートが、笑いながら答えた。
「ナハハ・・・。私も、前の弁天丸の口グセが抜けませんね・・・。」
茉莉香も笑った。
弁天丸Ⅱは、加速して旋回しながら、船首をクイーン・セレンディピティに向けた。
そして、主砲を発射した。
放たれたビームは外壁を貫いたが、ハニカム構造の第一層の内壁を貫くことは出来なかった。外壁からは、ビームで加熱されたため爆発した水などが霧状の噴煙になって大量に船外に放出されているが、船体には影響が無いように見えた。
更に弁天丸Ⅱは、旋回しながら砲撃を続け、別の場所も同じように霧状の噴煙を上げている。噴煙は、合計三か所から上がっている。
「こしゃくな。
おい、弁天丸をこちらの対空砲火で撃てないのか?」
ヨセフ最高司令官が言った。
「はあ、先ほどから試みているのですが、どうも弁天丸の動きが通常の慣性航行と違っていて、自動照準装置のコンピューターでも動きが予測できません。」
「なんだと・・・。」
「というのも、旋回する軌道がランダムに乱れていて、加速、減速も頻繁にあって、狙いが絞れないのです。
それで、しかたなく、光学照準器を肉眼でみて、撃っていますが、やっぱり、当たらなくて。なぜか、ビームが曲がって弁天丸Ⅱに届かないと言う情報も届いています。」
「そうか。でも、あきらめるな。
必ず、敵は白兵戦を仕掛けてくるはずだ。
そのためには、必ず、減速して接近、接岸し、上陸してくるはずだ。
あきらめるな。チャンスは必ず来る。」
「はい。」
「さあ~、第二派攻撃、第三派攻撃と、どんどん行くわよ。」
船長席の茉莉香が、号令をかけた。
弁天丸Ⅱは、旋回しながら、主砲を発射し続けている。
そして、ついに、弁天丸の狙いを、セレニティ軍も気が付いた。
「おい、さっきから同じところを狙って撃っているのではないか?」
「はあ、確かに砲撃が3か所に集中しています。
特に、最初に砲撃されたL21区画では、外壁に深刻な損傷が認められます。さらに砲撃を受けるとハニカム構造の第二層を突破されるおそれがあります。」
「まさか、船の内部、『薔薇の泉』までビーム砲で貫くつもりなのか。
でも、薔薇の泉までは、まだ何層も隔壁で仕切られた区画があるぞ。グリューエルはそれを知っているはずだろう。そんなことは不可能だと。
それにしても、あんな不規則な船の動きで、どうして向こうは正確な照準ができるのだ。
・・・・・
とにかく、狙われている箇所に近い内部区画に命令だ。
気密が破られ、爆発する恐れがあるので、撤退させろ。
それから艦内の他の区画にも、内部隔壁をロックして衝撃に備えろと警告しろ。
そして、総員に伝えよ。
あきらめるな。
必ず反撃の機会は来る。
信じて待て・・・とな。」
ヨセフ最高司令官は、守りに徹しながら、粘り強く反撃の機会を待つことにした。
そして、弁天丸Ⅱの砲撃は続き、ついに、3か所の穴から次々と爆風が噴出した。船の内壁についに穴が開いたのだ。
「よ~し。いよいよ、船体内部への攻撃よ。
これからが勝負よ。
続いて、三系統に分かれた艦内の電力ケーブルや有線通信ケーブルの切断を狙うわよ。」
茉莉香が号令をかけた。
弁天丸Ⅱは、旋回しながら、それまでも攻撃を集中して外壁に空けた三か所の穴を通って、船内に向けて、更に、ビーム砲を打ち込み始めた。
「あ、停電だ。」
弁天丸Ⅱの攻撃に耐えているクイーン・セレンディピティの艦内から、爆発の衝撃と共に、突然、照明が消えた。
「先ほどの攻撃で、船内の電力ケーブルが破損しました。」
「非常電源は大丈夫か?」
「大丈夫です。艦内の電力供給は、第二ケーブルに切り替えます。」
コンピューターは瞬時に非常電源に切り替わったため、停電の影響を受けなかった。
そして、まもなく、電力は完全に復旧した。
しかし、その直後、艦内にまた爆発の衝撃が響いた。
「あっ。第三ケーブルがビーム砲の攻撃で破損しました。
弁天丸の狙いがわかりましたね。
敵は、この『薔薇の泉』の区画のライフラインを狙っていたんですね。」
将校が言った。
「今頃、なにを呑気なことを言っているんだ。
破壊された第三ケーブルは、予備だな。」
ヨセフ最高司令官はいらだっていた。
「はい。電力供給に支障はありません。」
その間にも、弁天丸Ⅱからの砲撃は続いている。ビーム光線の着弾により爆発が引き起こされ、その衝撃が断続的に艦内に響いている。
「あっ。また、停電だ。」
また、爆発の衝撃と共に、再度、艦内の照明が消えた。
「第二ケーブルも破壊されました。
同時に艦内の通信ケーブルも破壊されました。」
「艦内のエアコンが切れました。」
「通信は、無線に切り替えろ。そっちは大したことはない。」
「はい。」
「問題は電力ケーブルかぁ。
非常電源はあるが、戦闘時に使用すると消耗が早いから、修理するしかないが・・・・。
おい、電力ケーブルを修理できるか?」
「できますが、難しいです。
まず、この船の内部で、気密が確保された区画から、気密が破れた区画を通って、ケーブルが破壊された個所へ、直接に行くためのエアロックがありません。
だから、別のブロックのエアロックから一旦、艦外へ出て、外からこのブロックへ移動し、気密が破れた内部区画に入って、修理個所にたどり着く必要があります。
しかも、そもそも、弁天丸からの砲撃が止まないと、破壊された箇所の修理も始められません。」
照明の消えた部屋の中で、技術士官の絶望的な返事を聞いていた付近の兵士たちは、黙り込んでしまった。
やがて、砲撃でこの区画の気密も破られ、自分たちの命も危険にさらされるのではないかという恐怖に襲われたからだ。
もちろん、白兵戦用の防護服を着ていれば即死は免れる。しかし、弁天丸の砲撃による爆発で防護服の気密が破られる恐れもある。いずれにしても、防護服に備えられた酸素ボンベの使用可能時間には限界があり、救助が来るのを待てないかもしれない。
すでに、『薔薇の泉』の区画では電源が切れ、エアコンも止まっている。ドアも開かず、この部屋に閉じ込められたようだ。
ならば、砲撃で破られなくとも、いずれは全員、窒息だ。
既に終末へのカウントダウンが始まっていることは、船乗りであるクルーみんなが承知していた。
しかし、戦士として、兵士としては、敵と戦って華々しく散るのではなく、このような形の最後を迎えるのは悔しい。
それどころか、むしろ怖かった。
兵士たちの戦意が急速に失われていった。
単なる『電源の喪失』で、このような深刻な事態に陥るとは、彼らも予想外だった。
「よし。全員、防護服着用。砲撃に備えよ。」
そう言いつつ、ヨセフ最高司令官は、暗闇の中で非常用ライトを照らして、技術士官と艦内の見取り図を見ながら、電力ケーブルの修理方法を検討していた。
「なるほどなぁ。
砲撃を受けていない箇所を経由する代替ルートで、ケーブルをショートカットしてつなぐのか。これならいけそうだな。」
ヨセフ最高司令官は、意を決して言った。
「修理は、私が直接に指揮を執る。突撃隊長、5人を指名して、私に続け。」
ヨセフ最高司令官は、部下と共に、代替ルートにケーブルを敷く作業に出発した。
しばらくして、彼らの向かった箇所で、ビームの着弾と爆発の衝撃があった。
「あ、グリューエル殿下。
クイーン・セレンディピティから、交信要請がありましたよ。
発クイーン・セレンディピティ艦長、ジョー・マケイン中将、
宛弁天丸、グリューエル・セレニティ殿下。
あれ、ヨセフ殿下じゃないね。」
クーリエが、グリューエルを呼んだ。
「出ます。」
グリューエルがはじかれたように答えた。
やがて、画面に年配の軍人が現れた。
「殿下、ジョー・マケインでございます。
先ほど、ヨセフ殿下が重傷を負って倒れられましたので、私が指揮を執っております。」
「そうですか。それで、将軍。何の用です。」
グリューエルは、強い調子で答えた。
「殿下。どうか、お怒りを鎮め、砲撃を中止してください。
私たちは、殿下のご指示どおりに、退船いたします。
そのために、しばしの御猶予を頂きたい。
生存者や、負傷者も救助する時間が必要です。
重傷を負ったヨセフ殿下も、病院へ一刻でも早くお連れする必要がありますので。」
それを聞いたグリューエルは、意外にもさらに強い調子で言った。
「私の言うことを聞くと言うならば、貴官の口から、降伏を明言せよ。捕虜としての救助を要請せよ。
そうすれば、帝国軍規に則って対応しよう。」
「殿下、今、なんと、申されました・・・。
私たちは同じセレニティ王国に属しております。敵味方ではございません。
そのようなことを申されましても・・・、
どうか、軍事のことは、私ども軍人にお任せください。」
「私は、女王陛下から、銀河帝国軍の指揮権も頂いている。
接近してきた帝国軍の戦艦三隻は私の指揮下にある。
お前たちは、銀河帝国とも戦っていることを理解するがよい。」
「まさか。それは、殿下、・・・」
マケイン中将は、グリューエルは軍事の素人であり、その外見から、たった十六歳の小鹿のような少女に過ぎないと軽く見ていた。
しかし、実際に通信モニターに現れた彼女は、予想とは全く異なる存在、それも猛獣のような存在だった。
そして、彼女の口から、銀河帝国軍の戦艦までも従えている事実が明かされた。
「・・・・・」
マケイン中将は、深刻な事態を悟って、沈黙した。
「お前は、私を欺こうとしている。
お前は、セレニティ軍最高司令官の代理、代行として、私に話しているとは、一言も言っていない。
下がりなさい、無礼者。攻撃は続行する。」
グリューエルはそう言って、通信を切った。
弁天丸は、攻撃を続けた。クイーン・セレンディピティのまわりを高速で旋回しながら、狙いをつけた三か所に対して、ビーム砲の攻撃を続けた。
正確な照準で砲撃を続ける弁天丸は、確実にクイーン・セレンディピティの内部隔壁を破壊して、『薔薇の泉』に迫っていた。
「ねえ、クーリエ。ビーム砲はどのくらい内部まで貫通しているの?
あとどのくらいで、薔薇の泉に届くの?」
茉莉香が聞いた。
「う~ん、それがねぇ。内部の通信ケーブルも破壊しちゃったので、攻撃している区画の様子が分からなくなったのよねえ。」
クーリエが答えた。
「ナハハハ・・・・。あとは、ヤマカンかぁ。」
「フフフフ・・・。加藤船長のヤマカン、期待してますわ。」
グリューエルが、微笑んだ。
弁天丸は、さらに攻撃を続けた。そして、弁天丸Ⅱのビーム砲は、クイーン・セレンディピティ内部隔壁に確実に打ち砕いていった。
ついに、ひときわ大きな爆発とともに、激しい爆風が三か所の穴から同時に噴出した。
「どうやら、内部隔壁をすべて打ち抜いたようですね。」
ギルバートが言った。
「中心部が薔薇の泉ですから、砲撃は薔薇の泉に届いたと言うことですね。」
グリューエルが確かめるように言った。
「やったね。グリューエル!」
茉莉香が言った。
「ありがとうございます。」
「あ、グリューエル。
セレニティ軍から、交信要請がありましたよ。
発、セレニティ軍最高司令官、アブラハム・セレニティ、
宛、弁天丸Ⅱ、グリューエル・セレニティ。
あれ、この方、ひょっとして・・・。」
クーリエが、言いかけたときに、
「父です。通信に出ます。
つないでください。」
グリューエルが、静かに真剣な表情で答えた。
やがて、画面に、きらびやかな軍服姿をした、人の良さそうな人物が現れた。
「やあ。グリューエル。久しぶりだなあ。」
「私こそ、お久しぶりでございます。」
「グリューエル。話は聞いている。
クイーン・セレンディピティには、降伏を命じたところだ。
好きにするがよい。」
「ありがとうございます。」
「それで、これが済んだら、お前は帝都に戻るのかい?」
「はい。そのつもりです。」
「それから、お前はどういう人生を歩むつもりなのか、お前の望みを教えてほしいのだけれど・・・?」
「まだ、わかりません。」
「そうだろうなあ。
では、父として、お前にお願いだ。
いつでも、どこに居ても、故郷・セレニティのことを忘れないでほしい。
故郷を出て、銀河の広い宇宙(うみ)に出て行っても、そして、どこかで結婚して家族を持っても、故郷・セレニティのことを忘れないでほしい。
そして、グリューエル。
お前は、お前が望むままの幸せを手に入れなさい。私は、それができるようにしてあげたいと思っている。
この父の気持ちも、忘れないでほしい。」
「お父様・・・・。」
通信が切れても、しばらく、グリューエルは、目を伏せて、船長席に座ったままだった。
やがて、グリューエルは言った。
「茉莉香さん。クイーン・セレンディピティは降伏しました。
乗員を退船させ、次の作戦を準備してください。」
「了解しました。
クーリエ。クイーン・セレンディピティに、私から交信要請を。」
茉莉香が言った。
クイーン・セレンディピティから、乗員の退避が始まった。
ドッキング・ポートに停泊していた船だけでは収容できないので、海賊船にも乗員が収容されていった。
やがて、全長二十七キロの巨大な船、クイーン・セレンディピティは、無人の船となった。
「では、乗員の退避も終わったようですから、第二作戦を実行します。
帝国軍の艦長さん、所定の位置についてください。
海賊船のみなさんは、巻き込まれないよう、十分な距離を確保してください。」
「了解しました。キャプテン茉莉香。」
それぞれの船から返答があった。
帝国軍の戦艦三隻は、クイーン・セレンディピティの後方で、船の進行方向に対する垂直面において、正三角形を形作る位置に並んだ。もちろん、正三角形の中心には、弁天丸が位置している。
「重力波砲、最大出力で発射。」
グリューエルが命じた。
「了解。重力波砲、最大出力で発射します。」
四人の船長が、命令を復唱した。
四艦は、船体全体が一瞬、光に包まれ、そして、七色に輝くリングが次々と船のまわりの空間から現れて、クイーン・セレンディピティの方向に向かって進んで行った。
そして、現れた四つのリングは次々に合体してより大きなリングとなり、その大きなリングが、クイーン・セレンディピティの方向に飛んで行った。
合体して大きくなったリングの内径はさらに大きくなり、クイーン・セレンディピティを飲み込んで、その進行方向に向かって飛んで行った。
次の瞬間、クイーン・セレンディピティの姿は、消えていた。
何の衝撃もなく、静かに消えて行った。
「クイーン・セレンディピティの現在位置を、確認しました。
計算通り、銀河系の外延部から千光年離れたところを、銀河の外に向かって亜光速で飛行中よ。」
クーリエが言った。
「これでいいのです。
あの船は、銀河間の宇宙を飛び続け、やがて朽ち果ててしまうでしょう。」
グリューエルが、もの悲しい声で、静かに言った。