宇宙海賊キャプテン茉莉香 -銀河帝国編-   作:gonzakato

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 クイーン・セレンディピティとの戦いの後、茉莉香、チアキ、それにグリューエルには、帝国女学院大学に通う静かな日々が戻ってきました。
 しかし、グリューエルの人生は、急展開していきます。
 セレニティ王国と銀河帝国の双方で、彼女は重要な役割を果たすことを期待されます。グリューエルが進むべき道が次第に見えてきます。


第三十四章 王道

1 静かな日々

 

 クイーン・セレンディピティとの戦いの後、弁天丸Ⅱも、グリューエルを乗せて、帝都クリスタルスターへ帰還した。

 茉莉香、チアキ、それにグリューエルには、帝国女学院大学に通う静かな日々が戻ってきた。三人とも、大学での勉強を再開し、グリューエルは家庭教師のアレックスからも毎週、授業を受けている。

 ただ、グリューエルは、住まいを在銀河帝国セレニティ大使館から銀河帝国の王宮に移した。もちろん、理由は、警備の為である。

 

 そして、グリューエルは、銀河帝国のアン女王と面会した。

 小部屋に案内されたグリューエルは、その部屋には三つしか席がなく、女官や侍従は同席しないことを知って、緊張した。

 自分のほかは、女王と、そして多分、エカテリーナ公爵夫人だけが同席する予定であり、それだけ、銀河聖王家にとっては大切なことが話されるのは間違いないと思われた。

 小部屋でしばらく待つと、予想通り、アン女王とエカテリーナ公爵夫人だけが現れた。

 

「やあ、グリューエル。

 大変だったね。無事で何よりだ。」

 アン女王が言った。

「ありがとうございます。

 戦いの勝利は、女王陛下のご支援のお蔭でございます。

 重ねて、御礼申し上げます。

 それから、言うまでもないことですが、戦いの際に頂いた帝国軍の指揮権は、いま、お返しいたします。」

 グリューエルが立ち上がって、深々と頭を下げて、言った。

「ああ、役に立ってよかったよ。

 もう座りなさい。あなたがそんな挨拶をする必要はないよ。

 それにしても、茉莉香は、また面白いことを考えたなあ。

 4機の重力波砲を並べて発射してその時空トンネルを合体させ、あんな大きなものを超高速跳躍させるなんて・・・ハハハ。」

「そうですね。私も、それを始めて聞いたときは驚きました。

 茉莉香さんは、

『重力波は、波というくらいだから、三角波のように波の合成で大きな波を作ることがで きないのか』

 と言いだしたのです。

 そのアイデアを聞いて、帝国軍のエンジニアさんたちがお考えになって、最も効率的な戦法を作り出していただきました。

 皆さん、楽しそうにお仕事をされていらっしゃいました。」

「それができたのも、あなたが強い意志で、全軍を指揮したからですわ。

 誘拐されても決して屈しなかったことと合わせて、本当にお見事でした。」

 エカテリーナ公爵夫人が、グリューエルの意志の強さをほめたたえた。

「ありがとうございます。」

 グリューエルは素直に礼を言った。

「それにしても、チアキががっかりしていたよ。

 てっきり、グリューエルに呼ばれて、セレニティ星系まで進軍するものと思い込んでいたからね。

 自分の第一艦隊司令官としての初仕事が、茉莉香やあなたと一緒にできる仕事だと、張り切っていたからね。」

「はあ、存じております。

 でも、必要最小限の軍事力の行使で、目的を達成したかったものですから。」

「ハハハ・・・。『最高司令官』としては、当然の判断だね。立派だよ。」

 女王は、そう言った。

 

「ところで、グリューエル様。

 今日、ここにいらして頂いたのは、あなたの御意志を確かめたかったからですのよ。」

 エカテリーナ公爵夫人が、緊張感のある声で言った。

「私から話そう。

 グリューエル。セレニティの王になるべき者として、あなた以上の人はいない。

 だから、あなたは、セレニティの王になるべきだ。

 私はそう思っている。

 では、あなた自身は、自分がセレニティの王になることについて、どう思っているんだろうか。

 あなたの本心を聞かせてほしい。」

 女王が、グリューエルの顔をまっすぐ見つめて、そう言った。

 

「お答えする前に、陛下に、ひとつ、質問をしてよろしいでしょうか。」

 グリューエルは、意外なことを言い出した。

「いいよ。この問題を良く考えてもらうために必要ならば、質問を許そう。」

 

「はい。以前、クリスティア様からお聞きしたところによりますと、陛下は暗殺者から逃 れた後、二度と王宮には戻らないと誓って、姿を隠されたそうですね。

  しかし、お兄様達が亡くなられ、帝国海賊たちから、父君、すなわち銀河帝国の王が あなたを探していると知らされて、王宮に戻られたそうですね。

 (注:第五章「銀河帝 国の女王」参照)

 ということは、王宮に戻れば、王位を継ぐことになるのは、ご承知の上ですよね。

 では、どういう心境の変化で、王宮に戻られ、王になられることを決意されたのですか。

 それは、私にとって、自分のことのように切実な問題です。

 どうか、陛下のお心の内を、お聞かせください。」

 グリューエルは、以前から聞きたかったことを、一気に話した。

 

「そうか。あなたも、あのころの私と同じような心境かもしれないなあ。

 これはチアキにも話していないことなのだが、あなたには話そう。」

 そう言って、女王は語り始めた。

 

「私は、帝国海賊から、最初に、父が私を探していると聞いた時には、王宮に戻る気にはならなかった。あんな不毛な世継ぎ争いの世界とは、縁を切ったつもりだったからね。

 それに、私は、生まれたばかりのチアキとケンジョーとの親子三人の暮らしにとても満足していたからね。

 でも、ある晩、ようやく一歳になった赤ん坊のチアキを抱いて、星空を眺めているときに、ふと思ったのさ。

 『私は、この子にどんな人生を送らせてやりたいのだろうか』とね。

 今の自分のように、海賊として、辺境で自由に暮らす方がいいのだろうか、

 それとも、銀河帝国の王として、この子の能力を発揮させる機会を与えてあげる方が良いのだろうかとね。

 そう思いながらチアキの顔を見ていると、親としての強い思いが湧き上がってきたのさ。

 

『この子は、銀河帝国の王となる資質を持っている。

だから、この子は、銀河帝国の王になるべきだ。』とね。」

 

「驚きました。

 陛下は、わずか一歳のお子さんに対しても、その才能がお分かりになるのですか?」

「いや。その時はそう思ったが、今にして思えば、単なる親バカだったなぁ。」

「ウフフ・・・・。」

 思わず、グリューエルは微笑んだ。

「まあ、親ってものは、そういうものさ。

 でも、成長したチアキの才能は、ミッキー(ハヤマ小将:グランドマザー艦長)から、とても高く評価されていたので、全くの見込み違いではなかったけれどね。

 う~~~ん。これも親バカかなあ。ハハハ・・・」

 女王は、そう言って笑った。

「母親というものは、そういうものなのでしょうね。」

「ああ、そうだなあ。

 だから、私は、チアキのために王道を拓(ひら)こうと、銀河帝国に戻ったのさ。

 もちろん、その時は、クリスティアが生きていることは知らなかったよ。」

「そうですか。」

 

「ああ、そうだ。グリューエル。

 良い機会だから、銀河聖王家の女たちに伝えられている、銀河帝国の偉大な母親の話を、あなたにも語りつごう。」

「それは、どなたのことでしょうか?」

「あなたも知っている、テオドラ皇后さ。

王妃の中の王妃として、今でも、特別に『皇后』の尊称をもって呼ばれている母親さ。」

 

---注:このエピソードは、「補章 恐怖の大王の伝説」を踏まえて書かれています----

 

「あの方のお話ですか。」

「ああ。

 それは、皇后陛下が、まもなく一歳になる息子を抱きながら、王宮中庭の庭園で星空を眺めていたときのことさ。

 二人の後から庭園に入ってきたユスティアン大王に、テオドラ皇后は涙を流しながら言ったそうだ。

『王よ。私は、臆病者、卑怯者になりました。』とね。」

「ええ!? なぜ、そんなことを、おっしゃったのですか?」

 意外な言葉に、グリューエルは聞き返した。

 

「皇后陛下は、こうおっしゃったそうだ。

『私は、この子が生まれるまでは、自分が死ぬことなど何も怖くありませんでした。

 むしろ、あなたのために死ぬのは、草原の神から与えられた自分の使命、運命とすら思っていました。

 でも、この子が生まれてからは、死ぬのが怖くなりました。

生きたいと思うようになりました。

 生きて、生きて、この子があなたの後を継いで、銀河帝国の王になる姿を見届けたいと思うようになりました。

 そのためなら、どのような恥も、どのような汚名も忍ぼうと思うようになりました。

だから、そのようなことを考える私は、臆病者、卑怯者です。』とね。

  これを聞いて、王は、

『私も同じ気持ちだ』

と言い、二人は涙を流したと伝えられている。」

 

「なるほど・・・。

 今、陛下は『まもなく一歳になる』と、おっしゃられましたね。

 それではこの話は・・・。」

「ああ、例の事件(聖王家反大王派の処刑)が起こる直前の話さ。

 その後に第三次マンチュリア戦役が起こって、結局、三千人と十六億人もの血が流れたのさ。

 悲しいことだが、王道というものは、そうやって拓(ひら)かれることがある。」

「そうなのですね。・・・・」

「特に、母親でも、父親でも、人の子の親となると、今まではとても出来なかったことが出来る力が体中から湧き上がってくるものさ。どんなことでもね。」

「やっぱり、そうなのですかぁ。」

 グリューエルは、そう言ってため息をついた。

 

「あなたの質問に対する私の答えは、これで良いだろうか。

  さあ、グリューエル。聞かせてほしい。

 あなたは、セレニティの王になる気持ちはあるのか・・・。」

「まだ、わかりません。

 ・・・・・

 王になりたいという思いが、今一つ湧き上がってこないのです。

 今までのお話を聞くと、それは、私が、まだ母親ではないからでしょうか。

 加えて、王になって、私はいったい何をしたいのか、考えがまとまらないのです。

 今、勉強している辺境宇宙の開発問題は確か面白いのですが、それがセレニティ王国にとって最大の課題ではないことも明らかですから・・・。」

「そうか、ゆっくり考えると良い。」

「はい。」

「それならば、あなたがゆっくり考える時間を確保するために、銀河聖王家として、あなたに一つの提案があるのだ。

 グリューエル。私たちの提案を聞いてほしい。

 いずれ、セレニティ大公の了解を取らねばならないが、まずはあなたの気持ちを聞かせてほしい。」

 そう言って、女王とエカテリーナ公爵夫人はグリューエルに一つの提案をした。

 

「まあ、私のような者に、そのようなお話を・・・・。

 もったいないことです。」

 

 グリューエルは、話を聞いて、こう答えた。

「謙遜なんか、不要ですよ。

 陛下、あなたが、最近おっしゃっている『愚痴』を話してもよろしいでしょうか?」

 エカテリーナ公爵夫人がこう言った。

「あはは・・・かまわないよ。」

「グリューエル様。あなたに関して、陛下は度々こうおっしゃっておられます。

『私には二人の娘がいるが、息子がいないのが残念だ。

 息子がいれば、我が家にグリューエルを迎えいれるのに・・・。』とね。」

 

「まあ・・・・。」

 グリューエルは、そう言って笑顔を浮かべたが、同時に緊張した。

 この三人の間に流れる、このような打ち解けた雰囲気自体が、自分が進むことを期待されている道を示していると感じたからだ。

 

 

2 スクープ報道

 

 グリューエルは、帝都に戻り、大学に通う静かな日々を取り戻した。

しかし、それは長くは続かなかった。

 銀河テレビが、夜の7時、ゴールデンタイムのニュースで、「スクープ報道」と自ら宣言した、とんでもないニュースを報道したからである。

 

 男性のアナウンサーが、やや緊張して、ニュースを読み上げた。

「こんばんは。銀河テレビの、七時のニュースです。

 まず、最初は、このスクープ報道からです。

 信頼できる筋からの情報によりますと、セレニティ王国は、次期国王を、グリューエル・セレニティ正統皇女殿下とすることを内定いたしました。

 グリューエル殿下は、幼いころから『モンブランの神童』と呼ばれ、15歳の中学生でありながら大学入学資格試験に合格され、現在16歳で帝都の帝国女学院大学に留学しておられます。

 しかも、ご覧のように、たいへんお美しい方でいらっしゃいます。 

それだけでなく、殿下は、つとに政治的なリーダーシップも発揮され、13歳で母国の政治改革をリードされ・・・」

 

テレビの映像には、グリューエルの輝く笑顔が大写しになった。

さらに、帝国女学院大学で、茉莉香、チアキと並んで歩く彼女の姿が資料映像として流された。彼女が、銀河聖王家のチアキ姫の御学友であることも、さりげなく紹介されている。

 

「ウフフフ・・・・。

 ねえ、クラーク。

 『信頼できる筋』というのがあなたのことだと知ったら、みんな、すぐに『誤報だ』って叫ぶでしょうね。

 でも、このニュース、取材源は怪しくても、内容は当たっているわよね。

 みんなが心の底ではそうだと思っていた話よね。」

 ミーサが、帝都の自宅で、豪華なソファにくつろぎながら、夫のクラーク・ケント(銀河テレビ社長)に向かって言った。

「『取材源は怪しい』だなんて、相変わらず、ひどい言い方だなぁ・・・ミーサは。

 この報道は、弁天丸Ⅱに乗ってセレニティまで行って取材した結果をまとめたものだよ。

 取材したネタから報道規制に引っ掛かる恐れのあるものを除くと、このニュースが残ったのさ。」

 クラークが、答えた。

「ウフフ・・。あなたの狙いはイイわよ。認めているじゃないの。」

「ありがとう。認めてもらえてうれしいよ、ミーサ。

それに、これは儲かりそうなネタなんだ。

 なんたって、強く賢く美しいお姫様は、人気の的になりそうだからね。」

「それはそうね。

それにしても、あの子、短い間に、ずいぶん大人っぽく、美しくなったわね。

これって、あの君に恋しているためかしら。フフフ・・・。

それで、銀河聖王家は、やっぱり・・・。」

「ああ、そうらしいよ・・・。まもなく発表になるだろうね。

 このスクープは、その予告編も兼ねているのさ。

 セレニティ王国のことなら、帝国も報道規制できないからね。」

 

 その日のうちに、セレニティ王宮の報道官は、スクープ報道に関するマスコミからの質問に答えて、次のような、簡単な回答をした。

「そのような事実はありません。

 セレニティ王国政府は、報道の自由、表現の自由を尊重しますが、王宮には、皇太子として、グリューエル姫の父君、アブラハム・セレニティ殿下がいらっしゃることも御承知おきください。」

 つまり、丁寧な表現ではあるが、無礼な報道だと言っているのだ。

 そのため、セレニティ国民の反応は半信半疑であった。

 もちろん、どういう形であれ当局からの非難の声は、マスコミ業界人にとっては誉め言葉であった。これは、古代から変わらない業界人の習性だった。

 しかしながら、この「スクープ報道」は人々の心に確実に影響を与えていった。

グリューエル姫の存在は、セレニティ王国だけでなく、銀河帝国全体に知れ渡り、マスコミは、美しく賢い姫君の行く先々を追いかけ、その行動を報道し始めたからだ。

 

 今日も、銀河テレビは、グリューエル姫の行動を追って、ニュースを流した。

「では、次のニュースです。

 本日、セレニティ王国のグリューエル正統皇女殿下は、帝都で開催された宇宙古代語学会に来賓として出席されました。

 殿下は、来賓としてあいさつされ、宇宙古代語のひとつ、ラテン語で、宇宙古代語研究の重要性を訴えられました。

 殿下のスピーチについて、学会の出席者、帝国大学のケプラー教授は、銀河テレビの取材に対して、次のように語っています。

『殿下は、たいへん流暢(りゅうちょう)な古代ラテン語でお話しになりました。

スピーチの内容もたいへん素晴らしく、大きな感銘を受けました。・・・』 」

 銀河テレビは、白髪の老教授が目を細めて、グリューエル姫のスピーチを称賛する姿を映し出していた。

 

こうして、グリューエルは、自分の名前を知られずに街を歩くという、帝都に来て以来享受していた「静かな日々」を失った。

 

 

3 初仕事

 

 銀河帝国宇宙軍・第一艦隊旗艦・機動空母グランドマザーは、銀河系の外延部から約千光年離れた宇宙空間にタッチダウンした。

 

「目標は、補足したか?」

 艦長のミッキー・ハヤマ小将が、時空ナビを担当する航海士に聞いた。

「捕捉しました。約50万キロ先を慣性航行で飛行中です。」

 航海士が答えた。

「よし、このまま、接近する。」

 

「なにが『慣性航行で飛行中』よ。漂流しているだけでしょ。」

 ブリッジの玉座に座ったチアキが、不機嫌そうな声で言った。

「まあまあ、姫様。キゲンを直してくださいよ。

 クリスティア様から直々に頼まれたお仕事ではないですか。」

「それはそうだけど、私の第一艦隊司令官としての『初仕事』がこれじゃあね。

 私は、てっきり、初仕事として、茉莉香やグリューエルと一緒に、第一艦隊を率いてセレニティ星系に攻め込むのかと緊張していたのだけど・・・。

 結局、グリューエルからは、お呼びがかからなかったのよね~。

 もう~~、友達なのに・・・。」

「だから、姫様。・・・お友達と言っても、一緒にお買い物に行くのとは違いますよ。

 あれも軍事力の行使ですからね、必要最小限で良いのです。」

「分かっているわよ。そんなこと!」

 チアキは、一層不機嫌になった。

「それに、セレニティの件と、今回のお仕事とは、全く別の筋の話でして・・・。」

「そりゃあ、一応、別の筋の話よ。

それにしても、私の初仕事が、こんな『特大の粗大ごみ』の回収だなんて、ひどいわ。ねえ、そう思うでしょ!?」

 チアキの機嫌は、なかなか直らなかった。

 

「艦長。

まもなく、クイーン・セレンディピティが、重力波砲の射程内に入ります。」

 武器管制を担当する士官から、発射準備をもとめる進言があった。

「よし。重力波砲、発射準備。

 目標は、ランバート星系の第三惑星の指定空域。」

「航路、セット確認しました。」

「では、姫様、発射しますよ。」

「了解。」

 チアキが答えた。

「重力波砲、発射。」

ミッキー・ハヤマ艦長が言った。

 

 機動空母グランドマザーから、七色に輝く巨大な光の輪が放たれ、クイーン・セレンディピティを包んでいく。

そして、その光の輪の中で、巨船の姿は、ふっと消えてしまった。

 

 チアキの初仕事は、銀河の外を飛行しているクイーン・セレンディピティを回収して、ランバート星系まで運んでくることだった。

 そして、チアキの言う『特大の粗大ごみ』つまり、クイーン・セレンディピティのような全長27キロの巨大な船を運ぶには、機動空母グランドマザーの重力推進機関が作り出す時空トンネルが必要と考えられたので、チアキに依頼が来たのだ。

 

「それにしても、茉莉香がぶっ壊して、グリューエルが銀河の外に捨てた船を、私に拾わせて、修理して使おうなんて、姉上も何を考えているのかしら。

 そんなにこの船が欲しければ、自分で回収しに行けばいいじゃないの。」

「姫、キゲンを直してくださいよ。

 本艦も、これからランバート星系へのジャンプの為、時空トンネルへ入りますよ。

 向こうでは、クリスティア様がお待ちかねですよ。」

 ミッキー艦長が苦笑して言った。

 

 もちろん、ブリッジのスタッフは、先ほどからのチアキとミッキー艦長のやりとりを聞いて、笑いをかみ殺している。帝国軍では『コワモテ』で通るミッキー・ハヤマ将軍が、チアキ姫のご機嫌を取るために手を焼いている姿は、めったに見られない面白い光景だった。

 

「時空トンネルに入りました。

 ランバート星系へのタッチダウンは、約3時間後です。」

 船の航海士が言った。

「ああ、退屈。あと3時間もかかるの・・・。」

 チアキが言った。

 

 その時、ミッキー艦長に、一つのアイデアが浮かんだ。

「そうだ。姫様。

 私と模擬戦をしませんか。

それも、パイロット同士、一対一の空中戦、ドッグファイトというヤツですよ。」

「ええ? そんなこと、ここで出来るの?」

「姫様、初めて、この船にお乗りになった時のことを覚えていらっしゃいますか?」

「ああ、そうか。ゲームセンターね。」

「自慢しますと、私は、もと『ライトスタッフ(Right Stuff)』のメンバーですよ。

ご存じでしょうが、帝国軍士官学校パイロット科でも、教官仲間からその名に値すると認められた教官パイロットだけが『ライトスタッフ』と名乗れるのです。

当然のことですが、私は、ドッグファイトでは、教官になって以来ほとんど負け知らずですよ。」

「知ってるわよ、そんなこと。わざわざ自慢してもらわなくても・・・。」

 まだ、チアキの機嫌は直っていない。

「ですから、姫様。

私は、ライトスタッフの名に懸けて、王族でも手加減しませんよ。よろしいですよね?それとも、対戦するのをやめますか? 」

ミッキー艦長がチアキを挑発した。

「見え透いた挑発ね。でも、乗ってあげるわ。

 退屈して、ヒマを持て余していたところだから。」

 チアキの負けず嫌いに火が付いた。

 

「では、参りましょう。三時間もあれば、十分楽しめますよ。

 おい。タッチダウンが近づいたら、呼び出してくれ。」

「了解。」

「艦長! 我々も観戦させていただいてよろしいでしょうか?」

「姫様、よろしいですか。」

「もちろんよ。ギャラリーは多い方が良いわ。」

 

 二人は、「ゲームセンター」、すなわち乗組員の訓練用シミュレーターが並んだトレーニング・ルームへ向かった。

 

 

4 責任の所在

 

 セレニティ大公シムシェル5世は、朝から続いた公務を早めに切り上げて時間を作ると、例の事件 (グリューエルの誘拐事件とバルデン伯爵の死) 以来、ふさぎ込みがちなマリーナ王妃と話すために、寝室に入った。

 彼女は、ベッドで上半身を起こし、テレビの録画を見ていた。

 

「マリーナ。また、グリューエルの演説を見ているのかい。」

 セレニティ大公は、例の事件以来、急に年を取ったように感じられる妃に対して、優しく言葉をかけた。

 

「はい。何度見ても見飽きません。

見るたびに、あの子のことや、いろんなことを思い出して・・・。」

 そう言って、マリーナ妃は、目頭を押さえた。

 もちろん、妃の言う「あの子」とは、自分の生んだ実子、バルデン伯爵のことを言っている。

「そうだなあ。」

「あの子は、本当は、『薔薇の泉』から、グリューエルのような娘が現れるのを長い間待っていたのですよ。

 グリューエルが、もう二十年、せめて十年早く生まれていれば、あの子たちは仲良くできたかもしれませんねぇ。」

「それを言っても、仕方のないことさ。」

「そう思うと、運命は残酷ですねえ。

 あの子にそんな人生を歩ませたのは、私の我儘だったのでしょうか。」

「いや、あの時のセレニティ王家でなければ、何の問題もなかったよ。

 あの子は即位して、立派なセレニティ大公になっていたはずさ。」

「そうですよねえ。

それに、グリューエルも、私の気持ちをわかってくれましたものねえ。」

「あの演説で癒された人たちは、たくさんいると思うよ。

 時代は変わるのさ。」

「そうですねえ。

これからは、王家の若い女たちにとって、以前とは比べ物にならないくらい良い世の中になるのでしょうねえ。

年寄りは、いつも損をしますわ。」

「大人は、後に続く若者のために苦労するのが、世の常さ。

 そうだろう。」

「そうかもしれませんねぇ。

ところで、陛下。わざわざ寝室までおいでになったのは、私に何か御用があったからですか?」

「ああ、そうだった。

 宰相と司法大臣が、グリューエルのことで裁可を求めに、これから来るそうだ。

 それで、お前にも同席して、話を聞いていて欲しいと思ってね。」

「なぜ、大切な公務のご裁可の場に、私が同席を許されるのですか。」

「ぜひ同席してほしい。

それが必要不可欠なことだと、私は思うからだ。

あと、皇太子も同席するようにと、呼んでいる。」

「承知いたしました。

 でも、ベッドを離れるのは久しぶりなので、身支度にお時間を頂きたく存じます。」

「ああ、待っている。

 大臣たちには、紅茶を何杯もお代わりさせて、待たせておこう。」

「ウフフフ・・・。

 あなたは、お若い時にも、同じようなことをしていらっしゃいましたね。

 別の理由で・・・。」

「そうだったかなぁ。 ハハハ・・・」

 二人は久しぶりに心から笑い合った。

 

 果たして、セレニティ大公とお妃は、予定の時間よりかなり遅れて、国王執務室に現れた。

 部屋では、アブラハム皇太子、ミッテラン宰相、ラガルド司法大臣が待っていた。

「お待たせして、すみません。

 皆さんにお会いするのは、久しぶりですね。」

 マリーナ王妃が言葉をかけた。

「いえいえ、私どもも、ご心配申し上げておりました。

 陛下にあらせられましては、お元気なご様子、なによりでございます。

 国民も、安堵することでございましょう。」

 これに対して、ミッテラン宰相が、答えた。

「では、さっそく用件を聞こうか。」

 大公が、大仰なあいさつを遮って、言った。

 

「では、まず私から申し上げます。

 今から申し上げることに、ご不快の念を覚えられるかもしれませんが、何分、それが司法大臣の御役目でございますので、なにとぞ、ご理解を賜りたく存じます。」

 司法大臣の必要以上に長い前置きは、それだけ深刻な用件であることの証拠である。はるか古代ならば、それを諮った大臣は死を賜ったかもしれないものだった。

「前置きは良い。早く述べよ。」

「はい。先般の一連の事件における、グリューエル様の責任問題でございます。

 誘拐から自由の身になって以降の殿下の行動は、殿下の御意志であり、その責任を考えなければならないと存じます。

 そして、ご存じのとおり、グリューエル殿下は王族でございますから、その責任は裁判ではなく、大公様が裁かれます。

 そこで、三つの御裁可の案をもってまいりました。」

「三つも持ってきたのか・・・。心配性だなあ、大臣は。」

 セレニティ大公が言った。

「はい、一つ目は、グリューエル様の罪を認めつつ、恩赦とする案でございます。

 二つ目は、罪を認めず、不起訴とする案でございます。

 三つ目は、罪を認め、罰する案でございます。罪状は、書類に明記されております。もちろん、罪は認めつつ刑の執行を猶予することも可能でございます。

 いかがいたしましょうか? 陛下。」

 そう言ってラガルド司法大臣は、三つの書類を大公に示した。

「この問題に対する私の考えは、決まっておる。

 グリューエルの責任は、グリューエル自身が裁けばよい。

良いな。 」

 そう言って、大公は、マリーナ王妃とアブラハム皇太子の顔を見た。

「はい。あなたなら、そうおっしゃると思っておりましたわ。」

 王妃が、静かに、異議の無いことを告げた。

 アブラハム皇太子は、黙って頭を下げた。

 

 大公がグリューエルの事件に深い関わりのある二人をこの場に呼んだ意図は、二人が大公の決定に異議の無いことを、重臣たちに示すためだった。

 

「そう言うことじゃ。

 従って、このいずれの書類にも余は、署名をしない。」

 そう言って、大公は、三つの書類の表紙を取って、破り捨てた。

「御裁可、承りました。」

 ラガルド司法大臣はそう言った。

 

 「自分の責任を自分で裁く」

 

 これは、セレニティの国法では、国王及び国王に準ずる者のみに適用される規定であった。

 もちろん、「国王に準ずる者」の定義は無いが、皇太后(国王の母)や皇太子はこれに該当するというのが慣例だった。

 この決定は、それだけグリューエルが王国にとって重要人物であると、大公自身が認めたことを物語っている。

 

 

5 ドッグファイト(シミュレーター内の仮想空間)

 

 チアキは、深窓で育ったお姫様ではない。

 18歳まで宇宙海賊の娘として育った。その間、パイロットとしての才能は早くから開花していた。

 16歳で、スペース・ギィンギーの女子高校生大会・ネビュラカップに優勝した。

 17歳で、重力制御推進機関を備えた帝国軍の新型戦艦グランドクロスⅡを軽々と操縦し、新戦法タッチ・アンド・ゴーを駆使して帝国軍の第三艦隊を抑え、公爵の反乱を鎮圧した(第七章、公爵の反乱参照)。

 この戦歴により、チアキは、女子高生でありながら、帝国軍の中佐という階級にふさわしい、実戦経験済みのパイロットと認められた。また、ミッキー・ハヤマの直弟子で、パイロットとしてはSクラス相当の腕前として帝国軍内で知られることとなった。

 しかも、これらはチアキが王女であることが公表される前のことであった。 

 他方、対戦相手のミッキー・ハヤマ艦長は、かって、帝国軍士官学校パイロット科の鬼教官として活躍し、帝国軍内では彼女の腕前を知らないものはいない。

 この二人の勝負に、乗組員は興味津々だった。乗組員は、それぞれの持ち場でモニターに二人の戦闘実況を表示させる形で、二人の戦いを『観戦』している。

 彼らも、少し退屈していたのだ。

 

 二人はパイロット・スーツに着替え、トレーニング・ルームのシミュレーターに乗って、スタンバイした。

「では、いきますよ。姫様。」

「ご遠慮なく。『恩返し』をご覧にいれますわ、教官サマ。」

「では、レディ、ゴー!」

 

 シミュレーター内の仮想空間では、最初に10万キロ離れていた二人の操縦する戦闘機が、全速力で接近していく。

 この時代では慣性中立化技術が完成しているので、戦闘機の猛烈な加速度による負荷からパイロットは保護される。

 したがって、戦闘機のシミュレーターは操縦者に加速度の負荷をかけない設定になっており、パイロットの身体能力の差は勝負に影響がない。また、シミュレーター上のドッグファイトでは、機体の性能の差もないので、パイロットの操縦技術や戦術の判断が勝敗の分かれ目になっている。

 

「フフフ・・・。姫様、いつまで我慢できますか?」

「うう・・・・、いつまで全速力の接近を続けるつもりかしら。

・・・これじゃ、チキンレースよ。」

 レーダーで、急速に接近する相手の戦闘機の機影を見ながら、チアキがつぶやいた。

「ウイン、ウイン、ウイン」

二人の戦闘機のレーダーシステムから、衝突を警告する警報が鳴った。

「ビー、ビー、ビー!」

 警報音は、さらにレベルアップした。

「ここで衝突をさけるために反転すれば、そこを狙い撃ちするつもりね。

 私の度胸を試しているのかしら。

でも、私は負けない。」

「フフフ・・・姫様。ここまで接近しても怯(ひる)まないとは、さすがですね。」

「至近距離から、撃ってくるかもしれないから、こちらも警戒して・・・。」

 チアキは、再接近に備えた。

 とはいっても、実際に至近距離から撃ちあうことは少ない。

 照準も定めにくく、なによりも至近距離から撃ちあえば、両機は相打ちで自滅になるからである。また、先に相手を撃墜しても、破損した相手の機体に衝突する危険もある。

 

 そして二機は、きわめて至近距離ですれ違った。

 

 宇宙空間での戦闘機のニアミスは、大気の影響がないため、交差する戦闘機に特別な衝撃は発生しない。もちろん実際に衝突すれば両機は大破するが。

 

「フー。

 無事にすれ違ったけど、ミッキーの戦闘機は反転する様子もなく、後方に遠ざかっていくわ。でも、ドッグファイトの勝負と言っていたのだから、一撃離脱の戦法でもないでしょう。

 変ねぇ。」

 そうつぶやいたチアキは、レーダーの警告音に驚いた。

 

「ビービービー!」

「ええ!? 前方からミサイルが来るって? 誰が撃ったの?

 ミッキーの戦闘機は後方を飛行中のはずでしょ?」

 

 実は、このミサイルは、ハヤマ艦長が最接近前に戦闘機から放ったものである。しかも、ミサイルは、いったんハヤマ艦長の乗った戦闘機に追い越されたのちに、敵を探知してからエンジンが再点火するように、仕組まれている。

 驚きながらも、チアキは、迎撃ミサイルを発射して、敵のミサイルの照準をそちらに誘導し、同時に機体を反転させて、ミサイルの直撃を避けようとした。さらに、機体からチャフを放出して、追跡してくるミサイルのレーダーをかく乱した。

 

「ピンポン、ピンポン」

 シミュレーターの勝負は、ポイント制である。ミサイルが発射され、チアキの機体を追いかけたことで、ハヤマ将軍にポイントが付いたことを知らせる音が鳴った。ハヤマ艦長がワンポイント、リードした。

 

「フー。

 大半のミサイルはかわしたけど、まだミサイルが一機、追ってくるわ。

 直ちに、もう一度、反転とチャフの放出を・・・・。」

「フフフ、姫様。なかなか手際が良いですね。

 でも、ドッグファイトの醍醐味は、敵機の撃墜です。獲得ポイント数で勝利の判定を得るなんて、ライトスタッフの沽券(こけん)に係わりますからね。

 勝負は、これからですよ。」

 

 チアキがミサイルをかわしている間に、ハヤマ艦長の乗る戦闘機は反転して、チアキの乗る戦闘機に近づいていた。

「ああ、ミッキーの戦闘機が接近してきている。

 このままでは、後ろを取られる・・・。」

 

 ドッグファイトで、「後ろを取られる」つまり、敵の戦闘機に後ろから追いかけられる展開になることは、最も不利な形勢になることだ。当然、獲得ポイントは3ポイントと、多い。

 チアキは、宙返りして、さらに機体を横滑りさせ、ハヤマ艦長の戦闘機の接近をかわそうとした。

 しかし、ハヤマ艦長の戦闘機は、チアキの乗った戦闘機の進行方向を、先読みしているかのように、ぴたりとチアキの戦闘機の後ろに付いて、追いかけ始めた。

 

「ピンポン、ピンポン」

 ハヤマ艦長側にポイントが付いたことを知らせるチャイムが鳴った。ハヤマ艦長が、チアキの後ろをとったころで、更に3ポイント、計4ポイント、リードした。

 もちろん、普通のパイロットならここでハヤマ艦長に撃墜されている。

 しかし、チアキは、ハヤ艦長にビーム砲の狙いをつけられないように、激しく機体を揺らして、逃げ続けた。

 

『ううう・・・まずい展開よね。このままでは、撃墜される・・・。

 でも、撃墜されるのは、絶対に、イヤ!

 もう、どんな手でも使って、この場を逃れないと・・・・。』

 

 チアキは、ハヤマ艦長の追撃を必死で交わしながら、考えた。

 

『そうだ。あの手があった。

 オヤジに教わった海賊戦法だけど、多少文句言われても、負けるよりはマシよねえ~。

 フフフ・・・。』

 チアキは、反撃に出た。

 

「さっき、教官殿は、ほとんど負けたことがないと自慢されていましたが、一度や二度は、負けたことはあるのですね。」

「なんですか、姫様。訓練中に、いきなり御質問ですか?」

「良いから、答えてください。」

「そりゃ、負けたことはありますよ。

 ライトスタッフの教官たちには、私より腕の立つヤツがいましたからね。」

「へ~。

 では、その黒星の中には、ドッグファイト中に、『この勝負に勝ったら、俺と結婚してくれ』と言われて、ワザと負けたのもあるのでしょうかねえ?

 好みのオトコだったのでしょ、その人。」

「そ、そ、そんなこと、絶対、ありません。」

 一瞬、ハヤマ艦長の心が動揺したのが感じられた。

 

 その一瞬のスキをついて、チアキは素早く機体を宙返りさせて、ハヤマ艦長の戦闘機の後ろをとった。

「ピンポン、ピンポン」

 チアキ側にポイントが付いたことを知らせるチャイムが鳴った。チアキに3ポイントが入り、勝負は、3対4の僅差になった。

 

『ううう・・・。姫様、やりますね。

 では、私も・・・・。』

 口には出さずに、心の中で報復を誓ったハヤマ艦長は、戦闘機を操縦する手を休めずに、チアキに対して言った。

 

「そう言えば、姫様。

 先日、グロリア姫様がマスコミのインタビューに答えて、

『私は殿方とお付き合いしたこともなく、恋愛の経験はまったくありません。』と言って、顔を真っ赤にして恥ずかしがっていましたが、本当でしょうかねえ。」

「そんなワケないでしょう。

 そう言う発言やしぐさ自体が、『カマトト』というあの人の芸(アート)よ。

 バカな男は、彼女の『純情無垢』の演技にコロッと騙されるけどね・・・。」

 (第十一章「銀河聖王家の魔女」参照)

 チアキも、戦闘機を操縦する手を休めずに、辛口の批評を述べた。

「そうでしょうねえ。

 では、御経験があるとして、そのお相手は、誰でしょうねえ?

 元婚約者のエドワードさまでしょうかねえ?」

 

「そ、そ・・・そんなわけないでしょ・・・。」

 

 狙い通り、一瞬、チアキの心が大きく動揺した。

 ハヤマ艦長は、「御経験」という、曖昧な言葉をわざと使ってチアキの誤解を誘い、動揺させたのだ。彼女は心理攻撃も心得ていた。

 

 そして、今度は、そのスキをついて、ハヤマ艦長が同じように機体を宙返りさせて、チアキの後ろを取った。

 ポイントが付いたことを知らせるチャイムが鳴っている。

 

『ううう・・・。

 ミッキー、よくも落とし穴にはめてくれたわね。

 この借りは、倍にしてお返しするわよ~~~。』

 チアキは、少し怒った。

 

 このような仁義なき「女の戦い」は果てしなく続くと思われたが、意外なところから、「タオル」が投げられた。

 

「姫様、そろそろ、お召し替えの時間です。訓練を終了してください。

 ランバート星系へのタッチダウンまで、あと一時間ですよ。」

 チアキ姫付きの筆頭女官の声が、直接、ヘルメットのヘッドフォンに響いてきた。

 

「まだ、一時間もあるじゃないの・・・。」

 チアキが不服そうに言った。

「コホン。」

 年配の女官は、咳払いを一つして、言った。

「淑女にふさわしい姿への御召し替えには、相応のお時間が必要です。

 それに、歓迎行事も予定されております。

 まさか、その、汗まみれのパイロット・スーツのままで、お出ましになるおつもりじゃないでしょうね。」

「そうね。このままでもいいかしら。」

 チアキは少しすねている。負けたままでは終わりたくないのだ。

 

「コホン。姫様。

 向こうでは、クリスティア様と交際相手のアーサーさま、銀河経済界の有力者、ローズ福祉財団の幹部たち、それに大勢の子供たちが、姫様をお待ちになっておりますよ。

 みなさんは、姫様が、公式写真から抜け出てきたような、麗しい御姿で御登場されることを期待していますよ。

 特に、財界人には、エドワード様のご友人方も大勢いらっしゃいますからね。」

 

 筆頭女官は、チアキのウイークポイントを突いて、トドメをさした。

 白鳳女学院の卒業式での「お召し替え」事件以来、女官たちはチアキのウイークポイントを承知しているからだ。(第二十七章「卒業」参照)

 

「ううう・・・・。仕方ないわねえ。

 ミッキー。この勝負、お預けよ。」

 負けず嫌いのチアキが、まだ未練を残しながら、そう言った。

「承知いたしました。」

 

 この訓練以来、帝国軍内では、チアキ姫とハヤマ艦長は極めて親しい間柄となり、姫もワガママを言って艦長を困らせなくなったと言われている。

 

 

6 「あの子」の望み

 

 セレニティ王国の国王執務室では、大公、大公妃、皇太子、宰相、司法大臣の会議が続いていた。

「では、続きまして、私からでございます。」

 ミッテラン宰相が、まったく何事も無かったような平静な表情で、話し始めた。

 

「先日、銀河聖王家より使者が参りまして、女王陛下からの申し出を伝えて参りました。

 女王陛下は、グリューエル殿下を、銀河聖王家の白薔薇家の養女にしたいとお考えになっておられます。」

「まあ、養女ですって・・・。きっと、婚約のお話かと思っておりましたわ。」

 マリーナ王妃は、声を上げた。

「私も、白薔薇家のアレキサンダー殿下とのご婚約のお話かと予想しておりましたら、使者がそのように申しました。

 使者は、『理由は、グリューエル様をお守りし、静かにお過ごしいただくため。』と、申しておりました。」

 ミッテラン宰相が答えた。

「まあ、グリューエルは大学生と言っても、まだ十六歳だからなあ。

 結婚までの間、白薔薇家の養女として安全かつ静かに過ごすと言う意味も、確かにあるだろう。

 しかし、養女となれば、グリューエルは、直ちに銀河聖王家の王族になるわけだ。

 この意味は重いぞ。」

 セレニティ大公は言った。

「陛下。私からお願いがあります。

 グリューエルが白薔薇家の養女になっても、セレニティの王位継承権を保持するようにして頂きたいのです。」

 グリューエルの父である、アブラハム皇太子が言った。

「なぜだね。あなたの考えを聞こう。」

「国民が、グリューエルを求めているからです。

 先日のグリューエルの演説は、多くの国民を感動させました。

 だから、国民は、これからもずっと、グリューエルがセレニティのために尽くしてくれるものと、期待しているからです。」

「なるほど。もしグリューエルが王位継承権を失うとしたら・・・。」

「ですから、もしもグリューエルが銀河聖王家の養女となることにより王位継承権を失い、セレニティ王家から出てしまうと、国民は見捨てられたと感じるでしょう。

 王家への反感も芽生えるかもしれません。」

「私としては、国民の気持ちよりも、あなたの気持ちを聞かせてほしいのだが・・・。」

「私としても、グリューエルには、何処に居ても、いつまでもセレニティのことを気にかけていてほしいのです。

 だから、グリューエルの王位継承権は、残してほしいのです。」

「では、グリューエルは、セレニティの王位に就くことを望んでいるのかな?」

「今は、望んでいないでしょう。」

「それは、彼女に確かめたのかね。」

「いいえ。

 でも、軍からの情報では、クイーン・セレンディピティをめぐる戦いの際に、グリューエルは、女王から銀河帝国宇宙軍全軍の指揮権もゆだねられていたそうです。そして、銀河帝国宇宙軍の第一艦隊は、セレニティ星系へ侵攻して占領する準備を整えていたそうです。

 ですから、グリューエルが、たとえ軍事力を行使してでも、今すぐに王位に就くことを望んでいれば、迷わず出撃命令を出していたでしょう。

 でも、グリューエルはそれを命令しませんでした。

 この経緯をきくと、グリューエルは、今は、王位に就くことを望んでいないと思います。」

「そうか。

 では、マリーナは、グリューエルの王位継承権について、どう思うかな。」

「私も、アブラハム(皇太子)と同じ気持ちです。

 あの演説は素晴らしかったです。グリューエルは私の気持ちもわかってくれました。

 私も、グリューエルはこれからもずっと、ずっと、セレニティのために尽くしてくれると信じています。

 グリューエルが、セレニティの新しい時代を拓いてくれると信じています。」

 マリーナ大公妃は答えた。

「私も同じ気持ちだよ。マリーナ。」

 セレニティ大公は、そう言って、微笑んだ。

「では、決まりだな。

 養子縁組の話は、了解する。

 銀河帝国には、グリューエルの王位継承権を保持したままで養子縁組ができることを条件とするよう、申し伝えよ。」

 セレニティ大公は、ミッテラン宰相に命じた。

 

 こうして、グリューエルの王位継承権という最もデリケートな問題は、セレニティ側の 自主的な決定により、銀河帝国の干渉を受けない形で決着した。

グリューエルには、セレニティの王への道が残された。

 

 宰相と司法大臣が退席した後に、大公、大公妃、皇太子の三人が、執務室に残った。

新しい紅茶が三人に出され、女官が退席したのを見計らって、マリーナ大公妃は、口を開いた。

「アブラハム。

 何度も同じことを言うようですが、私の気持ちを聞いてください。

 今も、私は、グリューエルが、もう二十年、せめて十年早く生まれていればと残念でなりません。

 そうなれば、きっと、あの子たち(バルデン伯爵とグリューエル)は仲良くできたでしょう。そうなれば、グリューエルを銀河聖王家に取られてしまうことも無かったでしょう。

 だから、あの子は、帝都まで、グリューエルを取り返しに行ったのですよ。きっと。

 だって、あの子は、本当は、『薔薇の泉』からグリューエルのような娘が現れるのを長い間、待っていたのですから。」

「マリーナ・・・・それを言うのは・・・。」

 大公は、優しい声で、大公妃の名前を呼んだ。

「いいえ。言わせてください。

 あの子(バルデン伯爵)は、優しい子でした。

 だから、あの子がグリューエルを『薔薇の泉の花嫁』にした場合でも、かっての花嫁たちのような、ひどい扱いはしなかったと、私は信じています。」

「母上様。

 あの方は、かって、王家の者たちが『薔薇の泉の花嫁』が『聖母』として王宮に君臨するのを恐れて、彼女たちを幽閉したり事故に見せかけて暗殺したりした歴史を決して繰り返さなかっただろうとおっしゃるのですか?」

「そうです。私はそう信じています。

 だから、あの子は、王家の娘を、それもグリューエルのように女王となるべき資質の持ち主を、『薔薇の泉の花嫁』として選んだのです。」

「そうなのですか・・・。」

 アブラハム皇太子は、聞き役に徹することにした。

「そうです。

 『薔薇の泉』を再建した後、あの子は、グリューエルの後ろ盾となって、彼女を国政の中心へと押し出して行ったでしょう。

 グリューエルが王になれば、宰相として補佐したでしょう。

 彼女が望めば、パートナーになったでしょう。

 そして、彼女が、あの子の子供を産めば、その時、名実ともに薔薇の泉は終わるはずでしょう。

 私は、それがあの子の望みだったと信じています。」

「心中、お察しいたします。」

 アブラハム皇太子は、子に先立たれた母親の気持ちを思い、深く頭を下げた。

 もちろん、マリーナ妃が信じていることは、反面では、バルデン伯爵による王家への復讐の意味も込められているなどとは、言わなかった。

 

 

7 妹からはじめます

 

 セレニティ王家からの返答があって、一週間ほど経過したある日、マスコミは、銀河聖王家の慶事を一斉に伝えた。

 銀河テレビでは、夜の7時、ゴールデンタイムのニュースで、男性のアナウンサーが、満面に笑みを浮かべて、ニュースを読み上げた。

「こんばんは。銀河テレビの、七時のニュースです。

 まず、最初は、この喜ばしいニュースからです。

 本日、銀河聖王家は、セレニティ王国のグリューエル・セレニティ正統皇女殿下を、白薔薇家の養女としたことを、公表しました。

 それでは、本日、宮殿の聖王宮で行われた記者会見の様子をご覧ください。

なお、記者会見には、グリューエル殿下が未成年であるため、兄君のアレクサンダー殿下が同席されておられます。」

 テレビは、壮麗な宮殿の広間で行われた記者会見の様子を放送した。

 

 

「それでは、各社を代表して、私、銀河テレビのスージー・ウォーターメロンが、殿下にご質問いたします。

 殿下。本日は、おめでとうございます。

 まず、今日の日を迎えられた、ご感想をお聞かせください。」

「ありがとうございます。

 今日の良き日に、銀河の中でも、最も歴史と伝統ある銀河聖王家の一員に加えて頂いたことを、光栄に存じます。

 これから、微力ながら、銀河聖王家の一員として、国民の皆様の期待に応えて参りたいと存じます。

 ・・・・・・」

 

 会見での質問自体は、予め聖王家の広報室とマスコミ各社の代表記者が打合せて作成したものである。だから、マスコミ各社も、その回答の内容よりも、グリューエルがどんな姫様かそのお姿を見たいという国民の期待に応えることに関心がある。

 グリューエルは、その期待通り、有名な美人キャスターからの質問に対して、優雅な立ち振る舞いと美しく上品な銀河標準語で答え続けた。

テレビ画面は、彼女の輝く笑顔を写し続けている。

 そうして、なごやかにインタビューが進んでいく。

 

「それでは次の質問に移ります。

 殿下におかれましては、セレニティの王位継承権を保持したまま、白薔薇家の養女とな られると伺っておりますが、そのことにつきまして、殿下のお気持ちをお聞かせくださ い。」

「はい。

 セレニティは、私の生まれ育った故郷(ふるさと)です

 私は、これからも、何処に居ても、何をしていても、片時も、故郷のことを忘れませ  ん。

 大公様は、こういう私の気持ちを理解して下さり、王位継承権についてご配慮して頂いたのだと思っております。

 私は、いつまでも故郷(ふるさと)のことは忘れません。これからも、私は銀河聖王家の一員としての私の役割をはたしつつ、故郷のためにも尽くしたいと思っております。」

 

 グリューエルはそう言って、テレビカメラに向けて強い意志を込めた表情をした。テレビを通じて、自分の思いを故郷セレニティの人々に伝えようという表情だった。

 実際、この映像を見たセレニティ国民は、グリューエルの熱意に期待した。

 そして、「グリューエルが次期国王に内定」という銀河テレビの報道はやっぱり正しい、いや、そうあって欲しいと感じた国民が少なくなかったという。

 

 故郷への思いを語ったあと、彼女は、隣で自分を見守っているアレクサンドル殿下の方を見た。

 二人の目が合い、グリューエルとアレクサンドル殿下は、笑みを交わしあっている。

そして、グリューエルは、顔を赤くし、目を伏せた。

 

 テレビカメラはその一瞬を見逃さなかった。むしろ、待ちに待った瞬間だった。

 そして、テレビは、グリューエルとアレクサンドルの二人が、王族の持つ光のオーラに包まれて,仲良く並んでいる姿を映し出した。

 それは、二人の未来を想像させる映像だった。テレビを見た国民は、グリューエルを養女にした銀河聖王家の意図を理解した。

 

 

「うん、うん・・・・。

 二人は、やっぱりお似合いだねえ、チアキちゃん。」

 茉莉香は、チアキの部屋で記者会見の様子を伝えるテレビを見ながら、そう言った。茉莉香は、大学の帰りにチアキに連れられて王宮に来たのだった。

「そりゃそうだけど。

 でも、茉莉香、アンタ、本当にそれでよかったの?」

 いつものように、チアキが言った。

 チアキは、まだ茉莉香に王族となって自分のそばにずっと居てほしいと願っているからだ。

「チアキちゃん、このごろ、同じ話を何度も、何度も言うけど、ちょっとしつこくない?

 私、ちゃんと意味、わかってるよ。」

「何、言ってるの、茉莉香は・・・・もう。

私は、あなたのことを心配して言ってあげているのよ。」

「だから、それがしつこいと言うか・・・。」

 二人は、また、タメ口で仲のいい掛け合いを始めた。

 

 

 会見を終えて退出したグリューエルとアレックスは、王宮の廊下を並んで歩いていた。

「これから、どうなされますか?」

 アレックスが聞いた。

「はい。チアキ様のところへごあいさつに伺おうかと思います。

 今日は大学に行かれていて、まだお会いいたしておりませんので。

 それに、茉莉香さんもお見えになっていると伺っていますし。」

「今日は、あなたは、大学をお休みされたのですね。」

「はい。朝からいろいろと準備がございましたので。」

「では、私もご一緒してよろしいですか。」

「はい。」

 

 そう言っているうちに、グリューエル達はチアキの部屋の前に着いた。

 これから茉莉香に会うと思うと、グリューエルは少し緊張した。

 そして、彼女はこう思った。

 

『茉莉香さん。私は、妹からはじめますわ。』

 

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