宇宙海賊キャプテン茉莉香 -銀河帝国編-   作:gonzakato

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 宇宙海賊キャプテン茉莉香=セレニティ編=は、これにて完結です。
 ミニスカ宇宙海賊の新刊も出たことですし、アニメ第二期を期待しつつ、筆を置くことにします。
 大勢の皆さんに読んでいただいて、ありがとうございました。 


第四十七章 千年の王国 その2

 

 

8 セレニティ王家の誇り

 

 セレニティ王宮では、コルベール首相が大公陛下に国政の方針を奏上していた。

「御承知の通り、グリューエル殿下の論文発表は、大変な反響を呼んでおります。

 そのため、銀河系の主要星間国家は、どこも、『裏宇宙』の開発計画を検討し始めました。わが国も遅れをとってはならないと存じますので、裏宇宙の開発計画を早急に作成する方針でございます。」

「うむ~。よきにはからえ。」

「はは~。仰せのままに。」

「ところで、卿がそう申すからには、銀河帝国との関係は問題ないのだろうな。」

「はい、銀河帝国は、直轄領として自ら開発すべき一部の区域を除いて、各星間国家による『裏宇宙』の開発を歓迎する方針と聞いております。

従いまして、各星間国家との自治条約の改定(対象地域の拡大)も応ずる方針であると聞いております。その際には、開発希望が重複した区域の調整もすると聞いております。

なお、極秘情報でございますが、『裏宇宙』の開発に関しましては、青薔薇家(銀河聖王家の嫡流)のクリスティア第一王女殿下が直々に御担当なさる予定と伺っております。殿下は御出産のため公務を休んでおられますが、復帰次第、陣頭指揮を執られるご意向とか・・・。」

「なるほど、銀河帝国は準備万端、怠りないという訳か。

 グリューエルの論文発表もその一環であろうなあ・・・。」

 セレニティ大公が、つぶやいた。

 

「つきましては、大公陛下にお願いしたい儀がございます。」

「申して見よ。」

「はい。わがセレニティ王国の歴史を顧(かえり)みますと、『奇跡の七つ星(ななつぼし)』の開発において、歴代の大公様及び王族の皆様方の果された御業(みわざ)は他の星系に類を見ず、例(たと)えようもないほど大きなものと承知しております。

 つきましては、今後の宇宙開発においても、お力添えをいただきたくお願い申し上げます。」

「卿の願いとは、端的に言うと、王族がそれぞれの開発惑星に赴くということか?」

「はい。さようでございます。

 これからは未来志向です。過去のこと、例えば聖地回復運動など、これまでの千年の歴史に囚(とら)われている時ではございません。

セレニティ王国の『次の千年』のために、ぜひとも、王家の皆様方のお力添えをいただきたく存じます。

さすれば、各開発惑星が、本セレニティ王国と連帯感、一体感を持ちながら発展を続けることができると存じ上げます。」

 

セレニティの王族が、セレニティ星系の『奇跡の七つ星(ななつぼし)』の開発を陣頭指揮して成功に導いたことは、王家の誇りである。

そして、民主政治を担う政治家であるコルベール首相は、王家の誇りと目先の利益を巧妙に結びつけ、裏宇宙の開発に参入しようとしていた。

彼は、もはや『聖地回復運動』には関心を失っていた。民主主義の政治家である彼は、確固とした信念がないだけに、世論の変化に応じて、風見鶏のように向きを変えるからだ。それは彼の長所でもあった。

 

「ふ~む、興味深い話ではあるが・・・。

 卿のことであるから、既に王族を派遣する開発惑星の候補リストがあるのであろう・・・。」

「いえ、裏宇宙に関してはまだございませんが、先に公表しましたセレニティ星系周辺の宇宙開発計画については、候補リストがございます。」

「少し、考えて見よう。後で必要な書類を届けるように・・・。」

「はは~。」

 そう言って首相は大公の元を退出した。

 

 翌週、大公は、王族の主なメンバーを王宮に招集した。出席者は、大公、大公妃、皇太子、皇太子妃、皇長孫の王子(皇太子の息子・独身)の五名だった。

 挨拶と、お互いの近況を報告する会話が続いた後、大公が言った。

 

「皆に集まってもらったのは、セレニティの未来を決める重要な話について、意見を聞きたいからだ。

 先日、首相から、国政の方針についてひとつの内奏があった。

 首相は、現在検討中の宇宙開発計画の実施や、最近話題になっている銀河系の『裏宇宙』の開発に当たって、国民の陣頭に立ってその士気を鼓舞するため、それぞれの開発惑星に王族が赴任することを願っておる。

 『奇跡の七つ星』開発の故事に習い、セレニティ王国の『次の千年』のために王族の力がぜひとも必要だと首相は考えておる。」

「『次の千年』というのは、今回の宇宙開発計画が、われらの祖先の『大航海』、すなわち千年前のセレニティ星系への移民に匹敵する重要なことだと、首相は考えているのですね。」

 アブラハム皇太子が言った。

「そうだ。その規模からみても、成功すれば、我が王国は広大な星間国家へと発展することは間違いがないだろう。

 そこで皆の意見を聞きたいのだ。」

 

「・・・・」

 あまりにも壮大な話に、出席者の沈黙が続いた。

 

 そして沈黙を破って、アダムス王子(皇長孫:皇太子の息子)が言った。

「大公様、ぜひ、私を派遣してください。私の心からのお願いでございます。

 父上様、お許しください。」

「アダムス、何をいうのだ。

 お前は、王位継承順位第二位ではないか。父の次の大公はお前ではないか。

 王位継承権を捨てる気か?

 この星を離れ開発惑星に赴くことで、自動的に王位継承権を失うことは、おまえも知っておろう。」

 大公は、少し驚いて言った。

「他の王族はともかく、お前だけは自制すべきではないか。

それが大公の位を継ぐべき、お前の定めではないか。」

アブラハム皇太子も、息子をいさめた。

「私は、王位継承権などにこだわっておりません。開拓惑星に骨をうずめる覚悟で参ります。」

「しかし・・・」

 大公は言いよどんだ。そのスキにアダムス王子が話し出した。

「聞いてください。

私は、これから先、どのように自分の身を処したらよいか、密かに思い悩んできたのです。

・・・自分は、セレニティ王家にとって『ジャマモノ』ではないのかと悩んできたのです。」

「なんということを言うのか。自分のことを『ジャマモノ』だなどと。」

「いいえ。私はそう思っています。

なぜなら、王位には、私よりもふさわしい方がいるからです。あの方こそ、セレニティ王朝が待ち望んだ『千年の夢』ではないのですか。

そして、王族の王位継承順位から見ると、私が存在するために、あの方が王位につくことを妨げているのではないかと思っていました。」

「アダムス。めったなことを口にしてはいけない。」

 父のアブラハム皇太子がいさめた。

「いいえ。お父様、聞いてください。

私は、王位継承権が第二位と高いゆえに自分の一存で出処進退が決められず、この悩みに対する答えが見出せぬままに鬱屈した日々をすごしてきました。

 しかし、今の大公様のお話を聞いて、私の目の前に道が開けたと感じました。

もちろん、それはあの方が私の進むべき道を照らしてくれたからです。

薔薇の泉の廃止に続いて、今回の裏宇宙の開発。

あの方は、やはり、セレニティ王朝の王族を導く『サルバトーレ・ムンディ』(救世主)です。」

「それらをすべて、グリューエルの功績というのは、過大評価であろう。」

 大公が、穏やかな口調で反論した。

「大公様、父上様、どうか、私を開発惑星に派遣してください。」

 アダムス王子は、自分の思いを一気に吐き出して、訴えた。

 

「・・・・・」

「・・・・・」

 長い沈黙が支配した。

 

「ウフフフ・・・・」

 その沈黙を破って、マリーナ大公妃が、忍び笑いをもらした。

「陛下も、アブラハム(皇太子)も、うそがお上手ではありませんねえ・・・。

 ねえ、ジョセフィーヌ。」

 そう言って、大公妃は、ジョセフィーヌ皇太子妃に発言を促した。

「そうですわ。お二人とも、アダムス(王子)よりも、ご自分の方が『先に行きたい』というお顔をしていらっしゃいますわ。」

「そうでしょう。昔から、王家の男たちは、『国民の先頭に立つ』とかなんとか、格好のイイ事を言って、危ないことをするが大好きでしたからねえ。ウフフフ・・・」

 大公妃は、微笑んだ。

 

「・・・・・」

「・・・・・」

 二人の女性の皮肉たっぷりの言葉に、大公と皇太子は沈黙せざるを得なかった。

 

 翌日から、セレニティ大公と皇太子は、ひそかに王族の意向確認を始めた。

首相は、王室が動きだしたという情報を聞いて、喜んだ。

「かかったな。王室を釣り上げたぞ。

 これで開発ブームを起こせるぞ。

王室の協力により、宇宙開発が、国の総力をあげる『クラウン・カンパニー』によって行われるのだ。国民の支持も集めやすくなるだろう。」

 

 

9 千年の大計

 

「これが、いわゆる裏宇宙における帝国領土の線引き原案か。」

 銀河帝国のアン女王は、リシュリュー宰相が立体モニターに投影した図を見ながら、尋ねた。

「はい。さようでございます。

 要点は、二つございます。

ひとつは、クリスティア様の遷都構想を実現し、将来の帝国本土となるにふさわしい領域を確保すること。

もうひとつは、それ以外の領域におきましても、時空トンネルの補給基地となる星域、さらに国防上の要衝や帝国軍の演習区域など、必要な地域を追加したしました。」

 宰相が答えた。

「これを公表すれば、各自治国家は驚くであろうなぁ。

 帝国が一方的に広大な領土の確保を狙っていると思うであろう。」

「御指摘のように、彼らは、内心、そういう印象を抱くかもしれません。」

「裏宇宙では、もともと、帝国軍の演習宙域が広大なエリアを確保していたとはいえ、それはあくまで不毛の辺境地域と扱われていた時代の話だからなぁ。」

「はい。

御存知のように、現在の帝国領と自治国家の領土は、複雑に入り組んだものとなっております。これは、現在の帝国領が、過去の戦争や宇宙植民の経緯など歴史的経緯や帝国の穏健な領土政策が積み重なって形成されてきたためでございます。

このため、実際に、帝国が直轄支配する領土は、意外に小さく見えております。

こういう現状を自治国家の既得権と考えれば、彼らは、裏宇宙の空間も大半は自分たちに配分されるべきものと考えるでしょう。」

「そうであろうなぁ。」

「はい。

しかし、今後の計画開発では今までの様には参りません。

これは、銀河帝国千年の『大計』でございますから。」

「うむ。そこは押し切るしかないなぁ。」

「はい。

そのことと関連いたしますが、

グリューエル様から、セレニティ王国も裏宇宙の開発に参加したいので、開発惑星の候補地について、帝国と極秘の調整をさせたいとのお話が寄せられております。」

「その話は、名誉大使(セレニティ王国に大使として赴任している銀河聖王家の王族)からも聞いている。

セレニティの王族たちが、国民の先頭に立って、裏宇宙の開発惑星に赴く意向だそうだ。

とすれば、王族の人事のため、早めに開発惑星の選定と帝国との調整をすませたいのであろう。

できるだけ便宜を図ってやってくれ。」

「はい。

それにしても、この調子では、裏宇宙の開発レースは、まず帝国とセレニティ王国の独走で始まることになりそうでございますなぁ。

他の自治国家は、帝国の出方を見極めてから検討を始める方針ですから・・・。」

「そうだなあ。それに、この話は、グリューエルの初仕事となるだろう。

もちろん、セレニティ王国にとっても『千年の大計』であろう。

・・・・

 それにしても、『帝都移転』とは。

クリスティアは、面白いライフワークを見つけたなぁ。フフフ・・・。

 それで、帝都の移転候補は決めたのか?」

「まだ、決めておりませんが、例のサンタマリア星が有力でございます。」

「決め手は、銀河のネックレスかぁ。チアキが見つけた、あの星空だな。」

 (宇宙海賊キャプテン茉莉香-銀河帝国編・エピローグ1「銀河聖王家の伝説」及び第三十六章「名も無い星」参照)

「はい。それも、ひとつの理由でございます。

クリスティア様も、実際にご覧になって気に入られたようでございます。」

「もうひとつの理由は、あれか。ブラックマターの『神殿』・・・。」

「はい。詳細は、軍のほうで極秘に調査中でございますが・・・。」

 

 

「陛下、そろそろお時間でございます。」

 宰相の報告が一段落したタイミングで、女官長が促した。

「そうか、アンドロメダ銀河航路調査隊の出発式の時間だな。

 私も、自分のライフワークを着々と進めることにするか。

茉莉香も張り切っているからな。フフフ~♪。」

 女王は、上機嫌で「星の大広間」に向かった。

 

 アン女王が宮殿の「星の大広間」に入場した。

 すでに、チアキ銀河帝国軍第一艦隊司令官、ヤマシタ参謀総長など軍首脳が整列していた。

 一方、アンドロメダ銀河航路調査隊は、隊長である弁天丸船長加藤茉莉香を含め10人の船長が並んでいた。そのほかに補給支援艦の船長5人が並んでいた。

 調査隊の10人の船長のうち、加藤茉莉香を含む6人は宇宙海賊船の船長、4人は帝国軍の航路調査測量船の船長だった。

航路調査は、本来帝国軍の役割であるが、今回は未踏の宇宙に関する調査のため、経験豊富な民間船(海賊船)の力を活用するという異例の人選だった。

 

 出発式は、簡素だった。

整列した15人の船長が女王に紹介された後、女王陛下から出動命令が下された。

これを受けて、調査隊を代表して弁天丸船長加藤茉莉香が、決意表明を行った。

「私たち航路調査隊は、陛下の命によりアンドロメダ銀河へ続く宇宙(うみ)の道を拓く航海に出発いたします。

 必ずや、陛下の下に、吉報をお届けすることをお誓い申し上げます。」

「うむ。アンドロメダ銀河への大遠征は我がライフワークとして、必ず実現したい。

茉莉香、頼んだぞ。良い成果を期待している。」

茉莉香の宣誓に対して、女王がお言葉を述べた。

公式行事にもかかわらず、女王は、弁天丸船長加藤茉莉香を「茉莉香」と名前で呼んだ。それは、茉莉香と弁天丸がそれほどの信頼を築いてきた証拠であった。

 

出発式を終えて、廊下に出た茉莉香に、一人の海賊船の船長が話しかけてきた。宇宙海賊船ブルックリン号のダークマン船長だ。

「よう。加藤船長。お前さんは、本当に想像もつかない、面白い事をやらかすなぁ。」

 そう言いながら、船長はとても上機嫌だった。

「オレッチも、何か頼みがあれば聞いてやるとお前さんに言ってはいたが・・・

まさかこの俺が女王陛下の前に出る仕事を頼まれるとは思ってもみなかったぜ。

 おかげで、ほら。

今日の出発式のために船長服を新調しちまったぜ。ハハハ・・・」

 ダークマン船長は、辺境宇宙を縄張りにしている悪名高い宇宙海賊である。もちろん、このような評判の悪い宇宙海賊を女王陛下から依頼された仕事に抜擢するという、この人事は『使える者(もの)は、悪人でも使う』という茉莉香の考えからだった。

「ナハハハ・・・。

 それより、私のお願い、よろしくお願いしますよね。」

 茉莉香は、微笑んだ。

「おう、任せとけ。

 アンドロメダ予定航路上にあるヒガン星団に行くまでの間に、わざわざ海図の無いダークマターの宇宙(うみ)を飛んで、船団の連中に海図のない宇宙を飛ぶ訓練をするってえ、お前さんの考え、俺も賛成だぜ。

 オレッチが、やつら若造をたっぷりしごいてやるさぁ~。

 なにせ、『はずれの宇宙(うみ)は、俺の宇宙(うみ)』だからなぁ。」

 ダークマン船長は、自ら『はずれの宇宙(うみ)』と呼ぶ、銀河系の外延部を縄張りにしている海賊だった。そのため、彼は、海図の無い宇宙を安全に飛ぶための実践的な経験が豊富だった。

 

 現在、弁天丸はじめアンドロメダ銀河航路調査隊と補給艦の計15隻は、銀河帝国の中央基地に停泊している。出発式を終えて弁天丸に戻った茉莉香は、ブリッジのメンバーから報告を受けていた。

「船長、各船の出港準備は進んでいますの、予定通り、明日に出航できます。」

「ありがとう。

 ねえ、ギルバートさん。ダークマン船長が今回の航海のメンバーに選ばれて、とても喜んでいたわよ。

それに、他の4人の海賊船の船長さんは、若いけど本当に頼もしい人たちばかりねえ。

こういう人たちと一緒に仕事が出来るなんて、楽しみよね。」

「そう言ってもらえるとうれしいですね。

彼らは、帝国海賊のなかでも将来有望と評判が高い若手船長たちですから。」

「彼らの船は通常の超光速跳躍船だけど、銀河の外宇宙(そとうみ)を航海する経験を積んでもらうことも、大事なことよね。」

「そうです。帝国海賊のなかでも、将来の『アンドロメダ大遠征』を担う人材を育成しておくことが必要です。海賊は、帝国の先駆けですからね。」

「そうね。

 ところで、企業や大学の研究機関からお仕事の依頼がいっぱい来ているそうだけど、みんな何を考えているの?」

「大半は、銀河間の航海を安全に行うための設備や機械の試作品をテストするものです。

 そのなかで乗員たちが注目しているのが、ステイプル重工業から頼まれた依頼です。」

「なんなの?」

「それは、時間の進む速度が、銀河間空間ではどう変化するか、計測するものです。

銀河帝国が開発した『時間センサー』を使って、銀河間の宇宙空間を実際に航行する船内で、船の運動や銀河系の重力場との距離によって時間の流れがどう変わるか、具体的に計測するものです。

宇宙物理学では、高速で運動している船とか、船が星などの重力源から離れると、船内の時間の進み方が遅くなるとされていますからね。」

「それって、『ウラシマ効果』ってこと?

 『浦島太郎』のおとぎ話みたいに、私が航海から帰ったら、チアキちゃんたちが御婆さんになっていたりとか・・・・・。ナハハハ・・・」

 茉莉香は、チアキやグリューエルが御婆さんになっている姿を思い浮かべて笑んだ。

 

「ははは。そんなSF小説のようなことにはなりませんよ。

実際の時間のズレはとても小さいですから。

 でも船の現在位置を正確に知るには、時間の流れの速さの違いを計算に入れないといけませんからね。船乗りにとっては重要です。」

「なるほどね。

それで、依頼は、全部、引き受けられそう?

 弁天丸の営業方針は、『依頼された仕事は断らない』ってことよね。特に弁天丸に期待してくれている人たちからの依頼は、何とかしてあげないとね。」

「大丈夫ですよ。

それに、仕事は、弁天丸だけで独り占めしませんよ。

メインの作業は船体や定員に余裕のある弁天丸で引き受けるしかないのですが、出来るだけ他の海賊船にも協力してもらって、すべての依頼は、海賊船みんなで引き受けるように仕組んでいます。」

「そう、ありがとう。

それなら結果オーライで、『儲けは山分け』という海賊の掟(おきて)も守れそうね。

やっぱり、頼りになるね、ギルバートさんは・・・。」

 

弁天丸には、仕事の依頼が殺到していた。弁天丸は、最新の重力制御推進エンジンを備え時空トンネル航法ができる新時代の宇宙船(ふね)、しかも船の容量に余裕がある大型船として注目されていたからだ。

しかし、弁天丸は、仕事を独占せず各海賊船に配分し、『儲けは山分け』という海賊の掟を守った。もちろん、各海賊船は、仕事の配分に満足している。これも『宇宙海賊は明朗会計』という弁天丸の営業方針に対する日頃の信頼があってこそ可能なことだ。

その結果、「民間船」である6隻の海賊船には、ステイプル重工業、ヒュー&ドリトル星間運輸、銀河テレビなど宇宙造船業、宇宙運送業、宇宙通信業の巨大企業や、宇宙大学やグランドウッド医科大学の宇宙医学・宇宙生物学研究所など有力な研究機関がタイアップすることになった。

 

「ねえ、ギルバートさん。

私、時々思うんだけど・・・・、この先に、本当にやってくるのかなぁ。

『銀河間の大航海時代』ってやつ。」

「ええ、私たちの生きているうちに、必ず始まると思います。

現に私たちも、新しい大航海時代のための調査研究の手伝いを請け負っているのですから・・・。」

「やっぱりそうかぁ。」

「茉莉香さんは、そんな時代が来るのを楽しみにしているんでしょう?」

「そうだよ。さすが私のこと、わかってるね。

 私ねえ、そんな時代が来ると良いなあ、

向こうの銀河で一体どんな星々にめぐりあえるんだろうか、

そんなことを考えるとワクワクしてきちゃうんだ。」

 そういう茉莉香の目は、光り輝いていた。

 

 こうして弁天丸船長加藤茉莉香は、次の『大航海時代』を夢見て、着実に人脈を広げ、人望を集めていった。

 

 

10 セレニティ大公の大風呂敷

 

「なるほど。これが帝国の開発予定区域か。

 ずいぶん広いなぁ。恒星系単位でもいくつあるか多すぎて数えられないじゃないか。

帝国は、これを何年かけて開発するつもりなのかなぁ。」

 セレニティ大公は、コルベール首相からの説明を受けて、つぶやいた。

「はあ。帝国の方も、千年がかりで開発するつもりでしょうか。

ともかく、グリューエル様のおかげで、今の段階で他の星系が知らない『極秘情報』が得られた意義は大きいです。

帝国の資料をもとに、我が王国がこれと重複しないように開発惑星を検討すると、このあたりの星が考えられます。」

そう言って、首相は5つの恒星系にある5つの可住惑星を示した。

「たった5つか。最初はそのくらいかもしれないが、それで全部というのは、規模が小さすぎないか。

 そもそも、我が王国は、過去の千年で同時に7つの惑星開発に成功しているのだぞ。

とすれば、次の千年で、7の7倍で49。つまり、50個ほどの惑星開発に成功しても当然ではないか。」

「はあ~。それですと事務的には、あまりにも資金規模が大きくなりすぎまして・・・・。」

 首相が口ごもった。

「何を言うか。セレニティ王国の『千年の大計』だぞ。

銀河帝国も千年単位の大きな規模の構想について議論しているのであろう。

だから我々も、開発惑星の数を数えないで、帝国の何パーセントの規模の宇宙空間を取るかという規模の大きな話をすべきではないか。」

「はあ~。・・・・では、どのくらいの規模が・・・・。」

「控えめにいっても、銀河帝国の開発予定区域の隣で、その2~3%の広さを要望したらどうか。」

「それでは、恒星系単位で、数千の規模になりますが・・・。」

「かまわぬ。同時に開発を始めるわけではないだろうからな。

とにかく、銀河帝国の隣で、我が王国にふさわしい規模のエリアを確保すべきだ。」

「はあ・・・・。」

首相は、セレニティ大公のあまりの大風呂敷に反論する気を失って、下がっていった。

 

「やれやれ、大公様の大風呂敷にもあきれるなぁ。

これを実現するには、いったい、どれだけの資金が必要だと思っているんだ・・・・」

 首相は、大公への奏上を終えて、王宮の廊下を歩きながら、顔をしかめてため息をついた。

 

「しかし、なぜ、そんなに大風呂敷を広げるんだ。

 グリューエル様が味方してくれるから帝国の了解が取れると思っているのか。

 ・・・

は!? まさか、大公様みずから開発惑星に赴かれる、おつもりか・・・。

 ・・・

 ふーむ。これは、もしかすると。

・・・

では、5%くらい欲しいと、更に大公様の2倍の大風呂敷を広げたプランを帝国に示してみるか。

帝国の同意が取れれば、わが国が『第二の銀河帝国』となることも夢ではないなぁ。

・・・・アハハハ。」

 変り身の早い首相は、もう微笑んでいた。

 

 

11 第二王女の婚約問題

 

「どうだ、お腹の子供は元気か?」

 銀河帝国のアン女王は、チアキ第二王女を連れて、クリスティア第一王女を産院に見舞った。

「はい。もう元気で、元気で・・・。

少しでも早く生まれたいのか、自分の存在をアピールしているのか、私の体を内側から蹴り飛ばすんですよ。

もう~、痛いの、なんの・・・。」

クリスティア王女は、笑った。その笑顔は幸せと自信にあふれていた。

「そうか。なによりだ。

 今日は、生まれてくる王子の名前のことで相談に来た。まもなく、エカテリーナも来るだろう。

 それから、公務のことだが・・・・セレニティ王国の宇宙開発計画は、原案通り承認することで、お前も異存ないだろうか?」

 

 エカテリーナ公爵夫人は、表向きは、銀河聖王家の女性王族の親睦会、ローズガーデンクラブの会長に過ぎないが、王族の人事全般について女王を補佐する役割を担っていた。

 

「はい。セレニティの宇宙開発計画には異存ございません。」

「わかった。

 それにしても、一時はまったく帝国の公務に関心を失っていたお前が、また以前のようなやる気を取り戻してくれて、私は、ひと安心さ。

なあ、チアキ。」

「はい。

姉上は、『子育てに専念する』とおっしゃって、王宮を飛び出すのではないかと心配しておりました。

 以前から、子育てについては、御自分のお考えをしっかりお持ちのようでしたので・・・。」

 チアキが言った。

「ふ~ん。やはりそう思っているのを、見透かされていたのだなあ。」

「お差し支(さしつかえ)えなければ、ご決意を変えられた理由をお教え願えませんか。」

 チアキは、ズバリと質問した。

こういう核心を突いた質問を遠慮なくできるところは、妹の特権である。

「ははは・・・。チアキはいつも厳しいな・・・。

 いいよ。その理由を話そうか。お前にも参考になるだろう。

 あれは、妊娠8ヶ月になった頃だったかな。

私が、揺り椅子に座りながら、自分の念願の子育てを実現するために王宮を出ようかと考えていたときのことだった。

突然、この子がいつもより激しく動いて、私の体を蹴ったのさ。

 これが本当に痛かったのさ。」

「胎動というヤツだな。チアキ、お前も私をがんがん蹴っ飛ばしていたんだぞ。」

 女王が言った。

「母上。話をそらさないでください。」

 チアキは、少し顔を赤くして、言った。

「それでなあ、そのとき、私は分かったのだ。

この子は、もう私とは別の人間。自分の意思で動いているのだってね。」

「なるほど。」

「だから、私は、思ったのだよ。

 この子の人生は、自分で決めさせてやろうってね。

 つまり、この子は、次世代の帝国の王位継承者として生まれるはず。王位を継ぐかどうかは、この子自身に決めさせてやろうって、な。

 だから、私が勝手に王族の身分を捨てて、この子の王位継承権をなくすことはやめようと思ったのだ。

それどころか、逆に『この子のために帝国をもっと繁栄させなくては』と思ったのさ。」

「なるほど。そういうものですか。」

 チアキはうなずいた。

 

「ああ、そういうものさ。母親ってのはなぁ。

 ところで、チアキ。グリューエルのことを、本人から聞いているか?」

 女王がチアキにたずねた。

「ええ? 何のことでしょうか。」

「婚約の話さ。

先日、白薔薇家の当主から、グリューエルとアレクサンドルの婚約を認めて欲しいという話が、正式に私のところに来た。

もちろん、グリューエル自身も了解済みだ。」

「ええ!? 彼女はまだ16歳になったばかりじゃないですか~。」

「しかし、王宮育ちの王族としては。むしろ遅いくらいじゃないのかなぁ。

婚約だけは、みな、かなり早いぞ。

というより、クリスティアとチアキが特別なのさ・・。

それでだなぁ・・・、おまえも、もう19歳になったのだから・・・」

 

「い、いえ、いえ、そ、そ、そんな・・・、

私は・・・まだ、まだまだ、未熟者でして・・・。」

 

 チアキは、突然、話の風向きが変わったことに驚いて、女王の言葉を遮った。

「いやいや。もう、お前は、立派なオトナの王族だよ。

誇っていいよ。

第一艦隊司令官の公務だって、私以上に立派に勤めているじゃないか。

 だから、そっちのほうも、そろそろ決めたらどうかと私も思うよ。」

 姉のクリスティア王女が言った。

「もちろんお相手は、エドワードだ。

彼なら、お前も異存はないだろう・・・・。」

「ううう・・・」

「それで~、まもなくエカテリーナもやってくるから、少しその話をしないか。」

 女王が言った。

「はああ・・・・。

 では、少し『お花を摘みに』・・・

 エカテリーナ様がいらっしゃる前に、気持ちを落ち着けてきます・・・。」

 チアキは、そう言って席をはずした。

 

 そして、まもなく、エカテリーナ公爵夫人が産院にやってきた。

 だが、チアキがなかなか戻らなかった。

 

「・・・・」

「誰かいるか。チアキはどうしたのか、聞いているか?」

 たまらず女王が女官に聞いた。

「はあ・・・チアキ様は、先ほど『急な御公務が出来た』とおっしゃって、お帰りになられましたが・・・・。」

 女官がいぶかしげに答えた。

 

「フフフ・・・。

チアキのヤツ・・・逃げたな・・・。」

 姉のクリスティア王女がそう言って微笑んだ。

 

「はあ~。やはり、少し無理をさせてきたかなあ・・・。」

「陛下、何か思い当たることでも、おありですか?」

 エカテリーナ公爵夫人が聞いた。

「いやあ、なに・・・・。

思い返せば、私は、チアキが18歳の誕生日を迎えた日に親子の名乗りを上げて、チアキを王宮に連れ帰った。(第十二章 茉莉香とチアキ 十八歳の誕生日 参照)

もちろん、チアキはその日まで自分の出生の秘密を知らなかった。

しかし、それ以来、チアキは王女として私の期待以上にがんばってくれた。まるで、自分が銀河帝国の王女として認められるのをずっと待ち望んでいたようにね。」

「確かに、目覚ましいご活躍でしたねえ・・・。」

「だが、それは、チアキが相当、無理をして頑張っていたということかなあ・・・。」

 女王が言った。

「そうでございますねえ。

 利発な方ですから、陛下の御期待は十分自覚されておられたでしょうから・・・。」

「そうだなあ・・・。」

「そういうことなら、急がば回れと申します。

もう少し、たとえば大学を御卒業なさるまで、静かに見守るほうがよろしいかもしれません。」

 エカテリーナ公爵夫人が言った。

「それにアイツの性格では、こういう話は自分の方から言い出さないだろう。

アイツなら、

『何度も何度も結婚を申し込まれて、もう断るのも気の毒というか、メンドーになって・・・』

というようなことを言いながら、婚約を承諾するのではないかなぁ。」

女王とエカテリーナ公爵夫人の話に、クリスティア第一王女が口をはさんだ。

「さすが、クリスティア。

チアキの性格を良く見抜いているなあ。ハハハ・・・」

 女王が微笑んだ。

「では、当面、殿方のほうに頑張って頂きますか・・・。」

「そうだな。」

「そこで、差し出がましいようですが、陛下に申し上げます。

 今の件、チアキ様によくよくお話になって、気持ちを落ちつかせておいてくださいませ。

 万が一にも、チアキ様が王宮を飛び出して、旅に出ることがないように・・・。」

「それは、どういう意味だ?」

「古代から『二度あることは三度ある』と申しますから・・・。オホホホ・・・」

「・・・・」

「・・・・」

 エカテリーナ公爵夫人のことばに、女王とクリスティア王女は何も言えなかった。

彼女は、かっての女王とクリスティア第一王女のように、チアキも家出をして海賊にならないかと心配しているからだ。

 

 

「どうしよう?

どうしよう!

 婚約なんて・・・

結婚なんて・・・・

どうしたらいいの?

ねえ~~~!

うわあぁ~~~~~!!!!」

 

 そのころ、チアキは王宮の自室のベッドの中で布団を頭からかぶって、パニックに陥っていた。 

 こうして、チアキの「婚約問題」は棚上げになった。

 

 

12 銀河帝国からの使者

 

 セレニティ大公とマリーナ王妃は、セレニティ王宮の接見の間において、銀河帝国女王の使者として訪れたイワン・ホワイトローズ殿下と会談していた。彼は、その名が示すように、銀河帝国の銀河聖王家の白薔薇家に属する王族である。

「大公、大公妃両陛下におかれましは、ご機嫌麗しく、お喜び申し上げます。

本日は、銀河聖王家を代表いたしまして、両陛下に『この上も無く良い知らせ』と『御相談』をもってまいりました。」

 

使者の言葉を聞いて、その場の空気が一気に緊張した。

「相談」だけでなく、「知らせ」も持ってきたということは、銀河帝国の一方的な決定事項の伝達があることを意味していた。

 

「お話をお聞きしましょう。」

 大公は、対等な立場を意識した感情を表さない言葉遣いで応じた。

「はい。女王陛下におかれましては、白薔薇家からの申し出を受けて、白薔薇家のアレク サンドル王子と、養女のグリューエル王女のご婚約をご裁可なさいました。

 グリューエル王女は先日16歳になられたばかりでございますので、正式な御結婚は18歳になられるのを待ってからと考えております。お二人のお忙しい御様子から察すると、御結婚は早くとも3、4年先でございましょう。

 これが、この上も無い、良いお知らせでございます。」

 

「なるほど。それは目出度いことですわ。」

 マリーナ大公妃が、緊張感と少しばかりの不快感を示して答えた。

 銀河聖王家の王族である二人の婚約自体は、銀河聖王家の家内問題というのがタテマエだろう。だから、セレニティ王国には決定事項として、「この上も無く良い知らせ」が伝えられる。

しかし、グリューエルはセレニティ王国の王女でもあり、その婚約を一方的に決めたと通告されるのは、彼女にとって不愉快であった。

 

「それで、相談とは・・・。」

 しかし、大公は、また、感情を表さない言葉遣いで問うた。

「はい。

申すまでもないことですが、グリューエル王女は、セレニティ王国の王女でもあられます。

大公様は、銀河聖王家の白薔薇家のアレクサンドル王子と、セレニティ王家のグリューエル王女のご婚約をいかがなさいますか。」

「是非もない。

もとより、二人の縁組は、当方から銀河聖王家に申し入れたものだ。今、ようやく御返事がいただけたものと考えている。

 本当に、この上も無い良いお話しが聞けて、喜びにあふれている。

 陛下に、そうお伝えください。」

 大公は、そう言って微笑んだ。彼は、もとよりこの話の主導権はセレニティ側にあったというプライドを示した。

「ありがとうございます。必ずお伝えいたします。」

「それで、二人の結婚は3、4年ほど先になるようだが、今後の二人の住まいについては白薔薇家とも相談したいと思っている。

 いま、セレニティの国政の方向が定まるのを見守っておるところでなぁ。」

「国政の方向とは・・・それは『裏宇宙』の開発のことでしょうか。」

「知っておられるのか?」

「はい。少しばかりは・・・。それは、『帝国の隣、5%』という案でございますよね。

 この話は、王族の皆様限りにしていただきたいのですが・・・。

 私が陛下から使者を命じられた際に、陛下はすでにセレニティ王国の開発計画を御裁可されたとおっしゃっておられました。」

「そうですか。それは喜びに耐えません。陛下にそうお伝えください。」

「はい、確かに。

ところで、『お二人の住まい』と、今、おっしゃいましたが、よろしければ、その意味をお教えいただけませんでしょうか。」

「いや、なに。たいしたことではない。

御存知のとおり、わが国の王族も、自ら国民の先頭に立って国難に立ち向かうのが古くからの習わし。したがって、裏宇宙の開発に当たっては、多くの王族が開発惑星に赴いて、国民と苦楽を共にする覚悟をしておる。

今のお話のようにセレニティの開発計画が認められるならば、開発計画の具体化も急速に進むであろう。

 そこで、グリューエルには、出来るだけ早くセレニティ星系に戻り、我ら王族が安心して開発惑星に赴けるように、この国を護ってもらおうと思っておる。」

 大公は、たいしたことではないと、自らの既定方針のように、グリューエルの今後についてあいまいに述べた。もちろん、「即位」などの明確な言葉は、使われなかった。

 

 『銀河帝国に、我がセレニティ王国の王位継承問題を相談している訳ではない。』

『両国は対等の関係である。』

 

そういう自負が込められた言葉遣いであった。

 

 

13 宇宙ヨット部の凱旋

 

「みなさん、ネビュラカップの優勝おめでとう。

 二年連続の優勝ですが、

 今年は、特に注目されてたいへんだったでしょう。

それを跳ね返して、ナタリアさんの個人優勝、みなさんの団体優勝。

本当にすばらしいわ。おめでとう。」

「ありがとうございます。」

白鳳女学園の校長が、宇宙ヨット部員たちをねぎらった。

 

校長室から出たあと、宇宙ヨット部員たちは、三年生のナタリアを先頭に二つの優勝カップを持って、ヨット部の部室まで、校内の廊下を歩いていった。

廊下には、大勢の生徒たちが集まっていた。

その真ん中をヨット部員たちは進んでいった。

それはまさに凱旋行進だった。

 

「ナタリアさま~。」

「ヒルデさま~。」

 廊下を進むヨット部たちの周りを囲む生徒たちの中には、そう叫んで手を振るものが大勢いた。

 

「ふ~う・・・・。」

 部室に入り、優勝カップをガラス棚に収めたところで、ヨット部員たちは、ようやく緊張が抜けて、おしゃべりを始めた。

 

「やっぱり魔女(校長)の前に出ると緊張するなぁ~。」

「そうよねえ~。」

「それにしても、今年のネビュラカップは、昨年までとは大違いだったね。」

「そうそう、大会直前に茉莉香先輩が銀河テレビに出演して、宇宙ヨット部の話をしたでしょう。

あれで、一気に大会に注目が集まって、テレビの取材もあって・・・。」

「理事長さんが、大喜びだったわね。」

「各出場チームも、テレビの取材を受けて、実は、結構喜んでいたわね。

 私たちには、

『アンタたちのおかげでマスコミがうるさくって、試合に集中できなかった』とか、

『そのせいで負けた』とか、

文句言っていたのにね~。」

「アハハハ・・・。いつも白鳳女学院には風当たりが強いですね。」

「そんな風なんか、ヘーキよ。」

「そうよ。ヨットは風に乗って飛ぶのよね~。だから私たちは負けないわ。」

「先輩、そのとおりです。」

「アハハハ・・・・。」

「その意気だ。お前ら~、私が卒業しても負けるんじゃないぞ~。」

 前部長の三年生ナタリアが言った。

「はい。お任せください。

 なあ、みんな! 目指せ、三連覇だぁ~」

 部長のジェシカが言った。

「おお~!!!」

 

白鳳女学院宇宙ヨット部は、茉莉香やチアキが卒業したあとも、快進撃が続いていた。

 

 

14 セレニティ大公の演説

 

 セレニティ大公シムシェル・セレニティは、セレニティ王国国民議会の開会に当たって、新年度の施政方針について演説していた。

もちろん、演説の内容は、大公の独断ではない。立憲君主制に移行してからは、大公は、議会において、内閣が作成した演説原稿を読み上げるものとされている。

 

「・・・以上が、新年度の一般施政方針である。

王国をこれまで通り、つつがなく運営していくために、この施政方針とその実施に必要な予算の支出、税の徴収、法律の制定について、議員諸君の賛同を期待する。

 しかしながら、新年度は、これにとどまらない特別な施政方針がある。

 それは、新たな宇宙開発計画の策定とその実行に着手することである。

ご承知のように、われらの祖先は、千年前に移民船『クイーン・セレンディピティ』に乗って、宇宙移民の『大航海』を行った。

そして王国のこれからの千年を考えると、私は、今、これに勝るとも劣らない、あらたな大航海を企てる時代に来ていると考える。

 その具体策の一つは、すでに素案を公表し、国民の意見を聴取しているところの、セレニティ星系周辺の宇宙開発である。

 私は、これにとどまらず、最近、銀河帝国から開発促進が提唱されている、いわゆる『裏宇宙』、すなわち核恒星系の反対側にある、辺境の宇宙空間の開発に、わが王国も参入すべきと考える。」 

 

 大公がそこまで演説したところで、議場には興奮した雰囲気が漂い始めた。

興奮と緊張は次第に高まっていくようだった。

 

「この宇宙開発の実行に当たって、私は、国民に次のことを約束しようと思う。

 第一は、宇宙開発計画は、千年計画であること。すなわち、王国のこれからの千年の発展を見据えた、空間的にも時間的にもスケールの大きい計画を立案することである。

 第二は、宇宙開発計画は、着実かつ現実的なものであること。すなわち、開発の実施には、科学的な調査に基づき、国民生活を圧迫しないように節度を持って資金や資源が投入されることである。

この結果として、たとえ開発に千年の時間を要しても、私は恥じることはないと考える。

幸いにして、これまでに政府の調査は相当進展しており、早ければ、2、3年後には先遣隊が出発できるであろう。

第三は、諸君も知っての通り宇宙開発は苦難の事業であるが、わが国民がこのような苦難の事業に立ち向かうのを、私たち王族は傍観しないことである。 

歴史を振り返れば、我が王国は、これまでの千年でも、セレニティ星系の7つ星の開発に当たって、王族が各惑星に赴き、国民と苦難を共にしてきた。

その歴史に習い、これからの千年も、宇宙開発に当たって、われら王族も、開発惑星に赴き、国民と苦難を共にする所存である。

 具体的には、セレニティ星系周辺の開発には、アブラハム皇太子が王族を率いて赴くであろう。

核恒星系のいわゆる『裏宇宙』の開発には、アブラハムの息子アダムス王子と私が王族を率いて赴くであろう。

 われらセレニティの王族は、国民の先頭に立って、この困難な事業に立ち向かう決意である。

 以上の詳細は、後日、政府から説明があろう。

 議員諸君の賛同を期待する。」

 

 大公自らが開発惑星に赴くという言葉を聞いて、議員たちの興奮は最高潮に達した。

 そして、大公の演説が終わるや否や、議場では嵐のような拍手が巻き起こった。

 保守派の議員たちは立ち上がり、『大公万歳』と叫び始めた。

 そして、セレニティの国歌を歌う声が、議場に響いた。

 

 セレニティ王国の歴史がまたひとつ動き出した。

 そして、それはグリューエルの運命を急展開させていく。

 

 

15 グリューエルの使命

 

 グリューエルとその婚約者、銀河聖王家のアレクサンドル王子は、セレニティ大公の呼び出しに応じて、セレニティ王国を訪ねた。

二人は謁見室で大公に会った。同席したのは、大公妃だけであった

 

 儀礼に則った挨拶の口上が交わされた後、大公が言った。

「グリューエル、アレックス、あなたたちに来てもらったのは、私からグリューエルに託したいことがあるからだ。」

「はい。・・・・」

 グリューエルは緊張して答えた。

「先の国民議会での私の演説のことは、知っておろう。」

「はい。・・・」

「私と、皇太子のアブラハムと、その息子アダムス王子だけでなく、大勢の王族が開発惑星に赴くため、これから数年の間に、セレニティ星を離れるであろう。」

「はい。・・・」

 グリューエルは、さらに緊張して答えた。

「わが王家の王室典範では、このセレニティ星系の「青の姉」の星を離れる者は王位継承権を失うことになっておる。

もちろん、王位にあるものが星を離れても、同じことじゃ。

 まあ、これは宇宙移民が生還も見通せない難事業であった時代に出来たルールであるが、今日でも有効だ。

 これは知っておろう。」

「はい。

それでは、どのようなことに・・・・。」

 グリューエルは、半ば答えを予測しながら、質問した。

「王族の雰囲気で察しておろうが、グリューエル、ここ数年のうちに、あなたより王位継承順位の高い者は、全員、セレニティの王位継承権を失うことになろう。

 私も同様だ。

 中には、フローラ姫夫婦のように、開発惑星には赴かず、この際に王位継承権だけでなく、王族の身分も捨てて、一市民として静かに暮らしたいと願う者もいるがなぁ・・・。」

「ええ、全員ですか・・・。」

「そこで、あなたに託したいのじゃ。

 我々が安心して旅立てるように、セレニティという国をあなたに託したい。」

「・・・・」

 グリューエルは、即答しなかった。

「どうしたのじゃ。グリューエル。

 私は、自信に満ちた答えが返ってくると思っておったが・・・なあ。」

「すぐにご返事できなくて、申し訳ございません。

 ですが、ご返事する前に確かめたいのです。

このセレニティという国を、大人になった自分の目で・・・。」

「そうか。

・・・・

では、首相に巡行の便宜を図ってもらうよう、伝えよう。」

「ありがとうございます。

 それから一つ、伺ってよろしいでしょうか。」

「なんだね。」

「はい。先ほどの王室典範の決まりは、わたくしにも適用されるのですよね。

 もし、仮に、私が銀河帝国に永住すると宣言すれば、自動的に、私も王位継承権を失うのですよね。」

「答えたくない問題だが、現行の規定では、そのとおりだ。

そこで、お前が銀河聖王家の養女となるときに、セレニティ王家ではお前はあくまで留学中で、星を離れてはいないと判断した。

それがお前の王位継承権を保持する仕組みだ。」

「そうですね。

失礼なことをお聞きしました。お許しください。」

 

 それから二週間の間、グリューエルとアレクサンドルは、セレニティ星系の七つの星を巡行した。各地のパーティに出席し、また大勢の重要人物たちとの接見をこなした。

 どこも大歓迎。大変な人波に囲まれた巡行だった。

 

「ふ~う。」

 王宮に戻ったグリューエルは、少しため息をついた。

「お疲れですか。どこも大変な歓迎でしたからねぇ。」

 アレクサンドル王子がグリューエルをねぎらった。

「はい。

でも、みなさまは、すぐにも私の即位が行われると思っておられるようでしたね。」

「マスコミ報道の影響でしょうね。

王位継承権をお持ちの王族方のうち、どなたが開拓惑星に赴く意向をお持ちか国民に知られており、当然に貴方が繰り上がると思っておられますからね。」

「そうですね。」

「それから先日のパーティで、私は、セレニティの王族の皆様と初めてお会いしましたが、皆さん、活気に満ちた雰囲気で、頼もしかったですね。

あれなら惑星開拓も志気が上がりますね。」

「はい。この前にお会いした時と比べて、どの方も生き生きとして、目が輝いていらっしゃいました。」

 グリューエルは、嬉しそうに語った。

「それでは、国内巡行を終えて、あなたの決意は、変わりませんよね。」

「はい。変わりません。

 私は、自分に与えられた使命を全うしようと思います。

 明日、大公陛下にお会いする時間をいただいて、その際にご返事しようと思っています。」

「では、私は、あなたと一緒に歩んでいきますよ。

 私たちは夫婦になるのですからね。」

「はい。 ・・・・・

 あの~ この気持ち、何と言ったらよろしいのでしょうか。

・・・

 うれしいです。とても、・・・。」

 グリューエルは小さな声でそう言って、アレクサンドル王子と見つめあい、そして顔を赤くしてうつむいた。

 

 翌日、グリューエルの返事を聞いたセレニティ大公は、その日のうちに王室会議を招集してその賛同を得て、王位継承順位の変更を正式に決定し、公表した。

 決定事項は、二つだった。

一つは、開拓惑星に赴く意向を示している皇太子等の王族が王位継承権を失うこと、

もう一つはグリューエルを新しい皇太子とすることだった。

 もちろん、皇太子就任に伴って、グリューエルの留学は打ち切られ、正式に帰国したものとされた。

 しかし、セレニティ大公の譲位は決定されなかった。理由は、グリューエルは16才であり、まず皇太子として王位を継ぐ準備期間を与えるためとされた。それも、大公が開拓惑星に赴くまでのことであるが。

 

 

「さあ。グリューエル、アレックス、バルコニーに行きましょう。

皆が待っていますよ。」

 セレニティ大公と大公妃が、二人に呼び掛けた。

「はい。」

「はい。」

 王室会議の発表があった翌日、四人は、王宮のバルコニーに並んで姿を見せた。

新皇太子就任の祝賀のために、王宮前の広場に集まる国民の声に、こたえるためだった。

 

ワー・・・

 

国民の前に姿を見せたグリューエルは、大きな歓声に包まれた。

 

 

宇宙海賊キャプテン茉莉香 =セレニティ編=  完

 


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