Wish -王女の願う夢‐   作:ARCHERN後輩

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第1話

―視点:高町なのは―

 

 

 ……ジリリリ! ジリリリ!と、けたたましい音が部屋の中に響き渡る。私の携帯電話から発せられる音から逃げるように、毛布を頭まで深く被る。幾分か音が小さくなった気はするが、携帯電話のアラームが段々と音が大きくなるタイプだったため、しばらく時間がたつと毛布の中まではっきりと音が聞こえてくるようになってしまった。

 

「……うるさい、のー」

 

 私は堪忍して、枕元にある携帯電話に手を伸ばし、ストップボタンを押す。音は鳴りやみ、部屋の中を反響し続けていた爆音は、綺麗さっぱり聞こえなくなってしまう。

 今現在、私の耳の中に聞こえてくる音といえば、早朝を告げる鳥の可愛らしい鳴き声と、誰かが階段を上ってくる音のみ。季節は春、気温、湿度的にも、二度寝するには最適な環境と言えるだろう。

 

「……お休み~……くぅ」

 

 誰に語りかける訳でもなくそう呟き、私は再び布団の中へと潜り込む。幸い、学校に登校する時間までまだ余裕はある。ちょっとの間布団の誘惑に負けてしまっても、この後やるべきことを手際よくこなしていけば、きっと大丈夫だ。遅刻などしない。

 こうして私は二度寝をして、かなりの幸福感を味わいながら夢の世界へと旅立つのであった。

 

「……寝させるわけがないでしょう? そいっ!」

 

「あひゃっあ!?」

 

 そんな声が聞こえた途端、私を暖かく包み込んでいた毛布が消え去った。いや、もちろん物理的に消え去ったわけではなく、第三者によって毛布を剥がされただけなのだが。

 急に毛布の外の朝特有のひんやりとした空気にふれてしまい、私の口からは素っ頓狂な悲鳴が飛び出てしまう。もしここにアリサちゃんやすずかちゃんがいたら笑われてしまっていたに違いない。

 だが、今この部屋にいる人物は二人。一人は語るまでもなく、この部屋の主であり、ひどく間抜けな奇声を上げた声の持ち主、私、『高町なのは』だ。

 そして、もう一人は、

 

「おはようございます。まったく、朝っぱらからそんな声出して。いつかご近所様から苦情が来ますよ、姉上」

 

「お、おはよぅ……うう、変な声出しちゃったのはわざとじゃないもん。ゆずが急に毛布を引っぺがしたりするから……」

 

 私の毛布を持ちながら私のことをじーとした目で見つめてくるのは、私の実の妹である『高町ゆず』だ。

 年齢は六歳、今月から私と同じ私立聖祥大学付属小学校に通う小学一年生で、私と三つ、年齢が離れている。髪の色は私やお母さんの茶色と、お父さんやお兄ちゃん、お姉ちゃんの黒色が混じったような色で、髪の長さは長すぎず短すぎず、ミディアムヘアーといったところか。

 

「その引っぺがす理由を作ったお方の名前を、是非姉上のお口から聞かせて頂きたいものです。ほら、丸くなっていないでさっさと制服に着替えてください。妾は、先に降りていますので」

 

「う、うにゅう……はーい」

 

 そんなゆずの最大の特徴と言えば、その眼である。

 元々、顔立ちもとても良く、将来美人さんになるのは確定しているようなもので今まで多くの人がその可愛らしさに惹かれてきた。

 性格も素晴らしいものがある。あの真面目なすずかちゃんに、『ゆずちゃん、小学生には見えないほど落ち着いてるよね』と言わしめたほどだ。

 他にも、運動神経、学力、礼儀作法、どれをとっても完璧で、どれを取っても素晴らしいの一言に尽きる。

 だけど、私はゆずの身体で最も心を惹かれる所と問われれば瞳と答えるだろう。

 お母さんによれば、ゆずの目は虹彩異色というものらしく、左右の目の色が違っている。橙と紫の鮮やかで意志の籠った瞳は、とても美しく神秘的で見る者を多く虜にする。もちろん、私もその一人だ。

 ……その虜にされた瞳に、私は今呆れの目を向けられているのだが。

 ゆずは私にそう告げて、下の階へと階段を降りて行く。私の方も何とか身体を起こし、ゆずが下に行ったのを確信して、私は大きくため息を吐いた。

 

「……はぁ。うう、ゆずったら朝からスパルタ過ぎなの」

 

 私の妹、高町ゆずはとても、いや、とっっっても大人びていて、私に厳しい小学一年生だった。嫌われているわけではなく、むしろ私とゆずの関係は姉妹の仲の平均よりも数ランク上の良さであると自信を持って言える。

 少し厳しいが、可愛く、可憐な、私の大切な妹だ、

 ……妹なのだが、私が多少どんくさいおかげで、ゆずにとって呆れられていることが稀によくあり、たまにどっちが姉でどっちが妹か分からなくなってしまうことが最近多々ある。

 実際、アリサちゃんに『あんたたち、生まれてくる順番を間違ったわよね』と言われた時にはさすがに泣きそうになった。ひどすぎる。

 

「……なのは、これから先、お姉ちゃんをやっていける自信がありません」

 

 ……ぶぶー、あねの いげんが いち さがった! と、どこぞのRPGのようにステータスが下がる音が聞こえた気がした。気のせいだ、うん。

 少し鬱になりながら、私はパジャマを脱いで学校の制服に着替える。洗面所へ行き顔を洗った後、寝癖を直し、いつものリボンを着けてどこもおかしくないかを確認する。 ゆずにだらしない姿を見せて、また怒られてしまったら、今度こそ姉の威厳が地獄に落ちる。……すでに落ちているのでは?という質問には決して答えない、決して。

 

「……うん、これでいいかな」

 

 納得のいく出来であることを確認し、皆がいるであろうリビングへと向かう。

 リビングに行くと、お父さんにお母さんの二人が部屋の中で各々過ごしていた。

 

「おはよー、お母さん、お父さん!」

 

「おはよう、なのは」

 

「おはよー、なのは。あ、みんなのコップ運んでくれるかしら?」

 

「はーい!」

 

 お母さんとお父さん、二人に挨拶してお母さんのお手伝いをする。お父さんは机で新聞を読み、お母さんは朝食の準備をして、私はみんなの食器を運ぶ。私が小さかった頃から、お父さんが昔大きな怪我をしていた時期以外ずっと続く、いつもの習慣だ。

 

「あれ、そう言えば、ゆずはどこ行ったの? 先に部屋に来てたと思ってたけど」

 

「ゆずなら恭也と美由希を呼びに道場に行ったわよ。もうすぐ戻ってくるんじゃないかしら」

 

「うーん、それにしては少し遅いかな。なんだかゆずの奴、最近剣術に興味深々みたいだから、二人の稽古を見学しているかもしれん。なのは、一度見に行ってくれないかい?」

 

「うん、わかった!」

 

 私のお兄ちゃんとお姉ちゃん、恭也さんと美由希さんはいつもこの時間、朝食の準備が終わるまで二人で剣の稽古に励んでいる。ゆずは近頃、二人の稽古を見るのがマイブームのようで、学校を帰ってきてから二人と共に道場に引きこもっている。

 私は外にある道場に向かう。近付くと中からは、パシッ! パシッ!と木刀のぶつかりあう音が聞こえてくる。

 ……お兄ちゃんとお姉ちゃんで、打ち合っているのかな? そんなことを思いつつ、私は道場の入り口の扉を開けた。

 

「お兄ちゃーん、お姉ちゃーん、ゆずー。もうすぐ朝ごはんだよー。そろそろ……はふぇへっ?」

 

 私は、今日で二回目となる素っ頓狂な声を上げる。もし今の声がゆずに聞かれていれば、また呆れられてしまうかもしれなかったが、間違いなく私の声はゆずの耳に届いていないであろうと言える。それはなぜか?

 ゆずは、木刀を握っていた。もちろん、ただ握っているわけではない。目の前にいる人物と、誰の声も聞こえないほど真剣に、剣と剣で打ち合っていたのだ。その相手は、お姉ちゃん。お兄ちゃんはそんな二人の様子を静かに見つめていた。

 ゆずが、二人の練習を見ているということ自体は前から知っていた。ゆずから直接、剣というものに深く興味を持っていると本人から聞いたことがあるため、道場に自ら赴くのは、純粋な興味、達人級であるお兄ちゃんとお姉ちゃんの打ち合いを見たいのだろうとずっと思っていた。

 だが、目の前で行われているのは、紛れもない剣の打ち合い。それも、場の雰囲気からして、今行われているのは真剣な勝負だった。

 

「……はぁっ!」

 

 お姉ちゃんの木刀がゆずの方に振り下ろされる。私もお兄ちゃんとお姉ちゃんの稽古の様子を見ることがあるが、二人の剣の腕は素人の目から見てもかなりの熟練者と言えるものであり、十歳も年下であるゆずが相手をしていいわけがない。やめるように言おうとしたが、もうすでに時遅し。木刀はゆずに振り下ろされ、私は思わず目を瞑ってしまう。

 数秒後、最悪の状況が目の前に広がっているかもしれないことを覚悟して、私はゆっくり目を開ける。そこにあった光景は、

 

「……え?」

 

 にわかに信じられない光景だった。ゆずは、遥か歳上であるお姉ちゃんの剣技を受け止めていた。上から振り下ろされる重い斬撃に対し、ゆずは木刀で完璧に凌いでいたのだ。

 私自身、剣というものにあまり知識を持っている訳でもない。だけど、目の前で行われている小学生が高校生の技を凌ぐということがあまりにも常軌を逸したものだということくらいわかっていた。

 

「……やるじゃん、ゆず。まさか、そのまま受け止めるとは思わなかったよ」

 

「っ……いえ、姉上のほうこそ。素晴らしい一撃だと思います。並みの腕の者であれば、今の一撃で倒されているでしょうね」

 

「……まるで、歴戦の猛者みたいな言い草だね、っと!」

 

 お姉ちゃんはいったんゆずから離れ、ゆずの間合いに入らない距離に身を置く。二人はお互い真剣な眼差しで見つめ合いながら、再び木刀を互いに振り始めた。

 無駄のない、美しい剣技の応酬。二人はまるでそのこと以外視線に入っていないようで、夢中になり剣をぶつけ合わせている。

 二人の剣技は見る者を魅了し、剣をあまり知らない私にでさえ、ずっと見ていたいと思わせる不思議な魅力を漂わせていた。

 ………………うん? 何かを、忘れて…………

 

「…………って、ちが――――――――う!

 

 私が現時点で口から出せる最大限の音量で道場を揺らす。集中していたゆずとお姉ちゃんもさすがに気付いた様子で、びくりと身体を揺らし、こちらの様子をぽかんと見つめる。お兄ちゃんも同じくぽかんとした表情で私のことを見つめていた。

 ……そうだ、私がここに、道場に来た理由はなんだ。

 そう、お兄ちゃん、お姉ちゃん、それにゆずに朝ごはんだと知らせるためだ。それなのに、何故私はゆずとお姉ちゃんの壮絶な決闘を見せられなきゃいけないのか。

 それに、だ。ゆずはまだ小学生だ。木刀とはいえ、もし身体を強く打ってでもしてしまえば、命に繋がる怪我になるかもしれない。

 ……そんなこと、お姉ちゃんとして、私が許してはいけない。

 

「……お姉ちゃん!」

 

「は、はい!」

 

「……なんで、お姉ちゃんは、朝っぱらから、ゆずと、木刀使って、打ち合いを、してるの?」

 

 ギロリと見つめると、お姉ちゃんは引き攣った笑みを浮かべながら、私の方から視線を背ける。眼は右往左往と泳いでおり、どうやって言い訳をひねり出そうか考えているのが丸分かりだ。木刀を振り回していたさっきのお姉ちゃんが今の姿を見てしまえば、情けなさ過ぎて、よよよ、と泣き崩れてしまうに違いない。

 

「え、えーと……そ、それはその! ゆずが打ち合いやらないかって、誘ってきたから。最初は冗談半分に力を抜いていたんだけど、結構やるもんだから、楽しくなってきちゃって、ほんのちょっと本気に……ね?」

 

 なるほど、『誘ってきた』のは、ゆずと。優しいお姉ちゃんのことだ。きっと愛らしい妹のために頑張ろうと奮起したに違いない。それに、お姉ちゃんも剣の達人。私では危ないと思った剣の攻め合いでも、ゆずを傷つけることはなかっただろう。

 ……では、次だ。

 

「……お兄ちゃん!」

 

「お、おう」

 

 お兄ちゃんは、さすがにお姉ちゃんほど慌ててはいなかったが、若干冷や汗をかいているのを見て取れる。

 

「なんで、小学一年生と、高校生が、本気の、試合を、やってるのに、途中で、止めようと、しなかったの?」

 

「あ、あーと……お、俺も最初は乗り気じゃなかったんだけど、な。美由希も本気でやるわけがないと思っていたし、試合がヒートアップする前に止める気でいたよ……何より、めったに頼みごとをしないゆずに一戦だけ、って頭を下げられちまった、どうしてもな……すまん」

 

 ……そうか、『また』、『ゆずに誘われた』と。

 確かにゆずは、人に頼みごとをあまりしない子だ。極力、何事も自分一人の力で解決しようとし、その結果、誰の手も借りず解決してしまうというのがほとんどだ。昔お兄ちゃんとお姉ちゃん、そして私で、『どうやったらゆずに頼ってもらえるか会議』を開いたものだ。結論として無理と決まった。

 そんなゆずに、妹に、久々にお願いされたのだ。そりゃお兄ちゃんもお姉ちゃんも、イエスと言ってしまうに違いない。私だって、ゆずの頼みを断れるか? と問われれば、簡単に首を縦に振れる自信はない。

 ……だけど、今回ばかりは。

 

「…………ゆず」

 

「は、はい!」

 

 ビクンッ!とゆずの身体が揺れる。二人より多くプレッシャーをかけるために声を低めにして呟いたのが功を奏したようだ。

 

「……ゆず、さっきまで自分が何をしてたか覚えてる?」

 

 表面上はにっこりと、内面では怒りの業火を滾らせながら、ゆずに語りかける私。ゆずもそんな私の内側の様子に気付かないほど鈍くはない。笑みにならない笑みを浮かべながら、私の顔を見つめていた。

 

「え、えっと、ですね。そ、それは……兄上と美由希姉上に稽古をつけてもらって」

 

「……ゆずってさ、自分が今何歳であるとか、分かってるよね?」

 

「そ、それは、その……」

 

「ん?」

 

「も、もちろんです! 小学一年生、六歳、体重二十一キロ、身長百十八センチ、性別:女、です!」

 

「ん、よろしい」

 

 うん、素直で正直な子は好きだ。

 

「……そんな、小さく、可憐で、怪我しやすい小学一年生の女の子が、朝から高校生のお兄ちゃんお姉ちゃんと本気で剣で打ち合っているのか。教えてくれるとうれしいなー、って」

 

 私だって、鬼じゃない。もしも、ゆずにこの朝の出来事に何か重要な理由があるのなら、許さないこともない。

 きっと聡明で賢いゆずには、きっと私を納得させるだけの理由があることだろう。

 

「え、えと……あの……」

 

 一回、二回、視線を私の目から逸らし、ゆずは意を決したように私の目をしっかりと見つめてこう告げた。

 

「……身体を動かしたかったから、です」

 

「……ふーん」

 

 そうか、そうか。身体を動かしたかっただけ、と。なるほど、なるほど、なるほど……。

 私はゆずの服の襟元を掴み、そのまま歩き出した。当然ゆずは私に引きずられる形になり、ずるずると私が成すがままに、引っ張られている。

 一瞬、自分の身に何が起きているのか把握できていなかったゆずは、ハッ!と意識を取り戻し、引きずられているということを認識した。 

 

「えっ、姉上!? な、何を!」

 

 何を、か。そうだね。いろいろ言い方はあるけど、私が言いたいのはつまり、

 

「……お母さんの所に行くの」

 

「……ふぇ?」

 

「……お母さん、言ってたんだ。妹が危ないことをした時は、どんなことがあっても私の前に連れてきなさいって。しっかりと、お仕置きしてあげるからって」

 

 ゆずの顔色がサッーと青くなる。これから数分後に自分がどのような状態になってしまうのか想像したのだろう。身体はガタガタと震え始め、ライオンに追い詰められたウサギのように縮こまってしまっていた。

 いつもは、明るく優しいお母さんだが、怒ると話し別だ。一時、怒ってしまえば、悪魔、いや魔王のような恐ろしい姿になり、高町家の猛者たちでさえも手出しできなくなるほど……言い過ぎかもしれないが、それほど怖いのだ。

 

「あ、姉上! 後生、後生です! お願いですから、母上には、母上だけには!」

 

 今更になって命乞いをするゆず。だが、もう遅い。私の怒りは今、有頂天に達しており聞く耳を持たない。

 今私にあるのは、ゆずをお母さんの元に連れて行き、二人で叱り付けるという使命感のみだ。

 

「いいから行くの! ゆずはいつも無茶ばっかりするから、一回くらいガツンと言ってもらわなきゃ!」

 

「い、いやです! 反省はしています! 本当に反省してますから、それだけは! あ、兄上! 美由希姉上! た、助けてください!」

 

 お兄ちゃんとお姉ちゃんに助け船を要求する哀れなゆず。しかし、悲しきかな。二人もお母さんの大切な子どもであり、ゆずより長く生きている。

 そんな二人が、お母さん(怒)がどれほど恐ろしいものが知らないはずがない。

 

「……すまん、ゆず。俺は助けられそうにない」

 

「……お母さんには勝てないや。ごめんね、ゆず」

 

 案の定、呆気なく二人に見捨てられたことにより、すがるものを失った可哀そうなゆず。

 もうどこにも希望はなく、藁にもすがる気持ちなのか、涙目で私に許しを請う我が妹。……涙目のゆずはいつもと比べて二倍増しでかわいい。状況が状況だったら抱きしめてあげたいくらいだ。

 けど、今回ばかりは許してあげるわけがない

 私は涙目のゆずに対して、再び笑顔を向けて

 

「……じゃ、行こうか。お母さんのところに」

 

 

 

 ……道場に、ゆずの悲鳴が響き渡る。そんなゆずを無視して、私はお母さんの待つ食卓に向うのであった。

 

 

 

 ……ぴろりーん、あねの いげんが ご あがった!  ゆずの MPが ひゃく へた! ゆずは たおれた! ででーん!

 

 ……どこかでそう、聞こえた気がした。たぶん、気のせいだ。

 

 

 

 

 

 

―視点:高町美由希―

 

 

「……はぁぁぁぁっ……」

 

 道場からなのはとゆずが出て行ったのを確認し、あたしは大きなため息を吐きながら床に倒れた。恭ちゃんも、ふうと小さく息を漏らし、肩を下している。なのは、怒るとお母さんの次に怖いんだよね。

 

「……なのはに、悪いことしちゃったなあ」

 

「……ああ」

 

 冷静に考えてみて、先ほどのあたしは異常だった。

 ゆず、小学一年生である自分の妹に、木刀とはいえ、少なからず本気を出してしまったのだ。もちろん怪我をさせる気もないし、あたしの剣が素人を傷つけるようなものではないと確信してはいる。それでも、数センチ単位でも剣の軌道がずれでもしたら、大きな怪我をゆずに負わせていたかもしれない。

 ……なのはが怒るのも当たり前だ。二人の姉として、剣士として、情けない。

 

「……でもさ。ゆず、凄かったよね」

 

 隣にいる恭ちゃんに話しかける。恭ちゃんはこくりと頭を横に振り、床に落ちているゆずが使っていた木刀を拾う。普段あたしたちが使っているものよりかなり小さく、自分や恭ちゃんが使うには少し軽すぎる。

 

「ゆずの奴、この木刀を軽々と扱ってたな。剣の振り方も、どこからどう見ても素人には見えなかった」

 

 それでも、小学生からしてみればこの木刀の重さはそれなりのもの。なのはが以前持った時は、重さに負け、フラフラと尻餅をついていたのを思い出す。

 ゆずは、そんな重い物を苦しそうな顔を少しも見せず、あたしに向かって振り回していたのだ。昔から、運動神経が良い子供だとは思ってはいたが、いつの間に身体を鍛えていたのか。

 それに加え、足の動かし方、剣の扱い方、確実に素人ではない動きをしていた。それも一朝一夕で身に着くような動きではない。あれは少なくとも年単位で鍛錬を積み、取得できるような熟練者の動き。六歳のゆずがどこであんな動きを覚えたのか。

 

「……しかも、ゆずの剣には迷いがなかった。練習とはいえ、目の前にいる人を躊躇なく剣を向けることなんてそうそうできることじゃないはずだ……実践経験を積まない限り」

 

 一番の疑問が、今恭ちゃんがいったことだ。誰でも最初は剣を人に向けることを拒む。それはすなわち、剣を向ける相手を傷つけるという覚悟が必要となるからだ。練習でもそれは変わらない。あたしもそうだし、恭ちゃんも、お父さんもそうだと言っていた。

 けどゆずにはそれがなかった。躊躇なくあたしに剣を振り、全力でかかってきた。

 即ちそれは、誰かに剣を向けたことが少なからずあるということに異ならない。小学一年生の、剣を握ったことがないはずの、ごく普通の女の子が。

 

「……ゆず、何か隠してるのかな」

 

 時々、気のせいかもしれないが、ゆずの様子を見ていると、あの子の顔に影が映る時がある。いつもの凛々しい顔からは想像できないくらい、とても寂しそうな顔でぼんやりしているのを見かけるのだ。

 日頃の小学生らしくない言動、あれほどの剣技を一体どこで、六年という短い期間で習得したのか。

 昔から、子供らしくない子供だとは思っていた。学力も運動神経も小学一年生とは思えないものだ。なのはも年相応とは思えない言動をするときもあるが、ゆずはさらにそれがとても顕著だ。落ち着き具合、忍耐強さに至っては、大人よりも上なんじゃないかと思うときもある。

 ……何か、あたしたちに言えないことがあるのか。何か、あたしたちに嘘をついているのか。

 

「……さあな。少なくとも、ゆずがそう簡単に嘘をつくような子じゃないと、俺は思ってるけどな。美由希もそうだろう?」

 

「そりゃ、ね。あたしの妹にはもったいないないくらい、いい子だもん。ゆずも、なのはもさ」

 

 そんな妹が怖くない、と言ってしまったら嘘になる。あたしの妹がいったい何者なのか、気になる時もある。

 ……けど、確実なのは、ゆずがとてもよい子供、妹であるということだろう。誠実で、正義感が強く、なんでも一人で解決しようと努力する。手が係らなく、姉を尊敬してくれる。これ以上ないくらいの理想の妹だと思う。

 

「俺は、待ってるよ。例え、どんな秘密を抱えていたとしても、俺は兄としてあいつを受け入れようと思ってる。何よりゆずを、信じてるからな」

 

 ゆずは、あたしたちに言えないことを心の内に抱えているのかもしれない。言ってしまったら、取り返しのつかないようなことを。でも、

 

「……あたしもだよ。あたしもゆずを信じてる。……うん。だって、ゆずのお姉ちゃんだからね」

 

 なら、待とうと思う。あの子が今、言えないことを抱えているなら、言えるまで待っていようと思う。

 あたしの妹は、信頼できる、かわいい妹だから。

 

「……朝ごはん、行くか」

 

「そうだね。……ゆず、大丈夫かなぁ。ははは」

 

 今頃、お母さんにこっぴどく叱られているであろう妹の身を案じつつ、皆の待つ食卓に恭ちゃんと一緒に向かった。

 

 

 

 ……その後、恭ちゃんとあたしもゆずと同じように、お母さんに怒られ、白い灰のようになってしまったのは、また別のお話。

 

 

 







高町ゆず……いったい何者なんだ……
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