魔法ニンジャ活劇   作:ダニール

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第四話

 

 

 第四話

 

 

 ガラクタになった人形たちに囲まれ、独り言ちる

 

 ……戦闘と言うには、物足りなかったな。

 

 気合いを入れて臨んだにしては、やけにあっさり片付いてしまった。少々拍子抜けでもある。

 

 実力差というより、完全な“性能差”と言う感じで、殴りかかる相手に合わしてパンチ、ガードを固める相手にパンチ、全く反応できずに明後日の方向を向いている相手にパンチ。

 

 それだけで敵は木端のように吹き飛び、その機能を停止した。

 

 粉砕されたボディの中転がる、造りだけは精巧な頭部が哀れを誘う。

 

 それはいいとして、医者の居所だ。ここにいるのは間違いない。

 

 そう思い、今度はより注意深く内部を観察する。と、隅の一角だけ埃の被っていない場所があることに気付く。近づいて確かめるとそこは跳ね上げ式の扉になっていた――地下があるようだ。

 

 案の定ロックされていたが、力任せに“ドアごと”引っこ抜く。その下には、予想通り階段が姿を現す。

 

 一瞬、考える。このまま進むか否か――答えはイエス。

 

 今日を逃せばもうチャンスはないだろうし、先ほどの人型ロボがこの場所の戦力なのだとすれば、比較的容易に制圧できるかもしれない――油断はできないが。

 

 心を決め、階段を下ると、そこには大きな部屋があった。中は最低限の明かりしかないが、光学補正をかけたかのように、俺の目にははっきり映る。

 

 元々は機材置き場だったのだろうが、現在は大分、様変わりしていた。そこらじゅうに人体を模した人形が積み重ねられており、まるで死体置場のような様相を呈している。大規模な工業機械も設置されており、これらの人形の制作に使用していたのだと思われる。

 

 思わず眉を顰める。目の前の光景の異常さに――ではない。先ほどの人型兵士は、戦力として用意されたわけではなく、これらの“作品”の一つとして制作されたものだろう。まるで人型の機械を作り出すこと自体が目的だったように。

 

 俺の身体をしつこく検査していたことと併せて考えると――あまり嬉しくない想像が、頭の中で形成される。

 

 奥に、もう一つ部屋があるようだ。扉に閉ざされているが、そこに目的の男がいる気配がする。

 

 “死体”の山の中、歩を進めると周囲から跳びかかってくる存在―― 一瞬前まで同じように倒れ伏していた“死体”達。

 

 半ば予想されたことであったので、動揺もせず、迎撃に移る。

 

 ――殴る、殴る、殴る――

 

 今度こそ本当に“死体”の仲間入りをさせてやると、容赦なく破壊しつくす。――力任せに、躊躇せず、遠慮なく。

 

 五分後には全て、同じようなガラクタと化した。何体分だったかは、数えていない。

 

 それにしても――と、少し不審に感じる。こいつら全部、やけ動きが出鱈目だったな。

 

 身体が造りモノと言うことは、脳みそだってそうだろう。プログラムされた動きをなぞるだけのはずなのに、全部が全部少し違う、滅茶苦茶な動きで襲ってきた。統一されていない。

 

 考えても仕方ないな。これを作ったやつが、すぐそこにいるんだ。ついでに聞いてやればいい。

 

 と、奥へ進み、隣の部屋に通じる扉を開ける――今回は鍵がかかっていない。

 

 さあご対面だ――と行こうとした直後、爆音とともに、頭上から何かが振り下ろされる――

 

 咄嗟に左腕を掲げ、防御する。間一髪間に合い、衝撃で火花を散らす――散らし続ける。

 

 左腕に接触した状態で騒音を響かせるのは、巨大なチェーンソーだった。回転する凶悪な刃は、こちらの腕を削り落さんと唸りを上げる。

 

 堪らず後退し、先ほどの部屋に飛び退く。その後を追って、襲撃者が姿を現す。

 

 それもまた、同様に機械人形なのだろう。ただし今回のは多少、趣が違う――というか、気合いが入っている。

 

 今までのは、頭部のみリアルさを追求していたが、今回は全身が、より生身に近く造形されている。

 

 ただしやっぱり表情は変わらず、無機質なマネキン面をしているが。

 

 そいつがチェーンソーを振り回し、俺に襲いかかろうとしていた。

 

「……それが自信作なのかね」

 

 呆れたように呟く。受け止めた左腕にも傷はない。

 

 大上段から振り下ろされる刃――暴力的な速度――に合わせて、右斜め前方へ踏み出し、体を流す――空を切り、地面に激突し、火花を散らす回転鋸。

 

 その持ち手――手首の関節を狙って右の手刀を振り下ろす――千切れ跳ぶ手、落ちるチェーンソー。

 

 さらに右拳を握り、裏拳の要領で弾き出す――顔面に直撃し、その勢いのまま頭部が吹っ飛ぶ。

 

 おまけとばかりに、突き出した右腕を引き寄せる力を利用し身体を“切り”、左のボディ――腹部を貫通する。

 

 ――およそ二秒で、対象は完全なスクラップと化した。

 

 一つ息を吐き、余韻を飛ばす。浸ってる場合じゃない。

 

 突き刺さった腕を引っこ抜き、崩れる人形を捨て置いて、再び奥の部屋へ進む。

 

 

 

「……強化された骨格、そして筋肉。体内外に存在する無数のナノマシンが、あらゆる行動をサポートし、最大限のチカラを引き出させる」

 

「…………」

 

「胸部には高出力の反応炉が存在し、莫大なエネルギーを供給し続ける。人サイズの大きさには、不相応なほどに」

 

 そこに、その男はいた。

 

 廃棄された倉庫の地下。不気味な“アート”の山の、さらに奥。無数の機器と端末、積み上げられた学術書に書類。そんなものに囲まれたデスクに、一人の男が座っていた。

 

 その顔を見た瞬間。俺は人違いかと錯覚した。

 

 暗がりの中で見るその医者の表情は、実年齢より倍は老けて見えた。

 

「全てが完璧に制御されている――血流さえ、細胞さえも。まさに芸術だ。圧倒的な、存在感」

 

「……何の話をしているんだ? センセイ」

 

 独り言を続ける男に声をかける。俺がいたことに気付かないはずがないのに、今初めて知ったかのようにこちらを振り向く。

 

「やあ、アンドルー・アヴェンタ。奇跡の子よ」

 

「……随分、大層な名を頂戴しましたね。そんな偉そうなモノじゃ、ないですよ。それと、俺の事はエンダーで結構」

 

「なるほど。しかしエンダー君、君は間違いなく、奇跡の産物なんだよ。その肉体に使われている技術の数々は、私には――いや、この世界の誰にとっても、理解の及ばない、常識外の代物だろう」

 

「…………」

 

 いきなり、核心に触れてきたな。ここまでの道中で、充分予想出来たことではあったが。

 

「それはつまり、俺が自然の産物ではない、と」

 

「当然だ。もう気付いているだろう。君の身体に、“自然な部分”などないことが」

 

「つまり人造人間」

 

「完璧な、な。おおよそ人の手によるものとは思えないが、間違いなくそうだ。単純な検査では分からないよう、巧妙な偽装が施されている。私もこのような――」

 

 周囲を振り仰ぐ

 

「――研究をしているのでなければ、見逃していただろう」

 

「……それはすごい」

 

 知りたかった答えは聞けたが、それは予想よりちょっとばかし悪いものだった。暗くなる胸中を押し隠し、平静を装う。

 

「それであんたは、その技術を使って、こんなことを」

 

「そう……いや、違うとも言えるかな」

 

「何?」

 

「ここは私の夢の場所なのだよ。私は昔から、人体と言うものに、大きな好奇心を抱いていた。憧れと言ってもいい。それが高じて、医者にまでなったぐらいだからね」

 

 疲れた表情に、昔を懐かしむような色を浮かべ、男は語る。

 

「その甲斐はあった。多くの人体と触れあえ、研究の対象に出来るこの職業は、私の天職だった。患者には決まり切った手術しか行えないが、絶えず湧き出る人体の神秘は、私を飽きさせなかった。それだけで充分だった」

 

 ここまで聞けば、ただの学術的好奇心旺盛な男の独白に聞こえる。

 

「だが、ある日全てがひっくり返った。君が私の元へ運び込まれてきた、三年前のあの日」

 

 男の纏う影が濃くなる。

 

「高濃度の魔力素に侵されているという君を検査するため、私は検査室へ出向き、直接これを見た。すると驚くべきことに、君の体には全くと言っていいほど、汚染の跡がなかった。一緒にいたという少女も同様だと言うから、 多少その結果に違和感を感じつつも、運がよかったのだろうと片づけた――この時は」

 

 しかし私の頭は、君の事が忘れられなかった。あのとき感じた僅かな違和感を、払拭したくてしょうがなかった。そしてそのチャンスは、思ったより早く、予想外の方向から現れる。――なんと君は、記憶喪失だと言う。

 

 これは好機だった。君を担当するはずだった医師に、無理を言って代わってもらい――まあ記憶喪失の男を見たがる医者もいないが――継続して、私が君を見ることになった。

 

 それからはとにかく検査を重ねた。記憶喪失の研究ためだと、方々に大分無理をいって機材を開けてもらった。大分怪しまれただろうね。勿論君にも。

 

 君は記憶がないにもかかわらず、驚くほど安定した情緒と思考を持っていた。それがまた私の疑惑を加速させた。そして、検査に次ぐ検査によってようやく、君の身体の秘密に触れることができた。

 

 それは衝撃だった。今まで自分が信望してきた人体の神秘を、こうまで自在に操ることができるのかと。

 

 私は憧れた。君の身体に。それを造った人物に。

 

 その全てを知りたくなって、学びたくて私は検査と研究を続けた。君は暫くして病院から出て行ってしまったが、その熱意が冷めることはなかった――決定的な事実を受け入れるまでは。

 

 男は項垂れる。

 

「……何があったんだ?」

 

「……分からなかったのさ、全く。あれだけ執拗にデータを習得したと言うのに、研究に研究を重ねたと言うのに、何一つ、君の技術は再現できなかった」

 

「ここに来るまでにあったあれは」

 

「憧れは模倣を生むってやつさ」

 

 クックッと喉を鳴らし笑う男。酷く惨めに映る。

 

「君がここに来たことを知った時、天罰だと思った。きっと哀れな贋作達を滅ぼしに来たのだろうとね。全くその通りだった。偶像を好まない神様なんだと」

 

 言って、手に持っていたモノを投げてよこす――先ほど吹き飛ばした人形の頭だ。

 

「それは君さ。君を模してつくった、最後の一体。信者の一作」

 

 眺めてみる。全くの生気を感じさせない表情だが、言われてみれば造りは似ている……と言えなくもない。

 

 放り投げる。

 

「……下らない。こんなものにこだわるぐらいなら、科学者に転向でもすればよかったじゃないか」

 

「人造人間の開発は、違法だからね。人型ロボットや、AIの研究なら、許されたかもしれないけど」

 

 自分が求めたのは機械による代用品ではなく、人造による“人間”だったのだと。

 

「……一番手になった名誉が、欲しいわけじゃない。私はただ、自らの手で、それを造り出したかっただけだ。人体の神秘を、その手で自在に操ることを……」

 

 ただ、その世界が遠すぎた。既に神秘を神秘と扱わない世界があると言うのに、自分は全く手が届かない。足がかりさえ見つからない。

 

 酷く、取り残された気持ちになってしまった。

 

 その手に全てがあるのに、触れることさえ叶わなかった。

 

 焦燥と徒労だけが、残ってしまった。

 

 ――その全てに、疲れてしまった。

 

「…………」

 

 返す言葉もなかった。お互いそれぞれの思いに、沈む。

 

 

 

 しばらくして、男が端末から記録チップを抜き出し、投げてよこす。

 

「……これは」

 

「君から得たデータをまとめたものだ。コピーじゃないよ。欲しかったんだろう」

 

 この小さなチップに、俺を構成するデータが詰まっているのか。

 

 男は更に端末を弄ると、にわかに周囲が慌ただしくなる。

 

「さ、早く出たほうがいい。この場所は、十分後に爆破される。……夢の終わりだ」

 

「…………」

 

 そんな男に、何か言い忘れたことがあった気がして、引っかかることがある気がして、中々背を向ける気にならなかった。

 

「あぁ、そうだ。ちょっと待ってくれ」

 

 男を見やると、いつの間にか、その手に銃が握られていた。そのまま、撃つ。

 

「…………」

 

「…………」

 

 何も変わらない。銃弾は確かに俺の身体を捉えていたけれど、皮膚を裂くこともなく、体表で止められていた。

 

 めり込んだ銃弾が、落ちる。その時には既に、命中した痕さえ、消え失せていた。

 

「……それじゃあ、お別れだ」

 

「……そう、そうだな」

 

 今度こそ背を向け、部屋を出ていく。自分はここに敵としてやってきたのだと、話し合う余地などなかったのだと、納得して。

 

 思い出した言葉は、呑み込んだ。

 

 階段を上がる際、後ろから銃声が、聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 燃え上がる炎を遠くに眺める。とっくに日が沈んだ郊外、あれだけ明るければ、すぐに人が集まるだろう。

 

 そう言えば、と端末の電源を切ったままなのを思い出し、入れなおす。そこにはテスタロッサさんやアリシアからの、何十件もの着信記録やメールが表示されていた。

 

 一瞬悩んだ末、テスタロッサさん宛てにメールを送る。文面は、“終わりました”

 

 するとすぐに返信が来る。“そう、早く帰ってらっしゃい”

 

「…………」

 

 たっぷり五分は画面を眺め続けた。その後で、今度は二人宛てに、“すぐ帰ります”と送った。

 

 

 

 帰りのレールウェイの中、男から受け取ったチップを手のひらで転がしながら、色んな考えが頭をよぎった。その全てに答えが出せないまま、列車は駅に到着する。

 

 既に日が変わってしまうほど深夜になったが、時の庭園にはまだ明かりがついていた。

 

 その光に誘われるように、城の中の、リビングとして使っている部屋に辿り着く。

 

 一瞬躊躇った後、扉を開ける。

 

 中には、ソファーに座り本を読むテスタロッサさんと、彼女の膝枕で眠るアリシア。それにこちらに向かって歩いてくるリニスが――

 

「…………」

 

 いた――と思った瞬間、思いっきり頬を張り飛ばされる。痺れるような痛みを感じた――と思った次は、抱きしめられていた。

 

「……リニス?」

 

「もう、一人で勝手なことをしないでください。皆、心配したんですよ」

 

「…………ごめん」

 

 心から――俺にそんなものがあるとすれば――謝る。ようやく離してくれたリニスは、苦笑しながら、お帰りなさい、と言ってくれる。

 

「テスタロッサさんも……それにアリシアも。迷惑……じゃない、心配かけて済みませんでした」

 

 頭を下げる。

 

「いいわよ、私は別に。この子のわがままに付き合わされてるだけだもの」

 

 溜息を吐きつつ、応えるテスタロッサさん。その膝で眠るアリシアを起こしにかかる。

 

「私も起きて出迎えるんだって、聞かなかったんですもの。ほら、アリシア。お兄ちゃんよ」

 

「んー……お兄ちゃん? 帰って来たの?」

 

 眠たげな目をこすりながら、アリシアが身を起こす。

 

「あぁ、ただいまアリシア。遅くなって悪かったな」

 

「ほんとだぁ。お兄ちゃん、お帰りなさい!」

 

 そのまま駆けよってくるが、寝ぼけてすっ転びそうになるのを慌てて受け止める。

 

「お兄ちゃん一人だけずるい。今日は病院行くだけだって言ったのに……何か面白いことあったの……?」

 

「……いーや。つまんない話を聞いてきただけさ。退屈でしょうがなかったよ」

 

「そうなんだ……でも、今度は、私も……一緒に…………」

 

 そのまま、俺に抱きかかえられたまま眠りに就く。

 

「しょうがないわねアリシアは。……それで、エンダー。実のある話は聞けた?」

 

「はい、おそらく」

 

 そう言って、医者の男から渡されたチップを差し出す。どのような会話が交わされたのか、簡単に説明する。

 

 俺の正体が明らかになっても、テスタロッサさんは「そう」と一言言ったっきり、感情の読めない目で、渡されたチップを弄んでいた。

 

「結局、その男は何がしたかったのかしらね。単に好奇心を満たしたかっただけ? それとも人体を創造して、神様の真似事をしてみたかっただけ?」

 

「さあ……ちょっと、純粋過ぎただけなんじゃないかと、思いますけど」

 

「……考えても仕方ないことね」

 

 そう言うと、テスタロッサさんはチップを机に放り出し、立ち上がる。

 

「済んだことはもういいわ。とにかく、今日はもう寝ましょ。アリシアをいつまでもそんな風にしておくわけにはいかないし」

 

「はい……えーっと、どうすれば?」

 

「連れてきなさい」

 

 そう言って部屋から出ていくテスタロッサさんに、アリシアを抱えた俺と、明かりを消していくリニスが続く。

 

 そのままテスタロッサさんの寝室に到着する。何も言わず入っていくテスタロッサさんに困惑し、リニスを振り向く。微笑みながら促され、恐る恐る入室する。テスタロッサさんの居室に入るのは、これが初めてである。

 

 出来るだけ見まわさないように注意して、ベッドまでアリシアを運ぶ。そこには既に横になったテスタロッサさんがいる。その横にアリシアを寝かせようとするのだが、俺にしがみついて離れない。途方に暮れていると、

 

「何しているの」

 

「いや、アリシアが離れなくて。ちょっと手伝ってもらえません?」

 

「そんなの、あなたも一緒にいればいいじゃない」

 

「……え?」

 

 ねぇ、と顔を見合わせるテスタロッサさんとリニスに困惑する。

 

 暫くそうしていたが、いつまでもアリシアをこのままにしておくわけにはいかないと、意を決してベッドに横になる。そこに、山猫の姿になったリニスも入ってくる。

 

「それじゃあ、お休みなさい」

 

「はい、お休みなさい」

 

「……むにゃ……」

 

「…………」

 

 相変わらず困惑したままの俺を置いといて、皆勝手に眠りに就いた。

 

 しばらく、眠る気にならず、虚空を見つめていた。

 

 そして徐々に、氷が解けるようにゆっくりと、身体から緊張が抜けて行く。

 

 あの倉庫から、ずっと背負っていた荷物を、やっと降ろせるようになった気がした。

 

 この胸の内に、なにか、温かいものを感じる。

 

 俺にも心があるのか。

 

 コンピューターのチップが作り出し、鋼の部品が錯覚を起こしているだけなのだろうか。

 

 ――どっちでも、いい気がした。

 

 例え本物でも、偽物でも、その価値は変わらないだろうと思った。

 

 そんな、幸福な温度を感じながら、俺も眠りに就いて言った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そろそろ時間だな

 

 腕時計を見ながら、自分の乗るべきポータルの始動時間を再度確認する。

 

 場所はクラナガンの転送ステーション。そこの待合室である。

 

 毎日多くの人間が、ここから余所の世界へ赴き、またそれ以上にこの世界へ訪れる。次元世界の交通を司る一大施設なのである。

 

 ……といっても俺の周りに人は殆どいない。管理外世界への渡航者は少ないのだ。

 

 その少ない人間の一人である俺は、そこから単独別世界への渡航を行おうとしている。

 

 

 

 ことの発端は、二年前の医師自殺事件である。

 

 そう、あれからもう二年も経ったのだ。

 

 郊外の廃倉庫街が燃え盛っているのが見つかり、更にその中からある大病院の医師の死体が発見された事件。

 

 見つかった倉庫内では、ほとんどの資料が燃え尽きていたものの、僅かに残されたものから、医師が違法な科学技術の研究に関与していたことは間違いないと判断された。

 

 医師の直接の死因は、拳銃により頭を撃ち抜かれていたことであり、また自宅より発見された遺書が本人のものと断定されたことにより、自殺と見て事件性は薄いと見ている。

 

 ……あの時の事件は、そうして幕を閉じた。大したニュースにもなることなく。

 

 死亡する直前に、唐突に訪ねてきた二人がいたと言うことで、俺とテスタロッサさんも事情聴取を受けたものの、遺書まで発見されたものだから、ほとんど疑われるといったこともなかった。

 

 ……テスタロッサさんに関しては、著名な技術者ということで結構突っかかって来たらしいのだが。心苦しく思う。

 

 遺書の内容は知らない。公開もされていない。

 

 あの男が、前々から死ぬ準備をしていて、それが偶々あの日だったのか。それとも、俺が行ったから、予定を早めたのか。それも分からない。

 

 ただあの事件は、俺に大きな変化をもたらした。

 

 あの男の死に、俺は直接的とも言っていいほどに関与してしまった。俺の意思とは何の関係もなく。

 

 それは恐ろしいことだった。

 

 俺がいなければ、あの男は最後の一線を踏み外すことはなかったのではないかと、今でもそう考える。

 

 受け取ったデータの内容は、テスタロッサさんでも理解に苦しむものだ。この二年間をかけても解析は、遅々としている。――ただ、技術者としてどうしようもなく惹きつけられる、と独り言のように呟くのを聞いたことがある。

 

 俺は自分の過去を知らねばならない。自分の身体が秘めている謎を、今度こそ突き止めねばならない。

 

 それ以降、俺は自分のいた世界を探すため、調査に明け暮れた。気の遠くなる作業かと思われたそれは、意外なところから解決の糸口が見つかった。

 

 それは“ニンジャ”である。

 

 その単語は、別の世界の言葉をそのまま持って来たものらしいという話が俺の記憶を刺激した。

 

 それは思いついてみれば、なんで今まで気づかなかったんだと頭を抱えたくなるほど単純明快な話だった。

 

 俺には、元々使っていた言語があったはずなのだ。俺が目を覚ました時、自然と口に出していた言葉が。あまりに自然にミッド語を使うようになっていたため、俺自身、自分が昔からこの言語を使っていたと錯覚していた。

 

 そこで“ニンジャ”だ。

 

 これはミッド語ではないくせに、俺には最初から意味が通った。

 

 この言語こそが自分の元いた世界で使われているものなのではないかと、その出所を探ってみたら――

 

 ――第97管理外世界、地球

 

 この世界の、“日本”と言う国で使われている言語が、まさに俺が最初に使っていた言語と一致した。

 

 そのことを話すと当然のように、「じゃあ皆で行きましょうか」と言う話になった。

 

「いやいや、それは……ないでしょう」

 

「どうして?」

 

「どうしてって……危険じゃないですか」

 

「そうは思えないわ。この世界、確かに場所によっては紛争とか、差別とかあるみたいだけど、この日本って国は平和らしいじゃない」

 

「でも、俺みたいな人間を作り出してる国ですよ」

 

「私はミッド人が犯罪を犯したからって、全ミッド人が犯罪者だなんて思わないわよ。それはどこの世界、どこの国に行ったって変わらないわ」

 

 違う? と聞かれれば、確かにそうだ、と納得してしまう。

 

「いやでも、万が一ってことも……」

 

「しつこいわね。何度言われようが、こちらの気持ちは変わりません。あなたを一人自由にすると、何しでかすか分からないわ」

 

 随分信用のない話だが、こればっかりは反論しにくい。

 

 そういうわけで渋々家族旅行という形になったのだが、直前で一つ問題が発生する――俺にとっては好都合だったのだが。

 

 テスタロッサさんに病気が発見されたのだ。

 

 その日テスタロッサさんは朝から気分が悪そうだったのだが、周りには心配ないと言っていた。しかし、使い魔特有の感覚で何かを察知したリニスが、半ば強制的に病院に連れて行った時、それが発見された。

 

 かなり重そうだ、と言う話に一瞬目の前が暗くなったものの、詳しい検査の結果、致命的ではないことが判明した。

 

 早期に発見されたため、今からなら入院や手術は必要なく、投薬治療で治ると聞き皆そろって安堵のため息を吐いた。

 

 まあしかし、念のためと言うことで、テスタロッサさんは暫く安静にしていることが決定された。

 

 それに伴い家族旅行もキャンセルすることとなった――のだが、

 

「分かったわよ。そんなに出て行きたければ勝手にしなさい。人探しでも、戦争でも何でもしてくるといいわ」

 

 ――と、昨晩半ば追い出されるような形でテスタロッサ家と別れ、俺は単身地球を目指すことになったのである。

 

 怒らせた原因は、俺が余りにしつこく地球行きを主張したせいだ。テスタロッサさんが来れないのはいいけど、この旅は俺にとって大事な意味を持っているんだから、一人でも行かせてもらうよ……といった感じで。

 

 怒らせるつもりで言ったんだから予定通りではあるのだけれど、内心俺を心配してくれている彼女に心苦しいことをしたと思う。

 

 それに泣きじゃくるアリシアを何とかなだめすかし――あまり成功したとは言いづらい――呆れた表情のリニスに、少しの間だけだから、必ず連絡するから、と納得させ――気のせいかも――少ない荷物をまとめ、時の庭園を出発した。

 

 なぜそこまでする必要があったのかと言うと、最近――正確には地球の事を知った後から、妙な焦燥感、というか義務感? を感じるようになっていた。

 

 この衝動が、失われている記憶に関係しているのかは判断できない。分かるのはそれが、いやに“命令的”であるということだけだ。

 

 それは日に日に強くなっていくようで、しつこいほどに俺を地球へ誘っていた。

 

 ――遠くない未来に、何かがあるのだ。地球で何かが、誰かが俺を待っている。

 

 そう、直感した。

 

 だからこそ、テスタロッサ家の皆を連れていくことは出来なかった。それに巻き込むのは避けたかった。

 

 

 

『第97管理外世界、地球行きを予約のアヴェンタ様。準備ができましたので十三番ポータルへお進みください』

 

 立ち上がり、カバンを抱えて案内に従う。

 

 ……テスタロッサさんは、楽観していたのだろう。俺が一人で何かを見つけられることはないと。事件に巻き込まれることはないと。だからこそ、怒っていたとはいえ、比較的あっさりと俺の渡航を許可したのだ。

 

 探し物は曖昧で、そして範囲も広い。そんな条件で探し物など、単に時間を浪費するだけの結果に終わるだろうが、まあ一度気の済むまでやらせてやろう、と。

 

 ――だが、俺は今や確信していた。待ち受けているものが何だろうが、記憶に無かろうが、俺はそれを必ず見つけるだろう。

 

 ポータルに入る。

 

『では、転送を開始します。良い旅を』

 

 魔法が発動し、周囲が光に包まれていく。

 

 ――もう、一人で勝手なことをしないでください――

 

 そんな約束を――思い出す。

 

 ……こんどはビンタじゃ済まないかも。

 

 成長が無いのは、身体だけじゃないみたいだと呆れながら――俺の姿は、ミッドチルダから消え去った。

 

 

 

 新暦65年

 

 運命の年である

 

 

 

 




 ここまでプロローグ 次回から1期開始

 ちなみに設定では、アリシアが死んだ事故のあったのは1期の26年前ですが、本作では5年前となっております(そうしないと1期開始時にアリシアが30超えてることになってしまう……)

 一応補足として、登場人物の年齢を乗せておきます

・エンダー ?歳(発見された時が12とすると、現在17歳相当。しかし見た目変化なし)

・アリシア 10歳

・プレシア 38歳

・リニス 18歳(外見) 契約から4年
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