仙人がぶっぱしてえ!!仙人がああ!!春休み単発企画。

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とある仙人の壷中戦

 こいつはロンドンに住む仙人で、魔術師で、年齢不詳である。いやいや「今」の外見だけ見れば15の少年だが、一昨日はポニテの少女だったし、昨日は足腰のたたない爺だったり。かと思えば一年ほど玲瓏な美女だったこともある。そんな外見すら定かでない人間を吾輩がそれと見分けられるのはなんというか、独特の匂いを彼が持っているからなのだ。いやもちろん吾輩が言うところの匂いに該当する単語がヒト言語ではなにに訳されるかは不明であるが。

 そんな仙人が少年の姿のまま瞑想に入ってはや一ヵ月がすぎ、蔵のなかに長年放置され続けたあと仏像のように1㎝ほど被った埃の層のむこうで目を覚ましたのが今日の昼頃のことだ。不意にかっと目を見開いたあいつは、3分ほど激しく咳き込んだ後、すぐさま風呂にむかい、そして食事を終えるとおもむろに切り出した。

「客が来る」

そういうことらしい。こいつは人間にしては不真面目なやつで平均して一カ月に半分も働かない。とうぜん収入がなければ身が持たないはずなのだが、その昔わけを尋ねたらその時はどうも食欲がなくかつ栄養効率が良いからだとかなんだかんだ漏らしていた。

 しかしカップ麺とハンバーガーだけは別のようで、本日の一カ月ぶりに味わった献立がそれであった。

 しばらくすると少年の姿が消えている。 

「さてこんなもんでいいかね……」

 もちろん吾輩は答えないが。さて「今」目の前にいるのは黒のスーツを着た単発の美女である。正確には前述の姿に化身したあいつである。

 化身が女、ということは今回の訪問者もまた女なのだろう。童貞のまま仙人と化したこいつは異性への劣情を拗らせすぎてまともに女と話せないため客が女の場合は今回のように姿を変える。その上でこいつはサングラスを掛けた。 

 

 ぴったり一時間たって客が来た。

 ポニテにやたらと長い日本刀を下げた長身の女だった……なるほど、ということは今回もあれか必要悪の教会か。

 日本刀女のことばに仙人はこくりこくりと、無言のまま頷く。内容は分かり切っていた。先月とは別の魔導書の封印だ。魔導書とはつまり魔術の英知を書き記した書物のことである。ではたかが本に何故封印などという大仰なものが必要なのか?それは書き記された内容がが魔術であり、書き手が魔術師だからだ。

 魔術とは異界の法則を操る術であり、魔術師とはその術を行使する者。数式と数学者の関係と訳せば分かりやすい。数学と魔術―――ともに世界を現わすために使われる言葉。しかし数式とは、まるでことなる性質を魔術は持つ。数式が現実を示すものならば、魔術とは現実の歪め方を著すもの。その現実を歪める式に力を与えるのが魔術師のもつ魔力である。では魔力を持つ魔術師が、現実を歪める魔術の式を書物に記したのならば?

 答えは明白である。吾輩にも判ることだ。

 現実を歪める力を持った書物がそこに出来上がる。厄介なことに書き上げられた魔導書は地脈とパスをつなぎ、それ自体が電子ワームのように生命を保持するに至る。

 それがどうした?なるほど魔術に触れない人には関係のない話だろうが、まあ想像してほしい。

 魔導書に記された魔術とは、一人の人間が、一生をかけて、到底起こりえないような願望を実現するために、積み重ねて来た技術の結晶だ。なかに潜むのは甘美な毒の如き知識達。彼らは自らが具象化されることを望んでいるのだ。そうでなければ、たかだか紙にとインクで出来たものが朽ちず燃えずの書になるわけがない。

 書き上げた術者の意志とは別に知識達は自らの具象を求める。その知識は常とは異なる法則であり原書の読み手はラヴクラフトの怪奇小説の登場人物よろしく読めば大抵発狂する。こうして常人とは異なる価値観をもった彼=狂人は、常識とは異なる法則を行使して願望を叶えようとするだろう。そこに死と破壊が発生しようとも顧みることなどせずに。

 

 そんな危険なものは破壊してしまえ、という意見も過去にはあったが破壊不能であると分かると封印する方向に流れは変わった。

 何しろ危険な知識である。

 しかし、有用な知識でもある。

 いわば諸刃の剣であった。

 しかし、いつの世にも人は力を求めるもので危険と分かっていても一度力になると知れば手を出さずにはいられない。それも行き過ぎるとリスクとリターンを度外視した観念に姿を展ずる。この辺りは大地震が起きた某島国などがいい例ではないかと吾輩珍しく憤慨。想いを巡らせている吾輩の横で段取りは着々と進んでいたようで、日本刀女と仙人は既に準備を終えていた。

 机の上には風雅な水の満たされたガラスの花瓶が一つ。花瓶の口の上にページを中程で開かれた魔導書が慎重に載せられている。部屋全体を覆う蜘蛛の巣のように鋼糸が結界を形成している。結界を操るのは例のによって例の如く日本刀女で彼女が魔導書の封印も行うようだ。

 で、あの仙人はといえば既に姿はなく、ということは瓶のなかに入ったのだろう。壷中天―――仕切られた空間の中にもう一つの天地を映す結界の一種で竜宮城なんかがこれに当たるという。

 では、なぜそんなもが必要なのか。

 カーテンで光が遮断された薄暗い部屋を蝋燭が仄かに照らす。朗々たる女の詠唱が木霊し部屋中を埋め尽くす――――同時‼本が勢いよく震え始めた。

 暴れているのだ。封印なぞされてたまるかと、力のある知識達が結集して女の封印術に対抗しているのだ。

 ばぢ、と大気に放電現象がおこり吾輩もその場から離脱した。激しい抵抗――――女の術と一昼夜にわたりせめぎ合う……と思いきや、開かれたページから花瓶の中にポトリと黒い影がおちそれっきり本は静かになる。

 さあここからが見ものである。吾輩は遠目にもよく見える透明な花瓶をじっと凝視した。

 

 

 ほの明るい水の中。透明な敷居で囲われた一個世界。この世界を参照する別天地の中にはあいつと一0万を超える古式ゆかしい中世ヨーロッパの軍隊がいた。正確に数えたわけではないからひょっとした一万くらいかもしれない。白骨と腐肉が朽ちた鎧を纏い、錆びた槍剣を掲げる―――それは死者の軍勢だった。おそらくこの魔導書の知識が死者の蘇生に関わるものだったためだろう。この抵抗がそとに漏れればロンドン中の死者が昼間に運動会を始めていたかもしれない。

 花瓶のなかで仙人は長袍をまとった青年に姿を変えていた。この壷のなかでしか拝めない元のあいつの姿である。

 仙人は躊躇わなかった。無謀な突撃と実際の戦であれば囃し立てられただろう。戦は基本的に多勢が寡勢を屠るもの。まして男は単身。一秒と持たずに挽肉と化すはずであった。 

 仙人の崩拳が閃いた。

 拳に従って空間にゆがみが伝播していく。まるで仙人の打撃の衝撃波が空気を伝わったかのようで、それは山一つを根こそぎひっくり返す仙人の腕力を知る者ならばあるいは納得するかもしれない。前列にいた三〇〇〇人が木端微塵に砕け散り、次の二〇〇〇が四肢のいずれかを欠損し、さらに後ろの兵たちが尋常のものならば拳風に意識を刈り取られたであろうその威力。

 仙人の拳打は宙を歪める、と。

 だが吾輩は知っている。あれはただの拳打などではない。いかに山一つを掘り返す仙人の腕力といえども、それだけでは空間をゆがめることなど出来はしない。

 あれは対都市ようの破壊術式「異界反転(ファントムハウンド)」によるものだと。空間を反転させると弾性をもった空間がもとに戻ろうと動き、そこに発生する圧力で一都市を押し潰すこの術は、本来、大地の龍脈が秘める魔力を神殿に集めて式を組み発動させるものである。

 だが内丹。天地を体内に照応させる仙人は存在が一個の神殿だ。何もせずとも外気が集結し、大掛かりな用意なしでも戦術級の魔術を発動する。

 ぽっかりと空いた前列に入り込み今度は震脚。さきほどとは別の戦略魔術「大地極震」が発動し、大地の隆起で5千が散った。横薙ぎの手刀の延長線上は全て凍りつき砕け落ちる。

 蹴って殴って投げて決めて無尽蔵に湧き出る軍隊を一個生物に見立てて仙人は存分に破壊の力を行使する。

 

 

 膨大な破壊の終わりは封印の終了と共に訪れた。

 

 

 疲弊しきった顔で神裂火織は無口な仙人に終わりを告げると、仙人は無言のままそれに頷く。

 その反応にまた疲れ、神裂は一人と一匹に背をむけて事務所を後にした。




さいごだるいいい。おやすみなさい。

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