Zestiria×Wizard 〜瞳にうつる希望〜   作:フジ

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???「お前が小説より仕事を優先するのは勝手だ。けどそうなった場合誰が小説を書くと思う?」

フジ「……」

???「万丈だ。万丈はアマゾンズ完結編の為に遠征を強いられるお前に長瀬として負い目を感じているはずだ。だからお前が書かなきゃ、自分から手を挙げるだろう。けど、あいつの学力じゃ小説は書けない。そうなれば、感想欄の連中はよってたかってクローズを責める。お前が書くしかないんだよ。」


あけおめ(春)

そんな訳で最新話ですハイ


第4章 風ノ唄
34話 少女の想いは届くのか


 

「くくく……」

 

その日ハイランドの内務大臣であるバルトロの機嫌はとても良かった。

 

両脇に護衛を連れ彼はラウドテブル王宮の廊下をゆっくりと我が物顔で歩んでいく。その口元は楽しそうに釣り上がり笑みを浮かべのんとも意地の悪い表情を作り上げている。

 

「(ランドンからの報告……恐らくはアリーシャ姫の事だろう。どうやら上手く事が運んだらしい……ふふふ……)」

 

彼は今ランドン師団長から評議会への報告があると聞き会議場へと足を運んでいた。

 

「(漸く目障りな小娘を始末できたか……風の骨への暗殺の依頼は奴らの内輪揉めで失敗に終わったが、騎士団としての任務中の『不幸な事故』ならばあの騎士ごっこが好きな小娘も本望だろう、国葬は派手に取り行ってやろうじゃないか)」

 

前回のグレィブガント盆地での大規模な激突の後、導師であるスレイが戦場で生死不明となりレディレイクでは導師の登場により勢いを増していた市民達の内政への抗議の声も弱まりつつあった。

導師に近しい存在として同じく注目を浴びていたアリーシャの影響力も弱まり彼女への警戒を弱めたバルトロはランドン師団長からの提案の元、形式上だけとはいえ騎士団に所属している彼女をランドンの元へと預け内政から遠ざけると共に危険な任の中であわよくば彼女を亡き者にと画策していた。

 

そして暫く経ちランドン師団長から評議会へアリーシャ姫の件で重要な報告があると連絡があり評議会が招集されたのだ。それを聞きバルトロは計画が成功したと確信したのだ。

 

「(これで戦争反対派を率いる厄介な小娘が消えた。これを機にローランスとの本格的な戦いの準備を……)」

 

そう思考しながら彼は会議場へと辿り着く。

広く円形の会議場の最奥である大きな椅子へとバルトロは腰掛ける。その両隣には彼と同様評議会の中心人物であるマティア軍機大臣、ナタエル大司教、シモン律令博士がおり、それ以外の者たちも自身の席に座りランドンが訪れるのを待つ。

 

 

そして……

 

「ば、バルトロ大臣……ランドン師団長が到着したのたのですが……」

 

ランドンの到着を兵が知らせる。だが、どこかその言葉は歯切れが悪い。だが浮かれたバルトロはその事に気がつかない。

 

「うむ。通せ」

 

「で、ですがその……」

 

言い淀む兵にバルトロは眉を顰める。

 

「なんだ!? いいから早く通せ!」

 

「は、ハイ!」

 

バルトロの強い言葉に兵士は慌てて議会へと繋がる扉を開ける。

 

そしてその扉からランドンが現れる。

 

だがその光景はその場いる者たちの想像したものとは大きく乖離していた。

 

「な、何故……」

 

先程まで静まっていた評議会の者たちが騒めく。

 

それもそのはず、ランドンが連れ立って歩く3名。それはバルトロも知っている人物。

 

開戦前に姫と共に連行された謎の男。

 

戦場で生死不明となった筈の導師。

 

そして……

 

「お久しぶりです。此度は責務に追われる中この様な場を設けて頂けた事、感謝します」

 

この場に現れる筈のないハイランドの姫、アリーシャ・ディフダその人だった。

 

________________________________________

 

「な、何故アリーシャ姫がここに……?」

 

生きているというのはまだいい。バルトロの早合点だったという話で済む。だが生死不明だった導師と共にランドンに連れられて評議会に現れるとはどういう事だ。

 

それに彼女の今の言葉、まるでランドンに連れられた現れたのでは無く彼女自身がこの場を設ける事を目的としているかのような……

 

「……アリーシャ姫、何故この場に? 貴女はランドン師団長と共に騎士団の任に就いていた筈では?」

 

「今回の評議会の招集に関してはハイランドの今後について重要な話がありランドン師団長の名を借りて行わせて頂きました。結果として騙すような形となってしまった事は謝罪いたします」

 

アリーシャはそう言うと深く頭を下げる。

 

「……ランドンの? いや、そもそも何故導師が共に? グレイブガントでの戦いで生死不明だったと聞いているが?」

 

「その事に関してもこれから説明いたします。導師スレイもこれからお話する事に深く関わっていますので……」

 

「ふん……それで? 一体何を話すというのですか?」

 

また小娘の戯言かと小馬鹿にしたようにバルトロは息を零す。だがアリーシャはその態度を意に介さず言葉を続ける。

 

「説明致します、この災厄の時代の原因、『穢れ』とそれにより生み出される『憑魔』について……」

 

________________________________________

 

そうしてアリーシャは評議会の者達の前で語った。人の負の感情により生まれる『穢れ』その穢れにより生まれる災厄の原因である『憑魔』。そして人々に加護を与え守る存在である天族の事を……

 

その事実を全て語り終えた先に待つものは……

 

「ククク……アリーシャ姫、その様な御伽噺を聞かせる為に我々をこの場に集めたのですか?」

 

彼女を小馬鹿にした嘲笑だった。

 

評議会の者達全てが口には出さずともアリーシャの言葉を信じてはいないとわかるほどの薄ら笑いを浮かべている。

 

「姫よ。確かに導師が特別な力をもっているという事は私も認めよう。だが、それをいい事にそんな与太話を吹き込んで我々の手綱を握ろうとするのは如何なものかな」

 

お前の魂胆はわかっているのだとでも言うように勝ち誇り言い放つバルトロ。

 

だが、それに対してバルトロにとって思わぬ所から反論が出た。

 

「事実です」

 

その言葉に評議会の者達の笑みが固まる。

 

「……なんと言った? ランドン師団長?」

 

笑みが消え小さく困惑の表情を見せたバルトロは反論した人物、ランドンへと問いかける。

 

「『穢れ』と『憑魔』そして『天族』の存在……姫の語った事の全てが真実だと。そう申し上げました」

 

そして再びハッキリとランドンは言い切った。それを受け一同は今度こそ押し黙る。

 

小娘の戯言だと思われた言葉をバルトロ側の人間であるランドンが肯定した事により困惑と疑問が彼らの中に生じたのだ。

 

「貴様まで何を言って……っ!」

 

ランドンのアリーシャの肩を持つような発言に怒りを見せるバルトロ。だがそれを遮る者が1人……

 

「話を聞こうか、ランドン師団長」

 

レディレイクの軍部を管轄するマティア軍機大臣がランドンの発言を促したのだ。

 

「マティア!?」

 

驚きの声をもらすバルトロだがマティアはそんな彼に口を開く。

 

「なんの根拠も無しにこの様な事を言う男ではありません。話くらい聞いてもよろしいでしょう」

 

軍部を取り仕切る立場であるからか他の者よりランドンに対しての信用があるのだろう。マティアはランドンに発言を促す。

 

「感謝します。では……」

 

そうしてランドンは自身が見たグレィブガント盆地での決戦で発生した憑魔化による混乱を語っていく。先ほどまで馬鹿にした様に嘲笑っていた評議会の者達もその話を鵜呑みにしている訳では無いがその表情から少しずつ笑みが薄れていく。

 

そしてランドンがグレィブガント盆地で起きた惨状を語り終え言葉を続ける。

 

「私自身この身で憑魔になりそれがどういう事なのか味わいました。感情が暴走し本能のまま行動しているというのに自身が異常だと気がつかない……アレは……もはや戦争ですらなかった……」

 

その言葉は決して大きなものではなかった。むしろ小さいとすら言えただろう。

だがそこに込められたランドンの感情がその言葉をその場にいる者達へと飲み込ませる。

 

「前回はなんとか事なきを得ましたが次に両国が全面戦争となり大規模な衝突が起これば今度こそ両国へ甚大な被害をもたらすでしょう」

 

そのランドンの言葉をアリーシャが引き継ぐ。

 

「被害は戦場だけでは止まりません。憑魔と化した両軍が本能のまま暴れれば戦場に近いマーリンドやラストンベルをはじめとした近隣の村にも被害が出る筈です。そして被害は留まらず大陸全土へと拡大していくでしょう」

 

そう言い切ったアリーシャにバルトロは忌々しげに返答する。

 

「それを信じろとでも言うのですか? その話を信じるよりも貴女がランドンを懐柔し与太話を語らせていると言われた方がずっと現実的だと思いますが?」

 

その言葉に雰囲気飲まれそうになっていた評議会の者達も我に帰った様に口々に口を開く。

 

「た、確かにいくらその様に言われても確たる証拠も無くては……」

 

「天族や憑魔がいるというのならやはりこの目で見ないことには信じることなどとても……」

 

他の者達も次々と同じ様な事を口にするが……

 

「うん、だからここにいる人達に直接見てもらおうと思ってここに来たんだ」

 

そう告げたスレイの言葉に全員が言葉を止めた……

 

「……導師よ、見せるとは?」

 

その場の者達の総意をマティアが口にする。

 

「言葉通りの意味だよ。実際に話しをして納得してもらうのが一番だって」

 

そして……

 

「でてきてくれライラ」

 

スレイがそう言うと共にその身体から光が飛び出す。そして赤く燃え上がる炎が光を旋回するように舞い踊りその中心から美しい銀の髪をなびかせながら1人の女性が現れる。

 

「こうして直接お話しさせていただくのは初めてになりますね。まずは自己紹介を、私はライラ。炎を司る火の天族です」

 

その言葉に今度こそその場にいる者達は目を丸くし口を大きく開けて固まった。

 

神秘的な雰囲気を纏い超常の炎と共に現れた女性は理屈を抜きにそれが人ならざる神秘の存在だと一同に本能的に理解させるには十分だった。

 

「彼女は穢れを浄化する力を持つ火の天族でありこのレディレイクに語り継がれている聖剣の伝承の中に登場する湖の乙女その人です」

 

「な!? 彼女が!?」

 

ランドンの言葉にナタエル大司教が驚きの声を上げる。それも仕方のない事だろう。彼自身が本心から天族の存在を信じているのかは別としてもハイランドの教会関係者のトップである彼にとっては伝承の中の存在が実在していたと言う事実の影響はとても大きい。

 

そんな存在が自分達がこれまで散々虐げてきたアリーシャ側に協力しているのだ。当然心中穏やかではないだろう。

 

「本来天族とは一部の潜在能力を秘めた人間にのみ視認する事が可能な存在です。ですが、ある事情で彼女だけが全ての人間に視認するのが可能となりこうして導師と共にこの場に来て貰う事となりました」

 

「……何のために?」

 

「警告の為にです」

 

「警告?」

 

マティアはランドンの言葉に眉をひそめる。

 

「その続きは私からお話しさせていただきます。人の世に仇なす存在……『災禍の顕主』について……」

 

そしてライラの口から災禍の顕主とは何か一同へと語られて行く____

 

「人の世に幾度となく現れる強大な力を持つ憑魔……災禍の顕主か……つまりその存在が今この大陸で暗躍していると?」

 

全てを語り終えた後そう問いかけるマティアに対してライラは静かに首を縦に振り肯定する。

 

「その通りです。彼の者はヘルダルフと名乗っていましたが、先ほど師団長さんがお話しした先日の戦場での混乱もヘルダルフが現れた事により生み出されたものです」

 

「……本当なのかランドン師団長?」

 

マティアはランドンへと視線を向けライラの言葉の真偽を問う。

 

「戦場で憑魔化により私を含め大規模な被害により戦場は混沌と化しました。被害にあった兵士達の証言も既に纏めております。そして我が軍と捕虜のローランス軍双方から開戦の際に相手の部隊から先制攻撃を受けたとの証言が出ていますが。双方ともその部隊がなんなのか把握出来ておらず何者かによる介入の可能性が考えられます」

 

マティアに対してランドンは戦場で発生した事柄を語って行きその言葉をアリーシャが引き継ぐ。

 

「恐らくはハイランドが導師を味方に引き入れた事により勢い付いた大規模な攻勢を行なった事による衝突で発生する負の感情の爆発を狙って何かの目的があって介入してきたものと考えられます。ヘルダルフのその後の消息は不明ですが今後も何かしらの形で両国の激突を煽ろうとしてくる可能性は高いです」

 

そう言い切ったアリーシャの言葉を受けバルトロは苦々しげな表情を浮かべランドンへ言葉を吐き捨てる。

 

「ランドン……貴様それだけの情報を何故黙って……」

 

「では報告すれば信じましたか? 先程大臣自身が仰った事です。そんな与太話を信じるなら私が姫に懐柔されたと考える方が現実的だと」

 

「ぐっ……貴様……」

 

「お気に障ったのなら謝罪します。ですがこれは大臣を責めているのではありません。仮に私が貴方の立場で部下からこの情報を伝えられても同様に信じなかったでしょう。貴方や私に限らずここにいる全ての者にもそれは言える事です。だからこそ確実な証言を纏める必要があると判断しました」

 

「むぅ……それで? 結局の所、姫はその証言を基に我々に何を要求したいのです?」

 

ランドンの言葉を苦々しい表情で受け止めながらもバルトロはアリーシャの真意を問う。

 

「ローランスとの停戦、及び和平へ向けての交渉とヘルダルフに対抗する為の二国間の連携。これが私が評議会に要求する議題です」

 

そのアリーシャの言葉に一同がどよめく。

 

「ローランスとの和平交渉!? それは幾ら何でも……」

 

「20年以上続いてる戦争です。そんな簡単に和平など……」

 

「奴らによりハイランドがどれだけの被害を被ったと……!」

 

長年の戦争により両国の間に生じた溝は大きい。バルトロの様な戦争推進派は勿論の事、それ以外の者たちも停戦に関しては消極的な意見が多くアリーシャの言葉は簡単には受け入れられない。

 

「姫、仮に憑魔の存在が事実であったとしてもローランスとの戦争は貴女が生まれる以前より続く根深い問題だ。若い貴女には実感が薄いかもしれませんが向こうがこちらの話をそう簡単に聞き入れてくれるはずも____ 」

 

バルトロはその場の者たちの総意を口にする。その表情には現実を知らない小娘の戯言だとでもいう様に呆れた感情が浮かんでいたが_____

 

「ところがどっこい、そうでもないんだなこれが」

 

そんな重々しい場の空気に見合わない軽い調子の言葉がバルトロの言葉を遮った。

 

「____なんだ貴様は?」

 

言葉を遮った男。操真晴人に対してバルトロは冷たい視線を向ける。

 

「あれ? 前にあった時は名乗ってなかったっけか?」

 

「貴様は……あぁ、あの時に姫と共にいた何処ぞの馬の骨か」

 

「覚えて貰えてたのなら光栄だな」

 

バルトロの皮肉に対しも晴人はどこ吹く風と言う様に軽く流す。

 

「ふん、そもそもどこの馬の骨とも知れない貴様が何故この場にいる? ここは国の行方を論じる場所だぞ?」

 

「ん? ま、俺自身はアリーシャのオマケみたいなもんだけど一応今回の問題には関係してるんでね。挨拶も兼ねて一緒に来させて貰ったって訳さ」

 

「挨拶だと? いや待て……そもそも先ほどの『そうでもない』とはどういう意味だ?」

 

その言葉に晴人はどこか気取った様な動きで周囲を見回した後口を開く。

 

「では改めまして。俺は操真晴人。今は訳あってアリーシャの手伝いをさせて貰ってる。そして____」

 

そう言いながら晴人は1つの書状を取り出す。一体なんだと一同は訝しむが……

 

その次の瞬間____

 

【コネクト! プリーズ!】

 

『なぁ!?』

 

評議会全員から驚きの声が上がる。

 

晴人の眼前に現れた赤い魔法陣へ書状を持つ手を入れたと思った次の瞬間遠く離れた席に座るバルトロの眼前に現れたもう1つの魔法陣から晴人の腕が現れ書状を差し出したのだ。

 

「____指輪の魔法使い、ウィザードだ。今後ともよろしく。そんでもってさっきの言葉の意味はそれに書いてあるから」

 

そう言って晴人は固まっているバルトロの前に書状を置くと魔法陣から手を引き抜く。

 

「な、なんだ今のは!?」

 

「いや、だから魔法だってば」

 

狼狽えるバルトロに対して晴人は軽い調子で再びそう告げる。

 

次々と引き起こされる未知の展開に評議会は混乱の渦中と化す。

 

「彼の名はソーマ・ハルト。導師スレイと同様に憑魔を浄化する力を有している魔法使いです」

 

「ま、魔法使いだと!? この男が導師と同じ力を持っていると言うのか!?」

 

ランドンの言葉にシモン律令博士が驚きの声をあげる。

 

「はい、今回の件には姫の協力者として護衛を行なっており導師同様に災禍の顕主へ対抗する為に重要な存在であると判断しこの場に同行させました」

 

「そんなご大層なもんでもないんだけど……ま、個人的にできる範囲でアリーシャに協力させてもらってる」

 

その言葉にバルトロは訝しげな表情を浮かべる。

 

「アリーシャ姫に……? 何故その様な……」

 

その言葉には皮肉では無く純粋な疑問が含まれていた。

 

当然といえば当然だろう。何せバルトロはこれまで戦争反対派であるアリーシャに協力者が現れない様に画策していた張本人だ。

 

アリーシャに協力的であるマルトランとその部下達や一部の戦争反対派は評議会の力で彼女へと必要以上に接触、協力ができない様に手を回した。

 

そうでは無い比較的中立な立場の者達もアリーシャへの日々の扱いを見て巻き込まれては叶わないと彼女への助力を行わない様になった。

 

当然と言えば当然だろう。たとえ綺麗な正論を述べようが実績も何も無い世間知らずの小娘が言えばそれはだだの理想論だ。そんな小娘を助けて自らも同じ目に遭いたいなどという者はそうはいない。

 

だと言うのに目の前の男は導師と同様の力を持ちながら理想論を語る夢見がちな小娘に力を貸していると言うのだ。

 

既に一度アリーシャが冤罪をかけられ拘束された時にと共にその光景を見て彼女のこの国での立場というものを理解している筈にも関わらずだ。

 

そんなバルトロの疑問から生じた呟きに対して晴人はあっけらかんとした顔で返答する。

 

「ん? 何故って……まぁ敢えて言うなら……愛と平和の為……かな?」

 

その言葉に評議会になんとも言えない空気が流れる。

 

「……ふざけているのか?」

 

「いやいや至って大真面目さ。だからアリーシャに協力してる」

 

「姫の語る綺麗事の理想論にか?」

 

「その綺麗事の理想論を形にする第一歩の為にさ。ほら早くソレを読んでみなよ」

 

そう言って晴人はバルトロに渡した書状を読むように促す。

 

「チッ……いったいなんだと……」

 

忌々しげにそう言ってバルトロは書状を開きその内容へと目を通す。だがその表情に次第に動揺が現れ始める。

 

「な、こ、これは……!? 」

 

声を震わせるバルトロにアリーシャが告げる。

 

「ローランスの現皇帝、ライト陛下からハイランドとの停戦及び和平交渉を見据えた関係の改善とヘルダルフを始めとした憑魔へ対抗する為の二国間の連携、協力を求める親書です」

 

「言っておくけど偽物では無いぜ? 正真正銘本人から預かったものだ」

 

その言葉は今日一番のざわめきを評議会にもたらした。天族や憑魔、魔法使いと言った理解が追いつかない超常の力よりもある種この場にいる面々が理解できる事柄だからだろう。

 

「ま、間違いありません……本物です」

 

律令博士であるシモンが親書を確認しその中身から親書が本物である事を認める。

 

「しかしこれは……いったいどうやって……」

 

何故アリーシャがローランスの皇帝の親書を持っているのか理解できず戸惑いを見せるシモン。それに対してランドンが口を開く。

 

「直接ローランスの皇帝へ謁見したのです。アリーシャ姫自身が」

 

「直接だと!?」

 

「えぇ、魔法使いであるソーマ・ハルトと共に秘密裏にローランスを訪れ導師達と合流しローランスの皇帝と会談を行い憑魔への対策を話し合った。その成果がそれです」

 

「馬鹿な!? そもそも姫は……」

 

「私が預かりこれまで通り政治に介入できないよう危険な立場に置き隔離する。そういう手筈でしたね」

 

その言葉に評議会の者達の息が詰まる。事実とは言え本人がいるこの場所でその事を告げられたのだ大っぴらに「はいそうです」と開き直れるというものでもないだろう。

 

「ランドン貴様が協力して……」

 

「その通りです。独断ではありますがその必要があると判断しました」

 

その言葉にバルトロが椅子を拳で叩き声を荒げる。

 

「必要があっただと!? たかが師団長風情が国の方針を決める重要な事態を勝手に判断し独断で決定を下したというのか!? 貴様それでタダで済むと____」

 

「思ってなどいません」

 

荒げたバルトロの言葉を遮りランドンはハッキリと告げる。

 

「なっ!?」

 

「どの道、姫達の介入で戦場の混乱が収まらなければ私は指揮権を放棄し憑魔となった大量の戦力を失わせた失態で処罰されていたでしょう。元は私も貴方と同様に姫を虐げていた側の人間です。今更都合良く此方側で仲間面するつもりもありません。今回の事で処罰されると言うのなら謹んでお受けしましょう」

 

「ですが」言葉を一度区切ったランドンは小さく息を吸うとバルトロを見据えハッキリとした口調で告げる。

 

「その上で今回のアリーシャ姫の言葉をどうか真剣に受け止めていただきたい。姫はこの国の未来を想い己の行動を持って1つの成果を出しました。我々が与太話だと嘲笑って切り捨て、知らず知らずに歩んでいた滅亡への道を阻止する為に……我々が世間知らずだと内心で見下していた小娘が本当はこの国の誰よりも真実に立ち向かおうとしていた。その事を我々は認めなくてはならない筈です」

 

そう言い切りランドンは言葉を止めた。

 

「ランドン師団長……」

 

アリーシャは申し訳なさそうに影を落とした表情でランドンを見る。自身の行動に協力した結果ランドンが処罰の対象となる事に胸を痛めているのだろう。

 

「(全く……相変わらず甘い小娘だ……元はと言えば私も評議会側の人間だと言うのに)」

 

これまで自身を虐げてきた側の人間に対してそんな表情を浮かべるアリーシャにランドンは内心で小さく呆れてしまう。

 

「(だが、そんな甘い人間だからこそ救えるものもあるのだろうな……)」

 

一瞬、口元に小さく笑みを浮かべたランドンはすぐに表情を引き締めると再度口を開く。

 

「私から話せる事は以上です。後は姫の口からお願いします。処罰に関しては評議会の判断にお任せいたします」

 

そう言ってランドンは議会へと背を向けるとこの場を去ろうとし____

 

「……」

 

一瞬、彼の視線が晴人へと向けられる。

 

言葉は何も無い。だがその瞳は確かにランドンの意思を晴人へと伝えた。

 

「まかせろ」そう言う様に晴人は小さく頷く。それを見てランドンはどこか安心した様に表情を緩めると今度こそ足早にその場を去って行った。

 

ランドンの退場により場が静寂に包まれるが……

 

「あの男、どこまで勝手な真似をっ!」

 

忌々しげに吐き捨てるバルトロだがそこに晴人から声がかかる。

 

「巻き込んだのは俺たち側なんだ。あんまり悪くは言わないでやって欲しいな。少なくも師団長さんはこの国の為を想って協力してくれたんだ。アンタに対しての背信だのそんな気持ちで動いてた訳じゃ無いぜ」

 

「だからなんだ!? そもそもローランスがこの停戦を結んだとしてローランスがそれを守る保証がどこにある? 共闘を持ちかけこちらを油断させ不意を打つ算段をしているという可能性も十分に考えられる。仮にこのローランスの皇帝の親書が本心だとして奴は帝位を継いだばかりの小僧の筈だ。本当に停戦条約を守れるほどローランスを制御する事が出来るのか!」

 

声を荒げるバルトロだがその指摘自体は的を得ていると。ローランスが現状一枚岩では無いという彼の読みは否定できない事実だ。

だが……

 

「確かに貴方の言うことも正しいと思う。だからそこに関しては手を打ってるよ」

 

「……何?」

 

意外にもそんな彼に対して口を開いたのはスレイだった。

 

「ローランスの皇帝とも話し合ったけど、もしもどちらかの国が結んだ停戦を破って攻撃を仕掛けた場合は……導師であるオレが攻撃を受けた側の国を守る」

 

その言葉に評議会に動揺が奔る。当然と言えば当然だ。導師であるスレイの存在が前回の戦場でどれだけハイランドに有利に働いたかこの場に知らない者はいない。もしもスレイが敵に回ればそれだけで戦況は不利に傾くだろう。安易に開戦を仕掛けた側の国が無駄に消耗し不利になるのだ。両国とも安易に開戦には踏み切れなくなる。

 

「……それは脅しか?」

 

「そう思われても構わない。もし前回みたいな大規模な激突が起きてそこにヘルダルフが現れたら現状ではどうしようもない。オレの存在がそれを少しでも抑える事ができるならオレは導師としてそれを選択する」

 

「……意外だな。前回は導師として人の世に深く関わることを拒否した貴様が」

 

前回王宮に呼び出しハイランドへの協力を拒否された事を引き合いに出し皮肉げに言い放つバルトロだがスレイの表情に迷いは浮かばない。それに続くようにライラが口を開いた。

 

「導師は強大な力を持ちます。それ故に人の世に深く関わればそれだけで多くのものを歪めてしまうでしょう。だからこそ掟として導師は国や政治へ深く関わる事を禁じられています。これは嘗て『ある導師』が世界を変えるために人の世に深く干渉し人と天族の双方に深い傷を遺した事から決められたものです」

 

導師の掟について語るライラ。そこに再びスレイが口を開く。

 

「けど、だからってオレは今この状況で傍観者になる事が正しいとは思えない。だから抑止力としてもしも戦争が起きた時は守る為にこの力を使う。導師の掟を軽く見る訳じゃ無いけどオレ自身、もう人間の世界に完全に無関係でいる事なんてできないと思うから」

 

その言葉を聞きマティアが口を開く。

 

「攻めこそはしないが守る事には参加すると……?」

 

「一応、人間の世の中でオレなりに導師として何ができるのか考えた結果……かな?」

 

軽い調子ながらもはっきりとした口調でそう告げたスレイにマティアは何かを考えるように目を瞑り、逡巡した後口を開く。

 

「姫、1つお聞きしたい」

 

「……なんでしょうかマティア大臣」

 

声をかけられた事に少し意外そうな表情を浮かべるアリーシャだがすぐに引き締めるとマティアへと問い返す。

 

「貴女が仰る危険性と緊急性に関しては理解しました。全てを信じるとまではいきませんが少なくとも只の与太話では無いという事も」

 

「マティア大臣!? 姫の話を信じるというのですか!?」

 

シモンがヒステリックに非難する様に声をあげるがマティアは動じず言葉を続ける。

 

「シモン律令博士……先ほども言ったがランドンは何の理由も無しに今回の様な無茶な真似をする男では無い。にも関わらず独断で我々に黙って姫に力を貸したというのは奴から見てもそれ程差し迫った危機が確かに存在するという事だ。そこにいるライラという天族の事も加味すれば与太話で切り捨てる事は出来ないだろう」

 

冷静な言葉でシモンの問いかけに答えたマティアはそのままアリーシャへ視線を戻すと言葉を続ける

 

「その上でお尋ねしたい。貴女が仰っている事がどれだけ難しい話なのか貴女自身がしっかりと理解した上での発言なのか」

 

まっすぐにアリーシャへと視線を向けマティアは問いかける。

 

「半信半疑ではありますが貴女が言うこの大陸が置かれている状況というのは理解しました。それが事実であるのならば確かに戦争どころでは無いというのも正しいでしょう」

 

そう言った上でマティアは「ですが……」と話を切り出す。

 

「共通の敵ができ、手を取り合い共闘する事が出来たとしてもそれは一時的なものでしかありません。貴女が生まれる以前より続くハイランドとローランスの争いで生じた溝はとても大きい。そして災禍の顕主という共通の敵さえ排する事さえできれば両国はまたお互いの利益の為に行動するでしょう。その選択肢の中には当然戦争という手段も含まれます」

 

「……」

 

マティアの言葉をアリーシャは黙って受け止める。そしてマティアの言葉は続く。

 

「導師による抑止もいつまでも続けられるものでは無いでしょう。そもそも災禍の顕主による被害を防ぐ為の提案だ。災禍の顕主を倒し、そのお題目が失われれば導師は国の政治に介入する理由は失われる。そして本格的に両国が戦争を始めてしまえば第三者である導師はどちらの味方にもなれない」

 

マティアは淡々と事実のみ告げていく。

 

「仮に戦争にまで発展しなかったとしても国政というのは慈善活動ではありません。ハイランドもローランスも自国の利益の為に相手を出し抜こうと躍起になるでしょう。例えローランスの皇帝が友好的な立場の人間であったとしても国を治める立場である以上それら全てを抑えることなどできはしません。和平への道程は困難を極める事でしょう。その事を貴女はどう考えているのですか?」

 

国を治める立場である以上その行動は国の為のものでなければならない。ならばどうしてもその選択肢は自国を優先したものとなるだろう。それを突き詰めていった結果がローランスとハイランドが大規模な激突と小競り合いを繰り返し再び一触即発寸前となっていた現状だ。

 

ヘルダルフという共通の敵を相手に様々な問題に目を瞑り例え一時的に手を取り合えたとしても、絵本の物語の様にヘルダルフを倒し、めでたしめでたしで済むほど話は単純なものでは無い。寧ろ共通の敵を失えば再び様々な人間社会の問題が湧き出てくる事だろう。

それを乗り越えて真の和平を目指すという事は容易では無い。

 

「(……まぁ、確かに簡単な事じゃ無いよな)」

 

マティアのその言葉を晴人も内心で肯定する。

 

晴人はこれまでゲートの希望を守る為にファントムと戦ってきた。だがゲートに対して彼が手助けする事ができるのは基本的にはファントムを倒すまでだ。

 

ファントム絡みのアフターケアならまだしもゲート達のその後の人生にまで彼が大きく介入する事はまず無いし、できない。

晴人にできるのは『希望(ゆめ)を守る』事まで、『希望(ゆめ)を叶える』事ができるのかは結局の所、晴人に命を救われた後のゲート達自身の努力に掛かっている。

 

だからこそ晴人にはマティアの言葉の意味がよく理解できる。彼が語る問題とは、例えるならばファントムを倒し救われたゲート達のその後についてなのだ。

 

倒すべき敵を倒した先にある問題。言ってしまえば晴人にとっては本来専門外の領域だ。こればかりは例え魔法使いであろうとも簡単になんとかできる問題では無い。そもそも国レベルの問題ならば晴人個人でなんとかできる範疇をとうに超えてしまっている。

 

「…………」

 

沈黙を続けるアリーシャ。だが晴人は今回ばかりは助け舟を出す事はしない。

否、できない。

 

そもそも晴人がこの世界を訪れて大した期間は経っていない。彼が個人的にこの世界に対して思う事はあるし、目の前で危険な目にあっている人がいるのであれば彼は希望の魔法使いとしてこれまでと同じ様に力となるだろうが、それでも余所者である以上、国や政治に対して軽々しく口出しできる様な立場では無いことは彼自身自覚してるからだ。

 

今、評議会の人々の心を動かす事が出来るのは同じハイランドの人間であるアリーシャ自身の言葉に他ならない。

 

そして彼女ならきっとそれができる。

そう信じて晴人はアリーシャを見守る。

 

アリーシャは瞳を閉じると一拍置いて何かを決意した様に目を開き、沈黙を破りマティアに対して返答する。

 

「困難である事は承知しています」

 

ゆっくりとアリーシャは言葉を紡いでいく。

 

「マティア殿の言う通り、例え災禍の顕主を打倒する為にローランスと協力できたとしても、打倒した先には多くの問題が山積みとなっているのも事実です。両国に刻まれた禍根は根深い。恨み、疑念、利益、様々なものが和平への道程に立ちふさがる事になるでしょう。そして我々もローランスも一枚岩ではありません。戦争という火種はこれから先も常につきまとい続ける。完全な和平の実現は簡単な話ではありません」

 

これまでの積み重ねの上に『今』がある。そして積み重ねられた物は決して良いものだけとは限らない。若いアリーシャよりもこの場にいる評議会の面々はその目で人の世が生んだ負の遺産が積み上げられていく所を目にしてしまっている。

 

だからこそ、これまでアリーシャが語ってきた理想論は彼らには絵空事としか受け取られなかった。

 

良くも悪くもアリーシャの真っ直ぐな言葉は現実を見てきた彼らに眩し過ぎたのかもしれない。

 

だが……

 

「それでも目指す価値はあると私は信じています」

 

それでもアリーシャは真っ直ぐに自分の想いを言葉にする。

 

「……では貴女は自分なら和平(それ)を実現できると考えているのですか?」

 

そう問いただすマティアに対してアリーシャは……

 

 

 

 

「私1人では不可能でしょう」

 

キッパリとその言葉を否定した。

その反応が意外だったのかマティアはわずかに目を丸くする。

 

「今回、ライト陛下との話し合いが実現したのは多くの人々から協力を得られたからこそです。私1人ではどう足掻いてもこれ程の成果を得る事などできなかった。そして、これから先の問題も私1人では解決できる程容易なものではありません。だからこそ___」

 

どこまでも真っ直ぐに少女は告げる。

 

「あなた方評議会の力を貸して頂きたい」

 

「なっ!?」

 

その言葉に周囲がざわめいた。評議会の面々は彼女のその言葉が予想外だったのか明らかに動揺している。特にバルトロはそれが顕著だ。

 

「……意外ですね。我々から実権を奪う方が姫にとっては都合が良い筈ですが」

 

マティアの言葉こそが評議会の面々の総意だった。この場にいる者達はアリーシャが今回の成果や導師、天族の協力を持って評議会から実権を奪うつもりなのだと考えていた。

 

元々、貴族達上流階級の優遇や災厄の頻発により民からの不満、不信を買っていた評議会は導師の出現により更に支持を落としていた。

 

そこに導師や天族、憑魔の存在まで明るみに出れば戦争支持派である評議会の権威は地に落ちるだろう。

そこに導師と天族とつながりを持つアリーシャが上手く立ち回る事が出来れば彼女は市民から大きな支持を受けられる。

 

権力こそ大きくは無いが、日頃から市民の為に活動していた彼女は評判そのものは決して悪く無い。先の冤罪をかけられた際も市民の間では評議会によるでっち上げだと囁かれていた程だ。

 

加えて評議会はこれまでアリーシャに対して小さな嫌がらせから活動の妨害、タチの悪いものでは命の危険を伴う行為まで行っている。

 

報復するのならばまたと無い機会なのだ。

評議会の者達誰もがそうだと感じている。

 

だというのにアリーシャの口から出た言葉は全く真逆のものだったのだ。

 

「……我々を恨んではいないのですか?」

 

マティアの口からその疑問がアリーシャへと向けられる。それに対してアリーシャはほんの少しだけ沈黙した後にゆっくりと言葉を零す。

 

「……これまでの事に何も感じていなかった訳ではありません。辛いと感じた事も怒りを感じた事も当然あります」

 

当然といえば当然だ。これまでの彼女が送ってきた日々は明らかに理不尽なものだった。人間であればそれに対して恨みの1つも抱くだろう。だが……

 

「それでもその道を歩き続けたのは私の意志です。本当に辛く嫌だったのなら貴方方の意見に口出しなどせず口を噤んで屋敷に篭っていればよかった。そうしなかったのは、私には叶えたい希望(ゆめ)があったからです……そしてそれは今も変わりません」

 

「夢……?」

 

「災厄の時代を越えたその先で穢れのない故郷を見たい……人々が心の底から笑い合い希望(ゆめ)を叶えられるそんな国を……」

 

そんな彼女の言葉をバルトロは鼻で笑う。

 

「ふん……理想論だ。国を守っているのは我々だ。自分の願いを好き勝手に口にして不満ばかり言う政治の何もわからんのような連中に何故我々が施しを与えてやらねば……」

 

「それは違います」

 

ハッキリとアリーシャの言葉がバルトロの言葉を遮る。

 

「バルトロ大臣。貴方の言う通り政治というのは大局を見据えたもので無くてはならないのは事実です。ですが、我々がすべき事は施しを与えるなどという上から目線の行いではありません」

 

彼女の語る夢は確かに理想論だ。

 

漠然とした絵空事の綺麗事だ。

 

どんな人間だって彼女の夢を聞けば頭の片隅にそんな言葉が浮かんでしまう事だろう。

アリーシャ自身それは自覚している。

だけどそれでも彼女は理想を謳う。

 

「この災厄の時代、人々は常に不安を心に抱えています。終わりの見え無い災厄がいつ自身の命を脅かすのか、明日が訪れるのかに怯えながら生きているんです」

 

未来の為に何かを積み重ねていくのでは無く希望(ゆめ)も持てずに今を維持する為だけに怯えながら生きていく世界。彼女はそれを認める事が出来ない。

 

「一人一人が希望(ゆめ)を抱き、それを叶える為に明日を目指して生きていく事のできる世界。それこそが我々が築いていかなければならないものの筈です」

 

現実を知ってもそれでも彼女は理想を謳い続ける。そこに一歩でも近づく為に……

 

「理想論だという事は分かっています。私の語る理想が現実を前にしてどれだけ不確かで脆いものなのかも……だからこそ、貴方方、評議会の力を貸し欲しいのです。現実を知っているからこそ、その力を現実への妥協では無く現実を乗り越える為のものとして活かしていただきたい」

 

アリーシャ自身、評議会の面々の手腕は自分よりもずっと上だと理解している。思想にこそ大きな溝があったが、この災厄の時代でハイランドを維持してきたのもまた彼らの手腕によるものだ。だからこそアリーシャは彼らの存在もまたハイランドに必要なものだと考えている。

 

「これまで我々は天族や憑魔の存在を知らずに我々だけの常識の中を生きてきました。ですがその存在が確かな現実となった今、我々は変わらなくてはならない筈です。そしてこの場にいる方々が目の前の現実から目を背け続けるほど愚かでも弱くも無いと私は信じています」

 

人の汚さを見てきて、それでも彼女は人の心を信じる事をやめはしなかった。

 

「国というものは私1人で動かせるものではありません……我々が人間が前に……未来に進む為に……私では無く、ハイランドの為に……どうか貴方方の力を貸してください」

 

そう言ってアリーシャは深々と頭を下げた。

 

それを見てスレイ、ライラ、晴人が口を開く。

 

「アリーシャはさ。本当にハイランドが好きなんだ。その中には貴方達も含まれてる。それをわかってほしい」

 

「我々天族の力も決して万能ではありません。我々の力もまた人により支えられてこそのものです。だからこそこれを機に未来に進む為に一方的では無くお互いを理解して協力していけないでしょうか?」

 

「前にも大臣さんには言ったけど、俺は政治に関して詳しく無いし、そもそもこの国に来て日も浅い余所者だ。だからまぁあまり知った風な口を利くつもりないけどさ。そんな俺でもこのままじゃマズイって事はわかるよ。アリーシャはそれをなんとかしたくて必死に行動して来た。アンタ達だってこの国が嫌いな訳じゃ無いだろ?俺も可能な限り魔法使いとして手は貸すつもりだ。アンタ達も力を貸してくれ、頼む……」

 

それぞれが思いを口にしてアリーシャ同様頭を下げる。

 

アリーシャ達から言う事はこれ以上何も無い。後は差し出した手を相手が握ってくれることを信じる他ない。

 

たが……

 

『…………』

 

それに対して評議会の者達からの反応は無い。

 

いや、正確には彼らとてアリーシャ訴えた危機に対して何も感じていない訳でない。だがそれがどれほどのものなのか、どこまでが真実なのか、開示された情報量とその真偽に困惑して声を出せないのだ。

 

そして何よりも彼女に手を貸すという事はバルトロ率いる評議会に少なからず反旗を翻すという事になる。

 

それが何を意味するか知らない彼らでは無い。何せ今までアリーシャに対して行なっていた仕打ちが今度は自分達へと向きかねないのだ。

そんなリスクを背負う事に最初の一歩を踏み出す勇気があるものなど中々いるものでは無い。

 

長く続く沈黙。それでもアリーシャに賛同するものは現れない。その光景にバルトロは内心でほくそ笑む。

 

「(……やはり私の声は届かないのか)」

 

自身の無力さを感じアリーシャは頭を下げながら悲しげに瞳を閉じようとした。

 

その時……

 

「……え?」

 

音がした。

 

パチパチと手を叩く音。

音からして拍手している人物は1人。

 

一体誰がと思いアリーシャ達は頭を上げ音のする方へ視線を向ける。

 

それは評議会の者達も同様だ。「一体誰がそんな命知らずな真似を」と視線を向ける。

 

その先にいたのは……

 

「マティア大臣……?」

 

そうバルトロの側近にして評議会を取り仕切る最大権力者の1人であるマティア軍規大臣だった。

 

まさかの彼の行動にその場にいる者達全員が目を丸くする。

 

「姫……貴女の想いはわかりました。貴女の理想全てに共感できた訳でも、その全てを信じた訳でもありませんが、貴女の仰る和平への道……私は支持しましょう」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

アリーシャの顔に喜びが浮かぶ

 

「マティア貴様どういうつもりだ!?」

 

そしてその反対にバルトロは怒りの形相でマティアを問い詰める。

 

「姫の理想論を鵜呑みにしている訳ではありません。ですが姫の言葉の中に目を背けてはならない事実があったのも否定は出来ないでしょう……我々が知らない真実が存在していたのであれば見直さなければならない事もあるはずです。それに___」

 

マティアはアリーシャへと視線を向けて小さく笑う。

 

「私の半分も生きていない小娘にあそこまで言わせて何もしないでいられる程私も腰抜けでは無いのでね……ランドンの言う通り認めるべきなのでしょう。姫がただ何も知らずに絵空事を語るだけの小娘では無いのだと……」

 

その言葉に評議会に流れていた空気が変わった。

 

マティアという評議会のトップの1人が先陣を切ってアリーシャに賛同したのだ。

 

その変化が何をもたらすのか……それは……

 

「わ、私も停戦には賛成すべきかと……」

 

「ま、まぁ調査してみる価値はあるのでは? 」

 

「ローランスの皇帝が賛同する以上何らかの危機が迫っているというのも……」

 

「天族が確かに存在しているのであれば考えを改めるべきなのでは……」

 

おそるおそるではあるもののアリーシャへ賛同する者達があげる声と拍手が大きくなっていく。

 

「き、貴様ら……」

 

バルトロの顔が怒りで引き攣るが最早彼では一度生まれた流れは止められない。

 

そしてその先で出された結論は_____

 

 





あとがき
本当はもうちょい進む筈なんですが最終的に三万字くらいになりそうなんで切りました。次こそは……次こそは……必ず早く更新を……

真面目な話が続いていたので次回はギャグ回予定です

ところで最近の安心安全フェアやらエイプリフールやら始球式やらポンキッキコラボしてるアマゾンズくん達はどこに向かってるんですかね……

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