某所の仮面の理を書く息抜きに書くSSという、割と意味不明な事をしている作品です。
力尽きたらエタりますが、プロットはA's終了まではあるので、その辺までは頑張って書きたいと思います。
ストックがなくなるまでは毎日更新、なくなれば不定期更新にシフトします。
では本文をどうぞ。
その1:夢幻開始
寝て起きたら赤ん坊になっていた。
意味が分からないと思うが、ぼくにも意味が分からなかった。
記憶にある限りぼくは普通に自宅の古アパートワンルームで布団の中で横になっておやすみなさいと言って眠りにつき、そして夢を見る間もなく起きたら赤ん坊。
せめてその間に何かイベントがあるべきなんじゃあと思いつつも、僕はぎゃあぎゃあと泣く。
男の子だけど、赤ん坊だもの。
泣かなくちゃあ駄目だよねぇ。
兎に角ぼくは泣いて泣いて泣きまくって、最初はぼくはこれがただの妄想なんじゃあないかと思った。
もしくは現実世界でうたた寝しているぼくの夢か幻かで、今ぼくが思考できているのも胡蝶の夢みたいな物なんじゃあないかって。
けれどいくら泣いても夢は覚めず、ぼくは次第にふと赤ん坊は誰しもこんな風に他人の記憶を持って生まれてくるんじゃあないかとか思った。
そして成長していくに連れ、物心付く前の事なんかボロボロの紙切れみたいに存在を忘れてしまい、消えてなくなっちゃうんじゃあないかと。
そうなれば、ぼくという精神はきっと死んでしまうのだろう。
まぁ別にいいか、とぼくは思った。
割と何となく生きているぼくにとって、死は頑張って回避する物ではなく、来たら受け入れられる物であった。
なのでこのまま赤ん坊の中に消えていくんだなぁ、と思ってぼんやり過ごしていたら、ぼくはもう5歳になったのであった。
物心、つきまくりである。
てっきり消えてなくなると思ったぼく自身は何時まで経っても消える事なく、いつも通りぼんやりほわほわとしていながら、ぼくは小学校の入学式に望んでいるのであった。
校長先生が長くて威厳があると多分本人は思っている話を長々とし、ぼくはうずうずとする同年齢の皆が何時騒ぎ出すんだろうな、とわくわくしながら待っている。
どうせなら爆発するのがいいな、とぼくは思った。
ぼくのお腹の中に不思議な時限爆弾があり、チッチと昔から時を刻んできた爆弾が爆発し、ぼくの周り数十人ぐらいが爆風に巻き込まれて血肉と化して台風を作るのだ。
生まれた台風はきっと清らかな事だろう。
だって清らかな子供の血肉で生まれたのだ、そうに違いない。
だとすればみんなに祝福してもらえるかなぁ、と思いながら、ぼくはさっきからうずうずを抑えようと無意識に貧乏揺すりをしている子に視線をやる。
「あっ、たっちゃん」
「しー」
言いつつ人差し指を立てて唇の前にやると、なのちゃんは目を見開いた。
その後すぐに口にチャックをする動作をして、視線を校長先生に戻す。
本当にお口にチャックをできたのなら、その間呼吸は鼻でやるのだろうか、とぼくは思った。
そうするとみんな鼻からびゅごうびゅごうと息を吸ったり吐いたりする世界になり、深呼吸も食べ物を食べたりもジュースを飲んだりも鼻でやる事になるのかもしれない。
と思ったけれど、チャックを開ければ口を使える訳で、その辺はぼくの失態であった。
そんな風に思っていると、ようやく校長先生の話が終わり、そしてすぐに入学式も終わる。
行儀の良い子供である僕らは我先に飛び出さんとばかりに飛び出ていって、まるで風がびゅうびゅう飛んでいる姿に近い物があるなぁ、と思いながらぼくも風の一部となってびゅうびゅう飛んでいった。
飛んでいった先にはクラス分けの表があって、ぼくとなのちゃんは1組に分けられる。
こうやって仕分けされていると、ダンボールに差し込まれるワインの瓶みたいな気分になって不思議だ。
けれどぼくらはワインの瓶と違って、瓶と瓶の間はダンボールで隔離されている訳じゃあないので、孤独ではない。
なのでとっても幸せ。
そんなぼくは登下校をなのちゃんと一緒に歩いて行く。
ぼくとなのちゃんの家が隣だからである。
そんなぼくとなのちゃんとの付き合いはもっと小さい頃からで、何歳からだか忘れちゃったけど、なのちゃんの家の士郎さんが大怪我をした時からだ。
その時ひょいっとぼくの家に預けられたなのちゃんに、ぼくが適当に遊んであげたら、なんでか知らないけど懐かれた。
意味は良く分からない。
けれど家の中でいつもぼくの後ろを追いかけてくるなのちゃんが居ると、ぼくはカルガモの親子の親の方になった気分で、これでくちばしでいつでも誰かの目玉をつつけるんだ、と思うと中々面白かったので、なのちゃんをいじめるような真似はしなかった。
その後なのちゃんの家の恭也さんが超強い事を知り、ぼくはなのちゃんの目玉をえぐり出さなかった事に少しだけ安心する訳だけど。
ぼくは痛いのはそこそこ嫌いなのであった。
そんなぼくは、なのちゃんと思いついた事を喋りながら自宅へと歩いて行く。
「あ、電柱だ」
「たっちゃん、電柱はどこにでもあるよ」
「うん、電柱って下から見上げると太陽まで届きそうに見えるよねぇ」
「たっちゃん、太陽を直接見ると危ないってお父さん言ってたよ?」
「だから登ってみたいんだけど、横から見ると全然届かなそうなんだよ。二分の一の確率で太陽まで届きそうなんだけど、どうしよう?」
「危ないからやめようよ……」
呆れたみたいに言うなのちゃんの言に、それもそうだな、と思い直してぼくらはゆっくりと家まで帰る事にしたのであった。
その日のデザートは、入学祝いと言う事で桃子さんの作ってくれた美味しそうなシュークリームだった。
「美味しいね、たっちゃん」
「うん、不思議な味だね」
と言うと美味しいと言われ慣れているんだろう桃子さんは、不思議そうな顔で首をかしげる。
「なんだか雲と飴を一緒に食べているみたいな味だなぁ」
「あらあら、たっちゃんは面白い喩え方をするのねぇ」
と言って桃子さんに頭を撫でられるのだけれど、ぼくは前世で一度雲に頭から突っ込んだ事があり、その時の雲の食感が本当に今のシュークリームに似ているのだ。
けれどそんな事を言ったって信じてもらえなさそうなので、ぼくはちょっと不機嫌になりつつも残りのシュークリームをもきゅもきゅと食べる。
そんなぼくを仕方がないなぁ、となのちゃんは見ていたりするのだけれども、その仕方がないなぁ、がなんだかチワワの大群を見ているような仕方がないなぁ、なので、ぼくはまぁいいかと言う事にするのだった。
そんなこんなでぼくとなのちゃんの小学校生活が始まった。
ぼくは適度にみんなと距離を作りながらぼうっとしていたのだけれど、なのちゃんは早速友達を作ったみたいだ。
というのも、ぼくが太陽が照っていて熱いので中庭の日陰でぼんやりしていたら、バニングスさんと月村さんが喧嘩をし始めたのだ。
というか、一方的ないじめっ子であった。
バニングスさんと言う金髪の子は月村さんと言う紫色の髪の毛をした子からカチューシャを取り上げ、なんだか口論をしているようだったのだ。
ぼくは、これはぼくもカチューシャを入手する為に立ち上がらねばなるまいと思って腰をあげたら、なのちゃんがだめー! と叫びながら乱入してきて、バニングスさんを平手でぶん殴ったのだ。
ぼくはなのちゃんのあまりの怖さにちょっと腰が引けてしまって、すごすごとその場は教室に帰ったのだった。
ぼく、情けなし。
そして意味がわからないと思うが、翌日登校してきたらなのちゃんとバニングスさんと月村さんは友達になっていた。
実際意味がわからず、ぼくは首を傾げたのだけれども、尻尾があれば振り切れそうな勢いでその事を報告してくるなのちゃんに、良かったねと言った。
そして気づけばぼくは彼女ら3人と一緒のグループになっており、4人で行動する事が当たり前になっているのであった。
バニングスさんは、頭がよく強気な子だった。
テストはいつも100点で、前世パワーで100点なぼくは、一個でも問題をミスしたら小学1年生の子供に頭脳で負けてしまうと言う脅迫を受けているような気分になる。
どうやらバニングスさんは、家族の事が大好きなようだった。
それが分かったのは、遠足の日の事である。
6月ぐらいに遠足に行く事になった日、横暴な事にくじ引きの席替えで決まった班ごとにぼくらは歩いていた。
ご飯も班ごとに食べるようにと言う教師力全開の事態だったが、幸い自由時間は好きな友達と遊んで良いらしく、ぼくもバニングスさんもなのちゃんと月村さんと遊ぶつもりだったけれど、あいにくなのちゃんと月村さんは風邪でおやすみだったのであった。
という事で、ぼくとバニングスさんは体育座りで色んな話をしていた。
最初はバニングスさんの事だからスポーツに参加にするのだろうと思っていたけれど、彼女はそういえばあんたと腹割って話した事無かったわね、と言って2人きりで話をするようになったのだった。
ありていに言って、彼女は天才であった。
1を聞いて10を知る、を擬人化したみたいな人間で、テストの点数では測れない部分の頭の良さが凄い人間だった。
ぼくは前世で天才と呼ばれたり自称したりしている人間にダース単位で出会っているけれど、彼女はその中でも五指に入るぐらいの天才なのだ。
例えば、こんなエピソードがある。
「1わる10って何だと思う?」
「…………そうね、わるって何?」
「割り算」
「割り算……引き算が引き算なんだから、割り算は分けるのよね。でも、1って10じゃ割れないんじゃ? あ、何も言わなくていいわよ、自分で考えるから。えーと、テレビで見かけた0.1とかってこれに使うんじゃあないかしら。って事で、0.1ね!」
この娘、今足し算を習っている途中である。
引き算は多分両親の英才教育なんだろうけど、割り算の正体に語呂から気づいて、テレビなどの情報から小数点に気づき、答えを出してみせたのだ。
ちなみに、ぼくは「もしくは十分の一だね」と言ってバニングスさんを悩ませ、後日怒ったバニングスさんに「紛らわしいし合ってるじゃない!」と言われ怒られたのだけど。
兎も角そんなバニングスさんとぼくは、遠足に行った公園で2人きりで座っていた。
お尻の下には青々と茂った草があって、ちょっと冷たかったのを覚えている。
そこは湖畔の小さな林で、湖の中を白鳥ボートなんかが動いているのを上の方から見ていて、ぼくはここから足を突っ込んだら湖に大きな波をたてられそうだけど、実際は小さな波紋しかたてられない事に悲しんでいた。
ぼくは自分のことを普通に語った。
「ぼくは普通でしかなくて普通じゃあない所が無いから、あんまり自分語りする自分が無いなぁ」
「何よ、いきなり貴方の話は終わりじゃない」
「って言っても、ぼくはいつもぼんやりふわふわ生きているから、そんなに喋る事が無いんだよ。ぼく自身なんかよりも、この辺の空気の事の方がいっぱい喋れるぐらいさ」
「例えば?」
「草の匂いがするけど、草の匂いは地面に顔を当てているような気がして、なんだか土を舐めているような気がして好きじゃあないなぁ、とか。湖から運ばれてくる匂いは潮と違ってつんって来る匂いで、まるで背中をぴんと張りっぱなしにしたみたいな匂いだなぁ、とか」
「あんたはなんだかんだ言って普通じゃないわよ。面白いからいいけど」
「そうかなぁ」
と言いながら、ぼくはバニングスさんの顔をじっと見つめて、この白い肌は何でできているんだろうなぁ、陶器にしては柔らかく、キャンパスにしてはつるつるしていているなぁ、なんて思っていた。
そんなぼくに、十分自己紹介みたいになっていたし、まぁいいか、と言ってバニングスさんは口を開く。
「私はそうね、頭が良いし、多分顔も良いわね。あとお金持ちの娘だわ」
「そう言って嫌味にならないぐらいに凄いね、バニングスさんは」
「そうね。……う~ん、結構改まって自己紹介って難しいわね」
「じゃあ、大切な人とかは?」
「え? えっと、なのはとすずかもそうだけど、改めて言うなら、パパとママかしら」
「家族仲は良好、と」
「そうね、私はパパとママの事、誇りに思ってるわ」
とバニングスさんは、まるでダイヤモンドみたいな輝きの笑みを浮かべた。
綺羅びやかで、何よりも固く、けれど割れやすい。
バニングスさんはそんな感じで、その心を削りとって加工してみたいな、と思える感じなのだけれども、ぼくが手を出すまでもなくブリリアントカットされそうなので別にいいかな、とぼくはその時思った。
「おっきな会社の社長をやっているパパの事は本当に誇りに思っているし、それを支えているママの事も同じよ」
「好きではないの?」
とぼくが言ってみると、バニングスさんはぼくの頬へと平手を放つ。
避けれるけど、この娘の攻撃に当たるべきか当たらないべきか、もし当たるのだとすればどの角度がいいのか、深く考え込んでいたら平手が当たってしまった。
パチーン! と言う音が響き、同時にバニングスさんは平手を放っていない方の手で口を覆う。
「ご、ごめんなさ……」
「いや、これはぼくのほうが悪いんじゃあないかなぁ。なんか聞いちゃいけない事を聞いちゃったみたいだし」
「……ううん、でも暴力を振るった事は悪い事よ。ごめんなさい」
そういって謝れるバニングスさんは偉い子なので、ぼくはうなずき許すよ、と言って彼女を許した。
それから暫く僕らは日陰で涼んでいた。
日向は日向ぼっこって言うけれど、日陰は何って言うんだろうなぁ、とうんうん考えているぼくに、バニングスさんは言う。
「そうね……。好きだと思う。思うんだけど、時々分からない時があるのよ。なんで家のパパだけ私の誕生日に仕事をしているの? ってね。仕方ない事だってわかってる筈なんだけど」
「聞いてみれば答えてくれるんじゃあない? それか、代わりの事をしてくれるんじゃあない?」
「そんな、迷惑かけられないわよ……」
「迷惑なのかなぁ?」
首を傾げるぼくに、子供に言い聞かせるみたいにバニングスさんは言う。
「迷惑なの、だから言っちゃいけないの」
「じゃあぼくらが大人になった事を考えてみよう」
「え? 何よ突然」
「多分ぼくらも結婚するし、子供ができるよね?」
「私は置いてけぼりだけどね……、まぁそうね」
「とりあえず子供が3歳ぐらいだとしよう。ぼくらより年下だ」
「可愛いわね、きっと」
「その子供は、どんな事すると思う?」
「え~と、可愛い」
「うん」
「それから、そうね……うん、大体あんたの言いたいことは分かったわ」
「早いなぁ」
と言ってバニングスさんの目を見ると、その目のキラキラした輝きでぼくを見つめてきて、ぼくらは見つめ合う事になる。
この目を抉って保管したらとても綺麗だろうなぁ、とぼくは思うのだけれど、保管方法が思いつかないので止めておくのであった。
苦笑しつつ、バニングスさん。
「確かに我儘言わない自分の子供って、なんて言うか、切ないわね」
「だから我儘も偶にはいいんじゃない?」
「でも、偶にはってどれぐらいならいいのか分からなくって……」
「ん」
ぼくは湖の方を指さした。
その先には同じクラスのヒロキ君が居て、彼はおりゃあああと叫びながら湖にダイブ。
そして泳ぎだして、すぐに冷たいよ~! と言って泣きだした。
慌てて先生達が湖に飛び込んでヒロキ君を助け出し、服を脱がせてタオルで体を拭いてあげている。
視線を再びバニングスさんに。
大口をあげながら、今にも信じられない! とでも言い出しそうな顔をしている彼女に言う。
「あの十分の一ぐらいは大丈夫なんじゃあないかな」
「……そんな気がしてきたわ」
そう言って肩の力が抜けた笑みを漏らすバニングスさん。
これできっと両親との関係も良くなるだろうなぁ、とぼくは笑い、バニングスさんも笑った。
大口を開けて、これ以上ないぐらい乾いた、だけど長々と続く笑みを漏らした。
笑い声がオノマトペになって空中に現れたとしたら、その重さでぼくらが潰れちゃうんじゃあないだろうかと不安になるぐらいの笑いだった。
そしてそんな笑いを経た後に、バニングスさんは笑いすぎて出てきた涙を拭いながら言う。
「そうだ、あんた何時まで私のことバニングスさんって呼ぶのよ。アリサでいいわ、アリサで」
「分かったよ、アリサちゃん」
翌日、ぼくはなのちゃんと月村さんにすごい目で見られた。
なぜかは未だに分からない。