夢幻転生   作:アルパカ度数38%

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一回書き上がったのだけれど一から書き直し、今まさに書き終わったので投稿。
これで毎日更新もセーフ……かな?


その13:涙の宝石

 

 

 

「やっと医務室から開放されるよ……」

「にゃはは、たっちゃん退屈そうだったもんね」

 

 というなのちゃんとぼくは、ここ数日世話になった医務室を背にし、次元航行艦アースラの廊下を歩いている。

アースラの廊下は暗く、まるで曇りの日の夜闇がそこに広がっているかのようだったけれど、足元は青いライトで仄かに照らされている。

それはまるで、深海と曇り夜空とが溶接されたような光景だった。

なのできっと、その境目には海と空とが混ざった何かがあるのだろうけれど、立ち止まって手を伸ばしてみても、金属質な壁に当たるだけだった。

海と空の混合物なのに、硬いとはどういう事なのだろうか。

ひょっとして、海と空の共通点は固い事なのかもしれない。

だって深い海の底はゴツゴツしていそうだし、空に浮かぶ星々はきっととてつもなく硬いものに違いないのだから。

 

「たっちゃん、相変わらずだねぇ……」

「ぼくは変わった事なんてないさ」

 

 と言うが、なのちゃんはとてつもなく変わっていた。

なんとなのちゃん、こんなに暗い場所なのに転ばないのである。

いつぞやの遊園地に行った時はお化け屋敷で一人で転びまくって、お化けが出る前に涙目になっていた阿呆の子が、だ。

すわ偽物か、と驚いたぼくに、魔法を扱うようになってから神経が良く通るにようになり、運動神経も良くなってきたのだと言う。

あのなのちゃんの超絶運動神経ブチ切れ状態が改善するとは疑わしい話だが、なのちゃんが偽物であると言う証拠は未だ出てきていないので、今のところは真実として扱うべきだろう。

 

 ぼくらは手をつないでブリッジに向かいながら話していたのだが、なんだか無言になってきてしまった。

なのちゃんがなんで無言になるのかはよく分からないが、ぼくはアースラに収容されてからの事を思い出していたのだった。

 

 アースラに収容されたぼくを待っていたのは、管理局のリンディさんとクロノくんとエイミィさんによる謝罪であった。

彼らの謝罪の声がよく揃っていて、まるで格闘ゲームによくある表現の、残像がゆらりと重なっているような感じだったので、ぼくは彼らを許す事にした。

そしたら彼らはそういう訳にはいかぬ、と色々と反論をしてきたものである。

それに対し、一々ぼくが彼らを許せる理由を話していった物だ。

 

 例えば、非殺傷設定の攻撃は、とても気分が良い物だったのだ。

なんていうか、転んで擦りむいたり、皮膚を切ってしまったり、そういう怪我はなんていうか、苛立たしい。

なのに八つ当たりしようにも、自分の体が相手だから八つ当たりのしようがない。

でも、その日殺傷設定の攻撃は違ったのだ。

勿論痛い事には痛いのだが、骨折とかの芯に響く“痛い”じゃあなく、頭がぐわんと揺れえてぼうっとする、あの“痛い”だったのだ。

非殺傷設定のダメージは、切り傷よりも打ち傷に感じが似ていたのである。

ぼくが考えるに、そういう痛さはいつもグロテスクなのだが、何故か今回の痛みは、スタイリッシュだったのだ。

見ていて気持ちのいいダメージだったのだ。

ぼくが受けた物なので観察はしづらかったけれど、それさえなければ、時々くらってもいいかなぁ、と思うぐらいに気持ちのいい攻撃だったのである。

 

 殺傷設定に関しては言わずもがな、ぼくは痛いのは嫌いだがあれは痛いを通り越して蒸発させうるぐらいの攻撃だったので、即死する事が確定している。

そしてぼくはなんとなく生きているので、死んでも別にそれはそれでしょうがないかと思っているのだ。

なのでぼくは、なのちゃんが助けてくれたしナシと言う事で、と彼らに告げた。

 

 これらの事を伝え、ぼくはこれで彼らにも納得してもらえただろうと思ったのだけれども、彼らはそれでも物言いたげな態度であった。

ばかりか、クロノさんに内々で処分を与え、後に通達するという形にしようとしたのである。

ぼくは慌ててそれを遮った。

なにせクロノさんは、ぼくに非殺傷設定の魔法をくらうという貴重な体験をくれた人である。

むしろ恩人と言ってもいいぐらいなのに、罰するなんて見てられない。

 

 勿論処分をしない訳にはいかない3人とは話が平行線になってしまい、なんともこじれる事になってしまった。

未だこの問題は解決していないが、長い論議になるため、先に現状の説明やなのちゃんとの再開をすることになる。

ぼくは自分の身に起きていた事を説明し、またなのちゃんがどんな行動をしてきたのかを聞き、そして咀嚼した。

恭也さんまで関わっていたとは寝耳に水で、ぼくの心臓は大丈夫だけど他の人の心臓は倫理が違う訳で、誰か心臓の味が悪くなった人は居ないのか心配になったが、それは全員に周知の事だと教えられ、杞憂に終わる。

 

 まぁそんな訳で、ぼくは何時暴走するとも知れぬジュエルシードの為、自宅に戻れない事になった。

その説明にはリンディさんとクロノさんが向かい、モニタ越しにぼくは家族と話したのであった。

放任主義だったぼくの両親は、元々ぼくが決意とともに別れを告げた後なので、簡単に了承の意を見せる。

 

 ちなみに、なんだか聞きそびれてしまい、あちらも説明しようとはしないので、クロノさんがぼくを攻撃した理由は不明である。

しかしぼくにとっては割とどうでもよく、おまんじゅうの方が気になるぐらいの話なので、その件については半ば無視していた。

 

 それからは基本的に検査と治療の日々だったのだが、その間にぼくはリンディさんらにお願いした事がいくつかある。

例えばフェイトちゃんの減刑やクロノさんの減刑がそうだが、その他にもぼくは3人に願い事を言った。

すずかちゃんとアリサちゃんに魔法を正式に知らせ、その事を見逃したユーノくんとなのはちゃんの罰を軽減する事である。

驚くと同時に、3人は優しげな笑みと共にそれを軽く了承してくれたのであった。

という訳で、正式な許可を引っ張ってきて、今通信の為にブリッジに向かっている所である。

 

「ねぇ、たっちゃん」

 

 と、なのちゃんが唐突に言った。

ぼくは首を傾げつつ、うん、と答える。

 

「たっちゃんは……たっちゃんだよね?」

「え? うん、そりゃあそうだけれど。ぼくは羽化もしないし蛹も作らないから、名前は変わらないよ?」

「うん……そうだよね」

 

 と、何処か暗く言うなのちゃんは、ぼくの手と絡めた手を、ぎゅっと握り締める。

握り飯みたいにぼくの手が変形してしまいそうなぐらいの強さだった。

ぼくは思わず変な顔をしてそれに耐え切り、油の切れたブリキ細工のロボットみたいにぎこちなくなってしまう。

ぼくの動作を見て、なのちゃんは手に力を入れすぎた事を理解し、すぐに脱力した。

ぼくは思わず安堵の溜息を吐く。

きっとこの溜息でホルンでも演奏すれば、きっと深々とした鳴り方をするだろう。

 

「ごめんね、たっちゃん」

 

 なのちゃんは言った。

 

「クロノくんがたっちゃんに攻撃しようとした時、私はブリッジで画面越しにたっちゃんを見ていたの。怖かった。体中が震えて、怖くて怖くて仕方がなかった。私がクロノくんの代わりにたっちゃんと会っていたなら、私だって攻撃をしかけちゃったかもしれない」

 

 意外な言葉に、ぼくは首を傾げる。

ぼくは自覚症状としては何も変わった事はなく、むしろジュエルシードを食べてからなんか調子が良いぐらいに感じたのだけれど、どういう事なのだろうか。

ぼくの疑問詞が答えを見つけるよりも早く、なのちゃんが続ける。

 

「多分、リンディさん達がクロノくんを責められないのも、同じ理由だと思う。同じ立場に自分がいれば、間違いなくたっちゃんを攻撃していたとしか、思えないから」

「そう、なんだ」

 

 ぼくはあれでもクロノくんを責めていない方なのか、と言う意味で言ったのだけれども、なのちゃんはぼくが何故怖がられるのかに疑問詞を抱いたように聞こえたのだろう。

自分がどう思ったのか、その事について話題を転換していく。

 

「私は、なんていうか、たっちゃんを見ているとたっちゃん以外の全てが、なくなっちゃいそうなように感じたの。お父さんにお母さんにお兄ちゃんにお姉ちゃん、アリサちゃんにすずかちゃんに、ユーノくん達魔法の関係者。みんな、みんな」

「なのちゃん」

 

 いって、今度はぼくがなのちゃんの手を握りしめた。

なんていうか、自分が醜い感情を感じた時の事を、その感情の対象に語る事は、あまり健康的な事とは言えない。

事実、なのちゃんの顔は酷いものになっていた。

だからぼくは、心の片隅に残っている良心を、箒とちりとりで集めたみたいに大きくし、言う。

 

「なのちゃん、ぼくはその事について詳しく聞きたい訳じゃあないんだ。っていうか、むしろ聞きたくないとすら思っている。なんでかっていうと勘としか言いようがないんだけども、兎に角ね」

 

 なのちゃんが立ち止まる。

ぼくは半歩行きすぎてから気づき、向き直りながら続けた。

 

「だからなのちゃん、そんなふうに無理して説明をする必要は無いよ。信じられないかもしれないけど、本当に気にならないし、気にしない方がいいと思えるんだ」

「あり、がとう」

 

 ぽつり、となのちゃんが光るものを零した。

ガラス玉みたいに強く光を反射するそれは、なのちゃんの涙であった。

ぼくは舌で受け止めればガラス玉を食べるのと同じ事になるのかな、とも思ったけれども、流石にこの空気を壊してまでそうする事はできず、ぼくは黙ってなのちゃんを見守る。

ぼく、空気が読める男であった。

でもなんだか、じっとしているとうずうず虫がぼくの両足から心臓に向かって登ってきてしまう。

このうずうずは本当に虫が体内に入ったんじゃあないかと思うぐらいに気持ち悪く、これを起こしてしまうと生理的嫌悪感で真っ赤な蛇を見るぐらいに気分が悪くなってしまう。

要するに、レッドスネークカモン、であった。

なのでぼくは、そっとなのちゃんの頭を撫でる事にする。

 

「……あ」

 

 小さくなのちゃんが呟くのを尻目に、ぼくは長々となのちゃんの頭を撫で続ける。

なんだかこちらはこちらで、良い事をして格好つけているみたいで、下半身丸出しで歩いているみたいな気分になってしまうのだけれども、我慢してぼくはなのちゃんが泣き止むまで頭を撫で続けた。

なのちゃんは静かに泣き続け、ぼくはこの涙を赤いビロードの大きな宝石箱にでも保存しておけば、とても綺麗なガラス玉が沢山できたのだろうにと思う。

ぼくはオートメーション化された宝石箱を想像した。

機械で正確に動く宝石箱は、なのちゃんのぽろぽろと落ちる涙を等間隔で受け止め、ガラス玉を次々と受け止めるのだ。

けれど残念ならぼくには宝石箱の手持ちは無く、それどころか片手でなのちゃんと手をつなぎ、もう片手でなのちゃんを撫でているので、宝石箱があったとしても持つ事すらできない。

機械にすら負ける自分に辟易としながらも、ぼくは兎に角なのちゃんを撫で続けた。

 

 

 

 

 


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