これからもある程度頻繁に更新していくつもりですが、毎日はちょっと厳しいかもしれません。
ぼくがアースラに収容されてから10日近く経った。
ぼくはぐるぐるまきにされていた。
より詳しく言うのなら、クロノさんとユーノくん――なのちゃんの魔法の先生らしい――、なのちゃんの3人がかりのバインドに縛られていた。
全くもう、これが体の中に打ち込まれるのならば中々気分の良い物なのだけれども、こうやって体の表面にとどまられると、なんだか蛍光灯を押し当てられるような気分になってしまう。
あれはとても熱くて低温火傷してしまう上に、なんだか有毒そうな光の成分が体に吸収される気がして、とても嫌なのだ。
ぼくは似た気分になって辟易としてしまう。
光の成分を観察しようにも、発光体がすぐ近くにあるので、目を閉じないとチカチカして、目を瞑ってもチカチカとした細かな三角が、薄い水の表面を流れるような感じになってしまう。
エントロピーは相変わらず増大していた。
「ねぇ、誰かぼくを離してくれませんか」
思わずぼくはそんな事を言ってしまうも、誰一人反応する人は居らず、ぼくは無視された。
ぼくは悲しくなって溜息をついてしまうけれども、それに反応するのはなのちゃんぐらいである。
それもぼくにちらりと視線をやるぐらいで、ぼくが反応して口を開こうとするよりも早くなのちゃんは目をそらしてしまった。
ぼくは残念な思いを胸に、再び溜息をついた。
残忍な思いと一文字違いであり、ぼくはまるで連続殺人犯になったような気分になる。
ぼくは諦めて、展開されるモニターに視線をやった。
アースラのブリッジからは、宇宙が見える。
それはベタ塗りした黒みたいで、古い映画の宇宙みたいにチープな感覚がする宇宙なのだけれども、リンディさんに聞いた所、これは本当の宇宙のようだ。
それには原稿用紙10枚分以上の感想をぼくは言えるのだが、それは置いておいて、見えるモニターの内容に言をおこう。
モニターの向こう側では、6つもの竜巻が渦巻いていた。
その中には金色の光と橙色の光が見え、クロノさんが説明する所によるとフェイトちゃんとアルフさんが居るらしい。
ぼくはそれを聞いて反射的に助けに行こうとしたのだけれども、何処に行けばあそこまで行けるか分からず、リンディさんにその旨を伝えた所、3人がかりのバインドをくらってしまったのである。
曰く、ぼくが現場に行けば100%現場が混乱するので、どんな判断を下すとしても、絶対にぼくを動かす事は無いのだと言う。
全く、ぼくのような聖人君子かつ生真面目で優等生な人間を前に、なんという言いがかりだろう、と思って反論したのだが、誰一人反応すらしてくれなかった。
セミの抜け殻より悲しかった。
財布には入らない大きさだったけれど。
さて、ぼくをぐるぐるまきにしたアースラの面々は、フェイトちゃんが力尽きるまで待つ心づもりのようだった。
多分、プレシアさんの介入を待ってぼくの証言の裏を取りたいという事もあるのだろう。
けれどぼくとしてはフェイトちゃんを助けるべきだと思ったし、その理由は確かな物だ。
あのままでは当然フェイトちゃんはずぶ濡れになるし、そうなったらフェイトちゃんの髪の毛は塩水でザブザブになってしまう事だろう。
別に髪が乱れるのはいいのだが、フェイトちゃんの髪の毛は黄金のように綺羅びやかで、これが塩と竜巻で犯されれば、その黄金がメッキだったとすれば剥がれてしまうかもしれない。
それは真偽を確かめるという意味では良いことなのかもしれないが、しかしぼくはメッキにはメッキの良さがあるのだと思っているタイプの人間だった。
プレシアさんがフェイトちゃんに向ける感情と同じように。
なのでぼくはフェイトちゃんを助けてもらおうとなのちゃんに頼んだのだが、なのちゃんは物凄く不機嫌になり、無言でぼくを無視し続けているのである。
はて、とぼくは首を傾げたのだけれども、なのちゃんはぼくの言うことを一切合切無視するようになってしまい、ここ数分ずっと何も口にしていなかった。
という訳で、早速ぼくには手段が一つも無くなってしまった。
アースラの面々は艦長命令に逆らうつもりはなさそうだし、ユーノ君は心配そうに見えるし心を動かしやすそうだが、ほぼ初対面でどんな性格をしているのか人づてに聞いた事しかない。
その上ユーノ君はサポートタイプの魔導師らしく、単独ではあの竜巻をなんとかできる訳ではないので、結局なのちゃんを説得する要員が一人増えるだけに過ぎないのだ。
それでもそれしか手段が無いのならユーノ君に賭けるべきだけれども、この場にはもう一人なのちゃんを説得できる人間が居た。
恭也さんである。
高町恭也さんは、大学生の美男子で、常に黒尽くめで長袖を手放さない人で、何より家に伝わる剣術を習う剣士なのだと言う。
ぼくは実を言うと、小学校に入って少ししてから趣味で体を鍛え始めている。
そのロードワークの途中に恭也さん達御神の剣士達と出会ってから、ぼくは基礎練だけ彼らと共に行なっているのだが、彼ら御神の剣士は化物のような体力をしているのだ。
残念ながらと言うべきか、その技の冴えは見た事が無いが、体力から類推できるレベルだとものすごいことになるのは目に見えている。
実際、ユーノくんの強化魔法を貰えばAランク相当の魔導師に勝てるぐらいの戦力となるらしい。
まぁ、なのちゃんがAAA相当の魔導師だと聞いてから、どうもAランクにあまり強いイメージが無くなってしまったのだけれども。
兎に角恭也さんは強くて、ぼくと一定のコミュニケーションをとってきた実績があり、かつなのちゃんの説得ができそうで、更に強化魔法を貰えばあの竜巻相手にも最低限フォローぐらいはできそうだ。
なのでこの場で説得する相手としては最良なのだけれども、ぼくとしては難点が一つだけあった。
恭也さんが、ぼくをかなり苦手そうなのである。
そもそも基礎練でぼくを指導してくれるのは士郎さんであり、その為士郎さんはぼくに積極的に話しかけてくる。
が、恭也さんと美由希さんはどうもぼくに話しかけてくる事は少なく、ぼくが話しかけても話題が続かないのだ。
以下、例。
「今日の空は印刷したみたいに青いですよね。この前図工の時間で混ぜて作った絵の具の色に似ています。あの色は食べたくなる色だったなぁ。止められましたけど。空だったら誰も止めないけど、届かなくて残念ですよね」
「…………そうか」
「…………そうなんだ」
例2。
「冬の空気ってチクチクして素肌にツイードを着るみたいだけど、それがもし本当だとしたら服には刃が仕込まれているのかもしれませんね。けれどそれでも肌が裂けないのって、なんでなんだろう。どう思います?」
「どうって…………」
「…………ねぇ」
何時もこんな感じである。
ぼくはぼくの話が反応しづらい類の話なんじゃあないかと思ったけれども、士郎さんや桃子さんは普通に話してくれるし、なのちゃんにアリサちゃんにすずかちゃんは流し気味だけど反応はしてくれる。
かといって恭也さんと美由希さんが話下手と言う訳でもなく、少なくとも高町家同士での会話は流暢だった。
なのでぼくは多分、2人に少なくとも苦手意識ぐらいは持たれている訳である。
とは言え、ここで話しかけずにフェイトちゃんを見捨てる訳にもゆくまい。
ぼくはテコの原理を駆使して重い石を持ち上げるみたいに、気合を入れすぎずに自然な感じで口を開いた。
「恭也さん、ぼくは離さなくていいんで、フェイトちゃんを助けに行くようなのちゃんを説得してあげてくれませんか?」
「君は、なのはが君を攫われて、どれだけ……」
「分かっていますよ。いや、分かっていませんけど、想像はできますよ。でも、だからってなのちゃんにフェイトちゃんを見捨てさせる方が良いって言うんですか?」
「それは……」
恭也さんは、団子を口に放り込んだらハリネズミだったみたいな顔をして、歯噛みする。
ちらりと会話が聞こえているなのちゃんの方に視線をやると、ぴょこぴょことツインテールを揺らしており、意識をしているのは分かるが、その感想までは分からない。
リンディさんやクロノさんに視線をやると、流石に居心地悪そうだったが、意見を翻すような様子は無かった。
視線を恭也さんに戻すと、苦悩を表情に顕にし、口を開こうとする。
が、その瞬間、モニターが光り輝いた。
青い光がモニターを一瞬占拠し、次の瞬間にはフェイトちゃんが海面に真っ逆さまに落ちる所であった。
アルフさんが頑張ってそれを支えるも、それ以上の事はできず、必死で竜巻から逃れまわる。
要するに、時間切れという事だった。
ぼくが何をするでもなくぼくを封じていたバインドは解ける。
「なのはさん、ユーノさん、クロノ執務官」
「はい」
輪唱する返事に、厳しい顔を崩さずにリンディさんが続けて命令を口にした。
3人は転送ポートで現場に行き、なのちゃんはバンバンとディバインなんたらとかいう破壊光線を撃ちまくり、ユーノくんはジャラジャラと緑色の鎖をばらまいて竜巻を拘束し、クロノさんは青い弾丸を打ちながらフェイトちゃんをアルフさんをバインドで捕縛する。
ぼくがぼうっと見ていると、一本づつ封印されていった竜巻は瞬く間に数を減らし、ついに零となってジュエルシードの暴走は止まった。
ぼくは安堵の溜息をつく。
「まぁ、とりあえずフェイトちゃんに酷い怪我が無いみたいで良かったですよ」
「……貴方は私を恨まないのかしら?」
独り言に反応するリンディさん。
ぼくはなんだか食べているお弁当を横から突かれて、感想は良かったんだけど、実は冷凍食品でした、みたいな気分になった。
それでも仕方なしにリンディさんに視線をやり、口を開く。
最近のぼくは人間らしさをアピールするロボットみたいに喋りすぎで、何時もの無口なナイスガイじゃあないなぁ、とか思いながら。
「別に。貴方とぼくの目的が違うのは当然の事だし、目的が違う人全てを一々恨んでいるのは、なんていうか、シャムの双生児同士で喧嘩するみたいな感じでしょう?」
「意味はわからないけど、言いたいことは何となく分かるわ」
ぼくはリンディさんの言が良く分からなかったが、大人の社交術で曖昧に頷いておく。
硬質な曖昧さに包まれたぼくの笑みに、リンディさんも大人っぽい笑みで答えた。
その笑みがなんだか柔らかで、ぼくとしては定規で測ってみたくなったのだけれども、それより早くなのちゃんらが帰投する方が早く、そもそもぼくは定規を持っていなかった。
残念。
「おかえり、みんな」
「ただいま、たっちゃんっ」
なんだか元気がよさそうに言うなのちゃんらは元の服に、フェイトちゃんはいつの間にか囚人服のような物を着せられ、両手を手錠でつながれていた。
でも囚人というには重しが足らなく、ソースのかかっていないハンバーグみたいな感じだ。
ぼくが視線で問いかけると、リンディさんが笑みを共に答えを。
「フェイトさんのしている手錠は魔法行使を阻害する力があるから、デバイスを持っていても無力よ、安心して」
「なるほど」
と言うが早いか、パキン、という音。
キットカットを割るよりも綺麗な音に視線をやるのと殆ど同時、フェイトちゃんは手錠を破壊してデバイスを展開、あの水着みたいなバリアジャケットを着てぼくの目の前に迫っていた。
「うわぁぁぁっ!」
バルディッシュが変形、鎌みたいな黄金の光の刃をバシュっと出して、フェイトちゃんがそれを振り上げる。
なのちゃんが遅れて大口を開けたのだけ視界の隅で確認できるけれど、フェイトちゃんの早さには敵わないようで、すぐにフェイトちゃんがバルディッシュを振り下ろした。
死の間際の時間に、ぼくはゆっくりとスローモーションで刃が振り下ろされるのを見ている。
ぼくはすぐに死んでしまうだろう自分に、事前予約で冥福を祈りながら、目を閉じずにその刃が来るのを見守った。