兎に角更新です。
その割に話進んでないですが。
フェイトはTを憎むようになったが、その感情はできる限り隠してきた。
使い魔であるアルフにはある程度伝わってしまったし、その対象であるTにもいくらか気取られているような気配はあったが、幸いにも母プレシアには隠しきれているようだ。
尤も、それが母の自身に対する無関心から来る結果かもしれないと思うと、フェイトは重い溜息をつかざるをえないのだが。
フェイトは、Tを憎んだ。
しかしそれは自覚こそしていないものの、Tを純粋に憎いがためではなく、どちらかと言えばそうでなければ生きる事すらままならない為である。
己の精神のためである。
それが故にかフェイトはTを直接傷つける事なく、管理局の人間と思わしき魔導師がTと接触した時、故意に見逃した。
接触の後どうなったのかは見ていないので分からないが、恐らくはTは管理局に保護される事となったのだろう。
フェイトは、その時神に願った。
儚い願いと知りながら、神に願った。
どうかTがいなくなった事で、母さんが昔の優しい母さんに戻りますように、と。
理の立たない願いであった。
例えTがいなくなる事で母が戻る事があっても、それはまた冷えきった関係に戻るだけだ。
昔のアリシアに対する優しさどころか、Tが居る時のメッキの優しさでさえ望んだ所で得られる物ではない。
それでも、フェイトは祈りながら時の庭園に戻り、母に報告をした。
願いは、矢張り儚かった。
プレシアはフェイトを罵り、縛り上げた上で鞭で嬲ったのだ。
涙をこぼし、絶叫しながらプレシアは体力が尽きるまでフェイトの事を虐待し続けた。
その光景に、フェイトは矢張り自分が母に愛されてなどいないのだと、その身に刻むように思う。
フェイト・テスタロッサは、生きるために他者を必要とする少女であった。
自分一人で大地に両足をつけ、立ち上がる事のできない少女であった。
それはなんら特別なことではなく、多くの人間はそうなのだが、フェイトにとっての他者が数少ない事がその事実の重要性を高めている。
フェイトの人生における他者は、母とリニスとアルフとTしか存在しない。
アルフは他者でありながらも半身である為、2人の間にある愛情は自己愛が幾分含まれているように思える。
リニスは消え、最早遭うことは叶わない。
そしてフェイトが最も好きな母は、フェイトを憎んですらいた。
ならばTの愛情を求めればフェイトにとっての生きる目標となり得たのだろうが、フェイトはその道を選ばなかった。
フェイトは、母が自分を愛してくれるという夢を捨てる事ができなかったのだ。
故にフェイトは、まだ足りないんだ、と思う事にした。
Tがまだこの世に存在するから、一緒に居られるという希望があるから、プレシアは自分のことを好きでいてくれないのだと。
無論、筋の通らない理論である。
けれどフェイトは、一度Tを憎んでしまった以上、掌を返し、彼の愛情を求めようとする事ができなかった。
未だ実害を一つも与えていないのであるし、Tはフェイトが知る限り優しい人間である、愛情を求めれば与えてくれるだろうに、フェイトにはそれができないのだ。
生来の不器用であった。
故にフェイトは、実際にTを害する事を考え始める。
無論それは管理局の保護下にあるTを相手にである、容易いことでは無かった。
が、チャンスは巡ってきたのである。
幾度かフェイトを叱責したプレシアは、残るジュエルシードが6つとも海にある事を聞いた時、フェイトに命じた。
ジュエルシードを魔力流で暴走させた後魔力が尽きたフリで敗北、管理局の次元航行艦に収容された後、隙を見てTを奪い返し、できればジュエルシードも奪ってこい、と。
当然捕まれば管理局の魔力封印錠で戦闘能力を封印されるが、プレシアはそれを破壊する魔法を創っていたのだ。
Tと二度と会えないかもしれない危機が、プレシアの感心をジュエルシード以外に向けさせていた。
その魔法をバルディッシュに受け取ったフェイトは、これだ、と確信した。
魔力封印錠があれば、油断した管理局はTとフェイトを会わせる機会もあるだろう。
その時に与えられた魔法を使えば、Tを害する事ができる。
母を取り戻せる事ができる。
実際にそんな事になる筈が無いのだが、疲れ果て今にも折れそうな心のフェイトは、そう信じる事で心の安定を繋いでいた。
フェイトは、アルフには何も伝えていなかった。
恐らくアルフは、Tを心配してではなく、フェイトの心を心配してその計画を止めさせるだろう。
けれど、それを聞いてしまえば、本当は自分の願いなど叶うはずがないのだと後少しでも考えてしまえば、フェイトは二度と立ち上がれなくなる。
そんな予感が、フェイトの口を閉ざした。
万全の状態となった後、フェイトは海中のジュエルシードを暴走させた。
6つの竜巻と化したジュエルシードに、フェイトはアルフと共に立ち向かった。
消耗していればこの程度はできただろう、というぐらいの辺りで魔力が尽きたふりをし、フェイトは管理局の介入を誘う。
執務官と共に出てきた白い少女が、何となくフェイトにとって印象的でもあった。
だが、それだけで、心に響く何かは一つもなく、無事にジュエルシードは封印されたのであった。
そして簡素な医療服を着せられたフェイトは、魔力封印錠をつけられブリッジに連れてこられる。
そこにTが居た。
なんだかいつものちょっとぼんやりとした顔で、少し離れた位置に居る艦長らしき緑髪の女性と話しながら、フェイトに視線をやっていた。
何時ものTであった。
フェイトに同情するでも憎悪するでもメッキの優しさをくれるでもなく、Tは中庸な瞳をフェイトに向けている。
なのに興味が無い訳ではなく、むしろ強烈な興味を掻き立てられている様子であるTの瞳。
その瞳の感情になんと名付ければ良いのか分からないが、フェイトはその感情を向けられて思わずほっとしてしまった。
母の真意はフェイトの視点では二転三転したように思える。
しかしTの瞳はいつでも変わらず、しかも心安らかな物であった。
そう思ってから、フェイトは小さく頭を振り、そんな考えを頭から振り払う。
違う、私はTを憎んでいるんだ。
だってTは、私に……、私に何をした?
そこまで考えて、それ以上考えれば気づいてはいけない事に気づいてしまうと感じ、フェイトは思考を止めた。
ただこれからTを攻撃すれば、それでいい話だ、今の私は、それだけ考えていればそれでいい。
そう心のなかで繰り返し、フェイトはついに魔力封印錠を破壊する魔法を発動。
簡単な対策で対処されうる物なので、機会は一度だけ。
だからフェイトは、自分のする事の引き起こす結果をすら何も考えない最速の動作で、手にしていたバルディッシュを待機状態からサイズフォームへ変化。
即座にバリアジャケットを纏い、高速移動魔法でTの前に出る。
「うわぁぁぁっ!」
絶叫。
共に殺傷設定、物理ダメージ設定となった光の刃を斜めに振り下ろし――。
目が、合った。
Tは死の間際にありながら、いつもどおりに少し眠たげに目を開いていた。
ただ反応しきれなかっただけにしては、フェイトの目にハッキリと視線を合わせている。
だからTはフェイトの事を目で追い、自分に迫り来る死を理解しながらも、いつもの目でぼんやりとフェイトを見ていたのだ。
何を思っているのか、ハッキリとは分からない。
けれどフェイトは、それを自分への信頼だと受け取った。
Tは信じているのだ。
フェイトが自分を害する事など、ある筈が無い、と。
反射的に、フェイトは全力を賭して鎌の動きを止めた。
辛うじて鎌はTの肌に触れる寸前で停止。
触れずとも電磁熱の刃がTの首を僅かに焼き、薄っすらとTの首に焦げ痕がついた。
それでもTの表情は一切変わらず、ぼんやりとした目のままフェイトを見つめている。
他の面々は、誰一人反応できずにフェイトを眺める事しかできていなかった。
「なんで……」
フェイトは、思わず呟いた。
フェイトは己の価値を一切認めていない。
母にとって偽物で紛い物で、出来損ないの不良品の自分に価値などあるはずがないのだと。
だから、Tの向ける全幅の信頼が、痛いぐらいに心を締め付けた。
唇を噛み締め、全身を巡る情動に身を任せ、叫ぶ。
「なんで、Tはそんな目をしているの……」
「君の金色が中まで金なのかメッキなのか考えていたけど、どっちでもいいやと思っただけだよ」
フェイトの心臓が高鳴った。
メッキ。
覆いだけの偽物。
自身の現状を理解しているかのような、Tの言動に、フェイトは思わず呟く。
「なんで……どうでもいいやと思ったの?」
縋りつくような問いだった。
Tは気まぐれでちょっと変な人で、今回の言葉だって偶々Tの変な言葉回しが的中しただけかもしれない。
けれどそうだとしてもいい。
フェイトは、ただTの答えが聞きたかった。
偶然に発された言葉で、中身なんて無くてもいい。
ただ優しい言葉を聞きたかった。
なのに。
それなのに、Tは少しだけ柔らかな笑みを浮かべ、バルディッシュをつきつけたままのフェイトの頭に手を伸ばす。
「あ……」
小さく声を漏らすフェイトの頭に、ぽん、と手をやり、優しく撫でながら、Tは言うのだ。
「どっちにしても、真実だから、メッキだからと言う事で価値が決まる訳じゃあない。感じた事そのままがぼくにとっての答えになるからさ」
「う、ああ…………」
言葉だけでなく、温もりまでくれるTの言葉が嬉しくて。
フェイトは、自分の中で沸き上がってくる感情に、翻弄された。
つきつけたバルディッシュをTの首筋から外すだけのつもりが、取り落としてしまう。
からん、という金属音と時を同じくして、フェイトはその場で崩れ落ちた。
感情が怖いくらいに大きな奔流となって、フェイトの両目からあふれだす。
大粒の涙を見て、Tはぼんやりと「ビロード……」と呟きつつも、フェイトの頭を撫で続けてきた。
フェイトは、もう止めてもらわないと涙が止まらないのだと思いつつも、それを口に出す事ができない。
体中を駆け巡る、名前も分からない感情がそれを止めさせていた。
嗚咽を漏らすフェイトは、Tがフェイトを撫で終えるのを機に、ゆっくりとデバイスへと手を伸ばす。
いつの間にかフェイトにデバイスの先を向けていた執務官と白い魔導師なのはが反応し、アルフがそれを制そうと反応するも、フェイトは気にするでもなく通信を開いた。
時の庭園への通信であった。
数瞬の間を置いて映像通信が開き、プレシアの顔が映る。
同時、プレシアが目を見開いた。
「これは……一体どういう状況なの、フェイト!」
「ごめん、なさい……」
最早フェイトには、Tを憎む事ができなかった。
だがそれは同時、母の愛を得る方法が、フェイトの勝手な想像の中でさえ失われた事をも意味する。
故にフェイトには、もう母に全て話す事しか思いつかなかった。
全てを話せば、プレシアは今まで以上にフェイトの事を嫌うだろう。
けれど、せめて母にだけは誠実にいたい。
そんな思いが、フェイトの口を滑らかにした。
「私、友達と言っておいて、母さんを奪うように仲良くなっていったTが、憎かった……! だから、私は、Tを傷つけようと、ううん、殺そうとしました」
「……え?」
思わず目を見開くプレシア。
それにフェイトは、大粒の涙を零しながら続ける。
「でも、できなかった……! 八つ当たりで、Tを傷つける事なんてできなかった! だって、Tは、私の友達で! 何時も優しい人だったから!」
一言叫ぶ毎に、胸の奥が裂けるような痛みがフェイトを襲った。
それでも、フェイトは自分の罪を誤魔化す事ができず、それ故に叫ぶ。
叫び続ける。
「ごめんなさい……。ごめんなさい……!」
嗚咽と共に謝罪を続けるフェイトに、プレシアは暫くの間沈黙を続けた。
その間、管理局のスタッフ達は忙しげにプレシアの居場所を特定しようとするのがフェイトの視界に入る。
この通信自体がプレシアの迷惑になるだろう事は、フェイトにも分かっていた。
けれど、プレシアの思いを欺いてTを害そうとしていた事を、もう一秒だって隠しておけなかったのだ。
外野で管理局の面々が様々な指示を飛ばしているのを耳にしつつ、フェイトはプレシアの言葉を待つ。
きっと母は、自分の事を許してくれないだろう。
ならばせめて、一欠片の希望も残らぬよう、残酷に処して欲しい。
それがTを、唯一の友達を殺しかけてしまった、フェイトにとっての儚い願いであった。
その願いは、叶ってしまう事になる。
「この……役立たずめ……!」
プレシアが叫ぶと同時、場の空気が凍りついたようにフェイトには感じられた。
でも、これぐらい当然の仕打ちなのだ、とフェイトは思う。
Tの命を託した筈が、Tの命を狙われたとなれば、プレシアは烈火のごとく怒って良い筈だ。
だから、フェイトは真っ直ぐにプレシアに視線をやり、その怒りの全てを受け止める事にする。
プレシアは、怒りの余り蒼白となった顔で、嘲りの色を顕に告げた。
「知っているかしら? フェイト。いいえ、紛い物の出来損ない。アリシアの成り損ないの、欠陥品。私が今まで貴方に優しくしてきたのはね、Tに良い顔をするだけの為なのよ」
ひゅ、と誰かが息を呑む音。
フェイトは知っている現実を前に、それでも直接悪意をぶつけられるダメージの大きさに、歯を噛み締めながら泣いていた。
それでも、既知の事実だけなら耐えられたのかもしれないが。
「貴方は、私の娘アリシアの、記憶転写形クローン、プロジェクト・フェイトの失敗作。貴方の名前でさえ、プロジェクトの名前からつけただけ」
名前に関する新事実の発覚に、フェイトは思わず目を見開く。
体は震え、心の奥底が冷え始めるのをフェイトは感じた。
四肢が氷のように冷たく、体が震え始める。
心が砂塵になって、崩れ去ってゆくような感覚。
「知っていて? フェイト。私は、ずぅっと貴方の事がね……」
その先を聞きたくない、とフェイトは思った。
けれど耳をふさごうにも震える体は動いてくれず、両手は石にでもなったかのように床に垂れているだけである。
故にフェイトの耳に、その言葉は直接届いた。
「大嫌いだったのよ」
「……あ」
フェイトは、ついに全身から力を抜けてゆくのを感じる。
当然の罰の筈なのに、全てを後悔しそうになってしまうぐらいに辛かった。
それでも、フェイトは自身の罪を許されるべきではないとすら考える。
何せ、フェイトのした事は殺人未遂、それも初めてにして唯一の友達へ向けてのものだ、他の誰が許してもフェイト自身が許せない。
なのに被害者面してダメージを受けるのは駄目だと思うも、平気なフリすらフェイトにはできなかった。
そのまま、倒れてしまいそうになるフェイトを、しかしTが支える。
アルフも向かっていたが、流石に隣に居るTに先んじる事はできず、遅れてフェイトを支える事となった。
プレシアは寸前までとは大違いの、親に怒られる前の少女のような顔で、Tへと視線を向ける。
Tはフェイトの顔に視線をやり、呟いた。
「それでも、ぼくはフェイトちゃんの事、結構好きなんだけどなぁ」
「……ぇ」
小さく、フェイトの胸に温かみが宿る。
僅かに瞳に光を戻し、Tの腕に支えられながらも僅かに全身に力が入った。
それに微笑むと、Tはプレシアへと視線をやる。
フェイトが横で見ていても分かるぐらいに、何故か優しげな顔を向けて。
Tが、口を開いた。