夢幻転生   作:アルパカ度数38%

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その19:白紙交渉

 

 

 

 それから。

ぼくらはプレシアさんとアリシアちゃんの遺体をアースラに運んだ。

全てを外から見ていたというリンディさんとアースラの面々は、ぼくらを沈痛な表情で迎えた。

前から順番にぼくらはアースラの転移魔法陣から歩いてゆき、ぼくはプレシアさんを骨組みだけのプラモデルより慎重に運んだ。

フェイトちゃんは半ば意識を失い、アルフさんにお姫様抱っこをされていた。

ぼくはちょっとお姫様抱っこなんて多分一生縁のない物だと思っていたので、少しフェイトちゃんが羨ましくなったけれど、それにはぼくの長く伸びた四肢が邪魔である。

なのでぼくは、アースラに戻るが早いか、リンディさんに言って鋏と糊を借りた。

広い場所を借りて、ぼくは鋏で四肢の長く伸びた骨を切り取り線のついた紙みたいに切り取り、糊でぼくの四肢をくっつける。

切るのは兎も角、上手くくっつけるには寸分の互いもなく四肢をくっつけねばならなかったので、ぼくはまるで千切れた糸と糸とを接着剤でくっつけるような慎重さを必要とした。

それでもぼくはどうにかそれをやってのけ、これはもう拍手喝采だろうと思ってアースラの面々に振り返り、再び自由に動くようになった四肢を大きく振り挨拶をしてみせる。

けれどシーンとして誰も返してくれず、それからぼくは皆がプレシアさんの死を悼んでいるのでは、と思い当たり、恥ずかしくなって顔を赤くしてしまったのであった。

 

 フェイトちゃんとアルフさんは重要参考人として隔離されたが、その罪は然程重くはならないのだと言う。

というのも、フェイトちゃんは殆どプレシアさんの命令に従い続けていた事が明白だからだそうだ。

ぼくを殺そうとした時の事も、精神的に極度に不安定になっていた事などを考慮して、大した罪にはならないのだとか。

ぼくもそれを望んでいたので、一も二もなくぼくはその結果に満足するのであった。

といっても、故人であり愛した人でもあるプレシアさんに多くの罪を背負わせる形になるのは、なんとも言えない感じではあったのだけれど。

 

 そうそう、クロノさんのぼくへの攻撃も、なんでか知らないけれど、殆ど罪にはならなかったのだそうだ。

クロノさんは管理局内部の何処かから不当な圧力がかかった為だと説明し、土下座せんばかりにぼくに謝っていたが、ぼくは元々クロノさんを罰するつもりはなかったので万々歳という奴である。

それにしても、クロノさんを許すという事はぼくの意図に沿う事にする訳で、そんな事にしたい誰かって、もしかしてぼくのファンか何かなのだろうか。

ぼくは人形になったつもりは無いので、ガラスケースに飾られるのは嫌だけれど、こうやって時々布で磨いてくれるような事があるのなら、偶にはポージングぐらいしてもいいかな、と思った。

 

 で、ジュエルシードを食べた、ぼく。

ぼくがどんな状態にあるかは、アースラ内部の設備では解明できなかった。

したがってぼくからジュエルシードパワーを摘出する事もできず、今どんな状態にあるのかもわからないらしい。

ただ、ぼくの四肢が格好良くなったり、ジュエルシードの暴走を抑えたりできたのは、このジュエルシードパワーによるものだとアースラの面々は睨んでいるのだと言う。

つまり、ぼくが強く望んだ妄想、夢幻は現実になる可能性があるのだそうだ。

そう言われて、ぼくは野球のピッチャーが投げた球が吸い込まれるように、パズルのピースがピタリとはまったような気がした。

と言っても、大男ならパズルぐらい力技で嵌めれるので、真実への近さは走り幅跳び二回分ぐらいだと思うけれど。

 

 そんなぼくは本局の設備で再調査せねばならないそうで、このままアースラに留まりミッドチルダという世界にまで行く事になるらしい。

ぼくは次元通信を使って両親やアリサちゃんやすずかちゃんにその事を伝え、認められたり怒られたり心配されたりした。

が、どうもこのアースラ、先の次元震でまだ本局に行く事ができないらしい。

つまりある程度の期間、地球近辺に停泊するのだそうだ。

その間、ぼくはある思いつきがあったので、フェイトちゃんの元に会いに来ていた。

 

「やぁ、フェイトちゃん」

「……あ、T」

 

 はにかむフェイトちゃん。

とんかつの肉より柔らかな笑みだった。

なのでぼくは、フェイトちゃんの頬を摘んでみようと手を伸ばしたのだが、フェイトちゃんは少し痩せていて、掴める肉が無い。

なのちゃんと大違いだ、と思いつつ、ぼくは折角手を伸ばしたので、そのついでにフェイトちゃんの頬を撫でるようにする。

フェイトちゃんは最初怪訝そうな顔をしていたけれど「まぁ、Tだしね」と言ってからはぼくのほっぺ撫でを黙って受け入れた。

 

「いや、ぼくがどうかしたのかい?」

「え? だって、普通ほっぺを撫でるかなぁ、って思ったんだけど……」

「それは確かに普通じゃあないけれど、なんでぼくだと普通じゃないんだい? こんなに超弩級の普通人間なんて、世界中を見回したって居ないだろうに」

「うん、そうかもねー」

 

 フェイトちゃんは、何故か乾いた笑みを浮かべるが、その頬は潤ってつるつるであった。

その上手いマーブル模様な感じにぼくは満足して、手を引く。

少しだけ名残惜しそうにしているフェイトちゃんを捨て置き、ぼくは横で黙ってぼくを睨みつけているアルフさんに視線をやった。

 

「アルフさんも、数日ぶり」

「……あんたは」

 

 と言って、複雑そうな表情でアルフさんは語りだす。

 

「正直言って、あたしの勘は今すぐあんたをぶっ殺さないと、ヤバイ事になるってぐらいに感じている。いろんな意味でね」

「あ、アルフ!?」

「でもっ」

 

 落としたトマトみたいに驚くフェイトちゃんの言葉を、アルフさんが遮った。

ぼくはそこに空気でできたナイフを連想した。

いつか思い描いた空気のケーキと逆の連想である。

切ったようで何も切れていないナイフ。

 

「でも、あんたが居るとフェイトが少しでも笑顔になるってのも事実だ。あんたには、あたしにはできない事ができる。でもヤバイ感じがするのは変わらない。だからあたしはせめて、あんたに話しかけない。返事もしない。それだけさ」

「今話しかけてるじゃん」

 

 ぼくは反射的にスウェーした。

それから、アルフさんがプルプルと震える拳を握りしめながらも必死に耐えているのを見て、やっぱりアルフさんのナイフは空気製なのかもしれないと思う。

けれど、ぼくはそれを口に出さない程度には大人だった。

 

 ぼくは、おどおどしたフェイトちゃんに向き直る。

それからぼくは、真っ直ぐに手を伸ばした。

我ながら、ポケットチーフのような手の差し出し方であった。

首を傾げるフェイトちゃん。

 

「えっと?」

「フェイトちゃん、ぼくらの友達期間は、ぼくが地球に戻るまでだった。ぼくは一回地球に戻っちゃったから、よく考えれば友達期間は一旦終わってしまっている」

「あ……」

 

 真っ青な顔になるフェイトちゃん。

ペンキで塗ったような青ではなく、アルコールランプみたいな色の青だった。

 

「だから。フェイトちゃん、もう一度ぼくと友達にならないかい? 今度は、どちらかが友達を辞める気にならない限り、ずっと続く友達に」

「ずっと続く、友達……」

「あぁ。だからその為に、握手をしよう。ぼくの友達によると名前を呼び合えば既に友達らしいんだけど、それってなんだかカタツムリみたいだろう? だからぼくは、こういう風に区切りがあるのがちょっと好きでさ。握手、しないかい?」

「…………」

 

 ぼくの言葉に、フェイトちゃんは俯いてしまった。

影が差してフェイトちゃんの顔は見えなくなり、シールでも貼って隠したみたいだ。

残念ながらシールはがしの持ち合わせのないぼくは、黙ってフェイトちゃんの返事を待つ他無い。

なのでぼくは、石のようにそれを待つとする。

 

「……ごめん、T」

 

 言いながら、フェイトちゃんが面を上げた。

未だ瞳のルビーは熱く、湯気を上げているようにぼくには思える。

 

「私は、Tを八つ当たりで殺そうとした。バルディッシュを振り上げて、首に鎌を押し当てる所までいった。あの時私が気まぐれを起こさなければ、私はT、貴方の事を殺していたんだ。なのに私はまだ、貴方に謝りもしていない。それで友達になるなんか、私が私を許せないよ」

「…………」

「今私がTに謝ったら、きっとTは私を許してくれる。でも、それじゃあ駄目なんだ。私は、許されるべきじゃあない。Tを襲った罰を、受けるべきなんだ。償わなければならないんだ。だって」

 

 と、一息。

フェイトちゃんは、眼の奥をどろりとさせ、まるで沼底のような粘着性を見せながら続ける。

 

「私は、今でもTの事に、嫉妬してる。私は一言も言葉を聞いてもらえなかったのに、母さんと最後の言葉を交換できたTを。私は母さんに不幸しかあげられなかったのに、母さんの人生を最後に幸せだったと言える物にしたTを。妬んでいる。嫉妬、している」

 

 ぼくとしては、嫉妬ぐらいどんとこい、という気分ではあった。

何故なら、ぼくは糊が好きだからだ。

道路に塗って、糊でツルツルの地面を作れるからだ。

なので粘着質なのは好きなほうだし、そのデメリットも気にならない方である。

けれど、そう言ってもフェイトちゃんはぼくと友達になってくれる訳では無さそうなので、ぼくはアザラシみたいに無難な事を言った。

 

「ぼくはそれぐらい、気にしていないんだけどな」

「うん、わかってる。これはただの私の我侭。母さんを亡くした私には、もうアルフとTしか残っていない。でもアルフは半分私自身みたいな物だし、それはそれで嬉しいんだけど、生きる目的には、できない。私には、Tを生きる目標にする事しかできない」

「…………」

「友達だっていいながら神のように崇めるか。嫉妬して魔王のように憎むか。今の私には、それしかできなくて」

 

 神。

魔王。

2つの言葉は、まるでミルクとコーヒーのようにぼくの中に混ざりこんでいき、なんだか奇妙な感覚があったのだけれど、その答が出るより早く、フェイトちゃんの言葉が続く。

 

「母さんはTを神だと言った。だから私は、Tを魔王のように思うよ。傍迷惑かもしれないし、それどころかそんなふうに思われても気にしないかもしれないけれど」

 

 そう言われてしまえば、ぼくはぐうの音も出ない。

ぼくは神だと思われたいかと言うと、それは思ってくる人次第としか言いようがないのだけれど、少なくともフェイトちゃんにはそう思われたくないのだ。

なんでだろうと思うのだけれど、何時もみたいに自然に思い浮かんでくる言葉は無かった。

代わりに、空白の言葉が思い浮かんでくるような気がする。

空白、スペース、それとも白塗り。

そんな言葉で思い描けるような理由で、ぼくはフェイトちゃんに神だと思われたくなかった。

魔王だとも思われたくなかったのだけれど、それでも神よりはマシかもしれない。

 

「……分かった。いや、正直に言って、他の人だったら気にしないけれど、フェイトちゃんに魔王と思われるのは嫌なんだけどね。でも、とりあえず分かった。考えを纏める時間が欲しいけど、保留って答だと冷凍マグロみたいだろう? だから。それに、ぼくにはもう一つ用事があるのだから、そっちも進めなくちゃいけないしね」

「……もう一つの用事?」

 

 フェイトちゃんが首を傾げるのに、ぼくは頷き、入り口の扉の方を見る。

ストローでぶくぶくやるのを三倍ぐらいの音量にした、排気音。

自動ドアが開いた先には、ぼくと同じ服を着た子。

私立聖祥大学付属小学校三年生の、9歳の女の子。

高町なのはが、そこに立っていた。

 

 

 

 

 


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