夢幻転生   作:アルパカ度数38%

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その20:発射準備

 

 

 

 なのちゃんは言った。

 

「私、初めて出会った時から、胸の中の何処かで気づいていたんだ。フェイトちゃんが、あの娘がとても寂しそうな顔をしていた事」

 

 唇を噛み締めるなのちゃん。

唇の皮が少し破れ、血が滲み始める。

その様子を見て、ぼくはなのちゃんの犬歯は果物ナイフなんだなぁ、と思った。

皮と中身が逆な林檎を剥こうとしているのだけれど、やっぱり中身も逆になっていて、身が外側にあって中身は空洞なので、切っても赤いものの先には空洞しか無いのだ。

ひっくり返り林檎。

重力林檎。

ううん、空気林檎。

 

「だけれども、私はそれを無視した。たっちゃんが攫われて、その原因がフェイトちゃんだったって聞いて、フェイトちゃんを許せなくなって。フェイトちゃんがとっても寂しそうな顔をしていて、助けたいって思った自分を無視して、たっちゃんを助けてフェイトちゃんを叩きのめす事に全力全開だった」

 

 空気林檎の味はどんな味なのだろうか。

空白のはずの空気を食べた味はどんな味なのだろうか。

ぼくは多分、それは想像の味なのではないかと思う。

白い身を切り分けて、残った赤い皮を引き裂いて、その先にある物への期待と言う名の妄想。

ぼくだったらどんな味を感じるのだろうかと思い、ぼくは少女のように仄かで甘酸っぱい蜜がいっぱい詰まった果肉を思い描いたけれど、真実を知るぼくには永遠に手に入らない物なのだと気づいてしまった。

ぼく、がっかりである。

 

「そして……全部が全部って訳じゃあないって分かっているし、私がしたことは運命の輪を早回しにしただけみたいなんだって事、分かってる。ううん、ひょっとしたら私なんて居なくても同じだったんじゃあないかって。でも、結局……」

 

 俯いた顔を、ぼくに向けるなのちゃん。

ぽろり、と涙を零しながら、なのちゃんは言った。

 

「私が切っ掛けで、フェイトちゃんは酷いことになっちゃった」

「…………」

 

 ぼくは幾つかの事に迷った。

まず咄嗟になのちゃんを慰めようとして、そしてどうすれば良いのか分からなかった。

なのちゃんの言葉には果物によく見られるあの芯の強さが見られ、悪く言うととてつもなく頑固な感じがあり、ぼくのどんな慰めも受け取れなさそうな所があったのだ。

 

 次に、ぼくはそもそもなのちゃんをどうしたいのかと思った。

ぼくとなのちゃんは友達なので、涙をハンカチで拭いてあげる事ぐらいならしてあげたっていい。

なんだったら、ぼくは指をつきだしてなのちゃんの目をえぐりだし、涙の通りを良くしてあげたっていいだろう。

そうすればなのちゃんの涙はプレシアさんみたいに水たまりを作るぐらいにドバドバと出るようになって、ホースの先みたいに水を流したり飛ばしたりと好き放題にできるようになるに違いない。

なのちゃんは喜びと痛みで半分半分ぐらいには思ってくれるだろう。

ぼくだって綺麗な眼球を手に入れられて、Win-Winという奴になれるではないか。

 

 でも、ぼくは結局そうしなかった。

ぼくはなのちゃんと友達だけど、ぼくとしては彼女と馴れ合いをしているつもりでは無いのだ。

ぼくはなのちゃんの瞳が、その意思によって素晴らしい輝きを満たす時を見たくて、そしてできればその瞬間にその瞳をえぐりだし、永遠の輝きとしてみたくて、なのちゃんと友達で居るのだ。

もちろん一緒に居て心地良い事も確かなのだけれども、一番の目的はと言われれば、やっぱりそれなのである。

そうなると、今ぼくがなのちゃんの目を抉ってしまえば、その輝きはこの瞬間を琥珀のように閉じ込めて終わってしまうだろう。

それはあまりに惜しいことで、ラーメンの器にティッシュを入れるような後に引く嫌な感じがある事なのだ。

なのでぼくは、代わりになのちゃんに近づき、折衷案を実行する。

 

「たっちゃん? ……ふぇ!?」

 

 ぼくは、なのちゃんの涙を舌で掬った。

そのまま、くるりと巻いた舌ごと口の中に入れ、口蓋を閉める。

ぼくはワインやら水やらお寿司やらをそうするように、ゆっくりとなのちゃんの涙を味わって消化した。

パクパクと口を開け閉めするなのちゃんに、その塩っぽいけど美味しかった感じを表して、にっこりと笑うぼく。

 

「色々と言いたい事はあるけれど、これでチャラという事にしてあげるよ。それで、なのちゃんは何をしたいんだい?」

「うぅ……。は、恥ずかしい事するなぁ……」

 

 顔を真っ赤にするなのちゃん。

そんなに自分の涙をテイスティングされるのが恥ずかしかったのだろうか。

プレシアさんはぼくの髪の毛をテイスティングした事もあったけれど、あれは別に恥ずかしくは無かったけれど。

そんな疑問詞に満ちたぼくの顔を、何かを諦め紙飛行機にして飛ばしたような顔をして、なのちゃん。

 

「ええっと、だから私は、フェイトちゃんに何かをしなければいけない。ううん、したいんだ。助けたいんだ。どの口で言うの、って言われちゃうかもしれないけれど。弱いくせに、って言われちゃうかもしれないけれど。それでも、私はフェイトちゃんの為に何かをしたい」

「その辺は、ぼくも協力できるとは思うけれど」

「ごめんね、そこは私一人の力でやってみたいんだ」

 

 にっこりと笑うなのちゃんに、ぼくはそういえばなのちゃんがアリサちゃんとすずかちゃんと友達になった時も、ぼくの力なんて必要無かったんだっけな、と思った。

うむ、と納得するぼくを尻目に、だけど、となのちゃんは言う。

 

「だけど、その、虫のいい話だけど。私一人でお話するつもりなんだけど、力は借りたいと言うか。ちょっと、心の力を借りたいと言うか」

「へ? どういう事だい?」

「その……」

 

 うつむき、もじもじとしながら視線を足元に。

指を指に絡め、剣道のすり足みたいにすりあわせながら、なのちゃん。

 

「フェイトちゃんに、握手がどうとか、言ってたみたいじゃない」

「うん」

「あれ、なのはにもやって」

 

 思わず、ぼくは目をパチクリとさせてしまった。

意味不明な思考回路に、一般人で常識人なぼくの頭がパンクしそうだった。

 

「なんで?」

「なんでも」

「つまり?」

「いいから、なのはと握手してっ!」

「別にいいけど、理由は話せない事なのかい?」

「い、いいからっ!」

 

 叫びながら、顔を真っ赤にしながら手を差し伸べるなのちゃん。

ぼくはそれに、ウイスキーをラッパ飲みするロシアの人々を思い描きながら、手を伸ばした。

指と指が絡み合う。

掌と掌がふれあい、皺が合わさった空間に暖かな空気が滑り込んだ。

手を上下に。

ぎゅ、という少し痛いぐらいに強く握られた握手が行われた。

それを終えると、ゆっくりと手と手が離れ、重力に従い降りてゆく。

笑顔のなのちゃんが、うにみたいにトロリとした、口に含めば溶けそうな声を出した。

 

「えへへ……!」

「…………」

 

 一体何があったのだろうか。

首を傾げるぼくを尻目に、なのちゃんはぼくと握手した手を宝物みたいに眺めている。

そうなるといじわる心が湧いてきて、ぼくはなのちゃんの手をファブリーズでシュッシュとやってみたかったのだが、生憎手近に無かったので、諦める事にした。

ぼくは大仏みたいな目でなのちゃんを見つめ続け、そうすると我に返ったなのちゃんが慌てて背筋を伸ばすのが見えるが、当然遅い。

ぼくは平坦な声で聞いた。

 

「それで、お話と言っても何か考えはあるのかい?」

「あ、うん、それはね……」

 

 言って、首元のレイジングハートを掲げるなのちゃん。

首を傾げるぼく。

 

「つまり?」

「戦うの」

「なんでそうなるのさ……」

 

 ぼくは何時も通りにとても常識的な発言をした。

幸いな事に日本語が通じているようで、頷くなのちゃん。

 

「うん、私の言葉は沢山の理由でフェイトちゃんに届かない。壁はいくつもあって、中には絶対に壊せないのもあるし、乗り越えるのが大変な物もある。だから、一つづつ超えていくつもりで居るんだ。で、その中の一つが……」

「力、か」

 

 まぁ、そこまで言われればぼくにも分からないでもない。

なのちゃんとフェイトちゃんは、魔法による力が支配する場で出会った。

そこでなのちゃんは、言い訳しようがないほどに完璧に負けてしまったと聞いている。

ならばフェイトちゃんがなのちゃんを、自分に勝てなかった子というフィルター越しに見てしまうのは致し方ない事だろう。

もちろんフェイトちゃんも良い子なので、そのフィルターは時間が外してくれるだろうが、フェイトちゃんが苦しんでいるのは今なのだ。

ならば乗り越えられる壁は一つづつ乗り越えていきたいというのが、なのちゃんの考えなのだろう。

 

「勝算はあるのかい?」

「うん、もちろん」

 

 そう言ってのけるなのちゃんは、とてつもなく輝いた瞳をしていた。

その瞳には、硬質で真っ直ぐな恐ろしいほどに輝く光が見えた。

その光は、夜闇の中のペンライトの光に似ていた。

真っ直ぐに伸びる光は、まるで柱のような形をしていながら半透明で、空気中の埃を孕んでいる事だろう。

そして一見明確に分けられている光と闇だが、そこにはただ空気があるだけで、明確な区切りは無いのだ。

ぼくは、なのちゃんがプラスティックになれるだろうか、と思った。

空気を閉じ込める樹脂にならなければ、きっと、ボロボロになっていて思いの矛先はなくしてしまったものの、強い思いだけは残っているだろうフェイトちゃんには、勝てないだろう。

 

 ぼくは、多分にこやかに笑えたと思う。

なのちゃんはぼくの笑みに、力強く、おにぎりみたいな笑みを作った。

潮の香りのしそうな、海鳴みたいな笑みだった。

なのちゃんの育った町の笑みだった。

 

「じゃあ、ぼくがちょっとだけお膳立てするから、それからはなのちゃんに任せたよ」

「うん、ありがとうたっちゃん」

 

 そう言って、ぼくはその足でフェイトちゃんの部屋に向かい、友達交渉をして一旦切り上げる事になった。

そうして部屋の外で壁に背を預けながら、様々な事に思いを馳せる。

ぼくがクロノさんが使っていたデバイスの声がリンディさんの声だった事に気づき、もしかしてクロノさんはマザコンなのではなかろうか、だとすればぼくが出会ったことのある中で一番の変態ではなかろうか、2人は何処まで行っているんだろう、と思っていた辺りで、排気音。

自動ドアが開き、連れ立ってなのちゃんとフェイトちゃんが出てくる。

思わず、目を見開くぼく。

 

「いや待て、フェイトちゃんは一応重要参考人だろう? 連れだして大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ」

 

 と、なのちゃんの後ろからカルガモの親子みたいに引き連れられて出てきた、通信用ウィンドウが喋った。

画面にはリンディさんが映っていて、ぼくは直前に考えていた事からなんとも言えない顔を作りつつも、2人に視線を。

口を開くフェイトちゃん。

 

「T。なのはとの戦いに勝てば、Tが私を友達にしようとする事を諦めるって、本当?」

 

 ぼくは思わずなのちゃんに視線をやった。

平謝りをするなのちゃんに、フェイトちゃんも一瞬で事情を悟っただろうが、ぼくは難しい顔をしつつも頷いた。

 

「あぁ、その通りさ。フェイトちゃんが勝てば、ぼくからフェイトちゃんを友達にしようとするのは諦めるよ」

「……そっか」

「そしてそれは勿論」

 

 と、フェイトちゃんが暗い表情になりそうになるのを、ぼくは遮った。

まるでまるで線路にそそり立つ巨木みたいに強烈なインターラプトだっただろう、とぼくは思う。

 

「ぼくがなのちゃんの勝ちを確信していると言う事でもあるのさ」

「……私は、負けないよ」

「ま、全力を出せるよう頑張る事だね」

 

 言って、ぼくは肩をすくめ、ブリッジに進む2人の後をついて行った。

金属質な床に足音が良く響き、パイプオルガンみたいだな、とぼくは思う。

あれは建物と楽器が合体しているが、ぼくらの足音も建物の力あっての音楽だ。

硬い床を、足裏が勢い良く踏みしめていく。

ぼくはその音楽がエレクトロニカ・ミュージックのように感じられながらも、黙々と2人の後ろをついていくのであった。

 

 

 

 

 


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