それはともかく更新です。
アースラのブリッジ。
ぼくを含めたアースラスタッフ達にアルフさん、ユーノくんに恭也さんは、みんなで海鳴に張った結界の内部を観察していた。
結界内部にはオブジェクトとして海に半ば沈んだ廃墟が連なっており、まるで沢山の裸ポッキーをチョコレートの海に差し込んだ所みたいだ。
しかし残念ながらぼくはトッポ派だったので、よだれを垂らすような真似まではすることはない。
なぜなら、空洞に凝固した液体が詰まっている形は、血管を想像させる作りだからだ。
ぼくは血が好きだった。
流れる血が好きだった。
食欲でも無いので吸血趣味は無く、性欲でもないので勃起する事もなく、ただ血が流れるのを眺めるのが好きだと言うだけなのだけれども。
といっても、透視のできないぼくには血管の中の血が流れる場面は直接目で見る事ができない。
なので、多くの場合想像によるものなのであった。
画面いっぱいに映しだされた現場には、なのちゃんとフェイトちゃんがバリアジャケットを纏い対峙している。
見れば、それだけで戦意に溢れている事が分かる様相であった。
なのちゃんは顔こそ普段より緊張しているかなってぐらいで、その緊張だってヴァイオリンに張られた弦ぐらいであって、ピアノ線みたいになんでも切れるほどではない。
けれどなのちゃんには不思議と威圧感があり、彼女の纏う空気がそれをさせているのだろうとぼくは思う。
実を言えば、ぼくが高町家で一番恐ろしく感じるのは、本気で怒ったなのちゃんである。
ぼくがなのちゃんが本気で怒った事があるのを見たのは、たった一度しか無い。
近所の小学生上級生が子猫の兄弟を次々に道路に投げ、車で轢き殺すゲームをやっていた時の事である。
当時一年生だったなのちゃんが本気でブチ切れて、年齢差を忘れて小学生に立ち向かっていった物であった。
ちなみにぼくは四肢欠損で済んだ猫が気になっていたので、なのちゃんを抑えて子猫らを動物病院に連れていく事を頼み、小学生たちを受け持った。
喧嘩には負けたけど足止めには成功し、ぼくは後から、これでいつでも子猫の足のあの美しい切断面が見る事ができるぞと喜び勇んで子猫を引き取ろうとした所、子猫は既に完治しすずかちゃんの家に引き取られていたのであった。
当然、足の切断面はむき出しではなくなっていた。
ぼく、頑張り損である。
兎も角なのちゃんの雰囲気は、あの時を彷彿とさせるような、いや、それ以上の威圧感を感じるほどの物に成長した。
見るに、フェイトちゃんはなのちゃんの威圧感に、僅かに顔を歪ませている。
フェイトちゃんの雰囲気も負けず劣らず恐ろしい切れ味のカミソリに思えるのだが、そのカミソリはきっと両刃のカミソリなのだろう。
指で平たい面を持っても汗で滑れば怪我をしてしまい、それに緊張すれば汗が増して行くという悪循環。
それを断ち切るには、カミソリを割っても、指を切り落としてもいけない。
カミソリを机に上に置いてもらわねば、なのちゃんはフェイトちゃんを救えないのだ。
こりゃあ難易度が高いなぁ、とぼくが思っていると、なのちゃんが口を開く。
「フェイトちゃん。私達の始まりは、ジュエルシードを巡っての戦いだったよね。でも、最後の戦いは私が負けたまま知り切れトンボ、私はフェイトちゃんが海のジュエルシード6個に挑んだ時、それを放置して終わっちゃった」
「……妥当な判断だったと思うけれど」
静かにフェイトちゃん。
なのちゃんは僅かに目を細めた。
眉毛が二対ある人みたいに見えて、ぼくは一瞬なのちゃんが宇宙人だったのかと思う。
それからクロノさん達やフェイトちゃんもミッド人であり、要するに宇宙人みたいな物だと思いだした。
そう思うと、魔導師であるなのちゃんも宇宙人の資質があるのかもしれない。
ぼくは、火星人のタコみたいになったなのちゃんを想像したが、その想像が絵となるよりも早く、なのちゃん。
「ううん、私はフェイトちゃんに言いたいことがあった。したいことがあった。地球の平和も大事だったけれど、それと同じくらい重要で、しかも私にできる、そして私にしかできないと思った事があったんだ。だから、私は何が何でもフェイトちゃんを助けに行くべきだった」
「…………」
「でも、私はそれをしなかった」
なのちゃんはギロチンを落とすみたいな雰囲気で言った。
けれどその刃は空を切ったようで、フェイトちゃんは静かになのちゃんの言葉を聞いている。
でも、その目には理解の色はあるけれど、身を委ねるような色は見られなくて、ぼくはフェイトちゃんがなのちゃんの言葉に暖かさを感じなかったのかな、と思った。
ぼくは薄っすらとだけれど感じた。
けれど真冬の暖房にだって人だけじゃあなく虫が寄ってくるのだ、ぼくはフェイトちゃんが虫じゃあないと分かったので、それはそれでいいか、と思う事にする。
しばし、沈黙。
なのちゃんは細めた目をフェイトちゃんに向けつつも、少し俯いた感じで硬直する。
フェイトちゃんもまた、静かになのちゃんの次の言葉が待っていた。
チーズの塊みたいな沈黙が過ぎ去った後、なのちゃんが再びあの威圧感を纏い、フェイトちゃんに視線を。
口を開く。
「……何がしたかったのか。貴方に何を伝えたいのか。それは、勝ってから言うよ」
恐ろしく自信に満ちた物言いであった。
ぼくとしてはなのちゃんがこんなに自信満々なのは珍しいので、首を傾げてしまう。
まるで心の中に他の誰かの大きな支えがあって、それも脚立のような華奢な物ではなく、家屋の土台のような堅牢な物であるようだった。
ここまで強くなのちゃんの心に足を踏み入れる事ができるのは、アリサちゃんかすずかちゃんか、その辺りなのかなぁ、とぼくは思うのであった。
そんなぼくを尻目に、なのちゃんとフェイトちゃんは互いにデバイスを構え合う。
恐るべき緊張感。
風船が割れる寸前の、魚が飛び跳ねるのを待つ海鳥の、ピアノ線が人の肌に触れて一瞬張り詰めるあの瞬間の緊張感であった。
ぼくはそれを壊してしまいたい衝動に襲われたけれども、それ以上にこの緊張感が高まって爆発する事の方が見たくて、ぼくはじっとそれを見つめていた。
一陣の風。
弾かれるように両者が動き出す。
そこからは、ぼくの目には上手く捉える事ができなかった。
ゲームや漫画みたいな残像が見えるほどの速度でなのちゃん達は動き出し、桜色と黄金の魔力光が交錯する。
あまり隣り合わせにして相性の良い色とは思えなかったが、こうして見るとどちらも派手な色という事で似通っているだろう。
螺旋を描きながら、なのちゃんらは飛行。
桃色の球体と黄金の槍とが交錯し、オブジェクトを破壊し、時にはデバイスが打ち合わされる金属音すら響く。
「凄い……、2人ともとんでもない魔力値だけど、その上こんなに動けるなんて……」
「フェイト・テスタロッサが優勢ではあるが、高町なのはもよく食らいついているな」
後ろで話しているエイミィさんとクロノさんは置いておいて、ぼくは映像に食らいつくようにして見ていた。
何気に、ぼくは魔導師同士の本気の戦いを見るのは初めてであった。
魔法は質量兵器を圧倒する力を持っており、その弾速も当然のように音を置き去りにする。
必然感覚や脳の強化魔法を使わねば観戦すらおぼつかないが、ぼくは一般人なので魔法なんて使えない。
けれど、ぼくにはジュエルシードパワーがある。
いや、仮名なので本当はもっと格好いい名前なのかもしれないが、兎も角不思議な力がある。
ぼくはアースラスタッフに気付かれないよう、そっと自分の感覚や脳の強化を願った。
その甲斐もあり、ぼくの目はなのちゃんとフェイトちゃんの速度にゆっくりと慣れてゆく。
確かに、劣勢はなのちゃんであった。
ドッグ・ファイトなのになのちゃんは殆ど前を飛んでいたし、時々後ろを取ってもあっさりとフェイトちゃんの華麗な軌道で取り返される。
近接戦闘に移行しても、当然のごとくなのちゃんはフェイトちゃんに敵わず、打ち負けつつもどうにか再び飛行戦闘に戻る事ぐらいしかできていない。
それでもなのちゃんが堕ちていないのは、フェイトちゃんと違って高速戦闘でも誘導弾を放てるからだろう。
ぐねぐね曲がる桜色の光球は、あまり当たりこそしないものの、フェイトちゃんの動きを相応に制限していた。
それにしても、綺麗な光景であった。
強い光が放たれ、飛行機雲みたいに後を引きながら消えゆくその様は、打ち上げ花火を思わせる物だ。
けれど魔導師戦闘の光は垂直方向だけじゃあなく様々な方向に撃ちだされ、とても美しいようぼくには思える。
ぼくはそれに、パソコンのスクリーンセーバーを想起した。
洗練された動きは、暗闇にどこまでも続く幾何学的な光に似ているよう思えるのだ。
ならば誰かが触っていないパソコンとは何処にあるのだろうか、とぼくは疑問に思った。
すぐに、ぼくの脳味噌なんじゃあないかとぼくは思い至る。
ぼくの脳味噌はマウスも動かさないままにずっと放ったらかしにされており、ぼくはマウスを動かさねばならないのではないだろうか。
ぼくは反射的に脳味噌マウスを動かそうと思ったけれど、しかしよく考えればそれをしてしまえばなのちゃんとフェイトちゃんの戦いも終わってしまうのだ。
それも、ぼくの横槍によってである。
それはあまりにも忍びないので、ぼくは脳味噌マウスを動かす事を断念し、すぐに戦いを見る事に意識を集中させる。
アースラに表示されている2人の魔力値は、既に双方とも半分を切った。
特になのちゃんの消耗が激しく、既に魔力ゲージが三割辺りまで減っている。
それでもぼくはなのちゃんの勝利を確信しているのだけれども、一体どうやって勝つのかは興味が尽きない。
ぼくが画面を見つめていると、一区切りとでも言わんばかりに2人は声が届く程度の距離で動きを停止。
油断なく武器を構えながら、フェイトちゃんが言う。
「強く、なったね……」
「……図々しいことを言うけど。私、フェイトちゃんの隣に立てるぐらいには強くなったかな」
なのちゃんの言葉に、フェイトちゃんは歯噛みした。
気づかずに梅干しを食べた顔の3倍ぐらい必死な顔であった。
フェイトちゃんは、隣に立とうとしてくれる人が居る事への歓喜を、自虐で押し殺しているように見える。
まるでハリセンボンを撫でたがっている人のようだった。
どうやって触れれば針で刺されずに済むのか分からず、それ故に手を伸ばさない選択をした人。
「強さは、関係無いよ。私なんかの側に居るべき人なんて、居ない。居ちゃあいけない」
「そんな事無い。誰も側に居てはいけない人なんて、この世界の何処にも居ないよ!」
大ぶりに手を振り払いながら、叫ぶなのちゃん。
フェイトちゃんはそれに、体を震わせながら叫び返す。
「例えそうだとしても、それを私が許さないよ」
「私も、そんなフェイトちゃんを許さない」
え、と。
空中で一歩引くフェイトちゃん。
なのちゃんはそれに一歩踏み出し、叫ぶ。
叫び続ける。
「一人で居たくないのに、一人ではなくなる事を許さないなんて、悲しすぎるよ。だから私は、フェイトちゃんが自分を許さない事を許さない!」
「……勝手、だね」
「勝手でも、私はそうするよ。理由は私がそうしたいからで十分、それだけで私は何だってできる、何だってやれる」
なのちゃんが両手を胸に。
一瞬目を閉じ、それから静かに見開く。
なのちゃんは、とても美しい笑みを浮かべた。
花弁を開かせるような、誰もが似たような笑みを浮かべたくなるような、不思議な笑みであった。
花粉を飛ばすように、みんなに伝染してゆく笑みであった。
そうして花に囲まれても尚存在感を失わないほど強固で、それでいて命の張りのような物のある美しい笑みであった。
こればかりは、切り取って保存してもその美しさが失われてしまうだろう笑み。
「私には、それを教えてくれた、大切な友達が居るから。貴方とも友達になれる、あの人が居るから」
「…………ぁ」
小さく、フェイトちゃんが声を漏らす。
鈴をチリンと鳴らしたような控えめな声は、どうしてか、強くぼくの耳朶に響いた。
その目は綺麗にカットされた輝きを持つ希望に満ちている。
話の展開上フェイトちゃんはなのちゃんの言葉に希望を持ったのだろうが、しかしなのちゃんの言う大切な友達とは、もしかしたらぼくなのではないだろうか。
と思ったけれども、常に自制を念頭に生きているぼくがそんな比喩に使われるなど無いだろうし、クロノさんとかユーノくんとかの事なのだろう。
ぼくは知らない一面が彼らにあったかもしれない事に、少し目を丸くしてしまった。
「だから。私は、貴方にこの心を伝えたい。貴方を想って居る人が、此処に居るんだって事を伝えたい。一度は憎んでいて何様のつもりだって思うかもしれないけれど。私がもっと確りしていれば何かがもう少し救われたかもしれないのに、何様のつもりだって思うかもしれないけれど。それでも……」
言いつつ、なのちゃんがデバイスの切っ先をフェイトちゃんに向ける。
反射的に構えを取るフェイトちゃん。
「全力全開で、遠慮なんてすっ飛ばして向き合う事で、心と心が通じ合える。私はそう信じているから。だから、戦おう。全てを心の底から出し切るまで、戦おう」
「…………言われなくても、私は一人で生きるために勝つつもりだよ」
言いつつ、フェイトちゃんが目を細め、あのカミソリみたいな雰囲気を取り戻す。
なのちゃんもまた威圧感を纏い、レイジングハートを構えた。
空気が固形物のように濃くなり、沈黙が重たくのしかかる。
戦いの始まりを彷彿させるように、同時に2人が動き出して――。
それでは良いお年を。