不気味なまでに全ては丸く収まった。
不気味と言っても、ホラーハウスのような分かりやすい不気味さではなく、差し出された手が次の瞬間誰の物だったか分からなくなるような、あの不気味さなのである。
まるで不恰好な継ぎ接ぎを見せられているようで、これならぼくの方がよっぽど上手くできるだろうに、とやったこともないのに思ってしまうぐらいだった。
様々な色のクマがパッチワークされた、裏返しのテディベア。
体と四肢がひとつも一致していない、ロボットのプラモデル。
肩から足が生え腿から手の生えた、人間。
そういうことだった。
それでも時間は誰一人逃さずに人を前に進めていく。
相対性理論が人によって時間の価値は異なると教えてくれ、そこに平等性は見いだせなくなったが、それでも生きとし生けるものが全て時間を前にしか進める事ができない事だけは同じだ。
もしもそれについていけない奴がいたら、そいつはきっとピッツァになってしまうのだろう。
生地はグルグルと回すと永遠に伸びていくピッツァ。
大きくなったピッツァは、きっと地球を覆い尽くしてしまうだろう。
そのたびに地球は一回り大きくなっていった事だろう。
そう思うと、ピッツァになった人は世界を塗り替え、新しい世界の表面になれる訳だ。
そう考えるとピッツァ人になるのも悪くないと思うぼくだが、それにはきっとどこまでも伸びる柔軟性が重要になるに違いない。
ぼくは頑固で頭の硬い人間だから、ピッツァ人にはなれそうもないだろう。
残念な結果に、ぼくは内心溜息をついた。
「たっちゃん……」
「T……」
時は午前中の、少し肌寒い風が吹く海鳴の臨海公園。
ぼくとなのちゃんとフェイトちゃんは、公園の真ん中で3人で両手を繋いで輪を作っていた。
両手の暖かさからその奥にある血液の流れが実感でき、ぼくは薄く笑う。
とくんとくんという心臓の鼓動さえも聞こえてきそうだったが、それにはもっと近くにあるぼくの心臓の音がとても五月蝿い。
ぼくはぼくの心臓を止めてみたかった。
けれどそれには、いつしかなのちゃんが選んでくれた私服を破いて肌を露出させねばならない。
そうなればなのちゃんは悲しむだろうし、その事に連鎖してフェイトちゃんが悲しむだろう。
悲しむのはいいのだが、それが蔓延してしまうのはあまり良くない。
何故ってそれは、ぼくの嫌いなウイルスに似ているからだ。
奴らは遺伝子の奴隷である。
それは別にいいのだが、それなのに生物面してふらふらと浮いてるのだから気に食わない。
ぼくが魔法を使えるようになったら、まずはウイルスを遮断する魔法を作りたいぐらいだ。
なのでぼくは、心臓を取り出して握って止めたりしないよ、と無言で訴えかける為、2人に笑顔を作った。
なのちゃんとフェイトちゃんとの戦いは、なのちゃんの勝利に終わった。
フェイトちゃんのものすごい数の雷の槍をなのちゃんが耐え切り、その後なのちゃんの収束砲とかいう物凄いでかいビームにフェイトちゃんが敗北したのだ。
その後、なのちゃんはフェイトちゃんと友達になる事に成功した。
ぼくは一般人として、きみらは夕日の中で喧嘩した後仲良しになる不良か、と言いたかったけれども、2人の笑みの口元の角度がとても良かったので、遠慮する事にしたのであった。
そして流れとして、ぼくは再びフェイトちゃんと友達になった。
ぼくとしても、いつでもフェイトちゃんの髪の毛を触ったり、ほっぺを触ったりできるので、大満足である。
なんだったら、お互いの爪を剥いで交換してもいいぐらいだけれど、爪は肌に吸い付いているほうがずっと美しいので、それは悩みどころであった。
「思い出にできるもの、かぁ」
ぼくは思わず頭をぽりぽりと掻いた。
頭皮の削りかすが爪と肌の隙間に貯まり、ぼくは爪の間はとても優秀な貯金箱なのかもしれないと思う。
なんたって、中身を問わねば何もしなくても様々な物が爪の中に溜まっていく。
問題はすぐに中身にあふれてしまう事だが、一人につき10個もあるので、その辺は解決できるかもしれない。
けれど残念ながら、今考える事は別の事であった。
思い出にできるものを考える事であった。
なのちゃんとフェイトちゃんは、長らく離れる事になる事から、つけているリボンを交換した。
ならぼくはなのちゃんとだけ離れるので、なのちゃんとだけ思い出にできる物を交換すればいいとおもいきや、裁判が待っているフェイトちゃんとはそう頻繁に接触できないらしい。
そも、ぼくの検査も何度も行われる事になるようだし、それはそれで忙しい日常になるのだそうだ。
ということで、ぼくは共通の持ち物をなのちゃんの分とフェイトちゃんの分、2種類考えねばならないのだ。
うぅむと悩み始めたぼくに、くすりと2人。
リスが抱えたドングリに口元を運ぶような、小刻みな動きだった。
「いいんだよ、たっちゃんはもう私達と大切な物を交換しているじゃあない」
「私も、大分前にTには大切な物をもらったよ」
「……へ?」
思わず目を丸くするぼく。
するとなのちゃんとフェイトちゃんは、視線を合わせてくすりと笑い、ぼくにちらちら視線をやりながら、口元を抑える。
まるで双子のような動きに、ぼくは困ればいいのか、怒ればいいのか、この場で倒れてしまえばいいのか、悩まざるをえなかった。
けれどまずは、大切なものを思い浮かべるべきだろう。
そう思い、ぼくは再びうぅむと悩み始める。
あれじゃないこれじゃないそれじゃないと考えているうちに、ふと思い浮かんだものがあった。
「もしかして、あれかい?」
「なーに?」
「正解、思いついた?」
悪戯な顔をする2人。
なのちゃんは兎も角、何処か遠慮がちな所のあるフェイトちゃんがこんな顔をするのは少し意外で、ぼくは目を瞬いた。
けれど、そんなものはアザラシみたいな気まぐれ辺りだろう。
ぼくは続けて口にする。
「心に相手の名前を思い描けば浮かんでくる、アレさ」
「……うん」
「……えへへ」
言いつつ、ぼくはなのちゃんとフェイトちゃんの名前を思い浮かべた。
するとぼくの心のなかには、握手が、続いてなのちゃんとフェイトちゃんの眼球が浮かび上がってくる。
勿論想像の物で、本物には及ばない部分も多いのだけれども、それでも想像であるがゆえに本物を超えている部分だってある。
青空よりも澄み切った青を想起させる、なのちゃんの瞳。
夕日よりも尚赤く、ルビーのような硬質な赤のフェイトちゃんの瞳。
ぼくは、それを思い切って口にする場面を想像した。
柔らかな眼球はぼくの前歯に圧力をかけられ、少し変形する。
それからぼくは口を閉じて中身が外に飛び散らないように準備して、それからぎゅ、と一気に力を入れて眼球を噛み切った。
ぷちゅ、と2つの眼球が同時に弾けた。
ガラス体が口内で混ざり合い、素敵なマーブル模様を作り出す。
味はどんな味がするだろう。
きっと天国の雫のような味がするに違いない。
「そうだね。あんまり口にすると安っぽくなっちゃいそうだし、言葉にはしないでおこうか」
「うん。私も、口にするべき大切さもあるけど、これは口にしなくてもいい大切さだと思う」
「そうだね、そうしようか」
頷き、ぼくは2人の目がぼくの目を見つめている事に気付いた。
なのちゃんとフェイトちゃんの頭の中で、ぼくの目はどんな味がしたのだろうか。
甘いのだろうか。
酸っぱいのだろうか。
塩っぱいのだろうか。
ぼくは未だに人の眼球を食べたことがないので、その味の想像すら具体的にできていないのが現状だ。
なのちゃんもフェイトちゃんも、こんなにぼくの目を見つめていると言う事は、きっとぼくの目の味だって想像できているのだろう。
ぼくは自分の不教養を恥じた。
顔を少し赤くし、俯きがちになり、それでも胸の中では、何時かぼくは人間の目の味を味わってみるぞ、と決意表明してみせるのであった。
「あ、たっちゃん照れてる!」
「え、Tが!? あ、本当だっ」
「な、なんだよ、2人とも」
ぼくは自分の不教養がバレていない事に安堵する。
けれどもその安堵を嗅ぎ取られても面倒なので、ぼくは続けてこう言った。
「照れてなんか、ないってば」
「へー、嘘つくの?」
「くす、そういう事にしておいてあげようよ」
なんかむかつく物言いに、ぼくは口元をひくひくさせる。
すると2人はごめんごめんと言いながら両手を上げて降参、歩み寄ってきて、距離が近くなった。
気づけばぼくらは、互いの息が感じ取れるぐらいに近寄っていたのであった。
するとなんだか、これで3人が揃うのも次は随分後になってしまうんだな、と思ってしまい、ぼくは不覚にも少しうるっときてしまう。
ぼくらは、自然と3人で抱き合っていた。
「…………」
「…………」
「…………」
無言でぼくらは抱きしめあった。
涙は無かった。
けれど互いの温度がお互いの存在を確かに知らせていて、ぼくはそこに命の鼓動を感じる。
ぼくは命を悪戯に奪う事はしないけれど、掌の上に置いて弄ぶ事は大好きで、だからぼくは確りと2人の命の鼓動を脳裏に刻み込んだ。
何時か物寂しくなった時、想像の中でなのちゃんのお腹を裂く為に。
何時か物寂しくなった時、想像の中でフェイトちゃんの頭を割る為に。
2人もきっと、想像の中でぼくを3枚におろせる為に。
ぼくらは確かな絆として、互いの生命の鼓動を心に刻み込んだ。
「そろそろ、時間だ」
クロノさんの声に、ぼくらはゆっくりと離れた。
遠くからぼくらを見ていたクロノさんにアルフさんにユーノくんの魔導師組、恭也さんにアリサちゃんにすずかちゃんの海鳴組が寄ってくる。
アリサちゃんが顔をひくひくさせつつ、ぼくにローキックを放ってきた。
ごつん、と痛い音と共に、ぼくの足が蹴られる。
とても痛かった。
文句を言おうとするより先に、アリサちゃん。
「本当ならこの100倍蹴らなきゃならないけど、今日の所はこの辺で勘弁しておいてやるわ」
とすると、ぼくはなんと9割9分引きの蹴りで済んだと言うのだろうか。
なんという出血大サービスか、とぼくは思わずアリサちゃんの手を握るのだけれども、アリサちゃんの顔を見て何も言えなくなってしまう。
アリサちゃんは、ぽろぽろと涙をこぼしていた。
美しかった。
泣き顔なんてみんなくしゃくしゃに決まっているし、アリサちゃんの顔もくしゃくしゃだったけれど、その皺一つ一つがまるで丁寧に作った折り紙みたいに、とても自然な角度で曲がっていたのだ。
ぼくは咄嗟に何も言葉が思い浮かんでこなくって、むにゃむにゃと言葉を探しているうちにアリサちゃんはぼくの手を離しなのちゃんの方へ行ってしまうのであった。
私たちの挨拶の時間も計算に入れなさいよっ、となのちゃんをぽかぽか殴るアリサちゃん。
そっちに視線をやっていると、急にぼくに向かって手が伸びてきて、ぼくの頬をぎゅうぅ、とつねった。
「あいたたたっ!?」
滅茶苦茶痛かった。
アリサちゃんの蹴りの100倍ぐらい痛い頬つねりは、手を見るだけで分かる、すずかちゃんによる物であった。
これが物凄い痛さで、ぼくが限界の頬つねりの痛さはどれくらいだろう、と工具の万力を使って頬を抓らせてみたことがあったのだが、それよりも痛いぐらいである。
というかあの、すずかさん、プレシアさんに四肢を焼き切られた時ぐらい痛いんですけど。
内心泣き叫ぶぼくの声が届いたのか、すずかちゃんが手を離す。
ぼくは思わずその場に崩れ落ち、手でほっぺたがとれていないか確認せねばならなかった。
ぼくのほっぺたは着脱可能ではないが、四肢はそうなので、何時かほっぺたもそうなるかもしれないが故に。
しゃがむすずかちゃん。
「私も、本当に怒っているんだよ? 次に私を心配させたら、またぎゅーだからね?」
言いつつ、空中を摘むすずかちゃんに、ぼくは思わずこくこくと頷いた。
黒いパンツが見えている事は言わないほうがいいだろう。
と思ったら蹴りがぼくの顔面を潰し、ぼくはとても痛い思いをした。
悶絶するぼくを尻目に、すずかちゃんはえっち、と一言言い残して離れていく。
風に棚引く紫がかった髪の毛が、まるで煙草の煙のように軽やかに漂っているのが、とても印象的だった。
すずかちゃんに煙草は似合わなさそうなのだが、不思議とその髪の毛には似合っていたのだ。
とまぁ、そんなわけで皆とのお別れも済んだ。
そういうわけで、ぼくらはクロノさんの青い円形魔法陣の中に立つ。
必死で手を振るなのちゃんに、ぶすっとした顔で視線を外し手だけ振るアリサちゃん、なんだか恐ろしい笑顔で手を振るすずかちゃん。
隣のフェイトちゃんも目を潤ませながら手を振っており、ぼくもカモメのようにそれに習って手を振った。
青空の元、掌がふわふわと規則的に動く。
その光景が白鳥の翼のようで、ぼくはなんだか気分が良くなってきて、少しだけ微笑んだ。
硝子を割ったみたいな笑みだったと思う。
そんなぼくに応えるように手を振る速度が早くなり、続けて深海のように深い青の魔力光が輝きを増し、視界を染めた。
――暗転。
割りとあっさりしたラストですが、無印完です。
次はA'sの前に閑話が挟まります。