夢幻転生   作:アルパカ度数38%

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その27:自動ドア殺人事件5

 

 

 

 クラナガンの外れの、人気のない路地裏。

人混みから吐き出されるように中年の男が一人現れ、疲れ果てた足運びで路地裏の奥まで進んでゆく。

あたりを見回し視線のない事を確認し、男は首元に手をやった。

するとベリッと接着剤の音を置き去りにして、男の顔から肉襦袢が離れてゆく。

シャツをズボンから引っ張りだして、中の詰め物を道路に落とした。

素顔を晒した女は、汗ばんだ黒髪をオールバックに、赤い瞳を空気に晒す。

それは先ほどTが見つけた手配書にあった、指名手配犯ルカの顔であった。

 

 ふぅ、と大きな溜息を一つ。

ここまでこれたのも、自分の用心深さ故にだ、とルカは安堵と共に回想をする。

ルカは変身魔法を得意とする魔導師であると同時、質量兵器主義者であり、反魔導師社会主義者であった。

それ故に魔法に因らない変装も得意としており、魔力反応を伴わない変装と身長まで自在な変身魔法と使い分ける事により、あらゆる場所に姿を表せる女である。

その技術を用い、自動ドアに使われている硝子板を入手する為に、ルカはコンビニの店員として潜り込む事に成功した。

そこで事故を装って自動ドアを割る気だったルカの計画は、しかしフェイトとTの2人組が現れた事により瓦解したのであった。

待機状態で明らかにハンドメイドと分かるデバイスを持ち、恐るべき質の魔力を僅かながら漏らすフェイトは、明らかに高位魔導師である。

当然その前で怪しげな行為をすれば一瞬で捕まってしまうし、故にリスクを避ける為にルカは計画を練り直さねばならなかった。

いや、それだけならばルカは計画を遅らせれば良いだけだっただろう。

だが、もう一人の登場者が問題であった。

 

 Tである。

 

 Tは、ルカの魔導師としての感性に強く引っかかった。

彼を前にしては、何故かルカは自動ドアの硝子板を迂遠な方法で手に入れる他無かったのだ。

なぜかは、ルカ自身にもよく分からない。

どうしてだろうか、ルカの全身にそうせねばならないという不思議な霊的直感が宿り、全身を支配したのだ。

それに逆らい無難な方法を取る事など、ルカにはできなかった。

不可能であった。

不思議なことに、ルカは何故今のような行動をしているのか分からないというあやふやな理由で行動していたにもかかわらず、その行動に疑問を持つ事すらできなかったのだ。

 

 故にルカは、疑問一つ持たずに自動ドアを割った。

T曰く心臓である部分の硝子板を風呂敷に縛って空を飛ばせ、それをパンに変えて下ろし、手に入れようとした。

パンをどうやって受け止めるのかなんて、考えもしなかった。

そして子供が絵を母に変えた事に驚きつつも冷静に機を待ち、疑問一つ持たずに割り箸を銃に変え、輪ゴムを銃弾として打ち出したのであった。

 

「これで……、いい筈だ」

 

 ルカは確かめるように言いつつ、懐から硝子板を取り出す。

何の変哲もない硝子板であった。

硝子板の面積の3分の1ほどを、触った事に反応するタッチパネルが占めている。

ルカは、何故自分がこんなものを欲しがったのだろう、と疑問に思い、とりあえず硝子板を太陽に透かして見る事にした。

視線を空へ。

太陽に硝子板を透かすと同時、ふわり、と影が落ちてくる。

黒い点が空に浮かんでいた。

最初は見間違いか何かかと思うルカであるが、黒い点はすぐさま大きくなり始める。

すぐに何かがこちらに向かっているのだと気づくと、ルカは慌てて身を隠した。

撃ち落とすにも騒ぎになるし、隠れるのが先決と判断したのである。

 

 黒い点はみるみる大きくなってゆき、すぐにその全貌を顕にする。

黒い点は影になっているから黒く見えているだけで、そのおおよそは真っ白であった。

それは、白い布製のグライダーであった。

その中心には一人の子供、Tが体を水平にして乗っている。

 

「う、うわぁっ!」

 

 それを確認した瞬間、ルカは反射的に直射魔法をグライダーに向けて放っていた。

赤色の魔力光を纏ったそれは高速でグライダーに向けて発射、瞬く間にグライダーに穴を開ける。

すぐに真っ直ぐ飛べなくなったグライダーは、ゆらゆらと揺れながら急激に高度を落とし始めた。

 

「は、ははは、やったぞ!」

 

 ルカはなぜだか奇妙なほどに嬉しくなって、叫びながら両腕を上げ、喜んだ。

今にもその場でグルグルと回りたいぐらいに嬉しかった。

ルカがそんな稚気にあふれた行為をしそうになった瞬間、しかしTに動きがあったのである。

Tは、グライダーに穴が開いたと見るや否や、体の固定具を外し両腕だけを残し、グライダーから体を外した。

体を垂直に、まるで宙に浮いた鉄棒に両手で捕まっているかのようになったのち、Tは腕の力で自身の足を目的地であるルカの目前に向ける。

次の瞬間、なんと、Tの腕が伸びた。

否、正確には骨が伸びたのだ。

Tの両腕の肉はある地点で千切れ、その中にある骨だけが異様に伸びていく。

するとみるみるうちにTの体は押し出されて下方に進んでゆき、ルカがあんまりな光景に呆けている間に、両足のスニーカーがルカの数歩手前の地面を捉えた。

そしてTが両手を離すと、骨はすぐさま柔らかくなる。

自由に動かせはするのだろう、Tの両腕はTのすぐ側に戻って来るものの、スペースが足りなかった。

Tの両腕はぐるぐると、フォークで巻いたパスタのように高く積み上げられていたのだ。

そこまでし終えてから、Tは満面の笑みを浮かべて口を開く。

 

「こんにちは、Tです」

 

 ひっ、とルカの口から声が漏れた。

目の前の理解し難い少年を前に、ルカは半ば恐慌に陥っている。

何時魔法が暴発するのかすら分からず、ルカは涙目になりながら拳銃をTに向けた。

その拳銃を抑える手は震えを抑えられておらず、銃口の延長線はぶれ続けている。

 

「やれやれ、人の基本は挨拶からって習わなかったのかい? まったく、カバみたいに非常識な奴だね、貴方は。いいや、カバだってワニを食うぐらいだ、比べるのもカバが可哀想か」

「お、お前は……何だ!」

「ぼくはTだよ。貴方のお名前は?」

 

 パァン、と銃声。

銃弾は明後日の方向に飛んでゆき、近くの民家の雨樋を傷つけるだけに終わった。

やれやれ、と肩をすくめるT。

 

「ぼくは基本的に優しい人間だからね、礼には礼を返すようにしているんだ。犬猫って、なんだかいろんな事でぼくらに優しくしてくれるだろう? ぼくはだから、犬猫には優しくするようにしていたんだ。でも、アリサちゃんとすずかちゃんと友達になって、2人が犬猫にとても優しい子だから、ぼくは2人を通して犬猫に恩返しをするようになったんだよね」

 

 Tは言いながらゆっくりと、ルカの方に歩み寄ってくる。

垂れた両腕は、積み上げられたTの両腕から掃除機の電源ケーブルのように新しい腕部分が補充され、Tの歩行を邪魔しないような仕組みになっていた。

目前の理解し難い存在を前に、ルカは小さく悲鳴を漏らしながら、歩み寄られた分だけ下がる。

 

「でも、偶には直接恩返しをしないと、腕が鈍るというかなんというか、そんな感じなんだ。でも海鳴の街で見かける野生動物なんて、あとは鳥ぐらいだ。けれどあいつらの目って気持ち悪くて、恩を受けている気分にはならないんだよね。だから困っていたんだけれど、今日はなんととても素晴らしい事に、貴方はぼくにとても面白い体験をさせてくれた」

「な、何の事だっ!」

「だから」

 

 ルカの叫びを意にも介さずTは呟き、それから口を開け歯を見せた。

半月状の笑み。

歯は不気味なほど綺麗に揃っており、まるであの空に浮かんでいる月のように、隙間のない輝きをしていた。

 

「ぼくは、貴方に恩返しをしたい」

 

 瞬間、ルカは想像を絶する恐怖を体感した。

まるで心臓を鷲掴みにされるかのような恐怖。

歯が噛みあわず、目からは勝手に涙が溢れ出てくる。

原因不明の震えが止まらず、下半身は尿に濡れた。

 

「う、うわぁぁぁっ!」

 

 ぱぁん、ぱぁん。

拳銃の銃弾が、Tの腹部を貫通した。

しかしそこからは一滴の血も流れず、代わりに黒い何かがどろりと溢れだす。

粘性の高い液体は、どろりという擬音の似合う動きでTの足元へと垂れてゆき、溜まりを作った。

 

「やだなぁ、本当に恩返しがしたいだけなんだよ。さぁ、怖がらないで」

「やめろぉぉぉっ!」

 

 もはや震える足で立っている事すら困難なルカは、後退りすらできない。

そんな状況でも、不思議と銃を撃っても転倒はしなかった。

次々に放たれる銃弾がTの腹部を貫き、黒いタールのような液体が溢れだす。

ルカは悟った。

もはや、拳銃では目の前の少年は殺せない。

咄嗟にルカは、懐の硝子板を取り出した。

小さな掛け声と共に硝子板を割り、鋭利なナイフ代わりにし、ルカはTへと斬りかかる。

 

「うわぁぁぁっ!」

 

 絶叫。

一閃。

脇下から腹の横まで、袈裟斬りに駆け抜ける一刃は、何の抵抗も無くTを真っ二つに切り裂いた。

どばっと切り口から下の内蔵が、重力に惹かれ落ちてゆく。

喜色を浮かべるルカであったが、それも一瞬であった。

落ちてゆく内蔵が多すぎるのだ。

そう悟った一瞬後には、皮だけ残して目玉も脳味噌も一緒に落ちて、Tの中身はすぐさまルカの背後へ。

瞬き程の時間で皮が生え、全裸の姿になってルカの肩を叩いた。

絶叫したいほどの恐怖に襲われながら、ルカは半ば振り返りながら、叫ぶ。

 

「お前は……、お前は一体何なんだっ!?」

「ぼくはTです」

 

 にっこりと笑うTの顔は、それはもう満面の笑みであり。

その残る片手は、ルカの顔へと伸びてきており。

そして……。

 

 

 

 *

 

 

 

「…………」

 

 瞬き。

照明の眩しさにすぐさま目を閉じ、それからフェイトは頭の裏にごわついたコットンの感触と、生暖かい温度を感じる。

額に手をやりながら、なぜだか痛む頭をさすりつつ、体を起こした。

喧騒。

白を基調とした高級感ある内装に、置いてある様々な賞品による彩り。

それからすぐ側にある顔を見つけ、フェイトはつぶやく。

 

「……T?」

「おはよう、Tだよ」

 

 言いつつTが両手に持った清涼飲料水の缶のうち、片方をフェイトに差し出した。

呆然としながらフェイトはそれを受け取る。

刺すような冷気がフェイトの肌を通して脳裏を刺激し、すぐに現実を思い起こさせた。

 

「そうだ、T! 風呂敷がパンになって、パンがカビて、お絵かきが人になって、割り箸が拳銃になって……!」

「はい? フェイトちゃん、どうしたの? 変な夢でもみたのかい?」

 

 首を傾げるT。

それに気づき、フェイトはあたりを見回す。

フェイトはデパートの休憩用ベンチに横たわっており、辺りは見覚えのある区画である。

疑問詞と共に顔を見つめるフェイトに、Tが答えた。

 

「現状把握、できた?」

「えっと……。ごめん、お願いできる?」

「うん。フェイトちゃんが熱中症気味でクラっときちゃってから、すぐ近くにデパートがあったからそこまで肩を貸して辿り着いて、店員さんに言って冷房の効いた所で横にさせてたんだ。此処、デパートにあるベンチね?」

「つまり、屋上に行く、前だよね?」

「うん、そうだよ?」

 

 言いつつ、小首を傾げるT。

そのいつも通りの姿に、フェイトは先程までの光景が夢だったのだとようやく気付いた。

それにしても、とTの言動並に変な夢を見てしまった事にフェイトはかなり本気で凹みつつ、それをひた隠しにし笑顔を作る。

 

「よ、よかったぁ」

 

 やはり小首を傾げるTであるが、深くは追求するつもりは無いのだろう。

しばらく悩んだ後にうん、と一つ頷くと、口を開いた。

 

「それじゃあ、一緒に屋上に……」

「それは駄目っ!」

 

 反射的に、フェイトは叫んだ。

面食らってTが目を瞬く姿に、フェイトの決心が僅かながら揺るぎそうになるも、それでも意思は変わらない。

 

「えっと……何で?」

「な、なんでもっ」

「さっきまでは良いって言ってたじゃん」

「それでもなのっ」

「えーと、うん、後で自動ドアの冥福を祈らせて貰えればそれでいいけどさ」

 

 と納得してみせたTに、フェイトは思わず安堵の溜息をついた。

すると、なんだか異様にのどが渇いていた事に気づく。

多分変な夢を見たからだろうと思いつつ、フェイトはイオン系の清涼飲料水の缶を開け、中身をごくごくと。

一気に半分ほど飲み干すと、ようやく人心地がついた。

安堵の溜息と共に、よし、とフェイトは決意を顕にする。

今度こそ、Tが変な所に行かないよう、私がリードして動かなくっちゃ。

正夢にならない為とTにとって頼れる相手になるため、二重の意味でフェイトは使命感を胸に、Tの手を握った。

 

「それじゃあT、行こう?」

「オッケイ。まずはどんな所に行こうか?」

「そうだね、それじゃあ……」

 

 楽しげな会話を続けながら、2人はデパートの一階へと続くエスカレーターへと歩いてゆく。

2人が通り過ぎていくデパートの家電コーナーでは、多種多様なテレビが様々な番組を映していた。

そのうちいくつかはニュースを映しており、キャスターは回ってきた緊急ニュースの原稿を手に取り、番組の途中ですが、と断って続ける。

指名手配犯である魔導師ルカが、クラナガンの外れで凄惨な死体で見つかったと。

それを耳にするでもなく、フェイトとTは駆け足でその場を離れていった。

 

 

 

 

 




ようやく閑話終了です。
個人的に色々と反省点のある章でした。
次回から、A's突入。
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