夢幻転生   作:アルパカ度数38%

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A's
その28:殺意の産声


 

 

 

 ギル・グレアムは己の人生を正義に賭していた。

少なくとも、そう言った自負がある程度にはそうであった。

大怪我をした魔導師を助けた少年時代から幾星霜、グレアムは身命を賭して正義を振るった。

救いきれない人々が居た。

散っていった仲間達が居た。

しかしそれでも、グレアムは己の一生全てを肯定していた。

救いきれない人々が居たのは事実だが、救えた人が居たのもまた事実。

散っていった仲間が居たのも事実だが、己に救い、成長してくれた仲間が居たのもまた事実。

何より己の人生を否定し歩みを止めた所で、得る物は怠惰な時間のみ。

だから、疑問を抱き悩む事を止める訳ではないが、それでも己に歩みを止める事だけは許さず、グレアムは戦い続けてきた。

11年前までは。

 

 11年前、グレアムの目前で一人の勇者が命を落とした。

後輩であった。

いずれグレアムをも超え、多くの人々を救うであろう人間であった。

グレアムと違い妻子を持ち、暖かな守るべき家庭を持つ男であった。

だが、グレアムの目の前で彼は死んだ。

ミスは無いに等しかった。

少なくとも事前に得られた情報を前提にするならば最高の効率で練られた作戦による結果であり、足りなかった情報も得ようとすれば他の多くの物を犠牲にせねばならない物であった。

誰もグレアムを責めなかった。

管理局ばかりか、死んだ男、クライド・ハラオウンの妻子もそうであった。

社会すらクライドを勇者と称える記事ばかりで、グレアムはおおよそ十年周期でやってくるクライドの命を奪った闇の書の災厄を最小限に抑えたと、むしろ讃えられる側でさえあった。

 

 だが、その状況そのものがグレアムの罪の意識を深くする。

クライドは死ぬべき男ではなかった。

対しグレアムは老齢であり、妻子を持たず、引退も心の隅に置くようになった状況であった。

なのに次元世界中がグレアムの功績を讃え、グレアムを恨むべきクライドの妻リンディはグレアムを一言も責めることなく、クライドの子クロノはグレアムの使い魔に師事をすら頼んだ。

グレアムの生涯で、彼の自責と世界の声が一致しないのは、これが初めてであった。

それまではどれほどの功績を上げようと少なからず責める声とてあったのに、その一件だけ不思議とグレアムを責める声は無かった。

塵芥のように視界の隅に映る程度のことはあったが、少なくともグレアムの意識に留まる中には一つとて存在しなかったのだ。

 

 グレアムは、やりきれない気持ちを闇の書の完全封印に向ける事にした。

それが私怨に満ちた行為であり、正義とはとても言いがたい行為だと知りながらも、グレアムは使い魔と共に闇の書について調べる。

知れば知るほど邪悪な運命に満ちたロストロギア。

その知識を蓄えていき数年、グレアムはひょんな偶然から次の闇の書の主となる少女を見つける。

八神はやて。

魔法の存在しない管理外世界、グレアムの故郷地球の少女である。

 

 グレアムは苦悩した。

闇の書を封印できる可能性のある方法は見つかっていたが、それは主ごと凍結封印するという物であった。

その方法は当然主に対する攻撃行為を含んでおり、主が犯罪者でなければ違法行為である。

管理局に報告すれば使えない可能性のある方法であり、管理外世界の少女が管理局法上の違法行為を犯す可能性は低い。

 

 加えて言えば、はやては健気な少女であった。

グレアムがはやてを発見した時、既にはやては両親を交通事故で亡くしていた。

更には両足に闇の書の影響を思わしき麻痺を持っており、障害者として扱われていたのだ。

しかしはやては、笑顔を絶やさぬ優しい子であった。

例えばある時はやては、心なき少年に歩けない事を揶揄され暴力まで振るわれた。

はやては涙を零し、しかし歩けない身で少年に抵抗する事は出来ず、更に大人は誰ひとり感付く物はおらず、はやては少年が飽きるまで嬲られる事になる。

物理的に離れてサーチャーのみで監視していたグレアムと使い魔は、割り込む事ができなかった。

しかしその後はやては、町中を散策している時に少年が犬に襲われている所に出くわす。

凶暴な犬に引き倒され上から押さえつけられ、少年が恐怖の余り声を出せなくなっていた所、はやては大声をあげて近くの大人を呼び、少年を助けたのだ。

その大人とはつまりグレアムの使い魔であるリーゼ姉妹の片方だった訳だが、その事ははやての優しさには関係しないだろう。

その後はやては少年と顔を合わせ、恥辱のあまり逃げ出そうとすらした少年にさえ、しょうがないなぁ、と笑顔を見せるぐらいであったのだ。

 

 私は、この天使のように優しい少女を犠牲にしてまで、闇の書を封印するのか。

グレアムは、そう悩みに悩んだ。

仕事には決して悩みを持ち出さなかったが、頭の片隅には常日頃からはやての事が渦巻き、懊悩は続いた。

しかしグレアムの計画には時間が必要であり、決断は迫られるばかりであった。

はやてに親しい友達を作ってしまえば、暴走前の重要な場面で、闇の書の意思がその友達に影響された行動を取ってしまうかもしれない。

それを阻止する為、グレアムははやてを孤独にせねばならなかった。

 

 苦悩の果てに、グレアムは休暇を使って地球に出向く。

故郷への里帰りと観光と言って日本に現れ、心の赴くままに散策をした。

そこでグレアムは、はやてを虐げ、はやてに救われた少年と出会う。

友達じゃあないけれど、友達になりたい相手を探している。

そう言った少年の瞳に、グレアムははやての姿を見た。

無論少年とはやてが出会えば、グレアムの計画には大きく不利に働く。

それが、分岐点であった。

グレアムは、咄嗟に認識阻害の魔法で少年の記憶からはやての事を消した。

決断は精神全てを賭した物ではなく、咄嗟の判断で行われたのだ。

 

 あとは流されるままに、グレアムは少女はやてを孤独にした。

流石に主治医との繋がりは切れなかったが、親戚の名を騙り少女の家を改築しヘルパー無しに生活させるようにする。

学校には通わせず通信教育で済ませ、近所の人間ははやての事を憶えられなくなった。

はやては孤独になり、その笑顔にも陰りが出始める。

その事にグレアムの心は傷んだが、それでも計画を進める手は止めなかった。

 

 数年が経過した。

いよいよ計画実行の年になり、はやての住む街海鳴は一つの大きな事件に巻き込まれた。

後にPT事件と称される、ジュエルシードを巡った2人の魔法少女達の戦い。

グレアムはそれを好機と捉えた。

謎の少年Tという爆弾こそ抱えたものの、ヴォルケンリッターを制する事のできる高位魔導師がアースラの指揮下に入ったのである。

無論ヴォルケンリッターが万が一にも敗北しないよう介入の準備が必要になるが、アースラを闇の書事件の担当とするのがより自然になるだろう。

よってグレアムは、裁判の関連で身動きの取れないフェイト・テスタロッサを後に回し、先に不安要素であるTとの面会を計画、実行に移す事にする。

 

 柔らかな色合いの床にソファ、木目調の机と、リラックスしやすい環境を揃えた執務室。

グレアムは執務机に座ったまま、2人の使い魔、リーゼアリアとリーゼロッテを控えさせながら、Tに関する資料に目を通していた。

家庭環境や血筋は至って一般的。

両親も何の問題も無い模範的な人間であり、その顔写真にもグレアムには何の問題も見受けられなかった。

リンディとクロノが訪問した時も、息子を誘拐されたも同然の割には好意的な反応であったと言う。

本人の性格はかなり気まぐれな上に独特の感性をしているが、本質的には優しい人間であるとされていた。

独特の言い回しながらフェイトをよく慰め、その心のケアをしていた事からそれが知れよう。

ジュエルシードを食べたりと言動に予測がつかない所は気にかかるので、闇の書事件からは離れた位置に居てほしいのは確かであるが。

最も、それを確かめる為に顔を合わせるのが目的だ。

 

 来客を告げる電子音に、グレアムは資料から面を上げた。

金属扉が排気音と共に横に滑って行き、見知ったリンディから続いてクロノ、最後に一人の少年が部屋に入ってくる。

 

 瞬間、グレアムは生涯最大の戦慄を覚えた。

 

 怖い、怖い、怖い、怖い!

原始的な本能がグレアムの脳内を蹂躙し、その言葉で埋め尽くしていく。

震える全身を、グレアムは全身全霊を持ってして抑えねばならなかった。

外聞などと言うくだらないものの為ではない。

目の前の生物に自分がこれ以上注目されてしまえば、次の瞬間何か恐ろしいことが起きるのではないかと、恐怖に捉えられた為である。

猛烈な吐き気がグレアムを襲った。

胃液が喉を逆流してくるのを、グレアムは残る僅かな精神力を振り絞って飲み込む。

体中から脂汗が滲むのを、グレアムは抑えきれなかった。

そんなグレアムの様子を見て何かを察したのか、リンディが口火を切る。

 

「お久しぶりです、グレアム提督」

「あぁ、久しぶりだね、ハラオウン提督」

 

 闇の書どころかかつてグレアムが挑んだ次元断層の危機を遥かに超える戦慄は全く和らがなかったが、それでもグレアムは機械的に返事ができた。

反射的にであっても、会話ができればTと離れられる時間が近くなる。

その希望にすがり、グレアムは涙すら流したい気分で、早口に会話を済ませた。

グレアムの考えに気付いたのだろう、リンディとクロノはTを早々と退室させるよう仕向ける。

人の形をした何か恐ろしい物が礼らしきものをするのに、グレアムは鋼の精神で立ち上がり、挨拶を返した。

排気音。

Tと共に、グレアムを気遣ったのかリンディとクロノが退室してゆく。

それを皮切りに、執務室の内部は荒い吐息で満ちた。

 

「あれは……何だったんだ」

 

 リーゼロッテが呟くのにグレアムが視線を動かすと、使い魔2人も消耗した様子で肩で息をしている。

ついでに時計に視線をやると、気づけば30分近い時間が過ぎていた。

面会時間は5分に満たなかった筈なので、残りの時間はグレアムらが会話できるようになるまで回復するのに必要な時間だった事になる。

改めてTの恐ろしさに思いをやるグレアムを尻目に、リーゼアリア。

 

「お父様がクロノを庇ったのは、正解でしたね……」

 

 そう、Tを攻撃したクロノを罰から遠ざける工作をしたのは、グレアムであった。

クロノの人間性を信じた事もあるし、闇の書の凍結封印に必要なデュランダルの調整をクロノ向けにしていた事からでもある。

だが、今の状況を見るに、クロノがTの恐ろしさを感じ取っており、事によれば排除に力を貸してくれるかもしれない事は、加えて有益と言えよう。

グレアムは、瞼を閉じ顔面を天井に向けた。

股間の不快感が、張り付くように気持ちが悪い。

グレアムは、恐ろしさの余り発狂でもしかけていたのだろうか、Tの恐怖に勃起し、射精していた。

 

 それからグレアムは、様々なコネを用い、Tの正体を確かめるべく行動し始める。

根拠がグレアムの直感のみという薄い物ではあるが、グレアムにとってTは闇の書以上に危険な可能性のある存在であった。

それ故にグレアムは様々な情報収集と並行して、あるロストロギアの使用権を購入する。

真実の鏡。

イエス・ノーの二択の答しか返ってこないものの、質問に必ず真実の答を返す、使用回数付きの低級ロストロギア。

その使用権を手に入れたグレアムは、様々な制限を受けつつ真実の鏡の前に立つ。

魔力の一時的完全リミッターに録音機器などのボディチェック、使い魔ですら入れない外界から遮断された空間へ独りで入る事。

全てを乗り越え、グレアムは真実の鏡の前に立つ。

 

「あの少年は……T は……」

 

 一旦口を閉じ、グレアムはもう一度Tに関する推測を頭のなかで反芻した。

半ばグレアムの直感であるが、もはやTは他の存在だと思えないのだ。

故にグレアムの問いは一つしかありえず。

グレアムは、問うた。

 

「“  ”」

 

 真実の鏡は、表面を真紅に染める。

イエスの返事であった。

 

「は……ははは……」

 

 グレアムは、膝を折りその場で崩れ落ちる。

今までの価値観が全て崩れていくのを、グレアムは感じた。

自分の人生の価値、死んでいった仲間たち、救えた人々、後輩クライド、闇の書との因縁。

全てが意味を失い、消え去ってゆくのをグレアムは感じた。

驚くべき事に、正義でさえその一つに過ぎない。

全て、グレアムを構成する全てが無価値な物に成り果てようとする。

それを防ぐには、たった一つの方法しか無かった。

 

 Tを、殺すのである。

 

 理由は己を父と慕ってくれる使い魔にすら話せない。

もし仕留め損ねてしまえば、使い魔にまで己と同じ絶望を味あわせてしまうからだ。

それすらもどうでもいいと考えそうになってしまう自分を叱咤し、グレアムは高速回転する脳髄でTの殺害方法を考える。

幸い、グレアムは2つもの暴力に心当たりが会った。

管理局の最大火力、アルカンシェル。

最悪のロストロギア、闇の書。

その2つをぶつければ、いくらTとて殺せるのではないか。

何の根拠も無い考えだが、それに縋らねばグレアムは人生を両足で立って歩む事すらままならなかった。

 

「殺す……」

 

 呟く。

殺意を載せて。

全身全霊の、グレアムの人生を賭して。

正義に賭していた筈の全てを賭して。

 

「殺す……っ」

 

 言う。

誰一人同じ場所に引きずり込まないよう、孤独に。

ともすれば全てを見失ってしまいそうな今、たった一つの希望に縋るように。

 

「殺す……っ!」

 

 叫ぶ。

己の魂の為に。

生存理由の為に。

その姿はもはや、正義を語る歴戦の勇者ではなく。

殺意に全てを委ねた、悪鬼羅刹の表情であった。

 

 

 

 

 




というわけで、A's開始です。
早速なのですが、PC買い替えの為、更新が滞る可能性大です。
既に滞っているような気もしますが、更に滞ると思われます。
ご了承ください。

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