夢幻転生   作:アルパカ度数38%

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その3:春の蒼穹

 

 

 

 空は今にも落ちてきそうなぐらい綺麗だった。

屋上でぼくら4人は何時ものようにお弁当を食べており、前世の小学校では班での給食だったことを考えると、ぼくの通うこの聖小は自主性を重んじるんだなぁ、と思う次第であった。

兎も角お弁当である。

なのちゃんのお弁当はとても綺麗で、明らかにぼくら3人とは一つ格の違うお弁当だった。

 

「えへへ、お母さん何時も頑張って作ってくれているんだ」

 

 と言うなのちゃんの母親は喫茶翠屋と言う人気喫茶店の店主で、物凄く料理が上手い。

プロだけあって、流石にお弁当の美味しさも見栄えもピカ一だった。

 

「ウサギが大事に守っている宝物みたいにキラキラしているなぁ」

 

 と言うのがぼくの感想なのだが、3人ともぼくの感想には首を傾げるばかりで、特に同意を得られる事は無かった。

残念。

そんななのちゃんのお弁当に負けず劣らず豪華なのが、アリサちゃんのお弁当である。

 

「ママは忙しいから、メイドの手作りだけど……」

 

 と言いつつも、お手伝いさんとの仲が良いのだろう、少し自慢気に言うアリサちゃんのお弁当はとても美味しそうだ。

特にハンバーグなんかは美味しい肉を使っているのだろう、交換して食べた時にその美味しさに驚いた事がある。

綺麗に別れた虹色みたいな味だね、と言うと、アリサちゃんはあんたは褒めているのか貶しているのか今一分からないわね、とぼくに言った。

そう言いつつもニコニコしていたので、多分そんなに嫌な事だとは思っていないのだろう。

ちなみにぼくとしては、素直な感想を言った訳で、お世辞とかは別に無いのだけれど、一応褒めたつもりである。

 

「うちは、ノエルが作ってくれるかな」

 

 というすずかちゃんのお弁当は一番普通で、それでもメイドさんとかなり確かな絆があるのだろう、所々に愛情が詰まっていると分かる物だった。

りんごは細かい造形のうさぎになっているし、ウィンナーはタコの顔まで切れ込みを入れてある。

工事現場の基礎みたいに丁寧だね、と言ったら、なんとも言えない笑顔で返された。

何故ぼくの言葉は上手く伝わらないのか、不思議な物だと首を傾げざるをえない。

 

「で、ぼくのお弁当は……」

 

 困ったことに、冷凍食品オンリーであった。

これでみんなのお弁当と交換するのが申し訳ないぐらいなのだが、みんなは嫌な顔一つせずにぼくの冷凍食品をつつく。

 

「冷凍食品って案外美味しいのね」

「うん、手作りだとちょっとできないおかずとかもあるしね」

「え~と、うん、美味しいよね!」

 

 何かコメントしようとして何も言えてない最後の台詞はなのちゃんのものである。

それはともかくとして、ぼくのお弁当が冷凍食品オンリーなのは、ちょっとした事情があって、ぼくがお弁当を手作りしているからである。

勿論小学生の手作り弁当なんて、そんなに手間をかけられない訳で、結局冷凍食品ばかりのお弁当となってしまう。

幸いなのは、3人ともが裏に何らかの事情があると察していてくれて、深く踏み込んだことを聞いてこないでくれる事だ。

聞かれても答えに窮する事しかできないので、ぼくは良い友だちを持ててとても嬉しかった。

膨らませた風船が割れる時が待ち遠しいのと同じような嬉しさがあった。

ちなみに、ぼくは正直言うと、冷凍食品の味はあんまり好きではない。

普通の料理を食べるのが紙を食べる事だとすると、冷凍食品を食べるのはゴムを噛み締める事に似ている。

前世でお腹が空いた時に輪ゴムを噛んでいたのを思い出すからなのだろうか、その辺はよく分からないのだけれども。

 

 そんな感じにお弁当を食べ終わった後は、ぼくらでお喋りをする事になる。

ぼくらは色んな事をお喋りした。

授業の事、最近のテレビの事、面白い本の感想、見上げた空の青さが素晴らしい事、翠屋の食事の美味しさ。

話題は不思議な程尽きなかったし、ぼくらは箸が転げても笑ってしまうような年齢で、だから些細な事がいくらでも楽しい事に思えた。

一応みんなの数倍精神が生きている筈のぼくも、体に精神年齢が引っ張られるのか、前世よりも高揚した精神で会話をしていた。

例えばぼくらはこんな事を話した。

 

「そういえば、たっちゃんっていつも放課後に何をやっているの?」

 

 不意にすずかちゃんが言って、ぼくは特に隠す事でも無いので喋る。

 

「すずかちゃんとアリサちゃんが習い事がある日だよね? なのちゃんと遊ばない時は、本を読んだり、音楽を聞いたり、お昼寝したり、その辺を散策したりしているかな」

「そっか、結構充実しているんだね?」

「う~ん、散策以外は夜もできる事なんだけどね」

「お昼寝は夜寝になっちゃうんじゃ?」

 

 なのちゃんの横槍に、なるほどと、思いつつそういえばそうだったね、とぼくは頷く。

夜と言えば他の時間に比べて一番重要な時間である事には違いない。

夕焼けの血のように赤い太陽の光が膨らみ疲れたフグのように消えてしまい、濃藍色の帳が下りてから始まるあの夜。

ぼくの目は夜に喩えられるミッドナイトブルーか黒かに光の反射で見え方が変わる目で、この目は前世と同じ目だったから、ぼくはこの目に愛着を持っている。

でも毎日鏡を通してしか見る事ができなくて、もしもこの手で取り出しても目が無くなっては見る事ができなくなってしまうので、とても残念だった。

閑話休題、話は続く。

 

「すずかちゃんとアリサちゃんはヴァイオリンとか茶道とかだっけ」

「えぇ、習い事よ」

「一度ぼくも2人のヴァイオリンを聞いてみたいなぁ」

「あ、なのはも!」

 

 となのちゃんが続けて言うと、アリサちゃんもすずかちゃんも少し恥ずかしそうな顔で俯いた。

 

「え、えっと、まだ人に聞かせられるような腕じゃあないから……」

「私も、もうちょっと自信が持てるようになったらがいいなぁ……」

「え、駄目なの?」

 

 と、なのちゃんが2人に対し上目遣いに聞く。

うっ、と2人は悲鳴を上げて、助けを求めるべくぼくに視線を。

任されよ。

という事でぼくはなのちゃんに視線を向け、呼びかけた。

 

「なのちゃん、駄目だよ無理強いしちゃあ」

「え、そっか……」

「そうだろ、2人ともとても人に聞かせられる腕じゃあないらしいし、聞いてぼくらが気絶でもしちゃったら2人がショックを受けてしまうじゃあないか」

「ってちょっと待ったぁっ!」

 

 と、ぼくとなのちゃんの間に手刀を振り下ろすのはアリサちゃんだった。

ぼくはそれになんだかケーキを切り分けるナイフを連想した。

だとすれば、そのケーキはこの場に漂う空気であり、空気でできたケーキって味が無さそうだけど案外美味しいんじゃあないかとぼくは思った。

だって間に空気を挟むのは、料理の食感を変えるための基本の一つである。

だから空気でできたケーキがあれば、食べてみたいなとぼくは思った。

 

 それはそうとして、問題はアリサちゃんの割り込みである。

見ればすずかちゃんも口元をひくつかせている。

こてん、と首を傾げるぼくに、苦笑気味のなのちゃん。

 

「誰のヴァイオリンが聞いて気絶する程下手くそですって!?」

「アリサちゃん」

「あんた聞いたことないでしょ!?」

「だからアリサちゃんの感想が全てで、アリサちゃんは人に聞かせられるような腕じゃあないって言ってたじゃあないか」

「気絶するとか言ってないじゃない!?」

「だって、人に聞かせられないんだろう? だから多分そうなんじゃないかと思ったんだ。どう、当たってた?」

「んな訳無いわよ、このバカちん! しかもなんで偉そうに言うのよ!」

 

 どこが偉そうだったんだろう、とぼくは首を傾げる。

ちなみにそんな予想をしたのは、前世で人を気絶させるほどにヴァイオリンが下手な知人が居たからだ。

録音してスピーカーで流して兵器として使われようとしたが、何故か録音機器が爆発するので無理だったという曰くつきの音色である。

ぼくは一度直接それを聞き、気づいたら病院のベッドに寝ていたと言う記憶があったり。

聞いた記憶の無い音に感想は言えないので、感想を求められて困り、猫箱みたいな音だったね、と答えた記憶がある。

何故か大層感謝されたので、覚えていた。

 

「あーもう、分かったわよ、そこまで言われちゃあ女がすたるわ! 今度聞かせてあげるわよ! すずかもいいわね!」

「えっと、私も?」

「当然でしょ、あんたも言われたじゃない。このバカちんを見返すのよ!」

「う~ん、確かにそうだね。ここまで言われたら、私もタダじゃあ置けないかな」

 

 と、なんだか怖いオーラを纏うすずかちゃん。

前世でまだまだ見慣れている程度の物だけれど、年齢を考えれば驚異的な恐ろしさだった。

このペースで成長していけば、いずれはぼくが経験した事が無い程に怖い人になれるだろう。

それは楽しみなような、怖いような、解けないルービックキューブみたいに複雑な気持ちであった。

 

 とまぁ、そんな訳で放課後。

ぼくらは一旦家に帰った後鮫島さんの駆る黒塗りの高級車に連れられ、アリサちゃんの家に集まった。

まずは軽く談笑をした後、アリサちゃんがこほんと咳払いしてケースからヴァイオリンを取り出す。

隣ですずかちゃんもまたヴァイオリンを取り出し、視線を交わし合い、一つ頷いた。

 

「始めるわ」

 

 と言ってから、2人はヴァイオリンを奏ではじめた。

音色は艶やかに奏でられた。

目をつむれば目の前にほっそりとした少女が浮かんでくるような演奏だった。

弦の艶やかさは控えめで、少女が控えめな化粧をする様を想起させる物。

それでいて凛とした空気感を作る、ピンと背を張った空気みたいな物は確かにそこにあったのだ。

勿論、プロの演奏家と比べれば技術的に劣るのは仕方がない所がある。

けれどそれ以上に、目の前の2人は目的を明確に持って演奏している感があって、兎に角素晴らしい物だった。

友達であるぼくに共感しやすい目的である事を差し引いても尚である。

永遠とも思える時間が過ぎ去り、2人の弦が同時に停止、まるで止まったメトロノームみたいに明確な終わりを告げる。

ぼくとなのはちゃんは、惜しみない拍手をした。

 

「す、凄いよアリサちゃん、すずかちゃん!」

「うん、上手く言えないけれども、凄いのはよく分かったよ」

「あ、ありがと2人とも」

「う、うん……恥ずかしいなぁ」

 

 と、顔を赤らめて俯く人に、ぼくは先程思った感想を噛み砕いて述べる。

すると、2人はますます顔を真っ赤にしてしまう。

そんなにべた褒めしたつもりは無いのだけれど、2人は感じ入る所があったのだろう。

そうこうしていると、なのちゃんが困ったような顔をしてアリサちゃんとすずかちゃんに言った。

 

「えっと……私はそんなに難しい感想は言えなくて、とっても凄いってしか言えないんだけど……」

「うん、なのはちゃんが普通だと思うよ」

「えぇ、おかしいのはたっちゃんの方よ」

 

 酷い言われようであった。

ぼくは次からもう少し思った事を口に出さないようにした方がいいんじゃあないかと思ったけれど、そう結論づける前にすずかちゃんが口を開く。

 

「……でも、嬉しかった。なんていうか、気持ちがつながったみたいで」

「……うん」

 

 という2人はとても可愛らしく、可愛い物好きな美由希さんであれば、2人をぎゅうっと子を守る親もかくやと言わんばかりに抱きしめた事だろう。

けれどぼくはただの凡夫で母性愛溢れる人間ではないので、そっと2人に手を伸ばし、2人の手を握る事ぐらいしかできない。

体温が伝わる。

まるで木と木が枝同士をそっと触れ合わせるような感じで、そこには優しさだけじゃあなくて力強さがある温度の伝わり方があった。

 




次回無印開始。

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