夢幻転生   作:アルパカ度数38%

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その31:無機物と有機物

 

 

 砂色の世界に、シグナムは一人たたずんでいた。

360度何処を見ても砂ばかり、青空の紺碧と雲の純白、砂の黄金の3色以外の色は見当たらない。

常人ならば死の世界とでも評するその世界に、しかしシグナムは静かな息づかいを感じていた。

まだ砂に削られ切っていない岩の隙間に生きる、は虫類や甲殻類の呼気。

砂の中で息づく、多節類達の蠢き。

シグナムの鋭敏な感覚でなければとらえられない、生きた世界がそこにある。

 

 そこに、砂礫の嵐。

肌に叩きつけるようにして襲ってくる砂粒を、シグナムはバリアジャケット越しに感じた。

塵や埃をシャットアウトするバリアジャケットを身に纏っている筈なのだが、それでも口内には遮断しきれなかった砂がじゃりりと混じった。

唾液混じりのそれを吐き捨てるシグナム。

ぺっ、という小さな音に反応して、砂が盛り上がった。

高層ビルの如き偉容と共に姿を現したのは、巨大な盲目の竜であった。

一見すると多節類に見える衣は、横方向に継ぎ目の見えない鱗。

円形の口は節足動物を思わせる形であるが、油断をすれば竜のブレスが襲いかかってくる事をシグナムは知っている。

 

「1匹か」

 

 余裕を孕んだ声をシグナムが漏らすと、それに呼応するように砂が盛り上がった。

土竜と次元世界で呼ばれる盲目の竜が、更に1頭、2頭、3頭。

計4頭もの竜が、地面から垂直に立ち上る。

4重の絶叫。

生命の根本を凍らせるような恐るべき輪唱が、シグナムの肌を震わせた。

口元に薄い三日月の笑みを。

戦慄と共に、シグナムは半歩踏み出す。

 

「それでこそ」

 

 シグナムの内心には、主はやてへ魔力を捧げる本懐への喜びがあった。

八神はやてへの蒐集ペースが遅ければ、闇の書ははやてを浸食しその心身にダメージを与えると言う。

4頭の竜はそれぞれ膨大な魔力を保持しており、それを蒐集すれば主の苦しみは緩和される事だろう。

しかし同時、シグナムは戦士としての喜びが沸いてくるのも押さえられなかった。

4頭の竜を倒すだけならば、シグナム1人でも何とかできるだろう。

しかし蒐集可能な形で、と制限をつけるならば、シグナムに可能なのは精々2頭の竜を倒す程度の物である。

目前にあるのは何か。

困難である。

己を燃やし尽くさねば届かぬ強敵である。

ならばその尊き熱量を己が内に秘める為にすべきは、己を燃やし灼熱の炎を心の中に作るべきだ。

その熱量はシグナムの心を沸騰させ、鋼鉄の思考を鋭利に叩き伸ばしてゆく。

はやての戦いなど望んでいないという言葉が不意に思い出され、シグナムは僅かに歯を噛みしめたが、それだけだった。

主はやての為であれば、主はやてに背くことすらしてみせる。

一度はそう誓ったシグナムである、罪悪感に湿った心を、内心の炎で渇かせる事は難事では無かった。

 

「シグナムっ!」

 

 と、レヴァンティンを構え直したシグナムの元に、少女の声が届く。

遅れて黒マントに金髪のツインテールの少女が、シグナムの隣に降り立った。

フェイト・テスタロッサ。

シグナムとかつて戦場で相まみえた、好敵手である。

僅かに消沈する心を表に出さず、シグナムは口元を綻ばせた。

 

「テスタロッサか。助かる」

「と言って、顔には一人で挑んでみたかった、って書いてありますよ、シグナム」

 

 シグナムは目を瞬き、思わず片手で顔を覆い揉んでみる。

そんなに緊張した顔だっただろうか。

生真面目な顔でそんな事をしてみせるシグナムに、くすりとフェイト。

 

「冗談です、ただの予想ですよ。半々づつ受け持ちましょうか」

「むっ、そうか……。まぁいい、あまり遅いようなら3体目も私が貰うぞ」

 

 言って、シグナムはレヴァンティンを構え直した。

僅かな機械音と共に、レヴァンティンが微細なフォルム調整を行う。

隣でフェイトが漆黒の愛斧バルディッシュを変形させる音も加わった。

風音がひゅるひゅると響く砂の戦場。

シグナムとフェイトの息づかいが響く中、少女達と竜は同時に動き出した。

 

 飛行魔法が空を切る。

古代ベルカ式の魔法の非殺傷性は低い。

対象をできうる限り魔力ダメージで沈めなければいけない以上、シグナムの持つ殆どの魔法は直撃させてはならないのだ。

当たり前だが、いくら物理的衝撃を魔力的衝撃に変換できるとはいえ、剣で斬りかかればその変換度には限度がある。

故にシグナムは、できる限り剣から発生する衝撃波や、生まれた炎熱効果のみで竜を倒さねばならない。

その点隣のフェイトは純粋魔力による攻撃が可能なので、シグナムは大言壮語を吐いたが、恐らく3体目を仕留める事があればそれはフェイトに依る物になるだろう。

 

 風音を耳にとらえつつ、シグナムは静かに地表を離れた。

竜の一匹が体を使った薙ぎ払いを回避、そのままシグナムは魔力を集中しつつ、旋回。

刃筋を立てぬよう気遣いながら、魔力付与斬撃を竜に放つ。

空を切るすさまじい音と共に激突、するその結果も見ずにシグナムは空中に待避した。

直後、苦しみに暴れ回る竜がのたうち回りながら薙ぎ払いを続行、砂埃の煙幕を起こす。

煙幕の更に上空に位置したシグナムは、当然砂埃に視界を遮られる事は無い。

 

 視界の隅ではフェイトが直射弾を撃ちながら2体の竜を翻弄している。

残る1体は大きく息を吸い込みながら、体を後退させた。

竜のブレスの準備行動である。

常であれば即座に蛇腹剣で阻止する所なのだが、今それをすれば竜を殺害してしまう。

舌打ちと共に特攻するシグナムを、先ほどまでのたうち回っていた竜が追ってきた。

噛み付きをシグナムは回転し回避、凄まじい機動力で追ってくる土竜を返す刃で叩く。

上手く脳震盪を狙った一撃が決まったようで、竜は悲鳴を上げながら落ちていった。

が、ブレスの阻止は失敗である。

覚悟と共にシグナムが防御を固め、フェイトに言付けようとした、まさにその瞬間である。

 

「シグナムさんっ!」

 

 叫びと共に桜色の誘導弾が竜の口腔を上下に挟むように激突。

直後喉奥を通り過ぎていたのだろうブレスが、竜の口腔内で爆発した。

竜も慌てて威力を調整したのだろう、頭が吹き飛びこそしなかったものの、口内が焼けただれたまま竜は地表へと墜ちてゆく。

シグナムは、何とも言えない顔で振り返った。

白い装束を身に纏った天才魔法少女、高町なのはと視線が合う。

なのはは目を瞬きながらも、自らのデバイスレイジングハートに視線を。

 

「ちょっと、やりすぎちゃったかな?」

『いいんじゃないでしょうか』

 

 いや、と言いかけたシグナムであったが、口を紡ぐ。

助けて貰った身分で言う事では無いだろう。

そう内心で呟きながら、シグナムは視線を辺りに。

フェイトに手を貸していたのだろうヴィータがすでに蒐集を開始しているのを確認し、闇の書を召喚せんと伸ばした手を下ろした。

蒐集が終わるまでは、短い休憩である。

シグナムはデバイスを下ろし、なのはに視線をやった。

 

「すまないな、助かったぞ、高町」

「にゃはは、それなら良かったです」

 

 と言いながら降りてくるなのはに、シグナムは目を細めた。

 

「しかし成長したな、高町。ヴィータとの初戦闘では誘導弾は6発が限界だったと聞くが、今回は12発、しかも速射でか」

「毎日、訓練してますから」

 

 小さく胸を張るなのはに、シグナムは一瞬瞑目した。

確かになのはに才能がある事は確かなのだろうが、それにしても尋常の努力でこの成長を成し遂げられるとは到底思えない。

しかしその努力へのモチベーションは、一体何処から沸いて出てくるのだろうか。

他ならぬ好敵手であったヴィータとの戦いが無くなってしまったと言うのに。

胸の中に浮かんだ疑問を、はき出してみる。

 

「そう、か。ヴィータに負けない為にか?」

「え? 確かに、それもあったと思いますけど……」

 

 疑問詞を孕んだなのはの視線に、小さく微笑み、シグナム。

 

「何、テスタロッサとの決着をつけられなかった事に、思う事が無くもないのでな。高町はどう思っているのか聞いてみたかっただけさ」

「う〜ん、私は特にそういう事は気にしたことなかったですけど……。ただ、私の魔法で誰かを助けられる事って、とっても素晴らしい事だな、って思って」

「そうか」

 

 危ういな、とシグナムは目を細めた。

高町なのはは自覚していないようだが、正義感によってのみ努力できる類の人間だ。

しかし人間は、普通正義感のみで努力できるような精神構造をしておらず、そのような行いを続けていればいずれは壊れてしまうだろう。

そんなシグナムの内心の変化を悟ったのか、己の頭をなでつけながら、なのは。

 

「こう言うとみんな心配するんですけど、私は大丈夫ですよ」

「……そうか?」

「はい。なんたって私の幼なじみは……」

 

 微笑み。

天から舞い落ちるような、美しい笑み。

 

「たっちゃんなんですから」

 

 T。

主はやてと共に居る、少年。

 

「あんなに自由に生きている人を、小さい頃からずっと見ているんですよ? そりゃあもう、息の抜き方やら自由なやり方とか、山ほど覚えていますから」

「……あぁ」

 

 そう語るなのはの顔色には、Tに対する嫌悪や恐怖の色など欠片も見えない。

むしろ自慢の宝物を見せびらかすような、無邪気な笑みでしかなかった。

返しつつ、シグナムは内心ため息をつく。

シグナムは口にせず、思った。

 

 Tは発狂している。

 

 ヴォルケンリッターの全員が同じ意見であった。

その狂気は空間が歪んで見える程の恐ろしさであり、話しているだけでこちらの正気も危うくなってくるような感覚さえもあった。

正直言って、シグナムは初対面の時、何故その場の生きとし生ける全員がTを即座に殺さないのか、理解できなかった程である。

無論、ヴォルケンリッターもその場で斬りかかれば主はやてがどうなるか分かっていた為、どうにか直立不動を維持してみせたのだが。

 

 その後様々なリサーチを繰り返し、シグナムらヴォルケンリッターは一つの結論に達した。

何故かは不明だが、命ある人間にはTが然程狂っているようには見えないのである。

少なくとも、ヴォルケンリッターが感じたようにTを即刻殺さねば害になる、と結論づけるまでには行かない程度には、狂っているよう見えていないのだろう。

リンディ辺りは薄々Tの狂気に感づいているようだが、それも倫理観で押さえ込める程度だ。

 

 加えて言えば、Tは狂っているが、優しい人間であった。

所詮プログラムであるヴォルケンリッターに人格を認めており、恵まれぬ体から悪意に人一倍敏感な主はやてが友人として認めている相手だ。

その狂気もヴォルケンリッターらの予想とは違い、今のところははやてに浸食する気配は無い。

初対面でTが発狂しているという確信を得たヴォルケンリッターだが、こうまで証拠がそろわないと、自分たちの感覚こそが間違っているのではないかと疑い始めざるを得ない。

 

 そして、そんなTをはやてと引き離す事は、最早はやての心を傷つける事に他ならないのだ。

はやてはTに、強い親近感を抱き始めていた。

ある日突然ロストロギアに出会い、ひょんな行動から命を共にする事になってしまい、今は管理局にとって危険な存在となってしまっている。

そんな境遇の近さから興味を持ち、そしてその謎の言動や不思議な優しさに癒やされ、はやてにとって今や一番の友達はTであった。

無論友達である以上家族の次に位置する相手だとしているが、それでも。

 

「やれやれ、だ」

 

 小さく呟き、現状にシグナムはため息を吐露した。

疑似臓器により循環した二酸化炭素がはき出され、空気中の気体と混ざってゆく。

空気分子達が衝突し、エントロピー増大の法則に従っていった。

 

 

 

 

 




明日から数日自宅を離れる事になるので、数日更新が無くなりますが、ご了承ください。

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