夢幻転生   作:アルパカ度数38%

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その34:悪夢3

 

 

「どうなってるの……」

 

 なのはが呟くが、それに返す肉声は一つも無い。

その隣には、リィンフォースと名付けた闇の書の意思とユニゾンした八神はやてが、歯噛みしながら念話を続けている。

ヴォルケンリッター達は複雑そうな表情ではやてを見やりつつも、Tに向かって念話を発していた。

 

 闇の書の意思が球形の闇と化してすぐに、はやてとリィンフォースは闇の中からはじき出された。

幸い既にユニゾン可能な状態にあったはやてらは無事であり、それどころかリィンフォースによると、闇の書のバグは全て球形の闇の中に残っており、リィンフォースは正常な状態に戻っていたのである。

しかし、目前の球形の闇についてはそれ以上の情報は無く、解析しようにもリィンフォースとの交戦中からアースラと連絡が取れなくなっている。

何も出来ないながらもTを見捨てる事ができない彼女らは、せめてとひたすら念話でTへと呼びかけていた。

 

『たっちゃん、大丈夫!?』

『T、お願いだからっ』

『たっくん、どうなっとるんや……! 返事をして!』

 

 なのは、フェイト、はやての言葉にも球形の闇は微動だにしない。

このままいつまで時間が過ぎ去るのだろう、と面々の脳裏に疑念が過ぎった、その頃である。

闇の球体が、ひび割れ始めた。

まるで卵から雛が孵るかのように、ひびは地平線に垂直に入っていく。

反射的にデバイスを構える面々を尻目にひびは球形の闇を一周し、そして始まった。

 

 闇は、観音開きになのはらへ見せつけるかのように、開き始める。

中から顔を覗かせたのは、巨大な赤子であった。

髪の毛は一本も生えておらず、おおよそ3頭身と見て取られる体は高さ20メートル程にまでのぼる。

限界まで細められ、ほんの僅かに見える瞳は紅色で、それだけが大きさ以外では辛うじて赤子を識別する印であった。

 

「……たっちゃん……じゃ、ない? 違う?」

 

 何故か、直感的になのははそう思った。

それはフェイトもはやても同様のようで、小さく頷くばかりである。

構えたデバイスを崩さぬまま次の行動を待っていると、突如面々の体を白い輝きが覆い始めた。

 

「なっ、強制転移魔法っ!? 座標はアースラかっ!」

「逆らわない方がいい、下手をすれば次元の狭間に落ちる事になるぞ!」

「で、でもたっちゃんがっ!」

 

 なのはが思わず悲鳴をあげるも、直後強制転移魔法が発動。

なのはの視界が白い光に包まれ、次の瞬間なのはは首元に冷たい物を感じた。

遅れて視界がアースラのブリッジに。

知らない人員に支配されている光景に、思わず悲鳴を。

 

「みなさん!?」

「なのはさん、待ってっ!」

 

 動こうとしたなのはを、リンディが止める。

その視線の先を辿ると、なのはは自身にデバイスを突きつけられている事に気づいた。

デバイスの主はフルフェイスのバリアジャケットを展開しており、身元どころか視線の先さえ分からない。

同時、悲鳴。

 

「グレアムおじさん!? なんでっ」

 

 はやての言葉に、なのはが目を見開く。

あの優しげな初老の男性グレアムがリンディに代わり指揮をとっている事に驚き、それから何故管理局員のグレアムとはやてが知己なのかに二重に驚いた。

思わずなのはが声をあげようとした瞬間、グレアムが吠えた。

 

「ははは、再誕か……。T、あの忌まわしき存在め!」

 

 血走った目で叫ぶグレアムに、なのはは思わずその視線の先に目を。

すると、空間投影モニタに映された巨大な赤子は、腹が破れていた。

破れた腹の中は薔薇で満ちており、その中から全裸のTが這い出してくるのが、別の拡大映像から見て取れる。

Tの無事になのはが胸をなで下ろすと同時、グレアムが咆哮。

 

「ゆくぞ、アルカンシェル発射準備!」

「なっ、グレアム提督!?」

 

 クロノの悲鳴を無視して、グレアムはポケットから一つの鍵を取り出す。

その目前に錠前が下りてくる中、悲鳴が入り交じった。

 

「クロノ君、アルカンシェルって!?」

「極めて強力な魔導兵器だ! 空間ごと歪曲させて消滅させる兵器で、当然Tに耐えられる筈も無い!」

「そんなっ!?」

 

 それらの声を全く無視する形で、アースラクルーに取って代わった乗員達はすぐに準備を終えた。

グレアムは歯が折れんばかりに噛みしめた悪鬼が如き表情に、力が籠もりすぎて震える手で、ゆっくりと鍵を錠前に差し込む。

やめて、と幾重にも重なる悲鳴。

それを欠片も気にすること無く、グレアムは怒号と共に鍵を回転させた。

 

「死ね……! Tぃ!」

 

 直後、円状のミッドチルダ式魔方陣が幾重にも展開。

アースラの先端部分へと収束していき、それが一点に重なった次の瞬間、アルカンシェルが発射された。

発射されたアルカンシェルはTを中心に半径数十キロメートルを空間指定。

次の瞬間指定された空間が歪曲し、中心へ向かって収束、音も無く消滅した。

 

「ふっ……くくく……」

 

 力が抜け膝をつくなのはらを尻目に、グレアムは堪えきれぬ笑みを小さく漏らした。

未だに差し込んだままの鍵をポケットに仕舞い、天を仰ぐ。

涙が重力に従いグレアムの顔を伝った。

 

「は、ははは……あはははははっ!」

 

 限界まで目を見開き、グレアムは哄笑した。

腹を響かせる大声で、叫ぶ。

 

「やった、死んだ、Tが死んだっ! そして私はまだ生きている! Tが死んでも、私は生きているのだ! はははっ、我が人生に意味はありっ! やはり妄想だったのだ、Tなんて存在は! Tを直感した私の感覚が間違っていたのだ! どだい人間の直感が全て正解を選べていたのだとすれば、地球は平たく、数学的証明は完全に正しく、量子力学は存在しなかった! 科学の勝利だ! 人間の勝利だ!」

 

 よほど嬉しいらしく、グレアムは開いた両手を挙げ、今にもその場を駆けてぐるぐると回り出しそうなぐらいであった。

そんなグレアムを、アースラに関わる面々は呆然と眺めるほか無い。

最高評議会直属部隊はなんら干渉する事なく、リーゼ姉妹も静かにグレアムの背後で頭を垂れるのみ。

グレアムは一人ただただ笑い続ける。

心から嬉しそうに笑い続ける。

 

「やったー、あはははっ! あははははははっ!」

「楽しそうですね」

「ははは、そうさ、T、私はあれを排除したのだ! これを喜ばずに居られようか!」

「そうですか、なんだかよく分からないけれどおめでとうございます」

「くくっ、これで私はまだ生きていられる。全ての価値観を保ち続けられる。私は泡沫ではないのだから!」

「ぱちぱちぱち」

 

 その光景を、なのははぽかんと口を開けながら見ていた。

震える手でグレアムと会話している存在を指さし、呟く。

 

「……たっちゃん?」

「はい、ぼくはTです」

 

 瞬間、空気が凍り付いた。

グレアムがぱくぱくと口を開け閉めした後、ゆっくりと顔を下ろす。

するとグレアムの目前には、9歳ほどの全裸の少年が立っていた。

その瞳は宵夜の如き暗き藍色、億千万の蠢く何かを瞳に持つ少年。

Tが、そこに立っていた。

 

「う、うわぁあああっ!」

 

 絶叫。

グレアムは背後にはね飛び、尻餅をつく。

そのまま後ずさりながら叫んだ。

 

「ば、馬鹿なっ! アルカンシェルは直撃した筈だっ!」

「さっきの気分のいい光の事ですか? まるで妖精のシャワーを浴びているような心地でしたよ。でも、もうちょっと少ない方が風情があって良かったかなぁ」

「嘘だ……嘘だっ! それでは私は……この世界はっ!」

「はい? なんですか?」

 

 小首をかしげるTに、グレアムはぐるりと眼球を回転させた。

誰もが凍り付き動けない空間にて、グレアムは視線が定まらぬままに呟く。

 

「……くひ」

「くひー?」

「くひ、ひひひひひ」

「ひひー?」

「くっひゃっひゃっひゃっひゃっ!」

 

 叫びと共にグレアムは白目を剥き、全身を脱力、その場に倒れ伏した。

リーゼ姉妹が飛び出そうとするも、再び体を硬直させる。

Tが、振り向いたからである。

 

「う〜ん…………」

 

 なのはは、Tに最初の一言以外に声をかけることすら出来なかった。

Tは、かつてクロノに攻撃された時と同じように恐るべき魔王の如き気配をしていたのである。

それでいて、今度は攻撃を許す程生ぬるい気配ではなく、一歩でも今の空間のバランスが崩れれば、その瞬間世界全てが崩れ去ってしまうのではないかという程である。

恐怖の余り、なのはは失禁した。

それは多くの人間がそうであったようで、空調の音に混じり水音がそこかしこで聞こえる。

そんな面々を眺め、Tは困ったように呟いた。

 

「なんだか歓迎されていないみたいだし、いったんお家に帰りますね」

 

 言ってTは手を掲げ、指をパチンと弾く。

アルカンシェルの時と同様に、空間が歪曲。

次の瞬間、その場からTの姿は無くなっていた。

 

「……はっ」

 

 と。

正気に返った声が幾重にも重なった。

ようやく動きを許された人々は姿勢を崩し、その場に倒れ込みそうになる。

リーゼ姉妹は飛び出すようにグレアムの元へたどり着き、声をかけていた。

なのはは、現状を正確に受け入れる事ができず、混乱したまま呟く。

 

「たっちゃんは、何処に……?」

「恐らく……」

 

 と、ユーノが引き取った。

 

「恐らく、Tとジュエルシードは、学習したんだ。空間を操る方法を、アルカンシェルを食らう事で」

「それじゃあ……Tは空間を渡ったと言うのか?」

「あぁ。確立されていない技術だ、行き先は現代の技術じゃあ分からないと思うけれど……」

 

 Tの言葉がなのはの脳裏を過ぎる。

"いったんお家に帰りますね”

言葉の通りならば、Tが居るのは地球の海鳴である。

Tが無事どこかにたどり着いている事に喜べばいいのか、今のTが海鳴にたどり着く事に泣き叫べばいいのか、なのはには分からなかった。

そんななのはを捨て置き、リーゼ姉妹が歓声をあげる。

 

「父様、良かった、意識を取り戻したんだね!」

「良かった……、本当に良かった!」

 

 涙をすら零しながら言う姉妹は、横になっているグレアムの左右から彼を覗き込むようにして叫んでいた。

その様子にその場の全員が視線を向けると、グレアムはゆっくりと身を起こしながら、困惑した様子で言う。

 

「あの……お姉さん達は、誰ですか? それにぼくは、なんでこんな所に?」

 

 

 

 

 

 

 闇の書の決着がついた日から数日後の事。

アースラの一室。

かつてTが寝泊まりしていたのだと聞く部屋にて、はやては無言で部屋の天井を見上げていた。

静かな低い駆動音のみが響く部屋の中、はやては一人両手を胸に当てながら物思いにふける。

そこに、排気音。

自動ドアを通って銀髪紅眼の少女が入ってきた。

 

「ここに居たのですか、主はやて」

「うん。一人で勝手に動いて、ごめんなリィン」

「いえ、謝るほどの事ではっ……」

 

 慌ててはやての正面に移動し、リィンフォースは首を横に振りつつ両手まで横に振り、二重に否定の意を示す。

その様子があんまりに力がこもった物であるのが、なんだか滑稽で、はやてはくすりと小さな笑みを浮かべた。

怪訝そうな瞳でそれを見るリィンフォースであったが、すぐに主が喜ぶのならばよしと一人頷き納得の笑みを見せる。

そんなリィンフォースが可愛くて仕方が無く、はやてもまた笑みを大きくし、手を伸ばした。

それに反応し、リィンフォースは腰を折り頭を下げ、はやての手の届く範囲にやる。

 

「よしよし、いい子やな、リィンは」

「あ、ありがとうございます……!」

 

 喜色満面に言うリィンフォースに、はやてもまた笑みを浮かべながらリィンフォースの頭を撫でてやった。

暖かな体温が、苦悩に荒れているはやての内心を癒やしてくれる。

家族は一種、はやての心の清涼剤となっていてくれた。

しばらく撫で続けてやっていると、リィンフォースが不意に口を開く。

 

「ギル・グレアムは、恐らく精神障害を認定されるそうで、罪には問われないだろうという事です」

「そっか……」

 

 最高評議会のアースラへの介入は無かった事になっており、全てはグレアム一人の罪となっていた。

いくつもの管理局法に違反したグレアムの行為は悪鬼羅刹の物と言って違い無く、即座に捕縛される。

しかしグレアムは、いわゆる幼児退行を引き起こしており、リンディの言葉によるとこの事件の発端の時から既に発狂していた物と処理される可能性が高いのだと言う。

また、使い魔であるリーゼロッテとリーゼアリアには主と同様の罰が与えられるのが通例であり、今回は恐らく無罪となる可能性が高いとも。

 

「あの姉妹は、ギル・グレアムの介護をして残る一生を過ごす事になるでしょう」

「……喜べばいいんかな、悲しめばいいんかな」

「……それは」

 

 魔法と出合う前まで精神を退行させてしまったグレアムが、覚えの無い罪に問われる事がなくて喜べばいいのか。

それとも、はやてを殺そうとさえしたのに、以前は遺産の管理などをして善人面をしていた外道が罰せられる事なく、悲しめばいいのか。

 

「……いいんや、なんでもないよ」

 

 全てを飲み込み、はやてはリィンフォースにそう告げた。

悲しげな瞳でリィンフォースも頷く。

 

「幸い、私も闇の書の機能は死にましたが、ユニゾンデバイスとしての機能は残りました。騎士達も闇から私たちが分離されるよりも早く闇の書から分離しましたので、何ら影響なく独立したプログラムになっています」

「うん。最初は上手く行ってもまた暴走してまうから、リィンが死ななくちゃならなかった筈だって聞いて、めっちゃびびったんやで?」

「それは……申し訳ない」

 

 頭を下げるリィンフォースに、苦笑するはやて。

リィンフォースの闇の書としての機能の殆どは、Tが原因と思われる球形の闇に取り残され、リィンフォースのバグは全て消え去った。

同時に闇の書の機能も消え去り、はやてとリィンフォースは無敵の闇の書の主ではなく、ただの魔導師とユニゾンデバイスになったのである。

無論それでも破格の強さであるのだが。

そして。

 

「代わりに、たっくんは行方不明に。地球方面の航路はたっくんの再誕で起きた次元震の影響で、一週間近くかかって、地球の現状は不明。そして……」

「管理局からTは、事実上の抹殺指令ですか……」

 

 寂しげなリィンフォースの声に、はやては目を潤ませながら頷く。

管理局は、Tを危険度S級生体ロストロギアとして認定する方針だ、とリンディは言っていた。

新しく創設された危険度S級のロストロギアとは、どんな被害が出ても破壊せねばならない、次元断層以上の悲劇を生みかねない最悪のロストロギアを指すのだと言う。

 

「管理局が居なければ、私たちが助からなくて、酷い事になっていたのは確かや。恩義を感じていないと言えば、嘘になる」

 

 だが。

だけれども。

 

「たっくんが危険だって言うのも、直感で理解できた。たっくんを放っておけば何か、恐ろしい事が起きそうなのも分かる」

 

 だが。

だけれども。

 

「けど、たっくんは殺されるような酷い事、何かしたん!? たっくんはあんな、いい子なのに……!」

 

 こみ上げてくる感情に、はやては思わず涙した。

己を両手で抱きしめ、胸の奥からつきだしてくる感情に身を任せる。

リィンフォースは、そんなはやてを抱きしめた。

先ほどされたように、はやての頭を撫でてやりつつも、リィンフォースは天を仰ぐ。

嗚咽を漏らすはやての耳には聞こえぬ音量で、リィンフォースは呟いた。

 

「だが、Tは……狂っている」

 

 その声は誰の耳にも届くこと無く、孤独に部屋の中で響き渡るのであった。

 

 

 

 

 




A's編終了。
ちょっと久しぶりに夢幻転生を最初から読み直したんですが、この小説は一体何処から来て何処へ行くんでしょうかね。
いえ、ラストは既に決まっているので、プロット不明とかそういう訳じゃあないのですが……。
次回からは空白期。
と言っても、そんなに長い話にはならないと思います。

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