夢幻転生   作:アルパカ度数38%

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空白期
その35:再会


 

 

 

「……はぁ」

 

 ため息の輪唱。

二酸化炭素が空気分子に混じり、雲一つ無い青空へと抜けてゆく。

アリサとすずかは放課後の聖小の教室にいた。

同じ制服を着た少年少女が楽しげに会話しながら帰宅する中、自分たちだけが暗い雰囲気を背負っている光景は少しばかり目立っている。

アリサはこれから待ち受けるすずかとのお茶会に心躍らせようとするも、その中に最近友達になったフェイトどころか、古くからの友人であるなのはやTの姿すら無い事が、余計にアリサの心に暗雲を投げかけた。

再びため息と共に、がくりと俯くアリサ。

すると、す、とアリサの手に温度が。

見ればすずかが、静かにアリサの手を握っているのが視界に入る。

 

「お迎えが来るまで、暇でしょ? たっちゃんの事、気になるんだよね? お話しよう?」

「……うん、そうよね」

 

 言って、2人は施錠する日直の迷惑にならないよう、中庭まで足を運んだ。

普段なら時間ぴったりに現れるメイドや鮫島も、他の用事が舞い込めば少しばかり遅れる事も無い訳では無い。

そんなときには中庭のベンチに座って、なのはにTを加えた4人で他愛の無い話に花を咲かせた物であった。

階段を降り、靴を履き替え中庭に。

すれ違う清掃員に頭を下げつつ、綺麗に掃除されたベンチに腰を下ろす。

普段は少し狭いぐらいの空間がいつになく広く感じ、アリサは僅かに眼を細めた。

同じ感慨を抱いているのだろう、隣のすずかもまた同じような眼をしている。

アリサは、口を開いた。

 

「なのは、言ってたわよね。たっちゃんが、行方不明になったって」

「……うん」

 

 すずかが小さく頷く。

アリサとすずかは先日、なのは達魔導師組との遠距離通信で、簡潔にではあるものの事の顛末を聞いていた。

予めリンディの手で編纂されていたのだろう。

内容はかなりオブラートに包まれていたが、そこはなのはと幼なじみである2人である、通信で会話したなのはを誘導する事である程度の情報を手に入れていたのだ。

すずかの知己であるというはやては、無事生き延びる事が出来た。

その家族も無事であり、それどころかもう一人家族が増える事にすらなったのだと言う。

なのはとフェイトも無事、物理的な犠牲者は1人も無いという奇跡のような解決が成されたのだそうだ。

が、同時に、Tが行方不明になったと言う知らせもあった。

ただ一つの言葉を残し、消えてしまったと言うT。

その行き先が、恐らく地球である事も併せて。

 

「"いったんお家に帰りますね"……か。でもあいつの家は……」

「うん……」

 

 当然、それを聞いた高町家・月宮家・バニングス家はTの家を捜索した。

そうして初めて、ある事実が発覚する。

Tの家が、存在しないのである。

記載された住所は存在しない場所を示しており、それらしき場所を捜索してもTの家は見つからない。

ばかりか、不可解さはアリサやすずか達の認識にすらあった。

アリサやすずか達は、一度もTの家に行こうと思った事が無い。

そしてこれだけ仲のいい友達なのに、Tの家族と出会うどころか、出会おうと思った事すらないのだ。

 

「なのはは隠していたけど、明らかにたっちゃんは何かとんでもない事をやらかしていた」

「リンディさん達、たっちゃんに何か嫌な感じを持っていたよね。敵意……隔意……ううん、恐怖? それとも、罪悪感?」

 

 どれも物騒な事態を想像せざるを得ない感情である。

何にせよ、はやてを救うための戦いで起きた次元震の影響で、なのは達が帰ってくるまでまだ数日かかると言う。

その間はアリサ達がこれ以上の情報を得る事はほぼ不可能に近く、せめてもの慰みとして、無駄とも思えるTの捜索網に頼る他無い。

そして当然、それはアリサとすずかが何かできる事を意味してはいなかった。

 

 アリサの胸の奥から、無力感が沸いてきた。

全身を倦怠感が包み、それでも何かを掴もうとするも、まるで柳を相手にしているかのように手応えが無い。

Tについて何かを掴めるという確信は心から薄れ、代わりに今自分が歩んでいる道先には何も無いのではないかと言う不安が胸に沸く。

不安を振り払おうと、握りしめる拳に力を入れるも、それすらも何処か無意味さが透けて見えて、長続きしなかった。

脱力し、アリサは俯く。

倣い、すずかもまた俯いた。

そんな2人に、声。

 

「あ、すいません、ちょっとベンチ開けてもらっていいですか?」

 

 何処でも開いているでしょう、と言いたかったアリサであったが、返事をするのも億劫で、体を少しずらす。

するとなんだか聞き覚えのある声の主がベンチに腰を下ろし、木が僅かに軋む音がアリサの耳に届いた。

が、なんだか気力が沸かず、顔は俯いたまま。

座った相手は視界の端に移る足を見るに、制服から男と、靴がなんだかTが愛用していたスニーカーと同じなので、似た趣味なのだと知れた。

声色もなんだかそう思うとTに似ているように思え……、とその辺でアリサはあれ? と脳内で疑問詞を。

そんなアリサを捨て置き、少年の声。

 

「いやぁ、ぷすぷす刺してくるように冷たい空気だね。でも剣っていうよりまち針かなぁ。とっても短いまち針なら、限界まで刺してもこんなもんに違いない。でもそうなると、針より丸い留め具の方が大きくなってしまう。つまり、まち針じゃあなく針まちになるんだ」

「って、この頓珍漢な理屈は……!」

「って、この素っ頓狂な理屈は……!」

 

 と、脳みそを朝起きた時ベッドに置き忘れてきたと言われても納得できる理論に、叫びながらアリサは面を上げる。

隣のすずかも同じく。

そして目前の少年をにらみつけ、輪唱。

 

「たっちゃん!」

「はい、ぼくはTです」

 

 しゅた、と手を胸の前まであげて言うTに、アリサは思わずその胸元を掴み引き寄せた。

視界の端ではすずかが立ち上がり、漆黒のオーラを纏いながらTを囲うような位置へ。

きょとんとした顔のTへと、まずはアリサが叫ぶ。

 

「あんた、登場するなら普通に声かけて登場しなさいよねっ!」

「え、いや、なんだか2人とも悩む事に忙しそうだから、邪魔するのもアレかな、って。っていうか、そもそも声をかけた時点で気づかれるかと思ったんだけどさ」

「うっ……」

 

 そう言われると、アリサも勢いを弱める事しかできない。

Tの声色を聞いて即座にTの名前を連想できなかった事に、アリサ自身少しばかり自省しているのである。

それは同じ筈であったが、しかし文句の一つも言わないと気が済まないのだろう、すずか。

 

「たっちゃん、皆にものすごく心配かけたの、分かってる? 行方不明なんて、何やってるの?」

「え? ぼく、行き先はみんなに告げてから移動したんだけど……」

 

 ぽりぽりと頭をかきながら言うTに、それは、とすずかは言葉を濁す。

そう、Tはいったん自宅に帰ると言って転移魔法の類を発動したと聞いている。

行き先を告げた上で移動して行方不明と言われるのは、普通ならば心外だと言えよう。

その自宅が、誰にも見つけられない場所でさえ無ければ。

アリサは、一瞬瞑目。

その鋭利な思考で幾種類ものTの自宅が見つからなかった原因を考え、その中で最悪の物を想定した。

目を開き、即座にすずかへとアイコンタクト。

これ以上この件に関して触れるなと伝えた上で、Tに向け口を開く。

 

「だからっていきなり消えたら皆驚くでしょう、このばかちん!」

「そっか、空間転移は驚く物なのか。確かにいきなり空気分子が姿を消したら、皆驚く物ね。あいつら人間には吸って吐かれる物でしか無いのに、いなくなると途端に困るんだから。まぁ入れ替わっただけだけど、それでも組成割合が微妙に違うもの、ショックを受けても仕方が無いか。ごめんね、アリサちゃん、すずかちゃん」

 

 激烈に突っ込みを入れたい衝動に駆られるアリサであったが、すずかの目配せを受け、辛うじてそれを飲み込む。

肩を上下させつつ、なんとか返答。

 

「まぁ、許す、わ」

「次からは気をつけてね」

「うん。なのはちゃん達には今度会ったら直接謝る事にするよ」

 

 言われ、アリサは僅かに顔を渋くする。

Tは独特な感性とマイペースさを持ち合わせており、彼が主体的に行動するとき、それを阻止するのは困難である。

すずかも同様に感じたのだろう、その顔には幾分かの焦りが見えた。

なのはらの言葉によると空間転移を身に付けたTである、可不可は分からないが、思いついてしまえばこのままアースラ内部へ転移しかねない。

アリサはすずかに視線を。

すずかはしばし視線を揺らすも、すぐに定めてアリサへ向ける。

同時、頷く2人。

首をかしげるTへと、2人で視線をやった。

 

「たっちゃん、聞いてほしい事があるの」

「たっちゃんに深く関わる事なんだ。お願い」

「えっと、とりあえず内容によるとしか言いようが無いんだけど……」

 

 と、困り顔のTへと、アリサとすずかは伝えた。

なのはやフェイト、はやて、管理局の面々との通信で、明らかにTに関する話題の時に違和感があった事。

管理局はどうやらTに対し、物騒な事態を想起させる感情を抱いているようだった事。

 

「根拠はとんでもなく薄い。でも、私たちは確かにそうだと感じるんだ」

「だからお願い、たっちゃん。できる限り、管理局からは身を隠すようにして欲しいんだ」

「それは……なのちゃんにフェイトちゃん、はやてちゃんからも?」

 

 2人は、無言で頷いた。

が、訝しげなTと目を合わせる事ができず、2人ともが俯いてしまう。

当然と言えよう、何となくとしか言いようが無い根拠で、2人はTを友人から引き離そうとしているのだ。

おまけに管理局から身を隠すと言うことは、Tにとんでもない不自由をもたらす物である。

何故か見つからない家には帰れるかもしれないが、これまでTにとって慣れ親しんできたこの街には帰れないに等しい事態となるのだ。

いくらTが呑気な少年だとしても、容易く頷ける事柄では無い。

 

 無理を言っている自覚に重くなるアリサの頭蓋に、ぽん、と手が乗せられた。

恐る恐る視線をあげてみると、Tは優しげな微笑みを携えている。

思わず目を見開くアリサと、同じようになっているすずかに、穏やかな声でTは言った。

 

「分かった、聞くよ」

「ってあんた、こんな無茶を……!」

「そうだよたっちゃん、こんな事聞いたら、たっちゃんは……!」

 

 思わず大声をあげる2人に、Tは一瞬目を閉じる。

すぐに見開かれたTの瞳に、2人は思わず息をのんだ。

美しい瞳であった。

まるで億千万の輝きが渦巻いているかのような宵闇の瞳は、あの星空のように壮大で心奪われる。

ばかりか、その瞳には人の心を射貫く光があった。

アリサとすずかの胸を打ち抜く、鋼の意思がそこにはあったのである。

胸の中を鷲掴みするかのような光景に、アリサは胸を高鳴らせた。

それはすずかも同じだったのだろう、2人は同時に己の胸を押さえる。

 

「確かにね、根拠は薄いし、ぼくに対するデメリットは大きい物だろう。これに簡単に頷く奴なんてそうは居ないさ」

「なら……っ」

「でも」

 

 言って、慈母のような微笑みを見せるT。

天上の音色の如き声で、続けた。

 

「他の誰でも無い、ぼくの友達の言葉なんだ」

 

 ひゅう、とアリサとすずかは息をのんだ。

心臓が喉から出そうなぐらいに暴れていて、鼓動は今にも破裂しそうなぐらい。

それでも目の前の光景から目を離す事ができず、2人はTの顔に魅せられる。

 

「ぼくはアリサちゃんとすずかちゃんの、頭の良さを信じている。ぼくはアリサちゃんとすずかちゃんが、ぼくを心から心配してくれているのだと信じている。その2つがあって、なんで君らの忠告を聞き流す事ができるかって話さ。ぼくは、君らが正しい事を言っているのだと信じる。なんせぼくらは……」

 

 言って、Tは破顔した。

悪戯に成功した子供のような、得意げな笑み。

 

「友達だ」

 

 アリサは、その瞬間自分の中で熱い物が暴れ回るのを感じた。

喉の奥からこみ上げてくるそれは、すぐに顔面まで到達し、目尻に集まり、どうにか押しとどめようとするも、すぐにこぼれ出てしまう。

ほろりと、アリサの目から涙が零れた。

視界の端では、すずかもまた感涙しているのが見て取れる。

そんな2人に苦笑し、Tが続けた。

 

「それにほら、もし管理局が物騒な目的でぼくを探しているんじゃあないと分かれば、ぼくが出てくれば済む話じゃあないか。まるでトンボが飛ぶぐらいに簡単な話だろう?」

「あ、相変わらずね」

「もう、たっちゃんったら」

 

 言いつつ、アリサは強引に涙を拭って笑顔を作る。

そんな2人に、Tもまた荘厳だった雰囲気をいつもの物に戻しつつ、続けた。

 

「さて、ぼくが管理局から目をくらますにしても、アースラが地球に来るまで数日あるんだろう? それなら、今日と明日ぐらいは地球に居られる訳だ。思い出作りに遊ぶぐらいはしてくれないかな?」

「あ、あったり前よ!」

「当然、私も参加するからね」

 

 言って、3人はそれぞれ手を伸ばす。

中心で1本づつ伸ばされた手は重なり合い、3人は視線をそこに集めた。

静かに、3人は手を地面へ向け少しだけ押す。

思わず拭った筈の涙がまた湧き出てくるのを感じながら、アリサは思うのだ。

こんなにも心が通じ合っていると感じるのは、初めてだ、と。

生きていた良かった、とすら思い、この世の全てに感謝をすらしていい気分になりつつ、アリサはわき出てくる満面の笑みに表情筋を任せる。

視線を重なった手にやっているアリサは気づかない。

すずかも同じく気づかない。

その瞬間にTがどんな表情をしていたのか、その場の誰も気づかないままに、アリサとすずかは3人で互いに心が通じ合ったのだ、と確信するのであった。

 

 

 

 

 


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