夢幻転生   作:アルパカ度数38%

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今回、話あんまり進んでないです。
いわば総集編的な。


その37:考察1

 

 

 

 雨音。

暗く淀んだ灰色の空から、線分の雨が降り注ぐ。

表面が水で覆われた道路へと雨は落下し激突、小さな王冠を作って水分子達の仲間となっていった。

なのはがそんな外を眺めていると、どうしても数日前のすずかの葬式の事が思い出される。

まるで現実感の無い光景だった。

美しく聡明で穏やかな、それでいて何処か強かで、この子は絶対に自分よりも長生きするな、と思っていた少女の死。

否、言葉を取り繕う事無く言えば、自殺。

その事実に衝撃を受けた者は多く、特にアリサなど引きこもってしまい、未だに部屋から出てこないらしい。

未だに上手く消化できていない痛みに、なのはは思わず手を握りしめた。

物理的な痛みで、精神的な痛みを誤魔化せるのだとでも言うかのように。

 

 ピンポーン、と電子音。

なのはは面を上げ、跳ねるツインテールをそのままに部屋を出る。

階段を降り、母の伝える来客者の名前に頷き、玄関へと到着。

扉を開き、叫ぶ。

 

「いらっしゃい、フェイトちゃん、はやてちゃん!」

「お邪魔します」

「お邪魔しますな、なのはちゃん」

 

 2人の言葉に、なのはは微笑んだ。

対する2人は、返事代わりに何処かぎこちない笑みを。

どちらもまるで、油の切れたブリキのロボットのような笑みであった。

自分もこんな笑顔をしていたのだろうか、と苦い思いを抱きつつ、なのはは2人を自宅に招き入れる。

なのはは、2人を先導して自室に招いた。

魔法を知る家族の前だからと言うことで、はやては魔法でぎこちない飛行をしながらそれについていく。

それぞれ思い思いの場所に陣取り、桃子が全員分の飲み物を運んだ後に、ようやく3人は本題に入った。

 

「……なのはは、結界系の魔法はまだそれほど得意じゃあなかったよね。私がやろうか?」

「いや、私に任せて貰えへんかな。リィンフォースならどんな魔法でも覗けん遮音結界を作れるやろうし」

 

 言って、はやては手元の夜天の書に視線を。

明滅した夜天の書から、書の中で待機形態となっていたリィンフォースが起動。

白い光と共にその場に現れた。

 

「承知しました、主」

 

 銀糸の髪を揺らしながらそう言い放ち、掌を天へ翳すリィンフォース。

漆黒の魔力光が僅かにきらめき、なのはの自室を結界で隔離した。

 

「では、私はまた夜天の書の中で……」

「あ、いえ、リィンフォースさんにも聞いていただけますか? あの状態のたっちゃんと接触したリィンフォースさんの意見も聞きたいので」

「む、そうか分かった、高町。では主と共に拝聴させていただくとしよう」

 

 言って直立不動で立ち尽くすリィンフォースに、はやては苦笑しつつ座を勧める。

恐縮しきりだったリィンフォースがようやく座ったあたりで、それを微笑まし気に眺めていたなのはが、口を開いた。

 

「それじゃあ、たっちゃんの事。たっちゃんが一体、何者なのか。みんなでお話しようか」

 

 全員が頷き、ここにTの正体を探る会が始まる。

まずは様々な視点からTについての情報を列挙していく事にし、なのはが先頭を切った。

 

「たっちゃんは、小さい頃からずっとあんな感じ。思い出せる限りでは小学校に入る前から、ずっとヘンテコな理屈ばっかり言っている不思議な子だった」

 

 懐かしげに、なのはは視線を遠くにやる。

脳裏にかつてのTの姿がいくつも浮かんできて、自然となのはは僅かに相好を崩した。

電柱を上れば太陽に到達できるとか言い出すT。

翠屋のシュークリームを雲みたいな味と比喩するT。

そして、出会いの時。

 

「たっちゃんと出会ったのは、お父さんが大けがをして入院して、家族のみんなが私に構う余裕がなくなっちゃった頃。独りぼっちで、良い子でいなきゃ構ってもらえないから良い子でいなきゃ、って思ってて。私は悪い子だから構ってもらえないんだ、って思ってて。そんな頃に私はたっちゃんと出会ったの」

 

 思わず笑みを零し、なのはが続ける。

 

「出会った時からあの自由な性格でね。だから直接慰められるとかそういう事は無かったんだけど、見ていたら、あんなに自由でも良かったんだ、って思えて。救われたなぁ、あの頃は」

 

 と、そこまで言ってから、なのはは少々話題がずれている事に気づき、修正。

Tの話に意識を戻しつつ、続けて言った。

 

「それにやたら頭の良い子で、小学校に入る頃にはもう分数のかけ算ぐらいできてたんじゃあないかな。それから、自分から友達を作る方では無かったかな。私がアリサちゃんと……すずかちゃんと、友達になって」

 

 思わず、なのはは一旦口を閉じた。

目を閉じれば瞼の裏に浮かんでくる、親友の姿。

うっすらと紫がかった髪にヘアバンドをつけた、あの確りとした頼もしい少女。

ついつい物思いにふけりそうになる自分をどうにか押し殺し、なのはは瞼を押し上げる。

 

「友達になって、それから3人でたっちゃんと友達になったんだ。それから3年生になって、ユーノくんとジュエルシードを集めるようになって……」

 

 なのはは視線をフェイトに。

頷くフェイト。

ジュエルシード事件に関して一通りの説明は受けているものの、当事者から話を聞くのは始めてなはやては、僅かに身を乗り出した。

 

「私はジュエルシードを見つけて手にしていたTと出会ったんだ。そしたらTは、いつもの調子でジュエルシードが欲しいって言い出して。最後には、ジュエルシードを食べちゃったんだ」

「た、食べちゃったんか」

 

 思わず突っ込みを入れるはやてに、くすりと微笑みつつフェイト。

 

「うん、食べちゃった。それで時の庭園に連れて戻って、母さんに見て貰ったんだけど……。Tにジュエルシードの力が宿っているのが分かると同時、母さんは一目惚れしたんだ」

「たっくんに……やね」

「うん」

 

 頷きつつも、フェイトは今にも崩れ去りそうな儚い笑みを浮かべる。

それが見ていられなくて、なのはは思わず視線をそらした。

はやても同じようにしていたのだろう、フェイトは場の空気を取り戻さんと、空元気を込めた声で言った。

 

「それからすぐに、私はTと友達になったんだ。Tの方から、友達になろうって言ってくれて。とりあえず期間限定の、軽量級の友達になろうって。えへへ、友達の記念って言って握手して、友達の名前を思い浮かべれば握手が思い浮かぶ、って言ってくれたんだ」

 

 次第に当時の気持ちが蘇ってきたのだろう。

小躍りしかねない程嬉しそうに言うフェイトに、あれ、とはやてが呟いた。

首をかしげるフェイト。

 

「どうしたの、はやて」

「……いや、矛盾っていう程やないんけど。たっくん、なのちゃんが知る限り自分から友達を作る方やなかったんやよね」

「……あ」

 

 と、なのはは思わず目を丸くした。

 

「私と友達になったのも、よく覚えていないけど何となく一緒に居たからって感じだったような気がするし。アリサちゃんもすずかちゃんも、私が連れてきて友達になった」

「その割には、とっても友達を作り慣れているように感じた。握手の話、なのはは初耳だったんでしょう?」

「うん、そうだよ」

 

 妙な話である、と3人の意識は統一するも。

 

「……しかしまぁ、言い出しておいてなんやけど、致命的な矛盾点って訳ではないわな。違和感、程度やね」

 

 はやての言葉が事実であった。

Tがなのはらとの交流の中で、偶々握手をした事から思い浮かんだ理屈かもしれない。

どころか握手云々の話は、彼の意味不明な思考回路から突然生み出された事なのかもしれないのだ。

なのはもフェイトも心から受け入れられた理屈で、何かの経験的裏付けがありそうだと思える物なのだが、その根拠は確かな物ではない。

違和感以上の物とはせぬまま、なのはらは話を進めていく。

 

「で、それから私は母さんの独白で、私が造られた命だって事と、母さんがTに一目惚れしてたって事、母さんが私に優しくなったのはTに良いところを見せる為だけだって事を知った。それで、八つ当たりとしか言いようが無いんだけど、私はTを憎むようになって。そうこうしているうちに、母さんはTに地球で家族に別れを告げなさい、って地球に送ったんだ」

 

 なのはは思わずフェイトを擁護しようとするも、フェイトがあまりに流れるように話を続ける物なので、タイミングを逃してしまった。

しおしおと乗り出した身を戻すなのはを尻目に、フェイト。

 

「私はTを憎んでいたけど、Tを傷つけたくない本心もあって、だからクロノが接触しようとしたのを魔力で察知して、その場を離れたんだ。でも、その時に……」

「たっちゃんは、"あの気配"になっていた」

 

 引き取るなのはに、全員の顔が険しくなった。

"あの気配"。

アースラにてグレアムを前にTが見せた、生命全ての天敵とさえ思える、あのおぞましい気配。

 

「私は魔力の位置関係だけで見ていたから、Tの気配が何時変わったのかは分からないけど……」

「少なくとも、クロノ君が話しかけた時は既にそうだったみたい。それでもまだ、この前よりはマシだったみたいだけど」

 

 事実クロノはその時、恐怖に怯えながらもTに攻撃できた。

アルカンシェルを一顧だにしなかった時のTが、同じ空間に存在しているだけでも発狂しそうな程恐ろしかったのとは違って。

それを聞いて、はやてが目を細めた。

 

「ん? てっきり私は、アルカンシェルをくらってからあの気配になったと思っていたんやけど……。その話を聞くに、攻撃をしたから"あの気配"になったんやないんやな」

「その通りです、主。純粋生物では無いせいか、私たちはTを狂っているとは感じていても、主達ほど恐怖は感じていませんでした。が、それでも"あの気配"の有無は分かります。"あの気配"は、少なくともTが再誕した瞬間には既になっていました」

「すると、今のところ誰にも分からんある切っ掛けがあって、たっくんは"あの気配"になる……って事かな」

「妥当な推論でしょう」

 

 リィンフォースの言葉に、頷く3人。

とは言えその切っ掛けが分からない以上、話はそれ以上展開しない。

話は元に戻り、時系列順にTを追っていく流れに戻る。

フェイトは続けて、自分がTに斬りかかるも、何故かTが微笑んだ事。

プレシアとTとの対面の時、Tがプレシアの告白を受けるもアルハザードへの旅を断り、四肢切断された事。

そしてTの四肢が伸びた事。

その時は"あの気配"は特に感じなかった事。

プレシアの台詞。

 

「母さんは言ったんだ。"T、貴方は私の神だったのね……!"と」

 

 意味深な言葉ではあるが、プレシアの精神状態を思えば、参考にできる言葉では無い。

だが、その言葉はTに狂った人間の一人の言葉である。

参考として記憶しておき、話は続く。

なのはとフェイトの仲を結んだ後、Tはアースラによりミッドチルダへと運ばれた。

Tは研究のためミッドチルダに実質上の監禁をされ、その間に闇の書事件が始まる。

ヴォルケンリッターとアースラチームとの戦いは、グレアムによるはやての発見によって終止符を打たれた。

 

「……リンディさんの話やと、独自の調査で分かった限りでは、グレアムおじさんは私が足を悪うした辺りから私を監視していたらしいけどな」

 

 それからはやてとTは半ば同居するようになり、なのはとフェイトはヴォルケンリッターと共に魔力を蒐集。

そして運命の日がやってきた。

 

「グレアムおじさんは、私を使うてたっくんを殺そうとしていた」

「闇の書の暴走寸前にTを転送する事で、主が精神的に求める相手となっていたTを主を閉じ込める筈だった闇の書の夢へと閉じ込める。いわば精神的牢獄だ。そこに閉じ込めたままアルカンシェルで物理的に殺傷するのが目的だったのだろう」

 

 が、それはアルカンシェルのチャージが終わる寸前にTが再誕した時点で破綻。

急ぎグレアムはアルカンシェルを発射させたものの、Tは物ともせずに"あの気配"を宿しアースラ内部に現れた。

 

「グレアム提督の言い分は、まるでTが存在する事が人類に害悪なような言いようだった」

「うん、そうだね、ちょうどプレシアさんと正反対。まるで……、そうだね、魔王でも見るような目で見ていた」

 

 他にも疑問はある。

Tが腹を破って誕生した、あの赤子は一体何だったのか。

そもそも、何故Tはアルカンシェルをくらっても無事だったのか。

そして。

 

「たっちゃんの名前とアルファベットのTが同じである事」

「Tの住所が存在しなくて、誰もたどり着けない事」

「そして……たっくんの両親の、顔が無かった事」

 

 3人は、それぞれの言葉が言われるたびに表情を暗くする。

グレアムが指摘したTの名前、地球の面々が知ったTの住所の不存在。

そして新たな事実として、Tを何故か違った視点で見る事のできるヴォルケンリッターとリィンフォースの力添えで判明した、映像資料に残っていたTの両親の顔。

 

「他はまだしも、Tの両親の顔は本当に意味不明だ。顔が無いと言うのは、一体何を意味する事実なんだ?」

 

 前例の無い疑問に悩むリィンフォースの言葉に、誰一人答える者は居ない。 そして何より、その直後に起きた悲劇。

Tが地球に数日滞在した時の事。

 

「忍さん達は、たっちゃんを匿うまではしなくとも、思い出作りをする事は黙認するつもりだったみたい。けど、万が一の事態のために人を使って監視だけはしていた」

「距離があったから、会話の内容までは分からなかったみたいだけど……」

「分かるのは、たっくんが行方をくらました翌日からアリサちゃんが引きこもって、すずかちゃんが……」

 

 言葉にするのが怖かったのだろう、はやての言葉は尻すぼみになり、やがてただの吐息の音と化す。

自然、全員が俯いた。

それぞれの心臓の音と時計の音のみが、なのはの自室を支配する。

沈黙を破ったのは、主を慮ったリィンフォースの言葉であった。

 

「何にせよ、Tの存在で狂った者はTの事を、正反対に評していたな」

 

 その言葉に、面を上げる面々。

順に口を開き、呟くような音量で、しかし芯の通った声で言った。

 

「Tは……」

「神か……」

「魔王か……」

 

 3人の声が空気を振動させる。

振動の波は互いにぶつかり合いながら進み、そして遮音結界にぶつかり、消え去っていった。

 

 

 

 

 


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