夢幻転生   作:アルパカ度数38%

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ついにsts編開始です。
多分T主観の回数は控えめになりそうです。


sts
その39:クッキング


 

 

 

 蒼天。

春のミッドチルダにふさわしい、心の中まで晴れ晴れする青空であった。

機動六課の隊長室から見える空に、はやては後ろ手を組みながら視線をやっていた。

側控えしているリィンフォースは上品に両手を揃え、はやての隣でかしずいている。

胸の奥を洗われるような感慨に、はやては目を細めた。

無機質な室内から見る青空は、いつもはやてに10年前に過ごした日々を思い出させる。

実験棟に似た閉鎖的な空間から見る青空は、果てしなく何処までも広がっていくようだった。

体の不自由から周りの建物に邪魔されない絶景を見たことの無いはやてには、カルチャーショックであった。

それを微笑みながら見守ってくれた少年の名を、はやては僅かな胸の痛みと共に唱える。

 

「たっくん……」

 

 胸の中に広がる思いは、複雑さを増していた。

グレアムを発狂させ、初めての友達すずかを殺した魔王に対する思いなのか。

それとも初めての親友と言える相手への親しみを込めた思いなのか。

自身にすら判断しかねるそれを胸に、はやてはそれでも思った。

 

「夢すら無かったあの頃の私に、たっくんはなんて言ってたかなぁ」

 

 10年の重みは、僅かながらはやての記憶を風化させている。

それでも奇天烈な発言の多すぎるT語録は、はやての中に色濃く残り続けていて。

 

「"はやてちゃんならきっと夢を見つけられるし、実現させることもできるよ"……やったか」

 

 そう告げるTは、珍しく真剣味のある顔をしており、はやては思わずきょとんとしてしまったのであった。

Tにしては真っ当で、胸に響く言葉だった。

思い浮かぶ当時の情景に、はやては目を細めながら胸の奥の言葉を零す。

 

「私は、夢を実現させたで……!」

 

 夢の部隊。

機動六課。

ここまで来た感慨を込めて、はやての声は室内に響いた。

僅かに目を潤ませながら、はやては心の中で問いかける。

私は夢を実現させた。

なら、たっくんはどうなんか、この広い次元世界の何処かで、夢を実現させているんか。

無言の思いにはやてが心を傾けているその時、ノックの音。

はやては意識を現実に戻し、ハンカチに潤んだ目の水分を吸い取らせ、来客者を招いた。

 

「失礼します」

 

 2人分の声と共に現れたのは、地上部隊の制服に身を包んだ、なのはとフェイトであった。

礼式に則った挨拶を交わし、義務的な情報を交換する。

指令を与えると、ふと、はやては時間に少し余裕があることに気づいた。

目配せ。

はやてが姿勢を崩し椅子に背を預けると、2人もまた柔らかに表情を崩す。

 

「……もう、10年になるんやなぁ」

 

 感慨深くはやてが呟くのに、なのはとフェイトは無言で頷いた。

PT事件と闇の書事件があった、激動の一年。

プレシアが死にグレアムが発狂してすずかが自殺し、Tが姿をくらませた暗黒の一年。

3人が出会った一年。

その年から今年で10年目になり、3人は今年19歳になる。

 

「たっちゃん、まだ見つけられていないんだね」

「もうTと10年も会ってないんだね……。にしては、やたら記憶にはっきり残っているんだけど」

 

 苦笑するフェイトに、同感だとはやて。

あれからTは時折事件を起こしていたものの、3人が出会う事は無いままであった。

その多くは3人の身近な所で起こっていたが、それでも運命の悪戯か、Tと3人はすれ違ったまま出会えていない。

が、Tなりに3人を気にしているのは3人にも伝わっていた。

 

「8年前だっけ、私が任務の帰りに壊れたガジェットを見つけたの」

「私も、捜査する筈の研究所がキノコ雲残して消えちゃったり……」

「私は容疑者がぐるぐる巻きにされて置いてあった事もあったわ……」

 

 何かとTが現れる際、3人に利する場所に現れる事が多い。

そのお陰で助かる部分も多いのだが、上層部からTを匿っているのではと疑われる事もあった。

収支は一応プラスなのだろうが、なんとも微妙な話である。

 

「たっちゃん、どうやって助けるかは思いついていないけれど……、何より、また会いたいな」

 

 言いつつ、なのはは笑みを形作る。

その表情の純粋さに、はやては僅かに組んだ指に力を込めた。

なのはは、10年経ってもまだTを人間だと信じ込んでいる節がある。

それが惰性による物なのか、もっと切実な感情による物なのかは、はやてはまだ判断しきれていない。

 

「T……」

 

 言って瞼を下ろし、口元を笑みの形にするフェイト。

恐らくTとの握手の事を思い出しているのだろうと察し、はやては僅かに歯噛みする。

フェイトもまた、10年前からTを神の如き存在だと信じている節があった。

キノコ雲の中から何故か怪我一つ無い少年を見つけ、彼を弟同然に扱うようになった頃からそれが顕著である。

母に代わる絶対的な存在にTをそぐわせたのかもしれない、と思いつつも、プレシアを映像でしか知らないはやてには判断がつかない。

 

「たっくん、また会えるかなぁ……」

 

 呟くと同時、しかし10年前からTに対する態度が変わっていないのは自分も同じか、とはやては思った。

はやてはTを邪悪な魔王だと思っている。

否、もっと正確に言えば思いたいのだろう、10年前と同じく。

まるでTへの感情が凍り付き、変わらぬままであるかのようだった。

Tという炎にたどり着かねば、この感情を覆う氷は溶けぬままに違いない。

ただしTと出会っても、余りの熱量に感情ごと消し飛ばされてしまう可能性もあるのだが。

 

 三者三様に己の思いを込めて、上っ面だけは同じような声を出した。

けれど中身は違っており、そしてそれは恐らく3人ともが自覚しているのだろう。

ことTの事に限れば、3人の足並みは奇妙なほどに揃わなかった。

果たして再びTと出会った時、3人はどうなるのだろうか。

意見が収束し、共同するのかもしれない。

意見が分裂し、敵対するのかもしれない。

結果を予測できなくとも、それでも3人がTと再会したいと言う思いだけは同じであった。

 

 しばし、沈黙。

互いに互いの感情の違いを理解しているからか、重たい沈黙であった。

それでもそれを断ち切ろうと、なのはが両手を胸に。

にこやかに、サイドテールを揺らしながら口を開く。

 

「そうだ、まだはやてちゃんも時間あるよね? 新しい食堂で3人で食事してみない?」

「いいね、3人で食事なんて次に何時できるか分からないし、六課がある一年のうちに一回はやってみたかったんだ」

「そやな、この3人の思いが六課の始まりやったんやし、その3人で一回ぐらい食事するのも悪ぅないな」

 

 同調するフェイトに、はやてもまた意見を同じくした。

視線をリィンフォースへやると、静かに彼女も頷く。

それからはやては、執務机のあるウインドウに視線をやった。

 

「……アリサちゃんへのホットライン。繋がらんままか」

 

 アリサはあれから10年間、引きこもったままであった。

外界を完全に遮断した彼女は、Tに関する重要な情報を握っていると管理局でも認識されている。

しかし様子見に精神を覗ける類のレアスキル持ちの魔導師を送った所、発狂し自殺してしまったそうだ。

その話を聞いたとき、はやては似たレアスキルを持つ兄貴分のヴェロッサがそうならなくて良かった、と不謹慎ながらほっとしてしまったのを覚えている。

お陰で今のところは管理局としての対応は監視にとどめてある。

そんな彼女の言葉を引き出せる可能性のある者として、3人はアリサとのホットラインを所持していた。

この10年、アリサ側から遮断されたままで開く気配が無い物ではあるのだが。

 

「まぁ、しゃーない、飯行くで飯っ」

 

 暗い空気を払拭するかのように、はやては明るく言った。

と言うよりも、はやてはアリサとの接点は殆ど無かったので、一番影響を受けていないからとも言えるのだが。

はやては椅子から立ち上がり、それじゃあ、となのはとフェイト、リィンフォースを加えた4人で食堂へと向かっていった。

 

 従者として半歩下がって歩くリィンフォースを除く3人の間では、様々な話題が飛び交った。

女性らしくファッションや化粧の事。

戦力運用に関する様々な視点からの意見。

美味しいカフェやレストランの話。

戦闘魔導師としての戦術。

年頃の娘としてはやや魔力煙臭い話を合間合間に挟みつつも、4人は食堂へとたどり着く。

幸い席は空いており、4人は一つのテーブルを取る事ができた。

ふとはやては、10年前にTの正体を考察した時と同じメンバーだな、と思う。

しかしすぐにそれが何を意味するでも無い事に気づき、思考の海へと流していった。

 

「そうや、ここのコック長は結構拘って選んだんやで!」

「はやて、胃袋を掴むのは大事やー! って、意気込んでたもんね」

「流石八神家のお母さん」

「茶化すのはいいが、高町、本気で腰を抜かすぞ?」

 

 言いつつリィンフォースはコックから料理を受け取り、席へ向かう。

それぞれの料理は、それぞれ違う次元世界の料理であった。

特にはやての選んだ料理は、地球の日本食である。

 

「へぇ、日本食まであるんだね」

「私は食べへんけど、納豆もあるで」

「私も納豆苦手ー」

「私は主はやての料理が一番ですが……」

 

 言いつつ4人は料理にそれぞれ食器を伸ばした。

ぱくり、と最初の一口を。

4人は口を動かし、料理を租借し、飲み込んだ。

無言の一瞬。

次の瞬間、光の速度で食器が料理へと伸びた。

暫くの間カチャカチャという食器がならす音だけが残り、4人は食器を料理と口の間で往復させる機械と化す。

 

「ぷはっ、美味しかったぁっ!」

 

 最初に食事を終えたのは、なのはであった。

続いてはやて、フェイト、リィンフォースと順に食事を終え、体重を椅子の背もたれに預ける。

全員が無言で食事に注力してしまう程の美味しさであった。

信じられない、と言う顔でなのは。

 

「はやてちゃん、よくこんなコック引き抜けたね」

「自分でもそう思うわ。周りもこんな感じやで?」

 

 とはやての言で、なのはとフェイトは周りに視線を。

食事をしにきた人間は料理に夢中になっており、談笑しているのは食後のお茶を口にしている人間のみである。

戦慄と共に、フェイト。

 

「付き合いで結構美味しい物食べてきた自信はあったんだけど……。これは、単純に料理の味だけで言っても1、2を争うかも」

「そういう食事って、美味しいのは分かっても味わいきれないもんなぁ」

「うぅ、六課に居る間、体重増えちゃいそう……」

 

 落ち込むなのはに、全員が微妙な顔を作り、己の体のそこかしこをさする。

と、その時である。

コック帽を被った一人の青年が、4人のテーブルに近づいてきた。

その姿に気づき、はやてが口を開く。

 

「あ、なのはちゃん、フェイトちゃん、こちらがコック長さんや」

「はい。ご紹介にあずかりました、Tです。こんにちは」

 

 言って、青年Tが帽子を取り、頭を下げた。

あれ、と首をかしげるなのはとフェイト。

 

「T? なんだか聞き覚えのある名前のような……」

「私も。もしかして、有名な方だったり……」

「あ、2人もなん? 私もそうだし、リィンもそう言ってるんよ。でも……」

「ぼくは特にメディアなどに露出した事は無いので、有名では無いですけれど……」

 

 不思議そうにするTに、なのはとフェイトはそういう事もあるのだろうか、と言わんばかりに訝しげである。

そんな2人に、ニコリと笑顔を作るT。

 

「如何でしたか? ぼくの料理は。自信作でしたけれど」

 

 と話が進んでしまえば、疑問を捨て置く事しかできず、なのはとフェイトはTの料理の賛辞に入った。

はやても疑問詞は変わらずあるものの、何処か懐かしい気のする料理を絶賛する作業に入る。

リィンフォースもそれに続き、暫く会話が続いた。

数分ほど会話した辺りで、Tが時計を気にし始めたのに気づき、はやて。

 

「それじゃあ、追加でお茶とデザートも貰おうかな。Tさんも忙しくてこっちにあんま居られへんやろうし」

 

 と、その言葉にありがたそうにし、Tは職場へと戻っていく。

それを確認した後、3人は改めて視線を交わした。

何故か3人の胸には、かつての少年の姿が思い浮かべられており、それが互いに理解できていたのだ。

瞳の奥に炎の心を。

はやてが口火を切る。

 

「なんでやか分からんけど、ちょっとたっくんの事を思い出したな」

「そうだね、不思議だけど、Tの声が聞こえたような気さえもするよ」

「うん……。たっちゃんがきっと元気にしているって、そう思えたな」

 

 3人は、誰とも無く手を伸ばし、テーブルの中心で重ね合わせた。

稲光が出そうなぐらいに強く視線を。

胸の奥の炎が瞳を溶かしだすぐらいに強く。

 

「たっちゃんを……」

「Tを……」

「たっくんを……」

 

 輪唱。

続けて、異口同音に3人は言った。

 

「必ず、もう一度見つけよう」

 

 誓いは胸に、ほとばしる程の炎となって3人の中に渦巻いている。

まるでTと出会い、心の氷が溶けるのを通り越して、燃えさかり始めたかのようだった。

互いの意思の堅さを見て取り、3人は口元を左右非対称に歪める。

それをリィンフォースが一人、何ともいえないよく分からない気持ち悪さを感じ、難しそうな顔をして眺めているのであった。

 

 

 

 

 




コックのTさん、一体何者なんだ……!

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