その4:ぼりぼり
一年が経過して、ぼくら4人は小学2年生になった。
そしてもう一年が経過して、ぼくら4人は小学3年生になった。
ぼくら4人は串にさした団子みたいに仲良しだったけれど、これがもし本当に団子だったとしたら3つしか一本の串に刺せないのだから、ぼくは人間に生まれてきて良かったと思う。
この2年、色々な事があった。
夏には海に行き、秋には果物狩りに行き、冬にはスキーに行き、ぼくらは縦横無尽に遊びまわった。
海ではまるで水切りみたいにピョンピョンと跳ねるトビウオを見たり、果物狩りではブドウでみんな顔を紫色にしたり、スキーでは運動神経が鈍いなのちゃんが転んだりした。
中でも一番のビッグイベントは、なのちゃんの兄の恭也さんとすずかちゃんの姉の忍さんとが付き合う事になった事だろう。
ぼくらはぼくらなりに2人の幸せを祈り、2人がいつの間にか居なくなっていたりしても探さないでおいてあげる事にするのであった。
そして、小学3年生の春の事である。
「ねぇなのは、今日は私もすずかもたっちゃんも暇だし、遊ばない?」
「あう、ごめんね……今日も用事があって、手が離せないんだ……」
アリサちゃんが亀の首みたいに慎重に話しかけると、なのちゃんはすまなさそうな顔でそう答えた。
その下げる頭が物凄く重そうで、今にもなのちゃんの首がぽこんととれてしまいそうなぐらいだったので、ぼくは仕方ないかとそれを見送る。
そんなぼくと似たような感想だったのだろう、アリサちゃんは少し悲しい顔をして言った。
「そっか……仕方ないわね」
「うん、ごめんねアリサちゃん。すずかちゃんとたっちゃんも」
「構わないよ」
「それより用事があるんだろう、時間は大丈夫?」
「あ、じゃあまた明日っ!」
言ってなのちゃんは走り去り、ぼくはあのまま転んだら重そうな頭が廊下にぶつかって地割れでも起きないものかと見送っていた。
横目で2人の表情を確認すると、なんだか寂しそうな複雑そうな顔でなのちゃんの消えた先を見ている。
なのちゃんは、この所付き合いが悪かった。
イタチだかフェレットだかのユーノを拾った日からなんだか用事ができてしまったようで、一日中外に居るようなのだ。
隣の桃子さん情報からもそれは確かな事で、ぼくらに分かるのはなのちゃんが悩んでいる問題が家でもぼくらでも無い事ぐらいである。
流石にちょっと心配なような、どうしようもなくなったら相談してくれるだろうから放置しても問題ないような、マーブル模様の気持ちにぼくはなっていた。
けれどアリサちゃんもすずかちゃんも心配の方が濃いみたいで、マーブル模様の美しさが半減している。
「きっと、何か理由があるんだろうね」
だからぼくは、気づけばそんな事を口走っていた。
混沌は一対一でぐねっとしているから美しいのであって、こんな風にどちらかが強いと美しくないとぼくは感じるのであった。
「それにぼくらの力が必要になったら、いや、それでなくとも誰かに話したくなったら、きっとなのちゃんなら相談してくれる筈さ。目を覚ますのに一発やるなら、苦しんでいても相談してくれない時で十分さ」
2人はきょとんとした後、なんだかにっこりと笑顔を作る。
てっきり美しいマーブル模様を見られる物だと思っていたぼくは、首をかしげるのだけれど、2人はそんな事お構いなしとでも言わんばかりにぼくの両手を手にとった。
どくんどくんという心臓の鼓動が手の皮膚越しに少しだけ伝わる。
「ありがとね、たっちゃん」
「少し、安心できたよ」
ううむとマーブル模様を見たかったぼくはなんとも言えない気分になるのだけれども、血液の感触が伝わってきたので、ぼくは美しい鮮血と黒血との描くマーブルを想像して、それで満足する事にした。
何時でも何処でも満足できてしまうのなら、満足は満足足り得ない何かに変質してしまい、あんまり価値がなくなってしまうだろうからだ。
「にしても、一発やるって、物騒ね」
「アリサちゃんならやりそうだと思って」
「……ぷっ、確かに……」
「何よそれっ! すずかも笑わないのっ!」
と、アリサちゃんのローキックを受けながら、ぼくらはアリサちゃんの家に集まる事にして、何時もの鮫島さんと黒塗りの高級車に乗ってアリサちゃんの家で遊ぶのだった。
ぼくらは間近に迫った温泉旅行の話をし、そうなればきっとなのちゃんともまた楽しく遊べて、ぼくらの仲はまたよくなるだろうと思ったりする。
ぼくは話の流れで冗談交じりに、ぼくらの誰かが行方不明になるぐらいの事があっても、なのちゃんの為にこの旅行はやるべきだね、と言った。
その結果、ぼくはアリサちゃんに縁起でもないわよ、とローキックを受け、すずかちゃんには精神的なリバーブローを貰ったりしたのだけれど。
帰り道。
今日はなんだか夜景を見ながら帰りたい気分だったし、アリサちゃんの家とぼくの家はそれほど距離も無かったので、送迎の車を断ってぼくは道を歩いていた。
澄んだ青空は雲一つ無くて、豆電球みたいに小さな明かりの星がキラキラと輝いている。
けれど空を見ながら歩いていると灰色の円柱状の刺客にごつんとぶつかってしまうので、ぼくは適度な高さに視線を固定し、ゆっくりと歩くようにしていた。
それでも時には何かにつまづいてこけてしまう事があり、その日その時もそんな感じの結末だった。
「うおっ」
と声に出した頃には、ぼくのローファーは道端にある何かにつまづき、ぼくはバランスを崩して一歩二歩、両手を上げてどうにかバランスを取り戻し、まるで鳩が人間を避けるような器用さで、転んで膝をすりむく事を回避する。
やったねぼく、と思いつつぼくはぼくをつまづかせた物を注視した。
それは、青い菱形の宝石だった。
手にとって見てみると、ローマ字で数字が刻印されているように見える。
首を傾げつつ角度を変えてみると、不思議な事に数字は常に重力にしたがった向きのまま変わらない。
つまり、この数字は強い質量を持っている事になる。
何故なら重力に捕まるのは強い質量だと決っているからだ。
なのに全然重くないのは、重力にだけ捕まえられてぼくには捕まえられない質量がその中にあるからなのだろうか。
まるで半透膜みたいな選択性を持っているんだなぁ、などと思いながら、ぼくがふと空を見上げると、空はシャボン玉みたいに鈍い虹色に輝いていた。
綺麗だった。
ぼくは飛び上がってこのシャボン玉を割ろうとするのだけれど、全然届かなくて困ってしまう。
けれど代わりに、黒い点が空に浮かび上がっていた。
あれっと思うが早いか、その黒い点はどんどん大きくなり、ぼくはちょうど重力の事を考えていたので、その黒い点がぼくに向かって重力で引き寄せられているんじゃあないか、なんて思った。
けれどぼくはよくよく考えるとそんな事あるはず無いじゃあないかと思って、それは何故かと言うと、ぼくにはきちんと名前があるからなのである。
名前があればそこに真空は生じず、重力は発生しない。
なので良かった、と胸を撫で下ろすのだけれど、そんなぼくに構うこと無く黒い点はどんどん大きくなっていって、すぐに人型になっていった。
人型は裏地の赤い黒マントをふわりと翻しながら、地面に降り立つ。
人型、金髪紅眼の少女は開口一番に言った。
「ジュエルシードを渡してください」
「ジュエルシードって何の事?」
というと、困り顔になって少女はおたおたと辺りを見回す。
なんだかメカメカした黒い杖を持ちながらそんな事をする姿は、まるで目を回している最中みたいで、可愛かった。
なので思わず釣られて僕も周りを見渡すと、人っ子一人居なかった。
まだ19時を回っていないぐらいなので、人通りが途絶える事は無いと思うのだけれど、なんでか誰一人ぼくの目には止まらない。
もしかしてぼくの目がおかしくなっちゃったんじゃあないだろうか、と思いつつ、ぼくは軽く目をこするけど、やっぱり人は目の前の少女しか居なかった。
どうしたんだろう、と少女に視線をやると、困り顔のまま少女が言う。
「貴方の持っている、その青い宝石の事です」
「これ?」
「はい」
と少女は言うけれど、ぼくのかかげた宝石はさっき拾ったばかりの菱形の青い宝石だった。
ぼくはこれからこの中にある不思議な重力について解析したかったので、非常に困った事である。
どうしたものか、と少女に負けず劣らず困りながらぼくは言う。
「もしかして、君の物なの?」
「ううん、違うんだけど、必要な物なんだ」
「う~ん、後で返してもらえたりしない?」
「多分、無理かな……」
「それじゃあ先に借りたり」
「あの、それは危ない物だから渡してはおけないんだ」
「えぇと……」
何か他に言う事が思いつかず、ぼくは困った顔で少女を見つめた。
すると少女は目をつむって、それから見開く。
さっきまでの困ったなぁって顔に書いてあるような顔ではなく、悲しくも強そうな顔をして、ぼくを見つめた。
「言っても駄目なら……力づくで貰います」
言って、少女は黒い杖らしきものを構える。
なんだか前世でよく遭ったような気がするトラブルの気配が今更ながらしてきて、ぼくはどうしようと思い、そしてすぐに思いついた。
ぽん、と手を叩くぼく。
「そうだ、思いついた」
「え?」
「力づくになったら、どうもぼくは君に勝てそうにない」
「あ、うん」
「でもぼくはこの宝石が欲しくて仕方がない」
「そうなんだ」
「なので食べます」
言って、ぼくは宝石をぽいっとぼくの口の中に放り込んだ。
べきばきむしゃむしゃごくん。
きちんとよく噛んで飲み込むと、なんの抵抗もなく宝石はぼくの胃の中までたどり着いたのだと分かる。
「……え?」
「宝石って飴みたいな食感かと思ったけど、案外固めのチョコレート風なんだね。生チョコからねっとりした感じを除くと近いのかな」
「……え?」
「う~ん、味は塩辛いけど、汗がついていたからその所為かもしれない。それを除くと、ちょっとだけ甘さもあったかな? 生クリームを100倍に薄めたらこんな味かも」
「……え?」
「そういう訳で、さようなら」
「……え?」
と、ぼくはぼうっとしている少女の隣を通り抜けて行くのだけれど、その先にはシャボン玉の膜があって、壁みたいになっていて通れない。
なのでぼくは渋々戻ってきて、少女に向かって話しかけた。
「君も災難だけど、なんだか今は此処から出られないみたいだよ」
「……え?」
「うぅん、お腹が減ってきたなぁ。君、さっきの宝石まだ持ってたりする? 持ってたら食べていい?」
「……え?」
「君ってさっきから、え? しか言わなくなっちゃったね」
「……え?」
「食べるものも無いし、ぼくは寝る事にするよ。寝ている間ってそんなにお腹が空かないような気がするだろう? だからさ」
「……え?」
「じゃあ、おやすみ」
「……え?」
と、ぼくは固まったままの少女に手を振ってさよならの挨拶をしてから、道端に横になり、眠りにつく。
車に轢かれないよう、道の端っこに寝るようにする事も忘れずに。
どうでもいいことだけれど、ぼくは転生してからこの方一度も夢を見たことがない。
けれどなのちゃんやアリサちゃんやすずかちゃんに聞く限り、夢は怖かったり楽しかったりする物らしく、そして前世の経験でもそうなので、ぼくはそうなる事を望んで横になってぐぅぐぅと寝る事にするのであった。