広い空間を、空調の低い駆動音が響く。
薄暗い空間を冷たい色の照明が照らし出し、金属質な面を露わにしていた。
そこかしこにパイプが走り、扉の正面には大型のコンピュータといくつかのモニタがあった。
スカリエッティは、目前のモニタにうっすらとした笑みを向けていた。
視線の先のモニタには、高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、八神はやての3人のデータが写っている。
「失礼します、ドクター」
排気音。
自動ドアが開き、踵を鳴らしながら女性が一人入ってきた。
体の線を浮き彫りにしたボディスーツに身を包んだウーノは、スカリエッティの斜め後ろで停止。
紫色の髪の毛を揺らし、金の瞳を男へ。
「ドクター、報告を」
「あぁ」
頷くスカリエッティへ、ウーノは次々に任されていた作業の進展状況を伝えていく。
それに生返事をしながら、スカリエッティは視線を3人のデータから目を離さなかった。
特になのはとフェイトが、スカリエッティの作品であるガジェットを蹴散らす姿に注視している。
報告を終えたウーノはそれに気づき、怪訝そうに口を開いた。
「ドクター、これは……先日のレリックを初出動の機動六課に回収された時の……」
「あぁ。やれやれ、ガジェットは高ランク魔導師を相手にする事を目的として作った訳じゃあないんだがね、こうも容易くやられるとねぇ」
肩をすくめるスカリエッティに、ウーノはしかし訝しげな姿勢を崩さない。
書類を抱きしめるようにし、再び質問を。
「しかし、ドクターであればFの遺産やタイプゼロに注目するのでは、と思っていたのですが」
「まぁ、今までの私であればそうしていただろうね」
言いつつ、スカリエッティはウーノへと振り返った。
紫色の髪に、金色の瞳。
自身と同じパーツに、ウーノは数瞬口元を緩める。
が、ウーノは己に求められる役割が女性のそれではない事を自覚しており、故にすぐさま口を引き締める事となった。
気づいているのかいないのか、スカリエッティ。
「私はかつて、自由に作品を作る事を夢とし、魂の輝きを魅せる事のできる作品を作る事を信条としていた」
頷くウーノ。
スカリエッティは、生命と工学を融合させた分野を得意とする研究者であった。
特に最近の功績としては、2つの大きな作品が存在する。
AMF——アンチ・マギリンクフィールドを発生させる魔導師殺しの機械、ガジェット。
AMF下でもフルパフォーマンスを発揮できる、人体の多くを機械で置換した、戦闘機人。
どちらも驚くべき作品ではあるが、曰くガジェットはスポンサーのご機嫌取りや戦力増加の為に作った物になるらしい。
真実にスカリエッティが作りたかったのは、戦闘機人。
戦闘の為に生み出された存在ながら、人間としての魂の輝きを宿す可能性を持つ存在。
その事をウーノは十分に承知していたが、故に疑問詞もまた沸いてくる。
「かつて、ですか?」
「あぁ。今はまだ違う。そして今だから分かるが、過去の感情も一部は勘違いしていた部分があったと分かったよ」
言いつつ、スカリエッティは室内を歩き出した。
ポケットに手を突っ込み、白衣を翻らせながら、スカリエッティは靴裏で金属製の床を叩いていく。
「まず、私は造られた生命だ」
ウーノは頷いた。
スカリエッティは古代文明アルハザードに存在した科学者からクローニングされた、無限の欲望と称される人造生命である。
研究者として他を逸した能力を持つのも、その為だ。
それ故にスカリエッティは創造主、管理局最高評議会に逆らう事はできない状況にあった。
そのためガジェットのような、心から作りたい訳ではない機械を作ったりする羽目になっている。
「それ故に私は自分が己の意思でこの場所に居る事を、証明できていない。研究も最高評議会の意思に従っているに過ぎず、私は時折自身の精神の存在を疑う事もあったよ」
ウーノは視線をスカリエッティから外していないが、歩き続ける彼はウーノに背面を見せており、その表情はうかがい知れない。
どうにかその顔を見てみたい、という衝動を、ウーノは書類を掴む手に力を込めて阻止する。
それでも胸の奥が縮むように痛く、言葉がウーノの口から飛び出た。
「それは……!」
言ってから、ウーノは己もまた精神の存在するかどうかが疑わしい戦闘機人である事に気づいた。
当然、説得力は無いに等しいだろう。
それでも言葉をひねり出そうとするウーノであったが、それを待たずにスカリエッティ。
「そのため私は己の意思の存在証明の為、最高評議会に反逆する事が可能だと、己に示さねばならなかった。それが元々の計画を起こす理由の一つだった事は、確かさ」
「……はい」
そう言ってのけ、スカリエッティはその場でターン。
ウーノに欲望に満ちあふれた、いつもの狂気じみた笑顔を向ける。
その顔があまりにもいつも通りの物であったので、大丈夫だろうとウーノは思わず口元を緩めた。
そんな様子を知ってか知らずか、スカリエッティが続ける。
「だが、全ての前提は覆った」
「……え?」
疑問詞。
目を丸くするウーノに、スカリエッティは笑みを薄め、何処か遠くを見る目で言ってみせた。
「Tが存在するからだ」
言葉は、不思議と重くその空間に響き渡った。
臓腑を鷲掴みにされるような、それでいて全身を温い手でなで回されるような、不思議な感覚がウーノを襲う。
己を抱きしめながら、ウーノはスカリエッティの言葉を脳内で反芻した。
T。
確か、危険度S級の生体ロストロギアに指定された青年。
だがそれがどうしたのだ、と言う疑問が口をついて出るより早く、スカリエッティが続ける。
「最高評議会は10年前からTにご執心らしくってね。ついに私の所にもTの居場所を探る命令が来たのさ。彼についての情報と共にね。情報と言ってもたいした事は教えてもらえず、殆どは私自身で調べ直した物なのだが……」
スカリエッティは、唐突にその場で一回転。
両手を広げ、白衣を翻らせた。
狂気の笑みを顔に、しかし瞳は何処までも暗く、底なし沼のような鬱々しさを奥に。
「私は、Tの正体に気づいたのだよ」
声は、僅かに震えていた。
己の欲望の為ならば何者にも物怖じしない、スカリエッティがである。
その事実に目を見開くウーノを捨て置き、ゆっくりと俯きながらスカリエッティ。
「私の推測が正しければ、私はまず己の存在証明にTを必要とする事になる。しかしTは10年前より雲隠れしており、さらには空間転移までできるため、見つけるのは困難だ。だが、そんな彼が何故か表舞台に姿を現す事が、数回あった」
一息。
視線を己の靴先にやったスカリエッティは、勢いよく面を上げた。
「高町なのは。フェイト・T・ハラオウン。八神はやて。この3人に関わる事件にだけ、彼は姿を現すのだよ」
「そういえば、確かにその3人はその事で、上層部からTを匿っているのでは、と詰問された事もあるそうですね」
「まぁ、そんな事実は無いだろうが、しかしTが3人の危機には駆けつける可能性が高いというのは確かさ」
事実、8年前に高町なのはをターゲットとしたガジェットの試験動作は、Tに妨害されてしまっている。
となれば、とスカリエッティ。
「最高評議会は、Tを殺す為にその3人をTへの撒き餌として活用するつもりらしい。私を使って3人にピンチを演出する事でね」
「後ろ盾が足りない割に無茶な部隊だとは思っていましたが、そんな裏話があったのですか」
「まぁね。私はTを殺すつもりは無いのだが、撒き餌は私も必要だ。精々Tが見つかるまでは脳みそどもの思惑通りに踊ってやるとするさ」
言いつつスカリエッティは、人体の設計図が映っているモニタへと視線をやった。
つられてウーノもそのモニタへと視線を。
そこには、一応人間の体をベースにしてはあるものの、それを逸脱した形をしたグロテスクな形状が示されている。
セイン以降の7体の改造案であった。
「今の私は作品への美学よりもTとの接触を優先せねばなるまいしね。自我発達が未熟なこの子達なら、強さのために多少人間の形を失っても、精神に異常をきたす事はないだろう」
「……そうですか」
言ってから、ウーノは自分の言葉が随分冷たく響いた事に気づく。
思わず目を丸くし、口元を押さえてしまった。
同じく怪訝に思ったのだろう、訝しげにスカリエッティが視線を投げかけてくる。
「……妹達を改造するのには、反対かい?」
「いえ。全てはドクターの思うがままに」
努めて冷静にウーノが言うと、スカリエッティは少なくとも表面上は納得してみせたようで、うんうんと頷いていた。
己の感情の揺れに、自身でさえ困惑しつつ、ウーノは続ける。
「では、ドクター。そろそろ次の用事に取りかかりたいと思いますので、失礼します」
「うむ、分かった」
頷くスカリエッティを尻目に、ウーノは研究室を出た。
壁面をパイプや太いコードが埋め尽くした、暗い通路に入る。
己を制御できていない自分に、ウーノは思わず唇を噛みしめた。
歯で薄皮を破きつつ、曲がり角へ。
と同時、ウーノの胸に衝撃。
「わっ」
「きゃっ」
たたらを踏む2人であったが、数歩で姿勢を戻し、互いの顔に視線をやった。
相手は赤髪の少女、ノーヴェであった。
ウーノは走ってきたであろうノーヴェの足音にも気づけなかった自分を恥じ、それから戦闘型であるノーヴェが己の足音に気づかなかった事に疑問詞を。
それを顔に出すこと無く、ウーノは口を開いた。
「あら、ごめんなさい。どうしたのかしら、ノーヴェ。こんな所で走って」
「あ、いや、その……」
顔まで赤くし、ノーヴェは俯く。
どうしたのだろう、と思いつつも、ウーノは脳内にインプットされた姉妹の知識に従い、ノーヴェの頭に手をやった。
軽く撫でてやりつつ、優しげな声で告げる。
「言いづらい事なら、貴方が言えるようになったらでいいんだけれども」
ますます恐縮したようで、耳まで真っ赤になるノーヴェ。
それでも辛抱強くウーノが待つと、ノーヴェは小さな声で呟いた。
「ドクターの次の改造案が凄い事になるって聞いて、その……ちょっと怖くなっちゃって」
「あら」
ニコリと微笑むよう表情筋を作ったウーノに、ノーヴェは完全に俯いてしまう。
ウーノは、知識に則ってそんなノーヴェを抱きしめた。
体温と体温が重なり合う。
生暖かくて少し不快だな、と内心ウーノは思った。
「大丈夫よ、ドクターは自分の作品に誇りを持っている人。きっと悪い方向にはならない筈よ」
「……そう、かな」
捨てられた子犬のような目で、ウーノを見上げるノーヴェ。
苛立ちを押さえながら、ウーノはノーヴェの頭を撫でてやった。
「そうよ。大丈夫、安心なさい」
「うん……」
呟きつつ、ノーヴェはウーノの胸に顔を埋めた。
目を細めながらウーノはノーヴェを撫で、胸の奥に沸いて出てくる思いに僅かに歯噛みする。
自分が一体何に苛ついているのか、と思い、ウーノはすぐにその答えに思い至った。
——ウーノは、嫉妬しているのである。
スカリエッティの手による改造により、後半ナンバーズ達はこれからこれまで以上の性能を有する事になる。
秘書型のウーノとはタイプが異なるのだが、それでもスカリエッティに自分より明らかに一段上の効用を与える事ができるのは確かだ。
改造で人間の形を失うのが何だ、ドクターの役に立てるのならば、私はそんな物は要らない。
そう思いはするものの、それでもウーノには解決策が思い浮かぶでもなく。
ウーノは結局、表情筋を操りながらノーヴェをあやす事しかできないのであった。