夢幻転生   作:アルパカ度数38%

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表題回。


その46:夢幻転生1

 

 

 

 雨の日であった。

暗い空は雲に覆われており、空に蓋がされているかのよう。

落ちる雨粒は大きく、床のコンクリを覆う水膜に当たり、無数の王冠を作っていた。

その際跳ねる雨粒は道行く人々の足首に届く程であり、通行人全てに平等に湿り気と不快感を与えている。

ただでさえ重苦しい天気の中、黒衣の女が3人、連れだって歩いていた。

なのはとフェイト、はやての3人である。

 

「……はは、なんてゆーか、現実感が無いわな」

 

 無言で返すなのはとフェイト。

乾いた笑みを浮かべるはやては、傘を傾けなのはとフェイトへ視線をやる。

2人は、真っ直ぐにはやての目を見返していた。

おや、とはやては内心意外に思う。

以前のなのはであれば視線を逸らしていた所だろうが、今はどうしたことだろうか、その瞳の奥に炎が宿ったかのような目で見返してきている。

なのはの変化を、しかし確認できたのが今とは、皮肉過ぎてはやては素直に喜ぶ事ができない。

はやては視線を前へ、呟くように言った。

 

「ヴェロッサ君が逝くなんてなぁ……」

 

 ヴェロッサ・アコース。

はやての兄貴分の一人であり、飄々とした性格の男。

お菓子作りが得意で、クロノと仲が良く、はやてをよく可愛がってくれた男。

何より、精神を覗く希少技能の持ち主。

そのヴェロッサが発狂死したという事実は、3人の中に共通した一つの答えを浮かばせる。

 

「たっくん……」

 

 はやての言葉に、なのはもフェイトも気休めなど言えなかった。

Tを巡る3人の立場は複雑だが、六課設立までは3人が仲違いするような事は起きていない。

何故なら、肝心のTが姿を現し3人が判断を違える事態が起きなかったからである。

しかしそれは、戦闘機人トーレの言葉が覆した。

Tは、今クラナガンに居る。

その言葉は既に管理局中に伝わっており、誰もが血眼になってTを探しているが、本人どころか痕跡すら見つかっていない。

虚言かという考えもあるが、トーレがスカリエッティの元を離れる事になった切っ掛けが何かあったと考えると、真実と考えた方が辻褄が合うのも事実。

故に局員はTがクラナガンに居ると考えて行動しており。

それは3人の道が違う方向に進み始める可能性を示唆していて。

そしてヴェロッサの死により、Tの存在は可能性を増した。

 

 3人は無言で歩き続けた。

はやてが今日だけは無駄な時間を使ってでも、歩いて帰りたいと言い、なのはとフェイトはそれに付き合い共に歩いている。

仕事が待っていると分かっていても、どうしても歩みは遅いままである。

はやては両隣を歩く2人の存在が鬱陶しく思えてくるが、Tは表向き危険なテロリストとして扱われている、はやてが単独で行動する事は許されていなかった。

ヴォルケンリッターが家族に弱味を見せられないはやてに気を遣い離れた今、なのはとフェイトと離れる訳にはいかない。

 

「失礼、少々よろしいでしょうか」

 

 機械のように生気の無い声であった。

はやてが歩みを停止、視線をやると、黒い傘を差した金髪の女性が立っている。

格好は本局の局員制服であり、慌て3人が敬礼をするのに、女性もまた返礼をする。

はやては脳内で女性の名前を検索するも、出てこない。

急な存在に警戒心を胸に持つ3人に、微笑みながら金髪の女性。

 

「初めまして、私は最高評議会秘書の、レヴィーナ・ガヤルドと申します」

「最高評議会の……!」

 

 10年前、グレアムに手を貸しTを抹殺せんとした部隊の関係者である。

思わずデバイスに手が伸びる3人に、余裕の表情でレヴィーナ。

 

「ふふふ、警戒するのも分かりますが、私たちがしたいのは情報の共有です。Tがクラナガンに居るようだと言うことで、幾つか貴方方に知っていて欲しい事がありましてね」

「……何を、ですか」

 

 刃のような固く鋭い声のなのはに、死神もかくやという冷たい視線のフェイト。

はやてもまた威圧を強くしようと思ったその瞬間、余裕を崩さぬレヴィーナが告げる。

 

「例えば、ヴェロッサ・アコースを殺したのは、Tでは無い事」

 

 思わず、はやては息を呑んだ。

音が左右で輪唱、なのはとフェイトも同様の事をした事が知れる。

そんな3人に、子供をあやすような柔らかな、しかし何故か生気の無い笑みで、レヴィーナ。

 

「例えば、ヴェロッサ・アコースはTの精神を覗いたのではなく、最高評議会議員の精神を覗き、Tの正体を知ったから発狂死した事」

「……つまり」

 

 はやては、乾いた声で呟いた。

つまり、レヴィーナが言いたい事と言うのは。

 

「最高評議会議員の方は、Tの正体を知っている。知って、それでもまだ発狂死していない。第九十七管理外世界のアリサ・バニングスと同様にね」

「……え」

「アリサ、が?」

 

 なのはとフェイトが思わずと言った様相で漏らすが、はやては辛うじて声を漏らすのを押さえ込む事ができた。

それもはやてに、アリサと直接の面識が無い為の余裕からなのだろうが。

しかしアリサが何かTに関する秘密を持っているとは思っていたが、そのまま見事正体に関する事だとは。

意外に思うはやてを含め、3人はあまりの事実に硬直し動けない。

そんな3人に向けて、レヴィーナは儚い笑みと共に言った。

 

「ついてきて下さいますか? 貴方方を、最高評議会議員のお三方が招いています」

 

 

 

 *

 

 

 

 暗い空間であった。

広い一室は多くの機材で満たされているらしく、冷却用ファンの甲高い音が聞こえる。

過密気味な機材達を冷やすためだろう、冷房も効いており、なのはは肌寒さに僅かに震えた。

暗く深い地下にまで潜った3人を待ち構えていたのは、厳重なセキュリティに守られた一室であった。

最高評議会議員が待っているとは思えない状況に、なのはを含め3人は警戒心を露わにする。

 

「此処で何をどうするんですか……?」

「失礼します」

「って、ちょっとっ!?」

 

 と言い残し、一人部屋の外へ消えるレヴィーナ。

慌てて手を伸ばすなのはを捨て置き、無情にも重い扉が閉まる重い音。

早まったか、となのはが後悔しそうになった、その瞬間である。

チチチ、と照明が明滅、すぐさま室内を照らす。

目を暗順応させていたなのはは、思わず目を閉じ両腕を眼前に翳した。

数秒、それから目を開くと、扉側に向いているなのはの両目に明るくなった室内が映る。

すぐさまなのはは左右を確認、振り向こうとした瞬間、両隣のフェイトとはやてが呟いた。

 

「……え?」

「あほ、な」

 

 呆けた声に、何事かと振り返るなのは。

その視界に、"それ"が入る。

なのはは一瞬、通っていた聖中の理科室前の廊下を思い出した。

理科室の隣には準備室があり、準備室の扉の横には棚が一つあったのだ。

その棚の中にはグロテスクな標本が多数並んでおり、中にはホルマリン漬けの脳でさえもあったのだった。

 

 脳味噌が3つ、浮いていた。

なのはは思いも寄らぬ事に、ぽかんと口を開けてしまう。

一拍おいてからそれらが得体の知れない液体で満たされたシリンダーの中に浮いており、様々なコードが付けられている事を認識。

一体何なのかと展開についていけないなのはの精神に、更なる衝撃が襲いかかる。

 

「初めまして、だな。Tに選ばれた3人よ」

「高町なのは、フェイト・テスタロッサ、八神はやて」

「純ミッドチルダ人が居ないのはやや口惜しいが、当然と言えば当然か」

 

 声は3種類。

全てそれぞれシリンダーの根元にあるスピーカーから発せられていた。

デジタル合成ではなくサンプリングされただろうそれは肉声に近いが、それでも僅かな電子ノイズが肉無き声である事を証明している。

すぐになのはは正体を知られずに喋りたい最高評議会議員による物かと思ったが、すぐに自身で否定した。

サンプリングした声を使えば正体が知られるリスクは増える、理屈が合わない。

 

「……初めまして。貴方達は一体? この部屋は?」

「電子音声だけで最高評議会議員です、なんて言われても、信じられへんなぁ」

「……ぁ」

 

 次々に声をあげるなのはとはやてに続き、声を震わせるフェイト。

首をかしげ、なのはは問う。

 

「どうしたの、フェイトちゃん」

「……あの脳、まだ生きている」

「え?」

 

 言葉を上手く噛み砕けず、首をかしげるなのは。

そんななのはを置き去りにするかのように、3脳が告げた。

 

「ほぉ、流石に執務官、この手の生命維持装置は見慣れた物か」

「そして夜天の主よ、姿なら既に見せている」

「肉声はそも肉が存在しない身だ、許せ」

「つまり、貴方達は……」

 

 絶句するフェイトに、シリンダーの根元にある機材が明滅。

サンプリングされた声が告げる。

 

「我々3人こそが時空管理局最高評議会議員」

「時空管理局の最上位の存在であり」

「そして……Tの正体を知る者だ」

 

 なのはは、思わず足下が崩れて行きかねない感覚をすら覚えた。

膝から力が抜けてゆき、ともすれば尻餅をついてしまいそうになるのを必死で耐える。

高町なのはは、今まで管理局に正義を感じたが故にそれに従っていた。

無論全てが納得のいく正義では無かったものの、それでも大局的に見れば管理局は正義の為の組織だと信じていた。

が、この3脳の言うことを信じるなら、管理局はこのおぞましい脳味噌達に作られた組織であり、なのはもまた彼らの手足であったのだ。

体中を駆け巡る生理的嫌悪感から、なのはは思わず叫ぶ。

 

「そんな……! 貴方達はそんなになってまで、何故生きようと……!」

「知れた事」

「正義の為だ」

「我らの命はただそれだけの為にあるのだから」

 

 微動だにせぬ声に、なのははその奥にある精神の強固さに気づき、返す声を失う。

続きフェイト。

 

「馬鹿な、こんなになってまで生きるのが正義なんですか!?」

「然り」

「脳の寿命は肉体の寿命よりも長い」

「なのに正義の為に働く期間を下らん感傷で減らすなど、次元世界への裏切りに等しい」

「狂ってる……!」

 

 フェイトがそう告げるのに、なのはも内心頷いた。

3脳の言葉に秘められた狂気は、Tとはまた違ったベクトルで怖気の走る物であった。

なのはが咄嗟に胸元のレイジングハートに手を伸ばすのに、それを制するようにはやて。

 

「待ち、なのはちゃん、フェイトちゃん。色々文句があるのは分かるけど、私たちが聞きに来たのはそんな事じゃあない」

「……っ」

 

 冷たい声に、なのはは我に返る。

あまりの事態に失念していたが、はやては兄同然だったヴェロッサを失い、そしてその真実を聞きにこの場に来たのだ。

はやては忽然とした雰囲気のまま、一歩踏み出し、告げた。

 

「貴方達の事は分かりました。けど、レヴィーナさんから聞いた私たちを招いた用事は、確かたっくんの事やったと思うんですが」

「然り」

「ではまず問おう」

「お前達はTの正体を何だと思っている?」

 

 言われ、なのはは胸に手を置き、一瞬瞼を閉じる。

ヴィヴィオとの暖かな関係が、なのはにTの正体が何であっても友達であると、そしてそう信じる事を可能にさせた。

Tは友達であり、故に信ずべき相手だ。

故になのはは、Tが発狂させてきた数々の人間も、少なくともTが故意にやった事では無いと信じている。

だから例えTの正体がおぞましい物でも受け入れる自信はあるのだが、それでも敢えて一つに絞るのならば。

 

「人間です」

「神様です」

「魔王です」

 

 なのは達の口から、続けて言葉が発せられる。

かつてと同じ内容であったが、その言葉に込められた気持ちは3人とも違っていた。

当然と言えば当然と言えよう、はやてなど直接Tの手による物では無いらしいが、ヴェロッサを失ったばかりだ。

フェイトもエリオとキャロとの関係で、何かしら心に影響があったに違いない。

そんな三者三様の言葉に、3脳。

 

「……驚いたな」

「3人ともがとは、予想外だ」

「故にTに選ばれたのだろうか」

 

 何が、となのはが問うよりも早く、次ぐ言葉。

 

「3人とも、正解だ」

「……えっと、どういう?」

「そのままだ」

 

 疑問詞に満ちたなのは達の脳内を予想していたのだろう、すぐに言葉が続く。

 

「Tは、この世界の創造神であり」

「この世界を滅ぼす魔王であり」

「この世界唯一の真の人間なのだ」

 

 一拍。

3脳の言葉が輪唱、この世界の真実を告げた。

 

「この世界は、Tの見ている夢なのだ」

 

 

 

 

 




感想欄で割と予想されてはいましたが、Tの正体はこんな感じです。
何故それが狂気に繋がるかについては、次回。

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