夢幻転生   作:アルパカ度数38%

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その47:夢幻転生2

 

 

 

「この世界は、Tの見ている夢なのだ」

 

 絶句。

あまりにも壮大過ぎる言葉に、なのは達は声も出ない。

脳が理解を拒否する3人を前に、3脳は語り出す。

 

「この世界はTの見ている夢の中の世界」

「夢幻の中のあやふやな世界」

「Tが目を覚ませば消え去る泡沫の世界」

 

 3脳は語る。

この世界の成り立ちを。

 

「故に、この世界が誕生したのはTが自意識を持ってこの世界を見た瞬間」

「その瞬間、この世界は生まれた」

「それ以前に生まれた筈の全ては、世界誕生の瞬間に設定付きで生まれたに過ぎない」

「……え」

 

 漏れる声。

3人の誰の声なのか、それが自分の声なのかすらもなのはには分からない。

 

「もう少し分かりやすく説明するのに、貴様らに身近な人間を使って説明しよう」

「例えばギル・グレアム」

「闇の書によって信頼していた後輩を失った、人生の多くを次元世界の平定に使った男」

「グレアム、おじさん……」

 

 目を見開くはやてに、なのはは小さく歯を噛みしめた。

グレアムに持っていた信頼を裏切られた事は、未だにはやての奥に深く根付いている。

はやては滅多に弱音を漏らさない少女だったが、希に近しい人間に縋り付くような言葉を吐く事があった。

血を吐くようなにじみ出る言葉の数々を、なのはは今でも覚えている。

そんななのはの思いを無視して、3脳は言い放った。

 

「奴は、19年前に生まれた」

「……あ」

 

 ようやく理解が現実に追いつき、3人は小さく漏らす。

19年前。

Tの生誕。

世界が始まった日。

 

「生まれたその日に奴は多くの設定を持っていただけで、過去があった訳ではない」

「クライド・ハラオウンを後輩に持ち、失ったという設定を持って生まれただけ」

「次元世界の全てを救おうと戦い続けた感情も、闇の書を憎んでいる感情も、そう設定して生み出されたから持っていただけだ」

 

 再びの絶句。

なのはは、ようやくの事Tという存在の残酷さを思い知った。

つまり、グレアムにとってT生誕以前の出来事は、全てTが想像して設定しただけの情報であり、歴史ではなかったのだ。

戦い続けた事も、救った人が居た事も、使い魔との絆も、人を好きになった事も、人を嫌いになった事も。

全てTの妄想。

グレアムの人格が何一つ関与せずに作られた、残酷な設定。

そしてそれは。

 

「当然、それはグレアム一人に限らない」

「Tより年上の人間全てに適応される」

「生まれた瞬間から意識が連続的に継続しているのではなく、そういう設定付きの人間として発生したのだよ、彼らは」

「そん、な……」

 

 なのはは、崩れ落ちそうな自分を必死で堪えさせなければならなかった。

Tより年上の人間というのは、当然高町家の面々も含める。

恭也や美由紀はまだしも、士郎と桃子の、見ているだけで砂糖を吐きたくなるような関係でさえ、Tの妄想した設定に過ぎないのだ。

恐るべき想像に、なのはは目の前が暗くなりすらした。

咄嗟に口内をかみ切り、痛みでどうにか意識を継続させる。

必死で3脳の言葉を飲み込もうとしているなのはだったが、それにお構いなしとでも言わんばかりに3脳。

 

「最初にその事実に気づいたのは、ギル・グレアムだった」

「奴は低級ロストロギア・真実の鏡……、イエス・ノーで真実に反応する鏡に問うた」

「Tは神か、とな」

「それだけで真実は特定できないが、グレアムは直感で確信に至ったのだろう」

「それとも、それ以上の真実を知るのが怖かったのか」

「全てを知らず、自分の行いをただの神殺しに貶めたかったのだろうな」

 

 淡々と告げられる言葉に、なのはは息を呑む。

それであれば、グレアムがTの正体に気づいたのが、真実へたどり着く切っ掛け。

管理局の調査により、グレアムがTと最初に接触したのは、彼が当初の計画通りはやてごと闇の書を凍結封印する準備として。

直前に起きたTという不確定要素を確認する為の作業として、である。

つまりはやてが事件の切っ掛けの一つ。

そしてそれを言えば、Tが管理局に注目される原因はフェイトがTがジュエルシードを呑むのを止められなかったからとも言える。

同様に、幼なじみであったなのはが、この世で最もTの正体を悟る可能性の高かったなのはが、何にも気づけず、何もできなかったからでもあるが。

 

「Tと直接接していなかったからか、我々は真実の鏡を大量消費し、Tの正体をある程度まで絞る事ができた」

「ある日、我々の中に一つの想像が浮かんだ。証拠も無く、その想像は確信にさえ至った」

「真実の鏡への問いかけは、最早確認作業にしか過ぎなかったさ」

 

 付け足された言葉に、なのは達は立ち尽くす他無かった。

Tは、想像をはるかに超えて恐るべき存在であった。

神や魔王という言葉ですら温く、余りに大きな存在に、なのはは何も言うことができない。

そんななのはを尻目に、しかしはやてが半歩踏み出した。

震えながら、それでもこれだけの事実を前に動き出す事のできるはやてに、なのはが思わず目を剥く。

 

「……でも、一つだけ、穴があります」

「何だ」

「言ってみよ」

「想像できるがな」

「私たちは、自意識を持っています。夢の中の登場人物だと言うのに」

「……あ!」

 

 なのはは、思わず叫んだ。

なのはの反応にはやては微笑み、続ける。

 

「夢の中の登場人物に、意識がありますか? ありません。何故なら個人の妄想に人格などが生まれる筈が無いからです。けれど私たちは、明らかに自意識がある。最高評議会議員様に釈迦に説法も良い所ですが、我思う故に我あり、と言います。この世には不確かな事ばかり。疑えばどんな存在も本当に存在しているのか疑わしい。ですが、今疑っている自分の自意識だけは、今此処にある。その事実だけはこの不確かな世界で確かな真実。ですよね?」

「そっか、地球でいうデカルトだね」

「そや。それにそもそも、真実の鏡というロストロギアが真実を告げるメカニズムも、分かっていません。そも、本当に真実を告げているのか、莫大な演算器でしかなく、可能性が最も高い事実を言っているだけという可能性もあります。なのにこの世界がたっくん……Tの夢に過ぎないなんて理屈を持ち出すのは、ちょっと時期尚早過ぎませんか?」

 

 告げるはやての言葉に、あまりの事実の連鎖に思考を凍らせていたなのはは、なるほどと頷く。

全て納得の行く論理である。

確かにそう考えれば、この世界がTの見ている夢だという恐るべき事実は、ただの可能性に戻る。

故になのはも、同意する視線を3脳に向けた。

が、ふと視線をやると、フェイトは沈痛な表情で首を横に振る。

続けて、何処か落胆の空気が漂う言葉が、吐き出された。

 

「まず、自意識の問題に答えよう」

「そも、何故夢の中の登場人物に自意識があってはいけない?」

「あった所で、何一つ矛盾は無いではないか」

「あるのはただ、自分の居るこの世界が夢ではなく、今すぐ崩れる事は無いという安息のみ」

「あとは、これまで見てきた夢の中で、何千何万という自意識を持つ存在を生み出し、放置しているという罪の意識から逃れられる程度か」

「その考えは、ただのあやふやな常識を持ち出しているだけで、真実を決定づける証拠とはなり得ない」

「そんな……」

 

 なのはが失望の声を漏らすのに、しかし3脳は続ける。

 

「しかし、真実の鏡が全てを決定づける証拠にまではなり得ないのは、確かだ」

「が、それ以上に、我らには確信があるのだ」

「生理的とさえ言える直感が、我らにはある」

「……つまり、どういう事ですか?」

 

 問うはやてに、フェイトは視線を床に落とした。

か細い声で、フェイトが答える。

 

「……"当然"、という事ですね」

「然り」

 

 意味不明のやり取りに、なのはとはやては眉をひそめた。

それを察した3脳が、言葉を続ける。

 

「この世には、確たる自明の自然の定理、公理がある」

「数学的に言えば、平行線が決して交わらないように」

「1+1=2であるように」

「人間が設計された段階で持っている真実、直感霊感全てが当たり前に認識できる事実」

「それと同じレベルで、その事実に気づいた瞬間から、我々はこの世界がTの夢であると認識できてしまっているのだ」

「そも、お前達は本心から言えるのか? この世界が、Tの夢で無いなどと」

「そのぐらい……!」

 

 叫び、なのはは言おうとした。

この世界は、たっちゃんの夢なんかじゃない。

言葉面は、別におかしい言葉ではない。

論理的に考えて、何処も矛盾の無い言葉。

なのに何故だろうか、なのはにはその言葉が恐ろしく間違っているようにしか思えなかった。

太陽が西から昇り、何もかもに終わりが無く永遠で、物体が空に向かって落ちていくのが当然、とでも言うように。

"当然"の、自明の事実を否定しているかのように。

人間としての、否、生物としての直感全てが、この世界がTの見ている夢であると、そう感じ取っているかのように。

 

「……それでもっ」

 

 はやてが叫んだ。

震える程の力で両拳を握りしめ、絶叫する。

 

「人間の直感、全てが正解だったとは限らへん! それやったら、太陽は地球やミッドの周りを回っておって、世界は平らで、時間は絶対的なままやった筈や! いくら心からその事実を疑えへんでも! どんなに心が屈していても! それでも、それが真実やとは限らない筈や!」

 

 声は、恐ろしくむなしく響いたように、なのはには思えた。

確かに、はやての言う言葉は論理的に正しい。

しかしそれを補って余りあるほど、なのははこの世界がTの見ている夢だという事柄を疑えないのだ。

言葉面だけ、姿勢だけ疑う事はできても、それがとてつもなく薄っぺらく、表面だけの物に思えてしまうのだ。

あまりにも残酷な事実に、なのはが屈しそうにさえなった、その瞬間。

3脳は言った。

 

「そうだ」

「その通りだ」

「これは、ただの妄想なのだ」

 

 え、と3人は思わず呟く。

これまでの会話を全て覆す言葉に、目を瞬いた。

 

「我々は、この世界がTの夢であるという妄想を、否定しなければならない」

「そのための証拠として、私たちはTの殺害を考えた」

「この世界にたゆたうTは、Tの精神そのもの」

「そのTを殺せば、Tは夢を見る精神を失い、この世界は滅ぶ」

「故に、Tを殺してもこの世界が滅びなければ……」

「この世界は、Tの見る夢では無いのだ」

 

 3脳の主張の変化についてゆけず、呆然としたままでなのはは彼らの言葉を飲み込む。

確かに、理屈は通らないでも無い。

夢の中で殺されれば、基本的に夢は覚めるだろう。

幼年期に多いと言う何かに追われる夢、自分を害される夢などは、決定的な瞬間が訪れれば覚めると聞く。

ヴィヴィオの事で調べてあった知識からすれば、確かに3脳の言葉は理屈が通っている。

だが、しかし。

 

「でも、さっきまではあれだけこの世界がたっちゃんの夢だと言っていたのに、なんで……」

 

 と言って、同時なのはは目を見開く。

Tより年上の人間は設定付きで発生した、連続性の無い魂。

ならばこの3脳は。

 

「それでさえあれば、この世界は幻ではなかったと信じられるからだ!」

「19年前までの人生が、幻では無かったと信じられるからだ!」

「私たちが発生した瞬間から脳味噌だけの存在だったのではなく、私たちが確かに人間だったと、そう信じられるからだ!」

 

 魂を削るような悲鳴に、なのはは思わず息を呑む。

自分を人間だとすら信じられないという、想像を絶する境遇に、喉がからからに渇くのを感じた。

震える手で、なのはは思わず喪服の黒い生地を握る。

 

「そのために我々は、Tが最も興味を持っている3人、貴様ら3人を餌にした」

「ジェイル・スカリエッティ……あの天才相手ならば苦境に陥り、必ずやTが救援に訪れると」

「しかし、そもそもTはクラナガンに潜んでいた」

「そうなれば、貴様らがTを匿う可能性すらある」

「そうなった以上、貴様らが発狂する危険性を犯してでも、貴様らにTの真実を伝えねばならなかった」

「頼む……Tを殺してくれ」

 

 即答できず、なのは達は半歩後ずさる。

恐るべき狂気が、3脳から発せられていた。

覚えのある、プレシアやグレアムが発していた、そして何より、Tが発していたあの狂気が、である。

3脳は最早、狂いかけていた。

Tと直接会う事無くとも、脳だけになっても正義を掲げ続ける意思力があってさえも、発狂しかけていたのだ。

そんななのはらに拒絶の意を見たのだろうか、悲鳴をあげる3脳。

 

「例え、Tを殺した後私たちを殺してもいい!」

「だからせめて、私たちの人生が幻では無かったのだと証明してくれ!」

「この世界がTの見ている夢などという事が、ただの妄想だったのだと信じさせてくれ!」

 

 直後、排気音が響き渡る。

なのは達が思わず振り向くと、重厚な扉が開くと同時、鋭い何かが恐るべき速度で発射された。

咄嗟になのはらは自身を防御魔法で守るも、鋭い何かはなのはらを素通り。

がしゃん、と。

硝子の割れる音と共に、鋭い何かは3脳のシリンダーを貫いていた。

 

「……ぁ」

 

 乾いた声を漏らし、なのはは急ぎ攻撃の元を。

そこには、秘書である筈のレヴィーナが立っていた。

左右非対称な笑みに、両目からは涙を、その手からは爪が異常に伸びており、それが先の鋭い何かだったのだとなのはは悟る。

その耳には、盗聴器のイヤホンと思わしき物があった。

 

「……なんで、私はそんな事を知っちゃったのかしら」

「まさかっ」

 

 レヴィーナも真実を知ってしまったのか。

なのはが悟ると同時、レヴィーナの姿が揺らいだ。

金髪は霞んだ金色に、局員服は青紫色のナンバーズのボディースーツへ。

その瞳には機械の輝きを乗せ、伸びた爪を戻し、涙を掌で拭う。

 

「まさか、ジェイルの戦闘機人……!」

「姿を変え、潜り込んでいたのか……!」

「糞、変身のISだと……!」

 

 叫ぶ3脳にちらりと振り返ると、爪は脳に直撃はしていないが、割れた硝子の隙間から保護液が勢いよく漏れ出ている。

もう助からない。

その認識を3脳も持ったのだろう、恐慌した声で叫ぶ。

 

「馬鹿な……! 私たちは、このまま死ぬのか……!?」

「私たちの人生が幻で、ただのTの妄想であったのだと信じながら?」

「嫌だ……嫌だ−! 死にたくない−!」

 

 絶叫。

電子音声を響かせながら叫ぶ最高評議会議員の言葉に、なのはたちは一歩も動く事ができない。

そんななのはたちを尻目に、3脳のスピーカーには次々にノイズが混じっていく。

この世の物とは思えぬノイズが響き、一際高くなった直後、ぷつんと言う音と共にスピーカーが音を発さなくなった。

沈黙。

耳が痛くなるような静謐。

 

「私は……」

 

 元レヴィーナが、静寂を切り裂き言った。

ぐにゃり、と再びレヴィーナの姿が歪む。

咄嗟になのは達はデバイスをセットアップ、構えた。

そんななのはらに構うでもなく、元レヴィーナは言う。

 

「だぁれ?」

 

 元レヴィーナの顔が歪んだかと思うと、次の瞬間、彼女の顔は無くなっていた。

空洞になっていた。

顔面の顔のパーツがあるべき部分が空洞になっており、断面は肌色が覆っている。

それを見ると同時、なのははTの両親の顔を思い出した。

目前の元レヴィーナは、まさにTの両親そっくりの顔だったのである。

 

「この世界は夢? なんでそんな馬鹿げた言葉を納得できるの? 私は。でも、実際に納得できていて、それじゃあ本当にこの世界は夢? 私も? 皆も? 全て夢なの? ドクターも設定付きで生まれたTの妄想? じゃあそのドクターに作られた私は? 妄想の子供なの?」

 

 元レヴィーナの声は、空洞から生まれていた。

空気を震わせる事が無い筈の言葉が、それでも聞こえるという狂った現実に、なのはたちは顔を青くする。

狂っていた。

この空間は、狂っていた。

 

「あひ……あひゃ……」

 

 哄笑。

元レヴィーナは背を反り返させ、天を向き叫んだ。

 

「あひゃひゃひゃひゃひゃ!」

 

 精神を直接揺らすような、恐るべき声色。

暫く続くと思われたそれはいきなり途切れ、直後元レヴィーナはぱたりと倒れた。

なのはたちは呆然とそれを見やり、たたずむ他無い。

冷却ファンの駆動音だけが、その場で静かに響いていた。

 

 

 

 

 




次回、アリサ回。

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