「……あれ?」
つぶやき、なのはは自身が正座している事に気づいた。
眠い目をこすりつつ、辺りを確認する。
脚の下には薄い座布団、その下は黄色く変色した畳である。
部屋は物の少ない四畳半の一室、キッチンもある事からワンルームであると知れた。
目前には丸いちゃぶ台があり、自身を含め4人がそれを囲んでいる。
それぞれの前には湯気をあげる湯飲みがあり、中にはお茶と思わしき液体が入っていた。
とりあえず、この眠さをどうにかせねばなるまい。
そう思ってお茶を一口、すっと目が覚めたなのはは辺りを見回し、ちゃぶ台を囲む人間の顔を見やる。
フェイト。
はやて。
そしてT。
「たっちゃんっ!?」
声がフェイトとはやてと輪唱。
異口同音に名前を告げられたTは、にっこりと笑い、告げた。
「はい、ぼくはTです」
絶句。
いつもの通りのTに、何があったのか分からずなのはは記憶をたどる。
そう、確かナンバーズとの戦いの最中、スカリエッティがTに……。
「そうだ、たっちゃん、なんでまだこの世界は滅んでいないの!?」
「あっ、確かスカリエッティが!」
叫ぶなのはとフェイトに、にこりとT。
「あの瞬間、どうなるか分からなかったから、ぼくの制御できる僅かな力で妄想世界を作ったんだ。それがこの四畳半の世界。とりあえず事情を知っていそうな君たち3人を引きずり込んだ。もしもの場合に備えて、元の世界との時間進行も変えてるから、あっちでは一瞬の事の筈だよ」
さらりと言ってみせるTだが、内容は恐るべき物であった。
Tは、一部の能力は意識的に制御して使う事ができると言っているのだ。
この世界唯一の現実世界の人間としての、その能力をだ。
恐るべき事実に背筋が凍り付くような戦慄を感じるなのはだったが、Tは彼女達に沈黙を許さない。
「それで。スカ……なんとかさんが言っていた、この世界がぼくの見ている夢だと言うことなんだけれども」
言って、Tは3人の顔を順にのぞき込む。
それがまた、ただの友達であった頃の好奇心旺盛で気まぐれな顔で、それが余計に辛く、なのはは歯を噛みしめた。
沈黙を守るなのはに、しかしはやて。
「……ここは全部話してみようや」
「はやてちゃん!?」
叫ぶなのはに、はやてが視線を合わせる。
死んだ目では無く、その瞳には力強さが宿っているのを確認し、なのはは上げようとした腰を落とした。
「中途半端に知られるよりも、全部知って貰って、こっちからたっちゃんにお願いをすれば、この世界も存続できるかもしれへん。できるかどうかは分からんけど……。殆どまんまの答えを言われた後なんや、その方がまだマシやろ?」
「……うん」
言って、3人はTに向けてこれまでの経緯を話す。
最高評議会の告げた真実。
それを裏付けるアリサの言葉。
スカリエッティの、野望というには儚すぎる目的の、失敗。
全てを聞いたTは、瞑目して暫時沈黙した。
耳の痛くなるような静謐。
圧力さえ感じる沈黙を切って捨て、Tが口を開く。
「ぼくはこれまで、別の解釈を持って自分の力を認識してきた」
「……え?」
誰が漏らしたのか、疑問詞がぽつりと落ちる。
それを気にするでも無く、T。
「ぼくの解釈では、ぼくは食べたジュエルシードの力を完全に引き出して、現実を改変する能力を得たんだと思っていたんだ」
話に辛うじてついてく3人を尻目に、理由を告げるT。
「何故なら、ぼくの近くで起きる超常現象は、ぼくがジュエルシードを食べたその日から始まったのだから」
絶句。
特にTがジュエルシードを食べるのを目前にしていたフェイトは、空いた口が塞がらない様子であった。
「だってそうだろう? ぼくはジュエルシードを食べるその日までは平々凡々な普通度100万パーセントの超絶普通人だったじゃあないか。それから1年ぐらいは、魔法だってあるんだし、今世の世界はこんなもんなんだなぁ、と思っていたんだよ。一応、ぼくは転生者のつもりだったからね。でもこの世界を見て来て、もしかしてぼくは普通人じゃあないんじゃあないか、と思った事から、ぼくは自分の力に気づいたんだ」
一拍。
お茶を口にし、続きをTが。
「ぼくは、現実に対する非常に強い改変能力を持っている。しかしそれをまだ完全には制御できていない。例えばトーレさんがいい例かな。ぼくは彼女の語りを聞いて、彼女はとても強いのだと信じた。コートも良かったしね。それが引き金となって、彼女は今までよりも強い力を得たみたいだった。さっきの戦闘、なんか青紫のオーラを出していただろう? 彼女」
区切り、Tは底冷えするような声で告げる。
「……ジュエルシードのオーラのような、青紫色のオーラを」
うめき声を、なのはは漏らした。
確かにTの言うことは、真実である可能性はある。
だが、しかし。
「でも、それで私たちの持つ理由の無い確信は、説明できるのかな? この世界がたっちゃんの見ている夢だと、確信も無く信じてしまえるこの事実を」
「……ぼくが無意識に、前世を元に胡蝶の夢を信じていたとすれば?」
「……っ!?」
絶句。
確かに、転生者であるTが、この世界など夢であって本当の自分が現実に生きているのだ、と信じようとしてたとすれば。
それを、Tとジュエルシードの持つ現実改変能力が無意識のうちに作用し、次元世界全体に改変をもたらしていたとすれば。
できてしまう。
全て、説明できてしまうのだ。
「……でも、それはどっちでも同じじゃあ……」
と呟くフェイトに、頷くT。
「そう、君たちの解釈……便宜上"夢幻解釈"とでも呼ぼうか。それとぼくの解釈"次元解釈"は、どちらでもほぼ全ての現象を説明できてしまうんだ。次元解釈がぼくのただの妄想で無かったなんて、誰にも断言できないしね」
「そして、どっちにしろ次元世界崩壊の危機はある、か……。もし人間全ての持つ直感霊感まで改変できるんやったら、世界を滅ぼすレベルの改変も十分にできる可能性はある。しかも、それを一部しか制御できておらんっちゅー事やな」
「ついでに、神とでも崇められて、T教とかできそうだしね。あぁ、でも神様になってみるのも面白そうではあるんだけど、ちょっと字面がなぁ……」
「あと、夢幻解釈だとして今世界が滅びていないのは、Tが次元解釈を知っていて、半信半疑だから、だね?」
「ま、そーいう事かな……」
疲れた目で言うT。
首筋を伸ばし、溜息をつきながらTは続ける。
「しかしぼくは一応、夢幻解釈と次元解釈のどちらでも、世界が滅びないようにする事ができるんだ」
なんでもないように言われて、ふむ、と頷き視線を下ろそうとしたなのはは、思わずTを二度見した。
今、何と言ったのだ?
その言葉が声になるよりも早く、続けるT。
「簡単な事で、ぼくはぼくが制御できる力で、ぼく自身を時間的に凍結させる事ができる。どっちの解釈でも、この世界が滅びる事だけは無くなる筈だよ」
「……え? あ、え?」
思わず混乱した声を漏らしつつ、なのはは必死で脳裏を回転させた。
夢幻解釈であれば、Tの封印が解けるか、この世界が自然に滅びるまで世界は滅びなくなる。
その場合過去がTの妄想設定だった事は変わらないが、いきなり世界が滅びる可能性は無くなるのだ。
ついでに言えば、力を制御し始め、現実改変能力を得始めたTの恐怖からも解放される。
次元解釈であれば、こちらもTが周囲に対する新たな改変を行う事ができなくなる。
過去に起きた改変までは直らないが、これ以降の改変に怯える必要はなくなる。
ついでにTの言うT教なんていう恐ろしい物が発生する可能性も未然に防げるのだ。
「でも、時間的に凍結って……」
疑問詞を吐き出すなのはに、Tは微笑んだ。
「永遠の眠りと同義語だね。あ、夢幻解釈の場合でも、多分現実で目覚める事はできないっぽいかな? 今の感覚で言うと。ぼくは夢幻解釈で言う現実では、万能でも何でも無いみたいだからね。現実と関連する事象には手を出せないっぽい」
絶望的な事実に、なのはは目眩を感じ、額を押さえた。
どちらにせよこの世界最高峰の力を持つ相手に、倒すのではなく、言うことを聞かせなければならない。
しかもどちらの解釈にせよ、Tには死と同義語の状態を強要せねばならないのだ。
難易度的にも精神的にも恐ろしい難題に頭を悩ませるなのはに、しかしT。
「され、ぼくにとって死は頑張って回避する程の物じゃあないんだ。痛いほうが嫌いなぐらいだね。だからまぁ、別に永遠の眠りについても構わないんだ」
「……へ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げて、なのははTを見つめた。
視界の端では、フェイトとはやても同様にしている。
すぐに現実なら説教物の言葉なのだと気づくなのはだが、都合の良さ故にそれを見過ごさざるを得ない事に歯噛みした。
そんななのはを尻目に、T。
「ただ、せめて死ぬ……んじゃなくって時間的凍結なんだけど、それには納得できる理由が欲しいんだ。君たちに、真実を……、別に真実じゃあなくてもいいけれど、真実らしさを見つけ出して欲しいんだ。"らしさ"って、素敵な響きだろう?」
告げ、Tは眼を細めた。
息苦しくなるような圧迫感と共に、告げる。
「どちらの解釈が正しいのか。この世界は、本当にぼくの夢なのか、それともぼくの二回目の今世なのか。今ここで答えを導きだし、そしてぼくにそれを教えてくれないかな」