夢幻転生   作:アルパカ度数38%

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その54:夢の終わり

 

 

 場は沈黙に包まれていた。

好きなだけ相談するといいよ、と言ってTは欠伸をしながらドアを出て行った。

ドアの隙間から見えた外は漆黒の空間であり、外には何も見えなかったが、Tの事である、どうとでもできるだろう。

考えるべき事から視線をそらしていた自身の思考を正し、なのはは面を上げる。

視界に入るフェイトとはやての顔。

どちらも迷いつつも、半ばTを自殺に追い込むための会話を始める決意のできた表情であった。

なのはは、自身の胸の奥に渦巻く多くの感情が阻むのを乗り越え、無理矢理に口を開く。

 

「みんなでお話……、しようか」

「うん」

「せやな」

 

 同意と同時、僅かに暖かな空気がそこを漂った。

実を言えば、3人は無二の親友という程の仲では無い。

あの大きすぎる存在であるTに対する解釈や態度の違いが、3人の間に消えない亀裂を刻んでいたのだ。

しかしそれでも、今は志を同じくする仲間でもある。

故にだろうか、なのはには凍った空間が溶け行くような感覚が感じ取れた。

僅かに眼を細め、なのはは口火を切る。

 

「まず、真実が夢幻解釈だとすると、今世界が崩壊していないのは、たっちゃんがまだ次元解釈を信じているから。次元解釈だとすれば、世界の滅びに緊急性が無いので当たり前」

「うん、だから私たちは、Tに次元解釈を持って説得する他に道は無い」

「ただ、そのぐらいはたっくんも分かっとるやろうから、ちょっと厳しい道にはなりそうやな」

 

 頷き合う3人。

その顔に隠しきれない痛切さがあるのに、なのはは胸の奥がじくりと痛むのを感じた。

なぜなら、どんなに言葉で飾ろうともなのはたち3人がする事は、Tに邪魔だから永遠の眠りにつけ、と言うのと同義であるからだ。

世界の為に死ねと言う言葉の重さを最も良く知るのは、恐らくはやてだろう。

事実彼女の顔には、必死で取り繕った奥からそれでもにじみ出る、青ざめた色が見えていた。

なのはとフェイトの顔色も相応に悪い。

一度はそんなはやてを救う為に戦った自分たちが、今は同じ立場に居るTを殺そうとしているのは、悪い冗談のようでもあった。

だが、それでも。

 

「それじゃあ、今残っている解釈に迷う問題を列挙しようか」

 

 言って、なのはたちは次々に問題を列挙し、厳選してゆく。

この世界の違和感というか、精度の甘い作り物じみた部分は、3つにまで絞られた。

 

「たっちゃんの顔無しの両親」

「Tの家に誰もたどり着けない事」

「そして……たっくんの、"T"という名前」

 

 順番に告げ、なのはたちは僅かに沈黙を挟む。

次に場が沈黙で満ちれば、今度こそもう一度口を開く力が沸いてこないかもしれない。

そう思い、なのはは急ぎ考えをまとめ、口を開く。

 

「まず、顔無しの両親について。これって、そもそもたっちゃんが問題として認識していないよね?」

「うん、少なくとも私たちが知る限りでは」

「それに顔無しの映像記録は、たっくんがジュエルシードと接する以前からあった……」

 

 なのはが眉を跳ね上げると、はやては苦笑し、一度なのはちゃんの家のホームビデオとか見させてもらったんよ、と告げた。

気づいていなかったなのはは思わず口元でヒヨコ口を作るも、すぐにその事実の意味を悟る。

 

「つまり、これは夢幻解釈を支持する事実……」

「まぁ、たっくんの無意識で現実改変が起きて、都合良くこんな細かい所まで修正していたっていう可能性はあるけど……なぁ?」

「じゃあ、T相手には伏せる事実って事になるね」

 

 とまとまり、3人は次の議題に行く。

 

「次に、たっちゃんの家に誰もたどり着けない事なんだけど……。ごめん、数日前に思い出した事なんだけれど、私、たっちゃんの家に遊びに行った事あったんだ」

「へ!?」

「なんやて!?」

 

 驚きの声をあげる2人に、にゃはは、となのは。

頭をポリポリとかきつつ、続きを口に。

 

「っていうか、私の記憶ではたっちゃんの家は隣の家でね? 私が小さい頃、お父さんが大怪我した時に昼間預かって貰っていたんだ」

「じゃあ、そのとき顔無しの両親は……?」

「ううん、少なくともその時にたっちゃんの親に出会った記憶は無いよ」

 

 断言するなのはに、フェイトは難しい顔をして上げた腰を下ろした。

眉間にしわを寄せ、はやてが口を開く。

 

「つまり、ジュエルシードを食べた事件以前にたっくんの家を訪れた人間の記憶が操作されておって、なのはちゃんの記憶は偶々残っていた……。辺りが有力な解釈かなぁ?」

「次元解釈を支持する事実、だね」

「夢幻解釈だとすれば、たっちゃんの家に誰かたどり着ける時点がある、っていう事柄の必要性が分からないもんね」

「それに、いくら現実改変能力と言うても、記憶を消せても作れはせんやろうからな」

 

 3人が頷き合い、出てきた次元解釈を支持する事実に、僅かな安堵の色を見せた。

無論それとて、Tを殺す為の刃も同然なのだ、満面の笑みを浮かべる者は居なかったのだが。

なのはは重くなる胸の奥に、深呼吸をして肺の中の空気を入れ換え、続きに挑む。

 

「それから、たっくんの"T"という名前やな……」

「これはねぇ……」

 

 言うべき言葉が見つからず、なのはは押し黙る。

というのも、これが夢幻解釈が真実らしい1つの理由でもあるからだ。

仮に次元解釈が合っていたとして、一体誰が自身の名前をアルファベット一文字に変えようとするだろうか。

例えそれが無意識の行動であったとしても、とうてい納得しきれる物ではない。

 

「別に納得できなくても事実は事実、と言えなくもないけれど……」

「たっくんが言っていた通り、今回必要なのは"真実"やない。"真実らしさ"であって、それには納得できる事実である事は有用やな」

 

 事実である。

そもそも拡大解釈すればどちらの解釈でも全ての事象を説明できてしまう現状、なのはたちが行っているのはあくまで、Tを説得するための論理作りである。

この場合論理は正しい必要性はなく、道具性とでも言おうか、有用であればそれでいいのだ。

とはいえ、今議論すべきはそこではない、となのはが口を開く。

 

「……話がちょっとずれちゃったね。とりあえず、たっちゃんの名前は置いておこうか」

「それなら、ちょっとだけ気づいた事があるから、発言、いいかな?」

 

 と手を上げたのは、フェイトであった。

頷くなのはとはやてに、フェイトは手を下ろし、軽く深呼吸する。

青ざめた表情に、更に青い色を乗せて、口を開いた。

 

「残念な事実だけど。そもそも私がTと出会ったのは、結界内部に居たから。リンカーコアを持たない生命を除外した結界内部にTが居たのは、リンカーコアを持っていたから。でも私の記憶にある母さんの検査では、Tにリンカーコアは無かった」

「つまり、たっちゃんにはジュエルシードを食べる以前から異能があった?」

「うん。もちろん、ジュエルシードを食べたらリンカーコアが消えた可能性もあるけれど」

 

 告げるフェイトに、歯噛みするなのはとはやて。

夢幻解釈を支持する事実であった。

それをわざわざ口に出したフェイトは、小さく震えながら、続ける。

 

「だから多分、Tを直接説得するのは、私よりはなのはが主導した方が良いと思う。なのはと違って、私が体感した事実は、夢幻解釈を支持しているから」

「……私も、同じやな」

 

 と、そこにはやてが割り込み言った。

目を見開く2人に、その場に沈み込みそうな程暗い笑みを浮かべるはやて。

口元を左右非対称に歪めており、目の下には隈のような影が降りていた。

 

「私の家族……ヴォルケンリッターのみんなは、たっくんを発狂した存在やと冷静に見る事ができた。リィンとユニゾンした私も、ある程度は。……人工物は誰かにデザインされたと言う事実を受け入れて存在しとる。だから、この世界の創造神と出会っても、それを発狂せずに冷静に受け入れる事ができるんちゃうかな」

「それは、つまり……」

 

 なのはの息が詰まるような声に、はやては今にもねじ切れそうな声で言った。

 

「すまん、なのはちゃん。私も、夢幻解釈を支持する事実を体感しとる。たっくんを説得するのは、なのはちゃんにやってもらいたいんや」

「…………」

 

 息をのむなのは。

これからTを自殺させる為の説得を、よりにもよって一番Tと付き合いの長い自分がせねばならないのだ。

心がへし折れそうな事実であった。

顔を直接見ずに話し合っているだけでこんなにも辛いのに、果たして自分はTと向かい合った時、本当にそんな事ができるのか。

迷いと苦渋になのはは顔を歪める。

 

 胃の中に重しでも仕込んだかのような感覚であった。

可能ならばこのまま一歩も動きたくないぐらいでさえある。

なのはは一縷の望みにかけて、フェイトとはやてに視線をやった。

しかし2人もまた罪悪感と苦しみに満ちた顔をしており、そこになのはを気遣う余裕は無い。

それでもなのはの視線に気づくと、2人はぎこちない笑みをなのはに見せた。

 

 下手な笑みであった。

引きつり、左右非対称に歪んでいて、硬い笑みであった。

それでも、その心の奥にある必死さだけは目に見えて。

なのはは、何故だろうか、少しだけ心の奥にある淀んだ物が溶け出すのを感じた。

変わらず肩の荷は重く、胃は千切れて床に落ちそうなぐらいだ。

顔は青く体は微細に震え、気分は最悪の二乗だろう。

それでも胸の奥から沸いてくる使命感に、なのはは大きく目を見開いた。

 

「分かった。たっちゃんとは、私が主導で話すよ。……他に何か検討したい事がなければ、もうたっちゃんを呼ぶけれど」

「……私は、無い、かな」

「私もや」

 

 罪悪感に濡れた2人の瞳は、なのはから外れようとするも、万力を込めてなのはを確りと見据えたままであった。

それににこりと微笑み、なのはは部屋の外のTに声をかける。

最後になるかもしれない、"お話"の始まりであった。

 

 

 

 

 

 

「私は、次元解釈を支持するよ」

 

 開口一番、なのははTに向けてそう言った。

にこにこと訳も無く微笑みながら、ちゃぶ台を前に座布団に座るTはそれを黙って受け入れる。

予想通りという表情に、なのはは僅かながら闘争心が沸いてくるのを感じた。

自分がしている行為の意味をそれで押し隠し、強い口調で続ける。

 

「殆どの事柄はどっちの解釈でも説明できてしまう。けれどどっちが無理が無いかと言えば、明らかに次元解釈の方になるんだ」

「へぇ……? 例えば?」

「例えば、夢幻解釈だとして、この世界がたっちゃんの夢だと気づいた人数の少なさ」

 

 射貫く程に視線に力を込め、なのはは告げた。

目を瞬くTに、なのはは続ける。

 

「実を言えば、最高評議会議員の3人がこの世界の真実に気づいたのは、たっちゃんについての報告が切っ掛けで、その後真実の鏡という低級ロストロギアによって確信している。真実の鏡はお金さえ積めば使わせてもらえるロストロギアで、グレアム提督も使った事があるぐらいなんだ」

「あれ、そうなんだ。それじゃあ……」

「そう。夢幻解釈が正しいのならば、この世界の真実に気づいている人はもっと多くてしかるべきなんだよ」

 

 ふむ、とT。

顎に手をやり、首をかしげつつ一言。

 

「でも、夢幻解釈だとして真実を知ったら発狂するか自殺するんだよね? 真実に気づいた人は多かったけど、なのちゃんが知っている真実に気づいた人が少ないだけじゃない?」

「ううん、はやてちゃん」

 

 言われて、頷くはやて。

Tの視線に僅かに体を震わせるが、それでも歯を噛みしめ、万力を込めて口を開く。

 

「最高評議会議員の記録を見たけど、真実の鏡を使った人で発狂したり自殺している人間は、グレアム提督と評議会議員だけやった」

「つまり、夢幻解釈で言うこの世界の真実は、たっちゃんが無意識に選んだ人だけが、ジュエルシードの力で改変された直感と共に受け取る物でしかない」

「…………なるほどね」

 

 言うTの顔はいつも通り過ぎて、結局どういった感想を得たのかよく分からない。

内心歯噛みしつつ、なのはは首筋に浮いた汗が流れゆくのを感じた。

そもそもこの事実は、ただの詭弁である。

はやては真実の鏡の使用者など調べていないし、そもそもこの話ではヴェロッサが死んだ理由が不明瞭だ。

けれどTははやてが何を調べたのかもヴェロッサの死も知らず、故に詭弁は振りかざされた。

 

 しかし、この場において"真実"は何の価値も無い。

Tが不都合に思えば改変されてしまう"真実"に、一体何の価値があるだろうか。

価値あるのは唯一、Tが納得できるような説得力のある"真実らしさ"でしか無いのだ。

それを念頭に、続けてなのは。

 

「そして何より、たっちゃんの家には誰も辿り着けていない」

「……? どういう事だい?」

「ただの事実だよ。いろいろな人がたっちゃんの実家に行こうとしたけど、誰一人たっちゃんの家にたどり着いた事のある人は居ない」

 

 言って、なのはは小さく呼吸。

膨らんだ風船が弾けるような勢いで、告げた。

 

「——小さい頃の私を除いてね」

 

 今度はTも面食らったようで、目を瞬いた。

視線を外し、過去に思いをはせるT。

 

「……あれ? でも、ぼくの家に来た事があるのって、他にも……?」

「そうかもしれない。けれど、少なくともその記憶を持っている子は、私以外に誰一人存在しなかったんだよ」

「すると、後からの現実改変による記憶の改変……? なのちゃんは無意識にやらなかったか、ジュエルシードの力の限界か、それとも単なる漏れか……」

「これが夢幻解釈だったとしたら、そもそも私の記憶だけ残っているなんて奇妙な事、あり得ると思う?」

「あり得ない、って程じゃあないけれども……」

 

 今度こそTは驚いたようで、目を瞬かせ、難しい顔をして俯く。

僅かな達成感と、それで強引に押し殺している罪悪感とがなのはの胸の中を渦巻いた。

 

 それほど説得力のある説明では無かった。

なのはも心の何処かで夢幻解釈を支持している所があったし、何よりこれがTを断頭台に連れて行くも同然の行為だと言うのが、なのはの後ろ髪を引いた。

Tを殺してでもこの世界を続かせる事を選んだ筈だと言うのに、それでもどっちつかずで情けない。

Tだってあの性格である、どうせ殺しに来るのならきっぱりと殺しに来て欲しい物だ、とでも言いそうなぐらいだ。

自分の情けなさに歯噛みするなのはに、Tが声をかける。

 

「……そうだね、それが次元解釈を支持する理由の全てかい?」

「うん。私とたっちゃんが過ごした思い出が、たっちゃんを殺す一番の理由だよ」

 

 反吐の出るような台詞を告げるなのはの、一体何が琴線に触れたのだろうか。

Tは、なのはが数度しか見たことの無いような、柔らかで美しい笑みを浮かべた。

天上の雫が降り注ぎ、そこだけ明るくなったかのような感覚さえ受ける笑みであった。

口元は柔らかに曲線を描き、小さなえくぼができて、目は細められ口元と対称の曲線を描く。

黄金比で出来たそれらのパーツが、完璧な位置に納まり、なのはを見据えていた。

 

「少し、体を前に寄せてくれるかな、3人とも」

 

 言われて、なのはたち3人は顔を見合わせ、体を前のめりにする。

ちゃぶ台の真ん中近くまで体を寄せた3人に、Tもまた前のめりに顔を寄せた。

4人分の体重で、ちゃぶ台が僅かにきしむ。

ぺろり、と暖かな体温がなのはの目を襲った。

 

「にゃっ!?」

「きゃっ!?」

「わっ!?」

 

 眼球を舐められたのである。

三者三様に叫び飛び退くのを尻目に、Tが告げた。

 

「続きはもし会えれば、今度会った時にしようか」

 

 静かに告げられたその言葉に、瞬きを繰り返していたなのはは、思わず叫ぶ。

 

「待って、待ってたっちゃん!」

 

 叫ぶなのはを尻目に、世界がひび割れ始めた。

四畳半の部屋に亀裂が入り始め、そこから白い光が差し込み始める。

それらに照らされるTの横顔は、次第に強くなる光に押しつぶされ、その立体感を失っていった。

思わず手を伸ばすなのはたち3人を眺めながら、いつもの幽玄な笑みを浮かべながら、Tは告げる。

 

「じゃあ、またね」

 

 光が満ちる。

世界は白に塗りつぶされ、全ては白い平面と化していった。

 

 

 

 

 




さて、次回Tの採点は何点だったのやら……?

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