「2人とも、ありがとうね」
と言いつつプレシアさんは、ぼくとフェイトちゃんとを両手でそれぞれ抱きしめ離そうとしない。
その手つきはまるで今にも割れそうな卵をふんわりと持つようであり、力ではなく気持ちで離れる事ができなくなるトラップだった。
ぼくもフェイトちゃんも軽くプレシアさんに顔をおしつけられ、ぼくらの頬で彼女の柔らかな胸を少し押しつぶすような形になる。
痛くないのかなぁとプレシアさんの顔を見ると、彼女はなんだか頬を赤らめており、初めて口紅を引いた少女みたいな顔をしていた。
そんなぼくの視線に気づくと、プレシアさんはぱっと顔の赤みを増やし、視線をフェイトちゃんへと逸らす。
ぼくも釣られてフェイトちゃんへと視線をやると、なんだか彼女も真っ赤な顔をしていて、母娘なんだなぁ、なんていう平凡な感想をぼくは持った。
ぼくらは、時の庭園というなんだか阿修羅像みたいに大層な名前のプレシアさんの自宅の、ダイニングに居た。
なんだかプレシアさんが具合が悪そうなので、ぼくが料理を作ろうとした所、私にも手伝わせて、とフェイトちゃんが手伝いを申し出てきたのだ。
その時の頭の下げる角度が良かったので許可し、ぼくはフェイトちゃんに料理を教えながら2人で胃に優しそうなポトフを作り、プレシアさんを驚かせた。
プレシアさんは涙ぐむほど感動して、一口食べた所で思わずと言った様相でぼくらを抱きしめるぐらいに感動したのであった。
まるで実直な軍人が勝利に感動するかのような喜びようで、ぼくもフェイトちゃんもやったね、と目と目で交わし合うのだった。
「プレシアさん、喜んでくれるのはいいけれど、ポトフが冷めちゃいますよ」
「あ、あぁ、うん、そうね」
と道端に落ちているガムよりも名残惜しそうにプレシアさんはぼくらを手放し、ぼくらは席に戻って食事を再開する。
フェイトちゃんは食材を切ったりしただけだけれど、それでも自分で作った料理の味は素晴らしい物があるのだろう、感慨深げに食事を続けていた。
アルフさんはフェイトちゃんに複雑な目を、プレシアさんとぼくに胡散臭そうな目を向けながらも、ポトフを食べる速度は夢中そのものである。
皆美味しそうに食べているので、ぼくは温泉みたいな勢いで喜びが湧いてくるのを感じながら、ポトフを食べた。
数日前。
お腹が空いたので眠ったぼくは、フェイトちゃんに風邪を引かないようにと連れられ、フェイトちゃんの自宅まで連れてきてもらったらしい。
そのフェイトちゃんとプレシアさんは、なんと魔法使いなのだそうだ。
正確には魔導師といい、もっと正確に言うとミッドチルダ式魔導師と言うのだそうだけれど、正確さを極めるのは原子をクォーツに分解するみたいに無限に連なるので、ぼくはあまり気にしていない。
ちなみに、アルフさんは使い魔とかいう存在なのだと言うが、使い魔が何なのかはぼくにはよく分からない。
兎も角プレシアさんによると、ぼくは魔法的に大変危険な状態にあるらしく、対処できる魔導師が近くに居ないと危ないらしい。
なので家に返してやる事はできず、此処にいて欲しいのだそうだ。
ぼくはせめて連絡ぐらいとりたいなぁと思ったけれど、そう説明するプレシアさんが互いの尻尾を飲み込む一対の蛇みたいな目をしていたので、これは何を言っても聞いてくれないだろうなと思い、頷いた。
そこでぼくは、ここ数日時の庭園に泊まっている。
プレシアさんは、目がどろりと今にも溶け出し沼みたいになりそうな事を除けば、とても優しくて気立ての良い女性だった。
フェイトちゃんにはまるで金メッキみたいに綺羅びやかで分かりやすい優しさをみせ、アルフさんとはちょっと仲が悪いみたいだけど、代わりにぼくにとても優しくしてくれる。
朝起きる時は何時もわざわざ起こしにきてくれるし、一日中ぼくが視界に入るように過ごしており、昼寝の時は何時も添い寝してくれる。
あんまりに優しいので、仕事関連で1日中時の庭園に居る訳にはいかないフェイトちゃんに、ぼくは軽い嫉妬の視線を受けてしまうぐらいだった。
仕事。
そう、フェイトちゃんにはなんと、役目があった。
ぼくが食べたあのジュエルシードという宝石はとても危険な上に複数あるらしく、更に海鳴に落ちてしまい、それを体調の思わしくないプレシアさんに変わってそれを封印するのが役目らしい。
それを聞いてからなんだかフェイトちゃんはそれ以前より断然に元気いっぱいになり、まるで美味しいアスパラガスみたいに力強くなった。
そんなフェイトちゃんは仕事に熱心になり、加えて海鳴と時の庭園を往復するのに魔力が結構要るらしいので、彼女は1日に1度しか時の庭園には戻ってこない。
それでもアルフさん曰くぼくが連れてこられる前の予定よりも大分時の庭園に戻ってくるようになったらしく、フェイトちゃんは前よりずっと元気になったそうだ。
ポトフも食べるしね。
なんて思っている間にぼくらは夕食を終え、短い逢瀬を堪能したフェイトちゃんは、アルフさんを引き連れ再び海鳴へと転移していった。
ぼくとプレシアさんは気持ちのいいラッパみたいに高らかな声をあげて転移していくフェイトちゃんを見送り、それからゆっくりとした時間を体験する。
最初ぼくが目を覚ました時にはなんだかRPGのラスボスが住んでそうな家だなぁと思ったのだけれども、中には石造りっぽくはあるものの家庭的な部屋もあり、そこでぼくもプレシアさんも柔らかな空気の中で過ごした。
食後の隠し味みたいなちょっぴりさの眠さに瞼を重くしながら、暖炉型のストーブに当たってぼくらはゆっくりした時間を過ごす。
暫くしてお腹がこなれてくると、ぼくは言った。
「そろそろ、お風呂に入ろうかな」
がたん、とプレシアさんは座っている椅子を地震でもあったかと思うぐらいに揺らしながら反応する。
毎日のようにぼくがお風呂に入る度にそんな反応をするのは何でだろう、と首を傾げつつ、ぼくは立ち上がった。
するとプレシアさんはまるで霞でも掴もうかと言うかのように、手を中空に伸ばす。
顔を林檎のように真っ赤にし、掠れたフルートのような声で言った。
「そ、その、T?」
ぼくは呼ばれて立ち止まると、プレシアさんの次の言葉を待つ。
プレシアさんは最初出会った時は悪の魔女みたいな服装をしていたのだけれど、今は白いニットに紫色のタイトスカートという、地球にいてもおかしくない服装だ。
おっぱいでけぇなと思いつつプレシアさんを眺めていると、プレシアさんは視線をぼくから逸らしながら、何かを言おうと口を開け閉めする。
ぼくはプレシアさんが何を見ているのか気になったので、視線の先を見るのだけれども、そこには毛足の長い絨毯があるだけだ。
もしかしたら、視点が違うから、量子力学のように観測者によって見える物も違うのかもしれない。
ぼくはちょっとインテリな気分になりながらプレシアさんへとトコトコ近寄った。
「T!?」
叫ぶプレシアさんにどうしたのだろうと思いつつも、ぼくは動かない犬猫のように肥大化した好奇心を抑える事ができず、ぼくは寸前までのプレシアさんの頭の位置に頭を動かし、プレシアさんの見ていた所を見てみた。
けれどやっぱりそこには毛足の長い絨毯があるだけであった。
なんだったんだろうと首を傾げつつぼくが引くと、プレシアさんは両手で胸を押さえながら荒い息をしている。
胸を掌で潰すその様は、プレシアさんの顔の赤さも相まって、なんだかエロティックだった。
「どうしたんですか? プレシアさん」
「えっとね……」
言ってから、プレシアさんが深呼吸。
まるで初めてラブレターを書いた女学生のような緊張を持ってして、ぼくに告げるのだった。
「お、お風呂に一緒に入らないかしら?」
「いいですよ」
という訳で、ぼくらは一緒にお風呂に入る事になる。
ぼくはちょっと前まで、なのちゃんの家に泊まった時にはなのちゃんや美由希さんや桃子さんともお風呂に入った事がある。
なので別にいいやとぼくは簡単に了承したのだけれども、プレシアさんは喜び過ぎて綿菓子みたいにふわふわした足取りになりつつお風呂に向かった。
時の庭園のお風呂は、適度な広さだった。
暗色を基調として作られたお風呂はなんだか夜闇が降りてきたみたいなお風呂で、そこに時折星々のように金色の装飾がある。
豪華絢爛さに毎回の事ながらちょっと腰が引けつつ、ぼくはプレシアさんと入浴した。
背中を流しっこして、それぞれ頭を洗ってから湯船に浸かる。
湯船の広さは流石にぼくの家より広いけれど、温泉のようにとんでもない広さではなく、ぼくとプレシアさんは向い合ってお風呂に入った。
勿論、互いの裸が丸見えである。
プレシアさんはちょっとビックリするぐらいに若くみえる女性だった。
フェイトちゃんの母親と言う事で最低でも三十路過ぎだと思うのだけれど、20代といっても余裕で通用する体を持っている。
しかもかなり肉感的な体で、加えてプレシアさんはなんだかぼくに対して恥じらいを感じているようだった。
ぼくからすれば9歳の子供の視線なんて犬猫の視線と同じようだと思うのだけれども、彼女はどうもそれすら恥ずかしいらしく、両手や曲げた膝を使って巧みに体を隠している。
だが、意識されると余計にこちらも意識してしまい、ぼくは思わず勃起をしてしまうのだった。
「……あ」
なんだかしっとりした弦を弾いたようなぷるるんとした声を出し、プレシアさんはぼくの股間を凝視する。
ぼくとしては困ったなぁと思うぐらいの事で、微笑ましく笑われるぐらいだと思って、隠すでもなく放置するのだけれど、プレシアさんはなんだか釘で視線を打ち付けられたみたいにぼく自身を見ていた。
けれどプレシアさんにはフェイトちゃんという子供がおり、性的嗜好は普通なんじゃあないかと思う部分もあり、ぼくはなんだか困惑する事しかできない。
そうこうしているうちに、プレシアさんはざばぁっと滝のように湯を湯船に落としながら、腰を上げてぼくへと近づいてきた。
両手をぼくの肩にやり、ぼくを半ば押し倒すようにして、ぼくの顔へと顔を近づける。
明らかにこれ以上彼女を近づけると、倫理的に超えてはならない一線を超えてしまう。
その事にぼくはちょぴっと悩むのだけれども、プレシアさんの濡れた髪が烏の濡れ羽のようにきらきらと光を反射していて、その光が漢字の“光”のような反射を見せていて、それが血肉を刺し抜くような鋭さを持っていたので、まぁいいかとぼくは思った。
そしてぼくの唇はプレシアさんの唇を合わさり、ぼくは鼻で息をする事を思い出すまでとても苦しい思いをするのであった。
別名誰得回